#6 飛翔
「ね、ねぇ……ニド君。何で黙ってるの? 君らしくないよ。いつもニコニコした君はどこに行ったの? 初めてだよ、そんな無表情な顔を見るの。毎日ワタシと遊ぶ時の、あの優しい目を忘れたの? もしかしてワタシのせい? ワタシが原因なのかな? ワタシがこんなに変わっちゃったから、ニド君も変わっちゃったのかな? 昨日、冷たくしたから怒ってるの? もし、そうなら……ゴメンね。ワタシは、今までやってきたこと全てがニド君のため、皆のためだと思ったの。ワタシを元気づけてくれた君に、お返しがしたかっただけなの。でも、やっと、ホントに今更、知ったの。ワタシは英雄でも友達でも、森の一員でもないことを。ワタシのやったことは、皆や森を傷つけた。そして君にも傷つけてしまった! けど、もちろん悪気なんて全くよ。それは確かなの。昨日だって、ニド君には何の恨みも嫌悪もなかった。ただの気まぐれ、ただ一人になりたかったワタシのわがままで。本当は、頼りになる心強いニド君に救ってほしかった。なのに、突き放してしまった。訳の分からないあの時の感情のせいで。たくさんの迷惑をかけてゴメンね。こんなにも謝るのに遅れてしまって、ごめんなさい」
後方から聞こえる。やがて僕の足下へ、そしてニドキングを進行に移動する。泣いている。リーフィアが、声が震える程に心から泣いている。必死に何度もニドキングに謝罪する。溢れんばかりの涙が、足跡を描く様にボロボロと流れ落ちる。言わずとも分かった。彼らは純粋なお友達であった。性別の壁を越えた遊び友達に過ぎなかったのだ。彼女の涙の量からして、たいそう仲が良かった事が伺える。ところが何かの行き違いによって、二人の信頼にヒビが生じた。早い内に修正すべきであったが、時が経つにつれヒビは深く、拡張した。そして崩壊した。おそらく昨日のリーフィアの発言によって。当時そこに僕等も傍聴した。思えば、ニドキングにとっては想像絶する致命傷となったと察する。生涯掛けても癒えない深い心の傷と言っても過言ではないだろう。だが、もし、彼らの絆がそれを上回るのなら、彼女の多々の謝罪の言葉で、ニドキングはもう一度彼女に心を開くのであろうか。それは、ニドキングの返事で二人の信頼の価値を表す。
「悪いけどお嬢ちゃん。この子オネムだったのよ。私が呼び出したせいで気が立ってるの。だから迂闊に近づくと、危険よ」
紫瞳がそう注意すると、ニドキングはあのご自慢の巨腕を振りあげる。そして何の躊躇の様子を見せずに、リーフィアに拳を振り降ろす。彼女の思いが通じてなかったであろうか、慰めが逆に怒りへと形になった。
「バカ、よせ!」
ニドキングの拳が接触する寸前、ソウルはリーフィアを素早く押し退けた。結果、リーフィアは拳を受けずに済んだが、ソウルの背中にずっしりと“かわらわり”を喰らうはめになった。即、戦闘不能。彼を球体に戻すことになったのは言うまでもない。
なぜ? なぜニドキングはいきなりリーフィアに攻撃しようとしたのか。様子もおかしい。なぜこうも黙り続けるのであろうか。
『悪いけどお嬢ちゃん。この子オネムだったのよ』
ふと、紫瞳のあの注意事項を思い出す。眠ってたというと、それまで安らいでいたことにも指す。しかし、先ほどの状況からしてそれはありえない。突然、訳の分からない人間達に身柄を拘束されては、一片も安らぎを感じるはずがない。だが現実にこうも落ち着いている。
「白々しい。催眠か何かかけたくせに! その見え透いたトリック、この僕が見落とすとでもお思いで?」
紫瞳は両肩を上げ、まだ白を切る態度。彼女の言葉自体が届いてるわけではない。『ヤツら』が強引にそれを妨げているに過ぎない。これで必然的に敵に回したわけか。
正直言って、ヤバイ。三つのリーグを共にし、熟練したソウルが尽きてしまった。あとは未熟で半人前にも届かないセキマルと、一昨日入ったばかりの新入りイーブイ。それと、野生でありながらも僕の指示に従ってくれたリーフィア。ニドキングのタイプ相性や持ち技、体力などを比較する。唯一、数頭に関しては勝っているが、どう考えてもこちらが不利。だがそれは、あくまで公式のバトル上での秩序だ。相手は野生ポケにボールを使わず捕獲し、その上戦闘に出したのだ。とすると、このバトルは公式であらず。無秩序であり、ルール破りである。なら、僕もそれに見合う反則をしてもいいよね。
「セキマル、いってこい。同じ相手であれ、決して油断するんじゃないぞ」
