7‐3:面影
『……僕の事は放っておいてよ』
確か、初めてそいつが彼に対して口にしたのは、そんな内容だったか。
そいつは本当に引っ込み思案で、人見知りが激しいポケモンだった。
いや、あれは人見知りと呼べるレベルではない。他のポケモンの前では、まぁ人見知りだと呼べる程度なのかも知れないが、“人間”という存在の前だと話は別だ。
ポケモンの前に出る際の羞恥心とは違う。感じるのは、明確な恐怖心。人間の姿を見ただけでそれは骨の髄まで響き渡り、人間の前に出ようものなら発狂寸前にまで追い込まれてしまう。
人間恐怖症、とでも言うべきであろうか。そいつは、それの重度患者だった。
なぜそこまで人間に恐怖するのか。それについてはあまり深くまで知らないし、追求した事もない。いや、追求してはいけないと思っている。傷を抉るようなものだ。そんな事をしてまで、そいつから真実を聞くべきではない。
ただ、人間の恐怖しているのだという事実だけを受け止める事しかできなかった。
だけれども。放っておけなかった。人間への恐怖心は消せずとも、ポケモンへの羞恥心くらいは何とか克服して欲しかった。だから、彼はそのポケモンに近づいた。
始めは、彼に対してもそいつは心を閉ざしていたけれど。やがて次第に心を開くようになり、いつしか親友とも呼べる関係にまで発展していた。
その頃には、ほんの少しだがそいつの人見知りは改善されつつあった。ある程度他のポケモンにもコミュニケーションが取れるようになり、自然な笑顔も増えてきていた。相変わらず、人間への恐怖心は拭いされていないようだったが。
それから、しばらくして。色々とあって。そいつとは、離れ離れになってしまったけれども。
しかし、彼は信じていた。あんなにも引っ込み思案だったのに、今ではすっかり他のポケモンとも関わりを持てるようになったから。きっと、人間への恐怖心も克服できる。これ以上彼が世話を焼かずとも、そいつならきっと乗り越えられる、と。
けれども。久方ぶりに再会したあの時のあいつは。
どこか、決定的に変わってしまっていた。
―――――
「ここにいたのか」
月陽が煌く静かな夜。ひんやりと冷たい空気を感じながらも夜空を見上げていたフレイは、不意に声をかけられた。
顔を下ろすと、そこにいたのは人間の少年。ハイクである。
確か、彼はついさっき――丁度昼頃に目を覚ましたばかりはずだ。にも関わらず、もうこうして普通に歩けるのだろうか。それとも、少し無理をしている? ハイクの性格上、後者である可能性も拭い去れなかった。
『……もう起きても大丈夫なのか?』
「ん? あぁ……。まぁ、普通に動けるし、大丈夫なんじゃないか? 流石にもう一晩くらい休まないと、あんまり激しくは動けないだろうけど」
『そうか……。なら良かった』
大丈夫じゃないか? って、なぜ疑問系なのだろう。ハイクらしいと言えばそうなのだが。
それはさておき。
『俺に何か用?』
「用と言うか……。姿が見えなかったから、どこに行ったのか気になって」
『ふーん……』
成程。確かに、まだハイクは目を覚ましてからフレイに会っていなかったか。それで何となく気になって、こうして捜していたと。
全く。本当は休むべきであるはずなのに、そんな身体でフレイを捜し回るとは。この少年は、相も変わらずお人好しで、
「ついでに、確認したい事が一つある」
時に、恐ろしいほど勘が鋭い。
「タクヤが連れていたドダイトス。お前はあのポケモンを知っているのか?」
『…………』
やはり、それか。
『どうしてそう思う?』
