ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜 - 第3章:壊されたつながり
3‐9:少年の真意


 深夜0時頃。キンセツシティの異変に真っ先に気がついたのは、キンセツジムのジムリーダーことテッセンだった。
 キンセツシティは夜も賑わう華やかな街だ。残業帰りのサラリーマンや、夜遊びを楽しむちょっぴり不良な少年少女達。その他多くの人々で、街の活気は収まらない。例え日をまたぐ時間が訪れたとしても、人々の活動は止まる事を知らなかった。

 しかし、今日ばかりはどうもおかしいのだ。深夜0時の時点で、街全体が眠っているような静けさに包まれている。それは明らかに非日常的で異常な出来事であり、あのテッセンでさえも少しばかり胸騒ぎを覚えるほどだ。こんな姿のキンセツシティは、見た事がなかった。

 一体、何が起きているのか。テッセンには一つだけ心当たりがあった。

「むぅ……どうやらこれは……」

 キンセツジムの前に立つテッセンが、ボソリとそう呟いた。
 キンセツジムの完全消灯の時間は、とっくに過ぎている。既に電源は落とされてジムの中は真っ暗であり、入口である自動ドアはロックがかけられている状態となっていた。

 電源は落とされている、とは言っても今のキンセツジムはかなり強力なセキュリティで守られている。ロックのかかった自動ドアはカードキーがなければ開けることができず、無理矢理こじ開けようにも閉じられた自動ドアは非常に強固であるため簡単には突破できない。仮にジムに侵入できたとしても即座にアラームが鳴り響き、自動的に警察とジムリーダーであるテッセンに連絡が行くようになっているのだ。他に考えられる侵入口は窓や裏口だが、いずれにしても無理矢理突破しようとするとアラームが鳴る事には変わりない。

 だが、今はどうだろう。窓でも、裏口でもない。堂々とジムの出入り口。しかも無理矢理こじ開けて侵入したかのような形跡があるのだ。にも関わらず、アラームが鳴ったような様子はない。テッセンに連絡も入ってない。警察が動き出した様子もなかった。
 
「しかし……まさかここまで早いとはな。準備はよいか、ライボルトよ?」

 テッセンが呼びかけたのは、特徴的な鬣を持つ電気タイプのポケモン。傍らにいたライボルトは、テッセンの確認を受けると大きな鳴き声を上げた。

 ジムの中に誰かがいる。そしてその誰かは、おそらく人々を脅かすような輩だ。どうやってジムのセキュリティを突破したのかは分からないが、それは侵入した犯人を引っ捕まえて直接聞き出せばいいだけの事。

「うむ! それは何より! わっはっはっは!」

 鳴き声を上げたライボルトにいつもの調子で返しながらも、テッセンはこじ開けられた自動ドアからジムの中へと足を踏み入れた。

 薄暗いエントランス。その先のバトルフィールへ続く自動ドアも、同じようにこじ開けられているように見える。その他周囲には荒らされたような形跡はない事から、どうやら犯人は真っ先にバトルフィールドへと向かったようだ。
 侵入者の足取りをなぞるように、テッセンは真っ直ぐにバトルフィールドへと向かう。そのテッセンの横にぴったりとくっついて歩きながらも、ライボルトは周囲への警戒を怠らなかった。

 二つ目の自動ドアを抜け、テッセンと彼のライボルトはバトルフィールドへと辿り着く。その時だった。

「これはこれは……。ジムリーダーのテッセン殿ではありませんか」

 暗闇の中、男性のものと思われる声が響いた。
 一気に警戒心を強めたテッセンは、すぐさま暗闇の中を凝視する。直後、テッセンの目に入ったのは白いローブを羽織った男の姿だった。バトルフィールドの横、腕を組んで壁に寄りかかっているその男の素顔は、フードを深くかぶっているため確認する事ができない。体格は長身であり、テッセンよりも大きいだろう。
 服装はローブ姿。しかも素顔が見えにくくするためかフードを深くかぶっている人物。

