ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第3章:壊されたつながり
3‐7:キンセツシティ ―それぞれの思い―


「ポケモンのタマゴ……ですか?」

 それは、強い日差しが降り注ぐ夏のある日の事だった。

「そうじゃ。実は、この子には身寄りがいなくての。君が良ければ、預かって欲しいんじゃ」

 育て屋さんはそう言って、ハイクにポケモンのタマゴを渡してくる。人の顔ほどの大きさの卵で、白い殻には緑色の模様も見える。手に持つとずっしりと重く、「生命が宿っている」と強く感じさせられた。
 何のポケモンが生まれてくるのか。タマゴを見ただけでは分からない。けれども、生きている。このタマゴの中でも、生命は育まれているのだ。

「……俺なんかでいいんですか?」

 ハイクは不思議だった。どうして自分何かにタマゴを託すのか。自分はとりわけ有名なトレーナーでも、特別なトレーナーと言う訳でもない。どこにでもいる、至って普通のトレーナーだ。それでも育て屋さんは、ハイクにこのタマゴを預けたいと言った。

「ワシには何となくじゃが分かる。この子は、君と一緒なら伸び伸びと成長できる。君ならこの子を、立派に育て上げる事ができる。それだから、君に託すのじゃ」
「何となく、ですか……」

 ハイクはタマゴを長めながらも、自分を見つめ直す。育て屋さんが言っていた事は、あくまで直感だ。
 ハイクは育て屋さんとはそう長い付き合いではない。つい先日初めて会ったばかりなのだ。そんなハイクを、育て屋さんは信じてくれている。だからこそ、大切なタマゴを託そうとしてくれている。それなら、ハイクは――。

「……分かりました。俺に任せて下さいっ!」

 これは、忘れる事なんてできるはずのない、ハイクの中の記憶の一部――。



―――――



 太陽が沈み、辺りに夜の帳が落ちた頃。ハイク達は、キンセツシティに到着した。
 キンセツシティはホウエン地方の中でもカナズミシティに劣らず大きな街であり、多くの人々が生活する活気のある街である。カナズミシティのような大きな建物はないが、ゲームセンターなどと言った娯楽施設や、有名な自転車屋などと言った店も建てられており、とても賑やかな街だ。日が暮れたこの時間帯でも、その活気は失われていなかった。

 また、キンセツシティにもカナズミシティと同じように、リーグ公認のポケモンジムが存在する。基本的にポケモンジムは場所によって専門にするポケモンのタイプが変わってくるのだが、キンセツシティは電気タイプのポケモンを連れたトレーナー達が集まってくる。当然ジムリーダーも電気ポケモンの使い手であり、リーグ出場を目指すなら必ず立ち塞がる関門だろう。
 そんなキンセツジムのジムリーダー。その人物像は――。

「わっはははは! 相変わらず暗いのう! もっと元気を出すのじゃ!」

 豪快な笑い声を上げたのは、白い髭を口元いっぱいに生やした人物。どっしりとした体つきに、焦げ茶色と黄土色の上下の服装はジャージのようにも見える。その笑い顔はまるで老いを感じさせない程で、思わずそのペースに流されてしまいそうなくらいに明るく元気で健康的な男性だった。

「あはは……。お元気そうでなによりです。テッセンさん」

 ハイクはそんな元気に押されそうになりながらも、無垢な笑顔を浮かべ続けるその男性、テッセンにそう言った。
 何を隠そうこの人物こそ、ここキンセツジムのジムリーダーなのだ。テッセンはホウエン地方のジムリーダーの中ではやや高齢にあたる。しかし、その元気と健康さは間違いなく随一だろう。テッセン曰く、その元気の秘訣はとにかく笑う事らしい。その言葉に曇はなく、テッセンはどんな時でも笑顔を絶やすことはない。今日もまた、持ち前の元気と明るさでハイク達を迎えるテッセンなのであった。

「でも、ここは何ともないようで……良かったです」

 普段と変わらない、キンセツジムの光景。ハイクはそれを見て、シミジミとそう言った。
 因みに、テッセンはジムの中の仕掛けを考える事が趣味だと聞いた事がある。考えるだけでなく自分で仕掛けを作ったりもしているらしく、そのせいかジムの中も外観も一風変わった様相となっているのだ。
 何よりも印象に残るのは、屋根に設けられた大きなパラボラアンテナのような物。なんでも、かなり広い範囲での電波の送受信ができるとの事。どういった事に使用するのか、ハイクにはよく分からなかったが。

 キンセツシティに到着した後、ハイクとタクヤはすぐにポケモンジムを訪れた。今の所何の騒ぎも起きてはいないようだったが、一目でも状況を確認したかったのだ。どうやらローブ達の襲撃を受けるような事はなかったらしく、今は至って平穏だ。慌ててここまで来たのだが、どうやらその必要はなかったようだ。

