ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜 - 第3章:壊されたつながり
3‐10:彼が持つ能力


 時が止まったのではないかと思わせるほどの静寂が、暫し辺りに訪れた。ハイクもカインもルクスもペンタも、皆が愕然とした表情のまま、タクヤの前で固まっている。タクヤが言い放った言葉を前にして、こちらは返す言葉も見つからないのだ。

 沈黙がその空間を支配する。そんな中、最初に口を開いたのはハイクだった。

「てん……しょう……しゃ……?」

 転生者。タクヤが言った言葉を、ハイクは復唱する。
 タクヤは自分で言っていた。ハイクと同じ能力を持つ者だと。そして最後に言い放った。自分は転生者と呼ばれる存在なのだと。
 ポケモンと会話が出来る能力。それが、転生者の持つ力なのだろうか。

『転生者、だと……? ハイクもそうだと言うのか』

 ハイクの前に立ち塞がったカインが、タクヤに向けて吐き捨てるようにそう言った。
 その言葉を聞いた瞬間、タクヤが声を出して笑い始める。最早、隠す必要はなかった。

「そう。ハイクさんもオレと同じ存在さ。まぁ……まだ完全には覚醒していないみたいだけど、な……」
『フンッ……。どうやら、本当に俺の声が聞こえているようだな』

 そう言うとカインは、自身の腕の刃をタクヤ達に向ける。彼らを睨みつけるその瞳に宿るのは、敵意。彼はもう完全にタクヤ達を敵と認め、完全に割り切ってしまっているのだ。いつまでも引きずろうとする、ハイクとは違う。

『つまり……私達の人質作戦は、タクヤに筒抜けだったと言う事ですか……。そんな……』

 アクアはどこか悲しそうな表情を浮かべつつも、目を逸らして俯いてしまう。アクアだって、本当は認めたくない。タクヤが、自分達を騙していたなんて事。そして、責任を感じている。自分の軽率な行動が、作戦が狂ってしまった、と。

『ハイク、アクア。二人とも覚悟を決めろ。コイツは敵だ。いつまでも信じ続ける謂れはない』
「へぇ……。お前はハイクさんとは違うんだな。そんなにすぐ割り切れるなんて、ちょっと予想外だったなぁ……」
『……最初から少し怪しいと思ってたんだ。ルクスは、あんたから妙な雰囲気を感じていたらしいからな。だが……見極められなかった。その隙に、あんたは次の手を打ってしまった。……そこは俺の実力不足だった』

 そう言いながらも、カインはチラリとレインの方へと視線を向ける。自分の考えをもっと早くハイク達に伝えられていれば、レインがこうなる前に何かしらの手を打てたはずなのに。あまりにも慎重になりすぎていた。

 カインがタクヤに不信感を抱き始めたのは、ちょうどハイク達がカナシダトンネルに入った時だ。ルクスがハイクに、『変な感じがする』と相談していた時から、タクヤを見る目は変わっていた。しかし、あの時はまだ決定的な証拠を掴めていなかった。だからこれまで泳がせていた。だが、それが迂闊だった。

「そう。残念だったな。まぁオレも全部予想してた訳じゃない。シダケタウンで国際警察の人に声をかけられた時は、ちょっとヒヤヒヤしたよ。あのままハイクさんとレインさんがバラバラになったら、この作戦にも支障をきたすからな。いやー、でもそこはさすがハイクさん。レインさんを思う気持ちがそこまで強かったお陰で、オレも目的を達成できた」
『なん……だよ、それ……!』

 ハイクに抱えられていたルクスが、もぞもぞと動く。苦しそうに顔を歪めながらも、突き刺さるような鋭い視線をタクヤに送る。
 ルクスは最初から妙な予感は感じていた。でも、きっと勘違いだって、そう思い込んでいた。いつものルクスは、明るくて人懐っこい性格だった。だからこそ、タクヤに対する疑いは、彼自身も意識しない内に心の奥にしまいこんでいたのだろう。
 しかし、今は違う。彼の瞳に宿るのは、確かな憤り。身体の自由が残っていたら、今すぐにでも飛びかかるのではないだろうか。そう思えるほど、強い敵意を剥き出しにして。

『お前の……お前らのせいで……レインは傷つけられたんだ……! ハイクとレイン……お互いがお互いの事、どんなに思っていたかなんて……会ったばっかりのお前なんかに分かる訳が……ない、だろ……! それなのに、それを利用して弄ぶなんて……。絶対に、許さない……!』
「弄んだなんて心外だな。オレはただ……目的を達成しようとしただけだ」
『こいつ……! ゴホッ!』
「ルクス……!」

