ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜
第3章:壊されたつながり
3‐3:嘘


 ラプラスは雰囲気にそぐわず意外と強い。
 カインは彼女の事をそう評価していた。ハイクもカインからそう聞かされただけであり、実際にこうしてバトルさせて見るまで、正直その実力を計れずにいた。
 ドンファンに猛進を受けそうになり、迎撃するために相性の良いラプラス――アクアに頼んだのだが、力量をしっかりと把握しきれていなかったあの状況で少し賭けである要素もあった。実際、二匹のドンファンの“とっしん”を“れいとうビーム”一発で止めた所を見ると、カインの言う通りかなりの実力の持ち主であると実証された訳だが。

「今ので、止まった……?」
「いや、きっとすぐに動きだす。今の内に走りの抜けた方がいいな」

 “れいとうビーム”に足をとられ、ドンファンは上手く動き出せていないようだ。だが、あまり長くは足止めできないだろう。ここは一気に通り抜けた方がいい。

「アクア、ありがとう」

 一気に走り抜ける為にも、モンスターボールをアクアに向け、彼女を中に戻す。もう一度レインに確認した後、ハイク達は走りだした。
 こうして走っていると、昨日の101番道路を思い出す。意味も分からず多くのポケモンに襲われ、無意味なバトルを繰り返す。どうして自分達に襲いかかってくるのか、一体何が目的なのか。まるで分からない。分かるはずがない。なぜなら彼らも、自分自身を見失っているのだから。
 やはりドンファン達から何も感じられない。耳を傾けても何も聞こえない。ただ見えるのは、ドス黒い何かが、彼らの身体を覆っていて――。

「クソッ……」

 まるで好転しない事態に苛立ちを覚えるが、今は抑えるしかない。目の前で起きている事に集中しなければ。
 ルクスが言っていた事が正しければ、彼の感じた気配の持ち主はあのドンファンではないらしい。となると、敵は別にもいると言う事だ。一瞬も気は抜けない。

 ドンファンの横を何とか通り抜け、動き出す前に距離を取れた。このまま走れば、上手く撒ける。
 敵が別にいるならば、尚更だ。一気に駆け抜ける。

「レイン!」

 ハイクはレインの手を取った。彼女を先導し、走るスピードを上げる事にした。二人がバラバラになるのはかえって危険だ。敵の追撃が来るその前に、どうにか――。

「わわっ……ま、待ってよハイク!」

 突然ハイクに手を引っ張られ、困惑したレインが声を上げる。だが、ハイクの耳にはその声は届いてなかった。
 妙な胸騒ぎを感じる。このまま立ち止まってしまったら、大変な事になるような気がした。もっと、もっと遠くへ走らなければ。この程度では、駄目だ。

 とっくにドンファン達はまいていた。しかし、ハイクは止まらない。止まる事が、できなかった。

「ちょっとストップ! ストーっプ!」

 しかしレインの必死の呼びかけによって、ようやくハイクの足が止まった。我に返ったハイクの頬に、一筋の汗が流れ落ちる。急に走ったせいでかいた汗なのか、それとも別の原因によるものか。よく分からなかったが、ハイクは汗でグッショリだった。

「はぁ……はぁ……。何を……そんなに焦っているの……?」

 乱れた息を整えながらも、レインはハイクの顔を覗き込んだ。
 レインと同様に息を切らし、滴る汗を拭おうともしないハイクは引きつった表情をしていた。レインの問いにもすぐには答えられず、乱れた息を整えようとする。呼吸を整えている内に冷静になってゆき、やがて大きく息を吐き出した。

「……ゴメン。ちょっと、周りを見失ってた」

 そう言えば、自分はなぜこんなにも焦っているのだろう。ルクスの感じた気配はドンファンではなかったと聞き、思えばあの時から奇妙な胸騒ぎに襲われていた。
 心のどこかで、自分は怯えているのだろうか。何度も何度も、前に向き直してきたはずなのに。自分は、まだ揺らいでいるのか。――歯痒い。いつまでも、こんな事を感じている場合ではないのに。

「……俺は大丈夫。気にするな」

 いまだに心配そうな顔をするレインの前で、ハイクは笑みを作った。
 ぎこちない笑顔。心の底からの笑みではない。自分でも分かっていた。だからこそ、レインに対しては逆効果だった。

