第7話 やっほー!ハルタだよっ!
「……ーっええ?! アヤメさんが帰って来れない??」
アルファの驚きに満ちた声が部屋中に響き渡る。
ここはアヤメとアルファの家。アルファが散歩から帰って来て数分後の出来事である。アルファは1匹のハリマロンと、いつもご飯を食べるときに使っているテーブルを囲んで座っていた。
「うん、実は……ノースエリアにある研究所から、なんか薬品が漏れたみたいでね……それで、すんごい火事になっちゃったんだ」
「(それって……確かジバコイル保安官が言ってた……)」
向かい側に座っているハリマロンが、アルファに対して神妙な面で説明を始めた。それを聞いたアルファは、陽だまりの丘でジバコイル保安官が、スティックに火災について説明していたのを思い出す。
「もしかしてその火事って、ウエストエリアまで拡がった大規模な火災?」
「あれ? 知ってたの?」
「うん、ジバコイル保安官が言ってた」
なら話は早いと、ハリマロンは話を進める。
「それで、アヤメさんは街の修復を手伝うために、泊まり込みでノースの方へ行ったんだ。その時、アヤメさんに遭遇したボクはお留守番を頼まれたってわけ!」
「そっかぁ……」
ここまで聞いてアルファはようやく状況を理解した。だから、帰りが遅くなったにも関わらずアヤメさんが居なくて、代わりに見知らぬハリマロンがいたのだ……と。
「……自己紹介が遅れたね、ボクはハルタ。パレットの探検家だよっ! ーって言っても、まだまだ見習いのノーマルランクなんだけど…………よろしくねアルファちゃん!」
ハルタはにっこりと輝かしい笑顔をアルファに向け、茶色い右手をまっすぐ差し出した。アルファはその右手にそっと前足を添える。
「ーっえ? な、なんで私の事知ってるの?」
「? もしかして、アヤメさんからは何も聞いていなかったの!?」
ハルタはきょとんと首をかしげて、頭のトゲを揺らした。そして握っていたアルファの前足から手を離し、テーブルの上のマグカップを掴む。
「何もって……私はハリマロンの知り合いがいたこととか聞いてないんだけど……?」
「えぇーそっかぁ。少しくらい話してくれても良かったのになぁ」
ハルタはアルファの答えに苦笑いで答えると、マグカップの中身をひとくち飲み、話を続ける。
「キミは『真夜中の森』っていうダンジョンの奥地で倒れていたんだ」
「あ、それは聞いたよ!」
「そうそう! で、ここまで運んだのがボクなんだ!」
ハルタが自信たっぷりに答える。アルファはきょとんとしたままだ。
「……ーって言ってもボク1匹だけじゃなくて、2匹で運んだんだけど……」
「2匹? アヤメさんと?」
「ううん、ボクのパートナーと2匹でね! ここにはいないんだけど……いずれ紹介するよ!」
ハルタはアルファを発見した時のことを思い出す。パートナーであるポッチャマの少年、ボルドと2匹で初めて探検した『真夜中の森』……。
そこで、成り行きで助けることになったロコンの元気そうな様子に安堵した。
「あ、あの……た、助けてくれて本当にありがとうございました……」
「えへへーどういたしましてっ! ……ところで、お腹空いてない?」
「……あ、そういえば」
その時ハルタの言葉を合図にしたのか、アルファのお腹から、可愛らしい音が待ちくたびれたように木霊した。アルファはそれを聞いて、とっさに顔を赤らめる。
「ああああのっっっこここれはははっっっ」
「アハハハハ……ナイスタイミングだねっ! よーし晩御飯にしよっ!」
ハルタは明るくそう言うと、赤面のまま項垂れているアルファをよそに、鼻歌交じりでキッチンへと向かった。そして大きめの鍋からフタを取り、玉じゃくしで中のものをかき混ぜる。
「アヤメさんから聞いたけど、カレー好きなんだってね」
「え、まぁ……どちらかと言えば好き、かな。あんまり辛いのは無理なんだけど」
「えぇー? 中辛なら大好物って聞いたのに……ーってことは、またかぁ!」
「また?」
「あのキルリア、自分の好きなものをボクに作らせたみたい」
「(確かにアヤメさん好きそう……)」
「まぁいっか。美味しいから食べてみて!!」
そう言いながら、ハルタはテーブルに楕円形の器を置いた。その中には、オレンやモモン等の様々な木の実を砕いたものが混じったカレーライスが入っていた。ルー部分の中央には、少量のモーモーミルクが渦を描いたようにかかってある。
アルファが美味しそうな香りのするそれを眺めていると、ハルタがまたキッチンから話しかけてきた。
「量はこのくらいで大丈夫? 一応、少食って聞いたから少なめに注いでみたんだけど……」
「……うん! そのくらいなら大丈夫だと思う! ありがとう」
こうして、ハルタと食べる晩御飯の時間が始まったのだった。
アルファは、スプーンにご飯とカレーをなるべく均等になるようすくう。そして、ふうふうと息を吹きかけながら口へ運んだ。(……そもそもロコンはほのおタイプ。熱いものの耐性はあるはずなので、息を吹きかける必要は無いと思われるが、彼女の場合は人間としての癖で行った。)
「(ーっ?!)」
コクが深く……とろみがある……! それでいて余計な油分を感じさせない爽やかな辛さが、お口いっぱいに広がった!
