01
ポケモンGO 〜アキの日記〜
私はポケモンが嫌いだった。
私から父を奪い続けたポケモン。
父はついに、帰ってこなくなったーー。
【7月22日晴れ時々曇り】
16歳の誕生日。夏休みに入って二日目。最新のポケモントレーナーサポートアプリケーション、Ver.G.Oが公開された。学業と両立するという条件で、母も私がポケモントレーナーとなることを認めてくれた。
ポケモン研究者で形而上生物学が専門の父が失踪して3ヶ月。未だ手掛かりらしい手掛かりもない。今まで避けて来たがやはり手掛かりはポケモンにあると思える。父の消えた原因は、奴らに違いない。これ以上、夜中に隠れて泣く母を放っておけない。
私はトレーナーになる。
地域の担当博士に挨拶し登録を済ませIDを貰う。博士の用意してくれていた三匹は断った。近所の林に最近ピカチュウが隠れて住み着いている。普通の個体より一回り小柄だがすばしこい奴だ。どうせなら父が好きだったでんきタイプでスタートしたかった。
野生のポケモンは警戒心が強い。私がポケモンが嫌いなのが伝わっているのかも知れない。初めての捕獲は長期戦になり、私はモンスターボールをいきなり11個も消費した。おろし立てのスニーカーに着いた焦げ跡は私を不愉快にさせたが、何とか捕まえることができた。
だがその甲斐はあった。
その小柄なピカチュウーーチビ、と名付けたーーは、何というか勘のようなものが鋭く、また生来に素早く、攻撃的で、近隣に出現する並みのポケモンを圧倒し、私は易々と多くのポケモンを捕獲することができた。
本日の捕獲、16種19体。被った個体は博士に送信した。CP150を超えるイーブイ、CP200を超えるカイロスは即戦力になる。物珍しさも手伝って今日は張り切り過ぎたかもしれない。足が痛い。やけに眠たい。明日は近くのジムに様子を見に行ってみよう。
【7月23日晴れ】
嫌な噂を聞いた。ver.G.O.きっかけでトレーナーになった新人トレーナーを狙う犯罪者がいるらしい。
元々ポケモンを犯罪に利用するイレギュラーズと呼ばれる悪人がいることは知っていたが、噂になっている奴らは毛色が違う。昨今ではトレーナーサポートの省力化の為、ポケストップと呼ばれる無人ステーションがアイテムの供給やIDの更新や活動実績のセーブに利用されている。悪人はそこに待ち伏せ、金銭やポケモンを強奪するのだという。気をつけることにする。
今日は大物を捕まえた。CP243のキングラーだ。カイロスが足止めしているところをチビが「かみなり」で瀕死にした。その時、二匹の間には確かにチームワークのようなものが感じられ、私は複雑な気持ちになった。実績得点の累積でトレーナーレベルは5に。一番近いジムの様子を見に行くが、とても勝負になりそうにない。
今日はとにかく暑かった。ポケモンに使うアイテムより、私自身に使うアイテムや食料飲料に出費がかさむ。涼しい季節が待ち遠しい。
新たに9種のポケモンを捕獲。トータル25種の図鑑が埋まる。まずは地道に近隣のポケモンをコンプリートしたい。明日も頑張ろう。
【7月24日晴れ後曇り】
今日は足を伸ばして少し遠くのポケストップに来た。そこではたまたま誰かがルアーモジュールと呼ばれる、ポケモンを呼び寄せる有料アイテムを設置していて、そのおこぼれに預かった私は近隣では珍しいスピアーとイワークを捕獲できた。
そのポケストップでは初めて他のトレーナーから直接声を掛けられた。噂の待ち伏せ強盗かと身を固くしたが、白黒ローブの「原始回帰教団」という古代宗教の人で、私とポケモンの為に祈らせてくれと言われた。気持ち悪いから断ったけど。
なんでも人間も一つのポケモンに過ぎず、ポケモンから生まれた人間は元のポケモンの姿に戻るべき、という教義の昔からある宗教らしい。人間がポケモンでたまるか。今後白黒ローブには近寄らないようにしよう。
モンスターボールが心許ない。有料で纏めて入手しようか。
新たに捕まえたポケモンは8種。図鑑は33種が埋まった。
帰りがけに最寄りのポケストップでたまごを入手。ふか装置に掛ける。珍しいポケモンだといいな。これで明日から、歩き回ることも少しは楽しくなりそうだ。
【7月25日曇り時々雨】
チビーー私のピカチュウについて一つ気付いたことがある。彼は放電系のわざを使う時、予め目標に対して数本の体毛を飛ばし、それを避雷針のようにしてわざを当てている。敵より近くに味方がいても誤爆しないそれが理由のようだ。
全てのピカチュウがそうなのか、私のチビだけの癖のようなものなのかは分からないが、今までそんな話は聞いたことがなかった。ポケモン研究者の間では常識だったりするのだろうか。父はその事を知っていただろうか。
この星の生物は進化の過程のある時代に、環境的に非常に厳しい絶滅寸前の大飢饉時代を生き抜いた、というのが父の持論だった。ポケモン達の現在では過剰としか思えない攻撃能力の多くがその時代に身についた、と。子供心になるほど、と納得したものだ。
今でこそきのみなどを主食とするピカチュウの祖先は、恐らく水辺で他のポケモンを捕食していたのだろう。電気の技は水中のポケモンには効果抜群だったに違いない。
そんなやけに生々しい面を持ちながら、また同時に生物として極めて非常識な面を併せ持つ生物。ポケモン。
体組成が容易に量子状態になり、導電回線を介して転送できる点などはその最たる所だろう。百歩譲って身体が信号に変わって再構成出来たとしても、心はどうなのだろう。憶えたわざは変わらないから記憶はあるとして、転送の前後で魂ーー意識は連続しているのだろうか?