「おうよ!」
威勢の良い返事と共に、飛ぶようにニドキングに向かうセキマル。昨日、炙ってくれた相手だと感づいたか、ニドキングは先ほどより低い姿勢にかがめて威嚇する。操られながらも、本能はまだ生きている。昨日と同様に、まず“みだれひっかき”からセキマルの戦法が始まる。大きなダメージにならなかったと察したか、“かえんぐるま”を繰り出す。まさか、森で戦った時の手順そのまま? この単純な戦法に気づいたニドキングは、“どくづき”で抑えにいく。火傷を恐れない猛毒の腕は、真っ赤な炎の渦を受け止める。黄金色の火の粉が拳からほとばしり、飛び交う。
やはり野生の掟は破れないものか。“かえんぐるま”はニドキングの背中へ弾かれた。身をまとう炎は取り払われるように消え、体勢が崩れ、床に背中を打つ。しかし、すぐに起き上がり、ニドキングの背に体を向ける。磁石に引き寄せられる様に、ニドキングはセキマルと顔を合わす。顔を見るなりすぐ、ソウルを沈ませた“かわらわり”を繰り出す。セキマルは軽やかなサイドステップで回避する。また“かわらわり”を一振れば右へ、もう一振れば左。振るタイミングを狂わせても、両手を使っても、どんな状況下でもセキマルは反復横飛びでのみ回避する。これはすごい。ジャンケンの勝負になったら負けることはないであろう、この洞察力。それとも、ニドキングがそれほどまでに浅はかであったためか。だがすぐに、そのどちらでもないことを、セキマルの口から知ることになる。
「うわ! おい、そっちかよ……」
今、セキマルが口走った内容によると、完全にニドキングの攻撃策を読んでいないことになる。しかし不思議だ。この“かわらわり”の猛ラッシュの中、一度たりともセキマルに当たっていない。なぜこれほどまでに当たらないのか。それは、あの紫瞳とニドキングのみ知る由はないであろうか。
「あらあら。どうも変だと思ったら、あなたの後ろにイーブイちゃんが“てだすけ”していたのね。これじゃ実質、二対一。ちょっと卑怯じゃない?」
やっと紫瞳がカラクリに気づく。それは、昨日の夜から一度もボールに戻していない、足下にいるイーブイの補助であの回避劇が生まれたのだからだ。この“てだすけ”姿を見られないよう、セキマルはニドキングの視点転換及び、紫瞳の視野を狭めるために、その二人の間に位置してイーブイの指示通りに回避し続けたのだ。ということは、最初の“かえんぐるま”と“どくづき”の激突の時は、ニドキングの腕力が上回ったのではなく、セキマルが“かえんぐるま”の威力を考慮した結果で、意図的にあの位置に着地した作戦となった。
またもやニドキングは同じ相手に辱めを受ける始末になった。
「あんたも野生を無理に戦闘に出すこと自体が卑怯だから。僕もそれに対して見合う卑怯な行為をしてもおかしくもないだろ? もうこれはどうせ公式試合でもなんでもない。秩序もへったくれもねぇ、野蛮な戦いだ。果たして二対一でおさまる話になるのかな。あんたが『力』なら、こっちは『数頭』で勝負!」
セキマルは“みだれひっかき”でニドキングに、ザクザクと音を立てるまでひっかく。ニドキングはまるで周りにうろつく飛ぶ蚊をはらう様に、セキマルを叩き落とそうと腕を振り回す。だが、こんな程度の妨害は無意味と言わんばかりにひっかき続ける。ならばこれはどうだ! ニドキングの大きく堅い両腕はセキマルの横腹をがっちり挟む。そして、縫い針のように鋭く尖る自慢の頭の角を、容赦なくセキマルの腹に突く。“メガホーン”を突かれた。効果いまひとつとはいえども、絶大なパワーと驚愕的飛距離だ。暗い壁に吸い込まれる様に平行に飛ばされる。壁に衝突するのは、時間の問題のみ。しかし、衝突することによって生まれる反動を使って素早く反撃するやり方はいくらでもある。
例えばこんなの。衝突寸前に“かえんぐるま”を発動。身にまとう炎をクッションにして衝撃を抑え、パチンコ玉のように弾く。天井や、壁に、床と、幾たびに高速に弾かれ、僕らの目を眩ます。それはモウカザルに進化したみたいに、四方の壁を、六面の空間を空中さっぽうする。あちらでぶつかった音がしたら、こちらで焼けた音がする。炎の車は音速の如く、この薄暗い部屋を飛び交う。描いては消える、赤い軌跡を無数に残す。その軌跡をニドキングはただ目で追うだけしか術はなかった。刹那、炎の車はニドキングの腹で焼き回っていた。腹はだんだんと燃やされた炭と化す。本当に炭になってはいないが、そう思わせるぐらい黒々とした焼け跡が残る。それでも腹の煉獄の苦しさを、歯を食いしばって耐え、腹で回っているセキマルを“どくづき”で叩き潰す。地面にまでめり込ませる。セキマルは、めり込んだ穴から脱出することが出来ず、ただただ“どくづき”の圧迫を受けるのみであった。