「……美味、しい……前世を含めてもこんなに美味しいカレー食べたことない……っ!」
「良かったー! どんどん食べてー!!」
アルファは目をキラキラ輝かせ、美味しそうにカレーを頬張り始めた。不思議なことに何口食べても1口目の美味しさがずっと続いているように感じられた。
「本当にすごいよ! 将来シェフにでもなれるんじゃない?!」
「それ、よく言われるよ……でも、ボクはシェフは目指してないんだ」
ハルタが苦笑いで答えたのを合図に、アルファのスプーンが止まった。
「え? じゃあ……何になりたいの?」
「うーーーーん……その、なりたいとかじゃないんだけど……ボクはこのまま探検家として、まだ発見されていない住居領域に行ってみたいんだ」
これを聞いたアルファは、頭の中でこれまで聞いてきたことを思い出してみた。
……確か住居領域って、パレットのようにポケモン達の暮らすエリアの事を指すのだとか?
「パレットの他にも住居領域があるの??」
「それは、正直まだ分からないんだ」
分からないのに行ってみたいとはどういうことなのだろう……?
アルファは頭上に疑問符を並べたような表情になった。
「アルファちゃん、パレットの外側は未開拓のキャンバスだってことは聞いたかな?」
「えーと……確か、不思議のダンジョンが広がっているってことなら聞いた」
ハルタは少々考え込んでから「なるほどね」と、アルファの状況を察したように頷いた。そして、握っていたスプーンを一旦置き、マグカップを掴んだ。中身を一口飲んで、再び話し始める。
「開拓されてないって言っても、キャンバスのパレットの外側全てが未踏の地って訳じゃないんだ。まぁ……パレットの周辺だったらほとんど攻略されているんだけど」
「え、全部じゃないの?」
「うん。不思議のダンジョンが広がっているのは確かなんだけど、それだけじゃない。」
ハルタは目を若干細くし、声のボリュームを落とした。それと同時に表情が生き生きとしてきた。アルファはそんなハルタにつられるように前かがみの姿勢をとった。
「ダンジョンの他に何が……あ、もしかしてさっき言ってた、まだ発見されていない住居領域のこと?」
「そう! まぁ、あくまでもボクの勘なんだけどね……。このことはみんなあまり信じていないみたいなんだ それでも! ボクは探検家として確かめたいんだ! 例えば……そこでしか手に入らない珍しい食材で作られる料理を実際に作ってみたいし! パレットの中じゃ出会えないポケモンだっているかもしれないし!」
ハルタは高らかにそう告げた。そして、輝かしい瞳をアルファの方へ向ける。
「……ね! 究極に素晴らしいと思わない?」
「う、うん…………」
ハルタの押しが強すぎたのか、アルファは若干言葉を詰まらせた。
晩御飯を食べ終わったアルファは、すっかり自室と化した屋根裏部屋のベッド上で横たわっていた。見慣れた天井をぼんやり見つめながら、今日起こった出来事について振り返る。
「(なんか色々ありすぎて疲れたなぁ……)」
それもそのはず。今日は散歩から帰る前に、今まで行ったことのない場所へ行こうとうっかり不思議のダンジョンに入ってしまい、訳も分からずタマタマに襲われた。そこから1匹のコリンク_____スティックに運良く助けられ、共にストライクと戦闘した(とは言っても、アルファは直接戦ってはいなかったのだが)。そしてようやく家に帰り着いた時、待っていたのはアヤメではなく見知らぬハリマロンだった。そんなハリマロンから、『真夜中の森で倒れていたところを彼に助けて貰っていたということ』、『パレットの外側は未開拓のキャンバスだということ』、そして『パレットの他にもポケモン達の暮らす住居領域があるかもしれないということ』を知らされた。
このような出来事がたった1日の間に起こってしまったのである。
「(ハルタくんはやりたいことがはっきりしているみたい……)」
天井から窓の方へ視線を移した。いつもならはっきりと月明かりが見えるのだが、今宵は全く見えない。新月のようだ。
「(私は……これからどうやって過ごせばいいのかな…………)」
ロコンとして目覚めて1ヶ月半。その間、記憶が戻ることもポケモン化した理由が判明することもなかった。
「(……今日はもう寝よう)」
アルファは静かに眠りについた。