ポケットモンスター デスティニー 〜憎しみを砕く絆〜 - 第3章:壊されたつながり
3‐1:決意を新たに

 雨の日の翌日。カナズミシティは爽やかな晴天に恵まれていた。
 土砂降りの雨が降った為、周囲には水たまりも多い。その水たまりにも反射される空は、雲ひとつない良い天気だ。しかし、あのような事があった日のすぐ翌日では、このような青空の下でもすっきりとした気分になれない。それどころか、あまりにも突拍子もない事が起きすぎて、少し現実味を感じなくなってきていた。

「(昨日の奴……)」

 ハイクはボンヤリと海を眺めていた。
 カナズミシティに隣接する、115番道路。歩いてすぐに辿りつくそこは、海岸に沿った道路になっていた。白波が絶えず打ち付けるその海岸は、夏には海水浴スポットとして沢山の人が集まってくる。ハイクも昔来た事があったが、その際はかなりの盛り上がりを見せていた。
 もっとも、この季節では浜辺に訪れる人は誰もいない。夏の盛り上がりとは正反対に、少し寂しさを感じさせる程だった。

『……考え事か?』

 浜辺に腰掛けていたハイクに、声がかけられた。

「(ん……?)」 

 声を、かけられた? ハイクは少し妙に思った。
 ハイクは一人で海を眺めていたはずだ。それに少なくとも、この時間帯にここを訪れる人は殆んどいないはず。では、一体誰が?

 おもむろに振り返ったさきにいたのは、カインだった。

「え……? カイン? いつの間に……」

 ボールから出たんだと、そこまで言い切る前に、カインは口を開く。

『あんたがボーっとしている間だ。気づかなかったのか?』

 そう言われてみると、確かにそんな事があったような気がする――が、まさか本当に気づかなかったとは。あんまり深く考え事をし過ぎるのは避けようと、ハイクはしみじみ思った。

『……レインに何も言わずに出てきたようだが、良かったのか? 心配するかも知れないぞ』
「ん……まぁ、まだ寝てるだろうし……。それに、何かあったら電話してくると思う」

 まだ朝は早い。ハイクは極端に早起きだと言う訳ではないのだが、今日は妙に早く目が覚めてしまった。泊まった部屋は違うのでよく分からないが、レインはまだ寝ている時間だろう。
 昨日、ハイク達はポケモンセンターで一拍したいた。あれほどの事があったのだ。疲れが溜まっていた為か、レインは直ぐに眠ってしまったようだ。ハイクも疲れはしていたが、どうにも寝つきが悪かった。一昨日といい、最近あまりよく眠っていない気がする。

 静かな部屋でジッと目を瞑っていると、どうしても考えてしまうのだ。Nが、そしてあの紅ローブが、ハイクに対して言った言葉。

『昨日のローブが言っていた事……あまり鵜呑みにしない方がいい。所詮あんたを惑わす為の言葉だ。聞く義理はない』
「うん……。分かってる、けど……」

 ハイクの反応は悪い。何かを思いつめている、そんな表情だ。
 顔を見れば、何を思っているのか何となく分かる。典型的な、隠し事が苦手なタイプだろう。

『……怖いのか?』
「なっ……」

 単刀直入なカインの物言いに、ハイクはあからさまに反応した。急に何を言い出すんだと、そう言いたげな眼差しでハイクはカインを見つめる。
 あまりにも予想通りの反応で、カインは思わず苦笑した。

『図星か』
「そんな、こと……!」
『正確には迷っている、と言ったところか。結局自分は誰も救えなかったと思い込んで、罪悪感に駆られている。チャンピオンとしての自覚を、失いかけている。違うか?』

 ハイクは何も言えなかった。その沈黙が、すべてを肯定しているようだった。
 誰かの役に立ちたくて、居ても立ってもいられなくなって、ミシロタウンを飛び出した。それなのに、結果としてまだほとんど何も得られていない。Nの行方も、敵の目的も。
 そう、自身を無くしかけているのだ。自分の力を、過信していたのかも知れない。チャンピオンになって、いい気になっていたのかも知れない。だからこそ、痛感させられた。

