2‐1:小さな声
101番道路。
ミシロタウンとコトキタウンを繋ぐ自然が豊かなこの道の事を、人々はそう読んでいる。
そこは普段はかなりのどかな場所であり、ちょっとしたハイキングにも打って付けの道路だった。生息しているポケモンも比較的大人しいものが多い。林道のようになっているその道路から聞こえるのは、鳥ポケモン達のさえずりと穏やかな風で揺れる草花とのハーモニーがほとんどであった。
そう、静かだ。時折吹くそよ風が気持ちいい、豊かでのどかな道路。人々の中では、そう認識されているはずだった。しかし。
「ルクス、“10まんボルト”!」
ルクスの身体にバリバリと一瞬だけ雷が纏ったかと思うと、彼は溜め込まれた電気を一気に解放した。その雷は、一瞬にして標的のもとへと到達する。“10まんボルト”は迅速かつ的確に、標的であるそのポケモン、ムクホークを捉えていた。
一メートル以上の体長を持つ鳥型のポケモンで、強靭な肉体と印象的なトサカを持つ鋭い眼つきのポケモンだった。かなり獰猛らしく、自分よりも身体の大きなポケモンにさえも果敢に挑みかかるらしい。その見た目通り、タイプは飛行。それと同時に、ノーマルタイプも併せ持っている。
ノーマル、飛行タイプのポケモン。電気タイプの技である“10まんボルト”は、彼らにとってできれば頂きたくない攻撃、弱点であった。
タイプの利は完全にルクスが得ている。パワーでは敵わないものの、弱点であるタイプを突いてしまえば、撃退する事は難しくなかった。
“10まんボルト”を受け、身体が痺れてしまったのか少しの間痙攣したかの様に動きを止めていたムクホークは、煩わしそうに身震いした後どこかへ飛び去って行ってしまった。
「ふぅ。何とか追っ払ったね」
レインがホッと胸を撫で下ろした。
彼女達は、ムクホークを刺激などしていない。ただ歩いていただけなのだが、あのムクホークは突然襲いかかってきた。獰猛なポケモンと呼ばれているだけあって、こんなふうにいきなり襲いかかってくるのは珍しくない事なのだろう。だが、その感覚は普段からムクホークが生息する場所を移動している人々が持っているものだ。ハイク達には、いきなりムクホークに襲われたなどと言う経験はない。
そう、不可解なのだ。ここ101番道路には、本来ムクホークは生息していない。それどころか、これほどまで体長の大きいポケモンすらあまり見かけない。
いや、101番道路と言う狭い範囲だけではない。そもそもムクホークは、ホウエン地方に生息しているはずのないポケモンなのだ。ハイクは行った事はないが、ホウエン地方から遥か北。シンオウと呼ばれる地方が、ムクホークの主な生息地だったはず。そんなポケモンがなぜホウエン地方にいるのだろうか。
「一体、何が起きてるんだ……? 急にこんなポケモンと出くわすなんて……」
ハイクは物思いにふけてしまっていた。
今日一日だけで色々な事が起きすぎて、少し疑心暗鬼になってしまっている。先ほどから些細な事でも気になってしまっていたのだが、今回のムクホークについては特に見逃す訳にはいかない。
本来生息していないはずのポケモンの確認。他地方から訪れたトレーナーに捨てられてしまったポケモンだったと言う可能性もある。そんな事をするトレーナーは、残念ながら近年増加傾向にあると聞いた事があった。
だがそうでは無く、もしあのレジロック達と何らかの関係があるのだとしたら。事態は、ハイク達が思っていたものよりも深刻になってしまっているのかも知れない。
『ハイクは考え過ぎだって〜。オレは普段バトルできないムクホークと戦えて楽しかったけどね』
深く考え込んでいると、ポジティブなルクスがハイクに語りかけてきた。
レインと最も長く一緒にいるポケモンだけあって、ハイクに対してもかなり懐いている。元々人懐っこい性格だった為、誰に対してもすぐに慣れてしまうのだ。ハイクがポケモンと会話ができるようになってしまったと伝えられてもすんなりと受け入れてしまう程に、広い心を持つサンダースであった。
