七光の軌跡 - 其の参 掻凍り編
#1 猛威
 アタシは弱くない。ここまで必死になって、我慢して、耐え続けてきたから。がむしゃらになって頑張ったのだから。過去のアタシとはもう違う。逃げてばかりの負け犬だったあの頃とは全く違う。強くなっている。いや、まだまだ強くなるんだ。醜い人生から突き放すために。
 雌なのにという未練なんてもう捨てた。可愛さや美しさを追求するなんてバカバカしい。雌に力が無いといって手加減されるなんて真っ平。雪原に咲くちっぽけな花を可愛がっていた自分が憎たらしい。そう、アタシが雄だろうと雌だろうと、この弱肉強食の世界は変わらない。力が無ければ死を待つのみ。誰からの助けもない、自分一人で挑む世界だ。負けても死しか行く果てもない非情な世界でもある。
 それなのに、雌は下がってろ? 手出しはするな? 雌は大人しく、雄のかたわらについてずっと見守ってろ!? 冗談も甚だしいったらない! 雄だけ任せる義務も、雌が戦いに加わらない制限も、ただの世間一帯の身勝手な主張に過ぎないのに。頑固な古い先祖達の固着観念なだけなのに。だったらアタシが変えてやる。覆してやる。戦う女帝になってやる。もう戦場を支配するのは雄だけじゃないことを思い知らせてやる。
 もう一歩なんだ。アタシには才能がある。部下もあれば、権力がある。もう少しで絶対王者として君臨できる。雄共をひれ伏す時は近い。あとは力があれば、実現できるんだ。これで一体誰がアタシを弱いと言うか。
 アタシは強い。


『9月2日
ハクタイシティポケモンジムに挑戦。
ジムリーダーのナタネさんは、やはりタイプ弱点をカバーするように、状態異常を仕掛けてきた。
しかしセキマルの猛攻撃により強敵ロズレイドを撃破。
イーブイも一番手として活躍して初陣を果たした。
フォレストバッジを獲得。
続いてヨスガシティに方針を向け、サイクリングロードを通過予定。』

『9月18日
朝早くヨスガジムに挑戦するが、最後の一匹で惜しくも敗れた。
特訓させるのも辛いと思い、あまった時間を広場散策やポケモンスーパーコンテストに参加したりした。
今まで知らなかったコンテストの魅力。
色んな衣装を着飾るドレスアップ。
カスタネットを使ってリズムよく踊るダンスパフォーマンス。
審査員に向けてアピールをとる技演技。
交流の街らしいエンターテイメントを終日楽しんだ。
参加した皆、また出場したいと異口同音。』

『10月12日
ノモセシティに到着。
ジム挑戦の前に、サファリゲームに行って仲間作りをする予定が、
連日の雨によって沼地の水位が高くなり、大変危険のようだったため暫く閉鎖になってしまった。
明後日の午後のジム戦に臨むために、特訓を開始した。』

『11月26日
トバリシティポケモンジムに挑戦。
セキマル・ソウル・リーフィア共に、激しく交代する入れ替え戦に対応できた。
ルカリオ対ルカリオの頂上決戦は、期待した通りの良い勝負だった。
コボルバッジを獲得。
その後、デパートにてショッピング。
リーフィアとセキマルのお菓子の買いすぎで困った。
ポフィンの調理用具を含めて、ジム戦の賞金が帳消しになったお買い物であった。
明日はゲームコーナーに行きたいとセキマルにせがまれた。
羽を伸ばすつもりが、お金に羽が生えて飛んでいってしまう連休になりそうだ。』

「ヘックショーーン!」
