ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第4章:新たなイレギュラー
4‐1:始動


『ハァ……ハァ……ハァ……!』

 日が昇り始めて、辺りがボンヤリと明るくなってきたキンセツシティ。その街の外れで、一匹のムシャーナが大きく息を切らしていた。
 苦しそうな表情。過呼吸になってしまうのではと思ってしまうほどに息が乱れており、身動きも殆んど取れない状態になっている。疲労があまりにも蓄積し過ぎているのだ。限界以上に自分のパワーを使ってしまい、身体がそれについていけていない。あれほどまでの事をしたのだから、当然と言えば当然である。

「……大丈夫か、リーム」
『あ、あぁ……これくらい、へっちゃらさ……!』

 リームと呼ばれたムシャーナを気遣ったのは、そのトレーナー。タクヤである。
 大丈夫な訳がない。正直、あれはあまりにも無茶な作戦だった。並のムシャーナ程度のエスパーエネルギーでは、到底成し得ない行為。

 ハイクだけをジムに誘き寄せるのには、他の住民が邪魔だった。それならば、全員に眠って貰えばいい。そう考えた、白ローブの作戦だ。

 キンセツジムには、テッセンが取り付けた電波等の送受信が可能な巨大なパラボラアンテナがある。それを利用したのだ。
 生物に暗示をかけて眠りに落とす技である“さいみんじゅつ”は、エスパーエネルギーを上手く操作して行っている。それを応用してエスパーエネルギーを一種の波として発し、パラボラアンテナを経由させて街全体にバラまいたのだ。その結果、一匹のムシャーナだけで住民のほぼ全員に暗示をかける事が可能になり、文字通り街を眠らせる事に成功した。

 しかし、二つ欠点があった。その一つ。非常に有効な手段のように見えたが、エスパーエネルギーを分散させてしまっているせいで技の精度が落ちているのだ。結論を言ってしまうと、技の発動を何となく予期している者に対しては、効果がなくなってしまう。テッセンがその例だ。彼の場合、次に襲われるのはキンセツジムかも知れないと心の隅で警戒していたからこそ、リームの“さいみんじゅつ”から逃れる事ができた。
 だが、そうは言っても、異変に気づいてすぐさま行動を起こしたのはテッセン一人だけだった。そのお陰で計画も然程大きく狂う事もなかった為、結果的にあまり目立たなかった欠点なのだが。

 つまるところ、彼らの作戦は成功したと言えるだろう。

「ククク……よくやってくれた。感謝してるよ?」
「……オレもリームも、本当はあんまり力を使いたくないんだが」

 笑う白ローブに向けて、タクヤは皮肉な口調でそう言った。
 二つ目の欠点。それは、あまりにも多くのエスパーエネルギーを消耗してしまう事だ。正直、アレはギリギリだった。もう少しジムを抜けるのが遅かったら、力の使い過ぎでリームは倒れていたかもしれない。しかしあれは、普通のムシャーナではとっくに力尽きていてもおかしくない状態だった。けれどもリームは、持ちこたえた。常識的に考えて、そんな事はあり得ないはずなのに。なぜなら、リームは――。

「これが石の力、か……」
「……何か言ったかね?」
「いや、何も……」

 ボソリと独り言を言うタクヤ。白ローブが聞き直してきたが、タクヤは嘯いた。
 あまり詮索されるのも面倒だ。その男とは、それほど深い関係を築くつもりはない。自分の感情を曝け出す気など毛頭なかった。

「フッ……。まぁ、もう少しの辛抱だ。我々が目的を達成したら、君の望む物も手に入るだろう。それまでは働いてもらうぞ?」
「……あぁ。分かってる。今はどんな命令にも従うさ」
「いい返事だ。君の力、存分に利用させて貰おう」

 そう言うと、白ローブはタクヤに歩み寄ってくる。目が合った。

「レントラーの転生者……透視能力……。ククク……素晴らしい力だ」
「…………」

 タクヤは思い返していた。それは、数時間前の出来事。ポケモンセンターで、彼が行った行為。
 レインを連れ去らう必要がある。しかし、部屋の扉にはロックがかかっており、外側からでは開けられない。なら、レインに内側から開けて貰えばいい。簡単な事だ。

 リームのもう一つの能力。それは夢の干渉。眠っている生物の夢の中に入り込む事ができる能力。それを上手く使えば、眠っている生物を夢の中から着ぐるみのように操る事も可能。
 しかし、それを使うには対象の位置を的確に把握しておく必要がある。そこで、タクヤの出番だ。

