ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第6章:記憶の欠片
6‐4:頼みごと


 ポケモンセンターの宿泊部屋。その一つ、一人で寝泊まりするには些か広すぎるような気もする部屋。深夜0時も回った頃、ハイクは床に就いていた。
 Nと別れて、レイン達に彼から聞いた事を話して。風呂や食事を終えた後に部屋に戻って布団に寝転がった所、そのまま眠りに落ちてしまったらしい。
 無理もない。今日は色々とありすぎた。キンセツシティを脱出して、そのままおくりび山に向かって。途中でラティアスに襲われて、それを潜り抜けて目的地に到着したと思ったら今度はローブの襲撃。そしてその最後に、Nとの再会。肉体的には勿論の事、一度に多くのものを提示されて頭の中もクタクタだ。その疲れが、気が抜けると一気に出てきたのだろう。少し休もうと思ったところ、いつの間にか眠ってしまった。

 静まり返る部屋の中。ハイクが寝返りをうち、布と布が擦れるような音さえも大きく感じる。
 そんな中。ガチャリと部屋のドアが開く音が響いた。それに反応し、ハイクの意識が少しだけ現実に引き戻される。まどろみの中、ボンヤリと思考が働き始める。
 誰かが部屋に入って来た? 何かが音を立てずに近づいてきている気配がする。あぁ、そう言えば鍵を締め忘れていたような気が。

「(……いや、まてよ)」

 あれ? この状況、似たような事が前にもあったような。
 そこでハイクは、とある事を思い出す。数日前、キンセツシティでの事だ。部屋に入って来たペンタよって、強烈な一撃を食らわされた事があった。
 あれはかなり痛かった。意外と体重のあるジュペッタが、殆んど不意打ちでお腹に乗って来たのだから尚更だ。思い出しただけで、またお腹が痛くなってくる気がする。

 まさかまたペンタのいたずらか? その可能性はある。イタズラ好きのペンタならやりかねないだろう。あの時は、確か夢だと勘違いしてまんまとしてやられた。また同じ手段で来るのだろうか。
 そこで、ハイクは完全に目が覚める。何度も同じ手に引っかかってたまるか。逆にこっちから驚かせてやる。

「同じ手には……!」

 ガンッ!

 勢いよく身体を起こしてペンタを驚かせようとしたハイク。しかし、返ってきたのは予想に反する衝撃と鈍い痛み。何かがおでこにぶつかった。
 どうやら、飛び起きると同時に目に前にいた誰かと激突してたらしい。

「いって……!? ぺ、ペンタ……?」

 いや、これはおかしい。ペンタは確かに体重は意外とあるが、あくまでぬいぐるみだ。こんなに硬い訳がない。それでは、今ハイクとぶつかったのはペンタではない?
 痛むおでこを摩りつつも、ハイクは目の前を確認する。案の定、そこにいたのはジュペッタのペンタなどではなかった。

『いったぁ!? な、な、何よあんた! なんで急に飛び起きるのよ!?』

 涙目で頭を抑えるのは、ジェット機のような姿をしたポケモン。ラティアスだった。
 成程。ラティアスの頭と激突したのか。それならば痛い訳だ。――などと素直に納得できる訳がない。

「い、いや……ごめん……。ちょっと人違い……じゃなくて、ポケモン違いで……。と言うか、何でラティアスが俺の部屋にいるんだよ」

 部屋の鍵は締めてなかったので誰かに入られても不思議ではないと言えばそうなのだが、それでもラティアスが入って来たのは予想外だった。彼女は別室に預けられていたはず。
 人間嫌いのラティアスが、人間であるハイクに自ら近づいてくるなんて。意外だった。

『えっ……!? い、いや、何て言うか……その……』

 いきなりモジモジするラティアス。何となく気まずい雰囲気が漂い始める。
 ついさっきまで人間嫌いっぷりを遺憾無く撒き散らしていた手前、ラティアスもこの状況は居心地が悪いのだろう。気まずい雰囲気になるなんて、彼女も分かっていたはずだ。
 しかし、それでもラティアスは勇気を振り絞ってハイクに会いに来た。そうまでして、彼女が成し遂げたい事とは何なのだろうか。

「えっと……ラティアス? 俺に何か用なのか?」
『……あるの……』
「……え? 今なんて……?」
『だからっ! あんたに頼みがあるの!』

 怒鳴られた。そんなに怒ることないじゃないか。

「頼み……? 何だよ、頼みって?」
『……わ、私……』

 そこで、ラティアスは言葉が詰まる。何となく、言い出しづらい。
 ダメだ。こんなんじゃ。自分で考えて、自分で決めた事じゃないか。だから、自分の口から伝えなければ。いつまでもモジモジしてちゃ埒があかない。
 意を決したラティアスは、おもむろに顔を上げた。

