第12話 発見、そして始動
(人間だった時の記憶とか、取り戻したいって思ってる?)
(しばらくは教えて貰えないのかもねー)
(サーは何から伝えたら良いのかすら、分からなかったんだと思うな)
「___ちゃん」
「……?」
「アルファちゃん!」
「…………ーっ!」
突如名を呼ばれ、アルファは我に返る。声のした方を振り向けば、そこにはハルタが若干呆れたようでとぼけたような表情で立っていた。
ここは不思議のダンジョン『迷いの草原』。アルファは昨日……いや、一昨日の夜の夢に出てきたアルファの親友(自称)の正体を探るため、ハルタと共にスティックのいる『陽だまりの丘』へ行こうとダンジョンに潜っていた。
「どうしたの? なんかボーッとしてたよ?」
「え? あ! ご、ごめんね! 考え事してた」
「そうお? ならいいか。早く行こう?」
「う、うん……」
ハルタが前を向き、跳ねるように前進し始めた。アルファも彼の後ろを付いていった。ハルタの歩行スピードはやや速く、時々見失いそうになる。
「(スティックくんに聞いて……もし何も分からなかったら……私は、どうすれば良いんだろう)」
昨夜、アヤメに言われたことが気になって仕方ない。ただでさえハルタに着いていくのに精一杯なのに時々立ち止まりそうになる……。
「_____ちゃん、アルファちゃん!」
「……ーっ!」
「大丈夫? あんまりダンジョンに留まってると飛ばされちゃうよ」
「飛ばされる??」
「えーと……なんでかは分からないんだけど、兎に角ダンジョンに長くいると、突風が吹いて、どこかに吹き飛ばされちゃうんだって!」
アルファにはダンジョンや突風の仕組みとかはさっぱりだ。しかし、早く進まないと大変なことになるということだけはよく分かった。
「わ、分かった! 兎に角、階段まで進めば良いんだよね??」
「そう! 今度こそ大丈夫だね! じゃあ行こう」
ハルタは安心しきった様子で、再び階段を目指し進み始める。今度こそはアルファも余計なことは考えずにハルタにしっかり着いていった……。
_____そして目的地、陽だまりの丘。
2匹は着いた瞬間スティックを探した。幸い彼はすぐに現れてくれ、2匹を自身の住処まで案内した。
スティックの住処は小さな洞穴のような所であった。ランタンに火を灯すと、草花や苔むした岩に光が当たり、全体が緑色の空間と化し綺麗だ。スティックは2匹を洞穴の中央に置いてある石で出来たテーブルへと案内する。
そして3匹はテーブルを囲んで座り、例の夢について話し始めた。
「_____という訳で、心当たりとかあるかな? あるよね??」
「無いな。」
迷いを一切見せずバッサリ言われた。だが、そこで諦めないのがハルタだ。
「ええーーーー??! ……ホントはあるんでしょ? あるんだよね??」
「……いや」
スティックは静かに首を横に振った。
「んーでもさー、真夜中の森に幽霊がいる、なんて言ったのはスティックくんだよ? 何もボクらに隠す必要なんて何処にも無いじゃないか」
「……確かにそうは言ったが…………ポケモンの夢にまで入り込むような、幽霊は知らないからな」
「ううっ……アヤメさんと同じ事を……。でも、特徴はおんなじだったんだよ? ホラ、青い水晶体みたいなのがあってぇー他は真っ暗でよく見えなかった! ね? アルファちゃん」
「ふぇ? あーうん!」
アルファはハルタから唐突に話しかけられる事に、いい加減少し慣れてきたといった様子で返事をする。
「…………他の部位が見えなかったのは……その、幽霊を見かけた場所がどちらも見通しの悪い場所だったからではないのか?」
「えぇー? でもそれって幽霊だから見えなかったんじゃないの??」
「その可能性もある……だが…………正直、幽霊じゃなく、生きたポケモンだと思うんだ」
「……っ!」
「ええーーーーーーーーーーーーー?!!」
