其の参 掻凍り編
#5 すれ違い
「ヒューッ! 姐御カッケーッ!! 風格あるぅ! いつの間にか、自然に、何の疑いもなく手柄を自分の物にするなんて。さりげないのにやることが大物だぁ! すげぇよ。さすが、フブキの姐御だよ!」
「……フブキ?」
 突然のグレイシアの参戦に、群はこれ以上ないくらいに驚嘆し、熱狂している。その中、また誰よりも騒いでいるグラエナの弟……じゃなくて、兄が僕にとって初めて聞く言葉を自慢げに叫んだ。
「フブキとゆーのは、姐御が自らつけなさった誇り高い名前っす。遠い地で修行を積み、立派になられた姐御がここに戻られた時、以前とは違う生まれ変わりの意味を込めてつけなさったんだ。後に、自然の脅威の一つとしてオラ達を苦しめるブリザードを攻略、武器化した。そのことからブリザードの使い手という二つ名からとった名、それがフブキ! 姐御にとっても似合う名前だと、オラは一番に思ってますぜ。なー、アネ……ゴ?」
 ようやくグレイシアの険悪の表情に気付いた。研がれた刃物のような鋭さを帯びた眼差しをグラエナに向けていた。オス勝りの恐ろしい“にらみつける”だ。何かの数値が減りそう。
「ジンライ……。貴様は今何をしでかしたか分かるか? 過剰に、不要に、みだりに、能無しみたく、敵に情報を与えたのだ。おまけに覚えられてしまったじゃないか! アタシを敬う、お前のその気持ちは分かった。なのになぜ、アタシの切実な想いを察してくれなかった? 本当に尊ぶ気持ちがあるのなら、決してアタシの名を口外しない約束を覚えていたろう。その情報はお前を含む一部の部下にしか知られていないと、あらかじめ教えたはずだ。分かるか? それほど秘密裏にしなければならないほど最重要項だとなぜ認識してくれなかった。お前には然るべき対処が必要と判断した。この戦闘後にお前の将来について考える。それまでそこで待機していろ。いいな」
 言葉尻に圧力を感じる。落ち着いた口調であるが、明らかに怒ってる。あのグラエナがどのような罪を犯したか、グレイシアの立腹がそれを物語っていた。怒りの矛先を向けられたグラエナは目に涙をためて、今にも泣き出しそうな、顔面が崩れそうな表情を浮かべた。その姿は、はしゃぎすぎてプールに飛び込み、監視員や親にこっぴどく叱られた幼児の図そのまま。
「す、す……すみません、姐御。お、オラは、姐御が頑張れるように、士気を上げようと思って……。確かに、オラがどんなに愚かなことをしてしまったか自覚してます。姐御の面汚しだってことも理解してます。オラが全部悪いんです。だけど、ただ善意でやったつもりだったんです。信じて下さい! どうか、どうかご勘弁を。ゆ、許してくだせぇ……」
「もういい! 気が散る! 喋るなっ!!」
 また一段と眼光を鋭く尖らせ、三度言葉で圧した。向けられていなくても震え上がりそうだった。グラエナが指示通りに黙ると、また何とも言えない雰囲気が漂う。そして何を思ったのか、今度はグレイシアが誇らしげにこう述べた。
「……そうだ。アタシがこの地域一帯を統率している集団の、いわば首領。自己紹介もまだだったな。いかにも、ブリザードヘッドの異名からとったフブキというのはアタシのことよ。自分だけ名乗らずにいたのは失礼した。詫びに先手をお譲り致しましょう。ただし負ける気は、全然だがな」
 さっき注意したばかりなのに、親分が子分に便乗して名乗ってしまった。じゃあ、あんなに怒る必要なかったんじゃないか? 誤魔化しようもなかったから、いっそのこと、と開き直ったのか。何はともあれ、まず先に終わらすべきことに集中しよう。
「“マジカルリーフ”だ」
 リーフィアが挨拶代りの先制を仕掛けにいった。肢体から生えた緑葉から、妖艶な光を放った葉っぱを幾枚も飛ばした。落ち葉みたく優雅に舞うことなく、真っ先にグレイシアに向かった。それらを“こおりのつぶて”や体を使って相殺したり回避したりした。序盤はどちらも探り合いの展開になった。だが、技を使って守備する策には舌を巻いた。普通の回避といったら、体を右へ左へと動かす行動が一般だ。あれはいわば技を跳ね返すもの。技術や力はもちろん、センスも兼ね備えていなければなしえない。僕が育てたポケモン達ですらできないかもしれない。