 テンガン山に吹きつける冷凍の突風が走る銀世界の真ん中で、僕は大きなくしゃみと鼻水を飛ばす。天気予報のお姉さんが言うには、気温摂氏マイナス二度。特に216番道路はテンガン山に吹く北風が強く、ところによって猛吹雪となるでしょう。ますます厳しくなる寒さが続くようです。そう言って微笑む天気のお姉さんは、僕にとっての悪魔だった。脱せない生き地獄の中に閉じ込め、さまよう命をなぶって遊ぶ血も涙もない悪魔だった。そしてその悪魔が注目している216番道路が、今僕が歩いている渓谷。猛吹雪は勿論、降り積もる厚い雪道が、進行速度低下及び体力消耗促進を引き起こす。おまけに僕は全くの寒がりだから、効果抜群の感覚が身にしみる。遂に僕の身体は丸くうずくまってしまった。
「ハクトさん、すごく寒そ〜。ワタシが温めてあげましょうか?」
「できるなら、その首に巻いてあるマフラーを返してくれないか。この日のための必需品で、僕の大切な物なんだよ」
 リーフィアは雪の上を飛び回り、僕の顔を覗くように首を傾げる。そんな彼女の首に巻いている、赤いマフラーが目についた。
 凍える攻撃にも弱い草の彼女は、この状況で自身の体毛だけで温めるのは辛いはず。僕は、それを労って彼女に、かつて僕の首に巻いていたマフラーを与えた。赤くて布地が薄いマフラーを、リーフィアは喜んで受け取った。しかし、保温性が疑われるくらい薄いそのマフラーを巻いたおかげで、こんなに動き回れるのか。正直言って、そんなに暖かくなかった。けれど、できるだけの防寒はしたかった。だからこうしてリーフィアにせがんでいる。たいして暖まらなくても元気に活動できるリーフィアから、返還してくれるように。するといたずらっぽく笑みを浮かぶリーフィアが言うには。
「ハクトさんは出発前に一体何枚重ねたんですか。随分な防寒をしている人に、何でマフラーを渡す必要があるんですか? それでも十二分暖かいはずですよ。比べてワタシ達なんて丸裸。カイロや毛布を身につけてもいいくらいじゃないですか。それとも何か。『そいつはオレの物だから、お前がさっさと返してもおかしくない』とでも言いたげですか? まさかハクトさんはそんなちっちゃい人間じゃないですよね。それに寒いのならワタシが温めてあげますよって言ってるのに。もう、素直じゃないなぁ。マフラーよりも断然あったかいですよ。ぎゅ〜」
 無邪気に身体に抱きつくリーフィアの体温は本当に暖かかった。動き回ったせいだろうか。彼女のはく息も一層白かった。あんなに厚着をしたのに、下着や肌にまで温もりが伝わってくるのを感じる。確かにマフラーを巻くより、こうしてもらった方がこの寒さからしのげるだろう。しかし、僕は防寒するためだけにマフラーを求めているわけではない。第一、寒がりの僕がこんなにも軽薄な襟巻きを選ぶか。もっと長く厚いものを手にするはずだ。けど今手元にあるのは人から貰ったものだ。自ら購入したものではない。それに魅力や魂があるように見える。どんなに辛くて苦しい境遇に遭っても、これを巻くだけで、その人が傍にいて励ましてくれるようで気持ちいい。暖かくないのに、緊張の糸がほどかれて、安心してしまう。
 すっかり心の支えとなった、その人の分身が今欲しい。もはや私物以上に大切にしている、不思議なマフラーを巻いて、甘えたい、優しさに浸りたい。煩悩の赴くままに、リーフィアの首もとに手を伸ばす。
