其の弐 人齧り編
#1 相似
 人殺し。人殺し。人殺し。こんなところまで追ってくる。皆の眼が。逃げても隠れても皆見てる。影のように、ピッタリついて来る。皆、ワタシに怖がっている。
 ねぇ、なんで皆はそんな怖い目でワタシを見つめるの。そもそも人殺しって何? ワタシがいつ、誰を殺したっていうの。なぜ疑われなければならないの? なんで誰も信じてくれないの。ワタシはやってないよ。人殺しなんて。
 そもそも、ワタシは皆に幸せになってほしいだけなのに、笑顔が絶えない世界を求めただけなのに。なんでこうなったの。ねぇ、教えてよ。雲よりも遥か遠い空から眺めてる事しかできない神様! これがワタシの受難なの? これが、ワタシにとって受けなければならないものなのですか? さっさと降りて来いよおおおおおお!!
 かつて、ワタシは皆の目線を浴びることが大好きだった。東の野原にお日様の顔が出てきた途端、真っ先に家を出て、この森を大暴れして皆と遊んだ。落ちている小枝を拾い、ゴースを的にして投げたり。草や花を繋げて作った首飾りを皆で飾り合ったり。それを使ってキレイハナとフラダンスしたり。夜中には皆と肝試しをしたり。あと、鬼ごっこにかくれんぼに木登り、だるまさんが転んだ。一日中遊んでたっけ。あ、そうそうコロトックさんの音楽鑑賞もあったし。ラッキーさんからくれたイースターエッグで取り合ってたっけ。それにそれに。
 なんて、こんなに悲しくて素敵な思い出なのでしょう。
 もう、皆、いないのにね。


 ピ……ピ……ピピ……ピピ。
 ピピピピピピ……――。

 やけに頭上が五月蝿い。小型ながらもこんなに大きい音が出るとは思ってもなかった。まだ昨日の疲れが十分にとれてなく、ものすごく眠い。力を抜けば、また瞼が閉じそうだった。しかし早く止めないと隣の部屋から苦情が飛ぶだろう。だが、まるで背中に黒い鉄球を抱えているみたいで、思うように体が動かぬ。腕だけでもいい。出来る限り伸ばし、急いで手探りをする。人さし指にプラスチックの感触が。その物体の上部にあるスイッチを押す。
 カチッ。一気に静寂が広まった。布団の中にいるのになぜか寒気を感じる。だけど、ここで安心すると眠気が一気に僕の体を包み込むだろう。いい加減起きよう。朝も待ってはくれぬ。腕を伸ばした先に顔を上げる。鉛色をした、手のひらサイズの小型時計に手が触れていたのだった。時計内の二本の針は、内角が直角になっていた。九時半過ぎって、寝過した。上半身を起き上がらせ、周りを見渡す。窓から照らす陽光は、いつもの朝よりも白くて優しい。その陽光に当たる埃は弱々しく光って舞う。ポッポなのかムックルなのか分からないけど、何処か遠い止まり木でピヨピヨとお寝坊さんを起こしている。太陽もまだ眠いのか。時折、光が弱くなったり、強くなったり。静かでかつ早い朝はこうして迎えたのだった。
 さて、急いで支度をして出発だ。ガバッと毛布から飛び出し、着替えに向かう。着ていたパジャマをベッドに放り投げる。それから、使い込んでいる黒の長ズボン、稲妻マークの黄色いTシャツ、コトブキで購入した明るい青の長袖の上着、と順に着用する。
 後は朝食。ボックスに向かう。三つの紅白のボールを手に取り、ボタンを同時に押す。白い光の中から、お馴染みの二人と新入りの一人が姿を現した。約一名、顔を伏せて尻を向けている奴がいるが。
「おはようございます。って、ハクトさん! どうしたんですか、その顔」
 新入りのイーブイはギョッと目を開き、僕の顔を見つめ驚く。隣のルカリオ、ソウルは見た途端にヒーヒーと腹を押さえて爆笑。ど、どうして笑われてるんだ。顔一面に小麦粉でも掛ってんのか? 頬や額に手を当てても、何も出てこない。ふとソウルは手鏡を渡してくれた。まだ笑うか。すぐさま鏡を覗く。
「なんじぃやぁこりやああ!!」
