ポケモンストーリーズ - 火の大陸編
小さな探究者
「あっれー、おっかしいなあ……」
 うーんと唸るライト。しかし悩んでいる割にはあまり深刻そうな顔ではない。
「あのー、ライト?」
 後ろを歩くウルがライトに声をかける。ライトが振り向くとウルは呆れ気味の表情をしていた。
「もう勘で道選ぶのやめにしない?」
「絶対大丈夫だって。オレいつもそれで村の周りの森を探検してたんだからさ」
「いやでもさすがに今の状況はまずいと思うけど……」
 ウルはため息を吐く。そう、今彼らはなかなかに危機的な状況に陥っていた。
 事の発端はライトだった。ふもとの集落を越えると大きな街道があるとゲンジは言ったが、まず彼らにはふもとまで下りるという行程があった。なのでまずはその集落とやらを目指して進んでいたのだが、ライトが突然こっちだあっちだと自分の勘を頼りに勝手に進み始めたのだ。それからというもの、ずっとこの調子でライトが先陣を切ってその勘とやらを頼りに進んでいるのだが、一向に森から抜け出せないでいた。
「でもさ、やっぱこういうの楽しいよね! なんか冒険してるって感じ!」
 ライトのお気楽な言葉にウルはまたため息を吐く。
 正直、ウルはライトを連れてきてよかったのかと考え始めていた。ライトは今まで村の外に出たことがなかった。旅というものを何も知らないのだ。そんな彼を連れながら旅をすることなどウルには自信がない。
 そうやってひとりで考え事をしていたせいか、前で止まっていたライトにウルは気付かなかった。ウルはそのままライトとぶつかる。
「おっと、どうしたのライト?」
「ウル、なんか音しない?」
 ライトの指摘でウルは耳を澄ませる。もともとウルは視覚だけに頼らないように、耳で物の動きを捉える訓練を父親としていた。なので、ライトが聞いたという音の正体にすぐ気付くことができた。
「川だ。水の流れる音がするね」
「ちょっと休憩がてら行ってみようよ」
「うん」
 二匹は森の草木をかき分けて前へ進む。
 川は簡単に見つかった。川幅は狭く、透き通った水が穏やかに流れていた。その水が木々の木漏れ日を反射してきらめいていた。川の両端はごつごつとした岩が複数あり、座るのにちょうどよかった。
 ウルはほっとした。川沿いを下っていけばこの川を水源としている集落を見つけられるかもしれない。またそうでなくともいつかは海の方に出られるだろう。森から出る道筋が立ったのだ。
「ウルー! ごはんにしようよ!」
 しかしライトはそんなことをウルが考えているとは知ってか知らずか、またお気楽にも岩の上に座ってカバンの中からごはんを取り出そうとしていた。さすがにウルは苦笑いを抑えられなかった。
「いっただっきまーす!」
 ライトはふもとの集落で買ったオレンのみにかぶりつく。
「ゲンジさんから貰ったお金、大事にしないとね」
 ウルがお金の入った巾着袋を見る。まだ安心できるぐらいの額は残っているが、いつ何が起こるかわからない。多く持っているに越したことはないということは、これまでの旅でウルが学んだことだった。
「あんまり贅沢できないってことだよね。気をつけなきゃ」
「でもすぐになくなることはないと思うよ。食料も必要な分だけ買って、宿屋も極力安いところに泊まる。それさえ徹底してれば少なくともレッカタウンに着くまではもつと思うよ。まあレッカタウンがどこにあるのか知らないんだけど」
 ウルも巾着袋を自分のカバンに直してモモンのみを口に運ぶ。
「やっぱウルについてきてよかったよ。村の周り以外の景色って見るだけで楽しいからさ」
「本当に村の外に出たことなかったんだ」
「うん。じっちゃんももう歳だったからふもとに下りる用事もなかったから。だからって店のおばちゃんたちの仕入れについて行っても迷惑だったしさ」
「そうなんだ」
 ウルは初めて生まれた家からポケモンたちの住む街に着いた時のことを思い出す。自分も今のライトと同じような感覚だった。初めて見る景色に初めて見るポケモンたち。特にウルは生まれてから父親以外のポケモンと会ったことがなかったため、余計にそれらが新鮮に映った。
「でもウルってずっとひとりで旅してたんだよね? 寂しくなかったの?」
「それは、まあ、もちろんそういうときもあったけど、でもそんなこと言ってられなかったから。たぶんいつでも帰ることはできたと思う。だけどそれだと父さんに会えないと思ったんだ。立ち止まってるとずっと父さんに突き放されたままだって」
 ウルはうつむく。川面に自分の顔が映る。その表情はとても情けなく、自分でも水面を殴りつけてしまいたいぐらいだった。
 すると、突然ライトが立ち上がった。
「だったらのんびりしてらんないよね」
「えっ?」
「早いとこ出発して、ウルのお父さんに追いつこうよ。こんなところでしょげてる場合じゃないって」
 ライトがにっこりと笑顔を向ける。それにつられてウルの表情も明るくなる。胸の中のもやもやがどうでもよく感じられた。
「そうだね。さっさとこんなところから出て『レッカタウン』に行かないと」




「もうそれなりに歩いたけど……」
 ウルが天を仰ぐ。太陽はすでに真上を通り過ぎていた。このままでは夜になる前に森を抜けられない。
「野宿かあ、わくわくはするけどそう何回もやるのはやだなあ……」
 珍しくライトが弱音を吐く。すでに一、二回ほど昼間に村や街にたどり着けなくて野宿をしているのだが、ライトには夜交代で見張りをしてぐっすり眠れないということが相当堪えているらしい。
「そういえば初めて野宿したときはびっくりしたね。ライトがあんなに弱ってるとこ見たことないや」
 ウルの脳裏に数日前に野宿をした後のライトの様子が思い浮かんでいた。次の日ライトの体調は明らかに悪く、体を流れる電気エネルギーを制御しきれずに垂れ流しにした結果、ライトの全身の毛が一日中逆立っていた。血色の悪そうなライトの顔とのダブルパンチで、ウルはその日はライトの顔を直視できなかった。主に笑いを我慢できないという理由で。
「ほんとこっちの身にもなってよ。ずっと笑ってばっかだったし」
「ゴメンゴメン、でもめちゃくちゃ面白かったんだもん……」
 ウルは我慢しきれずに噴き出す。するとウルの笑いが止まらなくなった。体全体が痙攣するかのように体を揺らしながらウルは笑う。
「ちょっと失礼じゃない?」
「お、思い出したら、ぷふっ!」
「だあもうそんなに笑うんなら勝手に笑ってろ!」
 ライトの顔が赤くなる。そしてぷいっとそっぽを向く。
 しかしそうやって意識が別の方向に向いたからか、ライトの耳が何かの音を捉えた。
「話……ちが……」
 それは声だった。しかも一つではなかった。
「だって……だれも……」
 最初に聞いた声は甲高く、まだ幼さの残る声だった。対して次に聞こえた声はそれなりに歳を重ねているのか低かった。
「ねえウル」
 ライトはウルに声をかける。しかしウルはまだしつこくひとりで笑っていた。
「ウル……」
「あ、ご、ゴメン、ライト……」
 さすがに悪いと思ったのか申し訳ないという顔でうつむく。
「声が聞こえた」
「声?」
「うん、なんか言い争ってる感じがしたけど」
 ライトが木々に顔を向けると、ウルもその方向を向く。
「あっちから?」
 ウルが尋ねるとライトは顔を縦に振る。
「どうする? 行ってみる?」
 ライトが提案する。ウルは腕を組んで少し考える。
「もしかしたらこの辺りに住んでるポケモンかも。そろそろ宿を見つけたほうがいいと思うし行ってみよう」
 ライトとウルは川沿いを外れ、木々や草をかき分けて進んでいく。
 二匹の会話、というより口論の声はライトとウルが歩くたびに大きくなっていく。やはり歩いている方向の先に話し込んでいる者たちがいるのだろう。
「とにかく、俺はゴメンだからな! 金はここに置いていく!」
「ちょっと、待って!」
 どうやら歳のいった方がその場を去ったようだった。幼い方の声の感じからして制止も聞かずに行ってしまったのだろう。
 ライトとウルがその口論の現場についたのはちょうどその時だった。そこにはポケモンが一匹、途方に暮れていた。