 タクヤは透視ができる。扉越しでも、レインの位置を把握する事ができる。その位置をリームに教える事もできる。あとは、簡単な作業だった。
 ハイクに気づかせる為にあえて二匹のポケモンを置いてきて、レインと他の手持ちポケモン達を連れ去ったのだ。

「さぁて、タクヤ君。少し休憩したら、次の仕事に移ってもらうぞ」

 白ローブに声をかけられて、タクヤは我に返った。
 いけない。何をボーっとしているんだ。あれはもう過ぎた出来事だろう。もう振り返る必要はない。今はこれからすべき事を見つめるべきだ。
 そうだ。前だけ見てればいい。過程なんかどうでもいい。重要なのは、結果だ。

「……今度は何をすればいいんだ?」
「君にやって欲しい事は、とあるポケモンの捕獲だ」

 そう言うと、白ローブは懐から何かを取り出してタクヤに渡した。
 それは写真だった。一匹のポケモンが、何かを睨みつけているように見える。敵意を剥き出しにした剣幕。あまり穏やかな雰囲気ではない。
 戦闘機のような姿のポケモンだ。青と白の身体。鋭い目つきの赤い瞳。その身体の作りから、高速で移動するのが得意そうな印象を受ける。

 タクヤは、このポケモンを知っていた。ホウエン地方で生息が確認されているものの、個体数が少ない為に珍しいポケモンと言われていたはず。ドラゴンとエスパーという、二つのタイプを併せ持つポケモン。

「むげんポケモン……ラティオスか……」
「その通り。この写真に写っているラティオスの捕獲を君に依頼したいのだ」
「……理由を聞こう。なぜコイツを捕獲する必要がある?」

 タクヤの質問の対し、白ローブはニヤリと笑って、

「ラプラス以上の適合値、と言えば分かるだろう?」
「……なるほどな」

 ラプラス以上の適合値。つまりこのラティオスがいれば、ハイクと一緒にいるラプラスを使うよりも遥かに円滑に計画を進める事ができるのだろう。つまり、ローブ達の目的達成に大きく近づく事ができる。
 そう。ローブ達の目的が達成されればタクヤは――彼の本当の目的もまた、達成できる。そう言う雇用条件だ。
 ならば、なんとしてでもこのラティオスを捕獲しなければならない。どんな手段を使ってでも、必ず。

「……やってくれるね?」
「……あぁ。了解した」

 白ローブの再確認。無論、タクヤは首を縦に降って答えた。

 日が昇り始めて、辺りがボンヤリと明るくなってきたキンセツシティ。そこで、新たな企みが動き始めていた。



―――――



 まず彼が肌に感じたのは、ふんわりとした感覚だった。
 身体をゆっくりと動かすと、響くのは布やシーツが擦れるような音。ボンヤリとした意識の中、目の前には白い空間が微かに見える気がする。頭の中がボーっとして、思考が上手く働かない。

 何が起きたのか。彼は自分の記憶を探る事にした。
 あれは、そう。流星の滝での出来事だ。青いローブを着た少女とバトルして、それにボーマンダが巻き込まれて――。そうだ、あのボーマンダを助けようとしたんだ。しかしその隙に、青ローブとミロカロスに背後を取られて、サーナイトが滝壺に――。

「サーナ……!」

 ジワジワとそこまで思い出した途端、目を覚ましたミツルは飛び起きた。
 思い出した。自分達がどうなったのかを。青ローブのミロカロス、そのポケモンの“アクアテール”を受けて意識を失ったサーナが、滝壺へと落下してしまったのだ。それを助けようとして、ミツルも飛び込んで――。あれ? その後は、一体どうなって――。

「あ……れ……?」

 寝ぼけていたのか、必死になって周りが見えていなかったのか。ミツルはこの瞬間まで今の自分の状況を理解していなかった。
 ミツルは今の今までベッドの上に横たわっていた。あのふんわりとした感覚や何かが擦れる音、あれは自分にかかっていたシーツによるものだ。あのボンヤリとした感覚から考えて、どうやら自分は眠っていたらしい。

 ミツルが眠っていた場所。そこは白を基調とする部屋だった。ベッドも白。シーツも白。カーテンも白。蛍光灯の光も白。正直、眩しいくらいだ。
 そんな中で、ミツルの鼻を独特な臭いがつつく。これは、消毒液か何かの臭いか。

「ここ……って……」

 ミツルはようやく理解した。ここは病院。とある病院の一室なのだと。
 しかし、だからと言って頭の整理ができた訳ではない。寧ろ混乱が強まったくらいだ。どうして自分がここにいるのか。一体、何がどうなったのか。早急に説明を要求したかった。

