6‐3:少女の思い
シャーッと言う、軽快な音が響いていた。
捻られた蛇口。シャワーノズルからは適量のお湯が噴き出される。それらが優しく身体にぶつかると、心地よい温かさを感じさせてくれる。ずっとこうしていると、心の中のモヤモヤも綺麗さっぱり洗い流してくれるような、そんな気がした。
ポケモンセンターの浴場。ミシェルは一人、シャワーを浴びていた。
もうだいぶ遅い時間になってしまった。もう何人かは就寝しているであろう時間帯だ。しかし国際警察で多忙な日々を送っているミシェルにとって、お風呂に入る時間がこんなにも遅くなる事は珍しくない。正直、もう慣れっこだ。
でも。
「わたくしは……結局……」
抱く気持ちは、いつもとは大きく違ったものだった。
心の中のモヤモヤ。洗い流してくれるような気がするだけで、実際には中々なくなってくれない。今日一日で起きた事が、心の中で未だにぐるぐるしている。文字通り目が回りそうだ。
特に印象が大きいのは、あの青年との再会。ずっと頭から離れない。
「Nさん……」
N。本名、『ナチュラル・ハルモニア・グロピウス』。半年程前まで、イッシュ地方で活動していた『プラズマ団』と呼ばれる組織のリーダーだった青年である。
プラズマ団。それは“ポケモンの解放”を人々に訴える宗教団体。しかし、善人の集まりとは言えない。人間に縛り付けられているポケモン達に救済を与えるなどと言う最もらしい言い分を口にしていたが、彼らのやっている事は犯罪行為だった。人とポケモンを無理矢理にでも引き離そうとし、時には暴力までも振るう。彼らの悪行はどんどんエスカレートしてゆき、遂には死傷者が出るまでにもなってしまった。
そんな危険な宗教団体を、国際警察が放っておく訳がない。ミシェルもまた、その件については深く関わっていたのだ。当然、Nとも何度も会った事がある。
しかし、彼は。
「あの時……」
結論を言ってしまえば、Nは最終的に自らの誤ちに気づいた。自分がやってきていた事が人を、そしてポケモンを苦しめていたのだと。そう気づく事ができたのだ。
彼は自分がしてきた事を深く後悔した。悔やんで、悔やんで。でも悔やみ足りなかった。皆に合わせる顔がなかった。
それから少しして。Nは姿を消した。
それなのに。
―――――
「ミシェル……?」
おくりび山の山頂。向かい合う二人。霧と砂埃の中でも、お互いにはっきりと視覚できる。
元プラズマ団のリーダー、N。そして、国際警察のミシェル。半年ぶりの、再会。
「どうして……キミがここに……?」
Nがそんな疑問を口にする。
いや。そんな事を聞かずとも、Nには分かっていた。ホウエン地方には国際警察も集まってきている。それならば、国際警察であるミシェルが居ても不思議じゃない。
Nはそんな分かりきった事を疑問に思っている訳じゃない。ただ、何かを口にせずにはいられなかった。そうやって、気を紛らわせたかった。
「それはこちらのセリフですわ、Nさん……。あなたこそ、どうしてホウエン地方に……?」
質問を質問で返した。少し強引過ぎるなんて、ミシェルも分かっている。
でも。ミシェルだって、伊達に長い間Nと関わってきていない。彼がどんな性格で、今はどんな心境なのか。それは分かっているつもりだ。
だからこそ。放っておけない。
「罪滅ぼし……のつもりなのかも知れない」
悲しげな瞳を向けながらも、小さな声でNが話し出す。
「ボクは取り返しのつかない事をした。沢山のものを傷つけた。だから何かを守る事で、その罪を償おうとしている……」
「そんな……! あなたは利用されていただけで……!」
「関係ないよ。ボクはボクの意思でプラズマ団の王様になっていた。ボクが……大罪を犯したんだ」
Nの表情が歪む。罪悪感と自分への怒りからか、ギリっと歯ぎしりをする。
「卑怯、だよね。ここでボクが何をしたって、罪が許される訳ないのに。だけど気がついたら……身体が勝手に動いてたんだ」
半年前のあの日から、Nは全ての責任を背負いこもうとしている。プラズマ団がやってきたこと、やろうとしたこと。それら全てがリーダーである自分の意思だったのだと、そう思い込んでいる。
そんな責任感に、彼の心は押しつぶされそうになっている。元々不安定だった心は、もう既に限界だ。このままでは彼は――。
