嵐の次の日
……うーん。
水の音が聞こえる。地面がじゃりじゃりしてる。ってことは砂浜かなぁ。
……うーん。
体が驚くぐらい怠いなぁ。
頭を起こして周りを見る。透き通った、青い海。
向こうでは海は青くなんかなかったからなぁ。すごい、綺麗……。
あの空に浮かんでいるのは、太陽ってやつ? うわぁ……すごい……。
過去の世界って、すごいなぁ。
ところで。
どうして、翡翠な彼はいないんだろう。
どうして、私の手はこんな形で、こんな朱色になってるんだろう。
どうして、私の体はこんなに小さくて、朱色の毛が生えてるんだろう。
どうして、私に六本の尻尾が生えてるんだろう。
海面を覗き込んでみると、そこにに写っているのは、紛う事なきロコン。
あれぇ? これ、私?
☆☆
「んーっ」
軽ーく伸び。体の怠さはだいぶ取れてきた気がする。状況整理。
私は、無事に……かどうかは分からないけど、過去に来れたんだと思う。
でも、翡翠な彼とは離れ離れ。大丈夫かなぁ。
そして、一番大事で困るのが、今のこの状態。私、ロコンになっちゃってるみたい、です。
ううん。あまり人には見つかりたくないなぁ。
と思ってたら、ちょうど良さげな洞窟を発見。……あれ? ここ、秘密のダンジョン?
それなら少しは勝手が分かる。よーし、体を動かすのも兼ねて、行ってみよー!
と、思ってたんですが。
入ってみると、どうでしょう。水タイプや岩タイプのポケモンばっかり。
HAHAHA、その体では水タイプの技を受けても大丈夫じゃあないんだぜ、と隣に越してきたマイコー君なら言うであろう状態。
と、言う訳で、ちょーっと可哀想な事をする事にしました。パチパチ。
洞窟の外に出る。ちょうど良さげな木の棒を発見。尻尾に刺して、次を探しまーす。
なかなかの強度を持ってそうな木だから、打撲武器にはなるんじゃないかなぁって。無いよりはマシだろうし。
体当たりも考えたんだけど……ほら、痛そうじゃん? 他にもさ、カラナクシとかに全身で当たったら、なんか、こう……出てきちゃいけない液体とか出てきそうでさ。そう考えたら怖くなっちゃったんだよね。そんな液体が掛かるの。
……え? いやいや、出てくるのは別にいいよ?
ただ、そんな得体の知れないものが体に掛かると思うと……。って訳で、少しでもリーチを取って置きたいわけです。
さぁ、やってきました洞窟。ううん、薄暗い。人間って薄暗い所じゃないと落ち着かないよね。今の私人間じゃないし、そもそも未来には暗闇しかなかったけど。
さてさて、カブトの少しだけ露出している中身の部分とか、シェルダーの舌の部分とかをどんどん殴って、刺して進んでいきまーす。
ずぅっと奥に進んでいくと、案外簡単に奥地までたどり着きました。では、このあまり綺麗ではなさそうになってしまった木の棒とはさよならをするとして。
他の木の棒に向かって、神経を集中!
私もロコンになったんだから、火ぐらい出せるだろうと思った訳ですよ。
果たして――――おおっ! 出せた!
これで、明かりと遠距離攻撃と料理には困らないね!
と、言うことで、早速こちらに用意しました林檎を炙ってみたいと思いまーす。
少々時間をかけること五分。林檎からは香ばしい香りが! じょーずにやけましたー!
齧ぶりついてみると、ジュワッと流れる林檎果汁! ちょっと体に掛かってヒリヒリするけど、まあいいよね!
あー、なってみると意外と便利だねぇ! 人間の時より身体能力も上がってるっぽいし、これは得したかもねー。
「――――だぜ?」
「ああ……ん? 誰かいるな」
むむぅー?
後方より声がして、振り返ってみると……?
「……紫、二匹?」
「誰が紫だ!」
「そんなこと言ったら、お前は朱色だぞ!」
「うん、それでいいよ?」
『へっ?』
「えっ?」
何故か紫さん二匹……えっと、ズバットとドガース? さんに驚かれてしまった。……うん〜?
おや? その後ろからまた誰かが。今度は……?
「……茶色の、ふわふわ?」
「誰が茶色のふわふわですかっ!」
むむむっ。この子……イーブイちゃんもこの言われ方は嫌みたい。やめたほうがいいのかなぁ?
