第15話 突撃!隣のスティックくん
翌日、授業を終えた教室内では、1匹のミズゴロウによる演説(?)が行われていた。
「前回のおさらい! 昨日、編入生として新たにアルファという仲間が加わった! オレとクルミで学校案内することになり、主にクルミが結構はしゃいでいた! というのも、スティックが編入してきた時にやりたかったがやれなかったことがやりたくてやりそこねてやれ、て(あれ?)……コホン。とにかく! アルファに学校を案内した! そんで帰りに、そもそもスティックについて知らないことが多いよなって話になった!」
「そういえばそうだよね! 編入してから結構経つのに、スティックくんとはあんまり関われていなかったもんね」
「おめぇは学校外で積極的に関わっていたじゃねぇかよ」
傍にいたハルタは腕を組み、感心したように頷く。隣の席でボルドが呆れたようにため息をついた。
「つーわけで! 今日の放課後は質問タイムだ!」
「質問タイム? いいね! 何聞こうかな〜」
「今更スティックにか? やめとけやめとけ」
「アルファもいるし、2匹いっぺんの方があいつも答えやすいんじゃねーの? んじゃ、とりあえず手始めにオレからいかせてもr」
「あっそーだ!! そういえば、なんで探検家になろうって思ったの??」
「ーっておい、ハルタぁ〜?」
ナインはまんまと先手を取られてしまった。クラスメイトの意識がナインからアルファとスティックの方へ完全に移った。
先に答えたのはアルファの方だった。
「えーと、わ私はその、記憶がないから……手掛かりを探すのにダンジョンに行けるようになりたいなーって」
「え? それじゃあ別に探検家にならなくてもいいんじゃ」
「た、確かに……」
ハルタに突っ込まれ返答に困っていると、隣にいるスティックがやや小さめの声で助言してくれた。
「……探検家になっておけば危険なダンジョンにも挑めるようになるんじゃないのか」
「そ、そう! そんな感じ!」
「ふぅん……じゃあ、スティックくんは?」
「……え」
「え、じゃねーよ。アルファが答えてくれたんだし、オマエも答えろよなー?」
「そうよ! 何ももったいぶる必要なんてないでしょ? 教えて教えてー?」
クルミとナインが目を輝かせている。ボルド以外の全員がスティックに真っ直ぐ視線をぶつけている。
「ハァ…………僕は。」
……と、スティックが答えようとしたその時、階段の方から声が聞こえてきた。ふくれっ面のミルフィーユだ。チェリムが持つには重そうな書類を抱えている。
「もう! あなた達、いつまで休憩しているのですか? 早く本日分の依頼をこなしに行ってきて下さい」
「はい、今行きます」
スティックはミルフィーユに従い、席から離れた。途中、クルミやハルタに止められたが「すまない」とだけ呟き、そのまま教室を出ていった。
ミルフィーユも忙しそうに階段を下りていき、束の間の沈黙が教室内を流れた。
そして、次に口を開いたのはボルドだった。
「……だから言ったろ? やめとけって。」
「でも今回は仕方ないんじゃない? ホラ、先生の邪魔が入ったし」
「そうは言うけどよぉ、せめて話終わってから出ていくだろ普通」
「うーん相変わらず付き合い悪いよなーあいつ」
アルファを除いた皆はため息をつき、そのままばらばらと解散していった。アルファもよくわからないままであったが、とりあえずハルタ達についていった。
皆は階段を降り、何やら重要そうな紙が何枚かバラバラに貼られている、大きな掲示板の前で立ち止まる。その掲示板にはアルファ達の他にも多くのポケモンが見にきており、皆は掲示板に貼られた紙をじっくり眺めていた。中には1、2枚ほど紙を手に取り見比べている者もいた。
アルファがまたよくわからないといった様子でいると、戻ってきたミルフィーユに声をかけられた。
「アルファさんは今日が初めてのお仕事ですね。ボルドさんと一緒にちょっとこちらへ来てもらえますか?」
「え、俺も?」
流石に指名されるとは思ってなかったボルドはびっくりして、持っていた紙を慌てて元の場所に戻した。
2匹でミルフィーユの元へ行くと、彼女から1枚の紙を手渡された。掲示板に貼られてある紙と同じようなものだ。
「これって……」
「今回、アルファさんとボルドさんの2匹で受けて頂く依頼が書かれた紙ですわ。本来でしたら、あちらの掲示板から自分のレベルに合ったものを選んで受けて頂くのですが、アルファさんはダンジョンへ入ったことすら無いでしょう? 経験者であるボルドさんに色々教えて貰って下さいね」
「は、はぁ」
本当はダンジョンへ入ったことはあるにはあるけど、実質初めてのようなものだし、わざわざ訂正しなくてもいいだろう。
アルファはそう思うと、ボルドと一緒に先ほど渡された紙に目を通した。……しかし、まだ読めない部分が多く、ボルドに声に出して読んでもらうことにした。
