第1話 探検!真夜中の森
広大な大地“キャンバス”。その中心部は開けており、様々な建物がそびえ立っている。そこはポケモン達の住まう領域であり、名を“パレット”という。パレットは複数のエリアに分類されており、中央に位置するのが“セントラルエリア”。そして、南に位置するのが“サウスエリア”だ。
ちょうど今、そのセントラルエリアとサウスエリアの境目にある、小さな林の中から2匹のポケモンが出てきたようだ。
「よし、着いたぞ! そういやぁ、おめぇとサウスに行くの久しぶりだよなぁ? ハルタ」
「……うん。久しぶりって言うか、最後にボルドくんと行ったのは2週間くらい前だったね」
2匹のうち、1匹はペンギンポケモンのポッチャマ、もう1匹はいがぐりポケモンのハリマロンだ。ハルタと呼んだのがポッチャマの方であったことから、ハリマロンの方がハルタで、ポッチャマの方がボルドであることがわかる。
「んじゃ、今日の依頼さっさとこなして帰ろーぜ」
「……はぁ」
ボルドが面倒くさそうに前進する。しかし、ハルタは一歩も動くことなくその場で立ち止まる。
「ん? おい、早く行くぞー?」
隣にハルタが来ていないことに気付いたボルドが、やや不満げに振り返る。ハルタは少々の間を空けて口を小さく開いた。
「……つまんない」
「……はぁ?」
「究極につまんなあぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
明るい少年ボイスが響き渡る。その声の大きさは周辺にいた見ず知らずのポケモンたちが一斉に振り返るくらいであった。そのとき彼の一番近くにいたボルドは誰よりもうるさそうに耳を押さえた。
「―ったく、っせぇな……どうしたんだよ、急によぉ」
「ボルドくん、最初の依頼はなんだったか覚えてる?」
ボルトの文句を完璧に無視し、尚且つ、一切の間を空けずにハルタが問う。ボルドに向けられた、その輝かしい瞳はとても不満げであった。ボルドは仕方なく彼の問いに答えてみることにした。
「最初? セントラルエリアの掃除」
「次の週は?」
「えーと、商店街まで挨拶」
「じゃあ、その次の週は?」
「えぇ……あ、それこそおめぇと行った郵便配達の手伝いじゃねぇか?」
「うん。次! 先週は?」
「学園長の肩たたき……っておめぇ、結局のところ何が言いてぇんだ?」
矢継ぎ早に質問攻めされて、ボルドは流石にしびれを切らしたようだ。ハルタは表情を一切変えず、口を開く。
「……じゃあ、今日の朝渡された依頼の紙、読んでみなよ」
「おめぇ、それ答えになってねぇぞ」
「いいから」
しょうがねぇな…………と、ボルドは肩に掛けてきたカバンから、なにやら文字が書かれた一枚の紙を取り出した。それをハルタにも見えるように持ち直して、書かれてある内容を読み上げた。
「『サウスエリアにいるキルリアのアヤメさんの所へ、次回はオレンの実をいくつ出荷出来るのかを聞いてきて下さいね。ちゃんと挨拶とお礼を言うのを忘れないように、そして失礼の無いようにお願いしますわ。 ミルフィーユ先生より』……これに何か変な所があったりすんのか?」
ボルドはポッチャマにしては珍しい太い眉毛を歪ませた。それを見たハルタはようやく表情を緩め、ボルドに向き直った。
「いい? ボルドくん、ボク達は探検隊なんだよ? なんでこんなおつかいみたいな依頼ばかり受けさせられるんだろうね?」
「まだ見習いだからじゃねぇのか? 確かに探検隊だけどよ」
自身の首元を見ながらボルドはそう答える。彼とハルタの首元には、いかにも真新しいスカーフが巻かれてある。それらは、どちらも薄いピンク色をしていた。彼らが巻いているスカーフは探検隊の証であり、その色によってランクが分かるようになっている。
「確かにボク達はまだ見習い……それも一番低いノーマルランクだけどさ、そろそろまともな探検隊らしい調査の依頼とか、やりたいとは思わない?」
「まぁ、そりゃ思うけどよ」
「だよね! そこで、ボクは考えたんだ! いっそ勝手に探検に行っちゃおうって!!」
ハルタは高らかにそう告げた。それを聞いたボルドは思わず目を丸くする。
「……は、はぁ?! おい、ジョーダンかよ」
「ジョーダンじゃないよ! 本気なんだから!」
そういいながらボルドを見つめるハルタの目はまさしく本気そのものだった。そのやる気満々の姿勢にボルドは圧倒されそうになる。ハリマロンの特性ってプレッシャーだったっけ?