「ミツル君……! 良かった、目を覚ましたんですね……!」
「るぅりー!」

 混乱し続けるミツル。そんな彼の耳に、女性のものと思われる声とポケモンの鳴き声が流れ込んできた。
 鳴き声を上げたのは、ミツルにも馴染み深いポケモンだった。卵のような形の青い身体。短い手足。丸い尻尾。そして、頭のてっぺんの長い耳。そう、マリルリだ。
 ミツルのマリルリ。彼がルーリと呼んでいるポケモン。

 そして、声をかけてきたその人は、教師の様な格好をした女性だった。ピンク色のリボンをつけたツインテールに、真面目そうな顔立ち。ホッとした表情を浮かべているその女性は、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けていた。
 ミツルも知っているその女性。彼女がいると言う事は、ここはカナズミシティなのだろう。なぜならその女性は、カナズミジムのジムリーダーであるからだ。

「ツツジ……さん……?」

 カナズミジムのジムリーダー、ツツジ。彼女に間違いなかった。

「本当に良かった……。病院に運ばれたと聞いて、心配したのですよ?」
「るり! るぅり!」
「あの……えっと……僕は……」

 ツツジとルーリの姿を見て、ミツルは少し落ち着いてきた。冷静になって考えれば考えるほど、自分がこんな状況に立たされている理由もいくつか想像できる。

 滝壺に落下して、そのまま流されてしまったのだろうか。ひょっとしたら、ルーリが岸まで運んできてくれたのかも知れない。しかし、それだけではカナズミシティまで辿り着く事はできない。まさかルーリは、ミツル達をカナズミシティまで運んだのだろうか。
 いや、それは少し考えにくい。いくら力持ちなルーリと言えど、ミツルとサーナとボーマンダの全員を運ぶ事はできない。総重量の問題ではなく、単純に体格の問題だ。
 それなら、考えられる別の可能性は、通りかかった誰かが助けてくれた、という事か。

「……あの、ツツジさん。どうして僕はここにいるんでしょうか? 何がどうなったのか……」
「……あなたは115番道路の海岸で倒れていたそうです。そこを偶然通りかかった方に助けられたみたいで……」

 やはりそうだったか。しかし115番道路とは。
 流星の滝の滝壺は川となっており、115番目方面の海へと流れている。その水流はかなり早く、ミツル達を運ぶのにも十分なくらいの勢いだったのだろう。上手い具合に海まで流され、運良く115番道路の海岸に流れ着いた、と考えるのが普通だろう。もしかしたらルーリの手助けも多少はあったかも知れないが。
 だが、そうだとしても。ミツルには一つ気になる事がある。

「そうだ……! ツツジさん、僕の他にサーナイトとボーマンダがいたはずなんです! 一体どうなったんでしょうか……? まさか……!」
「お、落ち着いてください……。心配いりません。あなたと一緒に倒れていたポケモン達は、ポケモンセンターに運ばれたそうです。今はまだ眠っているようですが、少し安静にすればすぐに良くなるとの事です」
「そ、そうですか……。よかった……」

 安堵したミツルはふぅっと胸をなでおろした。
 ボーマンダもサーナも、あの少女のミロカロスにだいぶ痛手を与えられていた。そんな状態での滝壺の落下だ。溺れてしまってもおかしくない状況。ヘタをすれば、命を落としていたかもしれない。
 そんな事を頭の中で連想してミツルは落ち着かなかったのだが、どうやら杞憂に終わりそうだ。ボーマンダの為に滝壺に飛び込んでくれたルーリと、自分達を助けてくれたと言う人に感謝しなければならないのだろう。

「ツツジさん。僕達を助けてくれた人って、誰だか分かりますか? 是非お礼を言いたいんですけど……」
「あぁ、それなら……」

 ツツジが言いかけたその時、ガラッと音を立てて病室のドアが開けられた。ミツルもツツジも、思わずドアの方へと視線を向ける。とある人物が、病室の中へと入ってくる所だった。
 その人物を見た途端、ミツルは驚愕する事となる。

「えっ……えぇ!?」

 スポーティな容姿をした少年だった。身長は歳相応と言ったところか。動きやすそうな長袖の上着に、下は長ズボン。モンスターボールを模したロゴの入った白黒のニット帽を頭にかぶっていた。

