七光の軌跡 - 其の弐 人齧り編
#3 ちからにちから
 とある寒空の中の寂れた洋館の灯りが一つだけ灯る小部屋。赤くて暖かいランプの灯りが床に壁に天井に、部屋全体を暁に染める。マッチ一つ分しか燃えぬランプの火は弱々しい吐息で敏感に揺れる。暖炉の炎の色をした温もりを感じる光景。
 だが、所詮はランプだけ。ランプ自体が発光し、発熱しているだけ。いくら見ても、体が暖まる訳でもない。いくら照らしても、凍える空間は温まらない。
 そんなはずであった。なのに、どうして体は、まるで灼熱みたく燃え上がっているのだろう。火照っているというのか、サウナに入った気分みたいに。体がムワァと、とにかく熱くて。
 それに、瞳は冬場の窓ガラスみたいに曇る。視界が遮るようになり、方向感覚が著しく劣る。時には足下がおぼつき、千鳥足になる。
 いいや、これでも走っているんだ。必死になっているんだ。朦朧と飛んでいく意識の中、頭もお尻も真っ赤なコザルはそう訴える。よく見れば、コザルの両肩共に、生き物を思わせるような呼吸をしている。なぜ、これほどまでに呼吸困難寸前の症状が発生したのであろう。
 元凶は、すぐ後ろに潜んでいる。それだけが唯一のおぞましい事実である。その者は一体、何者なのか。このコザルに何をしようとするのか。コザルは一切知らない。しかし、このまま無事ではすまないという脅威だけがこの部屋を満たす。そう確信するコザル。この脅威は気味が悪い。早くここから立ち去りたい。だからこうして脱出口を探し回っているのだ。
 木材の感触が指から伝う。そして丸い金属も。もしやドアノブ? 何でもいい。何でもいいから、押したり引いたり試そう。涼しい世界が恋しいのだ。しかし、脅威は容赦しなかった。
「だめだよ〜、セキマルちゃ〜ん。まだゴース達がウロウロしているかもしれないよ。またあの子達に、“したでなめる”でもして欲しいの? それとも、もう遊び疲れた? もしかして眠いの? もうちょっとだけお姉ちゃんのわがまま聞いてよ〜」
 コザルの後ろの、影となった黒き脅威は迫る。生える二本の腕はコザルを羽交い締めに抱える。その腕はゆっくりと、ランプによってピンクに照らされる広々としたベットの上に運ぶ。一刻も早くこの空間から抜け出したい。そう願うばかりのコザルだが、こんなにも体を封じられた感覚は生まれて初めて。それとは露知らずの、あの脅威の正体とは思えない、しかし事実である一匹の若葉。コザルを優しく布地の上に置くと、若葉はコザルの顔色を伺うように顔を近づける。そして若葉は細長く黒い瞳孔を見せつけて言う。
「大丈夫。痛い目にはあわないよ。ただ気持ちいいことをするだけだから。それに、逃げようとして無理に体を起こすと痛痒いどころじゃないよ。ゴース達に“したでなめる”であんなに舐められたからね。全身「まひ」に近い方かしら。動けないでしょ。諦めなよ〜」
 シュルシュルッ。
「があぁっ!」
 一瞬にして数本の細い触手のような物体が、コザルの口内目掛けて伸びる。口内だけではとどまらず、喉へ、腹へと侵入する。まるで胃袋の中身をかき混ぜるように触手は縦横無尽に体内で暴れる。
「アアアアアアアッ! アアアアアアア」
 あまりの苦痛に絶叫。壊れそうな、燃えそうな、このまま絶命しそうな気分に陥いりそうだ。いやだ、やめろ。苦しい。死ぬ! 激しい吐き気が迫っているのに、吐けない。いや、吐かせてくれない。
 ちくしょう、何で、何でこんな……。さっきまでいた、冗談で緑ッ娘チャンと呼んでも笑ってくれたリーフィアはどこにいったんだよ。今じゃ、目の前にいるのは、そう、怪物、化物だ。昼間倒したニドキングよりも、ハクトから聞かされた神話で語られた伝説のポケモンよりも、邪悪。恐怖そのもの! でも、現に殺す勢いだけど、殺さない。なぜなら。