 それを手にする時、僕はあの懐かしの温かさを得るはずだった。しかしそれ目前とした今は、極寒が僕の頬を殴った。つまようじが何十本も束になって叩かれた痛みに似る、凍える一撃だった。“れいとうパンチ”でないことは確かだ。周りにはそれ相応を使えるポケモンがいないから。ただ、拳ほどある大きさの造作され角張った雪玉が、僕の体の上に転がっていた。大方、これが頬にぶつかってきたと予想が出来る。だがこれがどのようにして飛んできたのかが疑問である。雪玉が意志をもって動くわけがなければ、人為によって投げられたのであろうか。ならこの作為的犯行の実行犯は誰だろう。はるか前方で欣喜雀躍(きんきじゃくやく)しているセキマルに、僕は疑いの目を向ける。
「いえ〜い。目標命中確認。標的誘導ご苦労であった、リーフィア。どうだ、オイラの新技アイスバズーカ! さっき考えたんだぜ。氷タイプの物理攻撃。当たれば八割の確率で「こおり」づけになる。威力は、“こおりのつぶて”以上、“ふぶき”以下。天気があられ状態だと威力が1・5倍上がる。まだテスト段階だけど、この場所なら早く習得できるな」
 首謀者はやはりセキマルだった。ただ雪玉を投げつけただけで、カケラ技気取り。
追加効果までもう設定している。それにしても、技の威力の度合いが極端すぎる。命中率も公開してもらえば、大方想像できるが、それ以前に、その技が公認できるかどうかが難題。いや、カケラを身につけていない時点で既に成立していない。
 リーフィアと同様、極寒の中でも元気なセキマル。炎タイプだからという理屈からすれば、誰もが必然的に納得するだろう。なによりも、草タイプのリーフィアが活発できることが不思議だ。彼女の特質か? それとも異常の寒さで、感覚が忘れたのか? いずれにせよ、それを悩んだところでこの身の危機的状況は変わらない。とにかくこの吹雪は、怒る気力さえ奪う。
「あれ、張り合いね〜な。いつもならこの頭でっかちを掴みにいくはずが、今日はやけに沈んでいるな。もしかして具合が悪いのか? ノワキの実でも食って当たったか?」
 心配へと揺らぐセキマルの心境。僕がずっとふさぎ込んでいるから、遠くから声をかけて受け答えを待っている。ついには不安になって近づいてきた。所詮、まだまだガキだ。飛んで火にいる夏の虫、それでいて純粋で素直な奴よ。
「なぁ、そんなに俯いちゃって、どう……した」
 セキマルが『どうした』と言う間に、彼の頭でっかちを鷲掴む。捕獲成功。途端に僕は、高慢な笑みを浮かべた顔をセキマルに向けてこう言う。
「つっかま〜えた〜。そして、ご苦労様でした。セキマル、たとえ敵が動かなくなっても、うかつに近づくまねは今後するなよ。形勢逆転、もしくはお陀仏になりかねないぞ。しかし今は安心しろ。とって食いはしない。が、先ほどのアイス何とかを喰らわせた恩は返すつもりだ。こんな極寒の世界に放り込まれた一人を、よくもあの寒冷の一発をお見舞いしてくれたな。おかげで身も心も完全に凍てついた。というわけで、お前には僕のカイロになってもらおう! マフラーや手袋に帽子、そんなもの目じゃない。常に発熱・発火しているお前の炎を抱けば、一瞬にして温まるだろう!」
「じ、ジョーダンじゃねー!! ハクトなんかに圧死されるなんてゴメンだよ。オイラを抱いてもらう人物は、未来の花嫁ただ一人だけって決まってんだよ! こんな変態に抱かれてたまるかぁ!」
 巻きつく僕の腕から脱しようと、覚えてもいないじたばたを繰り出す。それだけじゃ飽きたらず、“ひのこ”をまき散らす。あちちと悲鳴をあげた僕は、たまらず腕を緩めた。まもなくセキマルは白皚皚(はくがいがい)の地に足を下ろす。解放した直後、今度は口から“かえんほうしゃ”を飛ばす。主人を焼き殺すつもりか!? とっさに倒れ込み、豪炎を回避する。
