ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第6章:記憶の欠片
6‐2:苦悩


「ハイク……!」

 いきなりレインに抱きつかれた。あまりにも唐突な出来事だった為、ハイクはバランスを崩して尻餅をついてしまう。鈍い痛みが走りハイクは顔をしかめるが、レインの様子を見るとそんな痛みも気にならなくなる。
 彼女は泣いていた。ポロポロと大粒の涙を流して、嗚咽していた。

「れ、レイン……?」

 レインはハイクの上着をギュッと掴み、なかなか離れてくれそうにない。まるで、一度失ったものを取り戻したかのように。もう手放したくないと、そんな強い思いがレインから伝わってきた。

「すごく……すっごく心配したんだよ……? 行方が分からなくなったって、ミシェルさん達から聞いて……それで……」

 レインが山頂に到着した時。既にそこにはハイクの姿はなかった。必死になって彼の名を呼ぶミシェルとフヨウだけが、そこにいて。
 そんな彼女達から、レインは聞いた。山頂で起きていた出来事を。行方不明になった、ハイクの事を。

「……ごめん。心配かけて」

 泣きじゃくるレインの頭を優しく撫でてやる。それで安心したのか、溢れる涙は止まるどころかますます増えてしまっていた。
 上着がぐしょぐしょになってきたが、ハイクはレインを引き離そうとしない。今は、思い切り泣いてもいい。気が済むまで泣けばいい。元はといえば、一人で突っ走ったハイクに原因があるのだから。
 レインの目元は真っ赤だった。きっとこうしてハイクと再会する前から、ずっと泣いていたのだろう。そんな彼女を見ていると、大きな心配をかけてしまった事に対する罪悪感で胸がいっぱいになった。

 山頂でハイクと彼の手持ちポケモンを捜索していたレイン達だったが、それは難航。祭壇が大きく崩れてしまった為、あれ以上は捜索しようがなかったのだ。
 仕方なく、一旦下山する事にしたレイン達。しかしポケモンセンターに戻り、今後の方針を話し合おうとしたその時。ハイクは帰ってきた。本当に何事もなかったかのように、ひょっこり帰って来たのだ。
 そして、今に至る。

「でも無事で本当に良かったよ。大きな怪我もしてないみたいだし」

 フヨウが胸を撫で下ろす。
 彼女にも随分と迷惑をかけてしまった。無我夢中で黒ローブを追いかけた結果がこれだ。いい加減あんな風に突っ走ってしまう癖を何とかしないとな、とハイクは改めて思っていた。

「ですが……本当によく無事で……。あのっ……崩れ落ちる祭壇からどうやって脱出しましたの?」
「それは……」

 ハイクは言葉に詰まる。
 どこから説明すればいいか。一気に多くの情報を提示されて、正直ハイク自身もまだ少し整理しきれてない。厳密に言えば自分で脱出したのではなくて、Nに助けられた訳で。しかしあの後すぐに意識を失ってしまった為、どうやって助けられたのかはあまり覚えてないが。
 そう言えば、ミシェルにもフヨウにもNについては話してない。取り敢えず、まずはそこからか。

「えっと……。実は……Nって奴に助けられたんです。祭壇ごと落下してたんですが、あいつのポケモンが上手く受け止めてくれたみたいで……」
「助けられた……? エヌ……って名前なの……?」

 フヨウが首を傾げる。
 確かに変わった名前だ。ホウエン地方ではまずみかけない。ひょっとして、実は偽名か何かなのだろうか。何らかの理由で本名を隠してる、と言う可能性もあるかもしれない。
 何にせよ、彼が自らそう名乗ったのだ。Nが本名なのかどうなのか、そこを深く考えるのは一旦置いておこう。

「えっ……ハイク、Nに会ったの!? あの人は……!」

 この旅の目的の一つ。自分達が捜していた人物。Nの言葉に反応して、うずくまっていたレインが顔を上げる。
 
「う、うん……。俺も初めは少し怪しいと思ってた。ローブ達の仲間なんじゃないかって、そう疑ったりもした。でもちゃんと話してみて分かったんだ。あいつは……きっと敵じゃない」

 そうだ。彼はきっと、敵ではない。
 彼もハイク達と同じだ。本当は、ローブ達を止めたいと思っている。人々やポケモン達を助けたいと思っている。だけど、どこかあまりにも不器用で。ハイク達に誤解を与えてしまっていただけなんだ。少なくとも、ハイクはそう信じてる。Nとしっかり話したからこそ、そう信じられる。

