3. 遭遇、潮風の吹く道で
スミレタウンを出ると、そこには海沿いに一本の道が伸びている。遮るものは殆んどない見通しの良い場所であり、時折 海から吹く潮風が気持ちのいい、そんな道路である。初夏の強い日差しが燦々と照りつける事には変わりないが、潮風が吹くだけ幾分か快適だ。すうっと息を吸い込むと、磯の香りが嗅覚を刺激した。
ここ、1番道路――『潮風の街道』と呼ばれる海沿いの道を進むと、『ヒイラギシティ』と言う街に辿り着く事ができる。リョウラン地方を代表とする都市の一つであり、各地から多くの人々が集まっている大きな街だ。民家やマンション等の建物は勿論、オフィスビルやショッピングモールなどと言った建物も多く立ち並んでおり、港町であるスミレタウンとはまた違った活気を持つ街である。サユリも何度か買い物に行った事があるが、初めて来た際にはその活気に圧倒された記憶があった。
潮風の街道は完全に一本道ではなく、別の道路にも隣接してはいるのだが、取り敢えず次の目的地はヒイラギシティにする事にしていた。闇雲に進むよりも、キチンと目的地を決めてから動いた方が効率よく進める。そう思い、昨日の内に予定を立てていたサユリだったのだが――。
「ユキちゃーん!」
「キュンキューン!」
これは、少し想定外だった。
サユリとデンリュウは揃って声を上げるが、誰もそれに反応した様子はない。見通しの良い道路のはずなのに、そもそもユキと思しき人影すらも見当たらないのだ。目に入るのは他の見知らぬ人影がちらほらと、風で揺れる草木くらい。思わず「はぁ……」とため息をつき、サユリは困ったように声を上げた。
「ユキちゃん……もうヒイラギシティの方まで行っちゃったのかな……」
「キュゥン……?」
「電話にも出ないし……困ったなぁ……」
そんな風にボンヤリとつぶやきながらも、サユリはバッグから二つのとある機械を取り出した。
その形は長方形であり、サユリでも片手で掴めるくらいの大きさだ。厚さは三十枚綴りのノート二冊分くらいであり、厚過ぎず薄過ぎずと言ったところ。表面には大きなディスプレイがついており、背面にはオレンジ色のモンスターボールのロゴが施されていた。
これは『ポケモン図鑑』と呼ばれる機械である。その名の通り、様々なポケモンの様々な情報が詰め込められた電子図鑑であり、モンスターボールと並ぶくらいに人々によく知られているものだ。そんなポケモン図鑑が、サユリの手に二つ。片方はサユリの物なのだが、もう片方は彼女の探し人の物で――。
なぜサユリがユキのポケモン図鑑を持っているのか。それは、彼女達が初めてのポケモンを受け取った直後まで遡る。
―――――
「ああーーーーっ!」
ユキに続いてサユリとデンリュウも研究所を出発しようとしたその時、ヤガミ博士のそんな絶叫が研究所中に響いた。
ぎょっとして立ち止まり、サユリ達は思わず振り向いてみる。何かに視線を釘付けにし、固まってしまっているヤガミ博士の後ろ姿があった。
「ど、どうしたんですか?」
何事かとヤガミ博士に駆け寄り、サユリはそう尋ねた。
声をかけるとピクリとしたヤガミ博士が、カクカクとまるでロボットのような動きでサユリ達に振り向く。冷房の効いている研究所の中なのに、ヤガミ博士の頬には一筋の汗が滴り落ちていた。表情もどう見ても冷静さを失っており、何やら只事でない事を仕出かしたような顔だ。
何が起きたんだろう。
急に緊張したサユリが、ゴクリと唾を飲む。彼女の前でヤガミ博士が示したのは、二つの機械――。
「ぽ、ポケモン図鑑……渡すの忘れてたぁ……」
ピアノ調の効果音が聞こえてきそうな雰囲気で、ヤガミ博士は項垂れた。
そう言えばポケモン図鑑と言えば、新人トレーナーがポケモンと共に受け取る物の一つだと聞いた事がある。サユリもすっかり忘れていたのだが、どうやらヤガミ博士も図鑑を渡す事になっていたらしい。
ヤガミ博士はこの研究所の所長に就任してから、そう年月は経っていない。その為、まだこう言う事には少し慣れていないのだろうか。うっかり渡すのを忘れてしまい、こうして狼狽してしまっている。
「ユキちゃん……もう行っちゃったわよね……?」
「あ……で、電話してみますっ!」
意外とおっちょこちょいなヤガミ博士を見たサユリは、すぐさまユキに連絡する事にした。おそらくさっき見た様子じゃ、ユキもポケモン図鑑のことはすっかり忘れていたようだ。すぐに図鑑の事を伝えなければ。
サユリは自分の左腕につけられた腕時計型の機器――『ライブキャスター』を操作してユキに電話をかける事にした。
ライブキャスターとは、テレビ電話やボイスメールなどと言った機能を持つ通信機器である。腕時計型なのでコンパクトで持ち運びにも便利であり、リョウラン地方ではこの通信機器が普及していた。最近では『ホロキャスター』と呼ばれる機器も注目されているらしいが、リョウラン地方で購入するには少々高価であるため、所有している人は少ないと聞く。一応この二つの機器どうしでの通話やメールは可能らしいのだが、サユリにはホロキャスターを持っているような知り合いはいなかった。当然この目で実物のホロキャスターは見た事がなかったので、ちょっぴり気になる。どんなものなのか、一度見てみたい。