『……連れて行って。私も』

 ボソボソと呟くラティアス。しかし、今回ははっきりと聞き取る事ができた。連れて行って欲しい。つまり、ハイク達の旅に同行したいと言うのだ。あのラティアスが、自らそう提案してきた。

「えっ……それって……」
『かっ、勘違いしないでよね! 別にあんた達の仲間になりたいとか、そういうんじゃないんだから! ただ……』

 分かってる。ラティアスの性格、そしてさっきハイクの話を聞いた時の反応から、彼女がやりたい事は容易に想像できた。
 きっとラティアスは、兄であるラティオスにもう一度会いたいのだ。ローブ達に捕まったラティオスを、助けたいと思ってる。だけど。

『わ、私の目的は兄さんを助ける事だし、それにはまずあのローブにもう一度接触しなきゃならないし……。だ、だから……あんた達と一緒に行けば、あいつらと接触し易いでしょ……? よ、要するにあんた達は囮よ! 私は私の目的を達成する為に、あんた達を利用しようとしているの! それだけよ……』

 ラティアスは強がっていた。弱い自分を見られたくなくて、だからつい素直になれなくて。本音が言えなかった。
 本当は、不安で不安で仕方ないのに。一人じゃどうしようもできないって、分かっているはずなのに。力を貸してと、その一言が出てこない。助けを求める事ができない。

『…………ッ』

 ラティアスはぎゅっと拳を握る。素直になれない自分への憤りと羞恥心から、息をするのも忘れそうになる。
 こんな自分は、もう沢山だ。もう、嫌だった。

「……ラティアス」

 そんなラティアスを見て、ハイクが優しく声をかける。そして、そっと静かに頭を撫でてやる。

『……えっ……?』
「大丈夫。ラティオスも……俺達が絶対に助け出す。あいつらの思い通りになんかさせない」
『あんた達が……助け出す……?』
「あぁ。少なくとも、俺はお前の力になるから。だから存分に利用してくれ」

 真っ直ぐな瞳のハイクからかけられる、真っ直ぐな言葉。それを聞き取り、ラティアスは胸の奥から込み上げてくるものを感じていた。
 分からない。初めて会ったあの時も、この人間はそうだった。どうして、こんなにも素直にラティアスの事を信じる事ができるのか。どうして、こんなにも簡単にそんな事が言えるのだろうか。

『どう、して……あんたは……』
「ん……?」
『どうして……ニンゲンの癖に……そんなに、優しくするのよ……!』

 ローブ達に襲われて、ラティオスと離れ離れになって。その時、思い知った。人間は敵だ。自分達を脅かす存在なんだ、と。
 だけど。今のラティアスは、そんな考えに疑問を持ち始めている。あのジュカインの言っていた通り、目の前にいるコイツは悪い奴じゃないんじゃないかって、そう思い始めている。
 でも、まだ認められなくて。あの時の出来事がトラウマになって、完全には信用できなくて。怖かった。怖くて怖くて仕方なくて、だから攻撃的になってしまっていた。
 それなのに。この人間は近づいてきた。手を差し伸ばしてきた。こんな自分を、助けようとしてくれた。
 だから、ラティアスは。

「ラティアス……? 泣いてるのか?」
『なっ……泣いてない! まだ泣いてないもん!』

 相変わらず強がるラティアス。しかし、その心境は今までのものとは違う。
 少し。ほんの少しだけ、この人間を信じてみるのもいいのかな。そんな思いが、彼女の心に生まれていた。



―――――



 おくりび山での戦いから一夜明け、ハイク達はまたそれぞれの目的地に向けて出発する事となった。
 ハイクはローブがまた現れそうな――つまりポケモンジムが存在する街、ヒワマキシティ。ミシェルは他の国際警察と合流する為にキンセツシティ。フヨウはこのままおくりび山に残り、崩壊した祭壇の再建に協力するらしい。やはりあのままいつまでも放置しておくわけにはいかない。おくりび山に縁のあるフヨウだからこそ、少しでも力になりたいのだろう。

