第2章
第13話 誕生!新たなる探検家
 『むかーしむかし……広く大きな大地に、とある旅ポケモンがやってきました。旅ポケモンはその地がどんな場所なのかを知るために、何日もかけて歩き回りました。
 しかし、どんなに遠くまで歩いて行っても小さな村ひとつ見当たりません。それどころか他のポケモンとすれ違うこともありませんでした。
 旅ポケモンは、ここがまだ誰にも開拓されていないところなのだと考えました。そして、こう決意しました。

「……そうだ。今日からここを、私の手で開拓していこう。そして、ポケモン達の楽園を作り上げていこうじゃないか」

 旅ポケモンはこの大地を『キャンバス』と名付け、その中心部であると思われる開けた場所を活動の拠点としました。拠点は少しずつ広がっていき、数多くの様々なポケモン達が暮らせるまでになりました。やがて、拠点は『パレット』という大きな町へと成長していったのでした_____』





「……おやおや。こんなところで読書ですか、ミルフィーユ先生」
「ひゃっ!? ……が、学園長先生」

 ここは現代のパレットの中心部、セントラルエリア……の、さらに中心部にあるマルノームを模した建物の中。本棚に囲まれたとある一室に『ミルフィーユ先生』と呼ばれた、ナスっぽい蕾姿のサクラポケモンのチェリムと、彼女に『学園長先生』と呼ばれた、紫色の逆さまにした大袋のようなどくぶくろポケモンのマルノームがいた。
 おそらく直前まで学園長の存在に気付いていなかったのだろう。読書に集中していたミルフィーユは、彼に声をかけられた瞬間、読みかけの本をパタンと閉じてしまった。そんな彼女の様子を見て、学園長は穏やかに微笑んだ。

「あぁ驚かせてしまったようですね。申し訳ない」
「い、いえ大丈夫ですわ」
「む? この本は……『パレットのはじまり』ではありませんか。懐かしいですね」

 学園長が見ていたのは、先程までミルフィーユが読んでいた1冊のやや分厚い本だった。

「ええ、いつ読み返してもとてもワクワクさせられますわ」
「うむ。……しかし、どうしてまたそんな本を?」
「もうすぐ来て下さるのでしょう? 新しい探検家が。その子にパレットやキャンバスの素晴らしさをどうしても伝えたくって……それでわたくし自身、新たな気持ちで授業を始めるために、心の準備をしておこうと思いまして」
「あぁ、それでキャンバスやパレットの歴史を振り返っていたのですね。」

 学園長が納得したような表情で頷いた次の瞬間、大きな木製の扉が開く音がした。2匹が扉の方へ振り向くと、そこには白と水色を基調としたむすびつきポケモンのニンフィアがいた。ニンフィアは桃色のつり目で学園長の姿を確認し、凛々しい声を静かに発した。

「学園長先生、新入生をお連れ致しました」
「ありがとうございます、カヌレ先生」

 『カヌレ先生』と呼ばれたニンフィアは扉の方へと向き直り、廊下にいるであろう新入生を呼び出した。その後、かなり緊張しながら部屋へと入ってきた新入生のロコンに対し、自身の持つリボンのような長い触角で学園長の方へと促す。
 学園長は、カヌレが触角を定位置に戻したのを合図に正面のロコンに穏やかに話しかける。

「初めまして。私はシキサイ学園学園長のフォンドです。君が、新しく探検家を志願している者ですね?」
「は、はい! えっと……アルファ、といいます」
「うむ。君のことは農家のアヤメさんから聞いていますよ。なんでも記憶喪失になってしまい、自分が何者かを知るために、ダンジョンの向こう側へ行けるようになりたいのだと」
「……はい」

 アルファは学園長の言葉を注意深く聞き、少し間を置いてから肯定した。

「(傍に知り合いもいないし緊張するなぁ。……とりあえず、アヤメさんから言われたことを守って話をしないと)」

 アルファは数日前の出来事を再確認するように思い起こす。





「が、学校?」

 数日前……アルファが自身とサーの正体を探るため、探検家になることを決意したあの夜のことだった。その日、アルファから話を聞いたアヤメは、彼女に探検家になるための学校に行くよう促したのであった。いくら記憶喪失のアルファでも流石に『学校』がどういった所なのかは分かる。だが、何処かきょとんとした様子であった。
 そこで、アヤメはタンスから紙と鉛筆を取り出し、いつかのように簡易地図を描いて説明し始めた。

「『シキサイ学園』っていってね、セントラルエリアのちょーど真ん中の、ギルドの中にある学校なんだ。探検家志望のポケモンは初めにその学校に通って、キャンバスや不思議のダンジョンについて学んだり、他のポケモン達と上手く連携し合えるように実践練習を積んだりするの」

 説明を聞きながら、アルファはハルタやスティックといった、知り合いの探検家を連想した。セントラルエリアに学校があるという情報は、思えば2匹から得たものだったからだ。

「ハルタくんやスティックくんも探検家だって言ってたけど」
「そーそー! あの子達もシキサイ学園に通っているんだ。多分一緒に授業を受けることになると思うし、すぐに馴染めると思う!」

 アヤメの明るい表情やハルタ達と一緒であることを知ったアルファはほとんど安心しきった表情を浮かべた。突然学校に行くよう言われ、1匹で心細い印象を抱いていたが、顔見知りが何匹かいるようならきっと大丈夫に違いない……が、しかし

「でも私、この世界の常識とか……まだ知らないところ沢山あると思うんだけど……大丈夫かな? 変に思われたりしないかな……?」
「そっかー……じゃあ、記憶喪失のことはアタシから学園長先生に伝えておくよ。ハルタ達にも共有して貰えれば、アンタがまた変なこと言っちゃっても何とかなるんじゃない?」
「ううっ……そうだね」

