第13話 誕生!新たなる探検家
『むかーしむかし……広く大きな大地に、とある旅ポケモンがやってきました。旅ポケモンはその地がどんな場所なのかを知るために、何日もかけて歩き回りました。
しかし、どんなに遠くまで歩いて行っても小さな村ひとつ見当たりません。それどころか他のポケモンとすれ違うこともありませんでした。
旅ポケモンは、ここがまだ誰にも開拓されていないところなのだと考えました。そして、こう決意しました。
「……そうだ。今日からここを、私の手で開拓していこう。そして、ポケモン達の楽園を作り上げていこうじゃないか」
旅ポケモンはこの大地を”キャンバス”と名付け、その中心部であると思われる開けた場所を活動の拠点としました。拠点は少しずつ広がっていき、数多くの様々なポケモン達が暮らせるまでになりました。やがて、拠点は”パレット”という大きな町へと成長していったのでした_____』
「……おやおや。こんなところで読書ですか、ミルフィーユ先生」
「ひゃっ!? ……が、学園長先生」
ここは現代のパレットの中心部、セントラルエリア……の、さらに中心部にあるマルノームを模した建物の中。本棚に囲まれたとある一室に“ミルフィーユ先生”と呼ばれた、ナスっぽい蕾姿のサクラポケモン_____チェリムと、彼女に“学園長先生”と呼ばれた、紫色の大きな逆さまにした袋のようなどくぶくろポケモンのマルノームがいた。
おそらく直前まで学園長の存在に気付いていなかったのだろう。読書に集中していたミルフィーユは、彼に声をかけられた瞬間、読みかけの本をパタンと閉じてしまった。そんな彼女の様子を見て、学園長は穏やかに微笑んだ。
「あぁ驚かせてしまったようですね。申し訳ない」
「い、いえ大丈夫ですわ」
「む? この本は……『パレットのはじまり』ではありませんか。懐かしいですね」
学園長が見ていたのは、先程までミルフィーユが読んでいた1冊のやや分厚い本だった。
「ええ、いつ読み返してもとてもワクワクさせられますわ」
「うむ。……しかし、どうしてまたそんな本を?」
「もうすぐ来て下さるのでしょう? 新しい探検家が。その子にパレットやキャンバスの素晴らしさをどうしても伝えたくって……それでわたくし自身、新たな気持ちで授業を始めるために準備をしようと思いまして」
「あぁ、それでキャンバスやパレットの歴史を振り返っていたのですね。」
学園長が納得したような表情で頷いた次の瞬間、大きな木製の扉が開く音がした。2匹が扉の方へ振り向くと、そこには白と水色を基調としたむすびつきポケモン_____ニンフィアがいた。ニンフィアは桃色のつり目で学園長の姿を確認し、凛々しい声を静かに発した。
「学園長先生、新入生をお連れ致しました」
「ありがとうございます、カヌレ先生」
”カヌレ先生”と呼ばれたニンフィアは扉の方へと向き直り、廊下にいるであろう新入生を呼び出した。その後、かなり緊張しながら部屋へと入ってきた新入生のロコンに対し、自身の持つリボンのような長い触角で学園長の方へと促す。
学園長は、カヌレが触角を定位置に戻したのを合図に正面のロコンに穏やかに話しかける。
「初めまして。私はシキサイ学園学園長のフォンドです。君が、新しく探検家を志願している者ですね?」
「は、はい! えっと……アルファ、といいます」
「うむ。君のことはアヤメさんから聞いていますよ。なんでも記憶喪失になってしまい、自分が何者かを知るための冒険がしたいのだと」
「……はい」
アルファは学園長の言葉を注意深く聞き、少し間を置いてから肯定した。
「(傍に知り合いもいないし緊張するな……とにかく、アヤメさんから言われたことをちゃんと守っていかないと)」
アルファは数日前の出来事を再確認するように思い起こした。
「が、学校?」
数日前……アルファが自身とサーの正体を探るため、探検家になることを決意したあの夜のことだった。アルファから話を聞いたアヤメは、彼女に探検家になるための学校に行くよう言ったのであった。いくら記憶喪失のアルファでも流石に”学校”がどういった所なのかは分かっていた。だが、何処かきょとんとした様子であった。
そこで、アヤメはタンスから紙と鉛筆を取り出し、いつかのように簡易地図を描いて説明し始めた。
「”シキサイ学園”っていってね、セントラルエリアのちょーど真ん中の、ギルドの中にある学校なんだ。探検家志望のポケモンは初めにその学校に通って、キャンバスや不思議のダンジョンについて学んだり、他のポケモン達と上手く連携し合えるように実践練習を積んだりするの」