例えば私がトレーナーの端末から基地局のパソコンに送られ、再生されたとして、私は何を見るのだろう。再生された私は、元の私なのだろうか。
……やめよう。考えても仕方のないことだ。こういう時、私にも父の血が流れていることを実感する。血は水よりも濃い。
クラスメイトのマコトとたまたま出会い情報交換した。図鑑もレベルも負けている。原付きを持ちバイトしている彼は私より行動半径が広く、課金をしその効果を最大に活かしながら活動している。彼によるとフクヤマ城周辺がストップが密集しており良きボール稼ぎ場らしい。折角の情報だが自転車移動の私には遠い場所だ。
持てる者は益々持ち易くなる。不公平だとは思うが、人生そのものが元々そういうバランスだ。ある物で戦うしかない。
彼はヒガシフクヤマ駅のジムを一度は治めたらしい。直ぐに負けて置いたポケモンは戻って来たらしいが。
お互い頑張ろうと別れたが、正直少し悔しかった。ダメ元でも今度一度ジムにチャレンジしてみよう。何事も経験だ。
新たに捕獲したポケモンは5種。図鑑は38種が埋まった。近所では新種捕獲のペースが落ちてきた。お城とは行かないまでも遠出を検討しよう。
【7月26日曇り】
今日、初めてジム戦に挑戦した。
結果は惨敗。初手で先手を取られた私は頭が真っ白になりポケモン達に指示らしい指示もできないまま、CP200足らずのゴルバットにCP300越えのエース6体全てを駆逐されてしまった。
途中ギブアップすることも出来たが、私はそうしないまま、呆然と傷付き倒れてゆく私のポケモンを眺めていた。
そうする私の中にどこか残酷な愉悦があった。
父はポケモンが好きだった。父の膝にあり、また父に抱かれているのはいつもポケモンで、私ではなかった。
父が早起きするのはポケモンの為。父が遠出するのはポケモンの為。父が嬉しそうに語るのはポケモンのこと。父が寂しそうに愚痴るのはポケモンのこと。ポケモン、ポケモン、ポケモン、ポケモン……。父の人生はポケモンを軸に回っていた。私や母ではなく。
そしてポケモンは遂に父そのものを私から、母から奪った。そのポケモン達が目の前で傷付き苦しそうに倒れてゆく。ざまあみろ。報いを受けろ。判断を拒絶した脳裏で誰かが暗く囁く。私はその囁きに抗えなかった。気が付けばパーティは全員瀕死。試合は終わった。
ジムを出て、傷付いたポケモン達をアイテムで治療した。チビを庇ってエアカッターの直撃を受けたカイロスの傷は特に酷かった。きずぐすりを塗り保護パットを貼りながら、私は私自身が泣いていることに気付いた。ごめんね、ごめんね、と小さく繰り返しながら。
私は自分が抱く相反する二つの感情に困惑した。ポケモンを、父を私から奪った仇と憎みながら私は心のどこかでこの不思議で賢い生き物が好きなのだ。彼らに度々抱く複雑な思いは彼らへの愛憎の闘争そのものだった。そしてそうと知ってもどちらかだけになれない私がいた。
新たに捕獲したポケモンは4種。図鑑は42種。
たまごが孵った。コイルだ。初めて間近に見、抱き上げたコイルの子供は見た目と相反して柔らかく、弱々しく、そして温かかった。
【7月27日晴れ】
今日、傷付いたポッポを保護した。
だがその傷が尋常じゃない。素人の私が見ても分かる。これは銃弾の傷ーー銃創だ。
フクヤマシティにもごくたまに凶悪犯罪はある。だが銃を使った犯罪と言うのはついぞ聞いた覚えがない。
見つけたのチビだ。生体反応が微弱過ぎるのかトラッカーに反応はなく、家の近くの茂みで死にかけていた。胸に穴が開いていてそこから止めどなく血が溢れる。ありったけのきずぐすりで止血をし、自転車を飛ばしてイセガオカタウンのセンター支所に向かう。
マシンでなくポケモン医師の手で施術するそうで、私は三時間も手術室の前で待たされた。別に私のポケモンというわけではないのだか、じゃあ、とその場を辞すのは何か違う気がした。手術を待つ間、警察の担当者2名から簡単な質問を受けた。いかにも型通りに。
ポケモンを犯罪に利用するという「イレギュラーズ」の仕業だろうか。不要なポケモンを処分しようとしたのか。真相は藪の中だ。今はあのポッポの無事を祈るしかない。
父も何か犯罪に巻き込まれたのだろうか。父の身に起きた出来事に絡んでいるのはポケモンか、それともーー
手術中のランプが消える。手術は成功で、ポッポは一命を取り留めたが、大事をとって一晩をマシンの中で過ごさせるそうで、明日迎えに来いと言われた。ついはい、と返事をしたが、そもそも彼(彼女? )は私のポケモンじゃない。まあ明日、受け取ってから考えるか。
図鑑は49種になった。ビードルがコクーンに。ラッタがコラッタに進化した。違う生き物と言って差し支えない劇的な生態の変化。父が魅了される気持ちも分からなくはない。ポケモンはまさに形而上学的な生命だ。
【7月28日晴れ】
妙に早く目が覚めて二度寝もできず、8時過ぎに家を出てポケモンセンター支所に向かう。支所はセンター本所と違い24時間ではなく9時オープンなので入り待ちして開館と同時に昨日の傷付いたポッポの受け取り手続きをした。
治療費がセンター持ちになり、私は払わずに済んだのは正直助かった。水筒は持って出るのだが、それでも足りない出先の飲み物代や、つい買ってしまうアイス代も毎日となると馬鹿にならない。
受け取ったポッポは元気そのものだったが、胸には十字型に白く傷が残った。
センターの外で放したのだが飛んで行かない。朝食を食べに家に帰ったが、玄関の前までついて来た。そっちがその気なら、とこれも何かの縁だと思って捕獲、手持ちに加えた。沢山現れる他のポッポとの区別の為、「十字」と名付けた。CPも悪くない。
取り敢えずバトルメンバーに加えて様子をみよう。
夕方、帰宅すると母に駅前に出掛けないかと誘われた。車を出してフクヤマ城周りを回ってくれるという。行く、の返事が妙に大きくなった。母と二人で出掛けるのは考えてみれば久しぶりだ。母も嬉しそうだった。
駅前、またお城の周りは別世界だった。何十ものストップがひしめき、またその内の多くに桜が舞ってーー誰かがルアーモジュールを使ってーーいる。手に手に端末を持ちニ、三人の学生らしき人、カップル、仕事終わりのサラリーマン、お姉さん、孫とお爺ちゃん……。日も暮れているというのに合わせれば何百人という人々が、ポケモン探索の為に歩き回っている。山と家しかない家の周りと環境自体が大違いだ。