「そうなんだ……。Nは今どこに……?」
「色々と話してくれた後、取り敢えず一度別れたよ。あいつはあいつで、ローブ達を探ってくれるらしい」

 Nは知っている情報を話せるだけ話したあと、ハイクの前から立ち去っていた。紅色の珠を奪ったローブを追いかけると、それだけを言い残して。

「あの……フヨウさん達にはNの事はまだ話してなかったと思うので、まずはそこから……」

 と、説明を始めようとしたその時。ハイクはとある事に気がつく。
 ミシェルの様子がおかしい。何やらボンヤリとしていて、心ここにあらずと言った様子。緊迫した様子のミシェルしか見た事のないハイクにからすれば、どうも強い違和感を感じてしまう。
 何かあったのだろうか。

「……ミシェルさん?」
「……へっ!? あっ、え……すいません……。何でしょうか?」
「ど、どうかしたんですか? ぼんやりしてたみたいですけど」

 ミシェルのこの慌てよう。どうやらハイクに声をかけられるまで、本当に意識は全くの別方向を向いていたようだ。

「いえ……何でも、ありませんわ」

 嘘をついている。それはすぐに分かった。何でもないはずがない。暗く俯いてしまっているのに、そんな言葉で片付けられる訳がない。
 彼女は何かを知っていて、それをハイク達に隠そうとしているのではないのだろうか。余計な心配をかけぬよう、誤魔化そうとしているのではないのだろうか。Nという名前に反応したかのようにも見えたが――。

「……すみません。わたくし……少しの間、席を外しますね……」
「えっ? 席を外すって、どうして?」
「……ちょっと、体調が優れなくて……。外の空気を吸ってきます……」

 心配そうに声をかけるフヨウ対し、笑みを浮かべてミシェルはそう言う。
 でも。あれは無理に作った笑顔だ。心配をさせまいと、強引に取り繕った表情だ。
 ハイクはミシェルのあの笑顔を見た事がある。キンセツシティに閉じ込められたハイク達を脱出させようとしてくれたあの時、心配するハイク達に向けた表情もこの笑顔だった。
 だから、何となく分かる。今のミシェルも、心の中に何かを抱えている。

 ソファーに座ってたミシェルがフラフラとおもむろに立ち上がると、その視線をハイク達に向けた。

「わたくしの事はお気になさらず……。ハイクさん、あなたは……Nさんから聞いた事、それを他の皆さんに説明してあげて下さい」
「あ、あの……ミシェルさん。本当に、体調が悪いだけなんですか?」

 一瞬の沈黙。ミシェルの表情が、ほんの少しだけ引きつる。けれども、すぐにまたあの笑顔を見せる。

「本当に……少し体調が優れないだけですわ。すいません、ご心配おかけして……。なるべく早く戻ってきますので……それでは」

 そう言い残し、ミシェルは行ってしまった。一つの思いを胸に、ミシェルはポケモンセンターをあとにする。
 立ち去ってゆくミシェル。ハイク達はただ彼女の背中を見守るだけで、何もできなかった。



―――――



「なるほどね……。それでハイク君達は、そのNって子を捜しに行ったって事ね」

 ミシェルが外に出て行って数分。ハイクはフヨウに自分達の旅の目的、そしてこれまでの事を説明した。ハイクがポケモンと会話ができるようになってしまった、と言う事も含めて。
 思うところは多々あるようだが、取り敢えずフヨウは納得してくれたらしい。しかし、思えばかなり突拍子もない話だ。ハイクは、この事件のあらゆる事に巻き込まれすぎではないだろうか。まるでハイクを中心として異変が起きているのではないかと、そう思ってしまう。流石にそんな事はないと思うが――。

「えっと、それで……。何かを知ってそうなN君に会ったんだよね? その子、なんて言ってたの?」

 フヨウが緊迫した表情で質問してくる。他の皆も、ハイクの話に集中している。
 ハイクとレインの手持ちポケモン達も、その話に釘付けだ。それに加え、ラティアスも。彼女はローブ達の手によって兄と離れ離れになってしまった身だ。憎しみの対象であるローブ達の話には、少し興味があるのだろう。あまり良い意味ではないが。

