11.憧憬、その瞳に映るもの
「これでよし、っと……」
見事なまでの手際の良さに、サユリは言葉を失っていた。
怪我をしたタツベイを前にして、やや狼狽していたサユリ達。そんな彼女達の前に現れたのは、カズマと言う男性。シンヤ曰くポケモンドクターらしいのだが、その少々頼りない雰囲気から何となく心配していた。
だが、彼が一度本領を発揮すると、そんな不安は吹き飛ぶ事となる。
まず驚いたのは、彼が身につける白衣。一見どこにでもあるただの白衣に見えるのだが、その内側には大量の治療用具が所狭しと収納されていたのだ。流石に大規模な治療などは行えないが、応急処置などには十分すぎる程の用具。宛ら身に纏える救急箱である。
そして何より驚くべき事は、彼の持つ技量だ。タツベイの様子を伺っただけで傷の程度を判断し、より適切で的確な処置を速やかにこなす。その手際の良さは目を見張る程であり、タツベイの手当もものの数分で終わってしまった。
正直、ここまでとは思わなかった。容姿や雰囲気は少し頼りなくても、いざポケモンの手当てとなると一般的なポケモンドクター以上の技量を発揮できる。人は見かけによらないとは、よく言ったものである。
「まぁこれでも応急処置だからな。一応、ポケモンセンターには連れて行った方が……って、嬢ちゃん? そんな顔して、どうしたんだ?」
「へっ……!? い、いえ……! 何でも……ない、です……」
言葉を失っていたサユリだったが、カズマに声をかけられてようやく我に返る。そんな顔と言っていたが、一体どんな顔をしていたのだろうか。想像すると恥ずかしくなって、サユリは舌が回らなくなっていた。
「……さて。コイツをポケモンセンターに連れて行くぞ。ほらっ、お前達も来るんだろ?」
タツベイを抱き上げながらも、サユリ達に問いかけるカズマ。それに対してサユリは何かを答えようとしていたが、結局舌が回らず頷くだけで終わってしまう。シンヤも短く呼応して、カズマについて行く事にした。
星空の洞窟付近の岩山から、ミズヒキタウンのポケモンセンター。少し距離がある為、歩いて十数分かかる。当然、カズマの後ろにくっついて行くのだが、サユリはどうもカズマには声をかけづらかった。
色々と細かな理由はあるのだろうが、その中でも一際大きな原因は、さっきまで少し失礼な反応を見せてしまっていた事だろう。その上、あんな高い技術を見せられてしまっては、余計に気まずくなってしまう。あの時の反応を無かった事にしたい、などと言う叶うはずもない望みを心の中で密かに思ってたりもした。
「……どう? サユリ。カズマさん、凄い人でしょ?」
「う、うん。思ってたより、ずっと凄い……」
サユリの様子に気づいたのか、シンヤが囁く声で話しかけてくる。同じように小さな声で、サユリはシンヤに答えた。
正直、サユリには一般的なポケモンドクターがどれほどの技量を持っているのかは知らない。けれども、そんな彼女でさえもカズマの凄さは何となく分かる。彼の実力は、本物だ。
と、サユリがこそこそとシンヤの話を聞いていた、その時。
「……お? そう言えば、嬢ちゃん」
「あっ……は、はいっ!」
不意に、声をかけられた。全く油断していた状態でのタイミングだった所為か、サユリは間の抜けた声で返事をしてしまう。カズマは特に気にした様子はなかったが、サユリは再び羞恥心に駆られていた。
「お前さんもポケモントレーナーなんだろ? それなら、やっぱりポケモンリーグに出場するつもりなのか?」
「ポケモンリーグ……ですか?」
ポケモンリーグ。おそらく知らぬ者はいないほどに、有名で大きなポケモンバトルの大会だ。世界中の様々な地域で行われている大会であり、当然ここリョウラン地方も例外ではない。
ポケモントレーナーなら、誰でも目指す道だろう。しかし、サユリは正直ポケモンリーグの事は殆んど考えていなかった。自分程度の実力と才能じゃ、リーグを目指した所で途中で失敗するのが目に見えている。そもそも、ジムリーダーに勝つことができるのかも怪しい所なのだ。
「リーグは……まだちょっと……」