サユリは素早くライブキャスターを操作し、ユキに通話を申し込んだ。ライブキャスターのディスプレイには「呼び出し中」と文字が表示され、一定の間隔で独特の呼び出し音が鳴り響く。
しかし――数秒待ち続けてみたものの、ユキが電話に出るような気配は一向になかった。
「で、出ない……」
これにはサユリも困った。
トレーナーになれた事に浮かれすぎて、着信にも気づかなかったのだろうか。なんにせよ、このままでは図鑑を渡す前にユキはどんどん先に進んでしまうだろう。時間が経てば経つほど、渡すのも難しくなってくる。
とは言ったものの、流石にユキがこのままライブキャスターを全く操作しないとは考えにくい。サユリから着信があった事はライブキャスターを見ればひと目で分かるので、ユキの方から気になって連絡してきてくれるかも知れない。
しかし念のため、サユリはボイスメールで「ヤガミ博士からポケモン図鑑を預かっている」と言った内容のメッセージを送っておいた。
「あの……今からわたしが追いかけて、ユキちゃんに図鑑を渡してきます! まだあんまり遠くまでは行ってないと思いますし、急げばなんとか……」
「そ、そう? それじゃ、お願いしようかしら……」
ボイスメールを送ったあと、サユリはヤガミ博士から二つのポケモン図鑑を受け取った。
今から追いかけて、ユキに図鑑を渡す。口で言うのは簡単だが、果たして上手くいくのかどうか。正直、運動が苦手だと言う事は自覚していた。体力もあまり多くないし、走りが早いとも言えない。もしユキが走って移動していたら、追いつける自信はなかった。
しかし、弱音など言ってはいられない。焦っている暇があるなら、早く追いかけた方がいい。
「よ、よし……。デンリュウ、取り敢えずモンスターボールに……」
「キュウッ!?」
追いかける前に取り敢えずデンリュウをモンスターボールに戻そうと思ったのだが――。サユリがモンスターボールを向けた瞬間、デンリュウは怯えるように縮こまってしまった。
「あ、あれ? どうしたの?」
困惑したサユリが、デンリュウの顔を覗き込む。身体を丸めてブルブルと震えていたデンリュウは、涙目になってしまっていた。まるで、モンスターボールを拒んでいるようだ。自分からモンスターボールに戻ってくれるような雰囲気は、まるで感じられない。
「ヤガミ博士……デンリュウは……?」
心配になってきたサユリが、ヤガミ博士に尋ねた。
「う〜ん……ちゃんとそのボールに登録したんだけど……。どうやらその子がモンスターボールを怖がっちゃってるみたいね……。たまにいるのよね、ボールの中が嫌いな子」
「モンスターボールが……怖い……?」
どうやらデンリュウはモンスターボールの中に戻りたくないらしい。なぜだかモンスターボールを怖がってしまっているようだ。
思えば、こんな小さなボールの中に入れと言われて、躊躇してしまうのも無理ないかも知れない。大抵のポケモンは特に気にせず入ってくれるらしいのだが、デンリュウは別だった。
強制的にボールに戻す事も可能なのだが、こんなに怯えているデンリュウを見てサユリがそんな事をできるはずがない。
「ごめんね……。無理して入らなくてもいいよ」
「キュン……」
サユリのそんな言葉を聞いたデンリュウが、心底ホッとしたように表情を崩した。
ポケモンを連れて歩いてはいけないなどと言うルールはないので、無理にボールに入れなくてもあまり問題ないだろう。確か、あのリュウジもバシャーモをボールから出している事が多かった。
そもそも、最近はポケモンを出しっぱなしにしているトレーナーは珍しくもないのだ。他の人に迷惑さえかけなければ、ポケモンの扱いは基本的にトレーナーの自由となっている。
このデンリュウは大人しいので、「他の人に迷惑をかけるかも」なんて事は杞憂に終わりそうだが。
「さて……それじゃあ、ヤガミ博士! 今度こそ行ってきます!」
「うん。行ってらっしゃい! ……ごめんなさいね、初っ端からこんなミスしちゃって……。ポケモン図鑑の事、お願いね」
「大丈夫ですよっ。図鑑の事なら任せて下さい!」
ドンと胸を叩いたあと、サユリは二つのポケモン図鑑を自分のショルダーバッグにしまう。それを肩にかけ直すと、サユリ達は改めて出発した。
思った以上にドタバタしてしまったが、サユリのトレーナーとしての歩みはこうして始まったのだった。
―――――
そして、今に至る。
走ってユキを追いかけてスミレタウンを飛び出したのはいいものの、案の定すぐに息が上がってしまった。自分の体力のなさを痛感しながらも、限界を感じたサユリは遂に足を止めてしまう。乱れた息を整えながらもユキの名を呼ぶが、相変わらず反応はない。
かなりの距離を走ってきた為か、ガクガクと膝が笑っている。立っているのもままならなくなって、サユリは近くのベンチに腰掛けた。
「ふぅ……も、もうダメ……苦しい……」
乱れた息のまま座り込み、額に滴る汗を無意識の内に腕で拭う。帽子をかぶっているだけまだマシだったか、ヘタをすると暑さで倒れてしまってたのではないだろうか。それほどまでに、身体中が火照っているのを感じた。