一時間足らずの間に、手持ちのボールは150個近く増え、20匹近いポケモンを捕まえることができた。
母とお城に行ってみようという話になったが、駐車場が一杯で近隣の路上駐車も凄い。お城は諦めてミドリマチパークに行った。車を停めて母と歩く。母は恥ずかしそうに自分の端末を私に見せた。母もトレーナーになったのだ。勿論まだレベルも低く捕獲ポケモンも少ないが。
それから交代で「おこう」を炊きながら、一時間ほどミドリマチパークのポケストップを二人で行ったり来たりし、ポケモンを捕まえた。お城ほどではないが、パークにも沢山のトレーナーが探索していて、私はその不思議な雰囲気を母と共に満喫した。
目新しいポケモンとは大して出会わなかったが、新参の十字にはいい慣らし運転になった。彼は気の利いた中々に賢い動きを見せ、また他の主力メンバーとの相性も良いようだった。何より母と共通の何かを一緒にするというのが久しぶりで、新鮮で、正直とても楽しかった。
おこうも切れて帰ろうとした時、母と私は同時に天高く響く雄叫びを聴いた。見上げれば街明かりを跳ね返す灰色の夜雲を遮って飛ぶ竜のシルエット。力強く羽ばたくその大きな影は、間違いなくリザードンのそれだった。勿論捕まえるのはおろかバトルすら今の私には無理だ。
母と私は西の空に飛び去って行くその恐ろしくも美しい竜の影を、言葉を失ったまま、ただただ見送った。
手持ちの何体が進化したことも手伝って図鑑は55種。
帰り道、アイスを買って二人で食べた。母はまた二人でポケモンを探そうと言った。断る理由は皆無だった。
【7月29日晴れ時々曇り】
Ver.G.Oがリリースされ、私がトレーナーになって一週間。ポケモンと過ごす時間が増えるとともに、少しずつ彼らのことが分かって来た。私はそれまでポケモンの強さとはバトルの強さだと思っていたが、それは実は一側面に過ぎない。
彼らの強さとは生きるスキルの高さだ。レベルの高いポケモンほど巧みに気配を消し、モーショントラッカーの探知を逃れ、自然と同化する。だがトレーナーとしての私のレベルも少しは上がっているようで、そんな彼らの痕跡をもある程度追跡できるようになってきている。
イーブイがサンダースになったのをきっかけに、以前惨敗したジムに再挑戦することに。相手は因縁のゴルバットとシャワーズ。こちらはサンダース、カイロス、モンジャラ、ゴルバットとピジョンに進化した十字、ピカチュウのチビだ。
初戦のゴルバットこそ最小限の損耗で倒したものの、CP1000越えのシャワーズは流石に強かった。カイロスとサンダースが捨て身で相手の体力を削りチビがでんこうせっかで止めをさした。バトルに勝つ事しか考えていなかった私はジムに置くポケモンを不用意で、エース6体がズタボロだった事から慌てて置いた二軍のコンパンは秒殺で捻り倒され、私の三日天下は幕を降ろした。
だけどとにかく私は初めてジム戦を制し一度はジムをこの手に納めたのである。これは大きな成長だ。
試合後、シャワーズのトレーナーが声を掛けて来た。
キョウスケと名乗ったその青年。どこか見覚えがあると思ったら父の研究室にいたらしい。心配されたが平気だと伝える。失踪前後、父は古代ポケモン文明について調査を進めていたそうだ。初耳の情報だった。
「トレーナー人口が急に増えトラブルも急増してる。気を付けて」
日焼けした肌に銀のペンダントを輝かせる彼はそう言って去って行った。またどこかで会えるだろうか。
図鑑は59種が埋まる。帰り道。出合頭にヤドランが現れてバタバタ捕獲。びっくりした。
【7月30日晴れ】
灼熱の一日。暑い。暑い。暑い。だがポケモン達は元気だ。
と、いうか我ながら私の手持ちポケモンは良いチームだと思う。切り込み隊長のチビ、優しく力持ちのカイロス、そして参謀の十字。十字の賢さは異常じゃないだろうかと不気味にすら感じる。
バトル時、十字は空中からバトル全体を俯瞰しながら私の意向を汲み取りつつ、他のポケモンの配置や回避タイミングを細かく調整し、指示の補足をしてくれているらしい。正に参謀の仕事をしてくれているわけだが、ピジョンとはここまで知性的なことが普通なのだろうか?
かと思えば、そもそも正確で強固な帰巣本能を持つポケモンの筈なのに、うちのすぐそばに迷い込んで来たり、私が知るピジョンのイメージと隔たりがある。個性、と言えばそれまでなのだが、それにしてもまるで人間みたいだ。
よく行くストップにパトカーが停まっていた。
婦警さんに何事か尋ねると、トレーナーを狙った犯罪の注意喚起ポスターを貼って回っているらしい。単純な痴漢、強盗、声掛けからの連れ回し、秘密のテクニックを教えるというような詐欺、宗教の勧誘、エトセトラ、エトセトラ。新人トレーナーは狙われているそうだ。実際に行方不明になり、捜索願いが出ている案件もあるのだそうで(もっともそれは単なる家出かもしれないらしいのだが)気を付けるように、との事だった。嫌な話だが、人が集まる所には悪人も集まるものだ。今までと同じく、気を引き締めてやって行こう。
図鑑は現在66種。
活動実績値の累積で、トレーナーレベル12の認定を受けた。
初めて手にするスーパーボール。全樹脂製の通常のボールと違い、部分的に合金パーツで補強されており剛性感があってズシリと重い。蓋のロックも赤ボールの2箇所に対し4箇所と厳重だ。成る程これなら体重のあるパワフルなポケモンが中で多少暴れても、ボール自体が歪んだりロックが外れてしまったりしにくいだろうという信頼感がある。
高価な分、支給個数は少ない。使う時はズリの実と組み合わせて一投必縛の心構えで大事に使おう。
【7月31日晴れ時々雨】
三時過ぎ頃スコールのように降り出した雨にずぶ濡れになりながら、雨宿りがてら立ち寄ったポケストップのあるファーストフード店でクラスメイトのマコトに出会った。調子はどうかと尋ねたら彼はもうトレーナーを辞めると言う。
同じポケモン相手の同じ作業の繰り返しに飽きたそうだ。残念だが彼に取ってそうなら仕方ない。私より恵まれた環境なのに勿体無いとは思うが、何かに充実感を感じない人にその無理強いはできないし、すべきではない。 逆にこちらが充実感を持っていることを誰かにとやかく言われる筋合いがないのと同じように。
ポケモントレーナーは職業訓練であると同時に生態調査フィールドワークのボランティアでもある。ありふれたポケモンの捕獲もその数や地域分布のビッグデータになる。