「そうか。まぁ、強制って訳じゃないからな。俺が兎や角言う訳にもいかねーが……。自分の実力を試す為にも、ポケモンジムくらいにゃ挑戦してみるのもいいかもしれないぞ」
「ジムに……挑戦……」
ポケモンジムに挑戦。リーグ出場を視野に入れていなかったサユリは、考えた事もなかった。
でも。今となっては、挑戦してみるのもいいかも知れないと、ちょっぴり思えるようになっていた。もっと強くなる為にも、そしてポケモンの事をもっとよく知る為にも、ポケモンジムの挑戦は良い経験になるのではないだろうか。
勝てるとは言い切れない。だけど、勝ち負けなんて関係ない。ジムリーダーとバトルした、と言う経験こそが重要なのだ。それが自分達の成長に繋がる。
「ところで……シンヤは当然リーグ出場を目指すんだよな?」
「フフフ……愚問ですね、カズマさん。当たり前じゃないですか!」
「るぅりるりっ!」
グッと拳を握り締め、高々とそう宣言するシンヤ。それに続く様に、ルリリがぴょんぴょんと飛び跳ねながらも鳴き声を上げた。
「へぇ……シンヤくんはリーグ出場目指すんだぁ……」
「まぁね。実は僕の兄さん……前回のリーグに出場して、第三位に入賞したんだよ。だから僕も負けてられないってね」
「さ、三位って……!」
またもや驚いたサユリは、言葉を失いそうになる。
ポケモンリーグは選りすぐりの実力者が集まるバトル大会だ。その大会で第三位。並のトレーナーではない事は確かだ。
そんな人物を兄に持っていては、シンヤも黙っていられないのだろう。兄の存在が、彼の闘志に火をつけた。
(何だか凄い人ばっかりだなぁ……)
ここ最近、ずっと驚きっぱなしだ。ルカリオを連れた黒髪の少年といい、昨日助けてくれたエドガーといい、サユリが出会う人々は皆かなりの実力者だった。シンヤだって、トレーナーになりたてとは思えない程の知識量を持っている。
そんな人達を見てきてしまっては、サユリだって。
「……ん? 何だかやる気が出てきたみたいだな、嬢ちゃん」
「……そうですね。みんな凄い人ばっかりで、それなのにわたしはこのままで良いのかなって……。わたしも……もっと上を目指してみようかな……」
「おう、その意気だぜ嬢ちゃん。ジムに挑戦するなら、ここから一番近いのはヒイラギシティのだな」
「あの……わたしは嬢ちゃんじゃなくて……」
さっきからずっと自分の事を「嬢ちゃん」と呼ばれているのに、少し違和感があった。シンヤは名前で呼ばれているのに。
そう言えば、カズマにはまだ名乗っていなかった事を思い出す。
「サユリです。わたしの名前……」
「……そうか。よろしくな、サユリ」
もごもごと自分の名を教えるサユリ。そんなサユリの名を聞いて、カズマはどこか嬉しそうな、はたまた何かを楽しみにしているような、そんな無邪気な表情を浮かべていた。
―――――
ポケモンセンターに連れて行くと、タツベイはすぐに元気になった。
カズマの推測通り、このタツベイは頭殻がまだ未成熟の個体だった。にも関わらず、無理をしてあの高さから飛び降りてしまった事により、大きな衝撃が頭部に響いてしまったのだろう。頭の中を揺さぶられ、意識を失ってしまった。
しかし、カズマの応急処置の成果もあり、それほど大事には至らなかった。ポケモンセンターの回復設備を使用する事により、完全に元の元気を取り戻す事ができたのだ。取り敢えずホッと一安心である。
「ほら見ろ。俺に任せておけば安心だっただろ?」
元気になったタツベイを見て、カズマが得意げな表情を浮かべる。こんな風に、少しお調子者な一面もあるが、ポケモンドクターとしての技術は一流なのだからまるで侮れない。ポケモンを治療している時と普段とでは別人なんじゃないか、とも思ってしまう程だ。
「でもホントに凄いですね……。カズマさんみたいなポケモンドクターが、まさかミズヒキタウンにいただなんて……!」
「……うん? あぁ、そうか。そういやまだ話してなかったな。俺は普段はヒイラギシティでポケモンドクターをやってるんだぜ」
「えっ……そうなんですか!?」