スティックの慎重な発言に2匹はかなーり驚いた。特にハルタ。
「ちょっと待って? 待って待ってよ! そんなポケモンが本当にいるの??!」
「……あくまでも、その可能性があるとしか、言えないが」
「ええー? 教科書にそんなポケモン載ってたっけ?」
「……ゴーストタイプ辺りかな」
ハルタが頭を抱え込んだその時、アルファが何気なく口を開いた。
「ゴーストタイプなら、幽霊みたいな見た目のポケモンだっていっぱいいるし、探せば青い水晶体みたいな目玉を持つのもいるかも……」
「アルファちゃん……??」
「青っぽい目のゴーストタイプ……ヤミラミとかどうかな……?」
「や、やみ??? す、スティックくん分かる??」
しかし、スティックが答える間もなくアルファは喋り続ける。
「でも、なんか違ったような……? あ、目玉じゃなかったかもしれないよね。どこか他の身体の一部とかかも…………ーって、あれ?」
ーっと、ここまで喋り倒してようやく2匹からの視線に気付いた。
「ーっ!! ご、ごめんねっ! 私また1人で考え事しちゃってたよね?!」
「えっ、考え事??」
「……問題ない。声に出ていた」
「え? ……ーっ!!!」
スティックに真顔で指摘され、アルファは状況を完全に理解した。そのまま顔を真っ赤に染め、硬直してしまう。そんな彼女をよそにハルタが話を進めていく。
「ちょっと待って?? ごーすとタイプのポケモンなんてまだ習ってないよ? ヤミなんとかってポケモンも聞いたこと無いし!」
「……確かに、この辺りのポケモンじゃ無さそうだな……」
「そっかぁじゃあ、なんでアルファちゃんが知ってたんだろう? 記憶喪失のはずなのに……ねぇ、アルファちゃん」
「ふぇ? あ、ハイ」
「確かキミって、名前と人間だったこと以外覚えてなかったんだよね? さっき言ってたポケモンってどこで聞いたの?」
「えー……と___」
そういえば、どこで聞いたんだろう?
気がついたらアヤメさんの家で、何故かロコンになってて……
思えば私はロコンっていう、ここら辺じゃ見かけないらしいポケモンを、どうして知っていたんだろう……?
アルファは家に帰り着いた今でも悩み込んでいた。ハルタから聞かれたあの時、結局答えを出せずに終わり、そのまま帰ったアルファは、晩御飯や寝る準備を適当に済ましていつもの屋根裏へと駆け上がった。そして、すっかり日の沈んだ空を部屋の窓からぼんやりと眺めていた。
(君が思い出せていないだけで……他にも記憶が残っているんじゃないのか?)
(夢の中にポケモンが入ってきたように見えて、実は君の中の曖昧な記憶が夢として出て来ていた……のかもしれないな)
帰り際、スティックに言われた言葉を思い出す。あの時、ヤミラミなどのゴーストタイプのポケモンの特徴を、記憶を失っていたはずの頭で平然と考えられていた。
「(そういえば、この感覚は前にもあったような…………?)」
アルファは、これまでの生活を振り返ってみる。とはいえ、ここ数日の出来事くらいしかすぐに思い出すことは出来ない。だが、それだけでも十分なくらい簡単に思い出せてしまった。
そう、ハルタと初めて会話したとき……
(な、なんで私の事知ってるの?)
(私はハリマロンの知り合いがいたこととか聞いてないんだけど……?)
そして、初めて迷いの草原へ行ったときも……
(だ、誰?!)
(た、タマタマ……?)
「ーっ!! (そうだ……そうだよ! 私は……名前と人間だったこと以外に、沢山のポケモン達のことも、知っていて……ちゃんと、覚えていたんだ!)」
しかも、それだけではない。今彼女が思い出したポケモン達は、全員ここら辺___パレットに住んでいるポケモンだ。つまり、アルファはパレットに住まう身近なポケモンも、見かけることすら無くこの辺りのポケモン達が知らないようなポケモンも知っていたことになる……!
