第4話 紹介!パレット
柔らかな光が見える……手元がもぞもぞする……干し草? なんで干し草が手元なんかに……? まぁいっか、とりあえず起きなきゃ…………え……? 何これ……ええ……?
「ええーーーーーーっ?!」
アルファは勢いよく起き上がる。そして、慌てて自身の身体を見た。
「なんで全身がもさもさ……って……そっか」
そういえば私、なんでかロコンになっていたんだった……!
アルファがそんなことを思い出していると、階段の方から勢いのある声が聞こえてきた。
「どーしたのーーー?!」
かなり焦った様子で駆け込んで来たのは妙に見覚えのあるキルリアだった。名前は確かー……アヤメさん。
「あ、いえ……特に何も……自分に驚いただけです……」
「そう? ならいいんだけど…………あ! 朝ご飯食べよー! お腹空いてるでしょ?」
「え、あさごはん……?」
アヤメの言葉を合図にしたのか、アルファのお腹から、なにやら可愛らしい音が寂しそうに響いた。それを聞いたアルファはとっさに顔を赤らめ、聞いてしまったアヤメは思わずクスッと笑う。
「……あ」
「降りておいで! もうすぐ出来るからさ!」
アヤメは笑顔でそう言って、軽やかに階段を降りていった。アルファもそれに続いて階段へと向かおうと立った。そして、そのまま前進しようとして_____コケた。
「いっっったぁ!!!」
「だいじょーぶーーー?」
下の方からアヤメさんの声が聞こえる……。確かロコンって4足歩行のポケモンだっけ?
「……待って、4足歩行でどうやって階段を降りればいいの?!」
ただ歩くだけなら、なんとなくだけど仕組みは分かる……だが、4足歩行で階段を降りる力など今のアルファには無かった……。アルファは階段の側までは頑張って歩き、そこから先はアヤメに助けを求めることにした。アヤメの持つ技『サイコキネシス』で下の階まで降ろしてもらった。
2匹は少し広めのテーブルに並んだ朝ご飯を食べ始めた。アヤメ曰く、「アルファの体調が昨晩あまり良くなかったみたいだから、お粥にしてみた」との事だった。よく見ると柔らかいご飯の中に、オレンの実を砕いたものが入っている。
「そのオレン、ウチの畑で採れたばかりのものなんだ」
アヤメは、スプーンでアルファの器を指し言った。アルファは、昨晩アヤメが農業しながら暮らしていると言っていたことを、ふと思い出した。
「え、と……オレンの実の農家なんですか……?」
「うん、まぁオレンだけじゃないけどねー! いろんな木の実を育ててー、探検家とかに売ったりしてんの」
「へぇー……探検家……? この辺りにはそういった職業のポケモンが多いんですか?」
お粥を食べるアヤメの手が止まる。そういえばこの子は、記憶喪失なんだった……!
「食べ終わったら、色々教えてあげるよ……もしかしたら、アンタの記憶を取り戻せるヒントになるかもしれないし」
「ーっ! ……はいっ!」
2匹はお粥を平らげ、テーブルの上を片付けた。アヤメは棚らしきところから紙と鉛筆を取り出しテーブルの上に広げた。
「本当はちゃんとした地図があるんだけど、無いから手書きで説明するね」
アヤメはそう言うと、紙の中心に円を描いた。その円から4本の線をそれぞれ斜めに伸ばした。そして、それらをひし形のようなもので囲い、最後に何やら文字を付け足した。アヤメはここまで描くと、紙をアルファに見せるように回し、口を開く。
「かなり大雑把に描くとこんな感じかなー」
「これ、何ですか?」
「パレットの地図」
「ぱれっと……?」
アルファは眉間にシワを寄せた。アヤメは説明を始める。
「今、アタシ達が立っている大地を“キャンバス”といって、そのキャンバスの中にある、アタシ達ポケモンの暮らす住居領域の事を“パレット”っていうんだ」
「あ、じゃあ……この四角の中が、パレットなんですか?」
「そーそー! で、パレットは5つのエリアに分かれてあって、真ん中にあるのが“セントラルエリア”、そこから北に“ノースエリア”、東に“イーストエリア”、西に“ウエストエリア”、そして、今アタシ達がいるのがここ、“サウスエリア”」
アヤメはここまで説明すると、再び鉛筆を持ち直し、サウスエリアの真ん中より右下辺りに小さく円を付け足した。
「で、ここがアタシの家! アンタが見つかったのが、こっから南に行ったところにある『真夜中の森』ーっていうダンジョン」
「……ダンジョン?」
「そっか、それも分からないんだ」
アヤメは持っていた鉛筆を置き、顔を上げる。
「えーとね、主にパレットの外側は“不思議のダンジョン”ーっていう、何故か入る度に地形の変わる、それこそ不思議なダンジョンが広がっているんだ」
「不思議のダンジョン……」
「で、この真夜中の森も不思議のダンジョンの1つ。丁度、サウスエリアの外れから広がっているんだよねー」
「えー……と、私、そこで倒れていたんですか……?」
「うん……そうなんだけど……」
アヤメの顔が若干険しくなる。アルファはそれにつられ、息を呑む。
「……ここまでで何か引っかかることはあった?」
「え、えーと………………」
アルファはじっくり考えてみる……。
アヤメの描いた簡易版パレットの地図を見て、自分が倒れていたらしい真夜中の森について思い出そうとしてみた。しかし……
「…………ごめんなさい、何も思い出せそうにありません……」
「そっかー……」
2匹ともすっかり項垂れてしまった。ここまで話してみて手がかりの1つも掴めないなんて……
暫くの間沈黙が続き、数分後、ようやくアヤメが顔を上げた。
「ねーアルファ、アンタ行くあてとか帰る場所とか分からないんでしょー?」
「……はい」