「……あくまで、俺の想像だ。それに、ちょっと曖昧な理由なんだけど……。あの時に俺が意識を失う前と、今のお前。どこか様子が違う気がする。多分、俺が意識を失っている間にお前は何かに気づいてしまった。その件について心に痼ができ、今もこうして一人で思案している」
図星である。
レインの手持ちポケモンとして長い間ハイクを見てきたフレイでさえも、思わず身震いしてしまう。あの時に意識を失っていたのにも関わらず、直前の状況と今のフレイの様子を見て、その心境をずばりと言い当ててしまった。
勘が鋭いのもあるが、それと同時に洞察力も鋭く、視野も広い。やはりチャンピオンは伊達じゃない。少ない情報量と幾分かの勘から考察し、状況を瞬時に分析する。その高い能力は、ポケモンバトルにおいても生かされているのだ。
尤も。彼の本当の強さの由縁は、その能力ではないのだが。
『でも……その原因があのドダイトスだって言い切れる理由はないんじゃないのか?』
「あぁ、そうだな。だから曖昧って言ったんだ。でもあの状況だと、さっき話した推測の原因と成り得る可能性が最も高いのはドダイトスだと思ったから」
そもそも、タクヤがドダイトスを連れている事すらあの瞬間まで知らなかった。これまで一度も、ハイクの前でタクヤはドダイトスどころか彼が入ったボールすらも取り出していなかったから。つまり、あの時点で明らかになった新要素の一つ。
フレイの様子が変になった理由があるのだとすれば、その新要素が原因であると真っ先に疑うだろう。だからハイクは、あのドダイトスとフレイに何らかの関係があるのではないか、と推測した。
「……いや、ごめん。推測だけで語るべきじゃなかったな。別に無理に答えなくても……」
『……ふぅ。本当、これじゃハイクには隠し事はできないな』
ハイクが言い終わる前に、フレイが苦笑混じりに口を挟んでくる。何やら諦めが付いた様子。
ぼんやりと空を仰ぎ、冷たい空気を吸い込んでひと呼吸。
『……そうだよ。俺は、アイツ……あのドダイトスを知っている』
どこか懐かしむような、けれども物寂しそうな口調で、フレイはそう口にした。
『ハイクの推測は大体当たっていると思う。こうして一人で外にいたのも、アイツに事を考えていたからだ。まぁ……昔、色々とあって』
「そう、だったのか……」
『詳しい事は……ごめん。俺の独断で話すわけにはいかないから。今は、まだ……』
「……分かった。これ以上の詮索はしない」
フレイとあのドダイトスの間に何があったのかは分からない。けれども、今のフレイの様子。どうやら、ハイクが無理矢理踏み込むべきではなさそうだ。それはきっと彼ら二匹の事情で、二匹で解決すべき問題なのだ。
それならば。ハイクもこれ以上は口出ししない事にした。
『さて、と。そろそろ戻った方が良いんじゃないか? 明日には出発するんだろ?』
「……あぁ。そうだな……」
フレイの言う通り、明日にはヒワマキシティを発つつもりだ。次の目的は大体決まっている。
タクヤを追う。彼をあのまま放っておく訳にはいかない。何とかして、あんな事は止めさせなければ。彼だって、好きでローブ達に協力している訳ではないはずだ。
変な言い方だが、幸いにもタクヤはハイクを狙っている。あまり遠くまでは行っていないはずだ。
それならば。
「(どこか街に向かったとして……。ここから近いのはキンセツシティかミナモシティ、か……)」
キンセツシティに向かった可能性は低い。あそこにはまだ国際警察が網を貼っている可能性が高いからだ。みすみす捕まるような真似を、あのタクヤがするとは思えない。
となると、消去法でミナモシティと言う事になるが――。