「ちょっと、セキマル! お前、生身の人間になに飛ばしてんだよ。当たっても外傷に至らない雪玉や枕じゃないんだぞ。念力や光線を受けても、その場でのダメージしか及ばないポケモンとは違って、打撲や後遺症になりかねないデリケートな体を人間はしているんだ。遊びで投げて済むもんじゃ……」
「遊びじゃねぇ、本気だ! マジで死ぬかと思ったぜ。ならその仕返しがてら、普段オイラ達がどんな目線で技を喰らったか味わうがいい!」
 すぐに立ち上がり、その場から走り出す。後ろから光炎のベールが何発も放たれる。背中すれすれまで炎の手が伸びてくるのを感じる。しかし、踏み荒らす雪の重みや厚さは感じなかった。さっきまで身動き一つもしなかったくせに。今は顔に何粒の荒雪や冷風が当たっても、それらの一つも払わずに無我夢中に走り続ける。まぶたが思うように開かないのは当然。
「ははっ、早速このザマか。人間は寒さや暑さといった刺激に敏感だ。更にそれらを長時間も浸るとストレスがたまり、しまいには心身ともに暴走する。基本、そういう生き物なんだ。ああ、勘違いするな、暴走ってのは俺なりの解釈だ。まぁ皆が皆そうじゃないと思うが、少なくともハクトはそれに類するな。だからイーブイ。そんな状態のハクトに難癖付けられても、そう落胆するなよ」
「それにしてもセキマルさんは、気が高ぶっているハクトさんと上手に接してますね。強引ですけど、そこからにじみ出る親しみを感じます。やっぱり男の子っていいですね。ああやって無邪気に遊び回ったりふざけあったりした、言葉以上のコミュニケーション。言葉を知らなくても交わさずとも、遊び一つを間に会話が成り立つ。その中で育まれた信頼や友情はどんなものだろうって、私はつくづくそう思います。男の子にしか分からないと思っているのですが、全く感じないということはないと確信します。お二人と混ざれば、なんとなくの感覚が身につくかもしれません。けど……悔しくて、羨ましいです。早く私も、そんな関係になりたいです」
 疾走している横でソウルとイーブイが雑談をしている。そういえば、口しか動かしていないこいつらも寒くないのか? ソウルは淡泊に、イーブイはしみじみと何を話している? 自分勝手に暴走しているわけじゃないぞソウル。そもそもセキマルが雪合戦を始めたことが引き金になったじゃないか。人間の性質のせいにするな。それにイーブイ、君はこの地獄絵図からどう見て、そんな微笑ましい光景だととらえた。そしてこの惨状の中に飛び込んだら、君の純白の首周りの毛が完全燃焼しちゃうぞ。そうだ、今の僕はそれ以上に危うい状況下にいるんだ。ひとの発言にいちいち反応するな。
 どのくらい走り回っただろうか。ようやく顔が刺されるような寒さを感じる。
運動して生成した汗はとっくに冷めた。けれど、鮮紅の炎はしぶとく追いかける。いい加減疲労が溜まり、体の自由がきかなくなりそう。このまま飲み込まれてしまうのかという失望の色が染まり始める。しかし、あるものを目にしたら、それは一掃された。身を挺して守ってくれそうな堅固な氷塔が、盛り上がるように立っている姿を見た途端に、ふっと色褪せた。地獄で仏に会ったとはまさにこのことだ。エンジンが掛かったみたいに、それに向かって精一杯、全速力で、飛び込むように走った。よく見たらその氷塔は不自然だった。つららが落ちるはずのない平坦な積雪の上に、大きくそびえるように生えていた。しかもところどころ左右対称に、細かな凹凸が確認できる。明らかに自然が模したものではなく、それに似せた人工物だ。だがそんなことはどうでもいい。盾になるものがあれば、それでいい。何度も言うが、今の僕は危機に瀕している。
