ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第6章:記憶の欠片
6‐5:ヒワマキシティ ―衝突の予兆―


 ヒワマキシティはホウエン地方の中でもかなり独特な街だ。背の高い木々が生い茂る森の中に存在する街で、住居の殆んどがツリーハウスとなっている。宛ら森と一体化した街、と言った所か。自然豊かなホウエン地方ならではの街である。
 そしてその街の中心には、これまた目立つ建物が。住居と違ってツリーハウスではないのだが、他の建物と比べても特に大きなスペースを使った建物で、その重厚感は中々のものだ。この建物こそが、ヒワマキシティのポケモンジムなのである。

 そんなヒワマキシティに、ハイク達はようやく到着していた。
 おくりび山を出発してから、歩き続けること数時間。朝に出発したはずが、到着する頃にはもう夕方だ。おくりび山のある122番水道から北の121番道路へと向かい、更に北西へと進み120番道路を経由してようやくヒワマキシティに辿り着ける。こんなにも距離があるのだから、時間がかかってしまうのも当然だ。

「やっと着いたね。でももう夕方かぁ……」

 そう言いながらもレインは伸びをする。休憩を挟んでいるとは言え朝から歩きっぱなしだったのだが、しかしレインはそれほど疲れている様子は見せない。寧ろ目的地に辿り着いた達成感に浸る余裕があるくらいだ。レインは意外と体力や忍耐力があったりする。

「あぁ、そうだな。夕方、か……」

 そんなレインの横で、ハイクは空を仰ぐ。どんよりとした曇り空。沈みかけた太陽の光は辛うじて確認できるものの、いつものこの時間帯より周囲は暗い。しかし、まだ夕方だ。夜になった訳ではない。
 そう。ハイク達は、夕方までにヒワマキシティに辿り着く事ができたのだ。あのおくりび山を出発して、順調に足を運ぶ事ができたからこそ、だ。いや――順調過ぎる、とも言えるだろう。

『……? おいハイク、どうしたんだ? ボーッとして』
「いや……」

 ルクスに声をかけられて、ハイクは空から視線を外す。しかし、彼は頭の中に一つの違和感を感じていた。喉に詰まった魚の骨のように、しつこく引っかかって中々離れてくれそうにない。そんな違和感。
 やっぱり変だ。何かが、いつもと違う。

「なぁ、レイン。妙じゃないか?」
「……え? 妙、って?」

 レインは首を傾げる。どうやら彼女は特に何も気にしていなかったらしい。彼女の足元にいたルクスもまた、動揺に首を傾げている。
 ハイクの勘違い? いや、そんな事はないはずだ。なぜならば。

「だって……おかしいじゃないか。おくりび山を出発してから……俺達は凶暴化したポケモンと一度も遭遇していない。今までは何度も襲われてたのに……」

 そう。それだ。
 おくりび山を出発してから数時間。ハイク達は、凶暴化したポケモン――つまり紅波石の力に飲み込まれたポケモンに一度も襲われていないのだ。
 101番道路でのポケモンの大群。カナズミシティに向かう途中でのウルガモス。116番道路では数匹のドンファン。そして117番道路のジバコイル。それ以外にも何度かポケモンには襲われていた。
 それなのに、今回はどうだろう。至って平穏。いつものホウエン地方の様子と、まるっきり変わらないじゃないか。まるで今まで夢を見ていたのではないかと、錯覚してしまう程に。

「う〜ん……そう言われれば……」

 腕組をして考え込むレインも、ハイクに指摘されて違和感を感じ始めたらしい。やはり気のせいではなかったようだ。
 凶暴化したポケモンが、いきなりいなくなるなんて。被害が減るのは良いだと言えばそうなのだが、いくらなんでも不自然過ぎる。あまりにも不気味だ。
 これもローブ達によるものだとしたら、奴らは本当に何を考えているのだろうか。いや、そもそも今まで何の為に凶暴化したポケモンをホウエン地方中に放っていたのか。それすらも謎だ。

「(何はともあれ……)」

 ローブ達の悪行がなくなった訳ではない。これまで通り、いきなりジムに現れる可能性だって十分ある。カイオーガを狙って、海底洞窟に現れる可能性もあるか。そちらは国際警察に任せておけば一応大丈夫だと思うが――。
 いずれにせよ、そう簡単に警戒心を解く訳にはいかない。