「……ミシェルちゃん。藍色の珠、お願いね。それと、国際警察の人達にはカイオーガの事も……」
「はいっ! 任せて下さい」

 藍色の珠はミシェル――というか、国際警察が一時的に預かる事になっていた。このまま無防備な状態で置いておいたら、今度こそローブに奪われてしまうかも知れない。その可能性があるならば、国際警察がしっかりと預かっておくのが安心だろう。
 それに加え、カイオーガの事も国際警察が対処してくれる事となった。紅色の珠を奪われた以上、ローブ達はカイオーガも狙う可能性が非常に高い。それならばカイオーガが眠っている場所――『海底洞窟』の警備を厳重にせねばなるまい。
 グラードンもカイオーガも、奴らに復活させる訳にはいかない。ホウエン地方を守りぬく為、国際警察も全力を尽くすつもりだった。

「それじゃ、みんな気をつけてね」
「はい。フヨウさんも……」

 そんなやり取りを最後に、フヨウはおくりび山の方へと去っていく。その背中を見送りながらも、ハイクはおくりび山を見上げた。
 ここから見ても分かる。おくりび山の山頂は、大きく抉れてしまっている。祭壇が崩壊し、原型を留めていないほどになっている。

「(俺がもっと早く辿りつけていれば、こんな事には……)」

 ハイクは悔しさのあまりぎゅっと拳を握り締める。
 後から聞いた事だが、どうやらハイク達がキンセツシティに閉じ込められている間、フエンタウンにもローブは現れていたらしい。そのローブの襲撃により、フエンタウンもまた甚大な被害を受けてしまったと言う。
 そしておくりび山も。紅色の珠を奪われてしまっただけでなく、歴史のある頂上の祭壇までも破壊されてしまった。

 許せない。ローブ達の行為を許す訳にはいかない。これ以上、好き勝手されてたまるか。

「……それでは、わたくしもこれで。紅波石のこと、国際警察も詳しく調べてみるそうですわ。何か分かったら連絡しますので……」
「はい。あの……色々とありがとうございました。ミシェルさん」

 思えば、ミシェルにもかなり迷惑をかけてしまった。キンセツシティから脱出する時も、そして今回も。行方不明になったハイクを助けようと、彼女も力の限りを尽くしてくれたのだという。
 何とお詫びをすればいいか。いくら感謝してもしきれない。

「いえ、このくらい当然ですわ。ハイクさんを疑っている国際警察がいるのは事実ですし……その所為でハイクさん達はキンセツシティで足止めを食らってしまいました。あの時点で……わたくしの力ではハイクさんの無実を証明する事はできませんでしたので……。せめて、これくらいは……」
「……っ! そうだ、ミシェルさんは……!」
「わたくしの事は心配いりませんわ。……さて、少しでも早く他の皆さんと合流しなければならないので、わたくしはこれで」

 ニッコリと笑みを浮かべた後、ミシェルは踵を返した。モンスターボールからサザンドラを出し、それに乗って飛び去ってゆく。
 しかし、その後ろ姿はただ素直に見送る事はハイクにはできなかった。一つ、気がかりな事があったのだ。
 ミシェルは他の国際警察の目を盗んでハイク達を逃してくれていた。もし、それが他のメンバーに知られてしまっていたら、彼女は――。

「いや……」

 仮にそうだったとして。だからと言ってここでハイクは変に介入してしまったら、状況はもっと悪くなってしまうのではないか。せっかくミシェルが解放してくれたのに、わざわざ捕まりに行くような事をしてしまっては本末転倒じゃないか。それではダメだ。
 では、今のハイクがミシェルの為にできる事はなんだろう。それは、少しでも前に進む事だ。いつまでも、迷ってはいられない。

「よし……。俺達も行こう、レイン。ローブを追いかけるんだ」
「……うん! そうだね。ミシェルさんの為にも……!」

 ハイクが声をかけると、レインも快く頷いてくれた。レインもまた、ミシェルの立場は十分に理解している。その上での決意。ハイクと思いは同じだった。

 ハイクとレイン。二人は再び歩き始める。そして、そのポケモンも――。

「ラティアスも……準備いいか?」
『う、うん……』

 ハイク達の後ろでふわふわと浮かんでいたラティアスが、そっぽを向きつつも頷いていた。
 相変わらずの反応だが、ハイクを拒絶している訳ではない。少し素直になれないだけ。ただの照れ隠しである。

『いやー、それにしてもまさかラティアスがオレ達と一緒に行きたいって言い出すなんてな』
『だ、だからっ……! 別にあんた達の仲間になった訳じゃないの! モンスターボールにも入ってないし……ニンゲンの手持ちポケモンになんか……』
『……お? ひょっとしてツンデレってヤツ?』
『ち、違うっ!』

