其の弐 人齧り編
#2 懐疑の夜
 すっかり空は蓋を閉められてよう、森は一層漆黒に染まってしまった。寒気を装う風は次第に強くなってきた。今僕たちは夕食を終え、リーフィアを前についてきているところ。月光しか照らさない暗い夜道を歩く中、期待と不安と疑問が膨らみ始める。
 どんな宿かな? もしかして結構オシャレなホテルだったかも。だけど廃屋っていうからかなり汚くて寝づらいかも。そもそもこの森にそんな宿泊施設なんてあったのか? しかもだいぶ昔らしいけど。
 この三つの思考が頭の中を幾度となく回り続ける。けれど、そんなのついてから見ればわかるはずだ。百聞は一見にしかずという諺もあるよね。
「おつかれ皆。あちらがワタシのお気にの洋館で〜す」
 数本の細い木を前に止まり、リーフィアは奥の漆黒の館を指さす。目が慣れているにも関わらず、その存在は見えるか否かぐらいに真っ黒に染まっていた。想像していたよりも不気味だが、悪くない立派な洋館であった。
「コ、今晩ハ、アソコデ泊マルノ、カ?」
 隣から情けなく声が張っていない彼の呟きが聞こえた。ソウル?
「どうなさいましたか? ソウルさん、顔色が良くないですよ」
 呟きに気がついたの僕だけではなかった。イーブイは心配そうに寄り添う。
「はは〜ん、ソウルもしかしてビビってんじゃね〜のか〜?」
 顎を撫でるセキマルは、まるで鬼の首を取ったかのような顔つきで彼の顔を窺う。
「ベッ、ベベ、別ニビビッテイルノデハナイ。練習ノシ過ギデ、武者震イガヒドイダケダ! ナハハハハ」
 声も足も異常な程震えていて恰好が悪い。
「アァ、目マイガシテキタ。はくと、チョットノ間、俺ヲ戻シテクレナイカ?」
 その症状は「こんらん」と「まひ」だろうか。ろくに抑揚が安定していない。僕は二つ返事で彼を紅白の球体に戻す。ボールがガタガタと小さく振動しているように感じるのは気のせいだろうか。セキマルを除いた彼女達は案の定、「どうしたの?」と心配めいた顔で僕を見つめる。
「実はね、ソウルはお化けとか妖怪、ゴースト系のポケモンとかは大の苦手でね。お化け屋敷を目前に暴れ騒いだぐらいに怖がるヤツなんだよ。知識を得てからは少し大人しくなったけど、まだ気絶すら治んないんだよねぇ」
 彼にとっての赤恥マル秘事情を二人に話した。彼女達は「あぁ、なるほど」と頭をコクコクと二回頷き、クスクスと囁き笑う。コイツの場合キャッキャキャッキャと腹から大声がすっ飛ぶはずが、口の端がひきつっているだけだった。以前にもこんな話を何度も聞いたせいか、笑いあきたのだろう。
 そうこうしている内に、僕達は伸び伸びと墨の空に伸びた邪魔な草を掻き分けながら洋館の入口に向かう。近づくと不気味さは一層大きく、人気がすっかり失せてしまった。赤く錆びたドアノブ。不具合に傾くフロントドア。猛獣の牙にみせる割れた窓ガラス。そして窓から、アンモニウムどころではない怪しい薬品の臭いが。下手に吸ったら危ない。そんな緊張感が熱い心臓を圧迫させる。