「まぁ……まずはジムに行ってみる?」
「そうだな。今度こそローブの攻撃を未然に防げるといいんだけど……」

 これまでのハイク達は、ローブ達を止める事ができずにいた。奴らの勝手を防ぐ事ができずにいた。
 けれども。今度こそは負けない。負ける訳にはいかない。何としてでも食い止めてやる。

 そんな思いを胸に、ハイク達はポケモンジムへと向かおうとする。しかし、その時。

『……ね、ねぇ』

 ジムに向かおうとしたハイクの肩を、ラティアスが叩く。振り向くと、ラティアスは何やら不安そうな表情を浮かべていた。
 何かあったのだろうか。

「ラティアス? どうした?」
『いや、えっと……何て言うか……』
「……ひょっとして、人混みに慣れてないとか?」
『ち、違う! そうじゃなくて……!』

 どうやら上手く言葉に表せない様子。ラティアスは意外と気持ちや考えを表に出すのが苦手だったりする。
 違う、とやはりムキになっているが、今回はいつものような照れ隠しとは少し違う気がする。本当に何か気になることがあるのだけれども、それについて上手く説明できずにいる。そんな印象を感じられた。

『も、もういい……。あんた達は先にそのジムって所に行ってて。私は、ちょっと……』
「俺達だけで? ラティアスはどうするんだ?」
『ちょ、ちょっと……。そ、その辺見てくる! 街の外には出ないから!』

 そんな言葉を言い残し、ラティアスはハイク達を置いてどこかへと飛び去ってしまった。引きとめようと手を伸ばした頃にはもう遅い。何かを追いかけるかのように、ラティアスは街の奥へと進んでゆく。

「あっ……行っちゃった……」
「ハイク? ラティアスどうしたの?」
「……いや、よく分かんないけど」

 ハイクは腕を組んで考える。ラティアスが食いつくような、何か変わったことがあっただろうか。記憶の中を探ってみるが、しかしそれらしきものは思い出せない。
 まさかローブ達を見つけた? いや、あの様子はそれとは少し違う気がする。それならそうとはっきり言うはずだ。では、一体何が?

「う〜ん……でも街の外には出ないみたいだし……。俺達は取り敢えずジムに向かうか。あいつもそうしてくれって言ってたし」
「そうなんだ。じゃあ、そうしよっか」

 ラティアスに何があったのかは分からないが、彼女は先にジムに向かってくれと言っていたのだ。今はその指示に従おう。
 心の片隅ではラティアスの事が気になりつつも、ハイク達は改めてポケモンジムへと向けて歩き始めた。



―――――



 ジムの扉を開くと、スゥーっと風が流れ込んできた。気温の低いこの季節では、少し冷たく感じられる風。ハイクは思わず身震いしてしまう。
 ヒワマキシティのポケモンジムは、飛行タイプを専門とするジムだ。その為、他のジムと比べて天井が高い作りになっており、風通りも良い。飛行タイプのポケモンが空中を飛び回ることを想定している為、天井付近の障害物は極力排除されている。かなり特徴的な作りをしたジムだ。

 懐かしい光景。ハイクもリーグを目指している時にはここでバトルをした事がある。バッジを手に入れる為のジムリーダーとのポケモンバトル。飛行タイプポケモンの素早い動きに散々翻弄され、苦戦したのを思い出した。

「……あれ?」

 普段のジムならば、何人かのポケモントレーナーがトレーニングをしている所だ。しかしジムに入ってハイク達が見たのは、想像とは違う光景だった。
 ポケモンジムのフィールドは、全くの無人だったのだ。ポケモンは疎か、人っ子一人見当たらない。少し遅い時間ではあるが、まだ何人かが残っていてもおかしくない時間帯なのに。ポケモンジムは、奇妙なまでの静寂に支配されている。

「……誰もいないね?」
「う、うん……どうして……」

 ハイクは息を呑んだ。
 こんな状況だ。何か悪い事が起きたんじゃないかと、心配になってしまう。頭の中を過るのは、最悪なシチュエーション。まさか、もうローブ達が襲撃した後だったのか。ローブ達の手にとって、ジムのポケモン全員が連れて行かれてしまったのではないか。カナズミシティの時のように――。