「全然大丈夫じゃないよ……。ハイク、無理して笑ってる」
「そ、そんな事は……」

 言っても無駄だった。レインはこういう時は、妙に鋭い。それに加えて、ハイクは嘘をつくのが下手である。いくら偽りで自分を覆い隠そうとも、レインの前では意味がなかった。
 そんなレインは、ハイクの気持ちを変えようと、かける言葉を選んでいた。レインはハイクが、気持ちを変えて欲しかったのだ。彼一人で、何でも抱え込む必要なんてどこにもない。たまには、自分にも相談してほしい。いつの間にかレインは、そう思うようになっていた。

 だが、その時。

『っ! また来るぞっ!』

 ルクスの上げた声を境に、状況は一変した。
 ハイク達が後ろを振り向くと、木々をなぎ倒し“とっしん”してくる一匹のドンファンの姿が。おそらくさっきのドンファンと同じ個体だろう。一匹だけだが、ハイク達を追いかけてきたらしい。再び最悪の状況へと、一歩近づいていた。

『ヤバイぞ! ここはオレが……!』
「待てルクス! お前じゃ……!」
『足止めくらいなら……なんとかなるっ!』

 ハイクの忠告も聞かず、ルクスはドンファン向けて“10まんボルト”を放った。一直戦に放たれたそれは、綺麗にドンファンに命中する。爆発音と共に、煙が舞い上がった。
 しかし煙の中からは、何事もなかったかのようにドンファンが飛び出してきた。“10まんボルト”を受けたのにも関わらず、傷一つ ついていない。そう、ドンファンに“10まんボルト”――でんきタイプの技は通用しない。地面タイプのポケモンには、電気タイプの技は効果がないのだ。

 ドンファンはじめんタイプであるので、無論“10まんボルト”は効果がない。足止めどころか進路をそらす事すらできていなかった。

『う、うわぁ! なんとかならなかったぁ!』

 どうやら過信し過ぎていたらしく、冗談抜きでルクスは狼狽していた。ダメージは与えられなくても、進路くらいなら変えられると思っていたのだが、まるで意味がなかった。ルクスはオロオロと慌て始め、追撃する事もままならない。
 だがそもそも、ルクスの使える攻撃技はすべてでんきタイプだ。どちらにせよ、技を打って追撃しようにも効果はなかっただろう。

「……っ! このままじゃ……」

 流石に再びポケモンを繰り出す時間はない。せめてカインをボールから出したままにしておいたら、と後悔するも今更遅い。ハイク達はもう、どうする事もできない。
 万策尽きたか――。

 ――しかしその次の瞬間、轟音と共にドンファンの“とっしん”が妨げられた。

「な、なにっ!?」

 何が起きたか分からぬままに、気がつくとドンファンは転倒していた。外部から何らかの攻撃が加えられ、そのまま激しく叩きつけられたようだ。これは明らかに、別のポケモンによるもの。

 攻撃を加えた等の本人は、倒れたドンファンのすぐそばにいた。
 やや機械的な姿をしているポケモンだった。全体的に体色は真っ赤であり、両腕には大きなハサミがついている。背中には羽が生えているが、基本的には二足歩行のポケモン。
 それは、はさみポケモンのハッサムだった。虫と鋼の複合タイプであり、そのタイプ通り身体は鋼のように頑丈で、ちょっとの事ではビクともしないらしい。確か、背中の羽は体温調整を行う為のもので、それを使って飛行する事はできないと聞いたことがある。意外と重量のあるその身体を、浮かべる事は難しいようだ。

「ハッサム……! 俺たちを助けてくれたのか……? でもどうして……」
「お〜い、大丈夫ですか〜?」

 考えていると、どこからかそんな声が聞こえてきた。子供――恐らく少年の声。
 目を凝らしてハッサムの後ろの方を見てみると、そこには手を振っている少年の姿があった。ハイク達と同い年くらいだろうか。やや長めの髪は黒色であり、顔つきは大人と子供の間と言ったところか。赤と黒が特徴的な上着を羽織っており、よく見ると両手には黒いグローブをつけている。落ち着いた雰囲気の少年だった。