「やはりのう……」

 テッセンの心当たり。それが的中する瞬間だった。

「おや? 私を見ても驚かないのですね」
「……お主らはカナズミジムの襲った連中の仲間だろう? 今朝、その事件の事を聞いてもしかしたらと思ってな」
「ほう……? いつかキンセツジムも襲われるのではないかと、そう予感していたと言う事ですかな?」
「わっはっはっは! その通り。話が早くて助かるわい」

 「こんなにも早いとは予想外だったがの」とテッセンはつけ足す。その横で、テッセンのライボルトは唸り声を上げて白ローブを威嚇し続けていた。

 カナズミシティのポケモンジムが、ローブを羽織った集団によるテロ行為を受けた事件。翌日、それはテレビ放送や新聞等を通して大々的に報道され、最早ホウエン地方中に知れ渡っていた。
 その事件を、ジムリーダーであるテッセンが見逃すわけがない。すぐさまカナズミジムと連絡を取り合い、事件当時の状況を聞き込んでいた。

 ローブを纏った集団による、ジム襲撃のテロ。しかも犯人であるテログループの行方は未だ掴めず、現在も調査中だと言う。あの国際警察までもが総力を上げているのにも関わらず、テログループの確保はまるで上手くいっていないと言うのだ。
 カナズミジムをものの数分で制圧したテログループが、未だにホウエン地方に野放しになっている。そんな話を聞いて、テッセンは予感していたのだ。ひょっとしたら、次はキンセツジムが狙われるのではないか、と。

「なるほど……どうりであなたには効かないわけだ」
「……効かない?」

 壁に寄りかかったままの白ローブが、ボソリとそう呟く。まるで何を言っているのか分からない白ローブを前にして、テッセンは眉をひそめた。

 効かない、とは一体何の事なのか。まさか、街全体がこんなにも静かな理由と何か関係あるのだろうか。

「いや、むしろ好都合か……ククク……」
「お主は、一体何を言っておるのだ……?」

 不気味に嘲笑する白ローブ。それを見て、テッセンは思わず身構える。
 その瞬間、テッセンは改めて実感した。この男、普通じゃない。

「さて……一応聞いておきましょうか、テッセン殿? あなたは何をしにここに来たのですか? しかもたった一人で……」
「……決まっておる。これ以上、お主らに好き勝手させるわけにはいかん。キンセツジムは返してもらうぞ」

 テッセンがそう言い終わると同時に、ライボルトが一歩前に出た。一際大きな唸り声と共にバチバチと電撃を発生させ、鋭い目つきで白ローブを威嚇する。
 ライボルトは既に臨戦状態。今にも飛びかかりそうな勢いで、白ローブを睨みつけている。しかしそんなライボルトの眼光を浴びても尚、白ローブは余裕を崩さない。それほどまでに強い力を、白ローブは持っているのだ。

「……面白い。では、力ずくで取り返してみては?」
「最初から話し合いなんぞで解決するとは思っておらんからな……。無論、そのつもりじゃ」

 テッセンの士気は高い。そうでなければ、こんな所まで来ていないだろう。彼はジムリーダーとして、絶対に負けられないと思っている。ジムを守るのが自分の義務だと、そう強く誓っている。
 だからこそ――面白い。潰しがいがある。

 寄りかかっていた身体を持ち上げ、白ローブはゆっくりと歩き出す。やがてバトルフィールドの真ん中で立ち止まると、一つのモンスターボールを取り出した。

「本当はアレを試してみたい所だが……ライボルト相手では適任ではない。今回は特別に、私のとっておきの一つでお相手しましょう」

 白ローブはモンスターボールを投げる。空中でボールは開かれ、中からポケモンが出現する――。

「なに……!?」

 白ローブが繰り出したポケモン。それを見て、テッセンは言葉を失った。無理もない。そのポケモンは、本来テロを行うような者が持っているはずのない――いや、持っていてはいけないポケモンなのだ。
 岩石が集まってできたような身体。小さな点が規則的に並ぶだけの頭部。まるで感情を読み取れない、無機質な容貌。いわやまポケモン、レジロック。