代わりに地域の研究所から骨格と筋組織の統合成長促進剤、通称「アメ」や高タンパク高栄養素配合の合成機能餌、通称「ほしのすな」を一定量もらう。それらを使い、手持ちポケモンを成長させ、また新たなポケモンの捕獲に挑む、というトレーナーのサイクル。
飽きたら辞めるしかない。だが、捕獲の成功やバトルの勝利、他の人との関わり、ポケモンの、自分の成長。私にとってこのサイクルの中には作業以上の色々ないいものが沢山ある。だからもう少しだけ続けられそうだ。例え父のことがなかったとしても。
図鑑は71種。
母がどこからか「隣の市の古代生物博物館にレアポケモンのカブトが出るらしい」と言う情報を入手して来た。明日二人で行こう、とノリノリだ。カブトと言えばかなり珍しい化石ポケモン。捕まえられれば大きな実績だ。楽しみ。
【8月1日晴れ】
夏休みの宿題のノルマを終え、出かける支度をする。
母は珍しくパンツルックに大きなつばの帽子という装いでウキウキしながらとっくに支度を済ませていて、車のエンジンまで掛けて待っていた。コンビニに寄り昼ご飯を買う。博物館までは片道30分だ。
母の分の端末も私が見ながら、通り掛かりのストップから資材を受け取り、モーショントラッカーに目を光らせる。母は情報の出処がネットの噂で、骨折り損に終わるかも知れないことを予め謝った。勿論それは折り込み済みだ。野生の生物に絶対も確実もない。
カサオカシティの古代生物博物館は山と海の境目に建つカブトの甲羅の形を象った建物だ。敷地内には三つのストップがあり、私は本館に一番近いストップにルアーモジュールをセットし、おこうも炊いて母と博物館に入る。中には展示物として多数の生きたカブトがいた。(勿論、それを捕獲するわけには行かないが)
他にも古代の恐竜ポケモンや現代も数億年前と殆ど変わらない姿で生きる生きた化石と呼ばれるポケモンの模型や標本が私たちを迎えてくれた。元々生き物が好きな母と私はその貴重で珍しい展示の数々を純粋に楽しんだ。
結果だけ言えば、肝心のカブトは出なかったけれど。
しかし遠出した甲斐はあって、フクヤマでは見かけなかったポケモンを何体も捕まえた。シェルダー、ブーバー、パウワウ、ニャースにロコン。母はカブトが出現しなかったことを繰り返し謝っていたが、私は大満足だった。
帰りの車では父の話をしながら帰った。
若い頃の父との出会いやデート。私が生まれた時の、小さい頃の父の様子。失踪前の、新しい発見に興奮する父の喜びよう。なんでも父は、偶然得た古地図の解析結果から未発見の遺跡を見つけたらしい。だがいなくなるその日まで場所については決して明かさなかったそうだ。
ポケモンと人間の歴史を覆すかもしれない、危険だがエキサイティングな発見だ、と母に語った父。
新発見の遺跡、か。もしかして父が失踪した原因はその遺跡にあるのかもしれない。
図鑑は76種。
遺跡の情報……父の研究室の関係者なら知っているだろうか。
【8月2日晴れ時々雨】
3回目のジムチャレンジを制し、私はついに私のポケモンをジムヘッドとして纏まった時間配置することに成功した。
シャワーズを置いて8時間。今の所まだ手元には戻らない。
ジムヘッドの配置料として10クレジットと、ほしのすな500gを受け取る。額は小さいが私自身で稼いだ初めての収入。ありがとうポケモンたち。
夕方、また母と共にフクヤマ城へボール稼ぎに。相変わらずズバット、ポッポ、ラッタ、コンパンが多い。
そもそもフクヤマ城のある高台は昔はズバット山と呼ばれるほどのズバットの群生地で、フクヤマシティの市のマークがズバットを模したものなのもその為だ。どうせならピカチュウかミニリュウの群生地なら良かったのに。
G.O.リリース初週によく見掛けたドードーを余り見なくなった。代わりにパラスが良く出るようになった気がする。一部のポケモンは一週間前後で住処を移動する習性があるらしいからそのせいかも知れない。
バトルの為にボールから出した十字が酷く落ち着かない。
そわそわしてると言うか、のべつキョロキョロしてバトルにも集中できないようだった。もうすぐピジョットになれそうだから、思春期……発情期なのだろうか。
その分はチビやカイロスがカバーして、捕獲自体は順調だったのだが。ピジョットになれば落ち着くかな。
図鑑は79種。
フクヤマ城で白黒フードのローブを着た団体を見た。いつか声を掛けられたナントカ教団の連中だ。4、5人が早足で通り過ぎて行った。彼らもお城にボール稼ぎに来てるのだろうか。そう考えると、資金繰りに苦労してる割と弱小な団体なのかも知れない。
【8月3日晴れ】
今日はフクヤマ大学を訪ねた。母に聞いた父の研究。発見した遺跡。その手掛かりがあれば、と思ったのだ。
大学は夏休みで、守衛さんと一部の事務の人、サークル活動の学生さん達がいるくらいで、私の思い切った調査は盛大な空振りに終わった。
ポケモントレーナーになって12日目。セオリーというか、行動の感覚が掴めて来た。
時間帯で、頻繁にルアーが焚かれているストップが幾つかある。その近くでお零れに預かりながらボールを補給しつつ捕獲数を伸ばす。低コストなポッポの進化過程報告で実績を稼ぐ。
ボールが心許なくなって来たらストップ密集地(私の場合はフクヤマ城)に行って補給する。CPが500や600を超えるポケモンとも渡り合えるようになって来た。もう少しレベルが上がればハイパーボールも貰える筈。そうなればより強いポケモンを捕獲できる。
強いポケモンをジムに置いて、クレジットとほしのすなを定期的に貰えるようになれば、既存手持ちのポケモン達を強化できる幅の自由度も増す。
当座はハイパーが貰えるようになるレベル20を目指そう。それとコイキングをギャラドスにしたいな。
図鑑は82種。
ピジョンだった十字はピジョットに進化した。いつもの冷静な参謀の彼に戻ったように見える。一安心。
【8月4日晴れ】
今日は間近にトラブルを見て、というか巻き込まれてビビった。
いつもの捕獲、ポケストップのローテーション中、ポケストップ近くでケーシィを捕まえた女の子が、モンスターボールをひったくられた。間近にそれを見た私は咄嗟に犯人の足元にクサイハナのボールを投げた。
犯人の若い男はクサイハナにつまづき転んで、ケーシィの入ったボールを取り落とした。そこに折良くパトロールに来ていたいつかのミニパトの婦警さんが駆け付け、高らかにホイッスルを鳴らすと、男はほうほうの体で逃げ出し、婦警さんはミニパトで追いかけて行った。