説明を聞きながら、アルファはハルタやスティックといった、知り合いの探検家を連想した。セントラルエリアに学校があるという情報は、思えば2匹から得たものだったからだ。
「ハルタくんやスティックくんも探検家だって言ってたけど」
「そーそー! あの子達もシキサイ学園に通っているんだ。多分一緒に授業を受けることになると思うし、すぐに馴染めると思う!」
アヤメの明るい表情やハルタ達と一緒であることを知ったアルファはほとんど安心しきった表情を浮かべる。突然学校に行くよう言われ、1匹で心細い印象を抱いていたが、顔見知りが何匹もいるようならきっと大丈夫に違いない……が、しかし
「……でも私、この世界の常識とか……まだ知らないところあると思うんだけど大丈夫かな? 変に思われたりしないかな……?」
「そっかー……じゃあ、記憶喪失のことはアタシから学園長先生に伝えておくね。ハルタ達にも共有して貰えれば、アンタがまた変なこと言っちゃっても何とかなるんじゃない?」
「ううっ……そうだね」
アルファは最近自身がやらかした言動を思い出してしまい、苦々しい表情を浮かべる。とはいえ、自身の記憶喪失問題について理解して貰えるのは非常に有難いことなんだろうなと思い直した。
「……よろしくお願いします」
「オッケーじゃあ、そのことについて手紙を書くねー」
アヤメは上機嫌でそう答えると、先程のタンスから新たに紙と封筒を取り出しに行った…………が、急に立ち止まったかと思うと、アルファの方へと向き直り慌てて戻ってきた。
「ど、どうしたの!?」
「ごめん、肝心なことを思い出した。」
「か、肝心なこと?」
「アンタさ、記憶を無くす前は人間だったんでしょ? そのことを知っているのは誰?」
一瞬頭がフリーズしたが、アルファは少しずつ思い出を振り返りながら質問に答え始めた。
まずアヤメに話し、スティックに聞かれて話した。その時傍にいたチュリネの女の子_____ティアラも知っていることになるだろう。あとはハルタと彼が連れてきたボルドくらいだろうか。
「……うん、もういな……あ、さぁさんもだ」
「そっかー……割と結構知れ渡っちゃってるねー……」
「……え」
アヤメが頭を抱えたのを見て、アルファは急に不安になってきた。人間だったことを自ら積極的に話した相手はほとんどいないのだが、それでも話さない方が良かったりしたのだろうか?
アヤメはすぐに顔を上げると、アルファの目をまっすぐ見つめ真面目な表情で話を続ける。
「……アルファ、今後はもう……アンタが人間だったことに関しては言わない方がいいと思う」
「えっ」
「よく分からないんだけど、パレットでは人間はポケモンからあまり良く思われていないみたいなんだ」
時は戻り、シキサイ学園。
(ハルタみたいに人間に対して興味や関心を持っているポケモンもいるけどね、そういうポケモンは多くないみたい)
(とにかく、他のポケモン達の前では人間のことについては触れないこと)
「(_____つまり私は、ここではあくまでも自分の過去を知るためだけに探検家になりに来たということにしないといけない)」
詳しい理由に関してはアヤメもよく分かっていないようであったが……だからこそ、様子を見る必要があるんじゃないか。アルファはそう強く自分に言い聞かせた。
「……これからよろしくお願いします!」
「うむ。何かあったらいつでも相談して下さい」
学園長はそう言うとミルフィーユの方を向き、満面の笑みで目配せする。彼の意図を察したミルフィーユは、近くに置いてある小さな宝箱のようなものを丁寧にアルファに差し出し、中身を見せるようにして蓋を開けた。
箱の中には、 羽のついたバッジやキャンバスの地図の他に、ハルタ達が持っていたようなカバンやスカーフが入っていた。
「こちら、探検に必要な道具になりますわ。どれも貴重なものですから、無くさないよう気を付けて下さいね。特に、バッジとスカーフは探検家の証。肌身離さず持っておいて下さいね」
ミルフィーユはそう言うと、カバンの中に地図とバッジを入れ、アルファに手渡した。
アルファは試しにカバンを肩にかけてみる。スカーフも首に巻こうとしたのだが、後ろで結ぶということが出来なかった。代わりにカヌレが触角を使って結んでくれた。そして、装備し終えたアルファに対し「とても似合っている」と褒めてくれた。
学園長はその様子を静かに見守り、ゆっくりと口を開く。
「それでは、今日のところはこれでおしまい。明日の朝、また来て下さい」
「あ、はい……ありがとうございました!」
アルファは若干ほっとした様子で3匹にお礼を言うと、サウスエリアの方へと帰っていった。
こうして、パレットに新たな探検家見習いが誕生したのであった……!