第9話 辿れ!記憶の欠片
「……ずるい」
目の前のハリマロンが小さく呟いた……と思いきや
「究極にずるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!」
−っと、明るい少年ボイスで叫ばれた。その声の大きさはアルファが思わず耳を塞ぐほどだった。
そして次の瞬間、テーブル越しのアルファの方へ上半身をずいっと寄せてきた。
「何で?! 何で幽霊にそう簡単に会えるのさ!」
「ゆ、幽霊?」
「ボク、幽霊なんてい・ち・ど・も! 見かけたことすら無いんだよ? それなのにキミは!! あろうことか夢の中で!! ずるい!! ずるいよ!!!」
「そ、そんなこと言われても…………」
そもそも幽霊だなんて一言も言っていないのに……―っと、アルファは心の中で呟いた。
「しかも、その幽霊とは親友だったんでしょ??」
「ま、まぁ……(向こうが言うには、だけど)」
アルファが夢の中で出会った“サー”は、ハルタの中ではもう完全に幽霊ということになってしまっている。アルファは彼に対し、訂正するのを諦めた。もしかしたら本当に幽霊なのかもしれない。
「(でも……)」
そもそも幽霊とは、死んだ者が成仏出来ないままこの世でさ迷う姿のはず。もし本当に幽霊だったとしたら、元々はポケモンだったのか……? それとも、人間だった頃のアルファと親友だったことから、サーも人間だったのか……?
アルファは一生懸命考えてみた。だが、答えなど見つかることは無かった。その間、ハルタはずっと駄々をこねていた。
「いいなぁいいなぁいいなぁ……何で覚えていないのさ」
「ううっ……」
もしも本当に自分の親友だったのなら……と思うと無性に申し訳ない気持ちが込み上がって来た。そんな気持ちからアルファは、じっとこちらを睨んでくるハルタから目を逸らしてしまう。
そんなアルファの様子を見かねたハルタはようやく冷静になった。
「……ごめん。キミはここに来るまでの記憶を失くしていたんだったよね。いくら親友でも覚えていないよね」
ハルタはここまで謝罪すると、顔を上げて気持ちをパッと切り替えたような晴れやかな表情に変化した。
「よし、話を整理してみるね。まず、キミは夢の中で“さぁ”ーっていう幽霊に出会った。そして、人間だったころのキミと親友だった事を知らされたんだよね?」
「……うん」
「で、詳しく聞こうとしたら逃げられたんだ?」
「えーと……逃げられたって言うか…………」
アルファは夢でのサーとの会話を再度思い出してみる。
(今宵はどうもこれでお別れのようだ)
(え……?)
(もうすぐ夜が明ける。私は強い光のあるところが大の苦手なのだ)
そしてそれを、夢を見ていないハルタにも分かってもらえるように説明する。
「……確か、夜が明けるから今夜はお別れみたいなことを言ってた気がする」
「まあ、そうだろうね。幽霊が昼間に活動しているなんて聞いたこと無いし……………………ーって、“今夜は”?」
ハルタはまたもアルファの方へ身を乗り出した。とうとう首元から垂れ下がっているスカーフがカレーに浸かってしまったようだが、今はそれを教えてあげられる状況ではない。
「ねえ……今夜はってことはさ……、その幽霊にまた会えるってことだよね?」
「そ、そういえば……」
(……闇の深い夜にまた会いに参上する。次回は、今宵よりも早く参ろう)
アルファはサーが別れ際に言い放った捨て台詞を頑張って思い出した。
「……なんか、闇の深い(?)夜に……今日より早く来る……みたいなことも言ってた気が」
「えぇーーーーーーーっ!? いいなぁいいなぁいいなぁ……ねぇ、その日だけちょっとボクと入れ替われたり出来ないかな?」
「え゛?」
「ーって、それは流石に無理だよね……そもそも闇の深い夜? だっけ? それって……いつの夜なんだろう?」
前の質問に答える間も無くハルタから別の質問が繰り出された。そして、アルファはハッとした。次にサーが現れるであろう“闇の深い夜”とは、具体的にはいつのことなのだろうか? アルファは再び、昨夜の記憶を辿ってみた…………が
「(…………ダメ。思い出せない……それに、何か言っていたような気も特にしないし……)」
「……どうお? 分かるかな? アルファちゃん」
心配そうに見つめてくるハルタに対し、アルファは静かに首を横に振った。
「そっか……」
ハルタはそれだけ呟き、ようやく黙り込んだ。
それから、数分後。先に口を開いたのはハルタだった。
「……うん…………よし! アルファちゃん! 少しの間待ってて!!」
そして、何かを決心したような顔つきで立ち上がり、軽やかに玄関へ向かった。あまりにも唐突なハルタの行動に、アルファは戸惑いを覚えた。
「えっちょっと待ってっ!! ど、どこへ行くの??」
「セントラルー!」
ハルタはそれだけ答えると猛スピードで外へ飛び出して行ってしまった。アルファも慌てて外へ飛び出し彼を追いかけたが、もう既にその姿は見当たらなかった。
「(急にどうしたんだろう? セントラルって確か……)」
アルファは以前アヤメに教えて貰ったパレットの地図を思い出す。セントラルはサウスから北へ進んだ所に位置するエリアだったはず。
「(でも、近い所にあるような場所には思えなかったけど……)」