ちなみに、レインは基本的にルクスをモンスターボールに入れない。ほとんど連れ歩きの状態だ。ルクス自身も、ボールの中でジッとしているよりも外で身体を動かす方が好きなようなので、ボールに戻りたがる事は滅多にないのだが。
『……前向きなのはいい事だが、あまり気は抜くなよ。いつ、どんな敵に出くわすか分からないからな』
笑顔で話すルクスを、カインがたしなめた。
これまでトレーナーの力を借りず、たった一匹で日々を過ごしてきたカインにとって、このような状況では気を抜く事が苦手なのだろう。こんな風にいつでも気を抜かずに周囲に気配りしていて、疲れないのだろうか。ついそう思ってしまう。
『大丈夫大丈夫。オレはいつも全力でバトルしてるからな!』
しかしルクスはどこまでも前向きだ。カインとは対照的で、いつでも行き当たりばったりなのだろう。だが、何も考えずにすぐにその場の成り行きに身を任せられるなど、意外と簡単にできる事ではない。ルクスは実は大物なのではないのだろか、とハイクは陰ながら思った。
「う〜ん……。ホント何で急にムクホークが出てきたんだろうね?」
考え込むハイクを前にして、人差し指で頬を抑えつつもレインがそう言った。
思考を巡らせて原因を考えるのだけれども、これといった原因は思いつかないようだ。困ったように表情を強張らせ、「むむむ……」と唸っている。
「……あ! 突然変異したとか?」
「……いや、流石にそれはないと思うけど」
まるで豆電球が点灯したかのようにレインは何かを閃いたようだったが、彼女が放った妙な発想を前にしてハイクは肩の力が抜けてしまった。しかも冗談ではなく真面目に考えてその結論に至ったのだから、尚更だ。レインは一体何を考えているのだろうか。たまにハイクでも分からなかったりする。
『……どうやら、お喋りしている場合じゃないようだぞ』
そんなレインの妙な発想などよそに置き、カインの口調が鋭いものへと変化した。何事かと思い周囲を見渡してみると、そこはいつの間にか殺気に満ちていた。
ガザガサと草むらが揺れ、数匹のポケモンが出現する。いずれも中型から大型のポケモンばかりであった。
大きな犬のような姿をしたポケモンのムーランドや、二足歩行の熊のようなポケモン、リングマなど。無論、どれも本来101番道路には生息していないポケモンである。
彼らも先ほどのムクホーク同様、殺気立てた瞳でハイク達を睨みつけている。少なくとも、平和的な目的で彼らの前に現れた訳ではないようだ。
「えぇ!? ど、どうしてこんなに沢山……」
手に持ったジヘッドのぬいぐるみをギュッと抱え直し、レインは驚愕の声を上げる。
ムクホークだけでなく、これ程までの数の生息している訳のないポケモンが現れたのだ。たった一日で、ここまで生態が変化してしまう事などまずあり得ない。それに、流石にこの数になってくると、トレーナーに捨てられたポケモンだったと言う可能性は限りなくゼロに等しいだろう。一気にこんなにも沢山のポケモンが捨てられたとは考えにくい。
やはりハイクは思い違いなどしていなかった。
このホウエン地方で、何かが起きている。今ままで目の当たりにした事のない程の、大きな異変が。
『よーし、オレに任せろ! 一気に相手してやる!』
「……いや、ここは戦わずに逃げよう」
やる気満々なルクスであったが、ハイクは否定的な意見を出す。
『な、なんで!?』
「あの数を相手にするのは流石に無茶だ。後々のことを考えると、持久戦は避けたほうが無難だと思う。少し牽制を加えて突破口を開いてから、一気に駆け抜けよう」
ミシロタウンを出発してから、まだあまり進んではいない。コトキタウンに着く頃までに、あと何回野生のポケモンとのバトルになるか分からないのだ。多少の怪我なら傷薬などで対処出来るが、失った体力はそうはいかない。
疲労の蓄積と言うものは、バトルにおいても大きな影響を及ぼすのだ。一歩間違えば大怪我につながる。そう考えると、ここは温存しておくのが最良の選択だと考えたのだった。
だが、それだけではない。ハイクには気になる事があった。
「それに……」
『……それに?』