 茶かすルクスに、ムキになって言い返すラティアス。ムキになってる、と言っても本気で怒っている訳ではない。ただの照れ隠しだ。初めて会った時と比べると、ラティアスも色々な表情を見せてくれるようになったと思う。人間に完全に心を開く日も、遠くないのかもしれない。
 でも、焦らなくてもいい。ちょっとずつ距離を詰めて少しずつ前進できれば、それでいいのだ。だから、それまでは手助けしたい。少しでもラティアスの力になろう。ハイクは心の中でそう誓っていた。



―――――



「……最後の依頼?」

 白ローブから突きつけられた言葉を、タクヤは思わずオウム返しする。ここまで様々な依頼を言い渡してきたのだが、それが次で最後になると言うのか。次で全てが終わる、と言う事なのだろうか。

「そう。つまりこれで君との約束は果たされる事となる」

 ニヤリと口元を歪ませる白ローブ。そんな様子を見て、タクヤは少し怪訝そうな表情を浮かべた。
 なんだろう、この感じ。少し拍子抜けと言うか、あっけないと言うか。更なる困難が続くのだろうと覚悟していた矢先にこれだ。何か裏があるのではないかと、少し疑ってしまう。

 タクヤと白ローブが対面している場所は、周囲が木々で囲まれたとある道路。空は暗い曇天で、今にも雨が降ってきそうだ。近くには川も流れているが、雨が降った所為なのか水かさはやや高めだった。
 119番道路。キンセツシティの北東部分に位置する道路。道路の真ん中に川が流れているのが特徴的で、それに沿って南から北へと道が続いている。そしてその北には、ヒマワキシティと呼ばれる街が存在するのだ。

 そんな道路の川のほとり。ひと通りが少ないその場所に呼び出されたかと思ったら、いきなり次で最後だなどと言われたのだ。警戒してしまうのも無理はない。

「おや? 何やら不服そうな顔をしているな」
「……あんたの事だ。きっと何か裏があるんだろ? 次で最後だなんて……」
「フッ……そこまで私が信用できないのか?」

 相変わらず偉そうな態度にタクヤはムッとするが、ここは我慢だ。仮に何か裏があったとして、ここで白ローブがそれを口にするとは思えない。ボロが出る、なんてミスはこの男は絶対にしないはずだ。白ローブはそれ程までの人物なのだ。

「ククク……なに、そこまで警戒する必要はない。君は十分によくやってくれたではないか。次で最後だとしても何の不思議もないだろう?」

 よく言う。そんな事、これっぽっちも思ってない癖に。
 しかし、契約を無下にするなどという事も彼がするとは思えない。次で本当に最後なのだと言うのなら、これが成功したら対価が支払われるはず。
 それならば。それでいいじゃないか。この男の本心がなんであれ、タクヤには何の関係もない。自分の目的が果たせれば、それでいい。

「……それで? 今度はオレに何をさせようって魂胆だ?」

 さぁ、どう来る? ムロタウンの時のように、また囮に使われるのか。それともまた別の役回りか。何だっていい。ここまで来てしまったのだから、今更引き下がる気は毛頭ない。

「君にやって欲しい事は一つ」

 白ローブは再びニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「……ハイク君を排除するのだ」

 タクヤがぴくりと反応する。まるっきり想定していなかった内容ではなかったが、それでもあまり良い思いはしない。
 排除する。それは、つまり――。

「おっと、言葉足らずだったかな? 何も命を奪えなどとは言ってない。いくら君でも人殺しは嫌だろう? ただ、彼を再起不能にして欲しいだけなのだ。これ以上、我々に歯向かう事ができないように」
「……ふん。まさかそんな事を言い出すとはな。それはつまりあんたの言う“ゲーム”からハイクさんを排除しろって事なんだろ? それでいいのか? あんたはもっと“ゲーム”を楽しみたいんじゃなかったのか?」
「いやはや……確かにその通りだ。しかし私も一応組織の一員なのでね。あまり計画に支障をきたすような事になってしまうと、我々のリーダーがうるさいのだよ」

 渋々、と言った様子で白ローブは話す。
 どうやら彼は少し遊び過ぎていたらしい。これ以上そんな軽い気持ちで行動していては、彼らのリーダーが黙っていないのだと言う。
 一応、彼もローブの組織の一員だ。それならば、これ以上の勝手な行動は慎むべきだと言う事か。