 コザルの体内へ伸びた数本の触手が、星の瞬きのように発光し始めた。触手の中から薄緑色の発光が、次第に動くようにいたるところで点滅していた。それが、コザルの口から若葉の体へと伝っていく様子が見てとれる。コザルから「何か」を得たかのように、若葉の体も後から発光した。木漏れ日のような優しく暖かな光。大きくなったり、小さくなったりとこちらも点滅する。太陽の赤でもなければ、月の黄色でもない。それは若き新緑の色。ランプよりも明るくなった。いつまでも見ていたくなる不思議な光景。その奇跡はほんの僅かであった。次第に光は体内に戻っていくように消滅した。
 消滅と共に、コザルを拘束した巨腕や触手は枯れたように散った。自然とベットの上に落とされた。やっと開放されたコザルだが、次に多大な疲労と眠気が彼を襲った。結局状況を把握せずに眠りについてしまった。朝目が覚めて、この出来事をはたして現実と理解できるのだろうか。しかし、今は心地よい安眠を楽しめばそれでいい。
 そんなコザルの寝姿を、若葉は微笑みながら見つめていた。苦労も何も知らない、無垢な寝顔を間近で見たいと思った。
「……ッ!」
 若葉は突然ひらりとベッドを降りると、ドアの正面の奥にあるひびだらけの窓ガラスめがけて走る。その様子は、血を吸い取られたかの様に真っ青だった。さっきの穏やかな顔とは一変、苦しそう。乱暴に窓を開け、頭を外へ出す。そしたら、なんだ、この感覚は。腹から喉に、喉から口へと、何かが猛スピードで這い上がってくる。熱い熱い何かが。頭の中まで熱くなってきた。くる! 何かがもうすぐ口へと……。

「うおええええええええええ!」

 ボトボトボトボトボトーーーッ。
 ビチャビチャビチャーーーッ。

 世界遺産登録並の滝であった。しかし、たかが「並」。これを美しいと言えるであろうか。全て汚物。灰色や緑色の滝。生物が嘔吐したとは信じ難い量。そう、これらは、窓から湿った地面へと雨の如く落ちる。一回吐き終えた暫くの時、また吐き気を装う。口の中は汚物まみれで酸っぱい。頭がぐらぐらする。空と地面が混じっているように見える。黒い空が、赤に青、黄色から紫、綺麗な七色の空が光る。
「はぁ、はあ、はあ、はあ。やった。遂に、やっと手に入れた! あの力が、ワタシのものに! なったんだ、すごい。これもセキマルちゃんのおかげね」
 汚物のかかった口元を拭いながら、若葉はよろよろとベッドに身を投げる。そして、居心地のよさそうな呼吸をしているコザルを、そっと抱き寄せる。
「これで、セキマルちゃんも、ワタシのもの。そして、ワタシも、更に『進化』を遂げた。もう、これでワタシを抑える者などいない! これでワタシは、最強になったわ! あとは、皆に見せしめすだけで、いいんだ! ホントにありがと、セキマルちゃ〜ん」
 ちゅ。
 若葉はコザルの真っ赤な額に口づけた。二人だけのアツい舞踏会は、ちょうど真夜中の十二時に終了を告げた。


 長い間、漆黒と寒冷に浸っていた森に。さんさんと照りつける黄色い太陽がひょっこりと頭を出した。音は鳴らないが、森に住む者にとっての目覚まし時計が朝を告げる。そして、目覚めた鳥達も朝を迎えたことを祝し、ピヨピヨと鳴き出す。一匹から二匹。二匹から四匹。四匹から八匹。遂には、森全域に住む鳥達の大合唱が森に、太陽に、安らぎを与えたのだった。驚異の巨大スヌーズ付きの時計と化したハクタイの森。その森の奥地にてひっそりと佇む洋館。その周辺で鳥を追って訪れた巨人がいた。