被害者の小学生くらいの女の子には泣きながらお礼を言われたが、間が良かっただけで、まともなポケモントレーナーならみな同じようにした筈だ。
名前を訊かれたが「名乗るほどの者じゃありません」と言って伝えなかった。初めてこの台詞を実用したが噛まずに言えた。
夕方。母とまたフクヤマ城へ。ストップ巡りをしているとカブトが出て、あっさり捕まることができた。誰だよ博物館に出るとか言い出した奴。十字はやはり落ち着かない。何かを恐れるような態度になる。ひょっとして、十字が撃たれたのはフクヤマ城の近くなのか。
最近ポケモンによく逃げられる。おっとりしたポケモンはあらかた乱獲されて、シビアな奴だけが残っているのかな。博士達が送付されたポケモンに調査用タグを付けてリリースしているという話もある。一度捕まって放されたポケモン達が用心深くなっているのかも知れない。
図鑑は83種。
地域で獲れるポケモンはほぼ捕まえたようで、図鑑進捗のペースが落ちてきた。
お城でキョウスケさんに会った。遺跡について聞いてみたが、今は父の研究室からよそに移ってしまっているらしく、詳しいことは知らなかった。
母や私が父から何か預かったりしていないか訊かれたが、二人とも心当たりはない。続けて父の私室を調べてみては、と提案された。それはやって見る価値がありそう。
父の情報共有の為、キョウスケさんとメアドを交換した。他意はない。他意はないけどドキドキはした。
【8月5日晴れ】
昨日キョウスケさんから言われた父の部屋に手掛かりがないか探してみては、との提案に基づき、朝から母と掃除を兼ねて整理と手掛かりの捜索をする。
結果まあ見事な程なにも見つからなかった。パソコンはパスワードが分からず立ち上げすらできない。
ゲームや映画だと途中で途切れた日記とかに重要なキーワードが隠されていたり、思い出の写真に写り込んだ数字がパスワードだったりするもんだが、現実はそんなに甘くないらしい。
気をとりなおして午後からはポケモン捕獲へ。
近所のスーパー「ハリーズ」の裏手は東西3キロに渡って用水路があり、その両岸が道になっているのだが、この用水路に多数のコイキングがいるのを見つけた。行ったり来たりと歩き回って2時間程の間に12匹のコイキングを捕まえることができた。ギャラドスが一気に近づいた感じ。
図鑑は85種。
実績点を稼ぐ為には、新規ポケモンの捕獲よりも手持ちポケモンを進化させる方向に重点を置いた方がいい時期に来ているかも知れない。
【8月6日晴れ】
暑い。冷感スプレーを導入してTシャツに吹いてみたが、焼け石に水とはこのこと。百均のだから効かないのかな。
最近ポケモンに良く逃げられる、と思っていたらどうやら太陽フレアの影響で多くのポケモンの感覚が鋭敏に、逃げやすくなってるそうだ。
道理でボールの減るペースの割にポケモンの取れ高が低いと思った。一時的なことらしいので、次の流れまでは図鑑登録済みの高CPポケモンは敢えて見逃し、コイキングなど未登録ポケモンの進化に必要なポケモンと低CPポケモンに絞ってボールを使うとしよう。
図鑑88種。コイキングのアメ現在336個。ギャラドスが見えてきた。
夕方、母とまたフクヤマ城へ。そこかしこに舞い散る桜。みんな課金してるのかな。ニドランとのバトル後、どっかに勝手に飛んで行った十字が大き目のメダルのようなものを拾って来た。なんだこれ。
青銅に鋳造された矢印のようなマーク。初めて見たはずなんだけどなんだか見覚えがある。画像検索したが交通標識みたいなものがヒットするだけ。どこで見たのかな……。ま、その内思い出すか。
帰り道、ケーキ屋さんの前の道にカブトが出た。ほんとにレアなの?こいつ。
【8月7日晴れ時々曇り】
3回目の大量ポッポ進化とその経過データの送信で稼いだトレーナー実績得点で、レベル20になれた。
これでついにハイパーボールの支給を受けることができる。
初めて手にするハイパーボール。全金属製だが意外なほど軽い。
レジスチリウムと呼ばれる希少金属とチタンの合金からなる外殻は耐熱耐衝撃、剛性に優れ、伝説ポケモンすらその内に捕縛して歪みや割れを生じない。8箇所のL字のツメによる物理ロック機構とジバコイリック電磁石による閉鎖装置がその捕縛を更に完全なものとする。
その分、現在市販されていないその値段は通常のモンスターボールの30倍と言われている。スーパーボールともモンスターボールとも微妙に重量バランスが違うので、午前中はそれに慣れる為の投球練習に費やした。ここ一番でハイパーボールを投球ミスはしたくない。
午後はコイキングが多数出る「コイキングロード」(私が勝手にそう呼んでいる)でコイキング集め。夕暮れまで行ったり来たりしてアメは362個。もう少しだ。
同じ量のほしのすなと実績点なら、確実に弱いコイキング狙いでボールを使うのが暫くは高効率かも知れない。
図鑑は90種。タマタマとタッツーがようやく進化にこぎ着けてナッシーとシードラに。
キョウスケさんからメールが来た。
手掛かりが見つかったかの問い合わせだったから、無かったことを伝え、なんだか「ごめんなさい」と謝ってしまった。
【8月8日晴れ】
やってしまった。
昨日貰ったばかりのハイパーボールをもう使い切ってしまった。
ファストフード店に桜が舞うのを見て休憩がてら立ち寄ったところ、CP1098のフシギバナが出た。
泡を食った私はズリの実とハイパーボールを交互に投げつけた。
11個あったハイパーボールは全て使い切りなお捕まえられず、絶望しながら投げたスーパーボールでなんとか捕まえることができた。
ああ。ハイパーボール。
変な話だが次にハイパーを手に入れるまで激レアなポケモンに出会ったりしませんようにと祈ってしまう。
コイキングがついにギャラドスになる。
XL評価の大きい個体をギリギリまで鍛えて進化させたのだが、できたギャラドスはXSだった。だが強化MAXは生きていて私のギャラドスは進化直後でCP1704の中々の強ポケモン。いきなりトップエースだ。
図鑑は92種。
フシギバナも少し鍛えれば即戦力になる。
ジムに置いていたシャワーズが戻って来ていた。
明日はフシギバナとギャラドスを連れて、ジムを取り返しに行こう。
【8月9日晴れ】
トレーナー生活はアイテムのマネジメント生活だ。
シャワーズを置いていた神社のジムを取り返した私はジムにギャラドスを置き、バトルで傷付いた手持ちポケモンたちを癒したのだが、結果回復系のアイテムを使い果たしてしまった。