 ミツルが驚愕した理由。それは、この少年がここホウエン地方にいるとは思わなかったからだ。
 彼とは知り合いだ。故に色々と話は聞いている。彼は一度ホウエンリーグのチャンピオンになった後、別の地方のリーグでも優勝すべく旅立ったはずなのだ。それが約六、七年前。それ以降、ミツルは彼と殆んど会う機会はなかった。
 それが、こんな形で再会する事になるとは。ミツルが驚くのにも無理はないだろう。

「お? 起きてたのか、ミツル」

 対する彼は、驚いた様子は殆んどない。相変わらずと言えば相変わらずである。もう少し意外そうな反応をしてもいいと思うが。

「ゆ、ユウキさん……!? どうして、ここに……!」

 その少年――ユウキは、ミツルの記憶とそう変わらない得意げな表情を見せていた。
 ミツルのそんな言葉を聞き、ユウキは少しとぼけたような顔をする。人差し指でポリポリと頬を掻きながらも、柔らかい口調でミツルに声をかけた。

「おいおい。久々に会えたのに、どうしてってのはないだろ」
「あっ……ご、ごめんなさい……」

 ユウキは冗談めかして言ったつもりだが、ミツルは慌てて謝っていた。生真面目すぎて冗談が通じない所は、今も昔も変わらない。
昔の事を思い出したのか、ユウキはクスリと破顔する。どうして笑われたのかミツルにはよく分からなかったようで、さらにオロオロと慌て始めた。

「そうそう。ミツル君達をここまで運んでくれたのは、ユウキ君なのです。たまたま見つけた、との事で……」
「えっ……そ、そうなんですか!?」
「あぁ。流石にビックリしたけどな。誰かが倒れてると思ったら、ミツルだったんだからなぁ」

 さっきからミツルは驚きっぱなした。まさか自分達を助けてくれたのは、ユウキだったとは。
 思えば、ミツルはユウキには何度も助けられていた。初めてポケモンを捕まえたあの時も、手助けしてくれたのはユウキだったか。そして、今回も。今度は命を救われてしまった。いくら感謝してもしきれない。

「……ありがとうございます。ユウキさんには、ずっと助けられっぱなしで……」
「いやいや。ラグと、それとお前のマリルリ……ルーリにも協力して貰ってここまで運んだんだ。礼ならこいつに言ってやってくれ」

 そう言うとユウキは、ポンッとルーリの頭に手をのせる。突然自分の名前が出てくるとは思っていなかったらしく、ルーリはきょとんとしていた。

「……ありがとう、ルーリ。ルーリがいなかったら、僕達どうなってたか……」
「るぅりっ!」

 きょとんとしていたルーリだったが、ミツルの声を聞くと元気に鳴き声を上げる。そんな姿を見ていると、ミツルも元気が貰えた気がした。

 久々に会ったユウキを前にして妙に緊張していたミツルだったが、そこでようやく解れてきたらしい。ぎこちなかった表情にも多少余裕が見られるようになり、自然と笑みを浮かべる事もできるようになってた。

「さて、と。ミツルも起きた事だし、ここらで少し話しをしないか?」
「話し、ですか?」
「そう。折角再会できたんだし色々と、な」

 少しだけ場が緊張した。
 ユウキが持ちかけた提案。それはつまり情報交換であろう。この現状で、お互いがどれほどの情報を持っているのか。
 ミツルとしてもありがたかった。自分の頭の中を整理したいと思っていた所だったし、何よりもさらに多くの情報が手に入るチャンスなのだ。今はあまりにも情報が少な過ぎる。何とかして、あのローブ達の動向を探りたい。

 ミツルはユウキの提案を呑む事にした。



―――――



「へぇ……ミツルがトレーナーズスクールの教師にねぇ……」
「まだまだ見習いですけどね。今はカナズミシティで一人暮らしをしつつも、ツツジさんのもとで勉強させてもらっている所で……」
「ふふふ……ミツル君は中々筋がいいですよ。教えるのもお上手ですし」

 あれから数十分。ミツル達は情報交換――否、談笑していた。
 初めに話しを持ちかけたのはユウキだったが、その内容はごく世間的なものだった。お互い何をしているのか、何か目指しているものはあるのか、など。まるで友人たちが集まって、おしゃべりをしているかのような雰囲気だ。しかもツツジまでもがノリノリなのだから、思わずミツルまで流されてしまう。