「やっぱり、ここしか考えられねぇよな。遊ぶ時だって、嬉しい時だって、悲しい時だって、いつもあそこに行ってたよなぁ。ホント、イーちゃんはあそこが大好きだったよなぁ。あの時のイーちゃんの笑顔が恋しいなぁ。俺は昔っからあの子の笑顔を見たくて、いろいろと助けようとしたり、笑わせてみようと試みたんだよな。その度にイーちゃんはあの可愛い笑顔で返してくれた。俺はそれを、生き甲斐に感じるまで好きになった。だから、俺のやってること全部がイーちゃんにとっての幸せな存在だと思うようになった。けど、もう違うんだよな。イーちゃん、すっかり変わっちゃったもんな。ガキの頃に見たイーちゃんは、可愛くて、活発で、元気で、明るくて、友達思いで優しかった。たぶん、今でもまだ心の内に残っているかもしれない。けど、ずいぶんと大人になったなぁ。なんか、どことなく、淋しい。仕方がない事かもしれないけど、やっぱり淋しい。あの時、俺はただ、イーちゃんの助けになりたかっただけなのに」
 どうやらこの巨人、ニドキングはきっと、フられたのだろう。憧れの思い人に錯覚の心が生じたまま接して、永い幸せを手に入れることが出来なかったのだろう。別れる直前になってまでも、その心が変わらなかったことに腹立たしいと思うだろう。しかし、これも全て自分自身が引き起こした事故なんだと。今更悔し涙を流しても、過ちの時は戻って来ない。
 なぜ自分勝手な考えを改めなかったのか?
 なぜ彼女の気持ちを考えずになったのか?
 なぜ、自分はこんなにも鈍感だったのか?
 思えば思うほどに、大粒の実となった涙がポロポロと落ちる。
 もう一度、やり直せるチャンスが、欲しい。あの時みたいに、失敗はしない。だから。

「そんじゃぁ、俺様がそのチャンスを恵んでやろうか?」

 思いっきり考え、自信を責め、深く悩み、落ち込んでいるニドキングの後ろの者は、彼の心を覗き込んだかのような、同情じみた台詞と共に舞い降りたのだ。
「あんたはどこの人間さんだ? すまないが、俺を一人にしてくれ。今はそんな冷やかしに聞く興味も関心もねぇんだ」
 ニドキングはその声の主に寂しい背中を向けたまま、溜め息まじりの情けない声で口を動かす。
「遂には冷やかしと言われるとは。本当に声だけチンピラにしか聞こえないと確定するな、参ったな。って、今は俺様の声なんぞ話題にすべき問題でも時間もねぇだろ。もう一度だけ言うぜ。そのイーちゃんって子にまた会って、お前の実力を見せて認めて貰うよう手伝ってやろうじゃねぇか。なあに、話は簡単だ。俺についてくるだけでいい。お前達にいいムードを作ってやるために、俺様厳選の特等席へ案内する。あとはお前が精一杯のアプローチをするだけでいいんだ。ちなみに言うが、俺様は一度も約束事を破った事なんぞない! こんな声だが。その代わりだな、こちらにもちょ〜っと手伝ってくれればそれでいい。力仕事になるが、そんなに手間はかからない。そう悪くない話でっせぇ?」
「断る。それだと、俺一人の力でも彼女は見向きしてくれないことを自分で認めてしまう。ましてや人間に手を貸してまで振り向いて貰おうなどと、昔の俺に見せる顔向けがねえ。結局、俺は力もなく、彼女の助けにもならなかった。同時に、もうイーちゃんに会う顔向けもねえんだ」
「いいや、お前は強い。力がないなどと寝言は叩く問題はねぇんだよ。俺様の目に狂いなどない」
 背を向くニドキングの左腕から、正面に出たおかっぱはそう言った。胸の真ん中に位置する、『G』という黄色い文字が刻まれているおかっぱは言ったのだ。
