其の弐 人齧り編
#5 交錯
 不自然極まりない。彼女は草タイプだ。炎を所持してないはずが。みるみる内に、熱気は増し、彼女の背中が炎上する。マグマラシに進化したみたいに。燃え上がる。
「うおおおお、飛べぇ!」
 ヒュヒュヒュヒュッ。背中からロケット花火の如く、彼女の体毛一本一本が紅い矢となって飛び出す。上空に飛ばされた毛は燃え尽きるどころか、包む炎が大きくなる。その熱気はまるで、太陽から生まれ放たれた針状体(スピキュール)。だが全て、花弁を開かせるかのように逸れて、飛行物体を外した。
「なら……」
 なら? 一体何をしようというのだ。リーフィアが身を屈める。背中の炎はもはやバクフーン。四本の足を全て伸ばし、僕の身長をも超す大ジャンプ。またもや背中から幾つもの紅い体毛が飛び出す。しかも矢はリーフィアの体の周りをグルグル回り始める。
それが筒状の渦を作り出し、彼女を包む。巨大な針状体(スピキュール)となって、飛行物体目がけて発射された。
 無論、それが確認出来たのは、顔を上げてからである。
 ゴウゴウと唸る、炎の渦。ぐんぐんと昇る、真っ赤なリーフィア。理解し難く、我が目を疑ってしまうそれは、容赦なく飛行物体に向かって急上昇。止まる勢いが微塵もなく、衝突する気満々。
 いや、たった今、衝突。もちろん、激しい轟音が両耳の鼓膜を振動させる。黒も混じった彼岸花(ひがんばな)が爆発と共に開花した。飛行物体の横腹からモクモクとほとばしる黒煙は、徐徐に物体を包み込む。毒々しく漂わせる黒煙はなかなか晴れない。
 その姿は雷雲。見てるだけでも、何が落ちてくるか分からないような、胸が緊張する。そしてその緊張はプツリと切れる。雷雲が落とす。墨をつけた筆を縦に走らせるかのよう。小さな落し物が降ってくる。そんな穏やかな物ではなかったと予想はした。
だってそれ以外落ちてくるもんなんてないだろ?
 見ろよ。あの、薄緑。彼女だ。頭から、雷雲から抜け落ちる。あの紅い矢が飛行物体は貫通した様子など全く見なかった。つまり、表面しか接触しただけ。当然だ、相手は鉄の塊。ちょっとやそっとで貫けるものではない。逆に、ダンプカーやトラックをほんの一握りで粉砕する怪獣がこの世に多々いることに、恐ろしく思う。だが今一番に恐ろしいのは彼女だ。彼女はもうじき三階立ての民家の高さぐらいに位置し、しかも水面が迫る。つまり、彼女は今、ハクタイの釣り名所の上空。
 なのに彼女は意識がなさそうである。頭を庇わない。走って行こうと思うが、そこまで距離がありすぎて間に合わない。それなのに、僕の足はいつの間にか動いていた。やっぱり、無理だ。どうしよう。どうする。もうどんなに走ったって、彼女の身と僕の間は、雲や星のように届きそうで届かないものだった。
 よぎる絶望。真っ暗になりそうな視界。そして、震える肝。そう、さっきから横腹が気持ち悪い。走りにくい。だがそれが、腰を見た後に、自らの臓器ではないと分かった。
 紅白の球体。モンスターボール。手持ちの先頭(パーティトップ)のソウルの待機室。上下左右関係なく無秩序に震える。先ほど、外側からの指示だけでなく、中にいるポケが意志をもって出入りすることがあると説明したが、そのスピードに個人差がある。いとも簡単に破るヤツと手こずるヤツ。コイツは中間をとったようなものかな。もう一歩ってところだ。つまりなんだ。今更出ようとするところなのか?
 こうなったらジム戦で、めいっぱいこき使ってやるからな! 模擬試合開始。ソウル、バトル・イン!