「……Nが話してくれたのは大きく分けて二つ。一つは……ローブ達の連れているポケモンが凶暴化している原因です」

 ローブと一緒にいるポケモン。ハイクの目からは、黒い光が纏わりついているかのように見えるポケモン達。彼らは普通のポケモンとは違う。あの光に心を奪われ、ただローブ達の指示に従うだけの存在と化してしまっている。言い方は悪いが、あれではまるで兵器。
 しかし、Nは。ポケモン達があんな状態になってしまった原因を、既に掴んでいた。

「紅波石……って名前の石の影響みたいなんです。詳しくはまだ分からないけど、少なくともローブ達のポケモン達はその石の力の所為でおかしくなっている……」
「こう……はせき?」

 レインとフヨウは揃って首を傾げる。二人ともそんな石の事は聞いた事もないらしい。ハイクも、Nから教えられるまでは全く知らなかった。

『紅波石、か……。確かあの白いローブを着た人間は、あんたのライチュウの記憶をいじったと言っていたな? それもその紅波石の力なのか……?』
「多分……。でも、まだ分からない事が多すぎるんだ。Nはローブの関係者じゃなかったし、それほど深いところまで踏み込めてないみたいで……」

 カインの言葉を聞き、ハイクはキンセツシティで再会したライトの事を思い出す。
 ライトはハイクを見ても、何の躊躇もなく襲いかかってきた。本当に、ハイクの事を何も覚えていないかのように。
 しかし、もし本当にポケモンの凶暴化促進と記憶操作の力あるのだとすれば。紅波石は非常に危険な代物と言える。そんな物、本当に存在するのだろうか。

 分からない。けれども今は、そう納得するしかない。

「そして、二つ目。これは……ラティアスには特に聞いて欲しい」
『えっ……私……?』

 いきなり名前を呼ばれて、オドオドするラティアス。
 少し緊張しているかのような面持ちで、ハイクは静かに頷く。

「レイン達には、前にキンセツシティで話したと思うけど……。白ローブが、ジムから立ち去る時にタクヤに投げかけた言葉……」
「えーっと……。確か、アクア以上の適合地だとかなんとかっていう……?」

 レインの想像は当たっている。あの時、白ローブはアクアを連れて行こうとはしなかった。自分達の目的の為には、アクアが必要であるはずなのに。しかし彼はアクアを一瞥するだけで、立ち去ってしまったのだ。
 その理由は一つ。アクア以上の適合値が別のポケモンから確認された為、アクアが必要なくなったから。

『あの時は……すみません。私が提案した作戦でしたのに、何の約にも立てなくて……』
『……気にするな。不測の事態はつきものだろう』

 アクアが提案した作戦は、そもそもローブ達がアクアを必要としていないと成り立たない。ローブ達の標的がアクアからズレた今、彼女の“人質”としての役割は意味を成さなくなる。
 アクアが狙われる心配が少なくなったというのは、一見喜ばしい事のように思える。だが、そうとも言えない。

「きっと、その適合値っていうのが高ければ高いほど奴らにとって都合がいいんだ。アクアは元々高い数値だったんだろうけど、もっと高いポケモンが見つかった……。そのポケモンは……」

 ハイクがチラリと、ラティアスに視線を送る。すぐにそれに気づいたのか、ラティアスがゴクリと唾を呑む。

「ラティオス……。多分お前の兄さんだ、ラティアス」
『……ッ!? 兄さんが……!?』

 ラティアスは混乱する。
 ラティオス。自分の兄さんの事を、ローブ達は欲している? いや、だとしたら。どうしてあの時始末しようとしたんだろう。計画遂行に必要ならば、是が非でも回収しようとするのではないだろうか。
 それなのに。

『きっと……別人よ……! だってあいつらは……私と兄さんを殺そうとしたのよ……!? それに兄さんはあの時……私を庇って、それで……!』
「生きてたんだよ。お前の兄さんは……」
『……えっ……?』

 ラティアスは頭の中が真っ白になる。何の事を言っているのか、一瞬だけ理解できなかった。
 ラティオスは生きていた? しかも別個体などではなく、正真正銘ラティアスの兄だと彼は断言した。なぜそこまで自信を持って言えるのだろう。