 塔の下に転がり込んで、すかさずセキマルに身を隠すように反対側に回り込む。その時僕は、なぜか頭を抱えて伏せた。なぜなら、追ってくる奴が炎にあるからだ。氷を溶かす炎を持っている。この氷塔も同じこと。奴の火炎で溶かされる運命だ。じゃあ、それでは何でここにうずくまることを選んだんだ? 結局は時間稼ぎを設けたかっただけだ。
 ゴオオという焼却音らしきものがすぐそばに聞こえる。はっと体を起こせば、あの透き通るほど綺麗だった氷塔が既に溶けていた。メタモンが“へんしん”し終えた後みたいに、ドロドロと流れる液体となった。そしてその液体を眺め、次に僕へと焦点を合わせるセキマル。もう僕には、紅蓮の使いの悪魔にしか見えなかった。
「分かったよ、セキマル。もう存分にポケモンのバトル感覚を味わえたよ。それにしても、威力はもっと遠慮すべきじゃないのか? 手加減しろ。焼き殺すつもりかよ」
「むしろそのつもりで鍛えてもらったかもな。けど、こんなんでオイラ達の心境全てを知ってもらっちゃぁ困る。今度は『戦闘不能』の場面を体験してもらおうじゃないか。なーに、安心しろ。肉は美味しく頂いてもらうから」
 最後にそう言い終えると、にまりと頬骨を上げる。喉の奥から炎々と燃え盛る熱い素が、口内に押しとどまっている。今に火の粉が飛び散りそうだ。口内が更に黄色く輝きだす。準備は万全に整えられた。発射までのカウントダウンが開始された。ゼロへと数字が下るまで待つのが自然だった。
 なのに、僕とセキマルの間を割るものは炎のはずが、なぜ氷刃が飛んできたのか。それが二人の中間にザクッと突き刺され、音が立ってから初めてその存在を知った。洗練された刃の鋭さ。もう一歩誤れば、確実に刃の餌食になりかねなかったろう。

邪穢(じゃあい)を持つ汚らわしい愚民共よ。ただちにここから立ち去れ。さもなくば、この朔雪のもくずと化す」

 猛々しく息吹く吹雪の中、何者かの声が鮮明に聞こえる。姿形が見えず、まるでこの吹雪自体が声の主だと思わせられる。主は女性のものだと分かった。しかし気味の悪い口調だな。まるで雪の女王になって警告するような御託をほざく。
「ほぅ、今度の連中は愉快だな。人間だけならず、ポケモンが四匹まで。赤と青に緑や茶色と、色とりどり。サーカス団みたいね。何か芸当でも持っているのかしら。その赤い者が火を吹くのなら、青は水を操るのか? 手品やジャグリング、空中ブランコに火の輪潜りなどは出来るか。まあ、何もなくとも賑やかだ。見ているアタシ達も楽しい……」
 女王がそう呟くように言うと、急に体中の体毛がさかだつ。悪寒を感じているみたいに胸が、体が緊張する。女王が近くなっている! 走ってきたかと思うほどに声の大きさが増した。それなのに全く息が荒くない。本当に吹雪と同化して瞬間移動でもしてきたのか? しかし、それだけじゃない。女王以外の気配も感じる。無数の生物が僕達を囲んでいる。もしや女王の仲間達か?
 やはりハタから見ると、騒いでいるようにしか見えなかったろう。そんな僕たちを見ていた女王の声の調子は、心底楽しそうに聞こえる、少なくとも。逆に囲んでいる仲間達は、僕たちを狭い箱に閉じこめようとするような、そんな緊迫した雰囲気をまとう。女王とは合意していなさそうだ。
「が、お前達の過ちを見過ごすわけにはいかない。『ブラン』の名の下に結束した記念を、創りあげた碑を、我々の誓いを破壊した、お前達を許さない。お前達に万死の罪を下す。そして、皆慶べ。我らの栄光の成就へと誘ってくれた者達を大いに感謝しょう!」
 おおおおおおぉぉぉぉ!!