ビー、ビー、ビー、ビー。ビブラーバの羽音に似た無線着信音が紫瞳の腰から微かに聞こえた。それに反応して、紫瞳は無線機を耳に当てる。
「こちらG−2。配達係の人? やっぱり……あなたなのね。あなたが見つけた子ねぇ、随分と力があって相当頑張ってくれそうよ。今ねぇ、突然の進入者を追い払っている最中でねぇ、ええそう。よくあの子を見つけだしてくれたわね。今後の活躍として、ボスから貢献者として称えられる日もそう遠くないでしょうね。圧されてる……ですって? くくく。私を誰と見受けているわけ? まだ名前も付かぬ下位隊員のくせに。聞けばあなただってフルボッコにされたらしいじゃない。あなたのその減らず口も含めて、慎むよう努めなさい。それだと貢献者になるどころか、裏切り者を増やすばかりよ。よくって? それで、今どこを飛んでいるの? あら近い。それじゃあ開けとくね。丁寧に運んで頂戴ね」
ガー。
それは遙か上空から聞こえる。それと同時に、光の刃がこの暗い空間を真っ二つに切るように現れた。黄色い光の刃はますます太く切り開く。音と光が放つ上空に顔を上げる。四角い部屋かと思ったが、天井だけがテントのように湾曲していた。その天井が、何かの拍子に中央から開いたのだ。恐らく、紫瞳が交信相手のために開かせたのだろう。
「あなたが見つけた子」。言わずと知れたニドキングのことだ。そしてその「あなた」が、ハクタイの森でニドキングを発見し、捕獲した張本人。そいつは今この場にはいないが、早くもこちらに向かっているらしい。ニドキングを送るために、着々と実行を進める。突然の進入者であるこの僕に阻まれないために、大事なニドキングを使ってでも、撃退するよう努力する。
「あなたのヒコザルちゃん、たぶん『どく』状態ね。だからなかなか“どくづき”から解放されないわけね。随分と苦戦を強いられているのに、制限時間が迫ってるなんてね。ヒヤヒヤするでしょ。それでも諦めずにこの子の搬送を阻止するボウヤの勝ちか。ボウヤを退け、無事に搬送の成功を収める私ジュピターの勝ちか。もうじき見えるわ。まだ結果は見えないけど、刻一刻と近づいてくる。そして、その時に勝利をもたらす者が私であると信じる」
遂に自分の名前を明かした紫瞳、ジュピター。言うからには随分と勝ち誇っているようだ。
「結構かっこいいこと言ってるけど、やってること自体がかっこわるいぜ。それに僕だって負ける気なんて全くだよ。あんたが望む結果を覆しに僕はここに来たんだよ。セキマル! 振り払え、そして“からげんき”だ!」
あの重い拳が、嘘のように宙を舞う。そしてセキマルはニドキングの懐に飛び込み、暴れるように攻撃する。
「うおおおおお!!」
雄叫びをあげ、全身全霊で「どく」を取り払おうと必死になっている姿があった。好都合。かえって仇になったな。「どく・まひ・やけど」といった状態異常に陥った時に、通常の倍ダメージを与えられる“からげんき”。本来は、ハクタイジムの対策として覚えてもらったのだが。これはこれでラッキーであった。なんとまあこんなに戦運がいいのでしょうか。だがここでうぬぼれている暇も余裕もない。搬送に向かう応援が来る前に早いとこ倒そう。しかしながら、正気に戻すためだとはいえ、リーフィアの友人であるが故に、とどめをさしにくい。いや、それ以外の平和的解決手段は望めそうもないだろう。なら構わず攻め落とすしかない。
「もういっちょ“かえんぐるま”だ!」
暴れたかと思えば、途端に炎の車と化し、ニドキングの顎を叩き上げる。炎の車は自然に跳ね上がり、僕に向かってゆっくり下降する。睨むように顔を上げ、セキマルを掴もうと手を挙げるニドキング。だけど手が届くどころか、逆に遠ざかる悲劇となった。今、僕の足下にセキマル。そして、またニドキングの懐に今度はイーブイ。“アイアンテール”を叩き込ませた。流れるような交代と素早い攻撃のコンビネーション。ポケモンカードゲームみたいで面白いでしょ。本当は“でんこうせっか”でより先制攻撃を浴びせたかった。なにせニドキングの体は堅い鎧でもあり、猛毒の鎧でもあるのだ。直接攻撃を与えれば、「どく」の犠牲になってしまう。残念まがらイーブイは状態異常対策において無策。だから、毒の相性不利のタイプ、無難な鋼の“アイアンテール”に託したのだ。しかし結果的には、理想に近いコンビネーションが出来上がったから万々歳であった。