 テレビアニメによく出てきそうな、おバカな紳士が鏡に映っていたのである。鼻の下に数字の3の様な髭。極太三本の睫毛。頬とおでこに渦巻きの模様。口元には葉巻。全て黒のマジックペンによって書かれていただろう。こんな笑える顔しているなんて。どこのどいつ、って僕じゃねーか。あぁ分かった。人の顔を落書き帳みたいに荒らしやがった犯人を。
「セキマルッ! お前だよな、人の顔を見事チャップリンみたいに再現してくれたのは。芸術的才能がありそうだなと、褒めようかと思ったが。今日という今日はもう許さん! もしかして、そうやってやり過ごすつもりか。いつまでも床に伏せてないで」
「ムゥ……クゥ、スゥ……ムニャ。野口、英世」
 寝言。っていうか、マジでまだ目ぇ覚めてなかったのか。
「全然似てねーだろ。起きろ、セキマルッ! まさかコレ、油性で描いたんじゃないだろーな、なっ。どうなんだよ。自分の口からはっきり言って、それから洗って貰うからね」
 セキマルを大きく掲げ上げ、前後にシェイクする。無論、お酒やコインが出てくる訳ではないが。
「大丈夫、大丈夫。オイラ、顔に油性ペンで描くようなぐらいハクトは嫌いじゃねぇよ。……グヘヘヘ」
「コノヤロー、起きやがれクソー!!」
 セキマルを片手にドタバタと洗面所に叫び走った。

「くすくすっ。朝から元気の良い事ですね」
「全くだな。セキマルがいるだけで、朝がこんなにパワフルな時間に変形するんだなんて、今でも信じ難い。セキマルがいたおかげで、本当に一日がガラリと変わったな。ハクトもだ。ほんの半年前まではアイツ、本気で俺達と向き合ってなかったのにな」
「以前は、どの様な方だったんですか? 私はてっきりいつもソウルさん達の事を真剣に接しているかと思ったんですが」
「昨晩話したが、ハクトは10歳から12歳の間に三つの地方を、俺達と共に旅した。一つの地方を自らの足のみで、たった半年の歳月をかけてバッジを獲得し、四天王やチャンピオンに勝利した。これは、世界中のマスコミに大きな衝撃をあたえた。プロのトレーナーでも、頑張っても八ヵ月程度だ。それなりにハクトは才能があったんだろう。誰もがそう思っているが、実は、焦ってたんだよ。五年前、ここシンオウのチャンピオンに敗れて落胆したんだ。だからもっと強くなろうと、必死に戦うつもりでジムのある町しか訪れなかった。そのお陰であっという間だったってわけ。それと同時に、ハクトは、俺達をポケモンとしか見てくれなかった」
「え? それって、どういう事ですか」
「今のハクト、人間とポケモンという文字に違和感を感じるらしい。人間もポケモンも同じ動物だから、区別はしたくない。これがハクトの思想であり、この旅のモットーだ。だが以前までは、俺達の実力以外に興味を示さなかった。ジムに挑む度にパソコンでパーティー編成をし、短期集中特訓をした。勝てば褒めてくれるが、負けると連帯責任で説教された。今更こんな事をハクトに言っちゃぁ悪いが、少々乱暴に扱われたよ。ははっ」
「それでも、今のハクトさんには関係ないというのですか」
「勿論ッ。アイツはこれを機に変わってくれた。だから、俺もこの旅で変えてみせる。
主を満足させることが俺達の宿命だからな。お前もだ。このチームに入っている限り、連帯責任なんてことで巻き込むなよ」
「覚悟してます。どんな辛い練習だろうと頑張りますとも。練習試合の時には容赦しませんよ!」
「おっ、言ったな。ちなみにだが、俺は三つ全てのリーグにも出場経験があるからな。その言葉、そっくりそのまま返してもらうぞ」
「臨むところです! あ……」
「ん? どうかしたか」
「あの、気になっている事があるのですが。ハクトさんが12歳までに、他の二つの地方で活躍したそうですよね。今のハクトさんは15歳になられているんですよね。すると、その間の三年はどちらに……」

「お〜い。お二人さ〜ん! 朝飯出来たから運んで〜!」

「おぅ。もう出来たかセキマル。行くぞイーブイ」
「あ、はい。わかりました」

「んじゃ。オイラもソウルに負けないためにも、そろそろ新しいカケラ技を研究しようかな」
 背の高い草むらから無駄にデカイ声を張るセキマル。
「かけら、ワザ?」