 腰に付いている例の球を横に投げる。瞬く間に開き、閃く稲妻になって彼女に向かって走る。飛ぶ。ありゃま。もう救っちゃった。
 タムッ。桟橋が架かる池を超え、乾いた土の上に、立派な黒い二本の足が立つ。長い両耳を翻しながら、こちらに微笑みを送る、我らの波導使い。リーフィアをお姫様だっこで抱えている。
「どんなもんだ。不屈の精神、なめんなよ!」
 本日の第一発言は、まさかの信頼のお言葉。
「何が『どんなもんだ』だよ。お前今頃になって出てくるなんて、この臆病者」
「おいおい、なんで早朝いきなり俺が罵倒されなきゃないけないんだ。出たけりゃぁ、早く出てますよ。それを拘束したお前が何を言い出す」
 はぁ? なんだそりゃ。
「はん、何を今更、言うに事欠いて。こっちも出したけりゃぁ、とっくに出してるよ。それを頑なに開けようとしなかったお前こそ、戯言をぬかすんじゃないよ」
「悪いが俺は、お前の言っている意味が全くもって理解出来ない。頑なに出ようとしない、だと? 何のことやら」
 意地の張り合いみたいでばかばかしい。だが彼は、一切白を切らない。不器用だねぇ。
「え〜、あの……その、お二人? 喧嘩は、良くないと思うよ。せっかく、助けてもらったのに。もうちょっと、清々しい感謝の言葉を送る方がいいんじゃない?」
 お姫様。悪いが、あなたはこんな弱腰騎士(ナイト)の肩を持つ必要はない。別に、彼から盾を奪うつもりなどはない。むしろ僕は魔法使いで、強力な武器を揃えようと彼に教えているのです。救いを求めるだけのお姫様は、それ以外の心配をかけなくても結構です。
 こんな張り合いもいい加減に飽きた。もう、僕の負けでいいよ。もうこの話題は出さないようにするよ。
 決着がついたと悟ったソウルは、リーフィアを後ろ足からゆっくり地に降ろす。降ろされたや否や、リーフィアは大きな伸びを行う。そして、ハクタイの空に浮かぶ、黒煙に巻かれる飛行物体を見上げる。その眼差しは厳しいものだった。僕もそれに目を向ける。
 黒い血が出血したかの様に、ほとばしる煙の量は絶えない。そして機体はよろめく。左右にゆっくり揺れながら下降している。雷雲から黒き流れ星に変わった。上昇する勢いが全く感じられず、だんだんと下がる。僕は機体の着陸地となる場所を探すために、頭を横に回す。残念なことに、飛行物体の目の前には、トゲが生えている青い建物が立ちはだかっているため、予測することはできない。だが、あの建物に接触するかは言うまでもない。いや、接触というより、それこそ着地になりそうだ。あの建物を上空に吸い込まれるように、飛行物体は絶妙に浮遊する。
 無事に着陸。その建物の全体像を確かめる。
 気味が悪い。ただそれだけしか感じなかった。だって、あのトゲトゲビルの、ど真ん中に、また大きく……『G』という文字が浮かんでいるんだもの。こんなときに限って、登場する。『ヤツら』の会社だ。つまり、くい止めるどころか、『ヤツら』の作戦進行を、より促進させてしまったのだ。
「あ〜りゃま。あんなにモクモクと煙っているのに、爆発一つしか出ないなんて面白くねぇな」
 後ろからセキマルの声が飛んでくる。
「まさか、またあそこに戻ることになるなんて……」
 同じ方向からイーブイの意味深な言動も聞こえる。
「あれってさ……もしかして、『ヤツら』の基地みたいなところだよな。イーブイ、お前は以前にあの中に連れられたこともあるのか?」
 えぇ、と彼女はこくり頷く。マジか。これじゃぁ僕がイーブイのトラウマ現場に連れて行ってしまった事になるな。だが、朝から何回も言ったように、これに挑まなければ、克服することなんぞ出来やしない。本人さんも端っからその覚悟でついてきたんだ。
「それにしても、あいつ等はよく街中で、あんな際どいデザインの建築物を建てられるよなぁ。社長様の趣味が疑われるぜ」
 ため息混じりでそんなことを呟く。このまま『ヤツら』と関わることになると、自身に何らかの影響が起きるのではないかと不安がよぎる。呆れるくらいに趣味が悪い。あの服といい、あの髪型といい、あの建物のデザインといい。
 しかし、これこそ引き下がってはいけない。イーブイのためにも、こいつ等のためにも。そして、あの「ニド」のためのも。
「そう遠くないな。よし……このまま突っ込もうじゃないか。猪突猛進。一気にあそこまでだ」
「なんかお前らしくない戦法だな。だが、俺はそんなお前も嫌いではないが」