 ピイィィィィッ。

 手先が悴むこの凍てつく空間に突如大きく鋭い音が走った。発生原因はリーフィア。彼女であった。彼女は自信の身体から生えている草を摘み、ムクホークのような鳴き声の草笛を吹いたのだ。しかし、草笛というものは本来相手を落ち着かせたりと、心を和ませるための自然楽器である。先ほどの笛の音色というよりは、まさに女性の絹を裂く絶叫に似たものだった。これでは逆に驚いて起きてしまうではないか。
「この中は夜になるとゴース達がさまよっているんです。それを追い払うためにいつもこのワタシ独自の草笛で吹いて入ってるんです」
 なるほど、魔除けのような役割もあるのか。それにしても、どのようにしたらあの鋭い音が鳴れるのだろうか。機会があったら教えて貰いたい。リーフィアは腐って傾いた扉を手前に引き、僕達が入れるよう招き入れた。優しく扉が閉まると、外で嗅いだあの異臭がツンと鼻をくすぐらせる。見渡す限り、彼女が言っていた通り廃屋であった。蜘蛛の巣が掛ってないところを探すことは難儀であった。ボロボロの敷物。埃まみれのシャンデリア。しかも明りが灯っていないから外よりも寒く感じる。
 今更だが、こんなところにフッカフカのベットが存在するのであろうか。捨てられて何十年も経ったこの洋館に、フッカフカはおろか破れて綿が全然入ってない毛布があるのかどうかも疑問視してしまう。それでもリーフィアは満面の笑みで「騙してなんかないよ」と自信満々。
「この二階の奥にその寝床があるんだけど、放って置きっぱなしで汚いかもしれないから、掃除してくるね。ちょっと時間潰しに回ってみてもいいよ〜」
 スリムな体の彼女はヒョイヒョイと階段を上り、暗い奥へ飛んで行った。もの怖じせず勇敢に暗闇に突っ走る彼女に、僕は度肝を抜いた。流石にお気に入りの場であるからなぁ。埃でいっぱいの部屋をあの小さな体で掃除というと、かなり時間がかかりそうだ。
 彼女に言われるがまま、僕達は散り散りになって館を回ることになった。イーブイは正面からみて左の階段を、セキマルは真反対の右の階段を上り、それぞれ上った正面の部屋に入る。それじゃぁ僕は、その二つの階段と小さな銅像に挟まれた一階奥へ。玄関よりも大きいシャンデリアが吊るされていることに気づく。かなり広い。そう思った瞬間、つい鼻をつまんでしまう。気になった異臭はどうやらこの食堂みたいな部屋からのようだ。
 目の前には左右に伸びる長テーブルが置かれてあった。その上にはこれまた錆だらけロウ立てに、シミやカビがいたる所に付いているテーブルクロス。目を落とせば、絨毯や床が見苦しく剥がされていた。椅子の数からして、この館はどこかの富豪の家か別荘に使われたのだろう。十数個もある椅子を順に目を追う。どれも壊れかけ。中にはもう粉々になって元の形が検討がつかないものも。
 そのまま、長テーブルの奥に飾ってある絵画にも目を向ける。人が入ってない風景画であった。上から雲一つもない青空、額縁の端から端まで連なる緑の山、小さく一つの窓しかない赤い屋根の家、一本杉、空にまけない広い野原と、いたってシンプル。こんなにも立派なお屋敷には随分と質素な絵画だなと思う。だが、そのキャンパスに描かれた野原達は、まるで写真を撮ったかのように、はっきりと繊細に生きていた。太陽は登場してはいないが、日光に当たる木や山はその暖かさを共感しようと笑っている。見てて心和む作品であった。この絵に入ってみたい。魅了されてみたい。だんだんと美しく見えるこの絵に向かって飛び込もうとした、まさにであった。

 突如絵画は霧状になって姿を消した。

 辺りを見渡せば、食堂は白い魔境と変化した。本当に突然であった。手を伸ばせば指先が消えかけそうなぐらい濃い霧。そしてこの寒気。季節が逆転したかのような寒さだ。館に入る前の、外にいた時よりも寒い。身が、筋肉が凍える。そうだ、こんな時こそあの緑生い茂る草達に春の穏やかな暖かさを貰おう。そんな思いで、体温に飢えて目眩がする神経を叩き起こし、あの絵画に目を向ける。まず僕の目に飛び込んできたものは。