「……じゃあ、私は……何処から来たんだろう」
もし、サーがいるであろう真夜中の森やウエストエリア外れの墓場から来たとしたら、そもそもロコンやヤミラミなどのポケモンについて知らなかったのではないだろうか? 恐らく自分は今までに挙がっていない別の所から来たに違いない……と、アルファは考えた。
「私って……もしやパレットの外側……未開拓のキャンバスから来たのかな……?」
だとしたら辻褄が合う。自分やサーの正体についてハルタやボルドは勿論、アヤメやスティックも分からなかったのだ。
「(そうかもしれない……でも、それだと何処に行けば分かるのかも分からない……)」
場所が未開拓地となると、少なくとも知り合いは勿論、パレットの誰に聞いても明確な答えは戻ってこないだろう。サーが再び訪れた際にせめて場所だけでも聞けたら良いのだが……
「(でも、さぁさんが次いつ来るのかが分からない……)」
『闇の深い夜にまた会いに参上する』とは言われたものの、それが具体的にいつになるのかがハッキリしないのだ。また、スティックの二つ目の予想、『アルファの中の曖昧な記憶が夢として出て来ていた』の方が正しい可能性だってあるのだ。
しかし、
(サーは何から伝えたら良いのかすら、分からなかったんだと思うな)
アヤメの台詞が蘇る。分からないことだらけで悩んでいるのは自分だけじゃない。記憶を失くし、いまいちピンと来なかったとはいえ、自分の親友だ。もし本当に実在するのならば、思い出せるものなら……なんとか思い出してあげたい。
アルファはそう考えると同時に、何とか行動に移せないか考えてみた。しかし、誰かに聞く以外に方法が分からない。
「(せめて……私が、真夜中の森に行けたら…………!)」
迷いの草原とは違い、自分とハルタの2匹でも危険だとされているダンジョンだ。そう簡単には行けないだろう。
「でも、私はそこで倒れていたんだよね……? そこをハルタくん達に助けられたって聞いたけど……」
ハルタはボルドと2匹で森まで行けた。ダンジョン経験がほとんど皆無な自分では足手まといになってしまう。
「…………よし!」
アルファはずっと下げていた頭をようやく上げた。そして、下にいるアヤメの元へまっすぐ向かっていった。
ちょうどアヤメは納品する木の実の仕分けをしていたようだ。屋根裏からロコンが駆け降りて来たのを見たアヤメは突然の出来事に驚く。
「あ、アルファ?!! どうしたの急に??」
「アヤメさん! ……ハルタくんやスティックくんってパレットの探検家だったよね?」
「え? あーウン、そうだね」
「わ、私でも、なれるかな? その…………探検家に」
「え? えーと……」
アヤメは唐突な出来事についていけず、言い淀む。しかし、これまでの彼女の言動を考えてみると、目的くらいは何と無く分かったようだ。目を丸くしたまま、穏やかな笑顔でそっと答える。
「……いーんじゃない?」
_____ところ変わって、同じ頃のセントラルエリア北部。ノースエリアとの境目辺りから2匹のポケモンが現れた。よくせいポケモンのニャオニクスのオスと、そのメスだ。
「……お? 一気に開けた所に来ちゃったにゃ〜ここはー……何処だ??」
オスの方が少し前に出てきて、辺りをキョロキョロと見渡す。その後を静かに追ってきたメスも、もと来た道を中心に見渡した。
「バル、ここ セントラル」
「お? じゃあ、あのでっかい建物が例のシキサイガクエンってやつだにゃ?」
バルと呼ばれたニャオニクスのオスはひどく興奮した様子で目の前の大きな建物を見上げる。
「いやぁ〜やっぱこっちで良かったんだよ! 流石俺ぴっぴ! て〜んさい!」
そして、謎の決めポーズをとった後、メスのニャオニクスの方へと振り返った。
「にゃあドラム! ここら辺の空気、今までんとこよりずっと綺麗だぞ? それ外してみたらどうだ?」
メスの方はどうやらドラムと言うらしい。
彼女の首もとをよく見ると……よく見なくても、薄い若草色のマフラーが巻かれており、鼻と口をそれで覆っていた。
「……」
ドラムは何も答えること無く、悲しげな目をして俯いた。
「……無理かぁ。やっぱ不安だよにゃ」
「…………ごめん、にゃさい」
「謝らにゃくて良いんだぞ? 俺ぴっぴに任せろ! にゃ?」
バルはそう言いつつ、ドラムの頭を優しく撫でる。それに合わせて、気持ち良かったのかドラムの表情が和らいだ。
「ところで……本来にゃら、聞き込みを始めたいんだけど」
「もう 夜。」
「今日はもう、どっかで休むか!」
「……探す 明日?」
「おう! 何処にいるんだろうにゃあ……スティックのやつ」
2匹は静かに建物を後にした。