アルファは少し不安になってきた。アヤメがいつ帰ってくるか分からない今、ハルタまで出て行ってしまった。このまま待っていても大丈夫なのだろうか……? だが、そうするしかない。
…………そんなことを思っていた時、背後の草木が揺れる音が聞こえた。
「ーっ?! だ、誰?」
驚いたアルファが振り向いた先に現れたのは、昨日『陽だまりの丘』で出会ったギザっ毛のコリンクだった。
「あ、え…………えー……と」
「…………スティックだ」
彼はアルファを見るなり、真顔で淡々と遅い自己紹介をした。

始めに、スティックはアルファの額にある毛_____昨日『陽だまりの丘』でストライクに刈り取られた部分_____を見つめた。そして、声色を一切変えず、アルファに謝罪する。
「……あの時は危険な目に遭わせたよな。ごめん」
「えっ? ……あ! う、ううん! いいよそんな……(私の不注意でこうなったんだし……)」
アルファは一瞬何のことだか分からず、少し戸惑った。だが、彼の視線から察し、緊張を隠せない表情で答えた。
スティックはそんなアルファを無視するように話を続ける。
「ところで、先程君の家から出ていったハリマロンについてだが……」
「え? ……ハルタくんのこと?」
「ああ…………知り合い……なのか?」
“ハルタ”という名を聞いて、スティックは少々驚いたような表情を見せる。その表情と「知り合いなのか?」という問いに、アルファは彼以上に驚いた。
「え、待って知り合いって……は、ハルタくんのこと知ってるの?!!」
「……知ってるも何も、同じ探検家だからな」
探検家と聞いてアルファは納得出来た。ハルタは自己紹介の時に自身が探検家であることを宣言していたのを思い出したからだ。
「あなたも、探検家だったんだ……」
「ああ…………それで、君は何故彼を知っているんだ?」
スティックが話を元に戻す。
「え……と、私はハルタくんとは昨日知り合ったばかりなんだよね……あ! そう、アヤメさんがノースへ泊まり込みで手伝いに行ってるみたいで、それでハルタくんは留守を頼まれて来たみたい」
「……なるほど、それで知り合ったのか」
アルファからの説明を受けてスティックは元の真顔に戻った。
「…………そういえば、ハルタくんがどうかしたの?」
「あ、いや……ウエストエリア出身の彼が、この時間帯にアヤメさんの家から飛び出してきた事に、少し疑問を感じただけだ。……彼は、ここから学校へ行ったんだろう」
「え? ……学校?」
アルファはまたも質問に質問を返した。“学校”なんてアヤメの家での生活が始まって初めて聞くワードだったからだ。
スティックはそんなアルファに対し、恐る恐る尋ねる。
「…………何も言わずに出ていったのか?」
「ううん……セントラル、とだけ言ってた」
「(セントラル、とだけ?) ……他には何も聞いていないのか?」
「……うん。あ、行く前に「少しの間待ってて」ーって言ってた」
「少しの間……か」……と、スティックは悩ましい表情を見せた…………が、すぐに「まぁいい」……ーっと、元の表情に戻った。
「……急で悪かった。じゃあな」
そして、相変わらず淡々とした声でそう言うと、アルファに背を向け去って行ったのであった……。
「(結局何が目的だったんだろう……?)」
アルファはとぼけた顔で黙ったまま、コリンクに対し右前足を振った。
「(まぁいっか……カレーの残りでも食べながらハルタくんを待とう……)」
そして、ため息をつきながら家の中へ戻り、テーブルに残された自分の分のカレーを食べ始めた……。
ハルタが帰って来たのは、スティックと別れてから数十分後のことであった。
「アーーーーーーーーールーーーーーーーーーファーーーーーーーーーちゃーーーーーーーーーーーん!!!!! たっっっだいまーーーーーーーーー!!!!!」
「……お、お帰り」
アルファはカレー皿を片付けながら若干引き気味に答えた。
「……お、遅かったね……意外と」
「ごめんごめんっ! 思ってたより手間取っちゃった!」
「はぁ…………えーと、何をしに行ってたの?」
「連れてきたよっ!!!」
ハルタは満面の笑みで高らかに答えた。そのハイテンションぶりにアルファは着いていけていない。
「……え、誰を?」
「ホラ、自己紹介……ーってあれ???」
ハルタは後ろを振り向いた。しかし、そこには誰もいない。
「おかしいなー? 一緒に来たハズなんだけどなー??」
不思議に思ったハルタは玄関まで戻り、ドアを開く。すると、外から何者かの息の切れた音が聞こえた。
「あ、いた」
「「あ、いた」じゃねぇよ……おめぇが速すぎるんだよ……ーったく……ハァ、ハァ……」
ハルタより若干低めの少年ボイスで答えながら、よたよたと駆けてきたのは太い眉の目立つポッチャマだった。ハルタは、彼がようやくドアまで辿り着いたのを確認し、アルファの方へ向き直る。
「じゃあ、紹介するね! ボクのパートナー、ボルドくんだよっ! で、ボルドくん、あの子があの時のロコン、アルファちゃんだよっ!」
ハルタは晴れやかな笑顔で双方へ紹介し、そしてこう言った。
「さぁ! 夢で再会した幽霊について、謎解きを再開しようか!」
_____この時、少なくともアルファの頭上に疑問符が多数浮かんでいたのは言うまでもないだろう。