「なになに……『学園裏の小さな原っぱにて大きなリンゴを5つほど取ってきて下さいね。お店の商品になるのですから、傷のついたものや腐りかけてあるものは駄目ですわ。そのあと、セントラルエリアのカクレオン商店にそのまま行ってきて下さい。そこで店主のカクレオンさんに取ってきたリンゴを渡してくださいね。最後に伝票を貰ってくることと、ちゃんと挨拶とお礼を言うのを忘れないようにお願いしますわ。 ミルフィーユ先生より』」
「……つまり、原っぱで大きなリンゴを5つ取ってカクレオン商店に持っていけばいいんだよね」
「な? おつかいみてぇだろ? 俺らも最初の頃、同じやつやらされたぜ。ハルタがすっげぇ嫌がってたな」
ボルドが懐かしそうにぼやいた。
学園裏というだけあって、目的地の原っぱはすぐ近くにあった。ボルド曰く、ダンジョンは専門家によって調査され、分かりやすく階層分けされてあるのだとか。
「まぁ初心者向けダンジョンなだけあって、ここは全3フロアだ」
「迷いの草原より広い?」
「いやぁ? あそこは確か全5フロア。こっちの方が狭いぜ」
「そっか、じゃあすぐ終わるかも! あ、でもリンゴって木の上に生っているよね……採れるかなぁ」
「あぁー……そこら辺は心配しなくていいぜ、多分」
「え? 低い位置にあるとか?」
「……まぁ、行けばわかるさ」
ボルドは苦笑いで呟くように答えた。アルファはこれ以上聞き出すのは止めにして、先へ進むことにした。
原っぱというだけあって、ダンジョン内は開けた所が多い。大きな岩や低木があって通れないところはあるものの、それで道に迷うといったことにはならなかった。
途中、ちょっとした段差のあるところを通ることになった。ボルド曰く、そこはフロアとフロアの境目の階段で、一度通り過ぎると前のフロアには戻れなくなるんだとか。
「ダンジョンは潜るたびに地形が変わるからな。今のフロアでやり残したことがあるなら、先に進む前に引き返すしかねぇ」
「へぇー……まぁでも今回は大丈夫かな」
「じゃ、次のフロアへ行くかぁ」
こうして、アルファ達はダンジョン内を進んでいき、とうとう最後のフロアに辿り着いた。
少し進むと、奥の方に大きな木が生えているのが見えた。上の方にリンゴらしきものも確認できる。
「あった! あの木だね! ……結構高いけど」
「まぁ、近くまで行ってみろよ」
アルファは走って木の根元へと向かう。リンゴは木の低いところには生えていなかった……が
「あれ? なんだろう、木箱?……」
木のちょうど真下にアルファでも持てるくらいの木箱が2つ置いてあるのを発見した。箱の中にはそれぞれ大きめの綺麗なリンゴが2つと3つに分けて入ってある。
「なんでこんなところにリンゴが? しかも合わせると、頼まれていた分ぴったり5個になるし。……でも、流石に他のポケモンのものだろうし、他を探すしか……ーって、何これ? 紙?」
アルファはリンゴ2個が入っている方の箱の中に、小さな紙が入ってあるのを確認。その内容はなんと……
『アルファさんへ ダンジョンの一番奥までよく辿り着くことが出来ましたね。リンゴはこの箱の中のと、隣に置いてある箱の中のを持って行って下さいね。 ミルフィーユ先生より』
「な? おつかいみてぇだったろ? それもってさっさと脱出しようぜ」
「ウン。ソウダネ」
そして、2匹はカクレオン商店へと辿り着き、緑色を基調とした店主カクレオンにリンゴを渡した。あとは書いてもらった伝票をミルフィーユのところにまで持っていくだけだ。
「ねぇボルドくん、探検家の最初の仕事ってみんなこんな感じなの?」
「まぁ……少なくとも俺らシキサイ学園の、下から持ち上がりの生徒はこんな感じだ。だがよぉ、おめぇは今頃入った編入生だからか、初回の依頼の中でもまだマシなやつなんだぜ?」
「そうなの??」
「あぁ。俺とハルタの初めての依頼なんか、セントラルの掃除だったし。しかもそっから4回目辺りの依頼なんか、学園長の肩たたきだぜ? 肩たたき!」
「えぇ……?? ダンジョンにすら行けなかったんだ……あれ、編入生ってことはスティックくんは?」
「……知るかよ。あいつ話してくんねーし」
ボルドは気だるそうなため息をついた。その様子を見て、アルファは今朝から気になっていたことを思い切って聞いてみることにした。
「……ねぇ、スティックくんって私が入ってくる前はどんな感じだったの?」
「……はぁ。今と大して変わんねぇよ。今朝の感じ、おめぇも見ただろ?」
「見たけど……」
「あれで先生とか他の先輩探検家の評判は高いんだとよ。どうせどっかで得た無駄なダンジョン知識で評価されたんだろうよ。ーったく、あんなん信用する先生もどうかしてるぜ」
「うーん……」
ここまで聞いてアルファは返す言葉を失ってしまった。
あれから数十分。ミルフィーユに伝票を渡した後、ボルドと別れたアルファは1匹教室へと戻っていた。依頼そのものが簡単なものであったとはいえ、初めて体験することだらけで疲れていたのだ。