「何かしなきゃって、そう思った。でもこれまで怖くて何も手が出せなかったんだ。ボクがこれ以上介入したら、もっと酷くなるような気がして……。このままじゃホウエン地方がなくなってしまうって、そう分かっていたはずなのに」
「……未来を、視たのですか……?」
Nには特別な能力がある。それは、ポケモンの言葉が分かるだけではない。
未来が視えるのだ。これから起きる、運命とも呼ぶべきものがビジョンとして浮かび上がってくる。だからこそ、分かるのだ。現時点で、この戦いがどんな結末を迎えるのか。ホウエン地方が、これからどうなるのか。
「初めて視えたのは今から何週間か前……。一人の男の子がポケモン達と共に強大な“何か”に立ち向かってて、でも全然適わなくて……。結局敗れてしまうんだ。彼が負けたことにより、“何か”を止める術は完全になくなってしまう。そして“何か”は、力の赴くまま暴れまわり……やがてホウエン地方は……」
「そん、な……。そんな、ことって……!」
あまりにも衝撃的で、突拍子もない言葉。ミシェルは驚きのあまり、ドサリと腰が抜けてしまう。
常識的に考えて、Nの言っている事なんて信じられるはずがない。けれども、ミシェルは知っている。Nの能力は、常識の範疇などには収まらない。人知を超えた、常識外れの力。ミシェルはそれを過去にも目撃している。だからこそ、Nの言葉を真摯に受け止められる。
「この運命を変えたい。不思議とボクの中にそんな気持ちが芽生えたんだ。だから彼に接触したんだ。でも結局怖くなって、ヒントをあげるだけで終わっちゃったけど」
「彼……? あなたが視た未来に映っていた男の子、ですか……?」
帽子を深く被り直しながらも、Nは頷く。
「そう。このこの物語の中心……運命を左右する位置にいる男の子。ハイクくんに、ね」
「……ッ!? ハイク、さん……!?」
今、彼は何と言った? ハイク、だって?
ミシェルは息が詰まりそうになった。あの少年――ハイクが、運命を左右する位置に立っている? どうして、そんな事に。
「どうして……ハイクさんが……」
確かに。彼は前回のホウエンリーグで優勝したチャンピオンだ。ある意味では特殊な立場のトレーナーであるとも言えるかも知れない。しかし、それでもそんな重荷を背負わされる理由にはならない。
「どんな理由があるにせよ、ハイクくんが鍵だって事には変わりないよ。ボクがこれまで視た未来……その中心にはいつも彼がいたんだ。まるで……そう。物語の主人公みたいに」
「止めてください!」
ミシェルは怒鳴った。
思うものが沢山ありすぎて、様々な感情が身体中を駆け巡って。抑えきれなかった。思いを口にせずにはいられなかった。
「止めて、ください……」
「ミシェル……?」
「わたくし……わたくしは……。誰かに重荷を背負わせたくありませんの……。ハイクさんにも、あなたにも……。いえ……それだけではありませんわ……。もう、誰にも苦しい思いをさせたくない……」
思いを口にしたい。でもミシェルは、それ以上言葉が出てこなかった。
胸を締め付けられているような気がして、苦しかった。もう少しで泣き出しそうになってしまっていた。
ミシェルは国際警察だ。だからこそ、何度も目の当たりにした事がある。誰かが苦しむ姿を。誰かの笑顔が失われていく様子を。
ミシェルはあまりにも優しかった。そんな経験が心に突き刺さって鮮明に残っているからこそ、何とかしなきゃと言う思いが誰よりも強くなっている。自分もまた、多くの荷を背負ってしまっているという事にも気づかずに。
「ごめんね。だけど、ボクだってこれ以上立ち止まってはいられないんだ。ボクは……ボクにできる事をやりきるつもりだよ」
その言葉を最後に、Nは行ってしまった。レシラムの背中に乗り、空へと飛び立ってしまった。
遠ざかってゆくNとレシラム。ミシェルはその後ろ姿をただ見送るだけで、何もできなかった。引き留めようと手を伸ばすが、言葉が出てこなかった。
結局。ミシェルは何もできなかった。Nの気持ちを変える事ができなかった。助けたいって、その思いは確かなはずなのに。それを実行しようとしても、最後は上手く行かずに終わる。
何も出来ずに終わるのだろうか。国際警察なんて名前だけで、自分は誰も救えないのだろうか。
このまま、誰も――。
―――――
心の中のモヤモヤを払拭できないまま、ミシェルはお風呂から上がった。