「お前には誰にも負けない自慢の力を持っていると自覚しているはずが、たった一匹の雌ポケの心を掴めないからと言って挫折するとは、非常に嘆かわしい。それとも何だ? イーちゃんってのは、お前にとって命よりも勝る特別な存在とでも言うのか、あぁ? 正直言うが、俺様は恋の価値など、オギャーと泣いてから、一切理解が出来ないんだよ。まぁ、盲目だの夢中だの、頭から離れないって所は共感は出来そうだな。だが所詮、恋愛の力ってのは本当にくだらないもんだぜぇ。愛してるとか言って結局は別れるんだぜぇ。ずっと守ってやるとか言ってすぐ置いて行くんだぜぇ。笑えるよなぁ! 二人を結ぶ運命の赤い糸なんて、本当はただ細くて&もろいだけのボロい糸に過ぎないんだぜえぇ!」
 このおかっぱは何をしにニドキングに声をかけたのだろう。誘っているつもりなのか、責めているつもりなのか。ニドキングは右の巨腕を振るって、「黙れっ!」と怒鳴りつけた。巨腕からは大木が揺れそうな程の強風が吹く。おかっぱは足の裏を付けたまま、体の重心を踵に移動し、体を反らして巨腕から回避。
「いいじゃねぇかよ。いい力じゃねぇかよ。それだよ、それがお前の弩濤の力ってやつだ。いや、本来ならばこんなの、まだまだ序の口のジョの字にもなってないはず。俺様が見た、昨日の、お前が通った数多く倒れた樹木達の道を! お前が作り出したのだろう。散々、恋愛の力を否定してこう言うのも何だかなとは思うが、その糸がどうしてもろいかってのはな、お互いの全てを知らないからだ。お前はその子の性格、好きな食べ物に長所や短所、全てにおいて知り尽くしている。分かる。お前はイーちゃんの全てを知っている事がよく分かる。有り余る程に分かるぞ。それに比べて、その子はお前への関心は全くだな。また聞くぞ。どうしてだと思う? 力を使わなかったに決まってるだろ。今からでも遅くない。今すぐに会いに行きやがれ。そして、またここに連れてこい。力を、お前の全てを、投げ出す覚悟で見せつけるんだ。さぁ、早ぉ行けぇ!」
 なんと挙げ句の果てに命令形に変換。この男、やはりただの企業宣伝マンではなさそうだ。こんな奴に俺の気持ちが分かってたまるかっ。呆れ顔をおかっぱに見せ、時計回りに体を回し、お暇しようとするニドキング。だが、このおかっぱは何故これほどまでにニドキングを求めているのだろう。
 頭上から紅白の球体UFOが飛来してきた。手のひらに乗れるくらい小さい。グングンと回るUFOは、次第に回転速度を落とす。それは決して未確認飛行物体ではなかったとニドキングは分かった。人間がポケモンを捕らえる際に使用するモンスターボールだということが分かった。だがこの場合、捕獲のために投げられた訳ではなさそうだ。なぜなら、球体はニドキングの頭上からアーチ状の放物線を描いて、足下に落ちそうだったからだ。理解が早い方にはなんとも焦れったい話ですが、ご了解をお願いします。
先ほどモンスターボールは、ポケモンを捕らえるためにあると綴ったが、まだ役には立てるのです。捕獲に成功した後、ポケモンはどうなるでしょうか。
 ボール自体を住処にするわけです。したがって、おかっぱが投げたであろうこのボールは、既におかっぱのポケモンが占拠している。さあ、一体何が出てくるかは、このおかっぱ以外知る由などないでしょう。球体は紅白の色に割れて、中から白銀の光が出てくる。
 バーチャルポケモン・ポリゴン2。ギラリと光る鋭い視線、ニドキングに“ロックオン”をかける。
「悪いがお前さんに拒否権など存在しない。我々の計画にお前が必要なのだよ。お前の力がうってつけだからな。それに、ポケモンの分際で人間に逆らうとはかなりの挑戦状だ。おとなしくすれば早く会わせてやってもいいぜぇ」
 ニドキングを挟んだポリゴン2とおかっぱは、じりじりと間合いを詰め、ニドキングの脱走を阻む。