 はっぱポケモン『チコリータ』。何よりも目を引くのは頭の上についた大きな葉で体の大きさとそれほど変わらない。体色は薄い黄緑色で、足が根にも見えてまるで引っこ抜かれた野菜が歩いているような錯覚をしてしまいそうだ。
「どうしよう、これから……」
 チコリータは背後を振り返る。そこにはチコリータの何倍も大きな空洞が崖の絶壁に開いていた。
「この声だよ。さっきから聞こえてたのは」
「うん。ボクも聞いてたから間違いないよ。なんか困ってるみたいだけど……」
 もう少し様子を見ようと、今隠れている木の背後から少しだけ顔を出そうとするライト。しかしその時に少しだけバランスを崩し、ライトは咄嗟に足を出して体勢を立て直す。すると地面の落ち葉を踏んでしまい、思いのほか大きな音が鳴ってしまった。
「誰!?」
 チコリータはライトとウルの隠れている場所を向く。すぐにライトは顔を引っ込める。
「誰なの? いるのはわかっているのよ?」
 しかしチコリータに存在を気付かれた。チコリータの声音からは警戒が感じられた。このまま出ていかなければ隠れている木ごと攻撃してくるかもしれなかった。
「ど、どうするウル?」
 ライトが低く抑えた声で尋ねる。
「とりあえず、手を上げてゆっくり出ていこう。こっちに何もする気がないことを伝えないと」
 ウルがそう言った後、二匹は頷き合い手を上げる。しかし二匹はいつでも素早く動けるように意識していた。こちらに敵意がなくとも、向こうがどうするかはわからない。こちらが出て行った瞬間に攻撃されるかもしれないからだ。
 だが、向こうもすぐに手が出るタイプではなかったようだった。二匹がゆっくりと、木々の枝の落とす影から日の当たる明るい場所に出てくるまで攻撃することはなかった。
「あ、えっ……」
 チコリータは木陰から出てきた二匹に驚いているようだった。
「ぼ、ボクら、別にキミに攻撃したりするつもりはないから、安心してよ」
 ウルがチコリータに声をかける。ウルはなるべく優しい声で話そうとしていたが、緊張を隠し切れずところどころ声が上ずっていた。
「ご、ごめんなさい。いきなり音が聞こえたからついびっくりしちゃって……」
 チコリータは顔を赤らめて申し訳なさそうにうつむく。これでチコリータが警戒を解いたことがわかり、ライトとウルは手を下ろす。
「一応自己紹介しておいた方がいいかな。ボクはウル」
「オレはライト。オレたち旅してるんだ」
 二匹が自己紹介をすると、チコリータも顔を上げる。
「わたしはリーフ。わたしも旅してるの」
「もしかしてひとりで?」
 ライトが驚いて聞き返す。
「ええ」
「でもなんで?」
「わたし、学者を目指してて、それで調査ってことで世界中の遺跡を巡っているの」
「遺跡?」
 遺跡、という言葉にライトが食いついた。
「うん、ここにも遺跡があるのよ。あそこの穴がそれの入口」
 リーフが顔を入口の方に向ける。それに続いてライトとウルもそれを見る。先ほどは木陰に隠れていたせいでよく見えなかったが、入口の左右には古めかしい装飾が施された石柱が立っていた。
「もしかしてさっきもめてたのってここのことで?」
 ウルが聞くとリーフは眉間にしわを寄せて困った表情を浮かべる。
「そうよ。本当はガイドと一緒に入るはずだったんだけど、ここに来ると途端にビビっちゃって。お金を置いて帰っちゃったの」
 ウルがリーフの足元を見ると、硬貨やお札が散らばっていた。そのガイドを断ったポケモンが帰るときにお金を地面に投げつけたせいなのだろう。リーフは首元からつるを出して器用にそれらを拾い集める。
 すると、ウルはライトがずっと遺跡の入口を見ていることに気付いた。
「どうしたのライト?」
 ウルが声をかけるとライトはウルの方を向いた。その目は好奇心に駆られて輝いていた。
「ねえウル、リーフのこと手伝ってあげようよ!」
「えっ!?」
 突然のことでウルから変な声が出てしまった。
「な、なんで?」
「だってリーフ困ってるんでしょ? せっかくこんなところで会ったんだから助けてあげないと。それにオレ、遺跡とか興味あるんだよね!」
 話が妙な方向になってきたと感じるウル。リーフもそう感じていたようで、驚きを隠せないようだった。
「それでどうかなリーフ、オレたちがガイドってことで」
「どうかなって言われても、この遺跡には危険な罠がいっぱいあるかもしれないのよ?」
「オレたちなら大丈夫だよ。なんとかなるって!」
 ウルに同意を求めることなくライトは断言する。その様子に呆れるウル。だがウルの頭にあるアイデアが閃いた。
 これはチャンスだとウルは思う。何がチャンスかといえば金だ。リーフはガイド料を返されている。つまりガイドに払う金はあるということだ。かつて旅を始めてすぐのころ、子供だからといって大人にお金をだまし取られて無一文になったことがあり、ウルはそれ以来金にうるさくなっていた。常に懐具合を気にし、お金を稼ぐために街で仕事をした際にも、お金を出し渋る雇い主に遠慮をすることは一切なかった。しびれを切らして用心棒を呼ばれ、その用心棒を雇い主ごと叩きのめしたこともある。全ては旅を続けるため。何も知らない子供だったウルが今日まで旅してこられたのはひとえにウルの金への執着があったからということもあった。
 だからこそ、ウルはリーフに対しても同じように行くつもりだった。
「わかった。ガイド、というかキミについて遺跡に入るのはいいよ。でも、ボクらだって命をかけるんだ。ガイド料をもらってもいいと思うけど」
 ウルの声が真剣味を帯びて、リーフも表情を強張らせた。だがこういうやり取りは慣れているのか、リーフはそれ以上顔色を変えることもせずにウルの話に応じる。
「いいわよ。ちゃんとあなたたちにお金は出す。さっき帰っていったガイドと同じ分でいい?」
「うん、それでいいよ」
 これで交渉成立だ。よしとウルは心の中でガッツポーズする。
 が、
「何言ってんだよ。お金なんていらないよ」
 ライトの声でウルは思わず「は?」と声が出てしまった。
「オレ、遺跡に入れるってだけで十分だよ。お金は別に……」
 ライトが言い終わらないうちにウルは彼を無理矢理リーフから引き離す。
「ちょ、何すんだよウル!」
 ライトが抗議するがウルは無視して、リーフに聞こえないように抑えた声で
「そっちこそどういうつもりだよ! せっかくお金が入るかもしれないチャンスなのに!」
「でも困った時はお互い様ってじっちゃんに言われてるんだ。お金なんて取ってる場合じゃないよ」
 そう言うとライトはウルを置いて再びリーフの元に戻る。
「大丈夫、お金はいらないから。もしウルがなんか言ってきても気にしなくていいよ」
「え、ええ……」
 リーフは戸惑っていたようだが、ライトの言葉に裏がなさそうなことを察すると表情を緩めた。
「じゃあ遺跡の中にレッツゴー!」
 なぜかライトが先陣を切って遺跡の入口へ向かう。
「おーいウルー、何してんのー? 早く行こうよー!」
 呆けて立っていたウルにライトが声をかける。
「あ、うん……」
 ウルは肩を落として大きくため息を吐いた。
 
 
 
 遺跡の中ではリーフが先頭、次にライト、そして最後にウルという順番で歩いていた。
「なんか気味悪いなあ……」
 最後尾を歩くウルが周囲を見回して呟く。
 最初の二本の柱を越えた入口の先には下へ向かう階段があり、彼らはそれを少し下った後、延々と続く廊下を歩き続けていた。すでに外の光はほとんど入っておらず、彼らは暗順応した目だけを頼りに前へ進んでいた。
「ちなみに、ここってどんな遺跡なの?」
 ライトが前を歩くリーフに尋ねる。とは言っても、ライトにはリーフの姿はほとんど見えていないのだが。
「ここは今から五〇〇年前に建てられたものなの」
「五〇〇年前か……」
 ウルが意味ありげな呟きにライトが反応する。
「うん? 五〇〇年前がどうしたの?」
「いや、ボクも父さんから聞いただけなんだけどね。五〇〇年前は今よりもっと文明が進んでて、今では考えられない技術で作られた物がいっぱいあったみたいなんだ。ボクも実際に遺跡とか見たことなかったから詳しくは知らないんだけど」
 するとリーフもウルの話を補足するために割り込んでくる。