「……ハイクさんを無力化すれば言いんだな?」
「そう言う事だ。……やってくれるね?」

 無駄な確認。愚問だ。
 やるか、やらないか。そんな選択肢は最早タクヤには残されていない。もう、やるしかない。例えどんな苦行を提示されたとしても、タクヤは従うしかないのだ。

「……了解だ。あんたの望み通り、ハイクさんを仕留めてやるよ」
「……いい返事だ」

 決意の篭った真っ直ぐな瞳で、タクヤは白ローブを見据える。
 迷いなんかない。今更迷っている暇はない。もう少し、もう少しなんだ。もう少しで――助けられる。だから、タクヤは。

「……そうそう。これを君に渡しておこう」

 すると白ローブは、懐から何かを取り出してタクヤに差し出す。
 それは、一つのモンスターボールだった。しかし市販されている物とは、若干デザインが違う。普通のモンスターボールとは違う。ローブ達が、独自に開発した代物。

「……これは?」
「武器、とも言えるだろう。その中にはとあるポケモンが入っている。ハイク君と戦う上で、君の役に立ってくれるだろう」

 武器。役に立つ。ポケモンをまるで道具扱いか。
 何となく苛立ちを覚えたタクヤは、心の中で舌打ちをする。しかし、その感情を表に出したりはしない。分かっているからだ。この男に、人間らしい感情を求めても無駄だと言う事を。

「なぜオレにこんな……」
「君がいつまでも駄々をこねているからだろう? さっさとあのムシャーナに紅波石を使ってしまえばいいものを……」
「ッ! ふざけるな……! これ以上、リームに紅波石は使わない……!」

 タクヤは思わず感情的になってしまう。
 リームに紅波石を使う。それだけは絶対に駄目だ。これ以上無理をさせたら、本当に命に関わる。リームが死ぬなんて、そんな事――嫌だ。

「だからこそ、これはそんな君の力に少しでもなろうと言う私の好意だ。この中には、ハイク君の手持ちだったポケモンが入っている。しかし今は我々の操り人形さ。これを使えば、ハイク君が相手でも有効に立ち回れると思うがね」
「ハイクさんの……ポケモン……?」

 タクヤは受け取ったモンスターボールに今一度視線を落とす。
 チャンピオンのポケモン。その力量は並のポケモンを凌駕する。そんなポケモンがいれば、今のハイクが相手ならかなり優位に立ち回れる。あのジュカインは厄介だが、それ以外のポケモンなら簡単に捻り潰せるだろう。
 しかし。

「必要ない。オレはオレのポケモンだけで……」
「本当に、勝てるのかね?」
「なんだと……!」

 何を言っているんだ、この男は。今のタクヤの実力では、ハイクに勝てないとでも言うのだろうか。

「いや、さっきまでは迷いのない真っ直ぐな瞳を向けていたのだがね、君は。しかし私がムシャーナを話題に出した途端、揺らぎ始めたではないか」
「それは……!」
「君の中には甘さが残っている。君がこのポケモンを必要ないなどと言うのは、現時点での自分の実力に自信があるからではない。紅波石に飲み込まれたポケモンを見たくないからだ。違うかね?」

 タクヤは何も言い返せなかった。図星だった。
 紅波石の力でローブ達の操り人形と化したポケモン。強大な力を植え付けられて、自我を完全に失って。転生者であるタクヤでさえ、そのポケモン達の心を感じ取る事ができない。そんなポケモンを見るのは、正直好きじゃない。

「丁度いいチャンスじゃないか。この機会にその甘さを捨てたらどうだ? 君自身がこのポケモンを使役すれば、案外簡単に見慣れてしまうかも知れないぞ。紅波石のポケモンを、な」
「……オレ、は……」
「ふぅ……。全く、君の覚悟はその程度だったのか?」

 白ローブがタクヤに歩み寄る。そしてポンっと、彼の肩に手を乗せる。

「君は妹の為なら何でもするのではなかったのか?」

 タクヤの心臓が、一際大きく高鳴った。
 そう。そうだ。あいつの為に、ここまで来たんじゃないか。あいつの為に、今まで戦ってきたのではないか。その覚悟は、絶対だったはずだ。
 それなのに。この程度でその覚悟が折れてしまうのか?

「違う……」

 ふざけるな。まだ終われない。こんな所で、終わるわけにはいかないんだ。

 モンスターボールをギュッと握り締め、タクヤは立ち上がる。そしておもむろに顔を上げ、白ローブに向き直る。

「やってやる……! このポケモンを使って、オレはハイクさんを……!」

 それは、あまりにも闇雲な覚悟だった。

absolute ( 2015/04/26(日) 18:06 )