 ミシロタウンを襲撃した伝説級のポケモン。それを目の当たりにしたテッセンは、まるで驚きを隠せない。
 何食わぬ顔でレジロックを繰り出した白ローブの男。フードから覗かせる彼の口元は、不気味につり上がっていた。



―――――



 ハイクの目の前には、見知った顔があった。それは、つい十数時間前に出会ったばかりの少年の顔。
 明るい前向きな奴だと、ハイクはそう思っていた。少々図々しい所はあるが、彼自身に悪気はない。ちょっぴり変わった所はあるが、決して悪い奴じゃないんだ。
 ――そう、ずっと信じていた。信じきっていた。

「なんで……どう、して……」

 苦しむルクスを抱きかかえたハイクが、自分でも気づかぬ内に数歩後ずさる。目の前で起きている事が信じられなくて、あまりにも衝撃的過ぎて――。おかしくなりそうだった。

「……最初からこれが目的だった。だからあんた達に近づいたんだ」

 ポツリポツリと、その少年は喋りだす。目を見開いて固まってしまったハイクは、ただそれを黙って聞く事しかできない。

「今日、この時間……。眠りについたレインさんをキンセツジムまで連れてくる。異変に気づいたハイクさんも、追いかけるようにここまで来る……。そう言う筋書きだったんだが、まさかここまで上手くいくとはな……」

 少年が何を言っているのか、ハイクにはよく理解できなかった。いや、理解したくもなかったのだ。
 受け入れられる訳がない。今更割り切れる訳がない。ずっと信じていたのに。信頼し始めていたのに。いい友達になれるって、そう思っていたのに。
 こんなの、あんまりだ。

『チッ……どうやら、俺たちは奴に騙されていたようだな』

 舌打ちをしながらも、キッと鋭い目つきでカインは少年を睨んでいた。明確な威圧感が放たれ、既にその少年を“敵”として認識しているのだと、ひしひしと伝わってくる。
 カインは、どうしてすぐに割り切れるのか。ハイクは分からなかった。自分はそんな簡単に、認められる訳がない。

 ジッとしている内に、感情がどんどん込み上がってきて――。抑えきれなかった。

「どうしてだよ! タクヤ! なんでお前がそんな事を……!」
「やれやれ……。はっきり言わなければ認められないのか、君は?」

 ハイクは声を張り上げるが、それに答えたのは少年――タクヤとは別の人物だった。
 暗闇から現れたのは、白。白いローブを羽織った長身の人物。それを見て、ハイクの表情がさらに強ばる。息をするのも忘れそうになりながらも、ハイクは言葉を絞り出した。

「ローブ……!? カナズミジムを襲った奴と、同じ……!」

 カナズミジムでハイク達が出会った紅ローブの女性。色は違えど目の前の男が纏っているのは、彼女が身につけていたローブとほとんど同じものだろう。
 つまり、この男はあのテログループの仲間――。

「ククク……そうだ。カナズミジムを襲ったのは我々だ。そして……」

 余裕そうに嘲笑いながらも、白ローブはあっさりと自らの立場をさらす。そして、ポンっとタクヤの肩に手を乗せると、白ローブは更なる事実をハイクに突きつけた。

「タクヤ君もまた……こちら側の人間なのだよ」
「…………ッ!?」

 ハイクは今にも崩れ落ちそうだった。胸を締め付けられるような思いに襲われて、言葉が詰まって何も言えなくなる。

 裏切られた。もう、認めるしかなかった。
 タクヤはローブの仲間だったのだ。初めからこうするつもりで、ハイク達に近づいた。ずっと仲間のフリをして、信頼させようとしていた。そして、このタイミングで裏切る。レインを餌にして、ハイクをキンセツジムに誘き寄せる。それが、今回のローブ達の計画だった。

「そんな……じゃあお前は、ずっと俺達の事を騙して……」
「あぁ……そうだ。いやー、本当に大変だった。態々あんなキャラまで演じてさ」
「全部……全部、嘘だったのか……!? 苦しんでいる人やポケモン達を助けたいって言うのも、俺達を気遣おうとしてくれたのも……!」