『何を失えども、必ず私たちの理想を掴みとってみせる』
ニドキングが出現する直前に、紫瞳ことジュピターはそう言った。「理想」、それは発電所所長が聞いた宇宙エネルギーのことであろうか。それを獲得するために、なぜこんな関係のなさそうな行為がつながるのであろうか。所長親子と同様、人質にされている男性。自分の発電所にマーズが率いたギンガ団によって身動きの自由を奪われた所長に対し、この男性の場合は明らかに異様だ。今ここにいる建物は人質の男性ではなくギンガ団の所有地である。ということはだ、この男性はわざわざ連れさられたことになる。身柄を完全に拘束した、いわば「拉致監禁」という言い方が正しいかもしれない。そして異様なのはニドキングにもある。イーブイと同じ、ギンガ団の計画に基づく「カギ」だとしよう。発電所でマーズは充電確保のために使用したエレキブルを出したが、ジュピターは捕らえたニドキングを使用した。それに、二匹は幹部二人から『強い』と言われた共通点がある。ジュピターはそれを理由に使用したのに、なぜかマーズはショーケースに入れて貴重そうに扱っていた。この二匹の違いはどこにあるのか? 『強い』という言葉のニュアンスが異なっているのか? はたまた、ニドキングは「カギ」に値しない存在なのか? どんどん深まるギンガ団の謎。更に目的が分からなくなってきた。
「ジュピター様ぁ。お迎えに上がりましたぁ。搬送準備はすでに整えていますぅ。合図が出て次第、いつでも実行できまぁす!」
プロペラの騒音と共に、近い内に聞いたことのあるつぶれた声が降って聞こえた。青天白日の丸い空を見上げれば、それを覆う影となすヘリコプターが低空ホバリングをしていた。そして、脇腹の出入り口に立つ人影を見捕らえ、驚きを隠さずにはいられなかった。
「ああ! お前……って」
発電所の玄関で戦った、弱いエレブー使いの口の悪いおかっぱ!
「む! お前はあの時のクソガキ。ジュピター様が意外にも手こずらせていると聞いて誰かと思えば。そうか、お前だったのか。フフフ、本当にお前は愚かな奴だ。本当に愚かで実に嘆かわしい。俺様達ギンガ団と関われば後悔するというのに。いいか、ギンガ団には壮大な計画を担っていて、現在実行しつつある。それをお前は妨害している。その支障も同じく絶大なものだ。支障は計画の狂いはもとい、お前に危害が及ぶ可能性が大いにある。まあお前がそれを望んでいるのなら勝手にしても構わないが。発電所みてぇに手加減なんざあしねぇからな!」
「なんか随分とオイラと互角にやりあったみたいに言ってるよな。ソッコーで負けたくせに。それに、大して偉くねぇくせになぁ。むしゃむしゃ……」
僕の背中に乗ってリュックの中身を漁るセキマルは、あのおかっぱの揚げ足を取る。中身からちゃっかりとモモンの実をかじって「どく」を回復する。
「だが思った以上に苦戦したわけでもねぇな。見ろ、そこのイーブイなんて防戦一方じゃねえか! “かわらわり”を“アイアンテール”でぎりぎりに抑えることぐらいしか出来ねえぜえ? お前のそのウザい涼しい顔すんのもとうとう見納めだなぁ! アーッヒャヒャヒャヒャヒャ」
「お喋りが過ぎるわよ。G−21。あなたは黙っているのが丁度いいわ」
全く、セキマルよりもうるさい奴が乱入してきたな。上司も困ったものね。確かにイーブイは“アイアンテール”を攻撃に使っているのではなく、防御に使っている。僕はそれだけを指示している。別に、“かわらわり”の威力がありすぎて攻撃に回せないわけではない。それに何もイーブイに攻撃させようなんて思ってもない。決定打は、こいつの気持ちに答えやすい奴に打ってもらう。
「まだだ。体の軸を左にしろよ。それともっと屈め。結構辛いけどお前ならいけるぜ。自分にも言い聞かせるんだ。俺は出来るってそしてら力みなぎるパワフルだぜ!」
私は出来る。私は出来る。私は出来る! 肩からセキマルがエールを送ると、答えるようにイーブイの根性が現れた。女の子らしくない凄まじい気迫とオーラが滲んでいる。そして力へと結びついていく。ニドキングを前かがみにした姿勢より下がっても上がってもない。定位置に保っている。これが、マーズの言う隠された強さなのか。