 かなり戦闘経験に長けている。野生を通り越したようだ。実力だけならジムリーダーとためを張れるくらいだ。そんなグレイシアなら、この相打ちの攻防の真意を解き明かすだろう。
「おや、これはどうなったことか。お前の足元、見る間に緑の絨毯が敷かれているではないか。さっきまで雪がかぶっていたのに、こんなにも草木が生い茂っている! ほら、また。お前が踏みしめると、その箇所から新たに宿したかのように生えてくる。まるで生命を与える女神のようだ! 素晴らしい。もはや神話だな、これは」
 攻守がめまぐるしく入れ替わり、息をつかせないほど激しい戦いが繰り広げられている。読み合いの連続にお互い緊張している。それなのに冷静に現状分析をするグレイシア。随分な余裕だな。厳しい野生の世界にもまれるだけあるのかもしれない。
 グレイシアの指摘通り、リーフィアが立っている場所から草が生えている。いや、生やしたという言い方もある。
「さしずめ“くさむすび”で足場を形成し雪原の上での戦いを避け、なるべく動かず体力を温存する戦法……か。それもそうか、ただでさえここは草タイプには荷が重いだろうし。まあ悪くないだろう」
 今から僕が説明しようとする前に、なんとグレイシアが先にこちらの作戦を解明してしまった! 嘘だろっ!? こんなに早く種を明かされるなんて夢にも思わなかった。なんて恐ろしい、エスパータイプも兼ね備えているのか?!
 グレイシアの言った通り、リーフィアの足元とその周辺に“くさむすび”を撒き散らし、彼女のセーフティーゾーンを確保するための作戦だ。今日はあられは降ってないものの、多量に積もった雪がリーフィアを苦しめる。ただでさえタイプ相性が不利なのに、これでは分が悪すぎる。本来は攻撃わざなのだが、これで攻撃するつもりはない。雪の上より葉っぱの上ならまだ寒くないし、彼女も安心するだろう。さらに言えば、その周辺は前戦でイーブイが“すなかけ”をした場所でもある。いわば土を掘り起こし、地面が剥き出しになったところから草木が芽生えたというわけだ。範囲としては小さいが、冬の極寒を断つ土壌や植物の自然の暖かさが、足元から伝って守ってくれる。
 イーブイに“すなかけ”を指示したのにはこの理由があったからなのだが、本当は二連勝してソウルを持ち帰る予定だった。ただ、二戦目の組み合わせが確定した時、残っているポケモンはリーフィアとオニゴーリのみだった。勝負する前から不利になることは知っていた。勝つつもりでイーブイを送り出したが、保険としてあのような指示を出しただけだ。決して一戦目で勝利したという慢心でもないし、イーブイの勝算を疑ったわけでもない。慎重に、確実に、仲間を取り戻すための作戦を練り遂行しているだけだ。
「だが標的が動いてくれないと実に退屈だ。まあいいさ、倒す方法なんて他にいくらでもある。それでアタシの攻撃をしのげると思ったら大間違いだっ。せいぜいその場に居座り続けるんだな!」
 吠えた瞬間にグレイシアの背後から冷たい突風が吹き荒れてきた。“こごえるかぜ”だ。動ける領域が狭い分、当然相手の攻撃から回避するすべがない。直撃も免れない。もう冷たくて冷たくて、もはや痛みしか感じない。
「もう一度“マジカルリーフ”!」
 単純な防御わざを持ち合わせていない今、反撃するするしか手立てはない。幾枚かは氷がまとわり凍りつき落ちてゆく。しかし残りの葉はそれをかいくぐりグレイシアにヒットした。「やったな!」と睨みつき、今度は“れいとうビーム”を発射。これも命中。ただし、こうかはばつぐん。大打撃。さすがに数発受けきれそうにもない。やむをえん。こうなったら切り札を出してやる。僕は天に向かって人差し指を突き立て、何かが解放されたかのように叫んだ。
「“にほんばれ”ぇぇ!!」
 照明の出力が増大したように、日光が眩しく照りつける。空気や大地がさらに明るく、淡く、白くなる。空もより青々と澄み、遮るものは何一つない。この時を待っていた。放つなら今!