「お、弱虫くんじゃねぇか」
「ううっ……ぬ、盗んだものを返してくださいっ!
それはわたしの宝物なんですっ!」
「宝物ぉ? やっぱりこれはお宝なんだな」
「そうと分かれば、尚更返す訳にはいかなくなったな」
「ええぇー!? そんなっ!」
……成程、分からん。そもそも『個人の宝物=お宝』ではないと思うんだけどなぁ。
話の内容から察するに、イーブイちゃんからこの二匹が泥棒をしたってことかな?
向こうなら兎も角、この過去の世界で泥棒は駄目だよね。生きるためなら何でもする未来とは全く違うんだから。
ふふふ、そうなったら……。
「泥棒は駄目だよ?」
「あん?」
「へへッ、知ったことかよ」
「むぅ、悪いことだって分かってるのに辞めないのは、他の人にすっごく迷惑がかかっちゃうなぁ……」
これはぁ……お仕置き、確定かな?
「ええと、そこの……ロコンさん! この人達からわたしの宝物を奪い返すの、手伝ってください!」
「いいよぉ、誰かに迷惑をかけちゃ駄目って事、教えてあげないと。私個人なら兎も角」
「ケッ、そんな事が、出来るかな?」
「ヘヘッ」
薄ら笑いを浮かべる二匹は、素直にお仕置きを受ける気もないんだぁ……そっかぁ……。
アハハ、どんなお仕置きがいいかなぁ。そうだ、木の棒に火をつけて、それで叩くとかいいかも。早速やってみよっと。
「……ッ!? こいつ、あの棒で殴る気だぞ!」
「こ、恐ぇ!」
「なんて残忍なっ!?」
えー? 紫になら兎も角、イーブイちゃんからも非難を受けるなんて。心外だなぁ。
不満はあれど、口にはしないよ。だって、その棒を口に銜えるから。
後ろ足で強く地面を蹴って、ドガースの顔面に棒をドーン!
「ガアァァ! 熱い! 熱いぃ!」
「ヒィッ!? 大丈夫かっ!?」
「大丈夫じゃないと思うな。顔面に細長い火傷の跡がいくつも……社会的にも心配されるね」
「なんだよ! 迷惑かけるなとか言っておいて、お前も迷惑かけてるじゃねぇかっ!」
「……はっ?」
一瞬、この紫が何を言っているのかわからなかった。
私が迷惑をかけている?
「……誰に?」
「俺達にだよ! いきなり何なんだよ!」
「……ああ、あなた達に。安心して。あなた達が消えれば誰にも迷惑がかかってないことになるから」
「――――――――ッ!?」
では、早速。この横たわっているドガースに、止めを――――
「ま、待ってください!」
そこに入ってきたのは、ずっと見てるだけだったイーブイちゃん。どうしたのかな?
「あの、わたし、そこまでやらなくてもいいと思います!」
「何で? こういう迷惑な輩は、いない方が為になると思うけど」
「こ、殺しちゃったら、警察に捕まっちゃいます!」
「警察? ……ああ、平和を守るために日夜戦っている人達? うーん……あ、私なんかに手を割いてたら、警察の人に余計な手間をかけちゃうね。それはやだ」
うん、私って自分でも分かるぐらいにおかしな子だもんね。そんなのを相手にしてたら、時間と手間と迷惑がかかっちゃうよ。
「うん、ありがとう。よく考えずに始末しちゃうところだった」
「分かって頂けましたか……。
で、あなた達! わたしの宝物を返してください!」
あー、そう言えばそっちがイーブイちゃんにとっての本命だっけ。すっかり忘れてたや。
「こ、こんなもん! 最初からいらねぇんだよ!」
そう言って、ズバットは何かを投げ捨てて、ドガースを引きずって逃げていった。
うーん、でも、片方ぐらいなら殺っちゃっても良かったかもねぇ。私が始末するし。
「はぁ……よかったぁ。
あの、手伝ってくれて、ありがとうございました」
「いえいえ、どう致しましてー。
私も、私以外の誰かに迷惑がかかるところなんて見たくないしねー」
「……はぁ……?」(何て自己犠牲の精神が働いている人なんだろう。でも、どこかずれてる人みたい?)