 無理矢理言葉を搾り出すハイク。しかし、タクヤは何も言わない。その代わりに送ってきたのは、冷め切った冷たい視線――。
 これ以上、何を言っても無駄だった。その沈黙が、すべてを肯定しているようだった。
 タクヤのその見下すような瞳は、ハイクを打ち拉ぐのに十分な威力をもっていた。タクヤから視線を逸らして、ハイクは俯いてしまう。

 そんな中、白ローブが薄ら笑いを浮かべていた。折れてゆくハイクを眺めて、楽しんでいるのだ。
 ハイクはギリッと歯ぎしりを一つして、白ローブを問い詰めようとする。

「……お前がタクヤに命令したのか? 俺達をここまで連れてくるようにって……」
「ふっ……その通り。まぁ少し邪魔は入ったがね。さして問題はなかったが」

 そう言うと白ローブはハイクの背後へと視線を送る。その視線の先にあるのは、力なく壁にもたれかかるテッセンの姿だった。
 おそらく、テッセンはいち早くキンセツシティの異変に気づいたのだろう。その原因を探る為、キンセツジムを訪れた。しかし、そこで待ち構えていた白ローブ達に返り討ちにあってしまった、と言う事だろう。

「テッセンさん……」

 言わば、テッセンは巻き込まれてしまったのだ。ハイク達をここに誘き寄せると言う、奴らの策略に。
 ハイクは罪悪感と共に、確かな怒りが込み上げて来るのを感じていた。

「……俺とレインをここ連れてきて、テッセンさんまで巻き込んで……。何が目的なんだ、お前達は……?」
「なに、理由は簡単だ。我々が計画を遂行する上で、君達が邪魔になると上が判断したのだよ。紅いローブの女性に警告されただろう? これ以上邪魔するな、と。あのまま大人しく引き下がれば、君もレイン君も、こんな目に遭わずに済んだのにな」

 ハイクはゆっくりと顔を上げる。眠ったままローブ達に囚われているレインの姿が目に入った。
 よく見ると、レインのちょうど背後に一匹のポケモンが佇んでいる事に気づいた。紫色の胴体にピンク色の頭部。ふわふわと滞空しながらもそのポケモンは丸まっており、一見眠っているようにも見える。しかし、体中からは薄紫色のエネルギーが放出されている事が確認でき、どうやらあの状態で何かの技を発動させているようだ。

 ゆめうつつポケモン、ムシャーナ。状況から考えて、レインを縛り付けているのはあのムシャーナに間違いないだろう。おそらく“さいみんじゅつ”か何かでレインを深く眠らせ続け、“サイコキネシス”で持ち上げている。
 まさか二つの技を同時にあそこまで使い分けるとは。しかもレインの周囲には、三つのモンスターボール。
 レインの手持ちポケモンは五匹だ。その内三匹が、既にムシャーナの手によって捕らわれている事になる。あのムシャーナの力量は、かなりのものなのだろう。タクヤはそんなポケモンを隠し持っていたと言うのか。

「……見ての通り、レインさんと三匹のポケモンは既にオレ達の手の内にある。つまりオレの指示一つで、レインさん達の命は簡単に左右されるって事だ。妙な行動は慎む事だな」

 ジッとムシャーナを睨みつけていたハイクに気づいたのか、タクヤがそう警告する。そんな事を言われては、ハイクは迂闊にしゃべる事すらままならなかった。
 今、これ以上奴らを刺激すればレインが危ない。

「さて、君達が邪魔だと上が判断した訳だが、何も今すぐに消そうなどとは思っていない。なにせ君はチャンピオン。非常に貴重な人材だ。こんな所で殺すのは惜しい……」

 そう言いながらも、白ローブは近づいてくる。それを見て、ハイクは反射的に数歩足を引いてしまった。
 目つきをさらに鋭くしたカインが、ハイクを守るように間に割り込もうとする。しかし、白ローブの方が一歩早かった。割り込もうとするカインの事などまるで気にせず、ハイクの前まで立ち止まると静かに手を差し出した。