 僕らしくない、か。そうさ、僕はもう変わってるんだ。今までにない、誰も予想がつかない思考じゃないと成功できないから。時代はひたすら流れるもんだぜ。
 ああ、もう足が勝手に動く。まるで下り坂を走っているみたいに、あっと言う間に風景は皆後ろに吸い込まれる。もう彼女達が追いついて来ているかなんて、確認するのも面倒臭い。この気まぐれな足についてこれなくても、どんなに方向オンチであろうと、
目的が目に入っている限り、迷うなどない。
 いよいよ、建物の入り口に迫る。その前には、柵や木々の植込みが。だがそんなのはお構いなしに、ハードル扱いに飛び越す。反応が良い自動ドアは、僕を受け入れるかのように開く。冷房がきいた、涼しい受付である。
「何だお前達は! どこのイタズラもんだ」
 もはやここは、大気圏を越えた異世界のよう。そこに待機していたおかっぱ、10人は軽くいる。そいつ等は僕を中点に、円形に囲んだ。掌中に球体をかまえる奴がいれば、既にポケを出現させている奴もいる。こんな雑魚に、球遊びを教えてやる予定なんてスケジュールに入ってないね。
「セキマル、盛大にばらまいとけ」
 ジュオオーッ。
 おかっぱ達の足元に小さな火炎放射の素を落とす。地雷を踏んだみたいにそれは紅きベールが放たれた。衝撃波を喰らったかの様に、皆後ろに吹き飛ぶ。
 いちいち現状を説明するのも面倒臭くなった。上階に繋ぐ階段を見つけると同時に、また地面を踏み飛ばす。上を見上げれば、案の定『ヤツら』が降りてくる。しかし、ここでいちいち足を止めさせる訳にもいかない。リーフィアを含むこの四人を先頭に、強引突破を試みよう。これって野生のポケモンの戦闘よりも面倒臭いし、イライラする。


「イーブイ、“てだすけ”はいいから攻撃に専念しろ!」
 ハクトさんに言われたように、私は“でんこうせっか”を繰り出す。スカンプーと呼ばれるそのポケモンは、私の攻撃を受けて倒れる。けどその最中、横からズバットが襲ってくる。あれは“かみつく”……かしら。不意打ちなんて卑劣な行為、よろしくないと思う。私はそんなズバットに尻尾で叩きつける。もちろん、技を使って。“アイアンテール”っていうの。
「そう! それだよイーブイ。その調子でガンガンいってくれ」
 ハクトさんから、お褒めの言葉を頂いてしまった。すぐにお礼を返答しようとするが、ポケモンの数が多すぎて声が届かないし、暇もない。
 ハクトさんはすごいお人でした。とても目が二つしかないとは思えない程の、観察力をお持ちになっている。素早く進行する戦闘パターンを四つ同時に指示を出す。さすが、チャンピオンと戦ったトレーナー。人並み外れた統率力も備えている。
 まだハクトさんの戦法に慣れず、行動がぎこちないこんな私でも、いともたやすく癖を見つけて、調節してくれた。尋常なき適応力。これほどの能力を無駄なく活用、応用してきたトレーナーはハクトさん以外見たことがなかった。過去に二つのリーグを制覇した、という戦歴を挙げるだけでも大変驚く。しかし、成し遂げたからこそ、これほどまでのスキルを身につけたと言えよう。
 それとは裏腹に。再び、昨朝にソウルさんが口にしたものの疑問が蘇る。カントーとホウエンを旅した後、また違う別の地方にトレーナー修行に行かれたと。それまでの旅はトレーナー修行とは分類しないのか。その修行はそれまでと一体、どのように違いがあって三年を過ごしたのだろうか。二つの地方の栄光を掴めた時点で、十分にローカルリーグに再挑戦できるはずが、三年という長期間の修行を、なぜ挑戦を前に実行したのか。
 まだ納得のいく実力じゃないという謙遜な時間にしては長すぎる。一体、その時に何をなさったのか。一員である私にとって、ハクトさんは最も信頼できる主。主の配下にいるからこそ、知りたい。いいえ、知る権利がある。


「いいぜ、リーフィア。そのスピード、その動き。そのまま保ってもいいけど、もっと暴れてもいいよ。君の実力を見せておくれよ!」
 ハクトと呼ばれるその少年は、お仲間でも何でもないワタシに、やたらに指示を出す。監視されているように思うが、不快とまでは感じない。むしろ褒められているから、ちょっと有頂天。
「しかしリーフィア。そのスピードといい、さっきの炎といい。どうやってそれらを得たんだ? 昨日の練習時には見かけなかったけど。まるでセキマルがのり移ったような……」