「何日か前……ムロタウンの海岸で酷い怪我をしたラティオスが発見されたみたいなんだ。時期的にもラティアス達がローブに襲われた直後くらいと一致する。すぐにポケモンセンターに運ばれて、一命は取り留めたみたいなんだけど……」
『一命は取り留めた……って……! そ、それじゃ! 本当に兄さんは生きてるの!? そのムロタウンって所に行けば兄さんに会えるの!?』
「いや……」

 途端にハイクの口調が重くなる。期待に胸を膨らませていたラティアスだったが、ハイクのその表情を見てサッと背筋が冷える。

「ちょうど俺達がキンセツシティに閉じ込められていた頃にローブ達がムロタウンに現れて、それで……。そこにいたトレーナーが何人かで阻止しようとしてくれたみたいだけど、結局守りきれなかったみたいで……」
『そんな……』

 ラティオスはローブ達の手に渡っていた。ハイク達がキンセツシティに閉じ込められている間、そんな事があったのだ。
 俯き、涙目になるラティアス。そんな彼女の姿を見て、ハイクはやるせない気持ちになる。いつか必ず、ラティオスも助け出したい。そんな強い思いが溢れてくる。もうこれ以上、誰も悲しませたくないんだ。

「と言う事は……ここまではローブ達の計画通りに事が進んじゃってるって事ね。宝珠も持って行かれちゃったし……」

 フヨウの表情にも焦りが出始める。
 確かに彼女の言う通りだ。ローブ達はラティオスの捕獲に成功し、さらにはグラードンまでも回収してしまった。そして、おくりび山に祀られていた宝珠も。このままでは、彼からグラードンを復活させてしまうのも時間の問題だろう。もしそうなってしまったら、ホウエン地方は更に大変な事になる。
 しかし。

「いえ……まだです」
「まだって……? えっ!?」

 そう言うと、ハイクは鞄の中からとある物を取り出す。それを見たフヨウが、驚きと興奮のあまり思わず立ち上がってしまう。
 ハイクが取り出した物。青い輝きを放つ球体。それは藍色の珠だった。ローブが持ち去ったと思われていた宝珠の一つが、ハイクの手の中にあったのだ。

「ど、どうしたのこれ!?」
「祭壇が崩れた時……あの黒ローブは藍色の珠の回収ができなかったみたいなんです。俺と一緒に落ちてきて……そこをNがキャッチしてくれたらしいんです」
「そ、そうなんだ……よかったぁ……。N君には感謝しなきゃね……」

 フヨウがホッと胸を撫で下ろす。
 不幸中の幸いか、藍色の珠が奴らの手に渡る事は取り敢えず防げた。これでいつグラードンが復活してもおかしくない、などと言う状況だけは避けられただろう。だが、油断はできない。

「すいません……紅色の珠は持って行かれてしまいました……。藍色の球が俺たちの手にある以上、グラードンが復活する心配はありませんが……」
「カイオーガ、ね……。きっとローブ達は、そっちのポケモンも狙っている」

 グラードンと対を成すポケモン、カイオーガ。このままだと、そちらのポケモンが復活させられてしまう可能性が高い。例えグラードンの復活が阻止できたとしても、カイオーガが復活してしまえば殆ど同じ事だ。灼熱で干からびるか、洪水で水没するか。いずれにせよ、ホウエン地方が危ない事には変わりない。

「それにしても……あの黒いローブは何者だったんだろ……? アタシとミシェルちゃんの二人がかりでも敵わなかったし、かなり凄腕のトレーナーである事は確かなんだけど……」

 フヨウはあの黒いローブを羽織った人物の事を思い浮かべる。メタグロス一匹でヨノワールとサザンドラを圧倒したトレーナー。まさかあそこまで追い込まれてしまうなんて。フヨウは歯痒かった。

「黒い……ローブ……」

 ハイクもまた、あの黒ローブ――ダイゴの事を思い浮かべていた。
 まだフヨウ達には黒ローブの正体がダイゴだったとは伝えていない。いや、伝えられていないと言うべきか。言わなければならない事だと分かっているはずなのに、どうにも言葉にできない。
 きっと、ハイクはまだ受け入れきれていないのだ。自分が信じていた人が、尊敬していたトレーナーが、あんな事をするなんて。そう簡単に、受け入れられる訳がない。