「……さっきのムクホークのそうだったけど、声が聞こえないんだ。俺のこの力がどんなものなのか、まだはっきりとは分からないけど、どうにかすれば何か聞こえるんじゃないのかって、そう思ってた。でも……ダメなんだ。なんて言うか、あいつらの心が真っ黒に塗りつぶされている感じで……。何も聞こえない……」
苦悩を露骨に表情に現し、ハイクはポケモン達を見つめていた。
ハイクのこの能力では、恐らくどのポケモンの声も聞き取る事ができるはずだ。少なくとも感情が存在している限りは。しかし、あのポケモン達は、ルクスやカインとは違う。耳を傾けても、声を聞き取る事ができないのだ。彼の言った通り、感じるのは真っ黒に塗りつぶされた心。まるで何かに囚われたかのように、自らの感情では動いていない感じがした。
そんな彼らと、無闇に戦いたくない。今は様子を伺いたい。それがハイクの本音だった。
『……分かった。俺はあんたに従うぞ、ハイク』
腕を組んでハイクの考えを聞いていたカインだったが、どうやら彼の意見には賛成のようだ。『俺が牽制をする』と言わんばかりに一歩踏み出し、いつでも動けるように攻撃態勢を取る。
「ありがとう、カイン。頼む!」
『任せておけ』
そのやり取りが終わった刹那、カインは“エナジーボール”を発射した。草むらから現れたポケモン達は、道路を塞ぐように並んで威嚇している。今にも襲いかかってきそうな剣幕の彼らにどいてもらうには、強引だが攻撃を加えるしかないようだ。
“エナジーボール”が炸裂すると、その勢いに巻き込まれたポケモン達は大きく仰け反ってしまう。拒否反応を起こしてしまったのか、“エナジーボール”の着弾点の近くにいたポケモン達も、煩わしそうにその場から離れた。
そこに突破口が形成される。
『俺が援護する。今の内に突破しろ』
「よし、行こうレイン!」
「う、うん!」
突破できるチャンスは、今しかない。ハイクとレインは駆け出した。その後ろに、カインとルクスも続く。
カインが開いてくれた突破口は、今のところ丁度人が二人通れる程の大きさだ。だが、すぐにポケモン達によって塞がれてしまうだろう。時間はあまり残されていない。一瞬でも躊躇したら、そこで終わりだ。
彼らは走る。突破口を潜り抜ける。
「(よし、これなら……)」
これなら大丈夫そうだ。ハイクはそう思っていた。
しかし、やはりそう上手くはいかない。ポケモン達を突破したかに思えた瞬間、ハイク達の動きに反応した一匹のムーランドが、飛びかかってきたのだ。雄叫びを上げて噛み付いてきたそのポケモンの標的は――。
「えっ! わ、私!?」
ハイクのすぐ後ろを走っていた、レインだった。意外にも早いスピードで、ムーランドは飛び掛ってくる。
咄嗟にムーランドの襲撃に気づいたレインであったが、だからと言って彼女にできる事はない。逃げるしかないのだ。
ところが、このままのスピードではレインはムーランドの攻撃を避けきる事ができない。ムーランドの襲撃に驚いたレインが、ほんの少しだけスピードを緩めてしまったのだ。それに加え、ぬいぐるみを抱えた今の状態では、少し走りにくそうだ。悪条件が揃い、非常に危険な状況にまで追い込まれてしまった。
「レイン!」
振り向いたハイクが、反射的に手を伸ばした。彼女の腕を掴み、グッと力強く引っ張る。
「きゃっ!」
ハイクに引っ張られた事により、レインは大きくつんのめった。その勢いの影響で、彼女は抱えていたジヘッドのぬいぐるみをポロリと落としてしまう。だがそれが功を奏し、ギリギリでムーランドの“かみつく”を回避できた。
標的であるレインを捉える事ができなかったムーランドだが、代わりに落としたぬいぐるみに噛み付いてしまう。そして本能なのか、ムーランドはそのぬいぐるみを振り回したり、引っ掻いたりして遊び始めてしまった。
これは好都合だ。ムーランドがぬいぐるみにじゃれている内に、逃げる事ができる。
「よし今だ! レイン、逃げ……」
「あ……あぁー!! わ、私……私のぬいぐるみぃぃい!!」
「…………」
唐突にレインが悲鳴じみた絶叫を上げ、ハイクは唖然とした。
折角買ったばかりのぬいぐるみを、自分の意思とは無関係に囮に使う事になってしまい、それが受け入れられないのだろう。彼女の気持ちは分からなくもないが、今は逃げる事が先決だ。