 気配達はそれぞれ四方八方にこだまする雄叫びをあげる。予想を越える気配の数。5ダースいてもおかしくはない。数も大きさも計り知れなく、重なり合った雄叫びは吹雪を飛ばし、大地を揺るがす。見る間に気配達の姿が確認できた。氷タイプや毛の深いポケモンばかりだった。同時に女王の姿も露わになった。
「今更雪解け水となったあの輝かしい結晶を惜しんでも遅い。失ってからそのモノの真の価値を改めることが出来るとは言うが、このアタシは通用しない。このアタシ、ブリザードヘッドは……絶対に許さない!」
 彼女の怒りのゴングが激しく鳴り始める。女王が、しんせつポケモンのグレイシアが、逆襲に燃え上がる。
 予想するに、アイツがこの群の中の頭領。あの威厳のある鋭い目つきは、どの雄ポケモンでも尻目にするだろう。ポッチャマよりも、エンペルトよりもプライドが高そうで、顎で部下をこき使いそうでもある。勘違いするなかれ、立派な褒め言葉だ。いや、たとえ褒め言葉と理解してくれても、彼らの怒りは鎮まらない。
 どうやら怒りの原因は、僕らにあるらしい。僕らが彼らの記念碑やらを壊したということだと。壊した覚えはないが、ついさっき氷塔を溶かしたことは確か。やっぱり、あの氷塔こそが、群の神聖なる証。他人が触れることすら拒む彼らの崇拝物を、僕達が壊した。そのことに我を忘れ、狂うように憤る。唯一無二の、彼らの象徴を失わすことは、殉死の刑に値するものだろう。
 ただ謝っても許してくれないか。冷えきった唇を動かし、僕は謝罪を試みる。
「ち、ちょっと待った! まずは、ゴメン。さっきまであったあの氷の塊が、まさか君達の大事な物だなんて思わなくて。溶かしたことも、わざとじゃないんだ。別に目障りで攻撃したわけしゃない。さぞご立腹だろうが、群だけは退いてくれないか? 無駄な争いは憎しみを生むばかりだ。率いている者なら理解できるはず。僕は自身の過ちを認めるので、どうか穏便に話そう」
 そう僕はゆっくりと言葉を選んで、丁寧に話す。するとグレイシアは、緊張の入れ混じった僕の声を聞いた途端に、不敵に笑い出す。
「塊……か。クックック。そうか、塊か。あれでも腕のいい職人に頼んで造ってもらったのだがな。お前達から見れば、相当の出来損ないに見えたか。造ったポケモンのセンスが悪かったのか、それとも頼んだアタシのせいなのか。まあ、それとは別に、その赤いやつも恐ろしいことよ。わざとでない炎でも、やはり溶けるものね。素晴らしい火力を備えているわ。あはは……」
 言い終わるや否や、「塊か、塊か」と呟いて再び笑う。大事な記念碑を「塊」と表現したことが、よほどおかしかったのか。怒るはずが、なぜか怒らない。理由が分かる訳がなかった。そして、ようやく彼女の笑いが収まった直後、今度は更に鋭さを増した目つきで僕を睨みつける。彼女の中の愉快な気分が一掃された。
「それとあんた、何か勘違いしていない? アタシはあの赤いやつに償ってもらうつもりなの。決してあんたじゃないわ。ハナっから張本人以外の意見に聞く耳は持たないからね」
「……」
 赤いやつ、つまりセキマルは申し訳なく思っているのか、肩を落としてうなだれている。グレイシアは群の中で特に落ち着いている。落ち着いているが、僕の発言に耳を傾けてくれない。燃やした張本人に審判をかけること以外、グレイシアは全くの関心を抱かない。それでも僕は彼女に説得し続ける。
「本当は、こいつは何も悪くない。僕があの塊……じゃなかった、証を盾にしたからいけなかったんだ。だからこれは、僕が蒔いた種。制裁を受ける正しい張本人は、僕だ。
こいつらには何の罪はない! 君の好きなように裁いてくれ。けれど、連れの皆には手をださないでくれ」

 アッハハハハハハハハハハハ!!