「……ハイク? どうしたの?」

 俯いたハイクを見て、心配になったのかレインが声をかけてきた。現実に引き戻されたハイクが、ハッとなって顔を上げる。

「い、いや……別に……」

 やっぱり言えない。黒ローブがダイゴだなんて。口にするのが怖い。
 でも。いつまでも、こうして自分を誤魔化し続ける訳にはいかない。ローブ達を止めようとすれば、またダイゴと戦う事にもなるかもしれない。そんな時、こんな気持ちを引きずっていたら――。

「(ダメだ……!)」

 いちいち立ち止まっていたらキリがない。分かっている。そんな事は分かっている。分かっているはずなのに。恐怖心が、収まらない。

 ギリっと、ハイクは歯ぎしりする。
 弱い自分。何もできない自分。それが本当に許せなくて、ハイクは憤りを感じていた。



―――――



 おくりび山、山頂。あの激しいバトルによって、そこは見るも無残な状態だった。
 祭壇は完全に崩壊し、そこにあるのは瓦礫の山のみ。最早原型を留めていない。何かが叩きつけられたかのような跡がいくつも見受けられ、ここで行われていたバトルがいかに激しいものだったのかが伺える。

 霧と砂埃で視界があまり良くない山頂。そんな中、そこに佇むのは一人の青年とそのポケモン。
 何かに集中しているのか静かに目を瞑り、緑色の長髪を棚引かせる青年N。そしてばけぎつねポケモン、ゾロアーク。更に、もう一匹。白い巨体を持つドラゴン――。

「まだ変わらないか……」

 ゆっくりと青年は目を開く。悲しげな表情を浮かべながらも、そう呟いた。
 Nはふぅっと息を吐き出す。ハイクともう一度出会えば、見えるものも何か変わると思っていた。けれども、結局何も変わらない。必ず一つに収束してしまう。どんなに手を施しても、流れが大きく変わる事はない。

『やっぱり……ダメ……?』

 ゾロアークが尋ねる。Nは無言で頷いた。
 と、その瞬間。Nの身体がドッと重くなる。一瞬、足に力が入らなくなって、倒れ込みそうになってしまった。

『Nッ!?』

 しかし、倒れる前にゾロアークに支えられる。何とか踏みとどまった。
 流石に能力を使い過ぎた。これ以上は流石に厳しいか。割と何度も使っているとは言え、やはりそう長時間使えるものではない。
 それもそうだ。本来、この能力は人間の身には存在しない。人間には扱えるはずのない能力なのだから。

「大丈夫……。さて、それじゃあそろそろ行こうか」
『でもっ……!』
「心配はいらないよ……。今まで何の力にもなれてなかったんだ。その遅れを取り戻さないと」
『だからってこんな無理して……! レシラムも何か言ってよ!』

 ゾロアークは何も言わない白いポケモン――レシラムを見上げて怒鳴りつける。しかし等のレシラムは、相変わらずクールな様子だ。必死になるゾロアークの姿を見ても、その凛とした表情は崩さない。

『私は私の選んだ人間に従うだけだ。Nがそう決めたのなら、それを否定するつもりはない』
『何っ……それ……! あなたはいつも……どうしてそんなに頭が固いの……!?』
「ぞ、ゾロアーク……! 落ち着いて……」

 レシラムに怒号するゾロアークをNが宥める。自分の為に必死になってくれるのは嬉しいが、ここで喧嘩になるのはよくない。
 どうもゾロアークはNの事になると豹変してしまう。普段は大人しいポケモンなのだが、時折こうして感情的になる。彼女にとって、Nは特別な存在なのだ。だからこそ、余計に神経質になる。

「喧嘩なんてしている場合じゃないよ。早く何とかしないと……」

 そう。このままじゃ、本当に取り返しのつかない事になる。今現在、ここホウエン地方で最も大きな力を持っているであろう存在――あのローブ達を止めなければ。きっと流れは変わらない。運命は収束し続ける。
 変えなければならない。なんとしてでも。もう、後悔なんてしたくないから。

「Nさんっ!」
「……えっ?」

 その時。聞き覚えのある声が、Nの名を読んだ。
 Nの脳裏に、一人の少女の姿が浮かび上がる。最後に会ったのは、今から半年以上前か。まだNが――プラズマ団の王であった頃。
 Nはおもむろに振り返る。そこにいたのは、彼の想像通りの人物。腰まで伸ばした長いブロンド髪を持つ、小柄な少女。

「ミシェル……?」

 想定外の再会だった。

absolute ( 2015/03/28(土) 17:29 )