座り込んだサユリを真似するように、デンリュウもベンチに座った。ポケモンであるデンリュウは少なくともサユリより体力はあるらしく、息が乱れている様子はない。ぐったりとしたサユリを見ると、心配そうに鳴き声を上げていた。
「ちょ、ちょっと休憩していい……?」
「キュゥン!」
背もたれに寄りかかると、ベンチはギシリと小さく音を立てる。すると、何やら背中に違和感が――。どうやら思っていた以上に汗が出ていたらしく、服がベタリと背中にひっつくいてしまったらしい。何だか気持ち悪くなって、サユリは慌てて背中を離した。防水機能がなければ、腕につけていたライブキャスターも水没していたのではないだろうか――。
「うぅ……」と思わず声を上げて、バッグから取り出したポケットタオルで顔の汗だけでも拭く。旅立ち早々にここまで汗をかくことになるとは。全く予想していなかった事ではないが、いざそうなるとどうしても気分は沈みがちになってしまった。
ふとバッグの中を見ると、二つのポケモン図鑑が目にはいる。そこで、サユリはとある事に気がついた。
そう言えば、ヤガミ博士から受け取ってからまだ一度もポケモン図鑑を使った事がなかった。図鑑を受け取ってすぐにユキを追いかけ始めた為、使っている時間がなかったのだ。気分転換も兼ねて、試しに少し使ってみる事にした。
バッグからポケモン図鑑を一つ取り出すと、ディスプレイの下部にあるボタンを押してみる。音もなく図鑑が起動し、パッとディスプレイにメニュー画面が表示された。
「確か……これを……」
このポケモン図鑑は、基本的にディスプレイを指でタッチして操作する。画面にはいくつかのメニューが表示されていたが、サユリはその中の「カメラ読み取り」という項目をタッチした。
「カメラ読み取り」とは、図鑑の背面につけられているカメラでポケモンを写すことにより、自動的にそのポケモンのページに飛んでくれる優れた機能だ。いくつかある機能の中でも、これはトレーナーにとってかなり重宝する機能となるだろう。
項目をタッチするとすぐにカメラが起動し、ディスプレイにはカメラ越しに目の前の風景が映し出された。
「試しにデンリュウを……」
ディスプレイを見ながらも、サユリはカメラをデンリュウに向ける。ちょうど真ん中にデンリュウの姿をとらえると、一秒と経たずに画面が切り替わった。
「おぉ……!」
効果音と共に瞬時に変わった画面を見て、サユリは思わず声を上げた。これほどの読み取り速度なら、ストレスも少なく使う事ができそうだ。
表示されているのは、デンリュウの簡単な説明文や主な生息地、身体全体が写っている写真や足跡の他、鳴き声までも記録されている。そんな中、一つ気になる項目があった。
「デンリュウ……メス……。女の子だったんだ」
「キュウっ!」
「デンリュウ」の文字の横に、薄桃色で「♀」と表示されていた。どうやら、カメラで読み取るだけでそのポケモンの性別までも判別してくれるらしい。しかもあの一瞬で判別したのだと言うのだから驚きだ。流石は最新技術を積極的に取り入れているだけはある。
「科学の力って凄いなぁ……」
まじまじと図鑑を眺めていたサユリが、そう呟いた。
リョウラン地方には、200種近くのポケモンが生息していると聞いた事がある。それらのポケモンの様々な情報を集め、この図鑑に記録するのにどれほどまでの時間と労力を費やしたのだろうか。科学の力も凄いが、それも多くの人の手があってこその結果なのだろう。
ポケモン研究者や多くのトレーナーの力をあわせ、苦労の末に完成したポケモン図鑑。それを眺めているだけで、図鑑完成に携わった数多くの人々の弛まぬ努力が、感じられる気がした。
乱れていた息もすっかり整ったサユリが、図鑑を掲げてみる。強い日光が紛れ込んできて、反射的に目を背けそうになり――。
「ん……?」
そこで、目の前の空――海上に、数匹のポケモンが集まっている事に気がついた。
白い小さな身体のポケモンで、左右に伸びる翼を使って上手く空を飛んでいる。長いクチバシが特徴的で、エサなどを捕まえる時に便利そうだ。そんなポケモンが群れになって、大きな輪を描くように飛び回っている。
「キャモメがあんなに沢山……。どうしたんだろ?」
それは、うみねこポケモンに分類されるキャモメの群れだった。スミレタウンでもよく見かけるポケモンであり、サユリにとっても馴染み深い。キャモメと言えば、サユリの中では海上の空を優雅に飛んでいるイメージが強かったのだが、あの群れはちょっと違う。まるで何かを取り囲むかのように、グルグルと同じところを飛び回っているのだ。一体、何をしているのだろうか。
サユリが気になっていたその時、群れの中の一匹が突然頭を下に向け、勢いよく急降下し始めた。できるだけ翼を小さく折りたたみ、空気抵抗を少なくしてさらに勢いを強めようとしているように見える。
何かに向けて、突っ込もうとしているのだろうか。キャモメはその鋭い瞳を一点に向け、まっすぐに飛んでゆく。だが、その時――。
ぶしゅっ!