「今だぁ! 打ちまくれぇ!!」
急に風を切るような音がしたと思ったら、いつの間にかニドキングは倒れた。結果が発表されたとはいえ、何が起こったのか僕も見えなかった。賭けは僕の勝ち。それでは種明かしを見せよう。倒れたニドキングの背後には、腰を落として息を荒げているリーフィア。そして、周りに散らばる無数の葉。
「“マジカルリーフ”だと!? まさか、アイツの攻撃を命中しやすいように、イーブイもろとも当てずに、確実にニドキングにヒットするために、“アイアンテール”と“かわらわり”の相打ちの時に、最適な角度を調節したと言うのか!」
察しがいいと助かるね。君、探偵でもやってみない? そう、全てのバトルの過程はおかっぱが説明してもらった手順のためだったからだ。彼女に指示したわけもなく、アイコンタクトを送ったわけでもなく。直接リーフィアが思いを伝えるように、環境を作って手助けしただけだ。それを彼女は自ら気づき、行動をとってくれた結果がこれだ。
「ジュピター様! まだ終わっちゃいません。こいつを本部に運び終えるまでが勝負です。たとえ動けなくてなっても状況は一切変わったりはしやせん!」
ガッシャアンという大きい音と鉄カゴが降ってきて、ニドキングを袋の鼠にする。そして次第にニドキングを入れた鉄カゴは上昇する。そのカゴの上にジュピターが舞うように飛んで着地する。しまった。なんとか倒したものの、救済方法を忘れてた。しかし失敗を悔やんでいたら、あっと言う間に空の彼方へ去ってしまいそうな距離まで飛んでいってしまった。
「今度こそオイラの出番よ。イーブイ、“アイアンテール”でオイラを思いっきり弾き飛ばせ!」
「えぇ! 気は確かですか、セキマルさん。何をするつもりなんですか?」
「いいからとっとと飛ばせ! 間に合わなくなるぞ」
戸惑いながらもイーブイはセキマルの背中に“アイアンテール”を打ちつけた。その拍子に高々と舞い上がるセキマル。だがヘリとセキマルの間には、距離は勿論、高さも歴然。無駄打ちであったと呆れるくらいに足らなかった。どうしてこんなことをやらかしたのか。なぜこんな時に空の散歩をしているんだ。誰もがそうため息し、まだ未熟だからだと理論づけるだろう。
天才というのは、全く関係のないものを意外な結果に結びつける誘導者。そして同時に、諦めが悪く秩序に従わない頑固者だと僕は思う。彼の有名なエジソンは、電気を通すとは思わなかった竹をフィラメントにし、長時間の照明を実現させた。そんな彼の幼少時代では、あらゆるものに疑問が生まれる日々であったらしい。鳥を見て、なぜ人間はとべないのか。数字を数えれば、どうして1+1は2なの。泥団子を合わせば大きな一個になるのに。一般人の常識は皆、彼にとって照明し難い秩序。自分の目で見えない限り、それは常識じゃないという強い主義を持っていた。そして、常識としてとらえるべきかどうかを実験した。その最中でも批判があった。けれど彼は諦めず実験を「努力」した。最終的には、誰も思い至らなかった事実を発見する人生を送った。それは全て実験し続けた「努力」のおかげだろう。
セキマルも僕に竹のフィラメント並の衝撃を与えた。まさか二匹枠しかなかったメンバーに入るなんて。これもセキマルの影ながらの「努力」が実を結んだ。だからアイツは「努力の天才」だ。努力して意外な事実を発見するのもまた、アイツの人生そのものかもしれない。
「うおおお。飛べないサルはただのサルだあ!」
セキマルの左手首が太陽のように紅く光る。さあ、見せてやろうぜ。天才のお前が見つけた新事実を。
「カケラ技、発動! 命の炎尽きることのない不死の霊鳥よ。翼に纏う清き炎をお貸しください。紅い奇跡の翼。その名は、れっかのつばさ=I」
唱え終えたと同時に、真っ赤な炎がセキマルの両腕を包む。次になんと器用に両腕を、いや両翼を羽ばたかせる。偶然なのか、必然なのか。どちらにせよ、自然に高く飛び、速く進む。その姿は、カントー三大鳥ポケモンのファイヤーのよう。一つ羽ばたけば高さと速さが二乗したみたいに、ヘリとの距離が一気に狭まる。しかしあちらもセキマルが接近していることに気づいたのか、速度を上げて距離を保つ。セキマルも羽ばたく回数を増やすが、思い通りに進まない。もう一押しで手が届きそうなのに。やっぱりこれ以上はいかないのか。とうとう希望を失った。もはやこれまでだと思った。