 アルファは最近自身がやらかした言動を思い出してしまい、苦々しい表情を浮かべる。とはいえ、自身の記憶喪失問題について理解して貰えるのは非常に有難いことだと思い直した。

「……よろしくお願いします」
「オッケーじゃあ、そのことについて手紙を書くねー」

 アヤメは上機嫌でそう答えると、先程のタンスから新たな紙と封筒を取り出しに行った…………が、急に立ち止まったかと思うと、アルファの方へと向き直り慌てて戻ってきた。

「……ごめん、肝心なことを思い出した!」
「か、肝心なこと?」
「アンタさ、記憶を無くす前は人間だったんでしょ? そのことを知っているのは誰だっけ?」

 一瞬頭がフリーズしたが、アルファは少しずつ思い出を振り返りながら質問に答え始めた。
 まずアヤメに話し、スティックに聞かれて話した。その時傍にいたチュリネの女の子___ティアラも知っていることになるだろう。あとはハルタと彼が連れてきたボルドくらいだろうか。

「……うん、もういな……あ、さぁさんもだ」
「そっかー……割と結構知れ渡っちゃってるねー……」
「……え?」

 アヤメが頭を抱えたのを見て、アルファは急に不安になってきた。人間だったことを自ら積極的に話した相手はほとんどいないのだが、それでも話さない方が良かったりしたのだろうか?
 アヤメはすぐに顔を上げると、アルファの目をまっすぐ見つめ真面目な表情で話を続ける。

「……アルファ、これはアタシも何でかまでは分かってない情報なんだけど、パレットでは、人間はポケモンからあまり良く思われていないみたいなんだ」
「えっ?! ……でも、ハルタくん達に話した時はそんな雰囲気じゃなかったよ?」
「ハルタはそうよねー。あの子は人間に対して興味関心を持っているからね。昔から仲良くしていたから分かるよ。」
「え、そうだったんだ。知らなかった」

 アルファはここ数日の2匹の様子を思い返す。言われてみれば2匹ともかなり慣れ親しんだ様子であった。

「じゃあ、留守番をハルタくんにお願いしたのって……」
「もちろん、アタシの知り合いのポケモンの中で、最もその辺り信頼出来る相手だったからねー」

 確かに、何を喋りだすか分からないアルファと2匹で過ごす相手として、ハルタを選んだのは正解だったのかもしれない。下手に人間嫌いな可能性が少しでもあるポケモンを選ばない方が良いに決まってる……!
 そう理解したアルファは、自身の扱いにくさに対する申し訳なさと、自身の事をきちんと考えてくれたことに対する感謝との2つが合わさったような感情を抱いた。

「まーハルタは良いとしてさ、その他のポケモン達の反応は意外だったなー……特にスティック。前にアンタが言ってた通りなら本当、良いポケモン達に恵まれたよ……」
「そう、なのかな……。確かに明らかに嫌悪感を抱いているポケモンはいなかったし」
「うんうん。だから正直、心配する必要までは無いのかもしれないけど…………アンタはこれから、サウスから離れて行動することになるんだよね。」

 アヤメの目つきが更に真剣になった。

「セントラルはここよりずっと都会なんだ。ポケモンも情報もすごく集まりやすい場所なんだよ。ハルタみたいに元人間だと知っても仲良くしてくれるポケモンもいるかもしれないけど、アタシが聞いた感じだと、そういうポケモンは実際多くないみたい」
「そうなんだ……」
「今後はもう……アンタが人間だったことに関しては、言わない方がいいと思う。いい? とにかく、他のポケモン達の前では人間のことについては触れないこと。……分かった?」
「…………うん、分かった」





 時は戻り、シキサイ学園。

「(_____つまり私は、ここではあくまでも自分の過去を知るためだけに探検家になりに来たということにしないといけない)」

 詳しい理由に関してはアヤメもよく分かっていないようであったが……だからこそ、しばらく様子を見る必要があるんじゃないだろうか。
 アルファはそう強く自分に言い聞かせた。

「……これからよろしくお願いします!」
「うむ。何かあったらいつでも相談して下さい」

 学園長はそう言うとミルフィーユの方を向き、満面の笑みで目配せする。彼の意図を察したミルフィーユは、近くに置いてある小さな宝箱のようなものを丁寧にアルファに差し出し、中身を見せるようにして蓋を開けた。
箱の中には、 羽のついたバッジやキャンバスの地図の他に、ハルタ達が持っていたようなカバンやスカーフが入っていた。

「これらは、探検に出られる際にに必要となる道具ですわ。どれも貴重なものですから、無くさないよう気を付けて下さいね。特に、バッジとスカーフは探検家の証。肌身離さず持っておいて下さいね。」

 ミルフィーユはそう言うと、カバンの中に地図とバッジを入れ、アルファに手渡した。
アルファは試しにカバンを肩にかけてみる。スカーフも首に巻こうとしたのだが、後ろで結ぶということが出来なかった。代わりにカヌレが触角を使って結んでくれた。そして、装備し終えたアルファに対し「とても似合っている」と褒めてくれた。
 学園長はその様子を静かに見守り、ゆっくりと口を開く。

「それでは、今日のところはこれでおしまい。明日の朝、また来て下さい」
「あ、はい……ありがとうございました!」

 アルファは若干ほっとした様子で3匹にお礼を言うと、サウスエリアの方へと帰っていった。
 こうして、パレットに新たな探検家見習いが誕生したのであった……!



Itocoo_ ( 2020/12/31(木) 14:58 )