「あ、あの……ユウキさん? 話したい事って、ひょっとしてこの事ですか……?」

 しかし流石にマズイと思ったのか、ミツルはそう切り出した。しかし等のユウキは顔色一つ変えずに、

「ん? そうだけど?」

 この反応である。
 何というか、マイペースと言うか。ミツルも肩の力が抜けてしまった。

「いやぁ……久しぶりにホウエン地方に帰って来たら本当にビックリしたよ。色々と変わってるんだもんな。ポケモンセンターも最新鋭の設備が揃ってたし、フレンドリィショップの内装もガラリと変わってる。何より驚いたのはサイユウシティだな。聞いた話によると、何かでっかい博物館ができたそうじゃないか。凄いよな」
「えぇ。まぁ、そうなんですけど……」

 ホウエン地方も随分と変わった。七年前とはだいぶ違う。それに感動するのは仕方がない事だと思うが、今話題にすべき事はそこではない。
 ミツルはずっと気なっていた。今、ホウエン地方で何が起きてるのか。誰が、何のためにあんな事をしているのか。

 レジロック、レジアイス、レジスチルの襲撃。本来ホウエン地方に生息していないはずのポケモンの凶暴化。そして、テログループによるジムの制圧。どれも非日常的な出来事だ。
 だからこそ、ミツルは不安だった。このままあのテログループを放置してたら、もっと良くない事が起きるのではないのだろうか。そう考えれば考えるほど、ミツルは居ても立ってもいられなくなった。

「(でも僕は……結局……!)」

 ミツルはギュッとシーツを握りしめた。
 そう。結局何もできなかった。ローブ達の足取りは、思っていた以上に早く掴めた。115番道路。そこには何かが争ったような形跡が見受けられたものの、大した情報は得られず、ミツルは渋々115番道路を進んだ。
 その後、ミツルはハジツゲタウンで情報を集めようとするも、結局成果は得られず。一度カナズミシティに戻ろうと思い、流星の滝を通過しようとしたその時。複数の茶ローブと、あの青ローブに遭遇した。

 結果は、このザマだ。大した情報も得られなかったばかりか、サーナや関係のないボーマンダにまで怪我をさせてしまった。
 一体、自分は何を得たのだろうか。何も得ていない、何も変わっていないのではないか。これでは、必死になって戦ってくれたサーナに会わせる顔がない。巻き込まれたボーマンダに、どう謝ればいいのだろうか。

「僕……僕は……!」
「……なぁ、ミツル」

 悔しそうに声を出すミツルだったが、それはユウキによって遮られた。ポンッと肩に手を乗せられ、それに反応したミツルは顔を上げる。真っ直ぐにミツルを見据える、ユウキの姿が目に入った。

「お前の気持ち……何となく分かるよ。不安なんだろ? ホウエン地方がおかしくなってて。非日常的な事が次々と起きていて」
「ユウキ……さん……?」
「話は聞いてる。でも多分、俺はお前が知っている以上の情報は持ってない。こっちに帰って来たのもつい一昨日の事だしな。カナズミジムを制圧したって言うテログループも、どんな奴らかよく分からない」

 ユウキの口調は柔らかい。でもその言葉を聞いて、残念に思わなかったと言えば嘘になる。
 ユウキは本当にミツル以上の情報を握っていなかった。ローブ達と交戦した経験のあるミツルの方が、よっぽど奴らに詳しいくらいだ。

 でも、それでも。ユウキの言葉は、ミツルの中の焦燥感を和らげていた。

「でもさ。だからって、慌てふためく必要はない。いや、慌てるべきじゃないって言うのか? 不安で不安でしょうがない、ってのは仕方がない事だと思う。真実を知りたいって言う気持ちも、俺には分かる。だけど、それで焦って周りが見えなくなっちゃ、本末転倒だろ?」

 あえて世間話を持ち出したのも、ユウキなりの考えがあったのだろう。彼には既に見透かされていたのだ。ミツルの不安、焦りを。だからこそ、落ち着かせようとしてくれた。

 ミツルは情けなかった。焦って周りが見えたくなっていた自分が。サーナとボーマンダの件で、既に実感していたはずなのに。それでも、自分はまた繰り返そうとしていたのか。

 そうだ。落ち着いて、周りをよく見てみよう。ユウキの言う通り、これでは本末転倒だった。

「でも、まぁ……。俺にも少し考えがあるんだけどな」
「えっ……?」

 そんな中での、ユウキの突然の意見だった。ミツルは思わず息を呑んでしまう。

「考え、とは……?」

 息を呑んだミツルに代わって、ツツジがユウキに質問する。
 ニヤリと笑みを浮かべたユウキは、その“考え”を話し始めた。

absolute ( 2014/09/21(日) 18:07 )