「昔は王国っていうものがあって、そこの一番上の王様のポケモンが世界中を支配してたらしいわ。でも何かの原因で国の中で混乱があってそれで滅んだっていうのが今の学者たちの間での通説なの。その混乱っていうのが、『四の勇士の伝説』に出てくる『闇の軍勢』の出現だったっていう学者もいるわ」
「えっ、でもあれっておとぎ話じゃないの?」
 ライトが驚いて尋ねる。
「あくまで一部の学者が言っているだけよ。本当に『闇の軍勢』なんていう化け物が出たかはわからないけど、それに例えられるような出来事はあった可能性があるってことね」
「へえ、そうなんだ」
 よく知ってるなあ、とライトは感心する。
「当たり前よ。わたし考古学者目指してるんだもん。これぐらい学者だったら常識よ」
「それでこの遺跡の調査に来たってわけ? でも子供だけで来るのって危なくない? まあ僕らも子供なんだけど」
 ウルが尋ねるとリーフが苦笑する。ただその姿は彼らには見えていないのだが。
「まだ目指してるってだけだから。家にご先祖様が残した手記にここのことが書いてあってそれで飛んできたってわけ」
「手記?」
「うん。その手記を書いたの、ブラットっていうらしいんだけど、ここの遺跡建設の責任者だったみたいなの」
「え、ここの遺跡リーフのご先祖様が作ったの!?」
 ライトが驚いて大声を上げる。ライトの声が暗い廊下に反響する。
「そうよ。だったらわたしの学者としての初めての手柄にはピッタリでしょ? ここの奥には何かが隠されているらしいの。たぶん五〇〇年前の技術で作られた物よ。見つけたら大手柄だわ」
 あくまでリーフは落ち着きを保っていたが、その声音から興奮を抑えるのに必死ということがライトとウルにも伝わってきた。
「五〇〇年前の物か、楽しみだねウル!」
「うん、こういうの全然わかんないけど一回は見てみたいかも」
 ライトの言葉にウルは頷く。先ほどは金勘定で動いていたウルだが、今はライトやリーフと同じように純粋な好奇心で遺跡を進んでいた。
「あれ?」
 するとリーフが突然立ち止まった。ライトとウルもそれに伴ってリーフの隣で足を止める。暗い場所に慣れた目でなんとかお互いの姿を確認できる距離に彼らはいた。
「どうしたの?」
 ライトがリーフの方を見て尋ねる。
「この先、行き止まりみたい」
「ホント?」
 ライトが試しに手を伸ばしてみる。するとざらざらとした感触が伝わってきた。壁が目の前にあるのだろう。完全に暗闇にあるせいか表面はひんやりとしていた。
「ホントだ。でもここまで道って真っ直ぐしかなかったよね?」
「そうとも限らないよ。結構道が広かったから分かれ道があったのかも」
 ウルが指摘して、ライトは腕を組んで難しい顔をして唸る。
「でもいくら真っ暗だったって何かしら気付くんじゃないかしら。これだけしゃべってたんだもん。音の響き方とかで分かれ道があるかどうかはわかるような気がするけど」
「ということはここに何か仕掛けがあるってことか」
 ウルは静かに右手を前に出す。
「どうするの?」
「どういう仕掛けがあるのか見てみる」
「どうやって?」
「波導を見てみる」
「波導?」
 ウルに対してリーフではなく、ライトが尋ねる。それをリーフが代わりに答える。
「波導っていうのはこの世界の岩だったり、木だったり、水だったり、ありとあらゆる物に存在しているエネルギーみたいなものよ。波導を見る資質を持ったポケモンが相当修行しないと見えないらしいけど、あなた見えるの?」
「その修行をしてたから少しは見えるんだ。こんな壁なんて大丈夫さ」
 そう言うとウルは目を閉じて全身の感覚器官に神経を集中させる。
 波導はウルの目には青い光となって現れる。しかし波導は万物すべてに宿っているために、何もしなければ大気の波導によって視界は青い光で埋め尽くされる。なのでウルは意識を集中させて目に見える波導にフィルターをかけて見る波導を選別していく。最初に大気、次に壁といった感じにだ。
 まずは大気の波導を取り除く。すると今現在のこの場所の外観が確認できた。想像通り、目の前には壁があり、行く手を阻んでいた。また両端の壁に薪の置かれた台があり、それ以外には何もなかった。
 続いて壁の波導をフィルターにかけて中の構造を見てみる。すると中は大小さまざまな歯車でいっぱいだった。壁の上の歯車から順に下の方に動力が伝えられ、その力が壁の下の車輪を動かす。この仕組みが左右対称にあったため、目の前の壁は実際は壁ではなく扉だったことがわかる。
「やっぱりこの壁、何かの仕掛けで開くみたいだ」
「じゃあこれは扉ってことだったのね」
 リーフが目の前の石の扉を見て呟く。
「じゃあどうやって開くの?」
「まだそこまでは……、あっ、ちょっと待って」
 ライトの問いに答えていたウルは扉の中の仕掛けが左右の壁に続いていることに気付いた。ウルはその仕掛けを追いかけていく。すると今度は歯車ではなくポンプのような物が見え、そしてその下には液体の入った入れ物が、さらにそこからなぜか薪の入った台へ管のような物が伸びていた。
「仕掛けが台につながってる? 火を点ければ何か起こるのかな?」
「えっ、今なんて?」
 ウルの小さな呟きにライトが反応する。
「ここの壁の両方に薪が置いてある台があるんだ。そこに壁の中の仕掛けがつながってる。多分火を点ければ何か起こるんじゃないかな?」
「でもわたしたちほのおタイプのわざは使えないわよ」
 するとウルがライトを見る。
「ライト、その台に電気を当ててみて。多分火花で炎が点くかも」
「わかった」
 ライトが壁の近くまで歩く。壁に手を触れられる位置まで来ると、台もぼんやりとだがその姿を確認することができた。
「じゃあいくぞ! でんきショック!」
 両頬の赤い電気袋から火花が散り、次の瞬間に全身から電撃が台めがけて撃ち出される。電撃が台に当たりスパークする。電熱の影響で台は赤熱し、電撃の火花によって中の薪が赤々と燃え上がる。
 そしてライトは次に反対側の台にも同じように火を点ける。
「……何も起きないよ?」
 ライトが首を傾げる。
「あれ、おかしいな……」
 ウルが腕を組む。
 だが、その時突然遺跡の中を轟音が走った。
「わっ、地震!?」
 三匹は床にしゃがみ込む。地面が小刻みに揺れていた。だが、それは地震が原因ではなかった。壁の両端の炎で照らされているため、その音と揺れの正体に三匹は気付いた。
 それは目の前の壁だった。いや壁だった物というべきか、それには真ん中に真っ直ぐ割れ目が入り、扉のようにぱっくり割れて奥に開いていく。
 ある程度開くと扉の奥の左右の壁の燭台がひとりでに点いていく。それも一つだけではなく、手前から一つずつ、同じ時間差で順番に点いていった。
「これが五〇〇年前の技術か……」
 ウルが呆然としながら声を漏らす。
「……よし、じゃあ行きましょ。ここでじっとしてても始まらないわ」
 リーフが扉の先へ歩を進める。
「そうだね。いこっかウル」
「うん」
 二匹もリーフの後に続く。
 あの石の扉の先が本格的に遺跡の内部であったらしい。遺跡の中もなかなかに不思議な仕組みをしていた。彼らが壁際の燭台を越えるたびに先の燭台の火が自動的に点いていく。まるで見えない誰かが彼らに歩調を合わせながら燭台に火を点けているように思えて気味が悪かった。
「なんていうのかな……」
 ウルが控えめな声で言う。
「空気が澱んでるっていうか」
 ただそれはこの遺跡の雰囲気に怯えているという感じではなく、ただ純粋にここの空気が不快に感じただけのようだ。
「まあ五〇〇年ぐらいも閉まってたらねえ……」
 さすがのリーフもこの遺跡の空気にはうんざりしているようだ。カビのような鼻をつんざくようなにおいが顔の周りを纏わりつくように漂っていた。
「へ、なんかあったの?」
 しかしいつの間にか一番前を歩いていたライトにはあまり効果がなかったようだった。ライトはきょとんとした表情を後ろを歩く二匹に向ける。
「ライト、なんともないの?」
 信じられないという顔でウルが呟く。
「いや、遺跡の中ってこんなもんなのかなって思ってたら特になんとも感じなかったんだけど」
「そ、そう……」