「(何にせよ……行ってみる価値はある、か……)」
確証は持てないが、他に宛もない。
取り敢えず、ミナモシティに行ってみよう。仮にタクヤに会えなくても、何か情報が得られる可能性だってある。
それに。ミナモシティと言えば、レジスチルの襲撃があった街だ。ミシロタウン、ルネシティと並んで、一番最初にローブ達が標的として選んだ街。
何か手がかりがあるのではないかと、そんな考えが頭を過ぎって仕方ない。
「……それじゃ、俺はそろそろ戻ろうかな。フレイも……程々にしないと、レインに心配かけるぞ」
『うっ……それを言うか……。まぁ、そうなんだけど……。もう少ししたら戻るよ』
「……そうか。ま、レインには俺の方からも伝えておくよ」
フレイとのそんなやり取りを最後に、ハイクは踵を返してポケモンセンターに戻るのだった。
―――――
翌日。ハイク達は、当初の予定通りミナモシティに到着していた。
ハイクも無事に完全復活し、チルルも特に身体の異常は見られない。一応大事をとってチルルは研究所に預けようと思ったのだが、彼女に同行を強くせがまれ、結局連れて行く事になった。どうにもハイクはチルルに弱いような気がする。
と言う訳で。チルルを新たに手持ちに加え、ハイク達はヒワマキシティを出発。しかし、徒歩で向かった訳ではない。ナギがミナモシティまで送ってくれると言うのだ。
鳥ポケモンの中には、人間を乗せて空を飛べるポケモンも少なくない。チルルも一応人間を乗せて飛べる――のだが、彼女の場合一人を運ぶのが精々だ。
しかし、ナギのトロピウスは違う。人間三人を乗せたとしても、涼しい顔をして空を舞うのだ。流石は鳥使いジムリーダーのポケモン。色々と格が違う。
「助かりました、ナギさん。ありがとうございます」
「いえいえ。では、ジムリーダーがいつまでも不在と言う訳にはいかないので、私はこれで」
そんなやり取りを最後に、ナギは再びトロピウスに乗って去って行った。
ナギと別れた後、ハイクは再びミナモシティに向き直る。
大きな街だ。カナズミシティやキンセツシティにも匹敵するかそれ以上の規模があり、ホウエン東部では間違いなく最大級の街であろう。
「レジスチルが暴れたって聞いてたけど……」
「あぁ。もう殆んど復興されてるみたいだな」
ミシロタウンにレジロックが現れたのと同時期、ここミナモシティではレジスチルによる襲撃を受けていたはずだ。しかし、今のミナモシティはどうだろう。そんな襲撃など最初からなかったかのように、騒がしくもどこか落ち着くいつもの姿を取り戻している。
それ程大きな被害にはならなかったのだろうか。それならそれで良かったのだが――。
「う〜ん……。あと、ルネシティにレジアイスが現れたんだっけ? 結局何が目的だったのかな?」
「それなんだよな……」
レインの言う通り、未だに三体のポケモンが別々の場所に現れた理由が分からない。恐らく彼らもローブ達の差金で動いていたと考えて間違いないと思うが、その真意はなんだったのだろう。あのタイミングで三箇所の街を襲撃して、奴らの利益になる事と言えば。
「陽動……?」
「えっ?」
「カナズミジムへの襲撃を円滑に進める為に周囲の目を引いたって事は……。いや、流石に安直すぎるか……?」
しかし、考えられる理由と言えばそのくらいしかない。離れた三箇所の街を同時に襲撃したとなれば、確かに注意は散乱するだろう。その隙にカナズミシティを一気に襲撃、と。
いや、だけれども。何かが引っかかる。仮に陽動だったとしても、カナズミジム襲撃以外に何か目的があったのではないか?
