第6話 不思議!おねーちゃんの事情
「……さて、トレジャーバッグを返して貰おうか」
スティックが戦闘不能となったストライクに冷たく言い放つ。そして、彼の懐からヒモが切れたカバンを取り上げた。そして、中を念入りに確認し、不足している道具が無いことを確認する。
「とりあえず……保安官が来るまで大人しくしてて貰う」
「おにーちゃん、なわって、これでいーの?」
「……ああ、それで十分だ」
スティックは、ティアラが何処からか持ってきた縄を真顔で受け取り、ストライクを素早く木に縛り上げる。
「……なぁ、少々キツすぎやしないか?」
「うるさい黙れ…………腹ごしらえにこれでも食べてろ」
「? なんだ?」
スティックは、自分のトレジャーバッグからなにやら怪しげなタネを取り出し、ストライクに無理矢理食べさせる。すると、不思議そうにしていたストライクの表情の力がトロンと抜け、そのままいびきをかき始めた。
「おにーちゃん、なにあげたの?」
「睡眠のタネ」
あどけない声で質問したティアラに、スティックは真顔のまま呟くように答えた。
アルファはそんな様子をただ黙って見ていたのだった……というか、何も言えなかったのだ。
「……さて」
スティックがアルファの方を振り向いた。ティアラもそれにつられて振り向く。
「君は……ここへ何をしに来た?」
「えっ?! あ、エート……私は……散歩のついでに立ち寄っただけで、と特に何をしに来たとかじゃない……かな」
言いよどむアルファの様子を見て、スティックは「なにやら怪しい」と、ただでさえ暗い表情を更に曇らせる。なお、ティアラはそれとは対照的に、明るく目を輝かせた。
「おねーちゃん、おさんぽしてたんですか? ティアラもおさんぽすきです!」
「そ、そっかーあははははははは」
ティアラが満面の笑みでアルファの元へ跳び跳ねて行った。だが、その後ろにいるスティックからの視線が気になってしまい、アルファは上手く返事を返すことが出来ないでいた。
「い、いや、で、でも、本当の事だよ?」
信じてよ……ーって言っても信じてくれないだろう……さっきのストライクのことから、自分もティアラちゃん達の住み家を奪いに来たポケモンだと思われてもおかしくない……
アルファはなんとか理解して貰えるよう、一生懸命悩んだ。そして、おそるおそる口を開く。
「あ、あのっ! 私、ここがポケモン達の住み家だとか知らなくて……そのっ……勝手に入ろうとしてて……ご、ごめんなさい」
とりあえず、正直に話そう。素直に謝ろう……。そんな気持ちで発した言葉だった。
「……す、すぐ帰るから……」
厄介事にならない内に帰れば、多分問題無いだろう……。そう考え、帰る準備に取りかかろうとした……が
「(待って……このままどうやって帰ればいいの?)」
来た道をまっすぐ戻ればなんとか帰れる。だが、そのルートで帰るにはダンジョンを通らなければ帰れないのでは? しかも、そのダンジョンは自分1匹では突破出来なかった。今度ばかりは、スティックに付いてきて貰う訳にもいかない。なんとかダンジョンを避けて帰るには、どうすれば……?
「……おねーちゃん?」
ティアラが不思議そうにアルファの顔を覗き込んできた。アルファはスティックの方に向き直る。
「あ、あの……アヤメさんって知ってる……? 農家のキルリアなんだけど……」
「? ……ああ」
「私、そこに住まわせて貰っているんだけど……そこまで安全に帰るにはどうすればいいか分からなくて、教えて欲しいんだけど……いいかな?」
アルファはここまで絞り出すように話した。スティックはというと、少々驚いたような表情で黙ってアルファを見ていたが、ようやくそっと口を開いた。
「……分かった……だが、少し聞きたい事がある」
その声には先ほどまでの冷たさは感じられなかった。その様子にアルファの緊張が少しほぐれた。
「聞きたい事って?」
「君は……何処から来たんだ?」
「? ……アヤメさんの家だけど」
「いや、そういう意味じゃない……君は、元々はサウスの住民ではなく、何処か他の場所から来たポケモンじゃないのか?」
アルファは目を見開いた。そういえば、ロコンはここら辺じゃ見かけないんだとか……?