 ウルは苦笑いを浮かべる。
「……わたしも見習わなきゃ」
 リーフはか細い声でポツリと言う。
「なんか言った?」
「え、いや、なんでもないわ」
 聞こえていないと思っていた声をウルに聞き取られ、リーフは少し戸惑う。
「さっ、早く行こ!」
 ライトはまた進行方向を向き、歩き始めようとする。
 その瞬間だった。一歩先へと進んだライトの足元の床が沈んだ。
「へっ?」
 まるでスイッチのように沈み込んだ床。そしてそれがきっかけとなってか遺跡がまた小刻みに揺れ出した。しかし今度は轟音だけでなく、どこかで仕掛けが動いているかのような、歯車の噛み合う音が聞こえてくる。
「一体何が……」
 突然のことで一瞬気が動転したが、遺跡の扉のことがあったのでウルはすぐに冷静さを取り戻すことができた。それはリーフや、仕掛けを作動させたと思われるライトも同じで、ライトはゆっくりとスイッチであろう床から足を離す。
 しかしまたその時だった。今度は腹の底から響くようなドスンという音と、地面から突き上げるような衝撃を感じた。体が一瞬浮かび上がる。その後石造りの床と何かがこすれ合うような音が聞こえてくる。それもただのこすれた音ではなく、何かがこちらに転がっている間に床とこすれているようにも聞こえる。
 そう、何かが転がっている音が三匹に近づいてきているのだ。
「なんか、ヤバそう」
 ライトが誰ともなしに言う。その表情は引きつっていた。
 何かが転がる音は着実に近づいてくる。音の大きくなるスピードはどんどん上がっていた。
 そしてその音の出す正体を彼らは視界に捉えた。
「あれは!」
 それは鉄球だった。燭台に照らされた部分が鈍く光る。その大きさは通路とほぼ同じ大きさだった。
 つまりこの通路に彼らの逃げ場はない。
「走れ!」
 ウルが叫ぶと、三匹は一斉に走り出す。
「な、なんであんなもんが……」
 ライトが後ろをちらりと一瞥して後ろを確認する。鉄球の勢いは全く収まる気配がない。それどころかだんだんそのスピードを上げているようにも見える。
「ちょっと、なんか速くなってない!?」
「たぶん、ここちょっと傾いてるんだよ! ボクもなんか普段より速く走ってる感じするし!」
 ライトとウルは会話するかのように言い合うが、お互いの顔は見ていない。そんなことをしている余裕が今はない。
「ウル! なんとかできないの!?」
「ダメだ! あんな堅そうで大きなもん『はどうだん』で潰せない!」
「だったらリーフ!」
「わたし草タイプよ!? はがねタイプ相手にどうしろってのよ!」
 そこでウルが目の前のことに気付いた。
「やった、廊下が終わる! たぶん開けた場所に出るはず!」
「じゃあ急げ!」
 ライトの掛け声ですでに限界までスピードを上げていた彼らがさらに速度を上げる。心臓が悲鳴を上げて脈打つ音が耳に届くほどだった。
 それでもライトたちは走った。そして見えていた出口にたどり着く。
「これは……」
 しかしライトたちは絶句した。
 出口の先に広がっていたのは断崖絶壁だった。いや、以前は確かに階段か何かがここにあったのだろう。ライトたちの目線より少し下に対岸があり、そこからさらに道が続いている。そして両岸を繋ぐ階段のような建造物の残りがライトたちの崖にもあった。しかしそれの中心部分が今はなくなってしまっていた。五〇〇年もの間封印されていたせいで整備されることもなく、崩れ落ちてしまったのだろう。
「どうしよう……」
 ライトがへたり込む。途端に疲労感が一気に襲ってきた。限界を超えて走ったせいで倦怠感が体を包む。鉄球の迫る音は徐々に大きくなっているのにまったく体に力が入らない。それはウルも同様のようでウルも糸が切れた人形のように地面に座り込む。
「あ、あれ!」
 そこでリーフが視線を上に向ける。そこには天井からつららのようにとがった石がこちらにその切っ先を向けていた。
 リーフは首から蔓を出し、その石に巻き付ける。
「ふたりとも、わたしに捕まって!」
 一瞬リーフが何を言っているのかわからずに困惑するライトとウル。それに痺れを切らしたリーフはふたりに怒鳴りつける。
「早く捕まって! 死にたいの!?」
「わ、わかったよ!」
 その声のおかげでライトとウルは立ち上がり、リーフにしがみつく。
「一、二、三で走り出す。いい?」
「オーケー」
 ライトが声で合図し、ウルは首を縦に振って同意する。
「いくわよ。一」
 背後からは轟音が迫る。それが前へ前へと彼らを急かしてくる。
「二……」
 リーフは頭上の石の感触を蔓伝いに確かめる。冷たいが、濡れている感じはない。たとえ三匹の体重がかかっても滑り落ちることはないだろう。
「三!」
 リーフが大きく声を出すと、三匹は一斉に走り出す。そして道がなくなると足に力を込めて崖から飛び降りる。
 振り子の重りのように彼らの体が振り回される。遠心力と重力が同時にかかり、下に引っ張られるような感覚が彼らを襲う。
 なんとか手を離さずに振り子の放物線の真ん中まで来ると、今度は体が上へと持ち上がっていく。後は手ごろな高さになった瞬間に手を離し、地面に着地するだけだ。
 そう安心したとき、リーフの蔓がたわんだ。頭上の石が彼らの重さに耐えきれず割れてしまったのだ。
「うわあぁぁぁ!!」
 支えを失った彼らはそのまま空中に投げ出され、どうすることもできずに再び放物線を描いて地面に落下する。
 もちろんまともな体勢で着地することなどできなかった。みなほとんど頭から地面に激突し、その後少し転がってようやく停止した。
 しばらくは停止した姿勢のまま、誰も声を出さなかった。しかし頭を地面に突っ込んだライトは仰向けになって笑い出す。
「ははは……、生きてるんだオレたち……」
 危機から脱して、心臓の鼓動の音が染み渡るように体に響く。少しの間体に力が入らなかったが悪くない感覚だった。
「し、死ぬかと思った……」
 ウルは荒い息を整えながらなんとか声を絞り出す。
「ちょ、ちょっと、休みたいかも……」
 リーフも同じような状態らしい。彼女は伸びた蔓を仕舞うこともせずにへばりついたように地面に横になっている。
 しかし、続く通路の先から音が聞こえてきた。規則正しく一定の間隔で聞こえてくるため、何かの足音なのかと彼らは想像する。ライトたちはまだ休み切っていないという自らの体の抗議を無視して立ち上がる。
 通路の先の暗がりから現れたのはポケモンだった。種類はラッタやポチエナを模していて、ライトたちの姿を確認した途端に姿勢を低くする。表情と全身の毛が逆立っていることから威嚇しているということがわかった。
「こいつら何なんだ?」
 ウルが警戒して眉間にしわを寄せる。
「遺跡の守護者ってとこかしら。でもあそこにいるポケモンは洞窟に住むポケモンじゃないのに」
 だが敵はリーフの言葉を待ってはくれない。今にも襲い掛かってきそうなほど殺気立っていた。
「とにかく、休ませてもらえる感じってわけじゃないね」
「むしろとにかく出て行けって言ってる感じだし」
 そしてライトとウルも目の前で敵意をむき出しにしているポケモンたちを睨みつける。ライトの両頬の電気袋から火花が散った。
「悪いけど先に行かせてもらうよ!」
 
 
 
 
「でんこうせっか!」
 ライトの鋭い体当たりがジグザグマの脇腹に直撃する。ジグザグマは悲鳴を上げることもなく地面を数度バウンドする。
 するとジグザグマの輪郭がぼやけてくる。ふさふさとした毛の質感もなくなり、溶けるようにその姿が崩れていく。ほんの少しの間でジグザグマは砂の山になってしまった。
「ふう、もう結構倒したよね」
 ライトが背後を振り返ると、額の汗を拭っているウルと人形から変わった砂の山を見ているリーフがいた。
「ホント、びっくりしたよ。倒したらいきなり崩れて砂になるんだから」
 気色悪いというふうにそそくさと砂の山からウルがライトの方へ離れる。その近くにいるリーフが砂の山から二匹に目を移す。
「もともと砂で出来ていて、それを何かしらの方法で普通のポケモンに見せているのよ」
「これも五〇〇年前の技術ってやつなの?」
 居心地の悪そうにしているウルの隣にいるライトがリーフに尋ねる。