 むせるルクスの姿を見て、ハイクは胸が痛くなった。これ以上、喋らない方がいいのではないだろうか。傷に響いてしまう。
 それでもルクスは、自分の身体の事などお構いなしにタクヤ達を睨み続ける。それほどまでに、ルクスの怒りは強い。

「さて、そろそろいいかな? いつまでも君達の話を待っていられるほど、私も暇ではないのでね」

 その時、白ローブが急かすように割り込んできた。ふぅ、と呆れるようにため息をつきながらも、白ローブはハイク達に視線を送る。

「あぁ……そうだな。あとはあんたに任せるよ、依頼主さん」

 そう言うとタクヤは、スライスをボールの中へと戻し、数歩後ろへ下がる。その代わり、待ってましたと言わんばかりにニヤリと不気味な笑みを浮かべた白ローブが前へと出てきた。

 ハイクは困惑していた。なぜ、ここで役回りを交代する必要があるのか、分からなかったからだ。そして、タクヤが白ローブに向けて言った言葉。依頼主、とは一体どう言う意味なのだろうか。

「おやおや……。何が何だか分からない、と言いたげな顔をしているな。ククク……これほどまで多くの事実を突き付けられたのだから仕方がない、か……」

 ハイクの表情を覗き込みながらも、白ローブは嘲笑する。キッとハイクは睨み付けるが、白ローブはまるで動じなかった。

「フフフ……。どうだね、作戦が失敗した気分は? これで君達は我々に対する抑止力を失った事になる。レイン君を助けたければ、大人しく我々に従った方が賢明だと思うがね。転生者……?」
「……それだよ」

 そう言いながらも、ハイクはギリギリと歯ぎしりする。
 白ローブの言ったとおりだ。何が何だか、分からなくなっていた。だからこそ、イライラしていたのだ。ローブ達の計画も、どうしてこんな事になってしまったのかも。――自分が一体、どんな存在なのかも。何も、分からない。

「転生者って……何なんだよ! 俺は一体、何者なんだ! どうしてお前らがそんな事を知ってるんだ! お前も……転生者、なのか……?」
「残念ながら……私は転生者ではない。まぁ、転生者とは何なのか。それはいずれ分かる事だ。しかし……そうだな。一つ教えてやろう」

 そう言うと白ローブは、冷たい視線をハイクに向けた。

「我々の組織の計画と転生者は無関係だ。ただ、私は少し興味を持ってね。転生者の持つ可能性に……」

 ゾクリと、悪寒が走る。白ローブから得体の知れない何かを感じたような気がして、ハイクは気分が悪くなった。
 この男、何かがおかしい。カナズミジムの紅ローブとは、根本的な何かが違う。彼は一体、何者なのか。本当に、転生者ではないのだろうか。それならば、なぜ転生者の事を知っているのか。どう言った経緯でタクヤを仲間に引き込んだのか。タクヤが転生者と知っていて、近づいたのだろうか。

 分からない事はたくさんある。だが、肝心の白ローブはそれ以上の事は何も喋らなかった。

「さぁ、もうこれくらいでいいだろう。本題に戻らせてもらうぞ?」

 白ローブは、脱線した話を元のレールに戻そうとする。色々と聞きたい事はあったが、ここは白ローブの話を聞く事にした。
 そう、本来の目的を忘れてはならないのだ。今最優先すべき事は、レインの救出。アクアの人質作戦が使えない以上、ここは大人しく奴らに従うしかない。

「我々の計画遂行の為には、そのラプラスが必要だ。もし君が我々の一員に加わってくれれば、私の目的も達成できて一石二鳥。しかし、君は是が非でも我々に協力はしたくない、と」

 ハイクは何も言わない。いや、何も言えなかった。
 確かに白ローブの言っている通りだ。ハイクは、こんな奴らの計画の片棒を担ぐなんて事、したくない。けれども、それを肯定してしまっていいのだろうか。レインが人質の取られている以上、ハイクは何かを喋る事さえもままならない。

「君も分かっているはずだろう? これ以上抵抗すれば、君のお友達がどうなってしまうのか。レイン君を助ける為には、私の言う事を聞くしかない、と言う事を」
「クッ……!」
「だが……ここで君に、一つチャンスをやろう」
「なっ……チャンス……?」

 人差し指を立ててそれをチラつかせながらも、白ローブはハイクにそう持ちかけた。

「私とポケモンバトルするんだ。もし君が勝ったら、レイン君を解放してあげよう。だが私が勝ったら、大人しく言う事を聞いてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 頭がこんがらがりそうになった。なぜ態々そんな提案を持ちかけてくるのか、まるで理解できなかったのだ。
 白ローブとポケモンバトルして、それに勝ったらレインを解放する? どうしてそんな事をする必要があるのだろう。ハイクを引き込みたいのなら、レインを盾に脅せばいいだろうに。なぜそれをしないのだろうか。