 グレイシアがたまらず高笑いを飛ばした。馬鹿にされたようで、不愉快を覚えるものだった。
「あんたは本当に仲間想いね。そして守られているお前達は本当に安心ね。お前達のためにそこまで庇ってくれるとは。主人はトレーナーの鑑だな! アタシが見てきた人間の中で、こんなに勇ましかった者はいなかったなぁ。どれほどの危機を潜り抜けてきたことか、目に浮かぶよ。同時に、お前達がどれだけ主人の足手まといとなったか、どれだけ実力が貧しているか分かった。醜いなぁ。『力』がないことは実に醜い。ポケモンとして生まれたからには、強者しか生き残れない、この悲惨な世界を生き抜くのに必要な『力』を得る宿命を意識しなければならない。バトル、つまりは戦うことによってポケモンの価値を決定づけるからだ。だが、どんな努力をしても強くなれない種族がいるだろう。お前達みたいに。そんな奴ほど何を望み、何を夢見るか分かるか? 外見を美しく錬磨し、実力を誤魔化すんだ! 実際に、人間達はコンテストという催しにポケモンを参加させ、人間の衣類に似せたものを身につけたり、踊ったりすると聞いたことがある。そして驚くことに、本来はポケモンの武器ともいえる技までもが、ポケモンを更に輝かせる手段として使われるとは。娯楽に生きる者にしては、非常に良い使い道を考えるじゃないか。ポケモンの生きる全てを見事にフル活用している! そんな安泰な世界で過ごすお前達は、立派なポケモンとして生きられるだろうね」
 とうとう僕の理性が音を立たずに切れた。
「君の言っている意味はよく分からないけれど、仲間を侮辱されて黙っていると思うなよ。感情の赴くまま、僕にぶつけてもいい。そのかわり、二度とその口から弱いとか誤魔化すとか吐くんじゃねぇ。こいつらは全然弱くない。実力も、ここまで来た生命力も、逆境に打ち勝つ精神も、皆……人一倍、ポケ一倍だ。よく知らず大口叩いている君に、そこまで言われる筋合も権利もねぇ!! 僕が一番にこいつらを知っている。だから反論できる。こいつらは、絶対に弱くなんかない!」
「言いたいことは、それだけか?」
 何だと!?
 僕らの周りを囲むグレイシアの部下達は、彼女の一言に反応したように身構える。ある者は口を大きく開放し、ある者は手中に気を溜める。彼らがこの後どのような行動をとるのか、案じることができた。できればそこまで考え至りたくなかった。
「だから教えてやろうと思ったのだ。やはりポケモンは戦うために生まれた戦士だと。お前達のやっていることはただの逃避だと。そして最初に議題した裁きの対象は、お前達全員だと! 我々の碑の破壊は甚大なる妨害にとどまらない。もはや挑戦と見受けるべきか。せいぜいお前達の運の無さに嘆くがいい。一斉射撃!」
 グレイシアが吠えた瞬間、部下達から四方八方に冷たい攻撃が飛んできた。“れいとうビーム”、“こごえるかぜ”、“オーロラビーム”。それらはまず積雪を伝い、僕らに迫る。皆散り散りに分かれて攻撃を回避する。
 ついに口論では解決できない最悪の事態が起こった。こうなってしまった以上、こちらも戦闘態勢をとろうか。いや、ただ事態を悪化させて収拾がつかなくなる。あくまで血を流さずに決着をつけることが理想だ。そんなことよりも、再びリーフィアが気がかりになった。冷凍攻撃に弱い草タイプの彼女は、一発でも当たれば致命傷になりかねない。早急にボール内に戻さないと大変厄介になる。けれど彼らの攻撃は戻す猶予を奪う。彼らは絶妙な射撃操作で足下にまで追いつめる。とどまろうと動こうと、しつこく追尾する。しかし、それだけだ。本体の寸前まで脅かすが、肝心の本体には触れない。単に当たらないんじゃなくて、当てないようにしているのか? よほど鍛えられただろう。野生のレベルじゃないようだ。何が狙いか分からないが、ますます彼女の存在が大きく感じる。
 そう感心している間、やはり状況は一変しなかった。試しに僕は走るのをやめ、立ち止まってみた。すると背後から追ってきた“れいとうビーム”が背中を、通り過ぎた。思った通り、彼らは本気で僕たちを殺すわけではないらしい。いたぶり遊ぼうと企んでいるのか?