「さあそこまでは。でも合理的な方法だと思う。ポケモンには寿命がある。でも人形だとそれを気にする必要がない。人形が壊されない限りほぼ永久に遺跡を守れるわ」
 確かに効果的な方法なのかもしれないとライトとウルは感じていた。この人形たちを倒し、初めてその正体を明かした時は得体のしれない不気味な感覚が全身を走った。ここに長くいると危ない。そのように本能が告げているような気がした。
「これまで結構な数のトラップがあったけど、こうやってわたしたちのことを精神的に追い詰めるのが本当のトラップなんだと思う」
 リーフが通路の先を見据えて呟く。彼女の目はそのトラップに気付いてもなお、揺らいでいなかった。
「ということは、この遺跡を作ったポケモンは相当性格悪いってこと?」
 ウルが尋ねると、リーフとライトは笑う。
「だったら絶対この遺跡の奥まで行って、目に物見せてやらないとね」
 ライトの言葉にウルもリーフも頷く。
 それからはただ真っ直ぐの廊下を歩くだけだった。トラップも泥の人形たちが現れることなく、ただただ長い廊下が続くだけ。今まではこの遺跡に拒絶されているように感じられたが、今度は逆に手招きされているように思えた。
「ここね」
 ただ真っ直ぐ伸びていただけの廊下にひときわ大きな扉が現れた。金属製の重そうな扉だ。いかにもここに何かがあると物語っているようだ。
「じゃ、押すよ」
 せーの、というライトの合図で三匹が扉に力を込める。扉は見た目通りの重さだったが、三匹の力で開けないほどのものではなかった。金具がきしんだり、時々出っ張っている地面をこする音を出しながらゆっくりと扉が開いていく。
 扉が三匹がちょうど入れるぐらいまで開くと三匹は扉を押すのをやめて部屋の内部に入る。
 そこはただ四方を囲まれた何もない部屋だった。ライトたちを取り囲む石造りの壁には五〇〇年前という時代を感じさせる彫刻や紋様がそこかしこに存在した。
「これは……」
 リーフが壁に近づいてそこに刻まれた絵を見る。絵には彩色もされており、ポケモンたちが日々の生活を営んでいると見られる姿が生き生きと描かれていた。
 しかし壁に沿って進んでいくごとに、その描写は薄れていく。代わりに黒く凶悪そうな見た目の何かが絵に多く登場するようになる。不思議なことにその黒い何かはそれに向かい合っているポケモンの姿とよく似ていた。彼らは戦っているのだろうかとリーフは推測する。
「なんかすごいや」
 ライトがリーフに近寄ってくる。そして壁に描かれた絵を見て感嘆する。芸術には疎いライトだがこの絵に込められた何かを自分にも感じ取れるかもしれないと彼は感じた。
「結局これ、何が描いてあるの? なんか文字みたいなのが書いてあるけど」
 ライトに続いてリーフの隣に来ていたウルが絵に目を凝らす。色鮮やかな壁画とは異なり、文字は白のみで統一されていた。絵のそばに書かれているので、絵の補足などが書いてあるのだろうと予測するが、見たこともない文字であるために読むことができない。
「わたし、この字のこと少し勉強したことあるの。ちょっと待って」
 リーフが手近の絵を見る。そこには大量の黒い何かと対峙している四匹のポケモンがいた。そのポケモンの色は黄色、藍色、黄緑、赤でライトは既視感を感じた。
「『森の賢者』、木の根を張り巡らし、力なきポケモンを守る。『炎の戦士』、大地をも焦がす炎で『闇の軍勢』を焼き尽くす。『波導の勇者』、白く輝く波導の力をもって『闇の軍勢』を浄化する。『光の導師』、天より雷を呼びそれを纏いて敵を消滅させる。無限に現れるかと思われた『闇の軍勢』が、たった四匹である彼らによって滅ぼされた」
 リーフが淡々と読み上げると、ライトは自分の既視感の原因に気付いた。
「これ、『四の勇士の伝説』だよね?」
 そう、ライトの名前の由来『四の勇士の伝説』に出てくる彼らが描かれているのだ。
「ええ、たぶん。わたしも読んだことがあるし、この場面も確かその話の中にあったと思う」
「でもなんでそんなのが五〇〇年前の遺跡にあるんだろ? つながりが全く見えないんだけど」
 おとぎ話と五〇〇年前の遺跡の壁画。そこに一体どのような関連があるのか。リーフが睨みつけるように壁画を見つめる。
「おとぎ話はこの壁画の話をモデルにした?」
 リーフが呟くとライトとウルは「えっ?」と声を漏らす。
「『四の勇士の伝説』の話は本当に起こったことなのかも」
「でもさっきリーフが言ってたよね。『四の勇士の伝説』は本当にはあったかもしれないけどただモチーフにしただけで、実際には『闇の軍勢』とかそんな化け物みたいなのはいなかったんじゃないかって」
 ウルはリーフが言ったことを思い出す。この説にはあくまで仮設であり、まだ学者たちの間でも意見が割れているとリーフは言っていた。
「でも、本当だった。おとぎ話の通りに、実際にこの星は危機に陥っていた。そこに『四の勇士』が現れて、『闇の軍勢』を倒してこの星を救った。何の誇張も改変もされないで、今の時代までこの話が『四の勇士の伝説』として伝えられてきたんだわ」
 呆然としてリーフは少しの間何も考えられなくなった。
「それってもしかして大発見なんじゃないの? だってそんなことまだ誰も見つけてないんでしょ? ということはこれって大手柄じゃん!」
 ライトの喜ぶ声で、リーフの中に自分が何を成し遂げたのかという実感が湧いてきた。確かにこのことはまだ誰にも発見されていない。ライトの言う通りこれは大手柄だ。
 リーフは身震いしそうになった。学者として自分の身を立てるためにこの遺跡までやってきた。それは途方もなく長い道のりであるように感じられた。本当に成し遂げられるのか疑問に思ったこともある。しかし実際に今この場に立ってみて初めて分かる。今、自分はとても満足している。彼女自身まだ子供であるが、今までの生涯で感じたことのない充足感に満たされていた。
「……喜んでるとこ悪いんだけどさ、じゃあ『闇の軍勢』って一体何なんだろ? 何かここに書いてあるの?」
 ウルが申し訳なさそうに尋ねる。確かにこの気分に水を差すような疑問だったが、特に気になることもなかった。リーフは壁に書かれている文字に目を通す。
 その時だった。
 ドスン、という音が三匹の背後で聞こえた。
「え……」
 三匹が音のした方に振り向く。土埃が上がっていてよく見えない。しかし煙の中にいる何かが三匹に向かって歩いてくるのが見えた。
 四つん這いで足はしっかりとしている。首は長くその首元には熱帯植物を思わせるような巨大な花がついている。体色は黄緑色で、どこかリーフの姿と似ているように見えた。
「メガニウム……」
「知ってるのリーフ?」
「ええ、わたし――チコリータの最終進化形よ」
 ライトの問いかけにリーフは目の前のメガニウムを睨みながら答える。
「あれも人形なのかな」
 ウルが呟く。メガニウムは無表情だ。眉をピクリとも動かさず、ただじっと無感動に三匹を見つめている。
 だがメガニウムが口を開けると緑の光の粒子が集まってきた。その光がある程度を集まると球を形成する。
「まずい、『エナジーボール』よ!」
 リーフが叫ぶと、ライトとウルも弾かれたように左右へバラバラに跳ぶ。
 メガニウムがそのエナジーボールを撃ち出す。緑の球は一瞬でライトたちのいた場所を通り過ぎ、後ろの壁画にぶつかる。球は一瞬強い光を発して爆発する。壁画が壁の表面とともに瓦礫となって崩れ、それによって舞い上がった土煙が爆風に乗ってライトたちを覆う。
 ライトはむせてせき込む。そして目に土煙が入って反射的に目を閉じる。しかし、次の瞬間全身に悪寒が走った。急いで横に飛んで煙の中から飛び出す。すると再び撃ち出されたエナジーボールがライトの頬を掠めた。
「でんきショック!」
 ライトの全身からメガニウムへ向けて真っ直ぐに放たれる。
 だが人形はその場からは動かない。メガニウムの周りの空気が逆巻き、首元の花から花びらが舞い上がり、竜巻の中に巻き込まれていく。そしてメガニウムが首を振って合図をすると、その竜巻が横を向いた。風の中で踊る硬化した花びらが地面を削る。
 電撃とメガニウムの技『はなふぶき』が正面衝突する。しかし呆気なく電撃が打ち消され、ライトに迫る。