 イーブイは可愛いく首を傾げる。
「あぁ、やっぱり知らないよね。ふふふっ。うっふふふーっ。それじゃあしょーがないなー。そんなあなたに分かり易くご説明いたしましょう!」
「ハクト。何カッコつけてる。てゆーかそこ川。危ないぞ」
 ソウルのツッコミを小川の様に軽ーく流す。ズボンのポッケからゴソゴソと何かを取り出しイーブイに見せる。
「これがそのかけら。赤、青、黄、緑の全四色。一見、ただのプラスチックの欠片みたいに、何の価値もなさそうに見えるが。実はこんなにも小さいのに、もの凄い力を秘めているんですよ。まずシンオウの伝説から、こういう噂があります。太古の昔からも、ポケモンの技の威力を向上させる道具もありました。それはプレートと呼ばれていました。プレートは16の種類が存在しました。この16という数字には、ポケモンのタイプと深く関係しているのではないかと今の考古学者達は唱えています。現代の我々の様に、バトルを通して人間とポケモンとの交流をしていたそうです。しかし、ある年の皆既日食。まるで夜みたいに暗いシンオウの島に最悪な事故が起きます。突然大きな地震が起きて建物がみな崩れ落ちました。更に、嵐でもないのに巨大な大波が襲い掛かってきました。人々は逃れようと、高く聳え立つテンガン山の頂に向かって必死に走りました。しかし、逃げ遅れた者は忽ち沖へ流されてしまいました。月に隠れた太陽が顔を出すと、波は静かにひいていきました。無事に助かった者達は一日を掛けて下山しました。波が島を削り、山は更に高くなったからです。という、テンガン山の伝説があるんだけど。ほんの百年前に、地下から一枚のプレートが丸ごと発掘したらしいよ。そこを基点に掘り進んでいくと色んな種類のプレートの一部らしきものも発掘された。そう、それが『かけら』。だけどまだプレート=かけらという確信はないけどね。十数年前に、ある科学者がプレートと同様に道具として使用できる事が判明したんだ。しかも、いくつものかけらを組合わせる事により、未知なる技も開発できるようになった。これにより、ポケモンバトル協議会から新たなルールを取り入れた。個数は限定せず、錐で穴を開け、糸を通して身に着けるものを使用すると。ちょっとソウルのも見せてよ」
 僕はソウルの腕を小突いた。ソウルは手首に付けているものをイーブイに見せた。
「これが規定の腕輪。あと、首にも足にも掛けていいらしい。この様にオリジナルの技を研究する事で益々ポケモンとの絆を深めるということなのです」
「ムダに長〜い話をお聞かせて頂き、アリガトーゴザイマシター!」
 パチパチパチパチパチパチッ。
 セキマルの閉めにより乾いた拍手の音はハクタイの森に響き渡った。
「さてそろそろ本題に入って、オイラのカケラ技をとくとご覧あれってんだ!」
「研究じゃなかったのか〜? それにアレは流石に止めろ。森全体を燃やすつもりか」
「大丈夫、大丈夫。そこそこでいくから」
 お前のそこそこは信用ならん。何の躊躇もなく腕を広げるセキマル。ここだとちょっと狭いと思った。まさにその瞬間、静寂な空気は一変重くなった。なんとなく違和感がする。背中を見られているようだった。
 ガサガサガササ。
 ほらきた。何かいる。すかさず後ろを振り向く。
「……」
 僕は微動だにしなかった。相手もそうだった。そう、これが何かの正体。
 四つん這いのポケモン。スリムな身体。クリーム色の体色。耳や尻尾は植物の様にも思わせる。大きな眼に、頭には特徴的な緑色のクエスチョンマーク。
 しんりょくポケモン、リーフィアだった。だけど、僕はイーブイの進化系に遭遇したことに驚いてはいない。首元にある、あの首飾りに目がいってしまった。
 イーブイのと、似てる。色違いだけど、似てる。最近、人気のあるアクセサリーなのか。それにしても、なぜあのネックレスに注目してしまったのか、自分でも分からなかった。だが、ここでリーフィアに遭遇するなんて滅多にないはず。いたんだね、この森にも。野生なのかな。