「拒否権はない? 何で人間さんってのは、俺らポケモンの意志を尊重せず、後回しにしちゃうのかな?俺は良くないと思うぜ。今後、そんな論法主義な奴に捕まえられたら、すぐ逃がしてくれそうだな。全くつまんねぇ人生だろうよ。あんたもそう思うだろ? こんな主人によくついていけるな」
 ニドキングは「2」に問いかける。「2」は一変に表情を変えずに、浮いているのにも拘わらず、足があるかの様な重みを感じる前進で詰め寄る。
「馬鹿が。そいつはお前みたく山や森が故郷ではない。人間の手で作られ生まれた、いわば唯一の人間賛成派ポケだ。それと同時に、お前とは理解をわかち合えない存在でもある。正真正銘の敵だ。おっ魂消げただろ〜? この世にはそーゆー変わった奴がゴマンといるんだぜぇ」
 おかっぱの勝ち星であった。ニドキングが思った、僅かにある同情心を蘇らせる戦略は、あっさりと無効になってしまった。
 人類の技術発展はもはや日進月歩。生物をコンパクトに携帯できるモンスターボールが開発された近年、人類科学史上初の人工ポケモンが誕生した。その名はバーチャルポケモン・ポリゴン。おかっぱの持っている「2」の進化前。電子機器の回路やネットワークにまで進入可能。更にはその内部からあらゆる操作を行えることも出来る。当時にしては驚異の科学力であったろう。その後、改良や修正を重ねて進化系を更新した。無論、おかっぱの「2」もだ。
 しかし、現在は2段階進化を遂げる事が出来たが、更なる能力発展までには至れなかった。今のところ、人類科学で生物を完全に服従する力というものは、全くもってない。よって人間は、拒否権という戯言をぬかす権限すら存在しないのだ。それなのにこの男は。
 そう絶望している間に、ニドキングは腹を決める。途端にニドキングがそっぽを向いたと思ったら、いきおいよく長い巨根の尾を「2」の体めがけて振り回す。先程のおかっぱと真似をしているのか、体を傾けて回避。遠心力で更にもうひと振り。案の定、余裕シャクシャクな笑みを浮かべてまた回避。この後は空振りの応酬だった。遂に、体を回転させる我慢は限界を迎えたのだ。ニドキングは力尽きるコマのように、足と体をフラフラと揺らし、地面に両腕を崩す。大きく肩で息をして暫く、フォーカスを外さず「2」に睨む。
 「2」は、ニドキングの千鳥足でふらつく姿を真似して笑っている。それはニドキングの導火線に火を走らせた。疲れも我も忘れて、がっつきに行くように“どくづき”をおみまいしようとする。これも当たらなかったが、意外だ。顔面ど真ん中に当たるはずであったのに。「2」は体や顔を微動だにしなかったのだ。つまり、自らの空振り。錯覚に陥ったよう。
「“いばる”だよ。バァカ」
 二人揃ってニドキングをけなす。最初のニドキングの巨根攻撃にて、胸を反らし避けたついでの“いばる”。相手の攻撃力を増す代わりに、「こんらん」状態を引き起こす特殊技。その「こんらん」が空振りの大盤振る舞いの原因だったのである。
 だが、こんなにもターン数が経てば状態回復するのが自然。とり憑いた何かが抜け落ちていくように、体が軽く感じるようになった。今度こそ、腕は当ててくれる。そう願うばかりである。いや、確信する。
「ちんたら動いてんじゃねぇぞぉ!」
 ニドキングの咆哮と共に、“どくづき”を飛ばす。
 ドゴォッ。ジャブとフックの中間を取った鋭いパンチングだった。音から察するに、鉄板が深くへこんだかのような大きな音。まさに直撃。お構いなしの本気パンチ。「2」の顔は、きっとアルミホイルみたく押し潰された様な、痛々しくデコボコになったろう。ようやく一発当てたニドキングはそう勝ち誇った。だが、おっかぱは不安な顔色一つも見せない。