 ボロボロの貴族風の洋服を召した、後ろに手を組んでこちらをじっと見つめる老男爵であった。

 長テーブルを挟んで、絵画の前に彼はいた。先程も言ったが、人気など全く感じなかった。それに彼の眼差しから生命の温かさも読めない。頬の肉はダランと落ちて、少々上目遣いで見つめている。もしかしてあの人は、この見捨てられた廃屋を管理している者だろう。勝手にここに入ってしまった事に怒っているのか?それ以外に何を不快に思うのだ。そうだよ、さっさと謝ろう。
「え〜、あの、その本当にすみません。僕は森に迷ってしまった旅人の者で、寝床を探してたんです。日が暮れるてもマシなところが見つからなかったんです。そしたらこの屋敷を発見、潜入した訳です。今晩はここで寝ようとしたかったのですが、まさかここを管理している人間がいたなんて思いもよらなかったです」
 実を言うと、最後の方は嘘。何十年も取り壊しを免れたこの館には、取り壊しを反対し続けている者がいたからではないかと思った。その館の持ち主の子供、親戚、友人等、様々な立場の方達であろう。彼もその一人なのかも。
「勝手に潜入したことには深く詫びます。ですが、今晩だけ泊まらせて頂けないでしょうか。僕はポケモントレーナーでもあるんです。闘い歩き疲れた相棒達がいるんです。
どうか、今晩だけでも」
 だが、あのチビはどうなのだろう。なにせ底なし沼の体力だ。有り余ってベットをピョンピョンと飛ぶにちがいない。いや、やりかねない。それにしても、あの老男爵の返事が全く来ない。そこまで機嫌を損ねてしまったのか。許してもらえそうもないな。これは参った。
 そしたら彼は。下に皿が乗ってあって回されているみたいに、老男爵は静かに回れ右をする。そして、動く歩道に乗ったかのように、足音を立てず歩く。不自然かつ不可思議な動きだ。機械的に言えば「歩く」というより、「進む」が正当なのかもしれない。とにかく気味が悪い行動であった。老男爵は迷いもなく深い霧に消え去ってしまった。たまらず僕も追った。全力疾走。床がタイルに変わった。見上げる。台所のようだ。流しと冷蔵庫が奥に置かれてあった。それだけだ。
 あれ。彼は、いずこへ。辺り一帯を素早く見張らした。通った形跡が何一つない。無論、隠れてもない。ここに彼と僕が来た間隔は秒の数で数えられる程度。ここに入ったのは間違いない、はず。まるで水蒸気みたく消えたよう。そう、最初から感じた取れたじゃないか。
 彼は端っから、生命体(ニンゲン)ではないんだ。

「ウォッギョアアアァァァァ」

 この表現しにくくて、言いにくい絶叫は、セキマル? 三人と分かれたあの階段へ。
「うっ!」
 ぞっと背中が凍り付く光景だった。セキマルがシャンデリアの下で、頭を抱えグルグルと走り回っている。十の塊になって舐めてくるゴース達に追われながら。これほどの数多いゴーストポケが潜んでいたとはまた思いもよらなかった。いきなり攻撃されたせいか、全く反撃する余裕がみられないセキマル。正直言って、彼が焦っている姿を見たのは久しぶりである。まさになすすべなし。
 なんて卑怯で薄汚い奴等だ。全員まとめて地獄行きのチケットを再来世の分まで送ってやる。


