第8話 誰?夢の中での再会
「…………ん……うーん……」
なんだか長い時間のたった気がした。もうそろそろ朝だろうか……?
アルファはいつも通りにゆっくりとまぶたを上げる。
「あ……あれ?」
視界に映し出された景色は明らかに朝の屋根裏部屋のものではなかった。真っ暗な中にいくつかの弱々しい光が見えた。その光は1つ1つが非常に細々としてあったが、夜空の星々と例えるには何処かぐにゃぐにゃに曲がったようなモノに感じられる……。
「ここは……どこ……?」
アルファは周囲を見渡そうと、身体を起こそうと力を入れる。
「うっ……(身体が重い……? 何で??)」
それでも、これまでただ起き上がるのに使ったことのない力を振り絞ってなんとか立つことは出来た。そして軽く息を整えた後、周囲を見渡してみた……。
何処も彼処も真っ暗な闇に包まれており、ぐにゃぐにゃと曲がった弱々しい光が見えるのみ。そして、本来の屋根裏部屋ならばあるはずの窓すら確認出来ない……。
「え……う、そ…………」
アルファはそのまま真下へ視線を向ける。床も全く同じ景色だった。干し草などは一切見えず、周囲と同じ真っ暗な景色がただ広がるのみ……。もう、どう見ても異空間だった。
「そんな…………アヤメさーーーん!!!」
しかし、彼女は出てくる気配どころか声すら聞こえない。
「え、いないの……? ーって、そっか。」
そういえば今日、アヤメさんは火事の修復作業を手伝うためにウエスト……違う、ノースエリアへ行っていたんだっけ……? 泊まり込みで……。
アルファは夕方頃にハルタが言っていたのを思い出す。泊まり込みで行っているのならば、まず家には居るはずがないので呼んでも返事がこないのは当然だろう。
「(じゃあ……ハルタくんならいるよね?)……は、ハルタくーーーん!!!」
しかし、留守を頼まれたはずの彼も出て来ない。アヤメと同じく、返事も全く聞こえなかった。
「じゃ、じゃあ…………私1匹だけ……なの? そもそもここは……?」
「ここはそなたの夢の中だ」
突然、背後から怪しげな重低音ボイスが聞こえた。アルファは大変驚いて声のした方を振り向いた。しかし、真っ暗な闇以外には何も見えない……。
「……気のせいよね?」
「いや、気のせいではない。」
次の瞬間、暗闇の中に小さな青っぽい水晶体のような目玉が現れた。それは、禍々しく鋭い光を放っており、まっすぐアルファを見つめている……!
アルファは思わず後ろにひっくり返ってしまった。目玉と視線がしっかりと合ってしまい、逸らすことも出来ない……!
「久方ぶりだな。アルファ……随分と探した」
「ぇ……だ、誰…………?」
アルファは蚊の鳴くような小さい声で尋ねる。自己紹介無しで突然アルファの名を呼び、さらに“探した”と言っていることからアルファのことを知っているとみられる。
だが、自身がポケモンになって1ヶ月半。これまでの生活の中で、このような禍々しい目の持ち主に出会ったことなど1度も無かった。
……となると、アヤメの自宅で目覚めた時以前に出会っていたのだろうか? しかし、そんなことを考えている余裕など今のアルファには無かった。
「アル、ファ……? もしや、私のことが分からないというのか?」
アルファは小さくコクリと頷いた。
「……そうか、そなたはポケモンになってしまっただけではなく、私の事まで忘れてしまったのか……」
鋭かった眼光は一気に弱まり、真下を向いた。そこからは少々悲しげな雰囲気を感じられる。
ようやく今の感覚に慣れ始めたアルファは、ゆっくりと上体を起こす。そして、恐る恐る目玉の持ち主に対し再度問いかけた。
「あなたは……誰ですか……?」
「私はサー」
「(……さぁ?)えっ……と、分からないのですか……?」
「? ……いや、“サー”というのが私の名前だ」
聞いた感覚で言えば、サーは禍々しい目からは想像もつかない妙な馴れ馴れしさを醸し出す声色であった。
「あの、さぁさんは私のこと……知っているんですか?」
「“サー”で良い。私も人間だった頃のそなたに、そう呼ばれていた。」
「えっ?!」
「アルファ、私はそなたの親友だったのだ」
それを聞いた瞬間、アルファは驚愕した。
この禍々しい青い光を放つ眼以外、正体を見せない謎の男(多分)が、人間だった頃の自分の親友だなんて! 正直、信じられないとしか言いようがない。
……しかし、ポケモンになる前の記憶を失っているアルファの中では、記憶を失くす前の自分がどのような人物だったのか、真夜中の森までどのようにしてどこからやってきたのか、何故ロコンになってしまったのか等……聞きたいことが次々と溢れていた。
「あ、あのっ……聞きたいことが……」
「そうだろうな……だが、今宵はどうもこれでお別れのようだ」
「え……?」
「もうすぐ夜が明ける。私は強い光のあるところが大の苦手なのだ」
サーは落ち込んでいるような声でそう言った。
「じゃ、じゃああなたは何故私の夢の中なんかに……」
「……本来ならば、お互い状況を共有したいところであった。だが、今はどうも難しいようだな」
「あっ………………ごめんなさい。何も覚えていなくて……」
「謝る必要などない。……闇の深い夜にまた会いに参上する。次回は、今宵よりも早く参ろう……では」
サーは、再度鋭い眼差しをアルファに向け、深い闇の中へ去っていった…………。
それからしばらくして……
「……う、うーん…………ん?」
「あ、起きた? おはようアルファちゃん!」
アルファの視界に映ったのは、いつもの干し草に屋根裏部屋の床……。どうやら今度ばかりは本物の朝だったようだ。
「なんだかぐだーっとしてるけど大丈夫? 夕べの疲れがとれていないのかな?」
アルファはゆっくりと視線を上げ、心配そうにこちらを見つめてくるハリマロンの姿を確認した。そして、状況をようやく理解した。
「あ……そういえば、夢……だったんだ」
「夢? どんな?」
ハルタにそう聞かれ、アルファは頭を抱えた。
「夢って言うか、なんていうか……」
「え? 夢じゃないの?」
「感覚がなんかこう……夢とはちょっと違うっていうか……」
「ちょっと違う???」
「……でも、夢って言ってたし……やっぱり夢なのかな……?」
「結局、夢で合ってたの??? うーん究極に難しいね……」
アルファにつられ、ハルタも考え込んだ。だが、少しして晴天のような笑顔を取り戻した。
「アルファちゃん! その話、朝御飯を食べながらでいいからボクに聞かせてくれないかな?」
「え? ……ちょっと……ううん、だいぶ信じられないような話だけど……」
「大丈夫大丈夫!! じゃあ、下に降りよ? 朝カレーが待ってるよー!」
ハルタはそう言うと、軽やかに階段を降りて行った。
「(理解して貰えるかは分からない……けど、話しておいて損はないよね……!)」
アルファも彼に続いて、階段を降りて行ったのであった。