例えば。あの騒ぎに乗じて、誰かが何かを持ちだした、とか――。
「あっ……!」
ハイクが思考を巡らせ、あらゆる可能性を模索し始めた頃。不意にそんな声が聞こえて、現実に引き戻された。
何だろうと思い、声のした方向へと視線を向けるよりも先に。こんっと、足元に何かがぶつかったような感覚を覚える。反射的に足元を見てみると、どうやらきのみが転がってきたらしい。誰かが落としたのだろうか。
視線を上げると案の定、手に持った紙袋から豪快にきのみをぶちまけている少女の姿が。
「あの子……」
足元のきのみを拾い上げながらも、ハイクはそう呟く。
きのみを落とした少女は、まだ幼さを多く残す容姿だった。黒髪のショートヘア。くるりとした瞳。小柄な体格。歳は、十〜十二歳くらいだろうか。
何よりも目を引くのは、彼女の格好。その少女は、車椅子姿だった。
「……ほら。大丈夫か?」
反射的に、ハイクは動いていた。
足元に散らばるきのみを拾えるだけ拾い集め、少女のもとへと歩み寄る。きのみをハイクが差し出すと、その少女は少しばかりきょとんとしていた。どうやら、見知らぬ人がいきなり拾ってくれるとは思ってもいなかったらしい。しかし、少女はすぐに笑みを浮かべて、
「ありがとう!」
元気に、お礼を言ってくれた。
「おっ、とっと……。はい! これで全部かな?」
「わぁ……! お姉さんもありがとう!」
少し遅れて、きのみを拾ったレインがやってくる。振り向くと、ハイクは少し面食らってしまった。
ハイクが拾い損なった物を含め、レインは少女がぶちまけたきのみを全部拾ってきたようだ。結構な数があったはずだが、それら全てをその手に抱えている。しかもこの短時間でだ。
舌を巻くほどの早業である。レインはたまにとんでもない事を平然とやってのけたりする。
「君は……この辺に住んでるのか?」
レインの早業にはあまり突っ込まない事にして――。
きのみを少女に渡した後、ハイクはそんな疑問を口にする。
「うん。そうだよ。今はちょっと買い物した帰りで……」
頷きながらも、少女はそう説明してくれた。
足が不自由なのにも関わらず一人で買い物、とは。他の家族は、一体どうしているのだろうか。まさかこの少女が車椅子を使ってまで買い物をしなければならない程、複雑な過程なのだろうか。
だけれども。少女の無垢な笑顔見た限りでは、とてもそんな風には思えないが――。
「(いや……)」
止めよう。このような事を勝手にあれこれと推測するのはよくない。きっと、彼女には彼女の事情があるのだろう。
「手伝おうか? 運ぶの」
「ううん、大丈夫。私一人でへっちゃらだから!」
「そ、そうか……?」
屈託のない真っ直ぐな笑顔を向けられて、ハイクは思わず伸ばした手を止める。本当に、微塵も弱みを見せない表情だ。まるで自分の身体の事を、一方的に不幸だとは思っていないような。
「あっ、もう行かなきゃ……! 拾ってくれてありがとう! バイバイ!」
「あ、あぁ……」
ぼんやりとしていると、その少女がそんな事を口にする。半分上の空だったハイクは少し反応が遅れたが、相槌を打つ頃には少女は手を振って去ってゆく所だった。
紙袋を片手に持ち、もう片方の手で器用に車椅子をこぐ。かなり手馴れた手つきである。そこそこのスピードで去ってゆき、すぐに姿が見えなくなった。
「おぉ……、凄い元気な子だったねぇ。でもホントに大丈夫だったのかな? 手伝わなくて……」
「……そうだな。やっぱりちょっと心配だよな……」
確かに中々の車椅子さばきではあるが、またさっきみたに紙袋の中身を落としてしまう事もあるかも知れない。最悪、今度は人気のない場所で同じような状況に陥る可能性だってある。そうなれば、流石の彼女でも一人で全てを拾い上げるのは苦だろう。
レインの言う通り、やはりあのまま別れてしまって良かったのだろうか。
「……やっぱり追いかけよう」
結局、その結論に辿り着いた。
幾ら本人が大丈夫だと口にしているとは言え、やはり心配だ。せめて彼女が家に着くまでだけでも手を貸したい。
「よーし、それじゃ早速行こっ!」
「ああ」
そう思い、レインと共にあの少女を追いかけようとする、
『…………』
その時だった。
「ッ!?」
あまりにも、突然過ぎる出来事。一体、何が起きたのか。脳の処理が追いつかず、瞬間的に放心状態になりかける。