「ウワッチチー。ウォッチー。フェッチッチー!」
 焼けるような痒みが全身に走る。更に一舐めされると新鮮な痒みが上付けられ電流みたいにまた体を駆け巡る。さっきからこの繰り返し。自身は飽きるが、コイツ等は飽き足りないようだ。たく、参っちゃうよなぁ、部屋を出た途端コイツ等に舐められっぱなし。いつもならお約束の反撃のつもりが、なぜか今は体がシビレてとにかく技が出せない。初めて体のコントロールを失う体験を味わった。手も足も出ないって、こんなにも悔しくて歯がゆいものなのかぁ。あーもー、いー加減にして下さいよー、ちょっとデッケー黒い“おにび”さん方。オイラを舐めてもカジっても何も出ねーし、毛がぬけるだけだってーの。
「セキマル!」
 と、ここで懐かしき主人の声が。たっくもー、こんな時だけいつも遅いんだからー。そんなんじゃぁ、オイラの秘書になるは、だいぶ先の話。
「ハクト?」
 塊をはらう手の指と指の間から、ハクトの顔が映る。怒りに満ちたハクトの顔が。おふさげは一切許して貰えなさそうな形相だった。
「ガアアアアアアアアア」
 信じられないくらいの怖い目つきでオイラに向かって来る。
「ヒィッ」
 体がピョコっと身が縮んで、オイラにとって相応しくない、情けない声をあげてしまった。おまけに両手を頭に伏せてしまった。『手ーをヨッコにー、アーラあっぶない』の最速バージョンの完成だ。ってだからフザケてる場合でもメアリーでもないって。頭上からバッサバッサて音が聞こえる。その音にぶつかって「ギョエ〜」と叫ぶ奴も。ハクトって飛行タイプでもなくポケモンでもないのに、なんで“つばさでうつ”なんて覚えてるんだ。ゆっくりと顔を上げる。
 正体はこれだ、ワンツースリー。上着。そいつで塊をはらってたんだ。オイラが見ていることに気がついたハクトは、オイラを片手で持ち上げた。はらいながらキョロキョロと周りを見渡す。
 さっきの顔は一体。怯え気味でそんなことを考えてた。
「フワァ! ナニこれ〜」
 そしたら二階から緑ッ娘チャンことリーフィアのご登場だ。アイツの大声で塊二匹がその存在を確認、襲ってきた。
 ピィッ。警笛みたいな高い音の草笛を鳴らし、塊達を阻止する。そしてなんと、塊達は天井へと飛んでっちまった。
 すっげ〜よ、緑ッ娘チャン! 歓喜の声をかけようかと思ったが、やめた。だってその倍に塊が同じ天井から現れたんだもん。
「ハクトさん。こちらです、早く!」
 二階のオイラが入った真反対の部屋からイーブイが顔を出す。反応がいいハクトはすかさず階段を上がって、部屋に入ろうとしたが。
 ベロン。
「うがっ」
 一匹の塊がオイラを抱えていた腕に舐めてきた。その反動で腕がビンと伸びて、オイラは臭い床に叩きつけられた。なにやってんだよ、ヘボトレーナー。
「ハクトさん早く!」
 イーブイはハクトのズボンのを引っ張って、無理矢理に部屋へ連れ込む。オイラもその部屋に急いで入ろうと思った、なのに。
「セキマルちゃん、こっち!」
 オイラはリーフィアに首根っこをくわえられ、連れてかれてしまった。いつの間にかドアが閉まった。バタンと。
「ハァ、ハァ、ハァ、君って、意外に、重いんだ、ねぇ」
 息切れしてる中、失礼なこと言うやつだな。ハクト達と別々になったが、とりあえず一安心って訳だな。ここドコだ? 部屋を見てみよう。結構広い。たいして臭くない。テレビもある。古そうだけど。そして、小さい灯りが灯っている横に。
「ぬぁあ! ベットー」
 これ見て飛び込みざるをえないだろ? 皆の衆。ホント〜に、フッカフカ〜。
「マジで寝心地い〜わ〜」
「ウフフ、そんなに喜んで貰えて嬉しいよ」
 続いてリーフィアもベットに座る。
「よーし、じゃここオイラのだからな〜。あんたは別のベットにしてね〜」
「別の? ここ一つしかないよ」
 あら、マジだ。ということは。
「今晩はワタシと添い寝のオヤスミになりそうね」
「お前、それが目的でオイラをこの部屋へ強引に……」
「ううん違うよ。ゴースから逃げるのに必死でたまたまこの部屋に飛び込んだだけだよ〜」
「ならオイラが別の部屋に行って、そこで寝るよ」
 女と添い寝なんて考えられなぇよ。
「あぁ、だめ! まだゴースがうろついてるから危ないよ〜。それにいーじゃない添い寝くらい、減るもんじゃないし〜。今晩だけなんだから〜」
「ハァ……わーったよ。今晩だけ、な」
「わ〜い、アリガトーセキマルちゃ〜ん!」
 また抱きしめんじゃねぇよ。顔が狭くて、息ができねーじゃねーかよ。
「全く。なんか調子狂うな〜。ま、いっか。すっげー疲れたし、もう寝よっかな〜」