そんな音を立てて、キャモメが見据えていた場所から勢いよく水の塊のようなものが発射された。それは急降下するキャモメの頭部を的確にとらえ、驚いたキャモメは急降下を諦めて急上昇する。
それが引き金となったかのように、他のキャモメ達も次々と急降下を始めた。一匹、また一匹と次々とキャモメ達が翼を折りたたみ、重力に乗って落ちるように飛んでゆく。だが、急降下してゆくキャモメ達の進路は、先ほどの一匹と同じように水の塊によって遮られる。
「な、何が起こってるの……?」
そんな様子を見たサユリが、気になってキャモメの群れの方へ駆け寄ってみる。視線を下に向けると、小さな砂浜となっている場所に、一匹のポケモンの姿が確認できた。
甲殻類のような水色の身体は、キャモメよりもさらに小さい。目つきは少し悪く、頭には二本の触覚が伸びている。何より目を引くのは右腕の鋏で、左腕のそれと比べるとかなりの大きさとなっているようだ。おそらくバトルの際には、あの大きな右腕の鋏を武器として活用するのだろう。その雰囲気から察するに、好戦的なポケモンのようだ。
「え……と、あのポケモンって……」
サユリはちょうど手に持っていた図鑑を操作し、そのカメラをポケモンに向ける。ピピっと効果音が鳴ると、図鑑の画面があのポケモンのページへと切り替わった。
「ウデッポウ……みずでっぽうポケモン……? へぇ……あんなポケモンもこの辺に生息してたんだ」
サユリが手に持つポケモン図鑑には、みずでっぽうポケモンのウデッポウ、そのオスの個体だと表示されていた。
図鑑のページが存在すると言うことは、あのポケモンはリョウラン地方に生息していると考えて間違いないだろう。名前は聞いた事があったのだが、サユリには実際に見るような機会はあまりなかった。スミレタウン周辺では、あまり見かけないポケモンなのだ。
「でも……何してるんだろ……?」
「キュウ……?」
おそらくさっきのキャモメ達は、あのウデッポウに向けて急降下をしていたのだろう。しかも見る限りでは、あのウデッポウは他に仲間がいるような様子はない。つまりキャモメ達は、一匹のウデッポウに群れで襲いかかっている事になる。
どうしてウデッポウがキャモメの群れに襲われているのか。はっきりとした理由はサユリには分からなかったが、あのウデッポウはたった一匹なのにも関わらず上手くキャモメ達を追い払っているように見えた。さっきの水の塊も、あのウデッポウの攻撃だったのだろう。
サユリが様子を伺っている前でも、キャモメはしつこくウデッポウに飛びかかっている。四方八方から襲いかかり、キャモメは鋭い目つきで標的に向けて突進するが、ウデッポウは右腕の鋏からさっきサユリ達が見たような水の塊を発射しキャモメを迎撃していた。
あれは、確か“みずでっぽう”という攻撃だったか。襲いかかってくるキャモメに対し、ウデッポウは瞬時に反応して“みずでっぽう”を放っているようだ。かなり手馴れた手つきである事から、あのウデッポウはこう言う事には慣れているのだろうかと思えてしまう。
だが。
「あっ……!」
相変わらず“みずでっぽう”で迎撃していたウデッポウだったが、遂にその攻撃を潜り抜けるキャモメが現れた。“みずでっぽう”が迫るすんでの所で、キャモメはグルリと身体を上手く回転させてその攻撃を回避する。そのまま勢いを緩めずに、キャモメはウデッポウに襲いかかり――。流石のウデッポウもこれには反応できず、キャモメの攻撃を受けてしまった。
バシンッと乾いた音が響き、キャモメの広げた翼がウデッポウに直撃した。まるで鞭で打たれたかのように、ウデッポウの身体が小さく反り返ってしまう。そこで、遂にウデッポウの攻撃が止まってしまった。
その瞬間、ここぞとばかりに他のキャモメ達が一斉に急降下を始めた。
一度リズムを崩されると、ウデッポウはもう反撃に転換する事ができない。次々とキャモメの攻撃を許し、その度にあの乾いた音が鳴り響く。
「ど、どうしよう……!?」
そんな光景を見ていたサユリが、ソワソワと慌て始めた。
あれは、野生のポケモン同士のバトル。どっちの味方をするのもおかしな事だ。しかしサユリの中には、あのウデッポウを放ってはおけないという強い思いが現れ始めた。
野生とは言え、多対一で襲われている光景はあまりにも酷すぎる。“みずでっぽう”はキャモメに大したダメージを与えられていないようにも見えるし、ウデッポウが圧倒的に不利な状況だという事は明白だった。
「キュンっ!」
「で、デンリュウ……?」
「キュンキュンっ!」
そんな中、デンリュウが何かを伝えるかのように鳴き声を上げ始めた。いつになく真剣な眼差しで、サユリに何かを訴え続けているようだ。
そんなデンリュウの気持ちをふと感じたサユリが、コクりと小さく頷いた。
「そっか……行こうっ!」
「キュウっ!」