 そりゃそーよ。だってこの速さは、セキマルちゃんから直々に貰ったんだよ。まぁ……正確に言えば、ワタシが強引に奪ったようなものだけど。奪ったっていうより、小さくて可愛い青い果実をひと齧りした、つまみ食いでもした。とでも言った方が正しいかも。あ、青い果実じゃなくて、まだ未熟な見かけ倒しの赤い果実か。本人も分かってないし、いいじゃない。
 まさに風を切っている感じ。気持ちいい。こんなに強くなるワタシが気持ちいい。
 もし、このチームに入るとなれば。今度はソウルさんのものも奪おうかな。イーちゃんも気になるな。別に、女の子に対してそんな趣味はないけど。そして、いつかは……ハクトさんも、やってみようかな。
 女の欲求なんてこんなもんじゃ済まないよぉ。


 ようやく、うざったいおかっぱ達をなぎ倒し、最上階にあたる階を目前とする。周りは機械の排気音と足音しかない静寂の空間であった。そして、最上の階段を踏み出す。それは、一際目立つ大きな足音であった。
 左曲がりの廊下を静かに歩く。「の」の字を描くように。ついに行き止まり。行き止まりにしては、立方メートル単位が高いような。簡単にいえば、広い。部屋と呼ぶに相応しいだろう。しかも薄暗く、四方の壁には星が煌めく様にチカチカと点滅する電球が、張り巡らせれいた。
 今の僕は、その部屋を前に突っ立っている。薄暗く息苦しいこの部屋に、蠢く二つの物体。その物体とは、すなわち人間。前後に位置している。奥にいる一人は男性のよう。こちらを見て大変驚いている。追いつめられている様な心境。もしかして、これまた人質? ポケモンだけじゃなく、人間もさらってく連中なのか?
 そしてその手前にもう一人、優しげな紫の瞳がギラリと僕を睨む。ただの女性ではないことに気づく。胸元に、『ギンガ団』の一員を表す『G』マークが記してあったから。もちろん今までのおかっぱと、一昨日に戦ったマーズとは全く違う印象であった。タイツみたいなストレートの仕様。マーズと同じく、位が高い者だろうか。
 しかし、何があっても敵は敵。制裁すべき悪でもある。後方にいるポケモン達の思いを代表に、また一歩踏みだしこう言い放った。
「取り込み中のようで、悪いな。僕は今んところ、こことは無関係の者だ。だが、今後お前等と関わっていく者でもある。もし、お前等にとって僕が邪魔な存在だとしたら、逆に僕はお前等が目障りなんだよ。堂々と前を向かない低脳の思考をお持ちになっているからな。潔く世界を見ようぜ。ソウル、バトル・イン」
 僕の物静かな指令によって、ソウルは僕の前を飛ぶように移る。それと同時に、紫の瞳を持つその女性は紅白球体を投げる。この部屋に似合う、毒々しい色を持つゴルバットがソウルと向き合い現れる。
 おっ、厳しそうな人だと思ったけど、結構ノリがいいね。
「マーズから聞いたわ。あなたが発電所で暴れたボウヤよね。あの子を泣かすだけあって、よほどの強気ね。もし、代わってそこの監督を務めていたら、気迫だけでも気圧されそう。なんて、こういう弱音を聞かれると幹部の顔が立たないってまた怒られそう。けど、戦うとなると怖いよ? お姉さんね、結構強いよ。ゴルバット、“きゅうけつ”」
 とかいって強引に始めるね、あなた。相手は大きな四つの牙を剥き出し、急いで羽ばたき襲いかかる。ソウルは攻めたり守ったりせず、首筋に噛みつくゴルバットに身を委ねるかの様に微動だにしなかった。彼の顔に苦痛を感じている様子が全くない。ゴルバットは、不思議と焦りの複雑な表情をして“きゅうけつ”する。あの子は戦闘経験が乏しいと判断できる。格闘・鋼という希少な合成タイプは、場合によって通常より四分の一のダメージしか与えられない。それに、レベルの差が広がれば更に希望はない。まずはこの子に現実を見せてやろう。
 ソウルに“はっけい”連発を指示する。まず噛みつく顎に一発、次に翼や胴体。各所に素早く重い張り手を激しく繰り出す。絶え間がなさそうに見えるが、これでも結構ムラが生じるもの。反撃できそうな瞬間、こんな時に限って動かない。“はっけい”による「まひ」さ。結局、手も足も出ないダルマ状態のまま、張り手の応酬を喰らうはめに。
 いいとこなしの可哀想なゴルバットは、弱々しく床に落ちる。戦闘不能と察知した紫の瞳は球体に戻す。迷いもなく、二匹目のご登場。縦横に割れた球体から、嘔吐を装いそうな異臭を感じる。元凶はスカタンク。スカンクポケモン。なんとまあ、不遇なヤツを出したものだ。冷徹な鋼に毒などが利くはずがない。もしかしたら、手持ちにはもうコイツしかいないことになるのか?