「まだ早いよ、セキマルちゃ〜ん」

 ん、なんだ?
「まだって、もう九時回ってるぜ?」
「九時に寝るなんてお子様ねぇ。夜っていうのはね、なんでもやりたい放題のチャンスなのよ。親に内緒でいろんなことを朝までやるのって楽しいもんだよぉ。セキマルちゃんはあの人の目を盗んでやってみたいことってあるでしょ?」
「いろんなことって、ウノとかババ抜きとかで?」
「本当にお子様ねぇ。そんな手しか動かさない遊びじゃなくて〜。どうせなら、ベットの上で体をハードに動かしながら、遊ばない?」
 オイラは誤って彼女の危ない仕掛けのスイッチを押したかもしれなかった。


 カチャ。
「だめだ……まだウヨウヨしてるよ。」
「困ったものですね。まさかあんな数のポケモンが潜んでいたなんて。それに、出るに出ようとしても、セキマルさんとリーフィアさんと分かれてしまって、助けに行こうも攻撃されるし。あぁ、どうしたら良いのでしょう」
 再び僕は潔く扉を閉める。
「参ったなぁ。この屋敷、どうにかなってるぜ。どんくらい前から捨てれば、あんなに住み着くってんだよ。それにあの管理人さんも変な感じだし、不気味だし、わっけ分かんねぇよ」
「人を、見かけたんですか?」
 問われた直後、彼女に振り向く。
彼女の表情は堅い。堅く口をむっと閉じて、どことなく否定してるような鋭い目つきで僕を見つめている。素直にありのまま話したつもりだが。
「う、うん。一階の奥の部屋に入ったら、僕の肩ぐらいの身長のおじいさんがいてね。もしかしてここの管理人かなって思って、泊まって貰えないかって聞いたら、どっかに消えちゃったんだよ。イーブイは見かけなかった?」
「気配は感じませんでしたね。それに、何十年も放ったらかしのようで、カビや埃の量が凄まじいことが何よりも気になります。もし、管理を担っている人間がいるというなら、おかしいはずです。屋敷が汚いだけならず、あれだけのポケモンが住み着いた訳です。ろくに整理がなってないです。これだけの理由が転がっているのに、管理し続けているなんて信じ難いです。いいえ、管理というより放棄に近い有様ですね。住み着いているポケモンを見れば察しがつきます。あのポケモンは何なんですか? ハクトさん」
 彼女に言われるがまま、ズボンの左ポッケから真っ白い長方形の電子図鑑を取り出す。ぱかっと上下の画面を開き、該当するポケモンの情報を探す。
「ん、あった。『ゴース ガスじょうポケモン。ガスから うまれた せいめいたい。どくをふくんだ ガスの からだに つつまれると だれでも きぜつする。』って、書かれてあった。」
「ようするに、特有の有毒ガスの塊ということですね。それなら話が見えてきました。ハクトさん、ここに入ってから異臭を感じませんでしたか? 私も強烈に臭いました。手あたり次第、それらしきものを探してみたんですが、この部屋ではなさそうでした。しかし、この屋敷内のどこかに必ず臭いの何かがあるはずです。でないとゴース達があそこまで集まることはありません。」
 彼女の考えはごもっともだ。あの呼吸し難い異臭がゴース達を多く引き寄せたに違いない。何の薬品か知らぬが、何やら危なさそうなモノであろう。
 いや、以前に何度か嗅いだ覚えがある。鼻がそう言う。クンクンと部屋の臭いを鼻で探る。キッチンよりはきつく臭わないが、なんだろう。幾度といろんな所で遭遇、又は使用したかも。ならそれほど危なくないはすだ。だけど思い出せない。五年前のシンオウを駆け巡ってた時によく使ったような。何だっけ、何だったっけ?