「うわっ!」
 ライトは咄嗟に『でんこうせっか』で『はなふぶき』を避ける。
 その隙にメガニウムに迫る影が一つ。
「はっけい!」
 ウルが素早くメガニウムに接近すると、メガニウムに対して手を突き出す。だがメガニウムはウルの攻撃がわかっていたかのように、ウルのいる方向とは逆に飛び退く。
 にやり、とウルの口元が緩む。『はっけい』は単に敵に拳を突き出す技ではない。この技の本当の正体はその拳から撃ち出される衝撃波だ。目論見通り、ウルの拳から出た衝撃波がメガニウムに向かう。
 しかし、衝撃波がメガニウムに当たるその瞬間に、メガニウムの前に光が集まって壁となり、衝撃波を受け流す。
 『リフレクター』。物理攻撃を防ぐ技だ。
「なっ!」
 ウルは驚く。メガニウムに衝撃波のことまで先読みされていた。しかしそれだけでない。あの時のウルとメガニウムの距離は密接していると言えるほどだった。たったそれだけの距離であれば一瞬で衝撃波はメガニウムに当たる。これはたとえ先読みが出来たからといって容易に実行できることではない。つまりこのメガニウムにはこの技を実際に見たことがあって、対処に慣れているということだった。
 このメガニウムは只者ではない。ウルは直感する。
 が、この時間が命取りだった。
 メガニウムの首元の花から二本の蔓が現れる。鞭のようにしなる蔓がウルの頭上から叩きつけられる。
「うおっとっと!」
 なんとか蔓を避けるウル。蔓は地面を叩きつけ、土くれが宙を舞う。だがそれだけでは終わらなかった。ウルに今度は足元から蔓が襲う。気付いたウルが隙を見せないように蔓を避けられるぎりぎりの高さにジャンプする。足元すれすれを蔓が横切る。そして着地した瞬間をまたもう一本の蔓が狙う。ウルもそれを察して迫る蔓を避ける。
 ペースは完全にメガニウムが握っていた。ウルはメガニウムに近づくことすらできず、防戦一方だ。
 だからこそ、隙ができた。その一瞬の隙をメガニウムは逃さず、ウルの足に蔓が絡みつく。
「おわっ!」
 ウルの体が軽々と持ち上がる。宙づりになるウル。メガニウムは体をひねり、思いっきりウルを投げ飛ばす。
 きりもみ状態で空中を舞うウル。壁が迫ってくる。タイミングよく壁に足をつけ勢いを殺し、地面に着地する。
「だったらこれなら!」
 リーフの声が響く。リーフも首元から蔓を伸ばしていた。その蔓の先には大きな岩。先ほどメガニウムが放った『エナジーボール』によって破壊された壁の残骸だ。それに蔓が巻き付いている。
「おりゃあぁぁぁ!」
 リーフの渾身の力で岩が持ち上がる。持ち上がった岩は弧を描き、メガニウムに振り下ろされる。
 轟音。メガニウムに叩きつけられた大岩が衝撃で四散、破片と土埃に変わる。メガニウムの姿は見えない。
「……やりすぎじゃない?」
 近寄ってきたライトが尋ねる。口元が若干引きつっている。
「やるなら徹底的にやらないと」
 リーフはさも当然という風に答える。
 だがまだ終わっていなかった。
「ライト、リーフ、見て!」
 遅れて隣に来たウルの声で、ライトとリーフは気付いた。
 土埃が消えたそこに、メガニウムは立っていた。メガニウムの頭上には先ほどウルの『はっけい』を防いだ『リフレクター』が。
「あいつ相当手練れだよ」
 ウルの言葉にライトもリーフも同意する。誰のものかはわからないが唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。ぴりりと空気が張り詰める。彼らは直感した。このメガニウムに意識をすべて集中しなければやられると。
 メガニウムの首元から蔓が伸びてくる。それぞれの蔓は手近にあった二つの岩に巻き付く。先ほどリーフが渾身の力で振り下ろした岩が割れた物だった。割れて重さはほぼ二分の一となっているとはいえ、軽々とそれを蔓一本で持ち上げるメガニウム。二つの岩を二つの蔓で持ち上げると、蔓にスナップを利かせ、両方の岩をライトたちの投げ飛ばす。
 高速で接近する二つの岩。岩自体も巨大で避けることはライトたちには難しかった。
「でんきショック!」
「はどうだん!」
「はっぱカッター!」
 ライトのでんきショックとリーフのはっぱカッターが岩に亀裂を走らせ、ウルのはどうだんが岩を木端微塵に砕く。
 その瞬間、ウルに悪寒が走った。
「みんな、散れ!」
 ウルの鋭い叫びに、ライトもリーフも反射的に体が動く。そんな彼らの間を光の筋が通り抜ける。そう、ただの光の筋だった。だがライトは下から強烈な熱気を感じた。視点を移すと、地面が赤熱し、溶岩のように溶解していた。そして途端に泡立つように地面が膨れ上がる。
 沸き上がった地面が爆発する。大気を焦がさんとするほどの熱気を含んだ爆風が八方にまき散らされ彼らを襲う。軽々と吹き飛ばされるライトたち。何度も地面を転がり、壁にぶつかってようやく勢いが止まる。
 ライトは体を起こそうとする。しかし間近で爆発したせいか耳がおかしく、視界が歪んでいる。地面を転がったために口の中が土の味がした。ウルもリーフもライトと同じようにまだ体をうまく動かせないでいる。
 しかしメガニウムはそこで手を休めない。メガニウムは天を仰ぐ。土の色をした何の変哲もない岩の天井を睨みつける。そして口を開くと中が発光し、そこから光球が撃ち出される。光球は一定の高さまでたどり着くとそこで止まり、その光で地面を照らした。まるで快晴の中で光り輝く太陽のように。
 リーフはこの技に見覚えがあった。『にほんばれ』。一定時間日差しを強くするという技だ。この技によってほのおタイプの技の威力が増す。だが、現状において重要な効果がまだ他にあった。
 先ほどの光の筋はメガニウムの技、『ソーラービーム』である。威力は先刻の通り凄まじいものだが、この技には欠点がある。それは一定時間エネルギーをチャージする必要があるということだ。メガニウムがこの技を撃つ前に岩を投げたのもこのエネルギーをチャージするための時間稼ぎであったのだろう。
 しかし『にほんばれ』の効果によってそのチャージ時間が必要なくなる。つまり、一定時間、『ソーラービーム』を撃ち放題になるのだ。
 案の定、メガニウムは第二射の準備をしていた。首元の花弁が光を放つ。しかしそのスピードは先ほどの発射するまでの時間とは目に見えて違うぐらい速かった。
 メガニウムは口を開きながら首を真横に振る。すると口から出た光の筋が扇を描くように走った。
 赤熱、一瞬の後に爆発。むせ返るような熱気と舞い上がった煙幕の中で、メガニウムはさらに追撃する。
 また光の筋が走る。そして爆発。そしてまた発射、そして爆発。それをメガニウムは繰り返す。
 メガニウムの前方はもう煙のせいで見えなくなっていた。熱い風がメガニウムをなでる。メガニウムの頭上の光球が消える。『にほんばれ』の効力が切れたのだ。
 メガニウムはただ前方を見ていた。無感動に、侵入者を排除したという達成感も見せずにただただそこに佇んでいた。そんなメガニウムの前方では、微小の砂粒がいまだに漂って煙幕を形作っていた。
 そこに、一筋の閃光が走った。
 突然のことにメガニウムも対応しきれなかった。真っ直ぐにメガニウムに向かって走った光はメガニウムに直撃する。メガニウムの全身から火花が散り、今まで表情を変えなかったメガニウムの顔が苦痛で歪む。
 『でんじは』。でんきタイプの技で相手を麻痺状態にして動きを鈍らせる技だ。
 煙の中で黒い影が蠢く。その影はどんどん大きくなり、そして煙を突き抜ける。
 影の正体はライトとウルだった。一直線にメガニウムに向けて走る。
 メガニウムは体が十分に言うことを聞かない今の状態でも彼らの姿を認知した。そして首元から一対の蔓を出す。目の前に接近する二匹を排除するために蔓が勢いよく伸ばされる。大きくしなった鞭のような蔓が二匹に振り下ろされる。
 だがそれが彼らに当たることはなかった。
 両方の蔓に別の蔓が絡まっている。その蔓はライトとウルの背後から伸びていた。
「これなら動けないでしょ?」
 リーフが口元を緩ませる。彼女の首元からはメガニウムと同じように一対の蔓が出ている。それがメガニウムの蔓と団子結びのように絡まり合っている。