一瞬だけ唖然としてしまったハイクだが、再びレインの腕を引く。
「今はぬいぐるみを気にしている場合じゃないだろ! 逃げるぞ!」
「ちょ……待ってよ! ハイクー!!」
ジタバタと駄々をこねるレインを引きずり、ハイク達は逃げ出した。
―――――
「よし……。ここまで来れば大丈夫かな……?」
ポケモン達に襲われてから、数分。幾度かのカインの牽制もあって、何とか撒くことができたようだ。既ににコトキタウンは目の前だ。流石に町に入ってしまえば、安全だろう。いや、またレジロックのようにポケモンが町中に侵入してる可能性もあるのだが。
何度か周囲を確認してみたが、先ほどまでのような殺気はこれっぽっちも感じない。まるで何事もなかったかのように、妙な静けさが辺りを覆っていた。
一安心して息を整えたハイクが、今度はレインの様子を確認してみる。一度ムーランドに噛み付かれそうになったきり一度も危険な目に追い込まれてはいないと思うが、それでも心配になってしまう。
「レイン……?」
ハイクが視線を向けると、レインは座り込んで突っ伏していた。いよいよ本気で心配になったハイクが、慌ててレインに駆け寄る。耳を立ててみると、彼女から「うぅ……」とうめき声のようなものが聞こえてきた。
「レイン! どうした? どこか痛むとか……?」
ハイクの気づかぬ内に、怪我でもしてしまったのだろうか。肩を揺さぶりつつも、ハイクはレインの顔を覗き込む。彼に気づいたレインが、弱々しく口を開いた。
「ひどいよぉ……。ハイクぅ……」
「……へ?」
唐突に何の脈絡もない、身に覚えもない事を言われ、ハイクは困惑した。何度か省察してみたものの、やはり何の事を言っているのかさっぱり分からなかった。いや、最後によく考えてみると、まさかと思い当たる事が一つある。いや、まさかそんな事はないはず……。
「あのぬいぐるみぃ……ずっと欲しかったんだよぉ……?」
ズルっとハイクはすっ転びそうになった。まさかと思っていた事が、的中してしまった。これにはハイクも堪らない。
あのぬいぐるみが、そんなに大事な物だったとは。レインは今にも泣き出しそうな表情で、ポツリポツリと訴えてゆく。ある意味ハイクは危機感を感じていた。このままレインを泣かせてしまったら、色々と罪悪感が残ってしまいそうだった。
「海外で先行販売されてるって聞いてぇ……。上陸するのを楽しみに待ってたんだよぉ……。それなのに……それなのにぃ……」
「わわ……分かったから! ゴメン、俺が悪かった。今度 新しいぬいぐるみ買ってやるから、泣くなって!」
「……ホント!? ありがとうハイク! 約束だよ!」
パァとレインの表情が晴れ渡った。彼女のあまりにも激し過ぎるの感情の起伏を前にして、カインも呆れ気味だ。ハイクもため息が出そうになったが、咄嗟に口を塞いで我慢した。
レインのこの性格には、幼馴染だけあってもう慣れた。昔から、彼女は少し抜けている所があるのだ。そういえば、前にもぬいぐるみ絡みの事でこんな状況になった事を思い出した。あの時も、何とか彼女を泣かせずにすんだのだが……。
彼女がぬいぐるみに対して抱くものと言うのは、かなり大きなものなのだろう。ハイクは何だかデジャヴを感じていた。
レインのぬいぐるみ事件がひと段落し、ハイク達は旅路に戻る事にした。もうコトキタウンは目と鼻の先。ポケモン達から逃げる為に走った事もあって、思ったより早く到着できそうだ。
この異変に密接に関わってそうな人物、N。彼はコトキタウンにいるのだろうか。仮に居なかったにしても、何らかの情報は欲しいものだ。今 最も重要な事は、必要な情報を集める事だろう。何も分からないままでは、進みたくとも前に進めないのだ。
コトキタウンに着いたら、すぐに情報収集。
ハイクが今後の方針を決めた、まさにその時だ。
たすけ……て……。
ハイクの耳に、声が届いた。
弱々しく、今にも消えてしまいそうな、小さなロウソク火。ピュウとひと吹き風が通れば、簡単に消えてしまいそうな、か細い炎。例えるならば、そんな声だった。