「や、やめとけやめとけ! バレたらどーすんだよ!」
「大丈夫バレないバレない! 探検って言っても簡単そうなとこ行って帰るだけだし! ついでにアヤメさんのとこ行って、依頼をこなしてすぐ戻れば問題なーし! ね?」
「まぁ……簡単で、すぐ終わるなら? でも、早く終わっても昼過ぎるだろ? 俺ぁ昼飯とか持ってきてなんかいねぇぞ?」
「大丈夫だってば! ちゃーんとボルドくんの分まで作ってきたんだもん!」
そう言いながら見せびらかしたハルタのカバンは、オレンの実の出荷個数を聞いてくるだけの依頼をこなしに行くには、準備しすぎなくらいパンパンに膨らんでいた。おそらく2匹分の弁当以外にも、探検へ出かけるための道具などが沢山入っているのだろう。
「どうお? ボルドくんとだったら絶対成功するよ!」
「……−ったく、仕方ねぇな。そこまで言うんなら付き合ってやるよ」
これ以上反論しても曲げないだろうな。そう察したボルドが半ばため息交じりに答える。
「まぁ、俺もそれとなく行きてぇって思ってたところだったしな…………―って、ハルタ?」
横を見るとさっきまでいたはずのハリマロンの姿が見当たらない。
「何してるのー? はーやーくー!」
声がした前方を向く。はるか遠くに、見慣れたハリマロンが大きくこちらに手を振っていた。
「ちょっ……おい! 待ちやがれー!!」
ボルドはよたよたと動かしにくい足で一生懸命追いかけていった。
……まっすぐ南へ走った先に沢山の木々が見えた。ハルタが言うには、そこは『真夜中の森』というダンジョンで、昼だろうが夜だろうが光のさすことの無く、まるで真夜中のように暗いことからその名がついたとのことだ。
「ちなみに奥地まで5フロアくらいあるんだって」
「森にしちゃあ、えらい狭くねぇか?」
「ボクもそう思うんだよね。そこで! ボク達が実際に奥地まで行ってみて、本当に先に行けないのかどうか調査すればいいんじゃないかなって思うんだ!」
「そりゃあいい! 早速行こうぜ!」
「うん!」
2匹は暗い森の中を元気よく歩き始めた。ハルタの持ってきたランタンのお陰で、足元近くを何とか照らしながら進むことができた。
最初のフロアを抜けたその時、突然、ハルタの頭上で奇声が響いた。
「−っ?! 誰?」
「お、おい! ありゃあズバットじゃねぇか?!」
ハルタがランタンを掲げる。そこには2、3匹程度のこうもりポケモン_____ズバット達が飛び回っている。
「キィーーー! キイィーーー!!」
「う、うるさっ……つ、『つるのムチ』っ!!」
ハルタが頬近くにある小さな葉っぱのようなところからツルを出し、ズバットめがけて打つ。しかし、ギリギリのところで避けられてしまった。
「あぁっ! 駄目だ、当たらないよ」
「俺に任せろ! 『あわ』!」
ボルドは軽く飛び上がり、息を吸い込んだ。そして、くちばしから大量の弾のような泡を発射させた。それらはズバットめがけて飛んでいき、内いくつかは見事当たった。
「ギィ?! キィィイイィー……」
羽がびしょ濡れになり、落ちていくズバット。そこでハルタがタイミングよく『たいあたり』することで、なんとか倒すことが出来た。
2匹は戦いの場を後にし、そのまま3つ目のフロアまでたどり着いた。
「ふう……さっきは危なかったね」
「−ったく、俺がいなけりゃ今頃どうなっていたんだかなぁ〜」
「えへへ、ありがとう! さっすがボクのパートナー!」
「まぁな〜」
2匹は、ハルタが作ってきた特製サンドイッチを食べながら進んでいる。この調子で行けば、奥地にすぐ辿り着けるだろう…………そう思っていた。