これは初耳だ。普段はヒイラギシティにいる、と言う事は今日はたまたまミズヒキタウンに来ていたと言う事なのか。いや、それならなぜシンヤと顔見知りだったのだろう。そんなに頻繁にミズヒキタウンを訪れていたのだろうか。
そんな中。困惑したサユリに気づいたシンヤが、説明を加えてくれた。
「ほら、ミズヒキタウンって交通の便も悪い、リョウラン地方の中でも屈指のド田舎だからさ。ポケモンセンターの設備も、他の町と比べてだいぶ遅れてるんだよね。しかもジョーイさんはたった一人。それなのにこの辺は人は少なくてもポケモンは多いから……。ジョーイさん一人だけじゃ、対処しきれない状況だって出てきてしまう……。それを知ったカズマさんが、態々手伝いに来てくれているってわけ!」
「そう言う事だ。まっ、ヒイラギシティでの仕事も忙しいし、こっちには二週間に一、二日くらいしか来れないんだけどな」
なるほど。つまりポケモンセンターの人手不足を少しでも解消する為に、カズマが自ら立ち上がったと言う事か。
しかし、二週間にほんの数日とは言え態々ヒイラギシティからここに通うのは大変なのではないのだろうか。自家用車を用いれば徒歩より早く着くとは言え、それでも数時間かかってしまう。往復しただけでも日が暮れてしまう程だ。しかし、それでもカズマは定期的に訪れている。
「俺はポケモンドクターだからな。俺が動いて、それで少しでも多くのポケモンが助けられるのなら。本望なのさ」
ポケモンドクターとして。自分にしかできない事がある。自分がやらなきゃならない事がある。それが分かっているからこそ、カズマは進む事ができる。例えどんなに困難でも、進むべき道が記されているから迷いなどないのだ。
そんなポケモンドクターに、タツベイが助けられてから数時間後。無事に回復したタツベイは、そのまま野生に返す事になっていた。
時刻は午後五時半を回った所。仕事が忙しいカズマと別れ、長い時間デンリュウの技の練習に付き合ってくれたシンヤとも一度別れていた。今現在、サユリと一緒にいるのはタツベイとデンリュウ達だけだ。シンヤも何やら都合が悪いらしく、タツベイを送り届ける事を任されたのはサユリ一人だった。
再び訪れたのは、タツベイと出会ったあの広場。タツベイが激突したであろう地面は、少し沈んでいるのでよく分かる。この辺の岩盤は決して脆い訳ではないはずなのに、あの沈み加減。まさに衝撃の強さを物語っている。
「さて、着いたよ。……タツベイ?」
振り向くと、サユリ達のあとをついて来ていたタツベイは、空を見上げていた。
太陽が傾き始め、茜色に染まってゆく空。タツベイは、そんな空をキラキラした瞳でジッと眺めている。
「どうしたの?」
気になったサユリがタツベイに歩み寄り、そう声をかけてみる。しかし夢中になっているのか、タツベイはタツベイはサユリに全く気づいていない。困惑したような表情を浮かべるサユリだったが、ジッと空を仰いだままでいるタツベイを見て、何となくその理由を察した。
「……そっか。空、飛びたいんだっけ」
「キュウ……?」
サユリに続いて、デンリュウも空を見上げる。茜色の空に、ヤヤコマの群れが一つ横切るのが見えた。
タツベイ。空を飛ぶ事に強い憧れを抱くポケモン。何度も高い崖から飛び降り、飛翔する事に挑戦する。例え何度も失敗しても、その度に立ち上がり諦めずに再び挑戦する。何度も、挑戦し続ける。
空を飛ぶヤヤコマの群れを視界に捉えると、タツベイの瞳がより一層キラキラと輝く。あのヤヤコマ達の様に、空を自由に飛び回る自分。それを頭の中に思い浮かべて、うっとりしているのだ。
「……大丈夫。あなたはきっと飛べる。諦めずに挑戦し続ければ、いつか……」
腰を落として、サユリはタツベイの頭を撫でる。何やらキョトンとしている浮かべるタツベイだったが、すぐにパァっと明るい表情を浮かべて笑顔で大きく頷いた。
諦めずに挑戦し続ければ、いつかきっと飛べる。何だか、自分に言い聞かせているみたいだな、とサユリは密かに思った。
でも。タツベイにはこう言ってしまったものの、このまま崖から飛び降り続けて本当に飛べる様になるのかは分からない。タツベイが進化するポケモンなのか、また進化するならどんなポケモンになるのか、サユリにはよく分からないのだ。