 どうやらこの真実を発見したのは僕が最初のようだ。あとは皆、右往左往に動き回る。
 “しんそく”を使って効率よく回避するソウル。細かいジグザグで走り、冷静に射程を翻弄させるイーブイ。あまり動かず自前の炎で受け止めるセキマル。悲鳴を上げながらも、雪の上を飛ぶように走り回るリーフィア。それぞれ攻撃の回避に夢中で、誰一人も止まろうとしない。数多く外れていることに怪しく思わないのだろうか。「かわしまくってるオレって、凄くない?」とでも勘違いしているんじゃないか心配する。
 いつまでいたちごっこを続ける気だ。睨むようにグレイシアの方を振り返る。彼女は横顔で口を動かしていた。顔を向けた先を辿ると、オニゴーリが彼女の隣に立っていた。二人で会話している様子だと伺える。どんな内容かなんて高がしれている。
どうせ、どう調理するかの相談ごとだろう。煮るか焼くか、炒めるか蒸すか、揚げるか漬けるか。それともドレッシングソースをかけてそのままパックンか。多様な調理方法が存在する中、どの調理をされても嬉しくない。
 ポケモンのくせに人間を喰らおうとは言語道断。万年以上も人間とポケモンは密接に関わり合ってきた。その長い歴史を今更無視するなんて、野蛮な妄想だ。そう心の中で嘆くと、グレイシアはオニゴーリに顔を背け、強く一歩を踏み出して言う。
「全員撤退。皆退け!」
 なんだとお!?
 散々走らせ疲れさせておいた挙げ句、まさか放置するつもりか。いたぶるだけいたぶって最後はポイか。とどめをさされるよりも屈辱だ。
 囲んだ部下達が散り散りに去っていく。彼女は仲間が指示通りに動いたことを確認し、自分もまたここを後にしようとした。もちろん引き止めようと言葉をかけたかった。しかしソウルに、猛吹雪に負けない声量で吠えられる。
「追うな! 俺達も急いでここから離れるぞ。足に自信があるのなら、ハクト、今すぐ俺達をボールに戻せ。そして山を背に全速力で走れ! 前みたいに負ぶってやろうか。俺は構わないぜ。だけどここで留まってちゃあ、危険なだけだ! 早く!!」
 冷静に彼の言った内容を聞いた途端に、空気の振動が重く感じた。気のせいでないと察知できた。得体が知れないけど、「危険」の臭いだけが漂う。全速力で走れと彼が言うには、何かが迫ってくるということなのか? それも、人が走る以上の速さで? どこから? 山のどこから迫るというのだ。
「早く!! 何をボーっとしている。山のどこからじゃない。山からくるんだ!」
 ドドドドドドドドドッ。
 もうひとつ吠えると、空気や地面が激しく揺れる。決して彼の声から発しているものではない。確かに山から、轟音ととも走ってくる。グレイシアの仲間が大群となって向かってきているのかと思ったが、これは動物によって作られた音じゃない。
 そこまで気づいたのなら、逃げればよかったと後悔した。遂に目の前に音の正体が現れた。確かに、山からきた自然の脅威だ。ぐんぐん距離を縮めて「雪崩」が落ちるように走る。もう逃げても追いつかれるのもまた自然だと感じた。走るために足を上げる間もなく、お互い雪崩に飲み込まれる瞬間を見届けるはめとなった。

■筆者メッセージ
コンテストはいいよぉ、コンテスト。
ジョヴァン2 ( 2013/09/06(金) 10:55 )