逆にボールの方は、少し捕獲対象のポケモンを絞っていたからバッグに溢れている。実はボールがなくなる不安から、バッグが一杯になる前にボールを優先して、使用期限の近いきずぐすりから順にある程度処分していたのだが、完全にバランスを誤ってしまったようだ。
ジム戦を視野に入れると、アイテムの重要度が大きく回復アイテム側にズレる。また、ジムヘッドのポケモンたちはCP1500以上が当たり前になって来ていて、ほしのすなの需要も高くなる。ほしのすなは市販アイテムではないので、纏まった量を手にできる機会は少ない。
私が今注目するのはふかそうちによる孵化レポート報酬の実績点とほしのすなだ。溜まりがちな卵もはけて新ポケモンのチャンスにもなり、レベルアップの近道にもなり、少なくとも5〜600のほしのすなが纏めて手に入る。ジム収入が貯まったらふかそうちに当てよう。
図鑑は93種。
ケーシィがユンゲラーになった。
ポケモンの逃走傾向を助長していた太陽フレアの電磁波は収まったらしい。
ボールはバッグに溢れてる。
明日は捕まえて、捕まえて、捕まえまくるぞ。
【8月13日晴れ】
ようやく起き上がれるようになった。
10日から3日続いた39度の熱で全く動けなかった私は、病院に処方を受けにいった他は、この3日をほぼ丸々ベッドの上で過ごした。
ver.G.Oがリリースされてからこっち頑張り過ぎたかもしれない。
思えば私は、かりっかりのインドア派。このボディは夏の日差しに当たるようにできていない。
今日まで念のため一日休んで、今日含め4日分の宿題のノルマを片付けた。
休んでる間にジムは奪われ、傷付いたギャラドスが帰って来た。
だが治療する為の薬品がない。一番最寄りのストップに何度か行ったが、出るのはボールばかり。ジム戦が盛んになって治療薬系の資材が品薄なのだろうか。
少し前、ボールに困っている時は、あんなにくすりばかり出ていたのに。
図鑑は変わらず93種。
父の研究について知りたい旨を母に伝えたら、大学で父の研究室の助手をしていたマヤさんという準教授に連絡してくれてアポを取ってくれた。
明日、学生の卒論の進捗をまとめる為に大学に来るそうだ。
父の研究。失踪のヒントを見つけたい。
【8月14日晴れ】
また訪れたフクヤマ大学。
待ち合わせた6012号室は半分が事務室、半分が応接室のような作りで、5分前に到着したのに既に父の助手、マヤさんが待ってくれていた。
スマートな体型。白い肌。艶やかな髪と紅い唇。女の私から見ても美人のお姉さんそのもの。少ししか話してないが頭の回転が速い感じで、年下の私相手に偉ぶることもなく何かとよく笑い……どちらかというと日陰勢の私には眩しい女性だった。
父の研究について把握はしていたが彼女も肝心の遺跡の場所は知らなかった。
ただ、父が失踪する前後、度々宗教団体から電話や面会などで接触があったそうだ。面会に来た連中は揃いの白黒フード付きのローブを着ていたとか。
あいつらだ。
確か、「原始回帰教団」。
まさかあいつらが父の研究……いや、失踪に関わっているのか?
マヤさんには同じ話は警察にもしているから軽率な行動は慎むように、と釘を刺された。
一応分かってます、と返事はした。
ふと思い出して、キョウスケさんの事を知ってるか尋ねてみたが、マヤさんは知らないとのこと。
所属の時期がズレてるのかな。
帰り道。モーショントラッカーにカモネギのバイブレーションパターンが出てうろうろ探し回ったが見つけられず。虫に刺されただけだった。
よって図鑑は変わらず93種。
父の周囲に見え隠れしていた原始回帰教団の影……一体父に何があったのだろう。
【8月15日晴れ時々曇り】
体調もすっかり戻り、今日は久々にコイキングロードへ。コイキングを中心にコダック、ヤドン、メノクラゲなどを捕らえて実績点とほしのすなを稼ぐ。最近ズバットと相性が悪くやたらボールを消費するのでズバットは暫く無視することに。
5kmのたまごからニャースが生まれ、ペルシアンまであとアメ4つ。ニャース1匹分となった。
夜はまた母とお城にボールの補給へ。
お城ではまた白黒フードの一団を見かけた。こっそり後を付けたが石垣の袋小路で見失う。気付かずすれ違ったかな。
ストップの往復をしてたらキョウスケさんに出会う。情報交換して、原始回帰教団が怪しい旨を伝えた。キョウスケさんは少し何か考えた後、危険だから教団には余り近付かないように警告してくれた。マヤさんのことは噂に聞いたことがあるそうだ。
ただ、いい種類の噂じゃない、とキョウスケさんは少し怖い顔をした。詳細を聞いたが、若い子に聞かせるような噂じゃないよとはぐらかされ、彼女は信用するなと注意される。そんな悪い人にはみえなかったけどな……。
帰り道でニドクインに出くわし、びっくりしながらもゲット。
図鑑は94種に。
マヤさんの悪い噂。まさか父の失踪の原因が、あの人だったりするのだろうか。
【8月16日晴れ後雨後曇り】
今日は母とキャンプに来た。
思いついたように急に誘われたのだが、どうやら前々から準備していたらしく、シャワーとトイレが綺麗なキャンプ場が予約され、グッズも用意され、テントに至っては一度試しに貼ってみた形跡すらあった。
キャンプ場の入り口がストップなのだが、珍しいポケモンは出ず。一度スリープらしき影がモーショントラッカーに表示された以外は、新たな収穫はなかった。
午後からは大雨。母と私は道の駅に昼食に出ていて全くと言っていいほど濡れなかったが、慣れない二人が張ったタープは真ん中が弛んでいて雨を貯め、潰れてしまって下のチェアに着地、チェアの形状とあいまって小さな水槽のようになっていた。
一頻り笑って写真を撮ったあと、二人で片付けた。
クサイハナがラフレシアになり図鑑は95種。
道の駅のジム。やけにつよかった。
レベル5で、CP2000超えのカビゴンが2匹含まれいた。
誰だよ田舎のジムはビードルが護ってるみたいなこと言ったやつ。
【8月17日晴れ時々雨】
キャンプ場で迎える朝。
ポケモンはいないがストップはあるので手持ちのボールが増える。
母と二人で作るホットケーキ。
父がいたら、なんと言って食べたろう。
明け方にも雨が降り、テントとタープは一面に水滴が付いていた。
できたら乾かして畳みたい。だが生憎の空模様で天候は照ったり降ったりを繰り返す。最後は気まぐれな雲の振る舞いに一喜一憂しながらも、全ての装備を乾いた状態で撤収することができた。