『……頼まれたんだろう?』

 そんなハイクに、カインは声をかける。

「……え?」
『ローブ達に連れていかれたポケモン達を助けてくれ、と……。あの人間は、すがりつくようにあんたに願っていたぞ』

 昨日の少年を思い出す。雨の中、涙でぐちゃぐちゃになった顔を向けてハイクにすがりついていた少年。最後の希望を、ハイクに託した少年。
 思い出して、ハイクは気づく。まだ、自分のすべき事は沢山ある。自分を待っている人がいる。頼りにしてくれている人がいる。

『なら、迷っている暇はないな』
「あぁ……。そう、だったな」

 こんな所で立ち止まってはいられない。彼を信じ、彼を頼る人がいるならば、前に進むしかない。
 ここまで来たら、あとには引けない。ローブ達を倒し、連れていかれたポケモン達を助け出す。そして、上手くいけばそれがホウエン地方の異変を解明するのにも、繋がるかも知れない。
 研究所から消えたハイクのポケモン達もまた、もう一度 会えるかも知れない。

「さて、そろそろポケモンセンターに戻ろう。本当にレインが心配するといけないしな」

 カインと話して、少し気が楽になった。クヨクヨしている暇があるなら、何か行動を起こさなければ。
 砂を払いつつも立ち上がり、強張った身体をほぐすべく大きく伸びをした。息を吸い込むと、肺にヒンヤリとしたものが感じられる。早朝の海辺の空気は、思った以上に冷たかった。今更ながら、自分の身体が冷えていた事に気づかされる。

「さむっ……。カイン、はや……く……?」

 ポケモンセンターに戻るべくカインに声をかけようとしたハイクだったが、そのカインがジッと海を見つめている事に気がついた。
 何をしているのだろうと思いカインの表情を伺うが、ハイクのように考え事をしているわけではなさそうだ。何かを見ているのだろうか。彼の視線の示す先に誰かがいるような、そんな気がする。

『盗み聞きとは……あまり良い趣味とは言えないな』

 唐突にカインが口を開いた。視線の先は海。ただ波が押し寄せるそこに向かって、カインは声を発している。そこに誰か……ポケモンがいるのか。ハイクが尋ねる前に、カインは再び喋り始めた。

『そこにいるのは分かっている。もう出てきたらどうだ? ……ラプラス』

 ただ波が立っていただけの海面に、大きな揺ぎができた。バシャバシャと音を立てて、水と水がぶつかり合っている。カインの問いかけに呼応するかのように発生したそれは、明らかに自然現象ではなかった。何かが、そこにいる。

 ハイクが一瞬警戒心を強めたその時、海の中から一匹のポケモンが現れた。
 身体の大きさは、二メートルちょっとくらいだろうか。体色は首から腹部にかけてはクリーム色であるが、角がある頭部から背中は鮮やかな青。背中には灰色の殻を背負っており、脚は短く陸上では動きにくそうな体つき。
 それは、のりものポケモンのラプラスだった。少し小柄な個体だが、間違いない。
 その名のとおり、背中に人や他のポケモンを載せて海を渡る事もある、比較的温和で知能の高いポケモンだ。かなりポピュラーなポケモンであり、その名を知っている者も多いと聞く。だが、かなり珍しいポケモンであり、個体数もあまり多くない。その希少さゆえに、以前人間が乱獲してしまった事もあり、ただでさえ少なかった個体数がさらに減ってしまったらしい。現在はその数も増えてきているようだが、依然として珍しいポケモンだと言う事に変わりはなかった。

 しかしハイクがそのポケモンを見た瞬間、感激だとかそう言った感情は現れなかった。ハイクが真っ先に感じたのは、若干の不審。
 そう。ホウエン地方にてラプラスの生息は確認されていない。つまり、115番道路にラプラスが現れる事など、あり得ないのだ。しかし目の前にいるのは、紛れもなくラプラスだ。なぜこのポケモンが、こんな所に?