なのに、なんでこんなに冷たくて強い突風が吹き荒れてきたのか。髪は勿論、腕や足、体全体が浮いてきそうな感覚がする。とても不思議な突風だ。だがこの不思議な事態はセキマルにもあった。さっきまで距離を保つだけでも大変だったはずなのに、この突風のおかげでセキマルを運ぶようにぐんぐんと飛行速度が増す。そのせいか、急速に新鮮な酸素が翼の炎に流れて、より大きなれっかのつばさ≠ェ出来上がった。
シュボオッ。
瞬く間にヘリ本体と鉄カゴを結ぶ鉄柵が焼き切れた。ほんの一瞬の出来事は過ぎたら未知の世界に連れていかれたようだ。支えを失った鉄カゴは、そのまま落下し始める。阻止したのか? 未だに現状が飲み込めないが、僕たちは見事に搬送を阻止したのだ。僕はほんの少しだけ安堵に浸りたかった。だが、また新たな恐怖を味わうはめとなった。あの突風はまだ吹き続いているのだ。しかも今度は強力で、螺旋状に巻き上がっている。下から風が送り込まれて本当に浮いてしまう。
「ひょわ? ひょわひょわひょわ〜! フゴッ」
人質の男性が突風によって滑られて、壁に衝突した。その時の鈍い音が何より気になる。宇宙飛行士の月面移動みたいにゆっくりと、しかしなるべく早急に男性のもとに向かう。目の前で手を振ったり、大声で話しかけるが応答がない。だめだ。完全に気を失っている。しょうがないと、負ぶって運ぶことにした。直ちに出口まで走ろう。このままじゃ吹き飛ばされてしまう。
イーブイとリーフィアを率いて走り出した数秒ほど、遂に現実となった。風の冷たさと強さが最高潮に差し掛かった。僕らは木の葉のように軽々と高く舞い上がった。このまま落ちてしまうのかと思いきや、螺旋状にぐるぐると回される。これが洗濯機の中で洗われる洗濯物の心境なのか。
「「きゃああああ!」」
僕よりも体重の軽い彼女達は、より速くより激しく回されている。物理上、この「コールドスパイラル」の上空から落とされるかは時間の問題だ。落ち着け。まず救助できる奴からさっさと救助しよう。イーブイを確実にモンスターボールに戻しておく。僕よりもはるか上空に飛び回っているが、ボールの光線でも届くほどで安心だった。さてここからが問題。それはリーフィアの救助方法だ。彼女は誰も手をつけていない野生のため、イーブイみたく安全なボールに戻すことは出来ない。男性を背負っている僕は、倍近くの体重となっている。浮かび上がろうと思っても、水中に沈む碇の如し。少しずつ沈んでゆく運命。だから自らリーフィアを救うことは不可能と考える。なら、今飛んでいるセキマルに任せられるのでは。しかしアイツは、最近飛べるようになった幼い鳥同様。飛行の維持だけでも満足に保てないから、旋回して戻って来るのにかなりの時間を食う。だからといってこのまま何も救いに行かなきゃ彼女の身が危うい。冷凍の風は草タイプであるリーフィアの体力を奪ってしまう。それで瀕死になったり、落ちて負傷してしまったりしたら元も子もない。救助に行こうにも困難、放置でも混乱は必死。これら以外に救済処置が存在するのであろうか。自分に問い質した途端、ある救済方法が考え至った。
それは、早急救助可能、かつ安全な方法だ。リーフィアを一時的にモンスターボールに収めること。手のひらサイズの軽量だから、いち早く上空に舞うだろう。運よく彼女に当たれば、最低十数秒はボールの中。モンスターボールは外部からの影響を完全に遮断する。たとえボールに外傷が及んでも、中身へのダメージはない。別にリーフィアを捕獲しようとは全く思っていない。僕がメンバーに入って活躍しそうだと思った時と、相手が意欲的に入りたがっている時しかボールは投げない。しかし現在、仲間にしたいという心境ではない。いち早くリーフィアを救うために、僕は速やかにボールを取り出し、渦の中心目がけて投げた。紅白球体は中心に向かって徐徐に減速し、今度は螺旋状に急加速で回る。リーフィアとボールが時計の長針と短針のように回って、緊迫の時が近づく。小さいがゆえか、ボールは気流の乱れを敏感に感じて少々揺れる。当ててくれるかという心配が込み上げてきた。そして運命の時は光のように早く訪れる。突然ボールは彼女を目前として降下する。