「だったらさ、このままウチで暮らしなよ」
「…………えっ?!」
アルファは、急に意識を取り戻したかのように勢いよく顔を上げ、アヤメの方へ視線を向ける。アヤメもアルファの方へ向き直り、そのまま話を続ける。
「そもそもここら辺じゃ、人間どころかロコンですら見かけないわけだし、下手に1匹で彷徨いていると、悪いポケモンに狙われやすいしね」
「え……で、でも」
「アタシは大丈夫よ! 可愛いお手伝いさんが来てくれたと思えば、ぜーんぜんどうってことないし!」
「でも、私マトモに歩き回ることすら出来ないし…………階段も1人じゃ降りられないし」
「まーそこは練習すれば大丈夫!」
アヤメはニッと笑顔を見せる。……確かにこのまま1匹でさ迷っても何も分からないだろうし、そもそも生きていける自信がない……。
「……ほ、本当に、いいんですか?」
「いいのいいの!」
「分かりました……かなり迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします……!」
「うん! よろしくねー!」
こうして、アルファのサウスエリアでの暮らしが始まった。最初の内は、厄介な4足歩行ロコンの身体に慣れることに集中し、階段をなんとか自力で登り降り出来るようになった辺りからは、アヤメの農業のお手伝いをするようになった。晴れた日は、時々外へ散歩に出かけるようにもなった。サウスエリアを知るために、そして自身の記憶を取り戻すためにも、散歩はアルファにとって日課と化した。始めの内は、必ずアヤメと一緒に行っていたが、慣れてきた頃には1匹でも行くようになった。
そんな日々を過ごしていく内に、1ヶ月半ほどの時が流れた。記憶は未だに戻らぬままだが、アヤメとはすっかり打ち解け、敬語が外れるまでに仲良くなった。
「散歩行ってくるねー!」
「はーい! 気をつけてねー!」
アルファはいつも通りにアヤメに挨拶をする。そして、ドアの近くにかけてある小さなカバンを肩にかけた。このカバンは、アヤメが「1匹で出掛ける時に必ず持っていくように」と言われていたものであり、中には、もしもの時に役立つ道具が説明書と一緒に入っているそうだ。
「あ、アルファー! この後アタシもウエストエリアの方へ出掛けるんだ!」
突然アヤメが声をかけてきた。ドアを開けようとしていたアルファは、一旦動きを止める。
「え? ウエストエリア?」
「うん、肥料を買いにね! だから、もしかしたらアンタが帰って来た頃にいないかもしれない!」
「あ、はーい!」
アルファは元気よく返事を返し、小屋を飛び出して行った_____。
_____そして、数時間が経過した。いつもならここで小屋へ戻るのだが
「(今日はもう少し先へ行ってみようかな……!)」
アルファは今までに入ったことのない場所へ行ってみようと決意した。これまでに散歩していたコースは小屋の周辺程度であり、いい加減飽きてきたところだったからだ。
小さなーって言ってもアルファから見ればかなり大きな柵のようなものが見える。アルファはその柵を越えてみる。その先には草原が広がっていた。
「わぁー……!」
思わず感嘆の声を漏らす。生えている草の1本1本が長く、奥の方までは見渡せない。だが、今までに見たこともない風景を目の当たりにして、アルファはかなりワクワクしていた。
「(行ってみよう……! 何か発見できるかもしれない……!)」
アルファはまっすぐ草原へと足を運ぶ。草と草の間をくぐり抜け、ちょっとした空間を見つける度に歓喜の声を上げる。暫く進むと、遠くの方に丘が見えた。てっぺんまで行ったら帰ろう……! アルファはそう決めると、丘に向かって走り出した。…………ーっとその時、背後からガサガサと、何者かがこちらへやってくる音が聞こえた……!
「ーっ! だ、誰?!」
慌てて立ち止まり、後ろを振り返る。そこには6つの卵のようなものの姿があった。アルファは前足でそっと触ってみた。すると、突然卵が動きだし、目を見開いて威嚇してきた!
「わわっ!! た、タマタマ……?」
突然の出来事で怯んでいる隙に、タマタマは勢いよくアルファ目掛けて突進してくる。アルファは避けることすら出来ず、そのまま攻撃を受けてしまった。
「いぃっっったぁ……! な、なんで……? ねえ! どうしたの? 私、何かした?」
アルファは必死に呼び掛ける。しかし、タマタマはそんな呼び掛けなど一切無視でアルファに再度襲いかかる……!
「(に、逃げなきゃ……!)」
タマタマに背を向け、アルファは必死になって逃げだした。しかし、何処へ逃げてもタマタマはしっかりと追いかけてくる……!
「ハァ……ハァ……ーっ!」
草むらを掻き分けた先に見えたのは大きな岩……! どうやら行き止まりのようだ。アルファはすぐに引き返そうと後ろを振り向く。しかし、そこには例のタマタマが……!
「(うそ…………!)」
タマタマはアルファに逃げる隙を与えず、勢いよく襲いかかる!
「(だ、誰か助けて……!)」
アルファは目を瞑り、前足で頭を押さえた。もう駄目だ……! ーっと思ったその時だった。
「……『スパーク』」
アルファの横からバチバチと音を立て、眩しい光を纏ったポケモンがタマタマ目掛けて突進してきた。
「…………え……?」
アルファがそれに気づいた時には、目の前のタマタマは完全に気を失っていた……!
わけも分からずうろたえていると、先ほどのポケモンがアルファの前に現れた。
「……大丈夫か?」
「……? う、うん…………?」
そのポケモンは、頭にギザギザに折れ曲がったハネっ毛があり、光のない瞳をしていた事を除けば、どこをどうみても、せんこうポケモンのコリンクだった。