「イーちゃ〜ん。待って〜。どこにいるんだ〜い?」
 ドスンドスンドスンドスンッ。
 リーフィアの背後から急に野太い声と駆け足の様な地鳴りが聞こえた。察するに、とんでもない大男がこちらに向かって来るのだろう。もしかしたら、コイツの主人がやってくるのか? 地鳴りは段々と大きくなる。近い。木々の葉が何枚もヒラヒラと落ちる。
 そして、リーフィアの真後ろの茂みを乱暴に掻き分け、姿を現す。一目瞭然。人間ではなかった。
 またもやポケモン。大型だ。僕の身長を超えるかもしれないデカイさであった。全身は紫色。ゴツゴツとした鎧の様な体。背中には四本の大きい棘。頭から突き出た角。ドリルポケモンのニドキング。この静かな空間に、こんなデカブツが存在することに我が目を疑った。ソイツは眉間にしわを寄せて、こちらに凝視する。夢に出て来そうな顔だった。いつでも襲って来そうな形相に、僕は硬直してしまう。蛇睨みってやつですかな。完全に僕はエサになってしまった。もうだめだと思った。
「あ! イーちゃんみーっけ。捜したよ〜。急にいなくなるから心配したよ〜。安心しろ。俺はイーちゃんの味方だ。皆嘘っぱちな話に喰いつき過ぎて酷く言っただけだよ。だけど俺はイーちゃんじゃないって知ってるぜ。本当はイーちゃんが濡れ衣を着せられているんだって。たまたまそこに居合わせただけなんだよ!なのに皆酷いよなぁ。だからイーちゃん! 俺と一緒に皆の所へ行って無実を証明しよっ、なっ!」
 ソイツはリーフィアに目を落とし、さっきまでの恐ろしい顔が一変穏やかな笑顔とフォルムチェンジした。とりあえず、僕たちには興味がない事に安堵した。イーちゃんと呼ばれたあのリーフィア、ニドキングの話によれば『皆』から非難されているらしい。何やら理不尽な理由で責められたのか。ここまで逃げたのだろう。ニドキングはそんなリーフィアを慰めに来たのか。それにしてもあのリーフィア。このデカブツを味方につけるなんて、よほど強いのか? もしかしたら僕はこの森のトップに立つポケと遭遇したって訳か? 身震いするような光景だ。
「さぁ、一緒に行こう!」
 ニドキングは拳と呼べるべき手をリーフィアに差し伸べる。リーフィアは暗い表情のまま、下に俯いている。折角助けに来てくれたのになぜ答えない。暫し時間が経ち、彼女は不意に僕を見るなり走ってきた。そして僕の二本の足に隠れてこう叫んだのだった。

「助けて下さいっ!!」

 ふぇ? その一言で僕はこの状況に騙されたのであった。
「アイツ、ずっとワタシを追いかけて来るんです! いっつもあーやって言葉巧みに騙すんです。他にも沢山可愛い子がいるのにワタシだけ付き纏うんです。影みたくぴったりくっ付いて気持ち悪い! アイツ変態なんです。お願い、やっつけて下さい!」
 じゃぁ、さっきの天使みたいな台詞と行為はニドキングの芝居だってのか? 確かに、読点が見当たらないよなぁ。
「そっちの問題じゃねーだろ」
 的確なツッコミをありがとう、ソウル。
「えぇ! ちょっと待ってよイーちゃん。変な事言って逃げないでくれよう。何で俺まで敵に回す必要があるんだよ。俺じゃぁ力になれないのかな。それともさっきの事で……」
「任しとけ。オイラの腕力にかかればあんな変態、月の彼方まで飛ばしてやるぜ! ドルゥアアアアァァァ」
 ちょっと、セキマル! 勝手に突っ走んじゃねーよ。
「“みだれひっかき”!」
 一瞬にしてニドキングの顔にジャンプし、手足の爪で引っ掻きまくる。だが相手はあのニドキング。鎧の様にズッシリと重く、硬い体をしている。痛みを感じる前に爪あとが残るかどうかが問題だ。
「うぉ。何だコイツ。お願いだ、邪魔しないでくれ。“どくづき”!」
 ニドキングの巨腕は猛毒の腕と化した。大きく振りかぶり、セキマルを地面まで叩きつける。
 ドッシーン。