「“つじぎり”でお願い」
 スカタンクに指示を出す紫瞳。どっしりとした体を瞬く間に、ソウルの目前まで飛ぶ。刃のような、鈍い銀色の光を放つ両前足の爪が振り下ろされる。
 鋼タイプとはいえども、黒板に爪を立て引っかく「ギギギギー」という単純な音は出やしない。だが、彼にとっては音が表している以上の苦痛を味わうはめに。ほとんどのタイプに対して、相性不利にさせる事で有名な鋼。“つじぎり”もそれに分類する。なのに、この威力だ。
 やはりアイツは、一昨日戦ったあのマーズという女性と同様、おかっぱ共とは格違いの幹部! 違いない。でなきゃこんなに骨があるはずがない。だから真剣に向こう。絶対に後ろ姿を見せるな。
「“ドレインパンチ”を使え。後は好きに動いていいよ」
 様子見の指示をソウルに出す。まずは右ストレート。スカタンクは九時の方向に移動し、回避。もういっちょ、やはり同じ方向に回避。なら今度は左フック。やった、見事に命中した。すると相手はその場で屈み込む。一瞬の充電みたいに。そして地を蹴り、また鋭い爪をソウルにぶつける。また“つじぎり”か。お次は両拳をまとめて相手の顔面に強く押し込む。地に一回叩かれ跳ね上がり、仰向けに倒れるスカタンク。
 当然、瀕死寸前に近いだろう。だが、こう裏切ってくれなければ困る。こんなにあっさりと終わるはずがない。策があるんでしょう。この僕に本気で挑まざるをえないからな。
「今度は“ふいうち”よ」
 “ドレインパンチ”を放つ寸前に、相手は起き上がらずに尻尾を使ってソウルの足をはたく。不意に足下をすくわれたせいで、床に崩れ倒れる。
「“のしかかり”」
 ズンッ。まばたき一回、真実を逃した。一体どのようにしてソウルの上に飛び移ったのだろう。一気に形勢逆転。手のひらを返したよう。だったらまた返すまで! 僕はソウルに押し退けるよう指示した。が、彼は腕を立てただけで体を起こさない。なぜなのか。それはあの“のしかかり”に原因がある。
「くそ、『まひ』ったかぁ」
 そう、追加効果によるものだったから。十分に引きつけておいたのは、このためだったのか。好きではないが、さすがに戦法もひと味違う。
「“かえんほうしゃ”で……」
 スカタンクの口から放たれた炎がソウルの上半身を焼きつくす。こげ臭い煙が鼻の奥を刺激する。このこげ臭さが、ソウルの体力を削るという暗示のようにも感じた。だがこんな時に焦る必要はない。ゴウカザルを始め、様々な炎タイプのポケモンを扱ったことがあるこの僕に。“かえんほうしゃ”などの放射型の技には、正面及び口元の視野が遮断する。トレーナーからの指示がない限り、相手の位置が見定めにくい。更に、放った直後、一気に視野が元に戻り、目の前の状況を確認せざるを得ない。つまり、反撃すべきはその一瞬。もちろん彼も対炎対策は把握済み。指示やアイコンタクトなしでも自ずと分かるはず。
 さあ、だんだんと炎の尾が引っ込む様に小さくなる。いいか、あの炎が、あの赤がなくなった時点でしか手は返せない。そして炎のカーテンが取り払われる様に、バッと燃え尽きる。瞬間、スカタンクは宙に舞う。クリーンヒット。人間でいえばみぞおちの部分に当たったのだろう。床に落とされたや否や、必死になって腹をおさえるスカタンク。ゆっくりと体を起こし、反撃の一撃を、“ドレインパンチ”を喰らわすためにスカタンクに向かって飛ぶソウル。相手はまだ腹の痛みが引かないが、回避のために左に身を傾ける。
 ここで結局、僕の手中にハマるはめになるわけか。実はもうそいつの癖を見つけた。そして今、その癖を利用する決定打を仕組んだところだ。カギは相手の回避癖。奴は場に登場してから、こちらから見て、最近やっと的確に投げることを覚えた左腕の側しか動いてない。常に左へ左へ足を滑らす。決して方向転換せず。ソウルが右腕で殴ろうとも、左腕で突こうとも。スカタンクは左の横腹をかばうように回避している。この偏った回避方法から打開策は現れた。しかし、だからといって弱点となる左腹を狙うわけではない。一点に集中するということは、同時にそれ以外は無防備の状態であると意味する。つまり、気づかないうちに無駄な標的を作ってしまっている。