そろそろ帰ろうかと思い始めたその時、教室にハルタが入ってきた。
「あれ? アルファちゃん1匹?」
「うん。これから帰るとこ。ハルタくんは?」
「教室で誰かとジュース飲もうかなって思って作ってきたんだけど……まあいっか! はいっハルタ特製パイルジュースだよ。飲みながら帰ろ!」
「ありがとう……飲みながらだと歩けないから、飲んでからでもいいかな?」
「あ、そっか」
……ハルタが2足歩行なのに対し、アルファは4足歩行なのである。ただでさえ足の速いハルタと、ジュースを飲みながら一緒に帰るなんてアルファにはとても無理だ。
2匹はパイルジュースを飲みながらのんびり話をすることにした。内容は主に今日の出来事だ。何故か今回は珍しく、ハルタよりもアルファの方が口数が多い。
「なるほどね〜ボルドくんそんなこと言ってたんだ」
「スティックくんが知識持ちなのは私も知っていたけど、学園でのスティックくんの評判には正直驚いちゃった。もう少し仲が良くてもおかしくなさそうだったから」
「アルファちゃん……」
ハルタはジュースの入った器を置いた。それから少し考える仕草を見せると、再び口を開く。
「ボクね、近い将来ボルドくんと探検隊を組もうって、随分前に約束してるんだ」
「探検隊? 探検家同士のチームってやつ?」
「そうそう! それでね、最近スティックくんも探検家としてシキサイ学園に入ったから、究極に気になって色々聞いてみたんだ」
「聞いてみたって……何を?」
「今日の質問タイムで聞いたのと同じやつだよ」
「てことは、探検家になった理由?」
「そうだよ」
「……あ、答えてくれなかったんだ。それで今回」
「ううん。答えてくれたよ?」
アルファは少々びっくりした。だとしたら、今朝わざわざ同じ質問をしなくても良かったのでは……
「……な、なんて?」
「うーん……本当はこっそり教えたいところなんだけど、口止めされてるんだ。」
「そっかぁ」
「ごめんね。だから、出来れば直接あのコリンクに聞いて欲しいな」
「わかった。聞けそうだったら、そうしてみるよ」
「ありがとう! ……そこで」
ここで、ハルタが目を合わせてきた。その目はいつにも増して輝きを放っており、真剣なものであった。
アルファは状況を察し、ジュースの入った器を置いた。
「アルファちゃん、ボク達と一緒のチームに入らない?」
「え? 私?? ……スティックくんじゃなくて???」
「勿論、スティックくんもボク達のチームに入れたいなって思ってる!」
「2匹とも?!」
展開が急すぎてハルタの話に追いつくのがやっとだ。彼の言い方から察するに、このことは恐らくスティックどころかボルドにも話していなさそうだ。
「うん! でもまずはアルファちゃんから誘っておきたくて。いいかな?」
「うーん……ちょっと考えさせて」
「そっかぁ。わかったよ」
「でも、急に改まってどうしたの? らしくないよ」
「そうお? ……アルファちゃんはさ、記憶喪失になったから自分と、あとさぁさんについて調べたいんだよね」
「うん。……あ、そのことなんだけど」
アルファは昨日アヤメに言われたことをハルタに共有した。
「……というわけで、私が人間だったことは、他のみんなには内緒にしててほしいの」
「ふむふむなるほど! いいよ、任せて!」
「ありがとう助かるよ! ボルドくんには今日、仕事中に話してあるから、これで後は……スティックくんとティアラちゃんだけかな。あ、さぁさんもだ」
「あ、アルファちゃん! ボクからも、もう1つお願いがあってさ」
「え、お願い?」
ハルタが間髪入れず話の主導権を自分に戻す。もう1つということは先ほどの勧誘とはまた別件のようだ。
「話は戻るんだけど、ボクやアルファちゃんが危険なダンジョンの向こう側にも進めるようになるには、ボルドくんやスティックくんの力も必要だと思うんだ!」
「そういえばついさっき、2匹とも一緒のチームに入れたいって言っていたよね」
「そうそう! ボルドくんはパワーが強くって、ダンジョンに出てくる敵ポケモンも跳ね除けちゃうし! 戦闘に向いているから、必要不可欠な存在なんだ!」
「へぇー! 頼りになりそう!」
「で、スティックくんは頭良いし! キャンバスの知識いっぱい持ってるし! チームで作戦とか考えたりするのに絶対いた方が良いと思うんだよね!」
「確かにスティックくんがいるのといないのとじゃ全然違うよね……けど」
アルファとしては、同じチームに入るであろう2匹の仲が心配である。そしてそれは、ハルタも同じであるようだ。
「うん。そこで、その……お願いなんだけど」
「うん」
「編入したてで申し訳ないんだけどさ……ボルドくんとスティックくんとの仲を取り持って欲しいんだ」
……ミルフィーユからのものよりも、ずっと難しい仕事を、こんなにも早くハルタから依頼されるなど、誰が予想できただろうか。