服を着替えて髪を乾かし、落ち着いた頃にはもうそろそろ日付が変わりそうな時間帯。お風呂から出るにしては少々遅い時間帯にも見えるが、ミシェルにとってこれでもいつもより早いくらいだ。
国際警察の仕事を片付けて、一息つける頃には既に夜もだいぶ更けていいる。彼女にとってそんな事はしょっちゅうある為、今更気にする事もないが。
小さくため息をつきつつも、ミシェルはポケモンセンターの廊下を歩く。
Nや彼の言っていた事も気になるが、他の国際警察の人達の事も気がかりだ。ミシェルが黒ローブと戦っている間、何やらキンセツシティでも動きがあったようなのだ。
先ほど状況報告の為に通信していた際にハンサムから聞いた事なのだが、妨害してきたのはやはり白いローブの男だったらしい。本来おくりび山に向かうはずだった部隊との通信が途絶した原因は、白ローブの手によって部隊が全滅させられてしまったからだったのだ。しかも白ローブは三体の伝説級のポケモン、レジロック、レジアイス、レジスチルを連れていた。
数日前に三ヶ所の街で破壊活動を行っていたポケモン。そんなポケモンを、白ローブが従えていた。この事実からはっきりした事が一つある。あの破壊活動も、ローブ達が仕組んでいたものだったと言う事だ。
駆けつけたハンサム達も、白ローブと交戦。だが、相手は既に一つの部隊を殲滅したポケモン達なのだ。状況は芳しくなかったと言う。このまま行けば敗北はほぼ確実だったと、ハンサムは悔しそうに話していた。
しかし。ある瞬間を境に状況は一変した。誰かと通信をしているかのような動きを見せた白ローブが、突然手を引いたと言うのだ。意味深な言葉を残して。
「このラウンドも盛り上がってきた所だ。私も次の約目を果たそう……って、何の事でしょう……?」
ラウンド、とはどう言う意味なのだろうか。あの男の口ぶりは、まるでゲームか何かをしているかのようなのだ。実際の所、彼は一体何がしたかったのだろうか。
「とにかく、明日……」
明日キンセツシティに帰って、今現在の国際警察の状況を確認するしかない。今、自分一人で考察した所でおそらく答えには辿り付けないのだから。ハンサム達から話を聞くしかない。
朝になったら、すぐにでもキンセツシティに向けて出発しよう。
「……ん?」
考え事をしながら廊下歩いていたミシェルだったが、食堂前を通りかかった所でとある事に気がつく。
食堂の奥――調理場にあたる所の電気がついている。この時間では既に営業は終わっているはずなのだが、誰かいるのだろうか。
気になったミシェルは、思わず足を運んでしまう。薄暗い食堂を進み、半開きになっている調理場のドアを開ける。美味しそうな匂いが流れ込んできて、ミシェルの鼻をつついた。
「あっ……」
そこにいたのは、ミシェルも見覚えのある少女だった。
ミッドナイトブルーのロングヘア。幼さを少し残した顔立ち。身長は小柄なミシェルよりも大きい。歳相応の大きさと言ったところか。
そしてその足元には、一匹のサンダースの姿が。
「ふふーん♪ どうルクス? 結構良い感じだよ」
少女――レインは、そのサンダースに鼻歌交じりにそう声をかけていた。
こんな時間に、調理場で何をしているのだろうか。この位置からではよく分からないが、何かを煮ているようだが。
「……レインさん?」
ここまで来たら気になる。ミシェルはレインに声をかけてみる事にした。
「……あ! ミシェルさん!」
ミシェルを視界に捉えた瞬間、レインはいきなり駆け寄ってきた。そして、がしっと両肩を掴まれる。
あまりにも唐突過ぎる。驚いたミシェルは心臓が飛び上がりそうになった。
「はうっ!? れ、レインさん……!?」
「だ、大丈夫ですか!? 体調が悪いって……あっ! ひょっとして過労!? もう少し休んだ方が……!」
思い出した。そう言えば、体調が優れないと言って出て行ったのだった。別に本当に体調を崩した訳でなく、Nに会いに行く為に適当に誤魔化しただけだったのだが。それでいらぬ心配をかけてしまった、と言う事か。
「あ、いえっ……大丈夫ですわ。もうすっかり良くなりましたので……。過労とか、そう言うのではありません。ですので、ご心配なさらず……」
「ほ、ホントですか……?」
「は、はい……。あの、それより……肩、痛いのですが……」
「あっ。ご、ごめんなさい……」