 大きな音と砂煙が舞う。身軽なヒコザルなら振り落とすほんの間際にかわせるが、当たってるのだとすると回避は絶望的。もし“どくづき”を喰らい運が悪ければ、「どく」状態を引きおこしたとしたらバトルは一気に不利になる。だが、野生ポケ如きにやられるもんじゃ、即除名確定だな。僕のパーティメンバーに加入する際には、ある程度の戦力や能力を備わっている、トレーナーの指示が無くとも、自身が考え行動する心掛けを配慮できる等の、見込みのある者しか受け入れない。セキマルはこの課程をこなしてメンバーに入ったんだ。何でもかんでも先走ってる様に見えるけど、本当は考えて動いているんだよ。
 そろそろ薄茶色の霧が晴れていく。ほらね、言った通りだろ。半透明のドーム型シールドがセキマルを覆い、ニドキングの“どくづき”を受け止める。セキマルはこちらに顔を向け、余裕の笑みとピースサインを送る。
「あれって、“まもる”ですか?」
 正解です、イーブイさん。なにせアイツの息子だからな。ホント、笑っちまうくらい似てるよ。戦い方。
「どうした、どうした。こんなんで本気とは言わせねーぞ。それともチビだからって手加減してんのか? ヘッ、そいつは残念だなぁ。オイラはな、いつだって可愛娘(かわいこ)ちゃんの味方なんだよ! こんなもん、漬物石だ! すぐ飛ばしてやっからよ。フゥ〜ンヌヌヌヌ……」
 セキマルは踏ん張る。守られているにも関わらず。いや、自分の技だからこそ踏んばる。少しずつであるが、“まもる”の体積範囲が増していく。
 最初はセキマルの頭がギリギリ当たりそうであったが、いつの間にかニドキングの胸辺りまで広がった。そして、さっきとは打って変わって一気に膨らんだ。昨日闘ったエレキブルがすっぽり入れそう。
「うおっ。おわ〜」
 膨らんだ勢いでニドキングは後ろに転がる。
「おらいくぜー、“かえんぐるま”!」
 高速回転による発火でセキマルは火だるまへと変形した。“まもる”を突き破り、猛スピードで、起き上ったニドキング目掛けて飛ぶ。たまらずニドキングは“かえんぐるま”の両サイドをがっちりと押さえる。しかし、“かえんぐるま”はまだ回り続く。摩擦により炎はゴウゴウと唸る。流石にこれでは手が熱い。だが炎は容赦という言葉を知らない。とうとう“かえんぐるま”はニドキングのゴツゴツした両手を突破し、顔に命中する。ジュゥゥッとまるで肉が焼かれるかの様な大きな音がした。
「ヌアァァァァァ」
 もう声にならない苦痛の叫びだった。ニドキングはグルングルンと後ろに二回転した。反動でセキマルは宙に放り投げられたが、二ィと白くて小さな牙をむき出した。最終攻撃(フィナーレ)だ。セキマルは胸がパンパンになるまで大きく息を吸う。その時間は本当に長い気がした。背中に見えない翼が生えて止まっているにも思わせる。だが本当に瞬間であった。
「“ひのこ”!」
 気がつけば、ソイツはもうすでにはき終えた。一個なんて、そんな大胆かつ勿体ない話ではない。“りゅうせいぐん”に見間違えてしまう。一つ一つが暁の矢に化してニドキングの胴体を突く。突く度に一転び。二つで二回。個数と回転数は常に比例している。もはやマシンガンだ。
「ウオゥ。ウォォ、オワァァァァァ……」
 早い水流を受ける水車の如く、ニドキングは後ろに転がったまま日光の届かない深い樹海へ、そして太い木々の間へ真っ黒に染まっていってしまった。
 クルクルクル、シュタッ。
 森がまた静寂を取り戻したこの場に、セキマルが湿った土に着いた着地音しか支配せざるを得ない。セキマルは回れ右でこちらに体を向け、得意顔で紳士みたいに胸に片手を置き、頭を下げた。そう、全ては彼のショーであったのだ。恐ろしい程の攻撃力と身体能力、更にはこれ程のものを自由自在。我がチームの『天才』であろうか。
「何皆黙ってんだ? てかオイラ、この空気だけは居心地を感じないんだよなぁ。ヘイッ、緑ッ娘チャン! 変態を追っ払ってやったぜ。ど〜よ、オイラの燃え上がる熱き攻撃劇を楽しんでもらえた? お〜っと。オイラに抱きつきたいところ悪いけど。まだ体は“かえんぐるま”の熱が冷えてないから、火傷どころか燃えちまうぜベイベ〜」