午後は作っておいたホットサンドを食べ、車でキメンダイ山の展望台へ。
スリープが出ないかとトラッカーを見ながら移動していたら、展望台の駐車場脇の茂みにスリープが。うまくゲットできた。
数人いた周りの観光客からは少し変な目で見られたが。
そもそも、私のポケモン捕縛スタイルはトレーナーたちに取っても主流ではない。
多くのトレーナーが出会ったポケモンにすぐボールを投げつけてる。ポケモンを操りバトルさせるのは昔父から教わったやり方で、捕縛効率はいいものの野蛮で残酷だとして中々一般に普及しないのだ。トレーナーになった頃の私はポケモンに冷たかったから受け入れたけど。
複数のポケモンを展開して退路を断てば逃げられる確率はグッと減るし、捕縛した多くのポケモンを休眠状態のままにしておくのは人道的なのだろうか。とは言え私の手持ちも一部のエースを除けばずっと休眠状態ではあるのだが。
ポケモンを捕まえること自体が残酷で野蛮なのかも。
次にお城に行った時にでも、みんなを出してポケモンフーズをやろう。
スリープを捕まえ、また、たまごからニャースが孵って得られたアメでニャースがペルシアンに。
図鑑は97種。
山の頂上の展望台にはジムがあった。
CP800ちょいのゴルバット1匹が護っていたから、一捻りしてフシギバナを置いて来た。
帰ってくると私がシャワーズやギャラドスを置いていた最寄りのジムが赤チームのレベル8ジムに。しかもきっちり8匹入ってる。もうちょっと手出しできないなぁ。くっ。
【8月18日晴れ】
コイキングロードは今日も暑い。
だが、成果は上々。気が付けば、私のレベルは22に達している。幾つかまで上げたら、マスターボールが貰えたりするのだろうか。
コイキング漁から帰ると、最寄りのジムの様子が変わっていた。
チームはレッド所属のままだが、レベルが3まで下がっていたのだ。誰かが攻め落とし損ねたのだろうか。
CP1000強のシャワーズが2匹とCP2000強のナッシーが1匹。これなら今の私のメンバーで落とせる。虫除けを目一杯手足に吹いてスズネ神社ジムへ。
苦戦はしたもののサンダースとチビは見事なコンビネーションを見せ、カイロスと十字はナッシーに対して詰将棋のような戦いを繰り広げ、無事ジムを取り戻すことができた。なんだかんだでジムからの収入は90クレジットに達した。おこうやしあわせたまごなら買えるが今はふかそうちが欲しい。もう少し貯めよう。
夜はまた母とお城へ。ポケモンたちを外に出してフーズをやっていたら、また十字が騒ぎだし、勝手に飛んで行ってしまった。慌てて追いかけると、前に原始回帰教団を見失った袋小路に。盛んに壁をつつく十字。
そこへ白黒フードの一団が。急いで十字をボールに戻し、茂みに身を隠す。彼らが十字がつついていた壁の前で何かすると、壁の一部が内側に開き、通路が現れた。前回見失ったのもその為だったのだ。彼らは壁の中に消え隠し扉が閉まる。私は扉に駆け寄った。
丁度十字がつついていた辺りに丸い凹みがある。彫り込まれた矢印のようなマーク。
前に十字が拾って来たメダルと同じ模様。ポーチからメダルを取り出し、その凹みに当てがうと扉はゴトリと音を立てて開いた。
中は地下に降りて行く通路。
所々褪せた朱塗りの木枠で支えられた洞窟からひんやりとした空気が流れる。等間隔に続く電灯は最近敷設されたもののようだ。
ここだ。
私は確信した。
父が調査していた遺跡。そして恐らく父が消えた場所。多分だけど原始回帰教団の奴らにとって、大切な聖なる場所。
唾を一つ飲み込んで、足を踏み入れようとした時、母が私を呼ぶ声がした。
そうだった。母と一緒だった。心配を掛ける訳にも巻き込む訳にも行かない。何が待ち受けているか分からないのだ。
私は扉を元どおり閉めると平静を装って返事をし、そのまま母と帰路についた。
図鑑は変わらず97種。
まさかみんなが出入りする有名観光地のお城に秘密の遺跡があったとは……。
父の失踪の謎に、私は確実に近づいている。
けれど警察に言うには突拍子がなさ過ぎる。一人で行くのは危険過ぎる気がする。
今の私に必要なのは協力者、だ。
【8月19日晴れ】
何をしても手に付かない。
取り敢えずお城の地下に何かあり、そこを宗教団体が不法占拠していると証明できれば、警察が調べてくれる……だろうか。
警察の気配を感じれば、奴らは都合の悪いものと共に引き払ってしまうかも知れない。
思い余ってキョウスケさんにメールする。
十字のこと。メダルのこと。隠し扉と原始回帰教団のこと。
キョウスケさんは驚き、私の心配をしてくれた。私が遺跡の中を調べに行くつもりなのを告げると、まずは止め、私の決意が固いと知ると同行を申し出てくれた。
一も二もなくお願いした。
ただ、キョウスケさんは一日待て、と言う。万一の時に必要な装備を揃える為だそうだ。それから余計な心配を掛けない為に母にはこのことは言わないように、とも。勿論だ。母に告げたら謎の遺跡の調査など絶対に許しては貰えない。
午後、マヤさんが家を訪ねて来た。大きなスイカを持って。その後、私や母が大丈夫か尋ねられて、迷ったが大丈夫です、とだけ告げる。連絡先を交換しようと言われたからそれは断らなかった。
父の事は大人に任せて、少しは夏を楽しんでね、との助言。
平気です。明日はお城でデートなんです、なんて見栄を張っておいた。それを聞いたマヤさんは目を丸くして驚き、本当に愉快そうに笑った。私にはこの人がどうしても悪人とは思えない。
図鑑は変わらず97種。
決戦は明日。
私の胸には、真実に立ち向かう用意がある。
【8月20日晴れ】
私は今、病院でこの日記を書いている。
何から書けばいいだろうか。
早朝。キョウスケさんとの待ち合わせ。
お城の隠し通路。その先は、色んな文明の様式の入り混じった混沌の神殿だった。ぴりぴりとした澄んだ空気。埃と土の匂い。
お城の中に遺跡があるんじゃない。多分昔の人は、遺跡を利用するか、護り隠すかする為にお城を建てたのだ。
どれくらい降りたろう。巨大なドーム状の空間の中央には輝くクリスタルで造られた何かの装置が据え付けられていた。
地面には二つの円。その中間に何かの操作盤のような黒曜石の台座。台座の中央には丸い凹み。
ここは……。
「古代ポケモン文明の遺跡だ。ポケモンを人間に。人間をポケモンに変える力がある」
人間を、ポケモンに……?