「“ソーラービーム”!!」
 頭から生える大きな一枚の葉っぱから、目一杯に蓄えた陽光を、一閃の光線に変え、発射。通常2ターン消費しなければならないこの技は、ひでりなどの快晴時に限り、貯めることなくすぐ出せるようになる。“たいあたり”の感覚で高威力をぶつけるようで、繰り出す方もそうだか指示する方もかなり爽快だ。
 しかしこれは特殊技。物理系統を得意とするリーフィア族としては、決して相性が良いとは言えない。ましてや、くさタイプの技はこおりタイプに対して「こうかはいまひとつ」。せっかくの威力が半減される。おまけに特防も高い。特殊攻撃には打たれ強いはず。もはやこれは攻撃したと言えるのか? そんな不安がよぎるのは必然だろう。
 だが、打った技の威力だけで全てが決まる訳ではない。絶対に決めてみせるんだという、強い気持ちも大事だってことも学んだ。向かい風が吹かない時なんてないように、いつだって逆境はやってくる。それに対する確かな自信と意思がなければ立ち向かえない。だから、いつも自分自身を、そしてポケモン達を信じて精進してきた。
「はああああああああああああ!!」
 大丈夫だ。少なくともリーフィアは、僕の気持ちを共有してくれている。内なる秘めたもの全てを吹き飛ばすよう。全身全霊の絶叫と共に“ソーラービーム”はグレイシアめがけて疾走する。瞬間に雪や地面が剥がれるほどに地を這っていた。どんなものも貫かんばかりの勢いだ。

 ドォォォッ。

 ビームがグレイシアに接触したと同時に、爆発したように轟音と光が弾けた。きっとかなりのダメージを与えられた。そう信じるしかない。でも、辺りがしんと閑静さを帯び、舞い散った雪や草土がみたび降り落ちた時、明確にグレイシアの姿が目に移った。擦れた傷跡がいくつか認識できたが、ちゃんと四足の脚で立ち、存在を示すかのように胸を張っている勇姿があった。しかも笑顔だ。別に驚きはない。散々タイプや威力の計算を見積もったから、むしろ予想通りだった。けど、あんな、「何かしましたか?」と言いたげな、余裕たっぷりな笑みを浮かべるほど耐えられるとは思わなかった。いくら相性が何もかも悪いとはいえ、ほぼダメージがないように振る舞われちゃ、とてもじゃないけど心が折れる!
「こんなものでアタシを倒そうと思ったのか? かなりおめでたいなぁ。もし瀕死に至らしめるつもりなら、アタシが模範を示そうじゃないか。技を決めること、すなわち相手を圧倒することとはこういうことよ!!」
 たけり狂う猛吹雪のごとく吠えるグレイシア。そしてそれに呼応するように胸元のペンダントが蒼く光りだす。もちろん、これから何が起こるわかったもんじゃない。反射的に身構える。警戒するに越したことはないからね。
 その時だった、目の前を何かが横切ったのは。上から、物が落ちてきたように。頭上を見上げても青い空しかない。流れる雲ひとつもない、ただの空白。そこから何かが落とされることなんてないはずだった。そう思った矢先に、また勢いよく駆けて、それは目の前を横切った。だが、ひとつだけではないようだ。大小様々な物体が縦横無尽に、舞い散るように動く。ううん、訂正。本当に舞い散ってる。これは雪、氷の結晶だ! こんな快晴だっていうのに、どこから湧いてきたのか、次々と結晶が増えて飛び交っている。なんだ、なんだよ。今度は何がくるんだよ。
「いでよ、せっからんぶ≠フ舞!」
 なんかグレイシアがわけわからんこと言ってる。と思った瞬間に、いきなり突風が吹き荒れる。突如現れた風は周りの結晶を巻き込んで、どんどん規模を肥大化していく。それは小さな竜巻と言ってもいいぐらいのものだが、どんどん風が強まり荒々しくなる。そして慈悲も容赦もない朔風はリーフィアに接近し、無情にも結晶とともに飛ばしてしまう。
「うわあああああああああ!!」
 早い! もうあんな上空へ飛ばされた。竜巻と例えたけど、もはや台風のような勢力だ。一瞬で旋風が生まれ、一気に雪をまとい、一挙に力をリーフィアにぶつけた。まだまだトレーナー歴は浅いが、こんな技は見たことがない! カケラ技の可能性があるが、あの四色のカケラを身につけているようには見えない。そんなことより! リーフィアがかなりの致命傷を負ってしまった。もう風前の灯火、絶体絶命の窮地だ。次の攻撃で決めるしか勝てない。ソウルを助けられない。そんなの、いやだ。出し惜しみするもんか。全てを賭けてこの勝負に勝つ。
「カケラ技、発動! 天照らす太陽の化身よ。内に秘めたる大いなる力。いざ爆風と共に放て。熱風渦巻く情熱の矢。その名は、スピキュール=I」