「えっと……あなたがハッサムのトレーナー?」

 砂埃が舞う中ハイク達に歩み寄る少年に、レインがそう尋ねた。

「そうです。いや〜ほんとビックリしましたよ。こんな所にドンファンがいて、しかも人に襲いかかるなんてっ!」

 友好的な雰囲気で、少年は喋り始めた。
 ハイクはこの少年に一瞬だけ警戒心を抱いていたのだが、どうやら敵ではなさそうだ。むしろ感謝すべきだろう。追い込まれていたハイク達を、助けてくれたのだから。

「助けてくれて、ありがとう。え……と……」
「タクヤです。よろしくお願いします!」
「……俺はハイク。よろしくな、タクヤ」

 タクヤと名乗った少年は、笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。それに答えたハイクは、差し出された手を握り返す。素直で人の良さそうな、そんな印象をこの少年――タクヤから感じていた。



―――――



「……と言うわけで、私たちは旅を続けているの」
「へぇ……そうだったんですか」

 得意気にレインは説明を終え、それを聞いていたタクヤは感嘆の声を漏らしていた。

 ドンファンの攻撃からタクヤに助けられた後、ハイク達は彼にこれまでの経緯を説明した。ミシロタウンのレジロックの事や、カナズミシティでのローブ達との戦いの事。そして、Nの事。話してしまってもハイク達にもタクヤにも得に害はない事ばかりであるし、何よりタクヤが知りたがっていたのだ。大体の事は、噛み砕いて話した。
 と言うのも、タクヤもハイク達と同じく、ホウエン地方の異変の原因を探るべく旅をしているらしいのだ。他地方のポケモンの出現によりいち早く異変を察知したタクヤは、故郷である街を飛び出して来てしまったらしい。彼もまた、ポケモン達や人々を救いたいと、そう切実に願っていた。
 ちなみに、タクヤの歳は十五。ハイク達と同い年である。

「う〜ん……ローブを身に纏う謎の集団、ですか。その人達がホウエン地方の異変を引き起こしてるんですかね?」
「あぁ。多分間違いないと思う。でもあんな事をして、一体何を企んでいるのか……。その辺はさっぱりだけど……」
「それじゃ、さっき言っていたNと言う人。その人は、ローブ達と何か関係があるんでしょうか?」
「それについてはまるっきり何も分からない……。レインが101番道路で会ったのを最後に、Nは消息不明だし……」

 こうして話を整理してみると、まだまだ分からない事が多い。何よりも分からないのは、やはりNについてだろう。彼は果たして敵なのか、味方なのか。そもそもまだホウエン地方にいるのか。それすらも曖昧だった。

「タクヤはどうなんだ? 何か、有力な情報は持ってないか?」
「……すいません。実はオレ、殆んど何も知らなくて……。勢いだけで、飛び出してきちゃったようなもんなので……。そのローブの集団って言うのも、今ハイクさん達から初めて聞きましたし……。力には、なれそうにありません……」
「そう……なのか……。い、いやっ! 落ち込む事はないって! 俺たちだって、知らない事の方が多い。Nを見つければ何か分かるかもって言うのも、殆んど憶測だし……」

 俯きかけたタクヤを見て、ハイクは慌てて言い繕った。今さっき会ったばかりの少年に、変に気を使わせてしまっては後味が悪い。しかし、どちらかと言うと口下手気味のハイクが、上手くタクヤの気を変える事ができたのか――。

「いえ、大丈夫ですよハイクさん……。そうですよね。オレ達は、まだまだ知らない事が多すぎますよね……」

 一瞬、落ち込んだままに見えたタクヤだったが、突然バッと立ち上がる。彼の表情はいつの間にか闘士の篭ったものへと変化しており、どうやら気分を変えられたらしい。
 杞憂をしていたと気づいたハイクは、ホッと胸をなでおろした。

「こうなったら、オレはとことん協力しますよ! ハイクさん!」
「えっ……? 協力って……?」

 しかしホッとしたのも束の間、今度はタクヤの言葉に困惑する事となる。何を言っているのか分からないとモロに表情に出ているハイクを見て、タクヤは説明を加えた。

「オレもハイクさんの旅のお供をさせて下さい!」
「なっ……! 急に何を言って……」
「だってハイクさん、本来の自分の手持ちポケモンを失ったままなんですよね? と、言う事は本来の力を発揮できない……。つまり戦力の増強を真っ先に考えるべきではないんじゃないですか!?」
「ま、まぁ……。言われてみれば確かに……」

