外の世界への旅立ち
ハルス村のとある民家の前で、一人の少年が立ちすくんでいた。
少年の名前はカイト。
闇を切り取ったかのように暗い漆黒の髪に、紫色の瞳。
紫と黒のボーダーの服が妙に似合っている。
カイトは青い布地の鞄を片手に辺りを見渡し、腕時計に視線を滑らせた。
7時40分。腕時計の示した時間に、カイトはうんざりとした表情を浮かべた。
彼の幼馴染みが遅刻をするのは日常茶飯事だが、こんな重要な日に遅刻はしないで欲しい。
待ち合わせの時間に20分も遅れているのだ。
カイトはそんな幼馴染みにかすかな苛立ちを抱きながら、パートナーへと視線を向けた。
パートナーは、そんな主の苛立ちを感知したのか、同情するように低く鳴いた。
彼のパートナーの名はアブソル。首元には闇色のネックレスが装着されている。
ネックレスの中央には虹色の光を放つ石が嵌め込まれている。
その石の名は【メガストーン】。
その石はただの石ではなかった。
カイトの持つ【メガリング】に嵌め込まれている【キーストーン】という石と連動することによって、その【メガストーン】を持つポケモンの容姿、能力を変えさせる力を持っているのだ。
その現象は、通称【メガシンカ】と呼ばれ、それをすることによって、絶大な力を発揮することが出来るのだ。
しかし、その【メガシンカ】をすることが出来るのは、ごく一部の人間のみであり、カイトもその一人だった。
その頃、カイトの待つ幼馴染み家の中は、てんてこまいだった。
まだ14歳の娘が旅立つというのだから、それはしかたのないことだった。
二階の自分の部屋の鏡台の前でエリカは燦然と輝く金髪に大苦戦を強いられていた。
サファイアを思わせる蒼眼に、すらりとした体型。自分の体型に悩む10代の女子にとっては、羨望の眼差しを浴びそうな体型だった。
しかし、当の本人は、さほど気にも止めていなかった。
エリカは強引に太陽のように輝く金髪をツインテールにすると、ピンクの布地の鞄を片手に、猛スピードで階段を駆け下りると、玄関の扉を開けた。
そこには、苛立ちを全身で表した幼馴染みの姿があった。エリカは「ごめ~ン。遅かった?」と当たり前のことを訪ねると、口笛を吹いた。
次の瞬間、呑気ないななき声が聞こえてきた。現れたのは、牛に似た容姿のポケモンだった。そのポケモンの名前はメェークル。
乗り心地のいいポケモンで、昔の時代から人間と共に暮らしてきた。
今回の旅は長旅だ。
足腰を痛めれば旅に支障がでる。
それを考慮して、牧場から2匹のメェークルを借りてきた。
口笛を吹けばすぐにエリカ達の元に来るように施されている。
エリカとカイトはヒラリとメェークルに跨がると、村の出口へ向かって走り出した。
その道中、カイトはエリカに簡素な質問をした。
「エリカ。パートナーのポケモンはどうするんだ?」
その質問に、エリカはまってましたとばかりに、モンスターボールを取り出すと、そこから一匹のポケモンを呼び出した。
出てきたのは、ラルトスという小柄なポケモンだった。
これがエリカのパートナーだった。
エスパータイプとフェアリータイプの二つのタイプを兼ね備えるラルトスは、使い勝手のいいポケモンだった。
二人が目指すハルス村の出口に差し掛かったその時だった。
突然、物陰から2匹のシンボラーというポケモンが飛び出してきた。
敵意を剥き出しにした2匹のシンボラーは、メェークルに跨がる二人に向かって容赦なく【サイコウェーブ】を放った。
咄嗟に方向転換した二人は、メェークルの角を力強く握った。
メェークルの角には、握った者の意
思を感じとる力が備わっているという。
メェークルは二人の意思を感じ取り、猛スピードで西の方角へ向かった。
メェークルに跨がるエリカは、揺れる体を支えながら「どうしてシンボラーが襲ってきたの?」
と、カイトに疑問をぶつけた。
カイトはなおも追いかけてくるシンボラーを一瞥しながら、悔しそうに疑問に答えた。
「恐らく、この村の【掟】を守るために、シンボラーの習性を利用して俺達を襲わせたんだろう。」
恐ろしい位に冷静にこの状況がどうして勃発したのか想定できた。
この村の【掟】──それは、『この村に住む者は、外の世界に出てはいけない』
というものだった。
シンボラーは、縄張りを徘徊する習性が身に付いている。
恐らく村の出口周辺がシンボラーの縄張りだったのだろう。その縄張りに侵入したエリカとカイトを、シンボラーが許す訳がない。
メェークルはスピードを尚も上げ、西にある村を囲む柵の前で急停止した。
よく見れば、柵の上部が壊れている。
背後からはシンボラーが迫ってきてる。
もう、駄目か……そう考え、青ざめたカイトを尻目に、エリカはメェークルの角を握った。
その時、メェークルは、不思議なことにバックし始めたのだ。
カイトは不思議そうに首を捻っていたが、メェークルが何をしようとしているのかが分かり、カイトもその行為を真似した。
やがて、二人は同じ位置に着いた。
その時、エリカが跨がるメェークルが猛スピードで柵に向かって突っ走っていった。
やがて、カイトを乗せたメェークルも、先走ったエリカのメェークルにも劣らないスピードで柵に向かって突っ走った。
エリカのメェークルが飛躍する。
柵を飛び越え、草地にエリカのメェークルの蹄が着くと同時に、カイトを乗せたメェークルが隣に着地した。
二人はお互いの顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。
外の世界への、記念すべき第一歩がまさかこんな結末になるとは思いもしなかった。
二人はそれぞれの思いを胸に、歩みを進めるのだった……