「なぁに、心配はいらん! このテッセンがいる限りテロ組織なんぞにジムを好き勝手にはさせん!」
「おぉ! さすがテッセンさん! 頼もしいですよ!」

 完全にテッセンのペースに流されてたハイクだったが、それに対してタクヤは意気投合してしまっている。テッセンと共に笑顔を振り撒き、独自の空間を作り上げているかのようだ。

 そんなタクヤ達を横目に、ハイクは今この場にいない少女の事を思い出す。キンセツシティに着いた途端、レインは「疲れたから先にポケモンセンターに行っている」と言って、ハイク達と別れてしまったのだ。シダケタウンからまともに話していなかった為、ハイクは余計に気になっていた。

「(俺はいつまでこんな事を続けるんだ……。自分の気持ちをコントロールできなかった、俺が悪いのに……)」

 頭に思い浮かぶのは、そんな言葉ばかり。けれどもいくら自分で自分を責めた所で、レインの気持ちが変わる事はない。自分から動かなければならないのに、未だにそれを拒む自分がいる。
 そんなのは、嫌だった。これ以上、こんな距離感が続くのは辛かった。それなのに、どうして自分はこうなんだ。

「ハイクさん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いみたいですけど……」

 そんな風に考え込んでいると、心配してくれたのかタクヤが声をかけてきた。
 そうだ。タクヤにだって、迷惑をかけている。自分のせいで、皆の笑顔が失われてゆく。

 いつまでもこうしてはいられない。いつまでも迷っている暇なんてない。前に踏み出さなければ、先には進めない。分かっているはずなのに。立ち止まっている暇なんてないはずなのに。
 それなのに――。

「……いや、何でもないよ」

 無理矢理笑みを浮かべて、ハイクは誤魔化そうとした。自分でも分かるくらいに顔の筋肉は引きつっていて、本当の笑顔じゃない事なんてバレバレだ。
 ハイクの真意は、タクヤには筒抜けだった。ハイクが偽りの笑みを浮かべても、いつものように笑顔で返してくれない。不安で、心配そうなその表情を、全く崩そうとしなかった。

「ハイクさん……。そんなに無理しなくても……」
「む、無理……? 何の事を言ってるんだよ……」

 ハイクはタクヤから顔を背けた。
 表情が見えてしまっては、タクヤに余計に心配をかけてしまう。タクヤはこう見えて、意外と人の気持ちを察するのに長けていたのだ。表情の変化を読み取って、相手の気持ちをすぐに感じ取ってしまう。
 元々嘘とか誤魔化しが苦手なハイクは、気持ちがすぐに表情に現れてしまう。タクヤの前でいくら誤魔化そうとしても、無駄だった。

「さ、さて……。俺たちもそろそろポケモンセンターに行こう。育て屋で休憩したとは言え、さっきのバトルでポケモンたちも疲労してると思うし……。休まないと……」
「えっ……あの、ちょっとハイクさん……!」
「うん? もう行くのか?」

 必死に話題を逸らそうとして、ハイクは少しだけ口調が早くなってしまう。テッセンは相変わらずの反応だったが、タクヤは慌てて引き止めるような口調だった。
 ここで行けば、まるでタクヤから逃げるみたいだ。それでは何だか心苦しい。
 しかし、ハイクはもうここに留まってはいられなかった。これ以上、自分の気持ちを抑える事ができなかった。

「ごめんなさい、テッセンさん……。俺、そろそろ行きます」
「わっはは! 何も謝る事なんてないぞ? まぁ疲れているのなら、ゆっくり休むのじゃ!」
「……はい。それでは」

 それだけ言い残すと、ハイクは踵を返して立ち去った。それを見たタクヤも、慌ててハイクについて行く。

 ポケモンセンターに向かう。でも向かってどうする? 本当にレインに謝れるのか? 結局何もできないんじゃないか?
 頭の中に思い浮かぶのは、そんなネガティブな考え方ばかり。何度も払拭しようとしても、その度にどこからか溢れてくるのだ。
 謝らなきゃいけないって、分かっているはずなのに。自分の言葉が、またレインを傷つけてしまいそうな気がして、怖かった。想像するだけで、身を引いてしまっていた。
 結局、ハイクはポケモンセンターに着くまで、何も決められなかった。 



―――――



 レインは部屋のベッドの中で丸まっていた。俯せに寝転がって枕を両手で抱え込みつつも、それに顔をうずめてしまっている。そのまま殆んど動く気配はなく、ルクスが横に来てもまるで反応を見せなかった。
 眠っている――訳ではなさそうだ。その部屋の中は耳が痛くなるくらいの静けさで、より一層空気が張り詰めているように思える。ここにいるだけで息苦しくなりそうで、何となく居心地が悪かった。
 けれども、ルクスは何も言わずにレインに寄り添っている。無言のまま、レインが顔を上げるのを待っている。