ようやく手を離してくれた。どうやらレインは興奮すると手に力が入るタイプらしく、掴まれると意外と痛い。あんな事を言ってしまったミシェルが悪いのだが。
それからしばらく元気だとアピールしている内に、取り敢えずレインは納得してくれたらしい。ようやく落ち着いてくれた。
「ところで……レインさんはこんな時間にここで何を……?」
やっと本題に入れた。元々それが気になって調理場まで来のだから。
「料理です! 明日持っていくお弁当のおかずをいくつか作っておこうと思って。それで……ちょっと無理言って調理場を貸してもらったんです」
「お弁当、ですか?」
コンロに置かれた鍋を良く見ると、煮物を作っている途中だった事が分かる。早朝の作業を少しでも減らす為に、保存がきくおかずをあらかじめいくつか作っておく、と言う事なのだろう。
「明日、私とハイクはヒマワキシティに向かおうと思ってるんです。でもここからだと結構遠いから、途中でお昼の心配をしなくちゃいけなくなると思うんですよね」
「なるほど。それでレインさんがお弁当を……」
よく考えているんだな、とミシェルは関心した。しかも料理まで作れるとは。意外と器用なのだろうか。
「あ、そうだ。良かったらこの煮物、味見してみませんか? 他の人の感想も聞いたみたくて」
そう言うとレインは、煮物の具を一つ小皿によそって差し出してきた。煮物でよく見る根菜類の一つ。煮汁がしっかりと染み込んでいるのが分かる。煮物の良い匂いと合わさって、それを見ていると何だかお腹が空いてくる。
「そ、それじゃ、一口だけ……」
この時間に食べ物を口にすると太りそうではあるが、ミシェルは食欲には勝てなかった。その煮物を箸で取り、静かに口に運ぶ。一口噛むと、その具の味と煮汁の香りが口いっぱいに広がり、ミシェルの味覚を刺激した。
「お、美味しい……!」
美味しい。素直に美味しかった。今まで食べた煮物の中で一番かも知れない。煮汁の甘さとしょっぱさのバランスも絶妙で、それでいて具の味も殺していない。ここまで良い味を出せる者は、そういないのではないだろうか。それくらいのレベルだった。
「わぁ……良かったです! 口に合ってくれたみたいで」
「本当に凄いですわ! レインさん、料理がお上手ですのね……!」
「えへへ……。実は私、料理にはちょっぴり自信があって」
照れくさそうに笑うレイン。自分の料理が評価される喜びと、ミシェルの口に合ったのを確認した安心感がその表情から読み取れた。
実際、十五歳でここまで料理ができるとは驚きだ。ミシェルもできない事はないのだが、ここまで上手くはない。
と、その時。ふとレインの足元に目をやると、なぜだか彼女のサンダースが得意気な表情を見せている。主人であるレインの料理に対する賛美を聞いて、彼の方もどんなもんだと胸を貼りたくなったのだろうか。
微笑ましい様子が見れて、ミシェルの表情に笑みが溢れる。
「そう言えば……。レインさん、いつもその子をボールから出してますよね」
「へ? あぁ、ルクスの事ですね。この子、昔からボールの中があんまり好きじゃないみたいで……」
「そうなんですか」
なるほど。大抵のポケモンはモンスターボールの中を快適だと認識するのだが、中には嫌う個体もいると聞く。このルクスと言うサンダースもそうなのだろう。モンスターボールの中を嫌がるから、常に外に出していると言う事か。
「この子……私の初めてのポケモンなんです。まだイーブイだった頃、お兄ちゃんから貰ったポケモンで……。だから、伸び伸びと精一杯育てようと思って」
「貰った……? レインさん、お兄さんがいたんですか」
「はいっ! えっと……私より二つ歳上で……」
それは初耳だ。レインより二つ歳上、と言う事は今は十七歳。つまりミシェルと同い歳か。
そんな兄から貰った、レインの初めてポケモン。そんな大切ポケモンだからこそ、思い入れがあるのだろう。自分が言っていた通り、伸び伸びと育って欲しいのだ。だからモンスターボールに戻す事を強制しない。
ポケモンをボールに戻さずに連れ歩く。それは然して珍しい事ではない。ポケモンを常にボールから出しているトレーナーは、ミシェルも何度か見た事がある。
「お兄さんからポケモンを貰った……と言う事は、お兄さんもポケモントレーナーなのですか?」