 ナニ言ッテンダ、コイツ。だが、何はともあれ、しぶといストーカーを撃退することに成功した。今はセキマルの勇気ある行為に証して、僕は頭を撫でる。ちょっと荒かったけど。それにリーフィアはセキマルに抱きつこうとしたい態度が微塵もないが、まぁ感謝しているだろう。
「まさか、セキマルの一人劇で終わるとは。女の子の前だからってカッコツケてんじゃないのか〜? 心底気持ち悪かったぞぉ」
 ソウル君、そんな毒のきく言葉をどこで覚えたんだね。
「……」
 そして、照れながらも僕の手をはらうセキマルを見るイーブイ。絶句と言えるね、その顔。もうなんか、セキマルのおかげで変な空気になったじゃない。
「た、助けてやったのにそーゆー返事はないと思うぜぇ。ソウルは分かってないな〜。さっきのなんて加減なんだぜ。一瞬で倒すのもつまんないから、わざと時間を持て余そうとしたかったけど」
 『けど』? あれでもまだハジケ足りないっていうのか。セキマルの本気って、底なし沼よりも近寄り難い存在なのかも。
「す、すごいよ〜。ヒコザルく〜ん! 本当に追い払ってくれるなんて。アリガト〜、アチッ」
 だがなんと、さっきまでイーブイと同様に目も口もだらしなく開いていて虚を突かれた様子のリーフィアが、短距離走ゴールみたいに胸から、マッスグマ顔負けの素早さでセキマルに抱きつく。が、途端にセキマルの体から離れ、胴体に両手をあてる。マジで“かえんぐるま”による熱があったんだ。昨日の事件があったせいか、やたらに変なところで感心してしまう。
「ホ、ホントにありがとうね〜。まさか、あんな大きいのを転がしまくっていくなんて。ヒコザル君、見た目によらず意外に強いんだね〜。ビックリしたよ〜」
 時間をおいてからそっとセキマルを抱きしめるリーフィア。こころなしか、セキマルの顔がほのかに赤い。元から赤いから照れているか分からない。
「えっ、まぁな。オイラは皆が思っている以上に強いんだからな。チビだからとか、チビのくせにって考えてる奴はあんまり好きじゃないんだよ。っていうかブッとばす。よくこんな言葉があるんだぜ。『一寸のレディバにもゴハンの魂』って」
「セキマル、それをいうなら『五分の魂』だ」
 ゴハンの魂って、それじゃぁただの食いしん坊(ゴンベ)じゃねぇかよ。
「ねぇねぇ、ちょっといいかな? 君たちって、今晩どこで寝るつもりなの?」
 助けられた身なのにちょっと馴れ馴れしい口調で尋ねるリーフィア。今晩?
「あぁ、それなら心配御無用。今オイラ達はこの森を抜けたハクタイシティっていう町に向かうつもりなんだ。聞くところによると、ここってかなり広いらしいじゃん。だから久しぶりに野宿かなって検討してるんだよ」
 いつからタウンマップを見るようになったのか。セキマルの言うとおり、この『ハクタイの森』は西シンオウの目玉と呼んでもいいくらいの広大な樹海。広いうえに、推定五百年以上の樹木が至る所に生えていて地盤の段差が激しく、森を抜けるのに相当な時間がかかる。まだ奥部まで道は作られておらず、遭難に遭う可能性が非常に多い。中には一週間かけても戻ってこれなかった者もチラホラ。道がないということは宿泊施設もろくにないことに。来る者を拒むこの森の脅威に怖気ついて脇道を使ってゆく方が主流になった。
 それなのに、この能天気ボウヤは。
「『だったらオイラは一日で抜いてやるぜ!』って実験的に入ったんだよな。これにも書いてある通り、森には宿なんて一つもないわけなんだぞ。早いとこ町に着いて、ジムに挑んで、勝って次の町へっていうシナリオがあるもんだぞ。もたもたしてたらライバルに差がついて……」
「わーったよ、分かった! そんなアツい主人公文句はもーいいって。もちろん、ハクトの言いたいこともオイラ一理あるぜ。だけどこれも一つの体験、そして経験にもなるんだ。強くなるためにもこういう遠回りもいいもんだぜ」
 うむむ。それを言われちゃ弱いなぁ。だけどホント、今日どこで寝よっかぁ。
「あの〜、もしよかったら紹介しましょうか? 寝床を」
 ぬぁにぃぃ!?