 妙に説得力のあるタクヤの言葉に、ハイクは不思議と納得してしまった。
 正直、戦力不足は実感していた。いや、カイン達やレインの手持ちポケモン達の力を信用していない訳ではない。ただ、これから更に熾烈になるであろう戦いの事を考えると、戦力はいくら増やしても足りないくらいである。タクヤと、あのハッサムが協力してくれると言うのなら心強い。

「え……と、ハイクさんの今の手持ちって……」
「……あぁ。そうだな。紹介するよ」

 ハイクは懐から三つのモンスターボールを取り出し、タクヤの目の前で中のポケモンを展開した。
 カイン、ヴォル、そしてアクアがそれぞれボールから飛び出し、上手く着地する。

「うわぁ……。これが今のハイクさんの手持ちなんですね!」
「うん。ジュカインのカインに、ヒノアラシのヴォル。そして……」
『……ハイク、ちょっといいですか?』

 ラプラスのアクア、と言おうとした時、そのアクアから声をかけられた。ハイクは何やら真剣な眼差しでアクアに見つめられ、反射的に口を止める。
 何かまずい事でも言ったのか、とハイクは口を閉じた。

『タクヤには……私が人質のフリをしていると黙っていてくれませんか? あくまで、私は正真正銘の人質、と言う事で……』
「え……? でも……!」

 アクアのその要求を聞き、ハイクは思わず声を上げそうになる。しかし、アクアの真っ直ぐな瞳を感じると、そんな思いも抑制されてしまう。
 彼女には何か考えがある。そう解釈したハイクは、黙ってアクアの話を聞く事にした。

『……分かってます。私はタクヤが信用できない、と言う訳ではありません。ただ、用心はすべきだと思うのです! ……いつどこで、誰が私達の会話を聞いているか分かりません。安易に漏らして、ローブ達にそれが伝わってしまったら、人質の意味がなくなってしまいます……。きっとローブ達に、ハイクは私を傷つける事なんてできないと、そう確信させてしまいます……!』

 アクアの言う事は正論だった。
 ローブ達の目的であるアクアを連れている時点で、既に奴らに監視されている可能性もある。他の人には聞こえないポケモン達の会話ならともかく、こうして堂々と真実を語ってしまったらかえって危険だ。それこそ作戦の意味がなくなる。

 タクヤがローブ達とつながっている――とは到底思えない。少なくとも、彼はハイク達の味方だ。だからこそ、作戦に隠された真実を語ってしまってタクヤまでも危険に晒す訳にはいかない。
 レインには話してしまっている為、タクヤにだけ嘘をつくのは気が引けるが――。仕方がない。それで少しでも誰かを危険に晒すのを減らす事ができるのならば。

 軽く頷いたハイクは、考えをまとめた。

「……? どうかしましたか、ハイクさん。急にボーっとして」
「……いや。何でもない。実は、このラプラスは……俺たちの仲間じゃないんだ」

 内心ドキドキしながらも、ハイクはタクヤに説明した。

「えっ……? どう言う事ですか?」
「こいつは人質だ。……まだ言ってなかったけど、ローブ達はどうやらこいつを狙っているらしい。だから、奴らと交渉する為にこいつを利用しようと思うんだ。こいつを傷つけられたくなかったら、捕らわれたポケモンを解放しろってな」

 ハイクの心臓の鼓動は最高潮にまで達していた。自分ではよく分からないが、もしかしたら顔も引きつっているかも知れない。嘘をついていると見抜かれていないか、少し心配だった。

「……それ、本気ですか?」
「あ……あぁ! い、いざとなったらこいつを始末して、奴らの計画を阻止してみせるさ!」

 ハイクの心臓は破裂しそうだった。こんな風に大胆な嘘をついたことはなかった為、余計に緊張してしまう。
 見抜かれたか、とハイクの不安もドンドン強くなる。
 しかしそれを聞いたタクヤはバッと顔を上げ、キラキラした目でハイクを見てきた。

「凄い! 凄すぎますよハイクさん! ホウエン地方を守る為に立ち上がったリーグのチャンピオンが、まさか目的を達成する為にそんな冷酷な事を考えるなんて……! そのギャップに痺れます!」