ハイクはピクリと身体を震わせ、声の主を探すべく辺りを見渡す。
「どうかしたの?」
キョロキョロと何かを探しているような素振りをするハイクを見て、レインが尋ねる。相変わらず周囲への注意を怠らないようにしながらも、ハイクは口を開いた。
「今、声が……」
『たす……け、て……!』
「っ!」
今、はっきりと聞こえた。聞き間違えではない。これは声だ。
誰かが、助けを求めている。今にも消えてしまいそうな声で、必死に呼びかけているのだ。そう思うと、ハイクは黙っていられない。
「こっちだ!」
弾かれるように駆け出し、彼は近くの茂みに入ってしまった。それを見たカイン何も言わずに、ただハイクの後に続く。
「は、ハイク! どこ行くのぉ!?」
一人と一匹取り残されたレインとルクスだったが、意を決してハイクの後について行った。どう見たって道などではない茂みに、思い切って突入する。
茂みの中は、確実に人が通るような場所ではない。目の前に生い茂る木々や草々を押し退け、歩きにくい道を突き進む。
しばらく進むと、少し開けた空間に出た。幅十メートル程だろうか。こんな所にこんな場所があったなんて、始めて知った。そもそもこんな茂みに入る事などあまりない事なので、当然と言えば当然なのだろうが。
そんな小さな広場の中央付近。そこには一匹の小さなポケモンが、うずくまっていた。
一メートルも満たない身体。顔や腹部の体毛はクリーム色をしているが、頭から背中にかけては青い。その背中には赤い噴出口のようなものがあり、普段はそこから炎が吹き出るのだろう。かなり弱ってしまっている事が、ひと目で分かる。
ひねずみポケモン、ヒノアラシ。そのポケモンの、まだ幼い個体であった。
「大丈夫か!?」
ハイクはヒノアラシに駆け寄り、声をかけて身体を揺すってみる。まだ意識があるのかどうか、確かめる必要があった。
『う……ぅ……』
ハイクの声が届いたのか、微かだが反応があった。取り敢えずホッと一安心だが、油断はできない。
よく見ると、そのヒノアラシの身体には無数の傷が確認できた。衰弱の主な原因は、この怪我の影響なのだろうか。ポケモンドクターではないハイクにはよく分からないが、大方さっきのようなポケモンに襲われてしまったのだろう。まだバトル慣れしていないこのヒノアラシは、一方的にやられてしまったのだろうか。
「早くポケモンセンターに連れて行かないとっ!」
いずれにせよ、このままでは危ない。
ハイクはそう言うと、そのヒノアラシを抱きかかえた。
『……いいのか? ヒノアラシはホウエンでは見かけないポケモンだ。さっきの奴らみたいに、急に襲いかかってくるかも知れないぞ』
カインのその考えは、強ち間違っていない。ハイク達に襲いかかってきたポケモンは、決まってホウエン地方では生息していなポケモンだったのだ。この状況で、慎重になるに越した事はない。
しかしハイクは、このヒノアラシが凶暴であろうとなかろうと関係なかった。
「たとえそうだとしても、このまま放っておく訳にはいかない」
ハイクのその答えを聞いて、カインは微笑した。何となく予想できた答え。
しばらく彼の下から離れていたカインでも、気づかぬ内にその答えを期待してしまっていた。彼ならそう言うと信じていた。とんでもないお人好しと言われれば確かにそうなのだが、彼の優しさを前にすると誰でも破顔してしまう。清々しいくらいなのだ。それがハイクの良い所、不思議な魅力を持っているなとカインは思った。
「ひぃ、ふぅ……。やっと追いついたぁ……。って、どうしたの、その子?」
やっとの思いで茂みを抜けてきたレインだったが、ハイクが抱えている見慣れないポケモンを見て感じていた疲れも吹き飛んでしまう。ぐったりとしている様子で、一刻も早くポケモンセンターに連れて行った方が良さそうだ。いつまでも立ち止まっている場合ではない。
「後で話すよ。とにかく今は、急いでコトキタウンに向かわないと」
Nを探す為、そしてこのヒノアラシを助ける為にも、コトキタウンに向かわなければならない。
彼らは道路に戻る為、道なき道を戻り始めた。