「う〜ん……。まぁ、そう言う事にもなるのかな? でも今は家にはいなくて、シンオウ地方のナナカマド博士っていう人の助手をやってるんです」
「な、ナナカマド博士のですか!?」
ミシェルは思わず声を上げてしまった。夜中である事を思い出し、慌てて口を塞ぐ。
ナナカマド博士。シンオウ地方における、ポケモン研究家の第一人者。ポケモンの進化についてを主に研究していると聞く。カントー地方のオーキド博士と並び、世界的に有名な人物である。
そんな人の助手を勤めているとは。実はかなりの大物なのではないだろうか。
「お兄ちゃん……今頃どうしてるかな。家にもあんまり連絡くれないし……。結構大雑把な性格なんですけど、やるべき事はしっかりとやるので大丈夫だとは思うんですけどね!」
笑いながらそう語るレイン。きっと、彼女は兄の事を本当に信頼しているのだろう。だからこそ、こんな風に話せる。
「レインさん……お兄さんと仲がよろしいのですね」
「……えっ?」
「仲が悪かったら、きっとそんな風には話せませんもの」
「そ、そうですか?」
仲が良い事に越したことはない。本当に仲が悪かったら、互いに反発して足の引っ張り合いになってしまう事もありえる。
その点、レインと彼女の兄は理想的な関係だ。レインは兄をよく信頼している。そして彼女の兄もまた、レインを信頼しているからこそルクスを託したのだろう。
お互いがお互いを認め合い、共に歩ける兄妹。そんな関係がちょっぴり羨ましい。ミシェルは密かに思っていた。
「さて! 私そろそろお弁当作りに戻りますね。もうちょっとおかずを作っておきたいので……」
そう言うとレインはミシェルに背を向け、中断していた料理を再開する。ボンヤリしかけていたミシェルも我に返った。
そうだ。レインは明日に備えて色々と準備をしているのだ。ミシェルだって、明日の早朝には出発しなければならない。キンセツシティに行って、他のメンバーと合流して、それで――。
「(あれ……?)」
そこで、ミシェルは気づく。先ほどまで感じていた心の重荷。Nや他の国際警察のメンバーに対する強い心配感から生まれる枷。それが少しだけ和らいでいたのだ。
レインと話したから、だろうか。彼女との他愛ない会話が、ミシェルの気を紛らわせてくれたのだ。胸を締め付けていた痛みが、少し軽くなった気がする。
思えば、初めて会った時のミシェルに対するレインの印象は最悪だった。それが今となっては、友人のように会話を弾ませるような仲になっている。
「…………っ」
酷い事をしてしまったのに、レインはミシェルを許してくれた。それどころか、こんなにも無邪気に会話をしてくれた。ミシェルの気持ちを軽くしてくれた。
だから。
「レインさん!」
ミシェルは再びレインの名を呼ぶ。いきなりまた名前を呼ばれるとは思っていなかったらしく、レインはビクっと驚いて振り返った。
「お弁当作り、わたくしもお手伝いしますわ!」
ミシェルの提案を聞いて、レインは少し不思議そうな表情を見せる。まさかそんな提案をされるとは、思ってもみなかったのだろう。しかし、すぐに申し訳無さそうな素振りをした。
「そ、そんな……お手伝いなんて……」
「大丈夫です! わたくしだってお料理できますのよ? レインさんには到底及びませんけど……」
「い、いや、そうじゃなくて……、手伝ってもらうなんて悪いですよ。また体調を崩しちゃったら……。それにもう夜も遅いですし、寝てた方が……」
「それはお互い様ですわ。レインさんだって、度重なるバトルでお疲れでしょう? あと、わたくし昔から睡眠時間があまり長くありませんの。ちょっと眠ればすぐに完全復活しますので!」
「それに……」と、ミシェルは続ける。
「お詫びもまだでしたし……お礼もしたいので」
「……お詫びとお礼?」
「あっ、い、いえ、何でもありませんわ」
酷い事をしてしまった事のお詫び。胸を軽くしてくれた事へのお礼。後者は無意識なのかも知れないが、それでもミシェルの助けになった事は確かだ、だから少しでも、レインの力になりたい。
「うーん……。そうですね。それじゃあ、ちょっと手伝ってもらおうかな」
「はい! それじゃ、早速始めましょう!」
こうして、二人の少女が調理場に立つ事となった。ルクスが見守る中、彼女達は弁当作りを進める。少女達の声が、調理場に響く。
夜は更けていった。