 どうやら間に受けてくれたらしい。正直、こんなあからさまなハイクを見て不審を抱くのではと思っていたのだが、どうやらタクヤはハイクの思っていた以上に素直で真っ直ぐな性格だったらしい。ハイクの嘘を、すぐに信じてくれた。
 しかしハイクとしては、心が痛い。嘘を信じ込ませてしまって、つい後ろめたい気持ちになってしまう。やはり彼は嘘が苦手である。

「いやーでもちょっとビックリしましたよ」

 ゴシゴシと頭を掻きながらも、笑顔のタクヤが口を開いた。

「お、俺がそんな風に考えているって思わなかったのか……?」
「へ……? あ、いやいや違います。その作戦の事じゃないですよ。さっき人質のラプラスを見て、何だか黙り込んでたじゃないですか〜。オレはてっきり……」

 その時、ハイクは何かを感じた。
 恐怖や不安。それに似ている気がする。急にゾクッと背筋に寒気が走り、目を見開いて思考が止まる。タクヤの瞳を見た、その瞬間に。

「……ラプラスと、何か隠し事の相談でもしてるのかなぁと思って」

 ビュウと、嫌な風が吹いた。
 タクヤの言葉を聞いた瞬間、ハイクの動きが完全に止まる。
 確かに、ハイクはポケモンの声が聞こえると、タクヤに話した。何か話しをしているのかと、疑われてもおかしくない。やはり疑われていたのだ。
 それにしても、ここまで的確に言われてしまうと、言葉を失ってしまっても無理はない。迂闊だった。ハイクの下手くそな嘘など、簡単に見抜かれて――。

「……なぁんて! あのハイクさんが、こんな時にオレなんかに嘘をつく訳ありませんよね〜。すいません、変な事言って」
「えっ、あ……う、うん。別に、大丈夫だよ」

 タクヤは突然さっきのような調子に戻り、自分の考えを笑い飛ばした。変な汗をかいていたハイクは、慌てて何度も頷く。
 ハイクは心の中で、胸をなで下ろした。慣れない嘘をついていたと言う事もあり、大袈裟なほど疑心暗鬼になってしまったようだ。タクヤは自分で納得してくれたようで、ハイクを疑っている様子は無かった。
 さっきのタクヤも妙な雰囲気――。それも恐らくハイクの思い込みだったのだろう。慣れない事をするのは、余計に緊張してしまうものである。

「ハイクぅ……?」

 しかし、別の問題ができた。

「ん? レイン? どうかしたのか?」
「ちょっと、一緒にこっち来て!」
「え……? ちょ、何だよ急に」

 ズカズカと近づいてきたレインが、ハイクの腕を引いた。いつにもなく強い力で引っ張られ、ハイクはされるがままになってしまう。タクヤやアクア達をおいて、ハイクは茂みの方へと連れていかれてしまった。

「お、おいレイン! どうしたんだよ?」

 どこまでも連れて行こうとするレインを見て、ハイクは彼女を呼び止めようとする。突然立ち止まったレインが急に振り向き、ガッとハイクの両肩を掴んだ。

「どうしたんだじゃないよ! 私は怒ってるんだよ!? 怒り爆発寸前だよ!?」

 レインはガクガクとハイクの肩を揺らし始めた。グラングランと頭が揺れ、頭の中がかき混ぜられて――気持ち悪くなってきた。
 どうやらレインは怒っているようである。

「どうしてアクアにあんな事言うの!? 仲間じゃないとか、始末するとか! 酷いよハイク! 私のぬいぐるみを囮にした事なんかよりも全然っ!」
「い、痛い痛い痛い! ちょ、ちょっとレイン! 取り敢えず揺さぶるのは止めてくれ!」

 ある意味迂闊だった。まさかレインがこんなにも間に受けるとは――。そう言えばレインの素直っぷりは群を抜いていた事を思いだした。あまりにも素直過ぎて、何でもすぐに信じてしまうのだ。その性格が災いして、昔も大変な事になった記憶が――。思い出すだけで胃が痛くなる。

 その後、文字通り怒り爆発寸前のレインを落ち着かせ、理由を説明し終えるまでに実に十五分も時間を費やしたのだった。

absolute ( 2014/04/29(火) 17:56 )