一瞬、この冷たい風でも吹き飛ばしてくれない重い汗が額に流れた。間一髪リーフィアの後ろ足が当たり、ボールは割れ吸収する。無事に彼女を収めた。喜びもつかの間、急上昇で「コールドスパイラル」の外に脱出。これで地面まで落下しても彼女に傷つくことはない。リーフィアを入れたモンスターボールが地表に弾んだわずか数秒後、男性を担いだ僕もやっと地表に足を立たせた。それと同時に、恐怖のアトラクションと化した「コールドスパイラル」は、何事もなかったかのように波みたいに去った。まるで意志を持って僕達を降ろしてくれたようだった。荒々しい降ろし方で有難迷惑に思った中、そんな気もした。
「うう……ひょわっ! ま、眩しいここは、ビルの外なのか」
人質の男性が目覚めた。すぐに僕は降ろして、面向かって確認する。この人も外傷はなく無事のようだ。
「おお! 君か。君が助けてくれたのか! よく悪人を相手に果敢に挑んでくれたね。ひょわ〜、驚いたよ。とにかく本当にありがとう。おかげで私のピッピを取られるとこだったよ〜」
目覚めて早々、僕に深くペコペコと頭を下げてお詫びをいう男性。話によれば自分のポケモンを取れる最中に、僕が乱入したらしい。
「ピッピ? それじゃあ、あなたは自身のポケモンを取り戻そうとしたゆえに捕まえられたと?」
「情けない話だけど、それ図星。『ピッピは宇宙からきたポケモンだからよこせ』って脅されて……」
「そうなんですか。それとすみません。失礼ですけど、ご職業はどちらに?」
「この街の自転車屋の店長だが」
ギンガ団の真意が全く見えない! なぜ自転車屋の関係者を拉致監禁してまでピッピを欲しがっていたのか。野生ではだめな理由があるのか。テンガン山で折々出会ったことがあったが。ピッピといえば、月から隕石と共に飛来してきた言い伝えで有名だ。背中の小さい翼は月光から放たれるエネルギーを吸収して飛んでいるらしい。
『月』。また出てきた、宇宙のキーワード。最初から思っていたのだが、今確信する。ギンガ団はただの宇宙マニアでも宇宙関連の事業団体でもないことを。ヤツらの行動は大小様々で目的の見当がなかなかつかめない。谷間の発電所での膨大な電気の強奪。イーブイ・ニドキング・ピッピの捕獲計画。これらが宇宙とどのように関わるのか。ヤツらの「理想」を基づくものなのか。いいさ、これから暴いてやるんだから。このまま好きにしたら、このシンオウ全土が巣食われるような、そんな嫌な予感がするから。
「店長は、以前に宇宙関係の仕事の経験とかはありませんか?」
僕はギンガ団の足取りとこれからの行動を読むために、出来るだけ情報を取ろうと店長に訊く。
「いやいや。そんな偉い仕事に就いたことはないけど、天体観測っていう趣味はあるな。私も小さい頃から宇宙に興味をもって、夜が更けってはテンガン山に登って望遠鏡を眺めたよ。そして結構前にその観測途中でこの子と出会ったんだよ。だから私にとっては友達みたいな存在なんだ。それと友達を助けてくれた君に、是非お礼をさせてくれ。君、トレーナーでしょ? 全部のジムを回るんでしょ? ここのジムも挑戦するよね。南にあるクロガネやヨスガも勿論行くよね? そこらに行くためには自転車専用道路のサイクリングロードがあるんだけど、自転車持ってる? 良かったら最新の四段階ギアチェンジの折りたたみ自転車をあげるよ。持ち運びが嫌ならレンタル貸出の無料券を差し上げるよ。とにかく遠慮いいから、ポケモンセンターの前の店に来てよ。待ってるよ!」
と、僕の質問の“カウンター”並に喋った挙句、自分の店に行ってしまった。おかげでまた目ぼしい情報は得ず。まあ無事に帰らすことが出来たからいいか。あ、帰らすというと、リーフィアは? そう思い、辺りを見渡し、道路に球体らしきものが転がっていた。ボールは開かれていない。これはどういうことだ。ボールの元に行き、手に取っても変わらない。もしやと僕はポケモン図鑑を取り出して開く。予想は的中した。リーフィアの捕獲が成功した。図鑑の画面に捕獲済みの印が映し出されたのだ。ボールのスイッチを押し、リーフィアを出現させた。間違いなく彼女だ。出されて早々、背筋を伸ばしたり、体を震わせたりしてからこちらに顔を向ける。
「テヘ、捕まっちゃった〜」
舌を出してそう呟くリーフィアであった。
「イ〜ちゃ〜ん! 大丈夫ぅ?」
「ハクトー! こいつ正気に戻ったぜぇ!」
後ろから聞こえる二つの異色の声。振り向けば、ニドキングとセキマルが走ってくる姿を目にした。するとリーフィアもニドキングに向かって走り出した。二人が接触すると、リーフィアは泣き出した。ゴメンね、今までゴメンねと謝罪を連呼する。対しニドキングは慰めるように彼女の頭を撫でる。事情を知らない僕とセキマルは、ただ二人を見守るだけ。けど、よかったね。ちゃんと想いが伝わって。