うーん? なーんか失礼なことを考えられている気がするなぁ。
ま、いっか。私に対してなら。
☆☆
ゆっくり話したいことがあるというので、洞窟の外へ出てきましたー!
うーん、やっぱり人間は日光が必要な生物だよね。今の私人間じゃないし、そもそも未来に日光なんてなかったけど。古ーい書物に書いてあったんだよ。
ゆっくり歩きながらゆるーくお話ししまーす。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね。
わたしは【オパール=イーブイ】です。オパール、でお願いします」
「オパールちゃんだね。私は……えっと、あー……」
「……? どうされたんですか?」
むむむ、こっちで時の歯車を拝借する事は、時を司る金剛石なあのポケモンさん達も知ってるから、絶対に追ってくるよねぇ。となると、本当の名前は使わないほうがいいかなぁ?
私の名前は柘榴石、ガーネットだけど……。捩っただけだったらバレバレだろうし、丸々変えちゃったほうがいいかな。
んー……。もうこれでいいや。
「ううん。何でもない。
私の名前はザクロ。ま、好きに呼んでもらっていいよ」
「分かりました、ザクロさんですね。
ザクロさんは、この後、どこか行く宛は?」
「んー、ないかなぁ? いや、やりたい事はあるけど、急ぐことじゃないし」
少しぐらい、と言っても二年半ぐらいは余裕あるんだよね。そんなに早く行動を起こさなくてもいいかも。
「それなら、ザクロさんにお願いがあるんです。
わたしと……探検隊になってくだしゃぁッ!?」
転けた。見事なまでに転けた。あぁ、せっかく大事なところだったのに。
「大丈夫?」
「いたた……大丈夫です」
よかった。もしも大変な時は私が治療をしてあげようかと思ってたけど、大丈夫みたいだね。
「それで、なんだっけ?」
「はい、改めて言いますが、わたしと探検隊になって欲しいんです!」
「……探検隊? えーっと……」
探検隊ってなんだろう? うーん……。
「あー、本に載ってた気がする。不思議のダンジョンを攻略していく人達の事だよね」
「はい。わたし、その手の話が大好きでして……。
探検隊になるための修行のギルドがあるんですが、その……。そこが、ちょっと物々しい外見で、ちょっと怖くて……」
「付いてきてほしいってこと?」
「はい……情けないですが。
ああ、いえ! ザクロさんの実力も考えてです! 技量もあって、実力もあって、そんなに他人を思いやれるザクロさんなら、プロの探検家になれると思うんです!」
「うーん、そっかぁ……。
ね、一つ聞きたいんだけどさ」
「はい? なんでしょう」
「時の歯車って、知ってる?
知ってたら、そこから奪っちゃった人はどう思われると思う?」
オパールちゃんは頭上に疑問符を上げている。これは、時の歯車を知らないんだろうか。それとも、私がこんな質問をしたからかな?
「時の歯車を、ですか……?
奪ってしまったら、その一帯の時が止まってしまう訳ですから。そりゃあ、憎まれると思いますよ?
でも、いきなりどうして……?」
「……そっか。そうだよね。
ううん。なんとなくだから。犯罪者、は、どう思われるのかなーって」
自分で言った言葉を、自分で噛み締める。
犯罪者、か……。
ごめんなさい、皆さん。私、これからの未来の為に、今のこの平和な時間をぐちゃぐちゃにしちゃいます。怒られても仕方がない。憎まれても仕方がない。
ごめんなさい。ごめんなさい。
こんなにしんどいんだったら、私だけに任せて翡翠な彼にはお留守番しておいてもらえば良かった。
「うん。分かった。いいよ、私も探検隊になるためにオパールちゃんについていく」
「ホントですか!? やったぁ!」
……今は、この子と一緒にいよう。
探検隊になって、いろんな人を助けて、いろんな所に行って……。
純粋なこの子と一緒にいて、私の狂気は収まるでしょうか。
綺麗で美しいこの世界で、私は狂気に染まらずにいられるでしょうか。
誰かが幸せになって、私は、狂気に染まっていないでしょうか。
いや。
もう、あの世界を消す選択をした時点で、こんな事を実行した時点で、私が矛盾している時点で、私が存在している時点で、この世が存在している時点で――――
私は狂わずにはいられない。
ああ、どうして生物はいるのでしょう。
ああ、どうして心は存在しているのでしょう。
ああ、ああ、ああ、ああ、ああ……。
狂わずにはいられない。