「しばらくの間ジムでの活動は休止しているんですよ。ここもいつ標的に選ばれても不思議じゃないので」

 ハイクが深く考え込もうとした、その時。ちょうど背後から、そんな風に声をかけられる。どこか聞き覚えのある声。ハイクとレインはほぼ同時に振り返る。
 そこにいたのは、穏やかそうな容貌の一人の女性だった。一昔前のパイロットのような服装の女性で、その服の配色は水色や白と言った空を彷彿させるような色。後ろ髪は腰に届くほどに長いが、帽子から除かせる前髪はどことなく翼に見えるような髪型になっている。

 まさに飛行タイプのポケモン使いと一目で分かるような恰好である。この女性こそ、ここヒワマキジムのジムリーダー。

「ナギさん。お久しぶりです」

 久しぶりに会ったジムリーダーに向けて、ハイクとレインは会釈する。その女性――ナギも、笑顔でそれに答えてくれた。
 ハイクは少し安心した。ジムに誰もいなかったのだから何かあったのではないかと心配だったのだが、どうやらジムリーダーは不在ではなかったようである。
 それにしても、ジムの活動が休止中とは。

「標的って、やっぱりあのローブ達……ですよね?」
「えぇ……。まだ捕まっていないようですし、ここにもいつ現れるか……」

 カナズミシティ、キンセツシティ、そしてフエンタウンのジムがローブ達の襲撃を受たという事もあり、他のジムの殆んどは急遽活動を休止しているらしい。これまでの奴らの動きから推測するに、強いポケモンが多く集まり易いジムが存在する街は狙われる可能性が高い。それを考慮して、予めジムにトレーナーやポケモンが集まりにくくしたとの事。これでカナズミシティの時のように多くの人が人質に取られ、そのポケモン達が連れ拐われてしまう事も幾分か防げる。

 しかし、どうやらローブ達はここ何日かはジムへの襲撃を行っていないようだ。本格的に対策が練られてきた為、奴らも手が出せなくなったのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。
 何にせよ、まだローブ達の襲撃はなかったようで一安心だ。しかし、油断はできないだろう。また奴らがいつ現れてもおかしくないのだ。気を引き締めていかねば。

「それより……聞きましたよ、二人とも」
「えっ?」

 そんな中。ナギに突然話を振られ、ハイクとレインは揃って首を傾げる。

「随分無理をしているみたいじゃないですか。あのローブ達と明確に敵対しているんでしょう?」

 ナギが不安気で心配そうな表情を浮かべる。ハイク達を気遣ってくれているようだ。
 どうやら彼女はハイク達がローブと戦っている事を既に知っているらしく、それについて何やら心配しているらしい。まさかナギにそんな事を知られていたとは。

「あっ……ま、まぁ……。えっと……その、それは誰から聞いて……?」
「テッセンさんからです。もしかしたら、あなた達がそっちに向かうかもと連絡を貰って……」
「テッセンさんが……?」

 確かに、キンセツシティで足止めをくらっている時ハイク達はテッセンには事情を説明した。と言うか、半ば強引に聞き出されていた。あの時、ハイク達の行動についてテッセンには特に止められたりはしなかったのだが――。

「テッセンさんはあなた達に協力的みたいですが……。わたしは心配です。あなた達が無理に戦う必要はないんですよ?」
「で、でも……」

 テッセンはテッセンなりにハイクの力になろうとしてくれたようだ。彼はハイク達が次に訪れそうなジムに連絡を入れ、協力を煽ってくれていたと言うことか。
 しかし、皮肉にもそれがナギに不安感を植え付ける結果になってしまった。

「確かに……ハイクくんはダイゴさんに勝ったチャンピオンです。レインちゃんも、前回のリーグでは第三位……。ポケモンバトルの腕は折り紙つきでしょう。だけど……あなた達はまだ子供なんです。もし取り返しのつかない事になってしまったら……」
「……ごめんなさい、ナギさん。だけど俺達は……」