 さっきと同じ技だったからに決まってんじゃん。気づいてねぇのかよ、馬鹿が。
 胸の内で嘲笑するおかっぱ。思えば、ニドキングの「こんらん」回復前と回復後の各攻撃との間に、「2」は一体何をしたのだろう。別のポケモンに交代したり、回復させたりなどしなかった。そもそもバトルターンに『パス』は存在しない。そう、おかっぱは技を指示ざるを得ないはずだった。いいや、出したのにニドキングが気づいていないだけだ。
 そう証明するかのように、「2」はニドキングの拳から顔を覗かす。アルミホイルでも鉄板でもない。何もなかった様な、何喰わぬ顔ぶりであった。その時ぞっと背中が凍り付いたのはニドキングのみ。殴った後の拳のギシギシという痛みが感じたのにも拘わらず、あいつは平気そうな素振りをしているのだ。
「こういうのってのは、あんまりお目にかかれないだろうよ。知らないなら教えてやろうか? “テクスチャー2”。ぶっ壊してやるってぐらいの顔だったろぉ? おんもしれ! がーっひゃひゃひゃ」
 おかっぱは澄んだ水色の空に口を大きく開き、腹の底からから騒々しい高笑いを飛ばす。名前だけでも紹介してくれたその技はユニークな特色を秘めている。相手の出した技のタイプを分析し、そのタイプの苦手となるタイプに自ら変換するという機械じみた技である。例えば、相手が炎攻撃を仕掛けた後に使用すると、使ったポケは水タイプになる。電気ならば地面、ノーマルならばゴースト等、使った技を無効させることも出来る。ニドキングの“どくづき”の毒タイプに対して、「2」が鋼タイプに変えたように。
 半分未だに理解が出来てないが、半分怒りに燃えているニドキング。結局は無傷、無駄、無意味。この上ない屈辱。とうとうニドキングの火走る導火線は火薬の中へと突入し、爆発を迎えた。
「フオオオオオオオオオオ」
 渾身の“つのドリル”。大地を揺るがす駆け足で頭を突きだし突進する。その姿はまさに戦車。横槍を突く余裕を与えさせまいと言わんばかりの気迫である。真正面にたつ「2」は一体どのような心境なのか。そう心配する顔を一切出さないおかっぱは、むしろ呆れてため息をかるく一回。「2」も焦る様子が全くだ。
「おい、もういーだろ。とどめだ。“トライアタック”!」
 突如に色鮮やかな&ruby(プリズム){三角柱体};が「2」から放たれた。横断歩道などに設置されている信号の三つの色を合わせたような色合い。ソレは地面を裂くようにニドキングに向かって走る。火走り、雷の如く轟く、冷たい攻撃。そしてニドキングの胴を突き殺す。その瞬間、巨大とも呼べる『氷の塔』がニドキングを包み、冷却させる。彼を絶対零度の世界に誘ったのだ。
 もはや息の根すら聞こえない。言わせない。おかっぱは手のひらサイズの無線通信機を取りだし、耳にあてる。
「こちらG−21。生きのいいヤツを確保。至急搬送を頼む。とにかくでけぇぞ。ヘリで来てくれると有り難い。すぐ? おぅ分かった。んで、今何時? 六時? オーケー」
 電源スイッチを切り、「2」をボールに戻す間際に凍ったニドキングに体を向ける。
「悪いな。これも仕事の内なんだよ。正直言って俺様はこういうのメンドイんだよな〜。だが、おめぇとならやれる気がする。なんせおめぇは強いからな。ある意味丁度いいかもな。俺様が教育してやっからよ。そして、掴んでみないか? 宇宙絶大のパワーをよ! その方が余程お前に似合うぜぇ。クァーッカッカッカッカ」
 朝の六時を告げるスヌーズ音は実に耳障りであった。

■筆者メッセージ
それで証明させすれば、あなたはそれで満足?
ジョヴァン2 ( 2013/09/04(水) 10:39 )