「……我々と共に来ないか?」
「なっ……!?」

 差し出された手。突然投げかけられた提案。その真意が全く分からず、ハイクは困惑してしまう。

「何を、言って……!」
「君が我々に協力すれば、レイン君を解放しようと言っているのだよ。しかも、それだけではない。もし君がこの提案を飲めば、レイン君の身の安全は私が保証しよう。これ以上、我々は彼女に接触はしないし、命も狙わない。レイン君は、元の平穏な暮らしに戻れる」

 ハイクは再び俯いた。
 つまりハイクがローブの仲間になれば、レインは助かると言う事だろう。
 白ローブは、ハイクの力を欲している。ホウエンリーグのチャンピオンの力を手に入れて、自分達の計画をさらに優位に進めるつもりなのだ。
 だからこんな回りくどい事をしたのだろう。ハイクが邪魔なだけなら、すぐに排除する事だってできたはず。タクヤを使えば、簡単だったはずだ。しかし、それをしなかった。

『ふざ……ける、なよ……! そんな事の為に、レインを……! ゴホッゴホッ!』
『お、おいルクス……。無理して喋んない方がいいんじゃねぇのか……?』

 苦しそうにむせながらも、ハイクの腕の中でルクスは怒りを露わにしていた。そんなルクスを見て、心配そうな表情をしたペンタが彼を気遣う。
 ルクスは今すぐにでもこの怒りをぶつけたいのだろう。しかし、それは叶わない。ルクスがスライスから受けたダメージは大きく、最早ほとんど動けない状態だ。しかも、ルクスのこの声は白ローブには届いていないだろう。聞こえているのは、ハイクだけ。
 やること全てが空振りに終わっている気がして、ルクスは強く歯ぎしりした。

『……ハイク。こいつの言う事に耳を貸す必要はない。腹の内も分からない以上、本当にレインが助かる保証もない。騙されている可能性だって大いにある』
「……俺は……」

 カインに言葉を投げかけられて、ハイクが一つの決断を下す。
 レインは助けたい。このまま放っておく事なんて、できやしない。だったら、白ローブの言う事を信じて、大人しく奴らに従うか。それとも――。

「俺は……いかない……!」
「なに……?」
「俺はお前らには協力しない! 沢山の人やポケモン達を傷つけて、苦しめて……。そんな事を簡単にやってのけるお前らなんかに力を貸すなんて、絶対に嫌だ!」

 ポケモン達を兵器のように扱っている残忍なローブ達。そんな奴らに加担するなんて事、できるはずがなかった。
 ハイクは差し出された手を払いのけると、すぐさま白ローブから距離をとる。その隙にカインが間に割り込んで、白ローブの進行を阻止しようとした。

『ハイク。聞こえますか?』
「……アクア?」

 ハイクが距離を取った瞬間、彼の耳にそんな声が届いた。どうやら、モンスターボールの中からアクアがハイクに声をかけているようだ。

『レインを助ける為に、私を使って下さい!』
「使うって……?」
『言ったはずです。彼らには私が必要なのです。だから私を交渉の材料に使って、レインを解放してもらいましょう!』
「えっ……で、でも!」
『やるんだハイク! 今はそれしかない!』

 アクアとカインに促されて、戸惑いを振り払ったハイクはすぐさまボールを取り出す。床に叩きつけるようにボールを落とし、アクアを外へと出した。

「へぇ……」

 アクアの姿を見たタクヤが、ニヤリと薄ら笑いを浮かべる。そう、タクヤは知っているのだ。ハイクがアクアを人質にしていたと。しかし、彼は本気でアクアが人質だと思い込んでいるはずだ。アクアが人質の“フリ”をしていると言う事は、タクヤには話していない。