 ナギの気持ちは分かる。まだ十五歳のハイク達に、危ない事はして欲しくないのだ。だからこそ、こんなにも心配してくれている。
 しかし。ハイク達はここで引き下がる訳にはいかない。例えナギに説得されたとしても、その気持ちは揺るがない。

「俺達は……戦わなくちゃいけないんです。俺達の助けを待っている奴らがいるから……。だから、立ち止まる訳にはいかないんです!」
「……っ! 戦う理由が、あると言う事ですか……? でも……」
「ふっふっふ……。心配いりませんよナギさん。ハイクは一人じゃないんです。私だってついてますから!」

 ハイクが自分の意思を真っ直ぐに示し、レインもナギの心配を和らげようと努める。そんな二人の様子を見て、ナギの表情が徐々に変わり始める。不安感が、少しずつ薄れてゆく。

「わたしは……あなた達の実力を見くびっている訳ではないんです。ただ、本当に心配で……」

 ナギは一瞬だけ俯きかけるが、しかしすぐに顔を上げる。

「でも……あなた達は何を言っても止まる気はないんですね」

 その時がナギが見せてくれた表情は、ついさっきまでのとは少しだけ違った。不安感が完全に払拭し切れた訳ではない。しかし、諦めがついて吹っ切れたかのような表情だ。
 自分が何を言った所で、ハイク達は止まらない。引き返さない。彼らの覚悟は、この程度では揺るがない。それが真っ直ぐに伝わってきたから。ナギは道を開ける。

「あなた達の気持ち……伝わりました。あなた達が心に強く決めた事ならば……わたしは止めはしません……」
「ナギさん……」
「でも……本当に無理だけはしちゃダメですよ? あなた達に何かあったら、悲しむ人だっているんですから……」

 無理だけはしないで欲しい。そう言うナギに向けて、ハイクは静かに頷く。
 ローブ達と戦っててきて、今まで何度も危険な目にあってきた。しかしそれでも、ハイクは止まらなかった。危険を顧みず、突き進んできた。
 だけど。おくりび山での一件で思い知った。後先考えずに一人突っ走って、祭壇の崩壊に巻き込まれて。危うく命を落とすところだった。ハイクが行方不明になっている間、必死になって捜してくれている人がいた。レインを、泣かせてしまった。

 もし、ハイクが死んでしまったら。レインはどう思うだろうか。また泣かせてしまうのだろうか。
 ハイクは一人じゃない。ハイクを信じ、大切に思ってくれる仲間がいる。
 だから。これ以上の心配をかけてはいけない。背負わせてはいけない。ハイクは――死ぬ訳にはいかない。

 もう。レインを泣かせたくなんかないから。



―――――



 タクヤはぎゅっとモンスターボールを握り締めていた。
 自分でも無意識の内に力が入り、手の震えが強くなってゆく。心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなってゆく。

 なぜだ。どうして、こんな気持ちになる? もう少し。あと一歩のところまで来たんじゃないか。それなのに、震えが止まらない。心に決めたはずの覚悟が、ゆらゆらと揺らぎ続ける。

『タクヤ……大丈夫……?』

 傍らにいたエルバが、心配そうに声をかける。タクヤは深呼吸しながらも、静かに頷いてそれに答えた。
 タクヤが手に持つモンスターボール。それは白ローブに渡されたものだ。中に入っているのは、ハイクの手持ちだったポケモン。しかし、今は完全に紅波石の力に飲み込まれている。ハイクの事も、最早覚えていないだろう。ローブ達の傀儡と化している。

 深呼吸をして少しだけ落ち着いたタクヤは、もう一度そのボールに視線を戻す。するとあの白ローブの事が、頭を過る。
 気に入らない。一体、あの男は何を考えているんだ。なぜこのポケモンをタクヤに渡したのか。
 あの男は少しでも力になりたいなどど宣っていたが、あれが本心ではない事は明白だ。きっと何か別の理由があるはず。
 けれども、いくら考えたって白ローブの本心が分かるはずもない。タクヤはそこまであの男に馴れ馴れしく接していないからだ。だからいくら思考を働かせても、納得できる答えは得られない。