見ればそれぞれの円の中には人とポケモンの戯画が描かれている。
「中央の黒い石。そこに鍵をはめるんだ。はめる時の矢印の向きで、人をポケモンにも、ポケモンを人にもできる。原理は解明できていないがね。これまでの実験は7割方、成功した」
キョウスケ、さん?
「あの男は鍵を盗んで逃げたんだ。やはり娘に託したか。我々の元に残ったのはオリジナルから型取りした樹脂製のコピーだけ。出入り口は開けられても、装置は機動しなかった」
キョウスケさん?何を言って……。
「我々に近づいたら危険だと忠告したよね?悪い子だ」
言いながら襟から取り出すペンダントヘッド。初めて会った時からしていたシルバーのペンダント。そのデザインは私の持ってる鍵……青銅の矢印メダルを縮小コピーしたものだ。
キョウスケさん、あなたは……!
答える変わりにキョウスケさんは白黒のローブを纏う。
「世界に、回帰を」
その言葉が合図だった。
どこからともなく現れた白黒ローブの集団が、ざわざわと私を取り囲む。 世界に回帰を、と繰り返しながら。ゆっくりと。
「怖がることはない。あるべき姿に戻れる君はむしろ幸福だ。さあ、君がポケモンに戻った姿を皆に見せてやってくれ」
私は叫んだ。お父さん、と。
その叫びに答えるように、バッグの中から鳥の力強い鳴き声が響いた。
十字だ。
十字は自らモンスターボールのくびきを断ち、地下遺跡に怒りの叫びと共に姿を現した。
それだけでは終わらなかった。
十字がもう一鳴き甲高く鳴く。
するとバッグから光が溢れた。チビが。カイロスが。シャワーズがフシギバナがギャラドスが。私のポケモン達が勝手にボールから飛び出すと私を護るように囲んで白黒ローブの邪教の奴らに吠えた。奴らの何人かは銃を取り出したが、十字が素早く動いてそれを叩き落とした。
「おのれ、どこまで邪魔をする!」
キョウスケはナイフを取り出すと私に向かって突進して来た。十字が三回鳴いた。カイロスが私を担ぎ上げ甲羅がナイフを跳ね返す。シャワーズが邪教のものどもにハイドロポンプを見舞う。私と他のポケモンが階段に上がったタイミングでチビが渾身の10まんボルトを放った。
原始回帰教団の奴らは全員が激しく感電し、全身から湯気を上げ、その場に倒れて痙攣し始めた。私は泣きながらマヤさんに電話した。そしてまくし立てた。今、目の前で起こったことを。混乱した頭で、しどろもどろになりながら。
そうしてる間に、私のポケモン達は何かの準備を始めた。倒れた狂信者達はポケモンに担がれ、引きずられ、外に出されてゆく。
十字が、装置のポケモンの図案の円の中央に舞い降りる。
カイロスが促し、チビが私の袖を引っ張る。
私は、全てを理解した。
青銅のメダルを取り出し、黒曜石の台座の凹みにはめ込む。矢印をポケモンの円から人の円に向けて回す。
どこかかから響く周期的な低い唸り。女性の悲鳴のようなノイズ。
洞窟全体が、世界がぐにゃりと歪む。染み出す闇。溢れる光。正直私は死を予感した。
優しい目をしたピジョンは消え、人の図案の円の中に、びしょ濡れの裸の男が現れた。
胸の十字の傷以外は、よく知った懐かしいその姿。
男は意識が朦朧としているようで、力なく倒れようとした。
私は駆け寄ってそれを支えた。
涙が溢れた。とめどなく。
おかえりなさい。
お父さん。
【8月21日晴れ】
警察の若い担当者は一頻り呆れた後、次からは大人に相談しなさいと強く諭された。母はまず泣き、続いて怒り、最後に笑って褒めてくれた。
私はポケモンたちのお陰で無傷だが、保護された父の衰弱は激しく、やっと辛うじて会話できる程度だ。
だが確実に快方に向かっている。母が尋ねたところによると、自分がポケモンだった間の記憶は、目が覚めた後に思い出す夢のようで、時間を追ってどんどん不確かになっているらしい。レポートを書く体力が無いのを悔しがり、母に会話の録音を頼んだそうだ。
遺跡は我々が外に出た途端に音を立てて崩れてしまった。調査と発掘は進んでいるが、あの「装置」は恐らく粉々で、二度と再び元の機能を発揮することはないだろう。
あれは一体なんだったのだろう。
なんの証拠を……どんな真実の一端を、私は見たのだろうか。
様々な文字や遺跡、地下迷宮や大規模な仕掛けの建造物の痕跡を遺し、消えてしまった古代ポケモン文明の宗主たち。彼らは人か。それともポケモンか。古代人たちは何らかの事情で、ポケモンになって世界の一部になったのか。それとも人間は昔、本当にポケモンだったのか。
ポケモンは形而上学的存在だ、と父は言っていた。それが本当ならば人間もまた形而上学的存在で、両者は一つの事象に対する角度を変えた別の視え方なのかも知れない。その視え方を変えるのがあの「装置」だったのではないだろうか。だとしたら私の持つポケモン達も……。
やめよう。
父が無事に帰って来た。今はそれが全てだ。
私はポケモンが嫌いだった。
私から父を奪い続けたポケモン。
父はついに、帰ってこなくなった。
私はポケモンが嫌いだった。
だが彼らは帰ってこなくなった父を私に返してくれた。
私を助けてくれた。
ボールは充分にある。ペットボトルが二本。ゼリー飲料とタオル。モーショントラッカーと予備バッテリー。そして仲間たちが収まったモンスターボール。
父が元気になったらポケモンの話をしよう。ジム戦の。私が見つけたコイキングロードの。私の大事な仲間たちの。
私はこれからもポケモンとともに生きていく。多分一生。トレーナーとして。
私はポケモンが嫌いだった。
あの頃の私は、今はどこにもいない。