 あの時、タクヤに真実を話さなくて正解だったのだ。まさかこんな状態でそれが生かされるとは、思ってもみなかったが。

「タクヤ。お前も知っているだろ? このラプラスは人質だ」
「あぁ……。そうだったな」

 カインがアクアの首元に、腕の刃を突きつける。これで演出はバッチリだ。あとはハイクの交渉術が、勝敗の鍵を握る。

「お前達にはコイツが必要なんだろ? だったら大人しく俺の言う事を聞くんだ! さもなければ……」
「ふっ……ふふ……ははは……!」

 その時、タクヤが声を出して不気味に嘲笑い始めた。
 交渉は終わっていない。しかし唐突なタクヤの嘲笑を前にして、ハイクは言葉が詰まってしまう。ハイクが困惑していると、笑いを抑えたタクヤが声をかけてきた。

「……ハイクさん。いつまでそんな事を続けるつもりだ?」
「そんな事……だって……!?」
「無理するなって。あんたがそのラプラスを傷つけるなんて事、できるわけないだろ」

 ドクンと大きく心臓が高鳴った。もしかしたら、表情に焦りの色も出ていたかもしれない。
 ハイクにアクアは殺せない。それは図星だ。ハイクにそんな事ができるはずもない。
 しかし、何も本当に殺す必要などないのだ。今はレインを取り戻せればそれでいい。その為にも、タクヤに思い込ませる必要がある。ハイクなら、本当にやりかねない、と。

「……それはどうかな? 言っただろ。もしもの時はこいつを始末するって。俺は目的の為ならなんだって……」
「……タクヤには、自分が人質のフリをしていると黙っていて欲しい」

 ――えっ?

 ハイクは一瞬、タクヤが何を言っているのか理解できなかった。あまりにも唐突で、噛み合わない内容。頭の中の処理が追いつかない。
 しかしタクヤはそんなハイクの事などまるで気にせずに、話しを続ける。

「タクヤが信用できない訳ではない。でも用心すべきだ。いつどこで、誰が会話を聞いているのか分からない」
「何を……言ってるんだ……?」
「……安易に漏らして、ローブ達にそれが伝わってしまったら、人質の意味がなくなってしまう。きっとローブ達に、ハイクはラプラスを傷つける事なんてできないと、そう確信させてしまう。……って、言ってたよな? そのラプラス」

 ゾクリと、背筋に寒気が走った。
 116番道路でのハイクとアクアの会話。たった今タクヤが口にしたのは、その内容とまるで同じだったのだ。
 ハイクは動揺を隠しきれない。それは流石のカインも、アクアも同じだった。

「どうして、それを……」

 震えた声で、ハイクは小さくそう零す。カインとアクアも、その横で驚きのあまり言葉が出ないでいた。
 目を細めてアクアを一瞥したタクヤが、再び口を開く。

「どうしてって……嫌でも聞こえるだろ? 目の前で、しかもあんなにも堂々と相談されちゃさ」
「嫌でも……聞こえる……?」

 オウム返ししたハイクは、信じられないとでも言いたげな面持ちで数歩後ずさりした。
 嫌でも聞こえる? それじゃまるで、ハイクとアクアの会話を横で聞いていたような言い方じゃないか。まるでポケモンの声が、タクヤにも聞こえていたかのような――。
 タクヤにも、聞こえていた――?

「あんた達は迂闊だった。……ポケモンと会話ができる能力。それを持っているのがハイクさんだけだって、そう思い込んでいた時点で負けていたんだよ」
「嘘……だろ……。それじゃあ、まさかお前も……!」

 途切れ途切れに、ハイクは言う。
 スライスを傍らに連れたタクヤが、おもむろに歩み寄ってきた。

「そう……。オレはあんたと同じ能力を持つ者……」

 ハイクの目前。数歩先の所で、タクヤは立ち止まる。タクヤの瞳に、ハイクの姿が反射されているのが見えた。

「……転生者だ」

 ハイクとタクヤ。ぶつかる二人の視線。
 ハイクを見据えるタクヤの瞳が、ボンヤリと金色に光ったように見えて、ハイクは恐れ慄いた。目の前にいる異質な少年が自分と同じ力を行使していると思うと、恐怖と興奮で体の震えが止まらなくなる。

 そんな彼らのやり取りを遠目で見物していた白ローブが、再び不気味な薄ら笑いを浮かべていた。

absolute ( 2014/08/09(土) 17:44 )