「くそっ……」
『……タクヤ。無理してその子を戦わせる必要はないよ。そんなにも苦しんでまで……戦う必要はないんだ……』

 タクヤの心を、少しでも軽くしたい。そんな思いを胸に、エルバがそう声をかけてくれる。
 しかし。

「ありがとう、エルバ。でも……オレは何としてでもこの任務を成功させなきゃならなんだ。その為には、コイツを……」

 タクヤ達はヒワマキシティのとある大木の陰に身を潜めていた。全ては白ローブから言い渡された任務――ハイクを排除する為。

 タクヤは白ローブから、ハイクはヒマワキシティに現れると言う情報を貰っていた。
 どこからそんな情報を仕入れてきたのか。確かな情報なのか。正直半信半疑だ。しかし、このポケモンを押し付けてまでタクヤにハイクの排除を強要したあの白ローブが、適当な情報を言い渡すとは思えない。確信を持って、こんな情報を提示してきたのだろう。
 今は素直にあいつの言う事を信じるしかない。

「……とにかく、ハイクさんを捜そう。あいつを見つけなきゃ、何も始まらない……」

 これ以上、あれこれ考えても無駄だ。タクヤはぶんぶんと頭を振って自分を誤魔化そうとする。
 白ローブが何を企んでいようが、そんな事はタクヤには関係ない。あいつを助けられるなら。タクヤは何だってしてみせる。

 おもむろに立ち上がり、タクヤはハイクの捜索を再開しようとする。
 その時だった。

『待って……!』

 誰かに声をかけられた。この頭の中に響く感じ――。相手は人間ではない。おそらく、ポケモン。
 そう頭の中で理解するよりも早く、タクヤは反射的に振り向いてしまった。そこにいた一匹のポケモンが、視界に入る。

 どこか見覚えのあるポケモンだった。赤と白を基調とした、戦闘機を彷彿とさせる身体。黄金色の瞳。その雰囲気から察するに、おそらくメス。

「ラティアス……?」

 むげんポケモン、ラティアス。そう、むげんポケモンだ。タクヤは同じ分類のポケモンに、一度会った事がある。

『タクヤ……ひょっとしてこの子、あのラティオスの……』
「いや……どうだろう……」

 ムロタウンでミサキによって回収されたポケモン、ラティオス。生物学的には同一種だが、性別によって能力や容姿に差異がある為、別の名称で呼ばれているポケモン。
 あの時のラティオスは、確かラティアスがどうのと言っていた。まさかこのラティアスは、あの時のラティオスと何か関係があるのでは――?
 いや。流石に考え過ぎか。いくらなんでも、そう簡単にあのラティオスが心配していたラティアスと同一個体のポケモンと出会えるとは思えない。きっとタクヤの思い過ごしだろう。

 それにしても。このラティアスは、なぜタクヤなどに声をかけたのだろう。と言うか、そもそもこんな街中にラティアスがいるとは。
 誰かの手持ちポケモンなのだろうか?

『この感じ……やっぱり間違いない……絶対に……』
「……何をごちゃごちゃ言ってるんだ。オレに何か用なのか?」
『……っ! あんた……まさか私の……ポケモンの言葉が……』
「……あぁ。分かる」

 そう言えば、あのラティオスもこんな反応をしていたか。
 ――似ている。このラティアスには、どこかあのラティオスの面影がある。

『そう……あんたにも言葉が通じるのね……。それなら話が早い……』
「……あんたにも?」

 ラティアスが気になる事を言った。
 あんたに“も”だって? まるでタクヤ以外にポケモンと話せる人間を知っているかのような口振りだ。
 ポケモンと会話ができる能力。そんなものを持っている人間なんて限られている。おそらくこのラティアスは、タクヤの標的――ハイクの事を知っている。

『この街に来てから……ずっと嫌な感じがしてたのよ……。気になってそれを探りに来て……でも今はっきりした。文字通り身体に刻み込まれたから分かる……。これは、あの時と同じ感じ……』
「? 何を言ってるんだ、お前……」

 タクヤは首を傾げる。
 ラティアスが何の事を言っているか、まるで理解できない。殆んど彼女の一人言のようなものだ。話の全貌が掴めない。
 ハイクの事を知っているのか。ラティアスにそれについて聞こうと思ったのだが、今ここで話題を変えると更にややこしい事になりそうだ。ここは話題をあわせるべきか、否か。