だけど、それでも。サユリは信じたい。こんなにも強い夢を抱いて、こんなにも頑張っているのだから。タツベイには飛べる様になって欲しい。そんな強い願いを、サユリは抱いていた。
「わたしも……いや……」
少し言いかけて、サユリはすぐさま言い直そうとする。自分のパートナーであるデンリュウと目を合わせると、小さく頷いて、
「……わたし達も頑張ろうね、デンリュウ!」
「キュン!」
サユリの掛け声に合わせるかの様に、デンリュウも元気に鳴き声を上げた。
―――――
ここミズヒキタウンにサユリが訪れてから、三日程経過した朝。つい一日前にヒイラギシティに帰ったカズマに続いて、サユリもミズヒキタウンを後にしようとしていた。
でんきタイプの技を使えるようになる為、デンリュウの技の練習を始めてから意外と時間が経っていた。初めは非常に小さな電撃しか出せず、コントロールもそれほど上手くできていなかったデンリュウ。しかし練習を重ねていく内に、少しずつだが様になってきた。やがてコントロールもできるようになり、遂に“でんきショック”を打てるようになったのだ。
他のトレーナーからしてみれば、“でんきショック”くらいで大袈裟だと思うかも知れない。しかし、サユリとデンリュウにとっては大きな一歩なのだ。今まで技をまるで使えなかったデンリュウが、“でんきショック”を打てる様になった。三日間の練習の成果としては、かなり上出来であろう。
「練習に付き合ってくれて、ホントにありがとう。デンリュウが技を使えるようになったのも、シンヤくん達のお陰だよ」
「いやいや。僕達は殆んど何もしてないよ。サユリとデンリュウが頑張ったから、技を打てるようになったんだよ。僕達は、ただちょっぴり手助けしただけで」
「るぅりっ!」
ミズヒキタウンを出発する為、町の外れまで足を運んでいたサユリ。見送りに来ていたシンヤと彼のルリリに、改めてお礼を言っていた。
謙虚に返すシンヤだが、実際彼に出会わなければ今もまだデンリュウは技を打てないままだったかもしれない。きっかけを作ってくれたのはシンヤなのだ。彼のお陰でデンリュウがここまで成長できたと言っても過言ではない。デンリュウ自身もそう思っているようで、シンヤ達へと笑顔を浮かべていた。
「……シンヤくんは、これからどうするの? ポケモンリーグ、目指すんだよね?」
「僕? うん、そうだね。でもただ出場する事だけを目標にしている訳じゃないよ。目指すは優勝!」
グッと両手の拳を握りしめて、そう宣言するシンヤ。リーグ優勝とは――やはりサユリとは目指すものの大きさが違う。
「僕は明日、ミズヒキタウンを出発しようと思ってるんだ。そして早速ヒイラギシティのジムに挑戦して、そこでバシっと勝利を収める! それで勢いに乗って順調にリーグまで行けたら良いなぁって」
「へぇ……凄いなぁ……」
「サユリもジムに挑戦するんだよね? だったら、これからは僕とライバル同士になるって事だね。次会う時には、ポケモンバトルする事になるかもよ?」
「あはは……。お手柔らかにお願いします」
もし本気のシンヤとバトルして、果たしてサユリは勝てるのかどうが。正直、今の段階では微妙な気がする、とサユリは思った。
「……それじゃ。わたし達はそろそろ行くね」
「キュウ!」
「うん。また、会えるといいね」
「るりっ!」
その会話を最後に、サユリとデンリュウはシンヤ達と別れる事にした。
ポケモンリーグ。そう言えば、ユキはどうするつもりなのだろう。ポケモンマスターを目指すと言っていたし、リーグを目指すつもりなのだろうか。彼女なら、そうしかねない。今度聞いてみようかな、と思いつつも、踵を返してミズヒキタウンを後にしようとする。
その時。
――ガサッ
「……えっ?」
サユリ達の立つ道のはずれ。そこにある草むらから、ガサガサと物音が聞こえてきた。
反射的に振り向くと、そこには不自然に揺れる草むらが。間違いない。あそこに、何かいる。
「……サユリ? どうしたの?」