 考えられる可能性は、ローブ達と何かしら関係があると言う事。レジロックやウルガモス、そしてあのシェイミのように、突然襲いかかってくる可能性は――。

『……安心しろ。こいつは敵じゃない』

 色々と考えていたハイクだったが、カインのその一言により彼の考えは否定された。
 敵ではない。そんな保証はどこにあるんだとハイクは思ったが、彼も直ぐに納得する。この感じ、襲いかかってきたポケモンとは何かが違う。ラプラスの心を、はっきりと感じる事ができる。黒く塗りつぶされた心ではない。綺麗に、澄んだ心が。

『盗み聞きなんて、人聞きが悪いですね。そんなつもりは無かったのですが……』

 ラプラスが喋った。最早驚きもしないが、ハイクは内心ホッとした。こうして意思の疎通ができると言う事は、少なくとも何の理由もなく襲いかかってくると言う事はないはず。なぜこんな所にラプラスがいるかは分からないが、この際 今は気にしない事にする。ハイクにはいくつか聞きたい事があった。

「カインの……知り合い?」
『まぁ……な。以前にも会った事がある』

 そう言うカインは嘘をついているようには見えなかった。が、どこか反応が悪いのも感じられた。何かまずい事でも聞いてしまったのだろうか。カインの珍しい反応を前に、ハイクは少しトギマギする。

『それにしても、久しぶりですねジュカイン。……今はカインですか。元気そうで何よりです』
『そんな事はどうでもいい。何の用だ? あんたの事だから、俺達の今の状況を知った上でこうして現れたんだろう?』

 ハイクは全く会話についていけてなかった。何の話をしているのか、言葉は理解できてもその内容は上手く掴めない。今の自分達の状況を知っている、とは……?

『そう、ですね。話には聞いていましたが、本当に不思議な感覚です』

 視線をハイクに向けつつ、感慨深げにラプラスはそう言った。

『貴方の言葉も、私達の言葉も、お互いはっきりと伝え合う事ができる。私は人間の言葉を多少ならば理解できていましたが、こうもしっかり意思の疎通ができる事は……。こんな感覚初めてです』

 おっとりとした口調で話すラプラスは、これでも少し興奮しているようだった。生まれて始めての体験で、好奇心が刺激されたのだろうか。
 しかしハイクの心もまた、ラプラスの言葉によって動かされていた。

「待ってくれ……。話には聞いていた、とか言ったよな? 俺のこの力の事、何か知っているのか……!? 知ってたら、教えてくれ!」
『残念ながら……貴方が知っている情報以上の事は何も……。力にはなれません』
「そう、か……」

 何か大きな情報が得られるのではと思っていたハイクだったが、ラプラスの返答を聞き肩の力が抜けてしまった。何かハイクの知らない事を知ってそうな雰囲気であったが、流石にこの力については深くは知れなかったらしい。それにしても、ハイク達の事を知っていたといいどこからそんな情報を得たのだろうか。ポケモンにも情報網があるのだろうか。

『……ラプラスは情報屋だ』
「えっ……? 情報屋?」

 そんなハイクの疑問を察したのか、カインが説明を始める。

『こいつはあらゆる手段を使って、様々な情報を集めている。ポケモン達の情報だけでなく、時には人間に関する情報もな。まぁ自分で言ってたように、元々人間の言葉を理解できてたようだからな。さっきみたいに、こそこそと人間の会話を盗み聞きでもしているんだろう』
『ですから、盗み聞きではありません! 情報収集です!』
『……とにかく、集めた情報を他のポケモン達に与え、代わりに報酬を受け取っていると言う訳だ』
「そ、そうなのか……」