デンリュウも、サユリと同じ気持ちだったのだ。キャモメの群れに襲われているウデッポウを、助けたい。あのウデッポウを、放ってはおけなかった。
サユリが指示を出すと、デンリュウは勢いをつけてウデッポウに向けて飛び出した。キャモメの攻撃が緩くなったその一瞬の隙に、ウデッポウのちょうど眼前に割り込む。突然の乱入者を前に、驚いたキャモメ達の攻撃が止まった。
「キュウ! キュンキュン!」
そんな風に鳴き声を上げ、デンリュウは輪を描いて飛び回っているキャモメ達に威嚇した。
対するキャモメ達は、何かに迷っているかのように旋回しているが、攻撃を仕掛けてくるような様子はない。飛び回りつつも様子を覗い、けれどもやっぱり何もしない。ただそんな時間だけが過ぎてゆく。
やがて群れの中の一匹が短く鳴き声を上げると、諦めたのかキャモメ達は一斉に飛び去ってしまった。
「あ、あれ? 意外とあっさり……」
すぐに諦めたキャモメ達を見て、駆けつけようとしていたサユリは少し気が抜けた。自分達よりも身体の大きなポケモンを前にして、怖気づいたのだろうか。何にせよ、こうして追い払えたのだからそれに越した事はない。
「だ、大丈夫?」
キャモメが飛び去った後、サユリは残されたウデッポウに声をかけた。
何度か攻撃を受けていたようだが、ウデッポウの意識ははっきりとしていた。自分の脚でしっかりと立っているし、何度も攻撃を受けていたようだったが、いくつかのかすり傷が見えるものの大きな怪我はしていないようだ。もしデンリュウが助けに入るのがもう少し遅かったら、どうなってしまったのか――。何はともあれ、ウデッポウはなんともないようなので、サユリはホッとした。
しかしそれは良かったのだが――。なぜだか助けたウデッポウは、鋭い目つきでサユリを睨みつけているようだった。元々目つきが少し悪いポケモンだった為、こんな風に睨みつけられると少しサユリも言葉を失ってしまう。
ひょっとして、怒っている? 何か悪い事でもしてしまったのだろうか。
「えー……と……」
「…………」
サユリが声をかけようとすると、プイッと目をそらしたウデッポウは海の方へと立ち去ってしまった。何となく気まずい雰囲気だけが残り、サユリとデンリュウはただそこに立ち竦む。
何となくこの雰囲気が、昨日のルカリオを連れた少年が立ち去った時のそれと似ていて、サユリは少し悲しくなった。
「わたしって……男の子に嫌われやすいのかな……?」
恋人いない歴は年齢と同じ。そもそもそんな雰囲気になりかけた事すらない。
自分で勝手に思い出しておいて、虚しくなったサユリは一人ため息をついていた。
―――――
スミレタウンを出発してから、だいぶ時間も経過した。途中で休憩を挟んだものの、もう少しで潮風の街道も終わりに差し掛かる。ヒイラギシティはもうすぐだ。
これ以上走ると本当に倒れてしまいそうだったので、サユリはいつものペースで歩いていた。実は先ほどライブキャスターにユキから連絡が入り、ようやく図鑑の事を伝える事ができたのだ。今日の夕暮れ時にヒイラギシティのポケモンセンターで待ち合わせの約束をした為、あまり慌てる必要はない。スミレタウンからヒイラギシティはそれほど大きく距離が離れているわけではないので、歩いて向かっても時間に余裕はあった。
「ふぅ……もう少しで到着かな……」
「キュン……」
「わたしは大丈夫だよ。ただちょっとシャワーを浴びたいかも」
疲れているんじゃないかと気にかけてくれたのかデンリュウが心配そうに鳴き声を上げるが、サユリは少し冗談めかしてそう返した。
急に立ち止まってベンチに座った時よりも、むしろこうして歩いていた方が息遣いのペースも整い易い。まるで疲れを感じていないと言えば嘘になるが、さっきのように息は切れてなかった。このままのペースならば、無事にヒイラギシティに着けそうだ。
そんな中、突然ビュウっと強い風が吹き、サユリの帽子が飛ばされそうになる。慌てて抑えたので本当に飛ばされてしまう事はなかったが、少し気が抜けていたせいかけっこう危なかった。天候でも変わってきたのだろうかと不穏に思い、サユリは空を仰いだ。
「あれ……?」
サユリが視線を上を向けると、何やら大きなポケモンの姿が目に入った。どうやら大型の鳥ポケモンらしく、身体の配色はどことなくキャモメに似ている。しかしクチバシの形はキャモメとはだいぶ異なっており、身体の大半を覆っているのではないかと思う程に大きい。身体に対して翼は少し小さく、素早く飛行するのは苦手そうな姿だった。
そんなポケモンが、サユリの目の前の空を飛び回っている。いや、ちょっと待って。よく見ると、こっちに向かってくるような――。
「えっ……?」
「キュゥンっ!」
ドンっと音がしたかと思うと、ぐらんっと目の前が揺れる。その次の瞬間に身体に衝撃が走り、自分が倒れ込んでいる事に気がついた。