「もしかして疑ってる? ダイジョーブ。ゴミ置き場でもなければ草やコンクリートの上でもないの。ちゃんとしたフッカフカのベッドがあるところだから!」
「「「マ、マジで?!」」」
 僕とセキマル、それからソウルまでの破裂した声が聞こえた。ベッド? フッカフカ? それはもはや穴場どころではない。この森にいる我々にとっての幻の寝床ではないか。一体そこにはどんな光が待っているのだろうか。
「もしよかったらご案内しましょうか」
「ほ、本当にいいのですか? そんな場所に連れてってもらい、私達が使用しても構わないのですか?」
 イーブイも動揺しつつも喜んでいるようだ。
「うん、大丈夫だよ! あそこはね、もともとは人間さんが作った建物なんだけどね、捨てられた訳なの。取り壊しが行われてなかったから結構汚いけどね、十分に眠れるよ。あそこは誰にも邪魔されない私のお気に入りの場所だから保障するよ」
 なるほど、廃屋かぁ。
「それじゃぁ、お邪魔させてもらおうかな?」
 これでケムッソやキャタピー等の虫系ポケを気にせずグッスリできそうだ。
「ありがとうな緑ッ娘チャン。さぁて寝床の予約も済んだし、ここで話題転換しましょうか」
 再びあの赤い頭が輪からはずれ、皆の目線を浴びる。
「今はちょうど真昼間。時計の両針はともに真上をさしているにちがいない。日が暮れるまでのこの時間、そしてこの森を有意義に使うにはオイラ達は何をすればいいのか」
 小さなこの指止まれは高くて眩しい木漏れ日を指さし、意味深な笑みを浮かべて僕達の顔を窺うセキマル。どうやら、ニドキング戦は延長戦に向かうらしい。全く、真黒に手が焦げるヤツだなオマエ。リュックを背負ったまま、器用にチャックを開け、中の一冊のノートを取り出し掲げる。
 『絶対強化! 絶対勝利! 絶対完全個人戦術ノート』。表紙には太く大きな字でこう綴られていた。分厚いゲームの攻略本みたいなタイトルだよね。
「しょーがない。いっちょやるか。今日からイーブイを入れての本格練習にいくよ。ソウルはイーブイとペアになって慣れさせて、セキマルは僕と一緒に集中練習。次のハクタイ戦は素早さと特殊状態を武器にするリーダーだ。こちらはそれに対等する素早さ、そしてどんな状況になっても焦らず確実攻撃する命中率を鍛える。イーブイのデビュー戦という輝く戦歴を残すためにも、気合いを腹いっぱい食っとけよ!」
「「おう、任されよぅ!」」
「了解です!」
 雄達は勇ましい、イーブイは自信のある返事をしてくれた。
「という訳でリーフィア、夕方頃ここにまた来てくれてもいいかな?」
「ううん。ワタシもここでお手伝いする」
「というと、戦闘方面で支持してくれるのか? オイラ大歓迎!」
「それなら助かる。草タイプがいれば、バトルのイメージがしやすいかもな」
「お互いに頑張りましょうリーフィアさん」
「うん、こちらこそイーちゃん
 思いもよらぬ飛び入りも来てチームのモチベーション上昇。一番星がきらめくまでの始終、参考にさせて頂きます。

■筆者メッセージ
決して変わらないことはない。絶えず流れる無常の日々。
ジョヴァン2 ( 2013/09/04(水) 10:38 )