 あの紫瞳は、各ポケモンの種族の特徴を理解しているが、肝心である個人の能力を見落としている。これだけの戦術があるのに、もったいない。
 床に転がるスカタンクに拳を投げるように迫らせるソウル。だがしかし、また一度その場で体を傾かせる。無論、彼の拳は床を貫くだけだった。腕を引き抜く間、スカタンクは地に足を立たせ、体勢を直す。そして休む間もなく、“つじぎり”を繰り出す。
 ソウルはゆっくりと右手を前方に浮かせる。今ここでとどめをさそうというスカタンクの激しい戦意に対する、ソウルは五感を研ぎ澄ます様な静けさをまとう。熱と冷、水と油、白と黒。これほどはっきりした言葉しか出てこなかった。そして、この大気中を自身の体で切るかの様に、走り出すソウル。瞬く間にお互いの合間が狭くなる。そして、お互いの体が接触するとき、胸の鼓動が最高潮にのぼる。ソウルが、浮かせた右腕をすみやかに引く。利き腕の“ドレインパンチ”と察したのか、スカタンクは流れるように左に身を傾ける。またこの問題回避。改善どころか、まだ癖に気づいていないことになる。よって、これが命取りになることも到底気づかないであろう。
 頭の真後ろまで引かれたソウルの拳は、未だに引かれ続ける。とうとう胸を反らさずにはいられないくらいに。ついには、腕に引っ張られるように体は回転。自然に体の前に、右腕が現れる。言うなれば、裏拳。そう、狙いは急所と思われる左腹ではなく、無防備に晒された右腹。確実にダメージを与えることしか考えていなかったが、ソウルの手の甲を見たら、むしろ急所を生むことになると感じる。彼の手の甲は、鋭利に突起したツノらしきものが生えているからである。刺さるほどの殺傷力には及ばないが、致命傷を負う。
 そして今、予想した結末は一寸たりとも狂わず的中した。見事なまでに、ソウルの手の甲はスカタンクの右腹を命中する。急所直撃並の衝撃であったか、横に飛ばさるスカタンク。床に転がり、死体のように動かなくなった。戦闘不能。誰もがそう認知する。
「驚きしか言いようがないわ。幹部に昇進してから、それなりの力はつけたつもりなのに。マーズの言うとおり、おっかない子ね。あなたの闘志の目が恐すぎて気圧されちゃった」
 スカタンクを手元に戻す際に、あの紫瞳は焦りや混乱の様子を見せず冷淡に話す。発電所で会ったマーズと同様の幹部と名乗りながら、なんともマイナーな奴だ。
 通りすがりのごく普通の少年に二連敗という、恥ずかしい戦歴が残ってしまった今。これ以上戦闘を続行する必要はない。こちらの妨害は十分に効果があったのだから。無駄な悪あがきはただの時間稼ぎに過ぎない。捕らえている人やポケモンを解放し、すみやかに立ち去れ。そう警告しようとしたかったが、マーズは腰から小型のリモコンを取り出した。十字キー、そしてその真ん中には丸いエンターキーらしき凸部分が見えたからだ。
「けど、幹部の一人であるからには、組織の柱であるからこそ。目標を達成する意地を貫き通したい。何を失えども、必ず私たちの理想を掴みとってみせる!」
 ボチッと丸いエンターキーを親指で押す紫瞳。数秒した後、鉄の棒が何本か落ちてきた音が紫瞳の後ろから聞こえた。「ひょわっ、何事!?」と言いたげに忙しくキョロキョロする人質の男性。だがその心配はすぐに失せる。音の正体であった、まさしく鉄の棒が転がってきた。落下地点はそう遠くない。いや、まさに紫瞳の真後ろ。
 そして、新たに「恐怖」がやってくる。解放してくれた、とでも言うのか? 静かな足音が響くが、そんなに軽い小動物だととても思えない。暗室の中、セキマルに炙りに炙られたニドキングが僕達を見下ろす姿勢で現れた。この「恐怖」を一番に受けたのは、友人疑惑が浮上するリーフィアであろうか。

■筆者メッセージ
相対したり、交わったり。
ジョヴァン2 ( 2013/09/04(水) 10:39 )