一瞬だけ思考が止まりかけるが、サユリはすぐに状況を確認しようとする。倒れ込んだ際にぶつけた肩が少し痛むが、これといって怪我はしてなさそうだ。そして目の前に見えるのは、デンリュウの身体。よく見ると、サユリはデンリュウに抱えられるような格好で倒れている。
そうだ。あの鳥ポケモンが突然こっちに突っ込んできて、それにいち早く反応したデンリュウが飛び込んで助けてくれたのだ。もう少しデンリュウの動きが遅かったら、あのポケモンに跳ね飛ばされていたかも知れない。間一髪だった。
「いたた……」
「キュゥっ!?」
「だ、大丈夫……。ありがと、デンリュウ……」
ワンピースにかかった砂埃を払いながらも、サユリは立ち上がる。おもむろに振り向いてみると、急に襲いかかってきた張本人である、あの鳥ポケモンがすぐに目に入った。
「どうして……急に……」
サユリはバッグから図鑑を取り出すと、手馴れた手つきでカメラ読み取りの機能を起動する。ホバリングしつつも様子を伺っている鳥ポケモンに図鑑を向けると、すぐにページが切り替わった。
「……ペリッパー、みずどりポケモン。キャモメの進化系……あっ!」
図鑑の説明文を読んでいると、ふとある事に気がついた。
さっきウデッポウを助けようとしてキャモメを追い払った訳だが、サユリはどうも上手く行き過ぎているような違和感を感じていた。群れ単位でウデッポウを襲っていたのにも関わらず、あれほどまでに簡単に諦めるものなのか、と。どうやら、サユリの嫌な予感は的中していたらしい。
「ひょっとして、さっきのキャモメ達の……?」
おそらく、あのペリッパーは先ほどのキャモメ達の仲間――。進化系なのだから、リーダー的存在なのかも知れない。ウデッポウを襲っていたキャモメ達は諦めて逃げた訳ではなく、助っ人を呼びに行っていたと言うことか。
「も、もしかして……わたし達に怒ってる……?」
「キュン……?」
サユリが呟いたその時、ホバリングを続けていたペリッパーが再び襲いかかってきた。
さっきのキャモメ達と同じように、翼を小さく折りたたみ、重心を前にして急降下してくる。動き自体はキャモメ達とそう変わらなかったのだが、一メートルを超える身体のポケモンであるがゆえにその迫力は比ではなかった。
「う、うわっ!」
突進してくるペリッパーを見たサユリ達は、慌ててその場から離れる。直後、彼女らがもといた場所を、ギュンッと翼で風を切ってペリッパーが通過した。
キャモメ達も繰り返していたところを見ると、あれも技の一種なのだろう。急降下する際は空気抵抗を少なくする為に折りたたんでいた翼を、体当たりする直前に一気に開いているようだ。正直まだバトル知識の自信はないが、サユリの記憶の中ではあれは“つばさでうつ”と言う攻撃だった気がする。
なんにせよ、ペリッパーがサユリ達に敵意を抱いているのは明らかだ。何とかしなければ。
「……キュウっ!」
「で、デンリュウ……? 何をするつもりなのっ!?」
「キュンっ!」
そんな中、意気込むように鳴き声を上げたデンリュウが、ペリッパーの前に出た。地をしっかり踏みしめて仁王立ちし、しかし少々ぎこちない表情でペリッパーを睨みつける。目が合ったペリッパーも、デンリュウを睨み返した。
「まさか……戦うつもりなの!?」
「キュウ!」
震える声でサユリが確認すると、デンリュウは肯定するかのように鳴き声を上げた。襲いかかってくるあのペリッパーと、正面からぶつかるつもりだ。
サユリはまだデンリュウとバトルをした事がない。潮風の街道には凶暴なポケモンは少なく、ここまで襲われるような事はなかったのだ。その為、サユリはデンリュウがどれほどまでの力量を持っているのか正確には分からなかった。
しかし、何となくだが分かる。デンリュウはあまりバトルが得意でない。威圧するようにペリッパーを睨みつけているのだが、いまいち迫力がないのだ。本当は、こんな事はしたくないのかも知れない。
それでも、デンリュウは逃げない。その目でペリッパーを見据え続ける。
「グワァッ!」
一際大きく鳴き声を上げると、ペリッパーは再び突っ込んできた。
またさっきと同じ動き。“つばさでうつ”攻撃だ。キャモメ達も使っていた技とは言え、より大型なポケモンであるペリッパーでは威力も大きい。あの大きな身体で体当たりされたら、ひとたまりもないだろう。
「キュウ……?」
ペリッパーはどんどん迫ってくる。時間に比例して飛行速度は上昇し、同時にそれは衝突した際の威力もどんどん高まっていくと言う意味にもなり――。
「キュゥ……」
ただこうして睨みつけているだけでは、ペリッパーは止まらない。デンリュウのぎこちない眼光など、ペリッパーには気にならない。それがどうした、と言うものである。
前に出たのはいいものの、結局デンリュウは何もできなかった。それどころか、何だか段々怖くなってきて――。
「キュゥンっ!?」