「そんな事をして……お前らに何のメリットが……」
「おや? 折角親切に言っているのに、不服かね? 言っただろう? 私は転生者の持つ可能性に興味がある、と。君の実力をこうして間近で見てみたいのだよ。レイン君を賭けたバトルならば、君も全力で戦えるだろう?」

 ハイクは白ローブの真意がまるで掴めずにいた。
 白ローブは自分の属する組織の計画達成ではなく、好奇心を優先したと言うのか。彼にとって、ローブ達の計画などどうでもいい事なのだろうか。

 だが、寧ろこれは――。

「……分かった。バトルすればいいんだな?」
「そうだ。ようやく分かってくれたかな?」

 好都合なのではないのだろうか。ハイクの頭の中に、その言葉が過ぎった。
 罠、と言う可能性もある。しかし、ハイクはもうこうするしかないのだ。レインが人質に取られ、アクアの作戦が失敗した今、この状況はハイクにとって一筋の光明のように見えたのかも知れない。

『ハイク、あんた本当にこいつの言う事を信じるつもりか……?』
「……確かに、約束を守ってくれる保証はない。でも、もうこれ以上どうする事もできないじゃないか……!レインを助ける為にも、今は大人しく従うしかないんだ……!」

 カインがそう声をかけてくれるが、それでもハイクは考えを変えるつもりはなかった。
 カインは少し心配だった。今のハイクは、ひどく動揺して冷静な判断が難しい状態になっているように見える。信じていた人の裏切り、大切な人の命の危機、そして得体の知れない転生者と言う存在。そんな物をいっぺんに突きつけられて、混乱しない方がおかしい。
 しかし、だからと言ってカインには何も言えない。ハイクは決めた事ならば、自分はそれに従うだけだ。それくらいしか、カインがハイクに出来る事はない。

「……ヴォル、起きてるか?」
『ハイクさん……? は、はい!」

 何も言わないカインの横で、ハイクはモンスターボールからヴォルを外へと出した。ボウっと噴き出るヴォルの背中の炎により、あたりがボンヤリと明るくなる。
 そんな中、ハイクはゆっくりと腰を落とすと抱えていたルクスを寝かせるように降ろした。

「……ペンタと一緒に、ルクスの介抱を頼めるか?」
『わ、分かりました! 任せて下さい!』
『ケヘヘ! まぁ、しょうがないよな』
『お、おい……! ハイク……!』

 ヴォルとペンタはすんなり引き受けてくれた。しかし、肝心なルクスが不服そうな表情を浮かべている。無理矢理身体を動かそうとしながらも、必死に声を張り上げた。

『オレは、まだ……戦える……! オレは……こんな所で……』
「……駄目だ」
『ッ!? どうして……だよ……! オレだってレインを……助けたいんだ!』
「気持ちは分かる。でも……その怪我じゃこれ以上は無理だ。……大丈夫。俺が絶対にレインを助けて見せる……! だから、今は俺を信じてくれ」

 ハイクがそう言うと、ようやくルクスは大人しくなってくれた。
 不満そうな表情に変わりはない。けれども、ルクスはハイクを信じてくれている。信頼しているからこそ、ルクスは任せてくれたのだ。
 それならば、ハイクはルクスの信頼を裏切る訳にはいかない。必ず勝って、レインを助けるのだ。

「さぁて……。では始めようか、ハイク君?」

 そんな声が聞こえて、ハイクは立ち上がる。振り向くと、一つのモンスターボールを片手で弄ぶ白ローブの姿があった。
 ハイクは身構える。この白ローブが、一体どんなポケモンを出してくるのか。カナズミジムでの紅ローブは、シェイミと言う珍しいポケモンを使役していた。それなら、白ローブもそのようなポケモンを出してくるのだろうか。

「……カイン、行けるか?」
『あぁ……。あんたが望む事ならば、俺はそれに従おう』

 カインも刃を構え、臨戦態勢に入る。ハイクも白ローブを睨みつけ、カインにいつでも指示を飛ばせるような態勢になった。

「フッ……」

 白ローブは不敵な笑みを浮かべていた。
 今まさに自分が掴むボールの中に入っているポケモン。ずっと試してみたいと思っていた。初めはテッセン相手に肩慣らしをしようと思ったのだが、ライボルトが相手では特性の問題で仕方なくレジロックで始末させてもらった。
 だが、かえって好都合だ。お陰でお楽しみを最後まで取っておけた。
 相手はジュカイン。タイプの相性はあちらに分があるが、その程度の事ならさして気にする事ではない。そもそも、自分の興味が示しているのはバトルの内容ではないのだ。今から繰り出すポケモンを見て、ハイクがどんな反応を見せるか。どの程度の時間で、ハイクは気がつくのか。そこだった。