しかし、いくら思い出そうとしても、失った記憶は戻りそうにない。
「そ、それが……覚えてないの」
「……? …………それは、どういうことだ?」
「話してもいいけど……し、信じられないような話だよ?」
「……大丈夫だ」
「ティアラもきく」
ティアラは2匹の間に挟まるように移動し、大人しく座り込んだ。
「じ、実は……」
アルファは静かに話し始めた。自身が記憶喪失だということ……覚えていたのは“アルファ”という名前と、元々は人間だったということ……そしてアヤメから、「自身は『真夜中の森』というダンジョンで倒れていた所を発見された」と聞いたということ……。
「(成る程……それで、ダンジョンの事やここら辺の地理について知らなかった……という訳か)」
スティックはアルファの話を一通り聞いて、考えるような姿勢をとった。
「……何か分かった?」
アルファがおそるおそる訪ねてみる。もしかしたら、何か情報を知っているかもしれないからだ。だが、スティックは下を向いて黙りこくったままだった……。
そのまま少しの時間がたった頃、丘の下の方から何者かがやってくる音が聞こえてきた。
「おにーちゃん! きたよー! ほあんかん!」
「……ーっ!」
ティアラ曰く保安官と呼ばれたそのポケモンは、じばポケモンのジバコイルだった。UFOを思わせる胴体に3つのU磁石をくっつけたような外見をしている。彼は、彼の部下と思われるコイルとレアコイルを引き連れて、丘の上まで登ってきた。
「オ疲レ様デス! スティックサン! 遅クナッテシマイ、申シ訳アリマセン」
「お疲れ様です……何かあったんですか?」
「『ノースエリア』カラ『ウエストエリア』ニカケテ、大規模ナ火災ガ発生シマシテ……コチラヘ中々行ケナカッタノデスヨ」
「そうだったんですか……」
「トコロデ、ストライクハ?」
「ああ、此方です」
スティックはジバコイルを大きな木のところヘ案内する。スティックにしっかりと縛り上げられたストライクは未だにいびきをかきながら眠っていた。
「……起きろ」
「ーっんがぁ?! ……んぁ?」
スティックはストライクの顎にアッパーを仕掛けて起こした。ストライクは状況が読めないまま、寝ぼけ眼をキョロキョロさせる。
「保安官が到着した……連行の時間だ」
スティックは縄を一旦ほどき、木からストライクを解放させた。直後、コイル達の力を借りながら、再びストライクを縛り上げる。
「ソレデハ、我々はココデ失礼シマス! 逮捕ニゴ協力頂キ、アリガトウゴザイマシタ!」
ジバコイルは笑顔でそう言うと、ストライクを連行しようとスティック達に背を向けた。
「……ジバコイル保安官、待って下さい!」
「ン? ドウシマシタ?」
突然スティックから呼び止められて、ジバコイル達だけでなく、アルファやティアラもスティックの方へ振り返った。
「途中までで構いません。彼女を自宅まで送ってあげて貰えないでしょうか?」
「ソチラノロコンノ方デスネ?」
「はい、場所はアヤメさんの家です」
「アア! スグソコデスネ! 良イデショウ」
ジバコイルはアルファを自身の方へ来るよう、U磁石で促した。アルファは戸惑いながらも彼の方へ歩み寄ろうとする……が、一旦立ち止まり、スティックの方を振り返った。
「色々ありがとう……迷惑かけてごめんね……」
「あ……いや……」
「じゃあ、またね!」
アルファは満面の笑みでスティック達に別れを告げ、ジバコイル保安官達と共に丘を下って行った…………。
「……ティアラ、あのお姉ちゃんが言ってたことは、他のポケモン達には話すなよ」
「え? なんでー?」
「不思議なロコンとして、悪いポケモン達に狙われないように、僕ら3匹の秘密にしておくんだ」
「ふぅーん……わかった!」
「じゃあ、今日はもうお家に帰るんだ……そろそろお母さん帰ってくるんじゃないのか?」
「うん! バイバイおにーちゃん!」
ティアラは笑顔で手を振りながら、スティックの元を去っていった。スティックはというと、ティアラが去っていっくのを見届けた後、再びアルファが降りて行った方を見つめる。
「(元々は人間だったロコン……か。注意しておかなければ……)」
光のない彼のその瞳はどこか切なげであった。
一方その頃、アルファはジバコイル達に家まで送っていって貰い、お礼を言っていたのだった。
「本当にありがとうございます!」
「イエイエ! オ安イ御用デスヨ! 気ヲ付ケテオ帰リ下サイ!」
「はいっ!」
こうしてジバコイル達と別れたアルファの表情は晴れやかであった……が、家の方向へ向いた瞬間一気に暗くなった。
「(だいぶ遅くなっちゃった……アヤメさん心配してるよね……)」
この時点で、外はかなり暗くなっていた。いつもなら明るい内に帰っているのだが、今日は寄り道して、ダンジョンや事件に巻き込まれていたためにかなり遅くなってしまったのだ。
「(アヤメさん……怒ってないといいけど……)」
緊張しながらもおそるおそるドアをノックする。すると、中から明るい声が聞こえた。アルファはそっとドアを開ける。
「ただいま……遅くなってごめんなさ」
「やっほーーーーーー! お帰りーーーーーーーーー!」
家の中にいたのは、見慣れたキルリア…………ではなく、アルファが目覚めて初めて見るハリマロンだった。アルファはあまりにも予想外な登場に怯えてしまう。
「だ……誰…………?」
アルファはそのままドアを閉めて、見なかった事にした。