 メガニウムが蔓に力を込めて引っ張る。リーフの体が少し引っ張られるがそれでも蔓がほどける様子はない。
 ここでメガニウムは思考を変えた。今対処する相手を遠く離れたリーフから目前に迫ってくるライトとウルに変更した。
 メガニウムの口に光の粒子が集まっていき、緑に光る球を形成する。『エナジーボール』が彼らに向けて放たれる。
「でんこうせっか!」
 二匹の走るスピードが同時に格段に速くなる。文字通り電光石火の速度で『エナジーボール』を避ける。
 ならば次にとメガニウムの周囲の空気が動く。空気の動きが風となり、メガニウムの周囲を逆巻く。その中に鋭利な花弁が躍る。竜巻となった『はなふぶき』が蛇のようにうねり、二匹を襲う。
「ライト、後ろに!」
 ウルが風の音に負けないように叫ぶと、ライトがウルの後ろにつく。
「まもる!」
 ウルが両手を前に突き出す。手の先に光の障壁が生まれ、それが風を横に受け流していく。風に紛れた刃のような花びらが時折当たって鋭い音が鳴った。
 ウルは足を止めない。光の障壁を展開したまま、風の勢いに負けずに吹き荒れる暴風の中を走る。
 そしてついに二匹は暴風を抜ける。目の前には技を発動し終わって無防備なメガニウムがいた。
「でんきショック!」
 ライトの電撃がメガニウムに当たった。効果は今一つだが、『でんじは』による痺れも相まってメガニウムは動けなくなる。
「はっけい!」
「たたきつける!」
 ウルは拳を突き出し、ライトは体を宙で回転させて尻尾を振り下ろす。
 二匹の攻撃がもろにメガニウムに入る。メガニウムの体が放物線を描き、受け身を取ることもできずに壁に直撃する。そのままメガニウムは地面に落ちて動かなくなる。
 しばらく動かないメガニウムを睨み続けたライトとウル。そしてこれ以上何もしてこないことを確認すると全身の緊張を解く。すると力が抜けて尻餅をついてしまった。
「ちょっと大丈夫?」
 彼らの後ろからリーフが駆け寄ってくる。みな擦り傷や切り傷だらけだった。
「もう大丈夫だと思ったら力が抜けちゃって」
 ウルは笑いながら地面に手をつき、それを支えにして立ち上がる。
「とりあえずあいつは倒したんだから、これでもう一安心ってことでいいんだよね?」
 ライトも同じようにして立ち上がり、メガニウムの倒れている方へ向く。メガニウムは未だに倒れたままで動きそうにない。
「でも遺跡が……」
 リーフが壁画のあった場所を見る。壁画らしきものは欠片も残っておらず、メガニウムの技でぼこぼこにくぼみが出来た岩肌がむき出しになっている。
「仕方ないよ。メガニウムが考えなしに技を使ったんだから」
 ウルがうつむいているリーフに声をかける。
「もっとちゃんと読んでおけばよかったなあ」
 はあ、とため息を吐くリーフ。その落ち込みようにライトもウルも声をかけられない。
 だが三匹が後ろの壁画があった場所に注目していたせいか、逆の方向で何が起こっているのか察知するのに一瞬遅れた。
 三匹が気配を感じて振り向いた時にはいつの間にか起き上がっていたメガニウムが眼前にいた。
 息を飲む三匹。よくよく考えてみればあれで倒せると思ったのがおかしい話だったのだ。たとえ直撃とはいえ、『でんきショック』も『はっけい』も威力のある大技ではない。『でんきショック』に至ってはくさタイプであるメガニウムには効果が今一つだ。『たたきつける』にしたってピカチュウはもともと物理攻撃が得意なポケモンではない。そんなダメージはこのメガニウムにとってはそれほどのものではなかったのかもしれない。今まで起きてこなかったのは麻痺状態が続いていただけだったのだろう。
 目の前のメガニウムは何もしない。ただ先ほどまでと同じように無感動に彼らを見つめている。逆にそれが威圧感となってライトたちを圧倒する。メガニウムの感情のない眼差しが彼らの鼓動を速くさせる。
 しかしメガニウムはライトたちが想像していたように攻撃してくることはなかった。
 突然メガニウムの全身の色鮮やかな色彩が消える。全てが土色になり、このメガニウムがここに来るまでに倒してきた砂の人形と何も変わらないことがわかると、一瞬でその輪郭が崩れ砂の山となる。
 だが他の砂の人形と違うことがあった。それは砂の山の中に箱状の物が隠れていたのだ。
「……何だろう」
 状況が目まぐるしく変化して混乱する三匹。その中で比較的早くその箱状の物に気付いたライトが砂の山に近づく。
 箱状の物はきっちりと計ったように正確な立方体の形状だった。構造はここの遺跡の石細工と同じように切り出した石をパズルのように組み合わせたものだ。ただその上に漏斗のような形の何かがついている。漏斗のついている箱があまりにも綺麗に出来ているので、この漏斗が一層余計な物に感じてしまう。
 ライトが漏斗のような物をのぞき込むとそこにはガラスがはめ込まれていた。顔を近づけるとガラスが少し歪曲しているのかライトの顔が歪んで見えた。
 するとガラスの下で一瞬光がついた。何かあるのかと思いながらライトが目を凝らして中を見ていると、突然先ほどとは比べ物にならないぐらいの強い光がガラスの中から放たれた。
「うわっ!」
 あまりに突然のことでライトは驚いて後ろに転ぶ。
「ライト、大丈夫?」
 ウルが駆け寄る。
「な、何なのこれ?」
 リーフが箱から出た光の先を見上げている。
 光は漏斗状の物から出てきたので一方向からだけ見れば扇形に広がっているように見える。その光を三匹はただ呆然と眺めている。
 すると扇形に広がった光の先にノイズが走った。そこにうっすらと何かのシルエットが浮かび上がる。しっかりとした四肢、首元には鮮やかな花が咲いており、長い首の先の頭には一対の触覚がついている。
 それは砂の山になったばかりのメガニウムであった。
「やあ、この遺跡の来訪者よ」
 メガニウムは眼下にいるライトたちに向かって声をかける。少年のように高い声だった。
「僕がこの遺跡の管理者であるブラットだ。よろしく」
 いきなり現れた存在によろしくと言われてライトたちは「は、はあ……」としか返すことができない。
「なーんかノリが悪いなあ。もうちょっと、こう、『うわあすごい!』とか驚いてくれないと驚かす側としては面白くないんだけど」
 「あーあーつまんないなあー」と続けるメガニウム。やけに軽いノリのこの存在に調子を狂わされて話す言葉が思いつかない一同。
 だがリーフは光の中に浮かんでいるこのメガニウムがブラットと名乗ったことを思い出した。
「あ、あの、今ブラットって名乗ったわよね? でもブラットって五〇〇年前のポケモンのはずじゃ……」
 リーフが質問すると少し機嫌が悪そうだったメガニウムの表情が明るくなる。
「おっ、いい質問だね。確かにオリジナルのブラットはすでに寿命を迎えて死んでいる。今ここにいる僕はこの遺跡が建造された当時のエスパーポケモンたちの力によってオリジナルのブラットの性格や記憶を忠実に再現された意識データなのさ。だから本当のことをいえば僕はブラットであり、ブラットでないともいえる」
 だがメガニウム――ブラットの答えはリーフにとって理解しがたいものだった。リーフは「お、オリジナル、データ?」などと聞き慣れない言葉を聞いて混乱している様子だった。
「あ、やっぱりわかんないか。うーんじゃあどう説明しようかなあ? って……」
 そこでブラットは何かに気付いた。
「君たちよく見れば子供じゃないか。よくこんなところまで来れたね」
「い、今更気付いたんだ……」
 ウルが呆れて苦笑する。
「じゃあ君たち何しに来たんだい? ここは遊びに来るには少し刺激が強すぎる気がするんだけど」
 ブラットが尋ねる。だがそれは大人が子供を叱りつけるような口調ではなく、純粋な好奇心から尋ねているというような口調だった。ただ声と軽い口調のせいで三匹はブラットを大人とは思えなかったのだが。
「わたし、リーフって言います。わたしの一族はあなた――ブラットが残した血筋だと聞いています」
「ほう、ということは君は僕のオリジナルの子孫ということになるのかな?」