 ややこしい事にならないように、タクヤは何とか言葉を選ぼうとする。だが、そんな事はお構いなしにラティアスは口を開く。

『もう分かってるのよ……。あんた……あいつらの仲間なんでしょ? だって……あんたが手に持っているボールから……あの時と同じ力を感じるんだもん……。私と兄さんを引き離した、あの力と……!』
「なっ……」

 手に持っているボール? 白ローブから渡された、このモンスターボールの事か。
 ハイクの手持ちだったポケモンが入っているボール。その中から力を感じるだと? まさか――。

『タクヤ、この子……! まさか紅波石の力を感じ取って……!?』
「あぁ……。だけど……」

 紅波石の力を感じ取れるポケモン。それについてはあまり驚く所ではない。紅波石ほどの強大なエネルギーの結晶体なら、敏感なポケモンが感じ取っても不思議ではない。
 問題は、このラティアスが紅波石について明らかな負の感情を抱いていると言う事だ。
 このラティアスに、一体何があったと言うのだろうか。

『ねぇ……教えてよ……。あいつらの仲間なら知ってるんでしょ? 兄さんの事……』
「兄さん? 何の事だ?」
『ムロタウンって所にいたラティオスの事よ……。あんたの仲間が連れ去ったんでしょ……?』

 ムロタウンのラティオス。ミサキ達の手によって回収されたポケモン。
 あぁ、そうか。そう言う事か。やはり思い違いじゃなかったのか。このラティアスは。

「お前……あのラティオスの妹か」

 あの時。ラティオスは頻りにラティアスの安否をタクヤに確認してきた。自分の身に危機が迫っていると分かっているはずなのに、彼はそんな状況でもラティアスの心配をしていた。
 あのラティオスは、自分の妹の為に必死になっていたのか。自分の身の安全など、二の次にする程に。

『ッ! やっぱり……遂に尻尾を見せたわね……。ふっ、ふふふふ……』

 ラティアスが不気味な笑い声を上げ始めた。狂気すら感じる、狂った笑い声。
 ぞくっと、タクヤの背筋に悪寒が走る。
 なんだ。なんなんだ、こいつは。何を考えているんだ。

『ねぇ……早く教えてよ……兄さんは、どこ……?』
「……知らん。オレはただ依頼されてラティオスの回収をしただけだ。あいつらに引き渡した後の事は……」
『へぇ……そうなんだ。あんたが兄さんを連れ去ったんだ……』

 しまった。タクヤは慌てて口を塞ぐ。しかし、もう遅い。
 余計な事を言ってしまった。今のラティアスを刺激すれば、何があるのか分からないと言うのに。つい、口が滑ってしまった。
 その結果。ラティアスの中の何かが、切れた。

『引き渡した後、なに……? 兄さんはどこに連れて行かれたの……?』
「だ、だから……さっきも言っただろ。それ以上の事は知らない。オレはローブ達の一員じゃないんだ。ただ、一時的に雇われただけで……」
『なに……言ってるの……?』

 ごうっと、ラティアスから強い光が放たれる。エスパーエネルギーを解放したのだ。強大なエネルギーが空気を振動させ、強い風までも発生させる。光と風が、タクヤ達を包み込む。

『ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな! 全部……全部あんた達のせいじゃない! あんた達が私と兄さんを引き離した……。あんたが! 兄さんを連れ去らった! それなのに、関係ないって言うの……? 一時的に雇われただけだから、ローブ達とは違うって言うの……?』
「それは……」
『まだ……何か隠してるの? そうなんでしょ!? 本当は兄さんの行方を知っている癖に、それを私に隠してるんだ……! そうだ! そうに違いない……!』
「待てよ! 勝手に決めつけるな。オレは何も隠してない。本当に、知らないだけで……」
『まだそんな事を……!』

 タクヤのそんな言葉など、ラティアスが信じるはずもなかった。強い怒りと憎しみに支配されたラティアスには、何を言っても無駄だった。ラティアスの心には、もう何も届かない。

『本当は全部知っている癖に……隠し事している癖に……! それなのに……なのに……! いつまでも……惚けるなぁあああ!』

 その次の瞬間。ラティアスの“ミストボール”が炸裂した。

absolute ( 2015/05/23(土) 18:02 )