「ハクト隊長。任務遂行完了であります」
足下にやってきたセキマルは胸を張って敬礼する。それじゃあ僕も応じて。
「ウム、よくやってくれた。セキマル准尉。だいぶ技のキレが良くなったではないか」
このおかしな空軍ごっこもコミュニケーションの一つ。リーフィアが泣き止むと、二人一緒に僕の元に集まる。
「ハクトさん、ワタシ達相談したけど、連れてって下さい。捕まえられてなりゆきにってわけじゃないけど、このまま森に戻っても何の意味もないと思うんです。もう分かってるのと思うけど、ワタシとニド君は友達なんです。だから、会えてとても嬉しかったけど。森に戻りたいけど。ワタシ、強くなりたいんです! ハクトさんの連携プレーを見て感激しました。この人なら、古い自分の皮を脱ぎ捨て、新しい自分になれると思ったんです。ワタシ、以前に一人の友達を亡くしたことがあるんです。大好きでいつもそばにいてくれた友達を。その時はもの凄く悔みました。それは自分が他人を守る力を持っていなかったからと。今までその力を求め続けてたんです。いろんなことに苦悩している中、ハクトさん、そしてセキマルちゃんに出会った。セキマルちゃんはヒコザルでありながらも、あんなに強く、自信に満ち溢れていた。羨ましく、そしてハクトさんがボールを投げて捕まえられた時、嬉しく思いました。だから、このままワタシを連れて行って下さい。ワタシはこれ以上、大切なものを失いたくない! 守る力が欲しいんです。ううん、身につけなければいけないんです」
君がそんな思いで入りたいのならば、僕は拒んだりしない。厳しい特訓や絶対的忠実を承知の上と考えていれば、大歓迎だ。
「これからよろしく頼むよ、リーフィア。あ、『イー』っていうニックネームで呼ぼうか?」
「入れてもらえてありがたいのですが、ごめんなさい。その名前は昔の名として捨てました。種族名でも結構です」
愛称の話になると途端に暗い表情で俯く。友達を亡くしてよほどがっかりしたのか。それとも名前を通して過去の自分を憎んでいるのか。
「おい人間。イーちゃんの満足のいく実力にならなかったら、俺がかわって承知しねぇからな。助けられたとはいえ、基本人間は信じきってねぇからな」
睨んでいるように見えるが、密かに期待を寄せていることが分かる。本当にいい友達をもっているな、リーフィアは。そしてもう一人の、亡くなった大好きな友達も、きっと彼女のことが好きだろうな。最後にリーフィアとニドキングはお互いに満面の笑みを送って、彼は深い森の奥へとゆっくり溶け込むように消えた。
「あら。そこにいるの、ハクト君? 久しぶりね」
後ろからまた、今度は女性の声が聞こえた。振り向くと、金髪の長髪に黒いコートをはおった、長身の女性がやってきた。決して初対面ではないことが分かる。品があり、かつどことなく威圧に似たオーラをまとっているこの女性は。
「ああ、シロナさん! シロナさんじゃありませんか」
そう、四年前に戦ったシンオウ最強のトレーナー。リーグチャンピオンのシロナさんが今目の前にいるのだ。
「ふーん。君にしては意外に可愛い子達を連れているね。今この子達と一緒に旅しているの?」
足元にしゃがみ込み、セキマルとリーフィアを撫でる。
「シロナさんはハクタイに何か用でもあるんですか?」
「私ね、趣味でポケモンの神話を研究しているの。近くにハクタイのポケモン像があるんだけど、今日はあれを調べに来たってわけ。形作った像はポケモンなんだけどね、大昔の人が発見したポケモンだそうよ。シンオウにはポケモン像の他、いろんなところに遺跡だの神話に関する文献がたくさんあるの。それを物好きに訪問したり閲覧したりするの。ところで話が変わるけど、実はハクト君に前々から会ってみたいっていう理由も含めてここに来たの。これを渡しに来たくて」
そう言ってシロナさんは鳥かごの形をしたショーケースを差し出す。そしてその中身に、いくつか大きな斑模様のついた楕円球の何かが入っていた。けど僕はその何かの正体を知っている。これまでに何度も見てきたそれを忘れないわけがない。
「タマゴよ。君ならきっと良い子に育てられるわ」
自転車屋店長のピッピ、リーフィアのニドキング。僕は彼らみたいに、こいつとお互いに信頼できる『友達』になれるかな。新たな命と同時に新たな仲間が加わると思うと、新鮮にそう感じた。