ただ、辛うじて認識できる事が幾つかある。まず、触れてもいないのにハイクのバッグに入っていたはずのモンスターボールが展開された事。これは中のポケモンが勝手に飛び出したと考えれば、然程驚くべき事ではない。第二に、その飛び出したポケモンはカインだったと言う事。これには少し驚いた。まさかカインがハイクの指示なしにモンスターボールから飛び出すなんて。
そして、第三。飛び出したカインが、何者かの攻撃を受け止めていたと言う事。
「なっ……!」
カインが振り上げるのは、右腕の刃。それが襲撃者の拳とぶつかり、火花を散らす。ギリギリと金属が擦れるような音が響くが、その力は拮抗している。お互い、全く引く気配がない。
『……相変わらず、反則級の反射神経だな』
襲撃者がそう口にする。その姿は、紛れもなく。
「ハッサム……!? スライスかっ!」
ハッサム。そう、タクヤのハッサムだ。間違いない。
なぜ彼女がこんな所に? 本当に、ハイクの読みが当たったというのか。まさか、こんなにも簡単に――。
『……なんだ? あんたの主は不在なのか?』
『タクヤの力は必要ない。たかがお前たちを消す程度など、私一匹で十分だ』
『随分と大きく出たな』
キィンと、一際大きな金属音が響く。違いの攻撃が弾かれあったのだ。カインとスライス、お互いが飛び退いた事により、二匹の間が大きく開く。
ハイクは周囲を確認する。カインの言う通り、タクヤの姿はどこにもなかった。しかも襲いかかってきたのは、スライス一匹のみ。
ハイクはそこで違和感を覚える。なぜ、スライス一匹だけなのだろう。タクヤが彼女だけを差し向けたのか、それとも――。
「(こいつの独断、か……)」
何であれ、ハイクもカインもこのまま易々とやられるつもりはない。寧ろ好都合だ。ここで彼女を止める事ができる。
しかし、その前に。
「……レイン。こいつは俺達が相手をする。お前はさっきの子を追いかけてくれないか?」
「えっ……? それって……!」
「あの子を放っておく訳にもいかないだろ? それに、こいつの狙いはあくまで俺だ。それなら正々堂々と戦ってやるさ」
さっきの子も気になる。そう言う意味では、このタイミングでスライスが襲いかかってきたのは不都合であるとも言える。
なら、ハイクとその手持ちポケモンだけでスライスの相手をすればいい。あくまで彼女の狙いはハイク一人なのだから、無理にレインが戦う必要はない。
それに。このままハイクが逃亡すれば、無理に追撃しようとしてきたスライスによってまた別の被害が広がる可能性もある。無関係の人を巻き込むような事になってしまったら、目も当てられない。それだけは避けねばなるまい。
故に。ハイクはスライスに背を向ける訳にはいかないのだ。
「……分かった。でも、おくりび山みたいな事になるのだけは絶対に嫌だからね……?」
「……ああ。留意しておくよ」
そんなやり取りを最後に、レインは走り出した。スライスとは、反対方向。さっきの子が消えた街中へと。
横目でレインを見送った後。ハイクはスライスに向き直る。
「さて……。カイン、行けるか?」
『問題ない、と言いたい所だが……』
そこで、カインは口を微妙に濁す。
『一筋縄ではいかない、だろうな』
今の一瞬の攻防だけで、カインは何となくスライスの力量を測った。だからこそ、分かるものがある。
彼女、つい先日にヒワマキシティで手合わせした時とは何かが違う。あの時は明らかにカインの方が上だったはずだが、今は――。
『あのハッサム……』
この短時間で急激に力をつけられるとは思えない。けれども確かに、あの時とは根本的な何かが違うのだ。
言うなれば、足枷が外れたかのような。
『御託はいい。さっさと始めるぞ』
そんな事を考えている間に、スライスが再び構えなおす。
鋭い一撃――“バレットパンチ”が、カインに襲いかかった。
―――――
そして。車椅子の少女は、自宅に辿り着く。
「ただいまー!」
「あっ! ユリカちゃん! もうっ、どこ行ってたのよ!?」
「ハルカさん! えへへ……ちょっと買い物に……」
「買い物って……。タクヤ君心配になって探しに行っちゃったよ? 出かけるにしても、一言何か言っておかないと……」
「うっ……ごめんなさーい」