 リーフィア自身とその周辺から発火、そして各々が鋭い針のように細長く形成され、グレイシアに向かって飛ぶ。この技ならタイプ相性は逆転。いくら冷たく凍った氷でも、燃え盛る炎の攻撃には耐えられないはず。
「ほほう、面白い。この時のために温存した切り札というわけか。いいだろう、受けて立とうではないか。アタシもそれに応えて全力でぶつかっていこう。だが最後に勝つのはこのアタシだ! せっからんぶ≠フ舞、昇華!」
 グレイシアもあの大技を繰り出してきた。またあの雪混じりの冷風が吹く。二つの技は放たれた瞬間に衝突したように見えた。お互い猛スピードで真っ向に受けるから当たり前だろうが。接触したと同時に、急激な温度差によってか、瞬時に蒸発して大量の水蒸気が発生した。コンマ何秒後かに鈍い激突音が聞こえた。辺り一帯は霧のように視界が遮られた。僕はおろか、「ブラン」の部下達も全員、バトルの行方を見失った。勝敗が決したかどうかもわからない。だがそんな不安も瞬間に消え失せた。所詮は水蒸気。しばらくして周りの空気に溶けてなくなった。臨時に設けたバトルフィールドの中央に、水色と緑色のふたつが立っている様子が確認できた。しかし、リーフィアは立っているのがやっとで、四本の脚はいつ倒れてもおかしくないくらいに震えている。対してグレイシアは肩で呼吸するように息を荒げている。が、リーフィアほどの症状ではない。突進している分体力を削ってしまったかもしれない。技の威力としては互角か? だけどまだ誰も倒れていない。もう一回打つしかないのか? けど相手もまた同じ技をしかけてきたらどうしよう。このままぶつかり合いの試合展開になったら自滅してしまう。やばい、何一つ逆転できない。勝目が、ない? とんでもない絶望を目の当たりにし、僕の思考回路は止まりかける。そんな状態の僕に一体何ができるのかすらも考えられない。ただ、自分の瞳に映る情景を眺めるしか術がなかった。そうだな。あ、いま空から……、

雪が降り始めている。

うん? 雪? いまグレイシアはさっきの技を出したのか? 彼女に目を向けてもその様子は微塵もしていない。現に彼女も驚いている。つまり意図して降らせていないということだ。太陽も空も出ている快晴ぶりだ。厚い灰色の雲は一つもない。なのに、何でだ? その答えは、まもなくしてやってくる。
「『ブラン』の野郎どもはどこべさあ!!」
 僕の背後から突如、積雪を豪快に踏み鳴らす音やしゃがれ声が飛んできた。簡単に振り向けば、数体以上のユキノオーがここに押しかけてきた。
もちろんこれは突然の出来事。予想外な展開だよ。そのおかげで再び部下達は混乱する。やめてもらいたよね、こういう迷惑は。……って僕も似たようなことしたもんね。人のこと言えねえか。
「なんだお前らは。取り込み中なのが分からないのか? 商談の最中に失礼の一言もなしに入ってくるのか。そんな約束事は聞いたことがないぞ。今は大事なところなんだ、後にしてくれ」
 グレイシアさん、商談って言葉どこで覚えたんですか。人間と関わっていなければ、そんな言葉知らないはずだけどなぁ。それにしてもすごいポケモンだ。慌てず、落ち着いて適切に対処するところはさすが群の統率者。するとたまらず、リーダー格のユキノオーがグレイシアに食ってかかる。この土地の方言のような、僕には聞き取りにくい訛りが続いた。
「ほんなら、こっちも取り急ぎの要件があんさ。女王様、あんたに聞きたいことがある。なして人間と手を組むっちゅう、はんかくさい真似ばした? 単刀直入で申し訳ないが俺は真実が聞きとーてここへ来たんさ。もちろん生半可な噂話で動く俺でない。んども、こんだけはいてもたってもいられんかった。なあ。なして、なして人間側さ寝返った? 俺らに不満があるんかい?」
「……すまんが話が見えないな。お前の言っている意味がわからない。アタシが人間と手を組む? 寝返った? それは面白い冗談だな。誰だそんなデマを流したのは」
 ユキノオーはしきりにグレイシアに訴えかけた。しかしグレイシアは真剣に話を聞く態度をとらない。僕も初めてそんなことを聞いたが無理もないだろう。今の今までグレイシアは人間との交流を避けていると聞いたからだ。そんな彼女が人間に対しての友好的なアクションをとったとは考えにくい。今も僕は良い目で見られてないからな。
 グレイシアに反論するかのように、ユキノオーは証拠として僕を指さした。やっぱり僕か。一人しかいないからね。