立ち止まったサユリを見たシンヤが、そう声をかけてくる。揺れ動く草むらを指差して、少し緊張した面持ちでサユリは答えた。
「い、いや……。そこに何か……」
恐る恐る口を開くサユリ。しかし、彼女が状況をシンヤに伝えきる前に。
「……あっ!」
ドサリ、とそんな音を立てて、一匹のポケモンが飛び出してきた。いや、飛び出してきたと言うより、躓いて転んでしまったと言った方が正しいか。顔面から地面に激突し、傍から見れば少し痛そう。
サユリ達も見慣れたポケモンだった。小さな青い身体。口元から覗かせる鋭い牙。真っ白で頑丈そうな頭。
「タツベイ……?」
そう。いしあたまポケモン、タツベイである。
思わずサユリがその名を零すと、ピクリと反応したかの様にタツベイが震える。やがておもむろに立ち上がり、身震いして転んだ際に着いた顔の砂を落としていた。
「この子……ひょっとして、この前助けた……」
「あのタツベイ……? でも、サユリが元いた場所まで送り届けたはずだよね?」
コクンと、サユリは小さく頷く。このタツベイは、あの時助けたのと同じ個体でほぼ間違いない。確か、怪我した頭部に微妙に傷が残っていたはずなのだ。このタツベイも、同じ場所に傷がある事が見受けられる。
しかし、あの時。サユリは確かにタツベイをあの場所まで送り届けた。怪我も治り、体調もすっかり良くなっていたタツベイは、そのままサユリ達の前から立ち去ったはずなのだ。それなのに、どうしてこんな所に?
「でもホントにどうしたんだろ? まさか迷子にでもなって……ん?」
サユリがシンヤにそんな相談を持ちかけようとしたその時、足元から何かの気配――と言うか、視線が送られてくるのを感じ取った。何だろうと思って覗き込んでみると、そこにはキラキラした目つきで見上げているタツベイの姿が。しかし、その視線の先はこの前のように空などではない。サユリに向けて、一直線だ。
「えっと……。ど、どうしたの?」
憧れや、尊敬にも似た思いを感じ取れる目つき。正直、タツベイにそんな視線を向けられるような事をした覚えはない。いや、もしかしたら無意識の内にやっていた事が、巡り巡ってこんな結果に繋がっていたのではないか。全く身に覚えがないが。
「……あ。もしかしてそのタツベイ、サユリと一緒に行きたいんじゃないかな?」
「えっ……!? わたしと……?」
相変わらずタツベイは、キラキラした瞳でサユリを見つめ続けている。どうやらシンヤの推測は、あながち間違っていないのかも知れない。
しかし、なぜサユリなのだろう。助けられたから? いや、タツベイを助けたのは厳密に言えばカズマではないか。
「多分、タツベイはずっと見てたんだよ。サユリとデンリュウの事を」
「わたし達の事……?」
「そう。何度も何度も練習して、デンリュウは技を打てるようになった。諦めないで挑み続けたから、サユリ達は一つの目標に辿りつけたんだよ。そんな姿を見て、タツベイは感じたんだと思うよ。サユリ達と一緒に行けば、もっと間近でその努力を感じていれば、自分もいつか達成できるって。空を飛ぶ事だって、できるようになる……って」
サユリは今一度タツベイを見つめ直す。
そうか。この子だって、本当に真剣なんだ。自分が憧れていた事、達成したいと思っていた事。それを実現する為に、毎日毎日もがいていたのだろう。
タツベイも、サユリやデンリュウと同じだ。前に進みたいと思っている。その瞳に映る夢を掴みたいと、そう思っている。
「タツベイ……」
そんなタツベイが、サユリに 期待を寄せている。この人と一緒に行けば、自分の夢を実現できるのではないか。この人ならば、自分の夢を叶えてくれるのではないか。きっとそう思っている。
だとすれば。少しでも、サユリがこのタツベイの力になれるのならば。
「……そうだね。それじゃ、一緒に行こっか?」
タツベイの背丈に合わせる様に腰を降ろし、サユリは優しくその頭を撫でてみる。サユリがそう伝えると、満面の笑みを浮かべてタツベイは大きく頷いた。
ウデッポウに続いての、サユリの三匹目の手持ちポケモン。これが、タツベイとの出会いだった。