「精々……私を楽しませてくれよ?」

 ポンッと音を立てて、白ローブが投げたボールの中から一匹のポケモンが姿を現す。着地と同時に、大量の電撃がそのポケモンから溢れ出てきた。

「えっ……?」

 その次の瞬間、機械か何かが起動するかのような音が響いたかと思うと、突然ジム全体のライトが点灯した。暗闇からの突然の光に、ハイクは思わず目を背けそうになる。
 おそらく、あのポケモンの電撃に反応してジムのシステムが起動してしまったのだろう。モーターが回る音と共に、何もなかったバトルフィールドの床からいくつかの障害物がまるで生えてくるかのようにせり上がってくる。テッセンが施したバトルフィールドの仕掛けだ。

『……こんな仕掛けがあったのか。威嚇程度の電撃で装置を起動させるとはな……。あいつは一体、何者なんだ……?』

 そう呟くカインの視線の先にいるのは、白ローブが繰り出したポケモン。濃いオレンジ色のずんぐりとした身体に長い尻尾。その尻尾の先は雷を彷彿させるようなジグザグした形状になっている。腹部は白く、丸い瞳を持つポケモン。
 その分類は、ねずみポケモン。ライチュウと呼ばれる、電気タイプのポケモンだった。

 バチバチと電気を纏いながらも、ボンヤリとした瞳でカイン達を睨みつけているライチュウ。シェイミのような珍しいポケモンではなかった。
 しかし、油断はできない。あのシェイミやレジロックのように、常識では考えられないほどの力を有している可能性だってある。

『あの尻尾の形……メスか……。あの人間の言う事を信じるならば、あいつを倒せばレインは解放される、と言う事か……。ハイク……?』

 ハイクから反応がない。妙に思ったカインが、チラリと視線を向けた。
 ライチュウを見据えるハイク。しかし、その表情はいつもと違う。何か見てはいけないものを見てしまったかのような、愕然とした表情。目を見開き、口元が震え、息をするのも忘れてしまいそうになっている。

『ハイク……? どうかしたのか?』
「あい……つ……あいつは……!」
『あいつ……? あのライチュウが何か……』

 そこで、カインは一つ思い出した。シダケタウンで、国際警察の人間が言っていた事を。そして気づいてしまった。あのライチュウを見て、なぜハイクがこんな反応を見せているのか。あのライチュウが、どんなポケモンなのかを。

「ライ……ト……? うっ!?」

 ボソリと呟いたその時、ハイクの視界が変わった。
 目の前にいるライチュウ。その身体に、何かが纏わりついているように見えたのだ。ついさっき、育て屋で見た青白いものに似た――。しかし、似ているけれど違う。青白いけど温かかった、あの光とは全然違う。ドス黒くて、禍々しくて、苦しくて、痛い。ポケモンを包み込んでいるのではなくて、ポケモンを縛り付けている。濁りきった光。

「ぐっ……ふ……ゴホッ……」

 頭の中がグラグラと揺れて、視界がぼやけ始める。そんな感覚に襲われて、ハイクは思わずかがみ込む。耐え切れなくて、吐いてしまった。夕食をあまり取ってなかった為、出てくるものは胃液ばかり。口の中が酸っぱいものでいっぱいになり、余計に嘔吐感が強くなる。喉に詰まりそうになって何度もむせ込みながらも、ハイクは嘔吐(えず)いた。

『ハイク……!?』
『どうしたんですかハイク!? しっかりして下さい!』

 苦しそうに嘔吐するハイクを目の当たりにして、カインとアクアが駆け寄ってきた。
 ハイクは大きく息が乱れて、顔色も悪い。吐いたせいでのしかかるような疲労感も募ってきて、立ち上がる事さえもままならなかった。

『何があったんですか、ハイク……?』
「見え……たんだ……」
『見えた……?』

 アクアの呼びかけに対し、弱々しくもハイクは答える。口元に滴る嘔吐物を拭いながらも、震える足でハイクは立ち上がった。

『何が……見えたんだ……?』

 ゆっくりと立ち上がるハイクに、カインは恐る恐る質問する。
 虚ろな瞳で白ローブの傍らにいるライチュウを見据えながらも、ハイクはボソリと答えた。

「波導……」


absolute ( 2014/08/28(木) 18:15 )