「そんところにおる人間が何よりの証拠さ。昨日そいつと『ブラン』が接触したと聞いたさ。ほんで今朝仲間から、接触した人間が『ブラン』の基地に向かったとも聞いたべ。……これは条約違反でないかい? なんぼべさ? いったなんぼ(あた)ったんさ?」
「だから何の話をしている。言いたいことがあるならはっきり言え」
 話が噛み合わず、ユキノオーはいらない焦りをあらわにする。てゆーか、ちょっと待て。じ、条約ってなんぞ。野生でありながら、そんなルールを設けたというのか。発起人はグレイシアか!? ますます恐ろしいわ。
「ようするに、あんたらは人間と密会したと違うか。俺らに知られないよう秘密裏に。俺らは見ての通り弱小グループであんが、自分らに誇りを持って生きてんよ。んども、こうも小さいと、ろくにきのみも領地も取らさんない。そこにあんたらがやってきて、俺らの悩みさ取り計らってくれたべ。自分らの居場所ば好きに確保してええかわりに、食料確保や領土拡大のための勧誘の手伝いをすると。そして俺らの生活源といえる食料は、『ブラン』から定期に支給されると。その条約を了承し、あんたらのあかげで、自分らの好きなように生きていけたべさ。ども、今日知っとうたさ。今まで自分らは騙されたと。俺らより世界を知り、各地方に旅する人間と接すれば。より広くより良い場所を教えて貰い、ここにねえ珍しいきのみだとかが得られんかもしんねえ人間と知り合えば! あんたは人間には金輪際関わらないっちゅう話をしたろう。なのに、なんやこんがさいありさまは。俺らばぷっとばして他の土地さ逃げる魂胆だろ!? 横領さ、裏切り行為さ、とんでもない暴挙べさ!!」
 なるほど、なんとなくユキノオーの言い分は理解できた。生きてゆくには厳しい極寒の環境下において、「ブラン」が自分達の生命線というわけ。まるで会社と社員の関係のように、「ブラン」の要求をこなし、報酬を得て生計を立てていると。するとそこへ僕という破壊者がやってきて、秩序を乱し追い出される、いわゆる解雇されると思っている。だが僕はそんな交渉をした覚えも考えもないし、ただ仲間を救いに来ただけだ。彼らは勘違いしている。たった一人の人間と会話しただけでこの疑いよう。よほど普段から無視しているみたいだな。
「もちろん根も葉もねえ噂だけじゃないべ。そこの人間以外の、決定的な証拠も持っているさ」
 そう言っておもむろに何かを取り出した。ただの赤い布切れが見えた。だが、それはただの布ではないことが、誰よりも早く、僕だからこそ分かったのだ。あれは、紛失したとばかりと思った、生地の薄いマフラーだ。赤い、マフラー。あかい、マフラー……。まふらー……。
「これは明らかに人工物さ。昨日の雪崩でこんなもんが流れ出た。『ブラン』がいる山上から流れたもんで、もしこれがあの人間の物だったら……。っ!? お、おい! やめろ、ちょすなちょすなっ! なあ、おい……!」


 最悪だ。最低最悪な、想定外な出来事が起きてしまった。大柄なユキノオーがハクトのマフラーを出した瞬間に、ハクトがユキノオーに掴みかかってきた。ユキノオーが振り落とそうと慌て、仲間のユキノオーも混乱する。そして巨大な体たちが揺れる度に、『ブラン』もまた混乱の渦に巻き込まれる。今は何もかもが入り乱れている、非常に危険な状態にある。悲鳴や暴走でとても収集がつかん。
 ハクトの奴め。いくら命のような存在と貴重に扱ってきた物だからって、後先考えず飛び込みやがって。それよりも。今はなんとか振り落とされまいと踏ん張っているが、もしのことがあったらひとたまりもない! 何でこうなったんだ。どうしてこんなことになった。近づくことさえできない。俺の技構成ではどうにも、できない。
 クソッ。悔しくて歯痒くて、つい地面に俯いたその時。雪の上に何かが落ちていることに気づいた。円盤状の物が三個、いや三枚落ちている。さらに、一枚として同じ色をしていなかった。これは知ってる、「わざマシン」のディスクだ。一度使えば中身がなくなる、使い切りのものだ。あの暴走でハクトのリュックからこぼれ落ちたものらしい。
 もしかしたら、この中に何か使えそうなものがあるかもしれない。この緊急事態を打開する、最も有効ともいえる技は、どれなんだ!?
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■筆者メッセージ
本編に表現を豊かにする試みとして「北海道弁」を取り入れました。北海道出身の友人がいなかったので、かるく調べた程度で入れてみました。これを読んだ現地の方からしたら気分を害するかもしれませんが、何卒温かい目で見守って下さい。
ジョヴァン2 ( 2015/03/26(木) 21:56 )