「はい。わたしの一族は代々学者をしてて、わたしも今それを目指してます。それでまずあなたの遺したこの遺跡を探検して、何があるのか確かめたかったんです」
 リーフはきりっとした表情で目の前で浮かんでいるブラットを見つめる。
「あ、あとオレたちは偶然この遺跡の前でリーフと会って、リーフを手伝うためについてきたんだ」
 ライトがリーフの後に続いて言う。
「ふむふむ、そうか。君たちなかなか根性あるね。リーフはもちろんだが、そこのふたりもなかなかだね。偶然出会った見知らぬ子を手助けするためにこんな危ない遺跡に一緒に入るなんてねえ。五〇〇年ぐらい経ってもまだまだ世界は安泰だなあ」
 「感心感心!」とブラットが満足気にニコニコして言う。そのブラットの緩く軽い口調のせいで少し気を引き締めて話したリーフの緊張がゆるんでしまった。
「まあウルはリーフからお金取ろうしてたけど」
「余計なことは言わないの!」
 その間にライトはブラットに聞こえない程度で毒づく。ウルも同じぐらいの声でライトを咎める。
「せっかくここまで来たんだ。だったら少しはお土産を持たせてあげないとね」
 ブラットは機嫌がかなり良いようだ。そのまま鼻歌でも歌い出してしまいそうなほどだった。
「お土産って、もしかしてここに隠されているっていう五〇〇年前に作られた物ですか?」
「おっ、よく知ってるね君! まあ僕のことを知ってここに来たんなら知ってるか。君の言う通り、ここには五〇〇年前に作られたある物が保存されている。ていうかそれを後の世に残すための遺跡なんだけどね。ただ……」
「ただ?」
 首を傾げるリーフに、ブラットは難しい表情を浮かべる。
「それがここに隠されたのには理由がある。それを手にしてしまえば君はこの星の真実に触れることになる」
「この星の、真実?」
 ブラットの言葉を反復するリーフに、ブラットは「そうだ」と相槌を打つ。
「そしてその真実に触れれば、君は元の平穏な日常に戻ることはできないだろう。それでもいいのかい?」
 ブラットの口調は先ほどまでの軽いものとは異なり、何かを憂いているような重いものに変わっていた。それがリーフの決断を迷わせた。この遺跡の遺物を手に入れれば自分はもう後戻りできないところまで行ってしまうのではないか。そうなれば自分はどうなってしまうのか。リーフは自分が見てはいけない深淵を覗いてしまったのではないかと恐怖を感じる。
 少ししてうつむいていたリーフは顔を上げる。その表情に迷いはなく、真っ直ぐ自分の頭上のブラットを見つめている。
「わたしは大丈夫です」
「覚悟はできているのかい?」
「そんなものはとっくの昔にできています。学者は真実を知るのが仕事です。そしてわたしは学者になりたい。真実を知る覚悟がなくて学者なんて務まりません」
「……いい言葉だ。気に入ったよ」
 すると、箱から出ている光が弱まり始めた。当然ブラットの姿も消え始める。
「こんなに将来有望な子孫と話せて楽しかったよ。お土産はこの箱の中にある。光が消えたら受け取るといいよ」
「あっ、ありがとうございます!」
 徐々に消えていくブラットにリーフが慌てて礼を言う。
「礼には及ばないさ。じゃあお別れだ。君のこれからに幸多からんことを」
 そう言うとブラットは消えてしまった。そしてその光を放っていた箱が、砂の人形たちと同じように崩れていく。最初はひびが入っていくつかの破片に分かれたが、それらがさらに形を失いただの砂の山になってしまった。
「なくなっちゃった……」
 ライトが呆然と呟く。先ほどまでいたブラットの息遣いはもうどこにも感じられない。
「あ、あれは……」
 リーフは砂の山に近づく。砂の中に埋もれた何かを発見した。リーフが首元から蔓を伸ばしてそれを引っ張り出す。
 それは板だった。板は二枚あり、両方とも形は正方形で、材質はしっかりしているため木であるとリーフは推測する。その表面には模様が描かれている。一枚には中心に三日月のような意匠が施されており、もう片方には対になるように太陽の模様が彫られている。そしてその周囲を蔓や葉っぱのような模様が囲っている。
「これ何なの?」
 いつの間にかリーフの隣に来ていたウルが尋ねる。ライトもウルの隣にいてリーフの持っている板を眺めている。
「さあ、調べてみないとなんとも……」
 リーフも困惑しているようだ。だがすぐにその表情は明るいものに変わる。
「じゃ、目的の物も手に入ったしそろそろここを出ましょ。ここももうボロボロになっちゃって調べようもないから長居する必要もないし」
「そうだね。でも途中で道崩れてなかったっけ?」
 ウルの言葉にライトとリーフが「あっ」と声を漏らす。
「どうやって帰るの?」
「な、なんとかなるわよなんとか……」
 
 
 
 
「やっと出られた……」
 遺跡の入口にたどり着いた途端にウルが呟く。
 外はすでに太陽が沈んで夜になっていた。暗闇を照らす物がないここは完全な闇に覆われており、隣にいる者の顔もぼんやりとしか確認できない。しかしそんな状態でも三匹はこの中の誰もが疲労でぐったりしているということが理解できた。
「疲れたあ……」
 この中の誰もが感じている言葉を呟いてライトは地べたに座り込む。
「ボクもちょっと休憩ー……」
 ウルも限界とばかりに倒れるように地面に座る。
「わたしもー……」
 リーフは男たちとは異なりゆったりと落ち着いてその場にしゃがむ。
 しばらくは誰も何も言わなかった。夜の森は静寂そのものであり、物音ひとつしなかった。見上げれば宝石箱をひっくり返したように星々が暗い夜空いっぱいに広がり、星座や天の川を形成している。
「わたし、そろそろいこっかな」
 するとリーフが立ち上がる。
「もう行くの?」
 ライトが尋ねる。その声音には少しの寂しさも含まれていた。
「うん、いろいろご先祖様と約束しちゃったし立ち止まってなんていられないわ。まだまだ謎もいっぱいあるし」
「ブラットが言ってたこの星の真実ってやつのこと?」
 ウルの問いかけにリーフは「ええ」と答える。
「実はわたしのお姉ちゃんも学者なの。その関係でそういう筋に知り合いが多くて、だからその知り合いにこのことを聞いてみるつもり」
 リーフも名残惜しいという風にうつむいてその場から動かない。
「あの、今日は本当にありがとう。わたしだけだったらこの遺跡は攻略できなかったかも」
「いや、別にお礼なんてされるほどじゃないって。オレたちも好きでやってたわけだし」
 ライトがリーフに答える。
「そうそう。困った時はお互い様ってどっかの誰かさんも言ってたし」
「でもウル、さっきはリーフに金出させようとしてなかったっけ?」
「だから、もうそれは終わったことだろ!?」
 ニヤニヤしながら突っ込むライトにウルは慌てて反論する。その様子を見てリーフも笑いをこらえることができない。
「うふふ、じゃあもう行くね。今日はありがと」
「うん、リーフ頑張ってね!」
「頑張れよ!」
 ウルとライトの声援を背中に受けてリーフは歩いていった。
「行っちゃった」
「行っちゃったね」
 ライトとウルが言い合う。二匹は空を見上げる。確かにあれだけの冒険をした仲間がいなくなるのは寂しかったが、自然と悪い気はしなかった。それに何故か二匹の胸にはこれだけではないという期待があった。まるでどこかでまたリーフと出会うことを確信しているような、そんな期待だった。
「じゃあこれからどうしようか」
 ウルが話を切り出す。そろそろ今日の夜のことを考えなくてはならない。
「オレもう歩くの嫌だ」
「だったら今日は野宿だね」
 ウルの言葉に「げ、野宿……」とライトは呟く。以前の嫌な思い出がライトの脳裏に浮かぶ。
「大丈夫だって、もしまたあんな全身毛が逆立った姿になっても思いっきり笑ってあげるから」
「それ嫌味かよ! オレがリーフにお金せびったことしゃべったの根に持ってんだろ!」
「べっつにー」
「やっぱ根に持ってんじゃん!」
 静寂な夜の森に二匹の声が響く。その声は夜更けまで続いた。

■筆者メッセージ
メガニウムのソーラービームはナウシカの巨神兵ビームをイメージして書いてました。
タダスケ ( 2016/09/20(火) 14:14 )