 正直、ハイクは色々な意味で驚いた。まさかポケモン達の中に情報屋などと言うものがあるとは……。と言うか、人間達に関する情報までも集められているとは、ちょっと怖い。そもそも、人間に関する情報など、どこから集めているのだろうか。

「報酬、って言うのは……?」
『主に木の実ですね。私は陸上で動くのはあまり得意ではないので……。木の実、特にモモンの実は好物なのですが、自力では取れなくて』
「なるほど……」

 それを聞き、ハイクは妙に納得していた。いや、情報屋があると聞いたので、てっきり通貨のような物もあるのかと……。流石にそれはなかったようだが。いや、これでは実質 木の実が通貨のような物なのかも……。

 そんなハイクのどうでもいい見解など露知らず、ラプラスは脱線した話の筋を戻した。

『さて、本題です。カインの言う通り、私は貴方達の状況は大方理解しています。突如としてホウエンに異変が訪れ、ヘタをすれば生態系そのものが崩壊してしまう状況です。しかしその裏には、人為的な強大な力が隠れている。常識では考えられない、大きな力が……。そして貴方達の目的は、その原因を究明すること。そうですね、ハイク?』

 大体当てはまっていたので、ハイクは静かに頷いた。相変わらずの情報収集能力に圧巻されながらも、ハイクはラプラスの話の続きを聞く。

『そんな貴方達に、一つお願いがあります』

 ハイクはゴクリと唾を飲み下した。ここまでの情報量を誇るラプラスが、ハイク達にどんなお願いがあると言うのだろうか。色々な事を見透かされているような気がして、何だか緊張する。気づかぬ内に、頬から汗が流れ落ちるくらいだ。それを拭うことすら忘れて、ハイクはラプラスのお願いを待つ。

 やがてラプラスが口を開いた。

『私も……貴方達の旅に同行させて下さい』
『な、なんだとっ!?』

 突然のラプラスの提案。旅に加わりたいと言われ予想外の提案に勿論ハイクは驚いたのだが、それ以上の反応を見せたカインの前では、それは些か薄く感じてくる。ハイクがラプラスに聞き返す前に、彼女とカインは会話を進める。

『あら、何か問題でも?』
『おおありだ! そもそも、俺達がしている事はどれほど危険か事なのか、あんたも分かっているんだろ!? それなのになぜわざわざ身を投じようとする!』
『心配いりません。あ、ひょっとして、まだあの事を気にしているんですか? フフッ……意外と可愛い所があるのですね』
『なっ……なにっ!?』

 ハイクは呆然としていた。まさかカインがここまで狼狽するとは……。一体何者なんだ、このラプラスは。
 どうやらラプラスとカインの間に何かあったようだが、カインがここまで動揺している所を見ると、何やら複雑な関係がありそうだ。カインの為にもあまり追求しない方がいいのかも知れないが、ハイクとしても聞いておきたいことがある。なぜラプラスは、ハイク達の旅に同行したがっているのか。一応尋ねなければなるまい。

「え……と。取り込み中悪いんだけど……。どうしてラプラスは俺達と一緒に行きたいんだ? カインの言う通り、危険と分かってるなら無理しなくてもいいと思うんだけど……」
『……そうですね。理由を話せば、カインも納得してくれるかも知れません』

 ラプラスの意味深な反応に、その場の雰囲気は一気に張り詰める。
 何か考えがあるのだろうか。今まで以上に真剣なラプラスの眼差しを見て、ハイクは気を入れ直す。

 ひと呼吸おいて、ラプラスは口を開いた。

『私を……人質にしてほしいんですっ!』

■筆者メッセージ
お久しぶりです。ようやく受験が終わり、晴れて大学生となる事ができたので連載を再開する事にします。
大変長らくお待たせして、申し訳ありませんでしたm(_ _)m
absolute ( 2014/04/06(日) 10:21 )