 レインの気持ちは、ルクスにだって痛いほど分かる。ハイクの事について、責任を感じているのだろう。自分のせいで、ハイクはあんな風になってしまった。そう思い込んでいる。
 何もルクスはレインやハイクを責めるつもりはない。どっちが正しくてどっちか間違っているかなんて、ルクスには分からないのだ。けれどもせめて、レインの傍にいてあげたい。少しでもレインの力になれるのなら、それで良かった。

「……ねぇ、ルクス」

 不意に、レインは口を開いた。ピクリと耳を立てたルクスが、レインの顔を覗き込もうとする。相変わらず枕に顔をうずめたままで、表情までは読み取れなかった。

「私……どうすればいいのかな……?」

 レインはポツリとそう呟く。ルクスは心配そうに小さく鳴き声を上げた。

「ハイクが……ハイクじゃなくなってきてるような気がするの……。いつもと……違う……。あんなの……ハイクじゃない……」

 ぎゅっと、枕を抱えるレインの腕に力が入る。

「私のせい……だよね……。ハイクの気持ち……全然分かってなかった……」

 レインは自分を責めていた。
 心のどこかで、ハイクを理解していたつもりでいた。大切なポケモン達がいなくなった辛さを、分かっていたつもりだった。
 でも結局、ハイクの本当の気持ちなんて何も分かっていなかった。ハイクがどれほど苦しんでいたのか、全然分かっていなかった。全部思い上がりだった。

 見ているだけでも苦痛なレインの姿。ルクスは心が締め付けられるような思いを感じた。
 こう言う時はいつも、ルクスは明るく振舞って雰囲気を変えようとしていたはずだ。しかし、今回はどうも駄目だった。
 レインもハイクも悪くない。そう思うのは簡単だけれど、それでもいつものように励ます事ができなかった。
 こんなレインを見たのは初めてだったのだ。ここまで沈んでしまうものなのかと、想像もしていなかった。ルクスでさえも元気を失ってしまう程に、レインの心は疲弊していた。

「……ごめんね、ルクス。トレーナーの私がこんなで……」

 レインはもぞもぞと、埋めていた顔を上げる。
 ルクスと目が合った。目が合ってしまった。光を失って濁りきったレインの瞳が、ルクスの瞳に映る。見ていられずに、ルクスは思わず顔を背けてしまった。

 どうしてこんな事になったんだろう。誰のせいでこんな――?
 ――そうだ。悪いのは全部、あのローブ達じゃないか。あいつらのせいで、レインは傷つけられた。あいつらのせいで、レインとハイクの間に亀裂が入った。あいつらが――繋がりを壊した。
 そう。そうだった。全部、何もかも、あいつらのせいなんだ。
 あいつらが悪い。あいつらが悪い。あいつらが悪い。あいつらが悪い。あいつらが――。

 ルクスは下唇を噛み締める。それだけでは飽き足らず、ギュッとベッドのシーツを握る。
 心の奥底から、不可解な黒い感情が沸々と煮えたぎる。ルクスはそんな思いを感じていた。



―――――



 日が完全に沈んでから、だいぶ時間が経った。
 ハイクは結局、ポケモンセンターに着いてからもレインに会う事はなかった。すべき事は分かっているのに、どうしても一歩踏み出せない。そんな感じ。
 いつまで経っても怯えている。いつまで経っても恐れている。そんな事は時間の無駄だ。レインを大切に思っているなら、ちゃんと謝るべきじゃないのだろうか。でも――それができない。傷つけるのが怖いから、行動に移せない。
 チャンピオンと言えど、ハイクはまだまだ子供だった。

 現時刻は、そろそろ夜中の0時と言った所か。ハイクもレインも、既に寝静まっている時間帯だ。ポケモンセンター全体も静けさに包まれており、他の利用者も皆眠ってしまっている事が分かる。

 暗闇の中、ようやく目が慣れてきたのか辺りの様子がしっかりと確認できるほどになっていた。

『……本当にやっていいんだね?』

 ――愚問だな。何を今更。ずっとこの瞬間を狙っていたんじゃないか。

『いや……。ひょっとしたら、後悔してるんじゃないかって思ってさ』

 後悔――? 後悔なんかしていないさ。これがオレの役割なんだから。
 お前の方こそ、どうなんだ? 本当は、無理してオレについてきてるんじゃないのか?

『別に無理なんかしてないよ。アタシはただ……また昔みたいにアンタ達に笑ってほしいだけ……』

 昔みたいに――か。そうだな。全部終わったら、またあの頃に戻れる。アイツの目的が果たされれば、もっと多くの金が手に入るんだ。それまでの、辛抱だな。

『本当に……それであの子が助かるんだね?』

 あぁ――。金さえあれば、助けられる。だから金が必要なんだ。
 でもオレは――もうこうするしかない。アイツの命令に従うしかないんだ。でもそれであいつを助けられるのなら、オレは何だってするさ。そんな覚悟、とっくの昔にできてるんだ。

『……信じるよ、アンタを』

 ――頼む。やってくれ。

『……あぁ。いくよっ!』

absolute ( 2014/07/11(金) 18:12 )