ジリジリと後ずさりを初めていたデンリュウだったが、遂に恐怖心に屈してしまった。
何かに引っ張られているかのようにしゃがみこみ、涙目になりながらもデンリュウは頭を抱える。ブルブルと小刻みに震え、完全に怯えきってしまう。けれどもペリッパーは、攻撃を止めようとはしない。
「デンリュウ!」
また風を切る音が響き、ペリッパーがそこを通過した。ペリッパーはまるで減速する事はなく、その“つばさでうつ”攻撃は容赦なくデンリュウに襲いかかったように見えた。
ぎょっとしたサユリは思わず声を張り上げてしまったのだが、しかしよく見てみると縮こまったデンリュウは特に怪我をしているような様子はない。どうやら、ペリッパーの攻撃は空振りに終わったらしい。
迫ってくるペリッパーに驚いて、デンリュウは慌ててしゃがみこんだのだが、幸運にもその動きのお陰で“つばさでうつ”攻撃を回避できたようだ。涙を浮かべてこちらを見ながらも、デンリュウは申し訳なさそうに「キュン……」と鳴き声を上げていた。
デンリュウの無事を確認してサユリはホッと胸をなでおろすが、安心している暇はない。空振りに終わった以上、ペリッパーは追撃を加えてくるだろう。
ペリッパーもバカじゃない。今の高さで当たらなければ、今度はもっと地面ギリギリに飛行してくる。そうなったら、あれでは次はかわせない。
(ど、どうしよう……! こんな時、どうすれば……)
サユリは慌てて考える。今のデンリュウにバトルはさせられない。だからと言って、このままペリッパーを放っておく訳にはいかない。
この状況を打破できるような、そんな考えはないものか。サユリは思考を巡らせるが、どうしても思いつかない。その間にも、ペリッパーの動きは止まらない。
思ったとおり、ペリッパーは追撃を加えるつもりだ。身体を捻らせて急旋回し、再びデンリュウを正面に捉える。また、攻撃がくる。
「このままじゃ……」
デンリュウがやられてしまう。
その言葉がサユリの脳裏を横切った、その時だった。
ぶしゅっぶしゅっぶしゅっ!
どこかで聞いた事があるような音が、サユリの耳に届いた。
急降下し、身を縮こませて震えているデンリュウに追撃を加えようとしたペリッパーだったが、突如飛んで来た三つの水の塊がペリッパーに襲いかかる。それはちょうど頭部に直撃して、驚いたペリッパーは咄嗟に急停止する。身体をブルブルと震わせて、水を払おうとした。そうしながらも、ペリッパーはデンリュウから視線を逸らして、ギロりと瞳を別のものへと向ける。
「えっ……? えっ……? 今のって、“みずでっぽう”……!?」
突然の出来事にサユリは困惑するが、ペリッパーにつられてその視線を海岸の方へと向ける。そこにいたのは、“みずでっぽう”を放ったのであろうポケモン。一際大きな右腕の鋏を向け、鋭い目つきでペリッパーを睨みつけている――、
「さっきの……ウデッポウ!?」
“みずでっぽう”でペリッパーを牽制したのは、さっきサユリとデンリュウがキャモメの群れから助けようとした、あのウデッポウだった。キャモメにつけられたような傷跡が見える為、間違いない。
ジッとペリッパーを睨みつけるウデッポウからは、デンリュウとは違い明確な威圧感が放たれていた。自分の敵であると認めたペリッパーを、屈服させようとしているかのような眼光。しかしペリッパーはその程度では怯みなどせず、むしろより好戦的になっているように見えた。ほとんど不意打ちで攻撃され、しかもそのせいで自分の思い通りに事が運べなかった事に怒っているのだろう。プライドを傷つけられたペリッパーにとって、あのウデッポウは最早ただの邪魔者ではない。倒すべき敵だった。
「ガワァッ!」
完全にウデッポウに気を取られたペッリパーは、すでにデンリュウの事など眼中になかった。
頭に血が上り、煮えたぎっているかのように怒りの鳴き声を上げる。ウデッポウをその目に捉えて、ペリッパーは“つばさでうつ”攻撃を行った。
ウデッポウの体格に合わせたのか、ペリッパーはデンリュウの時以上に地面スレスレに滑空していく。先ほどもデンリュウに向けての攻撃が空振りに終わっているので、余計慎重になっているのだろうか。ペリッパーはウデッポウの姿をしっかりその目でとらえ、真っ直ぐに突き進んでゆく。
しかしそんなペリッパーの重圧を受けても、ウデッポウは引き下がるような様子も見せない。それだけではなく、頭に血が上ったペリッパーよりも冷静で、何かのタイミングを計っているように見えた。
「……ッ!」
ペリッパー巨体が直撃する寸前、ウデッポウは素早く真横へとジャンプした。
確かにペリッパーは、普通では考えられない程の低空飛行を続けていた。このままいけば、身体を低く落とす程度では、ペリッパーの攻撃をやり過ごす事はできなかっただろう。だが、何も攻撃を全くかわせない訳ではない。