「そういやさ、さっきからなんか静かじゃねぇか……?」
「確かに……さっきのズバット達みたいなポケモンが見当たらないね」
ふつう、1つのフロアにつき住み着いているダンジョンのポケモンは、計り知れないほど沢山いる。少なくとも2、3匹程度しかいないなんてことはあり得ないはずだ。
「なぁ……こんなに暗い森なんだからよ、誰かヤバいのが住み着いているんじゃねぇの? それで機嫌を損ねねぇようにーとか、むやみに起こさねぇようにーとかで静かだったりさぁ……」
ボルドが少々震えた声で尋ねる。暗闇をランタンの灯りのみで歩き始めてからかなりの時間がたった。少し怖くなってきたのだろう。しかし、当のハルタはそんなことなど気にしている素振りを感じられない。むしろ楽しんでいるように思える。
「……そういえば、この森のどこか深いところに闇に包まれた幽霊がいるー……なんて噂を聞いたことがあるよー!」
「うっっっそ……それホントにただの噂だよな?」
「さぁ? ボクは会ってみたいと思うけど?」
ハルタがニヤニヤしながらボルドの方を振り返った。_____その時!
「ひぃ―っ?!」
「な、なにっ?」
ボルドが突然悲鳴を上げる。直後、後ろを振り返る。ハルタがすぐさまランタンをボルドの後ろへ掲げた。しかし、何も見えない。
「お、おい! 今背中に何かが当たって!」
「えー? でも、何も見えないよ……?」
「ウソだろ?! ちょっとランタン貸せ!」
「あ、うん」
ボルドはやや強制的に、ハルタの持っていたランタンを奪い、あらゆる方向へ掲げた。それでも何も見えない。再度真後ろへ掲げてみるが、変わらなかった……。
ふと、上を見上げてみる。暗闇で何も見えない中に小さな青っぽい水晶体のようなものがかすかに見えた。よく見るとそれは、禍々しく鋭い光を放っている……!
「な、なんだ、アレ…………」
「わかんなーい……目玉だったりして?」
「や、やめろよっ!! ……いや、まさか……」
……幽霊? と思ったその時、水晶体の光がぎょろりと動いた。
「ぎゃああああっ!! に、に、逃げるぞっ! ハルタぁ!!」
「え? ちょっ、ボルドくん?!」
ボルドがハルタを無理矢理引っ張り、その場から逃げ出した。途中で立ち止まる事なく、ただひたすらに走った。そのまま4つ目のフロアまで逃げ回り、5つ目のフロアの入り口でようやく止まった。
「ハァハァ……ボルドくん、大丈夫?」
「こ、怖かった……死ぬかと……思った……」
すっかり疲れ果てた2匹はその場で座り込んだ。幸い、例の幽霊もどきは追いかけては来ていないようだった。
「ここは……? ……もしかして、ダンジョンの一番奥?」
これまでのフロアとは違い、そこはひとつの大きな空間となっているようだった。
「よし! これで脱出はできるね」
「あぁ。……なぁ、ちっと調べたらよ、今回はもう戻ろうぜ?」
「えぇー? 先に行けるかもしれないのに?」
「もしあったとしても、俺らの体力じゃもう無理だろ? 倒れて先生に見つかるわけにはいかねぇし」
「うぅ……そうだよね。仕方ないなぁ」
2匹はゆっくり立ち上がり、フロアをまんべんなく見渡した。特に大したものは見当たらなかったが…………奥の方でオレンジ色の何かが見えた気がした。
「ん? あそこだけ草の色が違くねぇか?」
「本当だ! 行ってみよう」
色の見えるところまで進んでいく。形がだんだんはっきりしてきた。どうやらあれは草の色とかではなさそうだ……。
「何だあれは……? ポケモンか?」
「え?! ……だったら助けないと!」