ギリギリまで引き寄せた後にピョンと真横にジャンプし、それに加えて空中で身体を捻らせる事でウデッポウはペリッパーの攻撃を回避したのだ。どうやらペリッパーはまさか攻撃が外れるとは思っていなかったらしく、目を丸くして露骨に驚きを表情に出している。
しかもそれだけではなかった。ペリッパーの攻撃を回避したその瞬間、ウデッポウはすれ違いざまに右腕の大きな鋏をペリッパーの腹部に叩きつけていた。
回避するだけでなく、すれ違いざまにカウンターの一撃。これにはペリッパーも驚いて、苦し紛れに声にならないようなうめき声を上げる。
「す、凄い……! やった……?」
ウデッポウの攻撃をまとも受けたペリッパーだったが、そう簡単には倒れなかった。今のウデッポウの攻撃も、さっきの“みずでっぽう”も、ペリッパーには効果はいまひとつのようだ。だが、ひるませる事はできた。飛行も何となくフラフラしていて、大きな隙ができている。それだけで十分だった。
ウデッポウは近くにあった岩を鋏で掴むと、それを軽々と持ち上げた。自分の背丈ほどもある岩だったが、ウデッポウはそれをいとも簡単に頭の上まで持ってくる。その小さな身体からは考えられないほどの怪力だ。
その直後、フラフラと飛行を続けているペリッパーに向けて、ウデッポウはその岩を投げつけた。
「ガワッ!?」
ウデッポウに投げられた岩は吸い込まれるようにペリッパー向けて飛んでゆき、やがてガンッと音を立てて標的に直撃する。ペリッパーは苦痛の悲鳴を上げると、完全にバランスを崩して墜落してしまった。
“うちおとす”攻撃。岩に押しつぶされてしまった訳ではないのだが、やはりペリッパーはひこうタイプ。このような攻撃には弱いのだろう。お腹から地面に激突した後、翼をばたつかせてみるものの上手く飛び上がれずにいた。
「ガワッガワッ……」
ペリッパーの表情に焦りの色が出始めるが、焦れば焦るほど動きは縺れてゆく訳で――。
すると何やら突き刺さるような鋭い視線をゾクリと感じ、ペリッパーの身体が硬直する。恐る恐る振り向いてみると、銃口を突きつけているかのように鋏を向けているウデッポウと、涙目ながらも精一杯睨みつけているデンリュウの姿が、そこにあった。
「ガワァ……」
これでは完全に自分が悪役だ。居た堪れなくなったのか、ペリッパーはバツが悪そうに鳴き声を上げた。
何度も転びそうになりながらも、ペリッパーはフラフラと立ち上がろうとする。その間もなお、ウデッポウとデンリュウの視線がペリッパーに突き刺さっている。やがてようやく立ち上がり、ペリッパーは小さく身震いするとデンリュウ達に背を向けて飛び去っていった。
―――――
「ありがと、ウデッポウ。わたし達を助けようとしてくれたんだよね?」
ウデッポウの協力もあって何とかペリッパーを追い払う事に成功したサユリは、ふと笑顔を浮かべてそう言った。デンリュウもそれに続いて鳴き声を上げ、ウデッポウに感謝の気持ちを伝えようとする。
それまでウデッポウは相変わらずの仏頂面を崩そうとしなかったが、サユリ達が気持ちを伝えると、こそばゆそうにプイッと視線をそらした。何やら頬を赤らめているようで、ムズムズと落ち着きのないようにも見える。そんなウデッポウの姿を見てサユリは何やら思い当たる節があったのか、ポンッと手を叩いた。
「……ひょっとして、照れてる?」
「……ッ!?」
サユリがそう聞いてみると、ウデッポウは大げさにに首をブンブン横に振った。そらだけでは足りないとばかりに両腕の鋏も振り回しており、顔を真っ赤にして全力で否定しようとしているのが分かる。照れ隠しのつもりなのだろうが、まるで意味がない。全然隠せていなかった。
「フフッ……わたし、ちょっとウデッポウの事誤解してた。初めて会ったとき、てっきり怖いポケモンなのかなって思ってたんだけど……。優しいポケモンだったんだね。さっきのバトル、かっこよかったよ」
そうサユリが告げても、ウデッポウは何も言わない。変わらず視線をそらしたまま、触覚を鋏でいじったりして気を逸らそうとしていた。
「それじゃ、わたし達はもう行くね。届けなきゃいけない物もあるから」
「キュン!」
しゃがみこんでウデッポウに話しかけていたサユリだったが、最後にそれだけ言い残すとおもむろに立ち上がる。デンリュウもサユリの元へと駆け寄ってきて、再びヒイラギシティに向けて歩み始めようとした。
「あ、あれ……?」
しかしその時、サユリは足首を何かでつつかれるような感覚を覚えた。何だろうと思って見てみると、そこにはジッとサユリを見つめるウデッポウの姿が。
無愛想な仏頂面。しかしその裏には、何かを期待しているような、サユリに何かを欲しているような、そんな感情が読み取れた。それが一体何なのか。サユリは何となく感じ取って、ウデッポウに確認してみた。
「……一緒に、行く?」
「…………」
無言のまま、ウデッポウは小さく頷いた。