「それにしても、おかしくないですか?」
 また彼女も問題を見つけたようだ。僕は思い出にふける時間は無いと中断し、イーブイの大きい茶色の瞳を見つめ直す。今にも噛みつきそうなトゲのある目つきであった。
「この館に入る前に、あらかじめリーフィアさんは草笛を吹きましたよね。リーフィアさん曰く、ゴースを追い払う特殊な草笛と。もう逆効果じゃないですか。沈めるどころか、セキマルさんに群がって襲ってきたじゃないですか。本当はあの草笛、ゴース達への合図だったに違いありません。何が目的か知りませんが、セキマルさんを狙ってたことは事実です。早くセキマルさんを守りにいきましょう! 何をされてるかわかりません。ハクトさん、一刻を争います。私にドアの破壊を命じて……」
「す、ストーップ! 落ち着け、イーブイ。お前、リーフィアをそんな風に見てたのか。けどお前も見ただろ? リーフィアは今までずっと、屋敷に入るまで一緒にいたんだろ。ずっと僕とセキマルと練習をやってたんだぞ。屋敷のゴースがセキマルだけを狙うはずないだろ。部屋を掃除してくるって行ったぐらいしか、別れてない。たとえその時間を使ってゴース達を指示するとしても。あの数で、五分もない時間でどーやって指示したらあーなるんだよ。それに、僕はあのリーフィアが故意にやったとは考えにくいし、きっと偶然に起こった事故だと思うんだ」
「ハクトさんはなぜそこまでして、リーフィアさんを庇うのですか」
 あのひとなんて信じられない。彼女の行為に疑いの目を向けるイーブイ。その意志は固く痛々しい。
 庇う、か。
「僕はリーフィアを信じる。あのコの優しさは本物だよ。たとえ襲われたとしても、アイツは大丈夫だ。昼間のニドキングと戦った時を思い出せ。セキマルは僕の指示無く自らの戦略で勝ったんだぞ。あんな調子で今まで付き合ってられたんだからなぁ。それに、すぐ人を疑っているようじゃ信頼の芽が出るより、種も手に入んないぞ! 信頼しないことはこの旅において死を意味することに同様なもんだ。強くなるには仲間同士信じなければならない。信じるには信頼を持たなきゃ話にならない。一人じゃ出来ないことも仲間がいるだけで越えられる。だから僕もアイツ等を信じたい。アイツ等に信じて貰いたい。ここ、テストに出やすいですよ。」
 と言ったものの、全くセキマルには気がかりではないと言ったら嘘になる。力があってもまだまだ子供だからね。さっきゴースに襲われた時だってないも出来なかった。何を取っても経験が浅いセキマルにトラブルの対処なんぞ知っている訳がない。だからほんの少しだけ、拘束や口封じされたのではと思ってしまう。
 ついに行動した。入ってきた腐った扉に向かう。外れそうなドアノブを引く。
 キテレツな光景だ。さっきまで目障りにウヨウヨ漂ってたゴース達が横切らない。見かけない。恐る恐る隙間から頭を出し、辺り一帯を目を回して探る。
やはりいない。
「やった、とうとう消えた。よし、これでセキマル達と合流出来るぞ。行くぞイーブイ!また現れない内に……」

 ドンッ。

 部屋に一歩戻ってイーブイを呼んだ同時。腐っていたドアが勢いよく閉まり、ついにはドアノブも外れた。とても扉が閉まったとは思えない音。爆発したよう。嘘だろ? こんなジョークもクソもあるもんか!我を失った僕は夢中で扉に体当たりを連発する。
見た目によらずなんて堅かったのだろう。薄い障子に化けた鉄壁か。何なんだよ、この異次元空間はよお!
 そろそろ肩が痛い。攻撃を中止。何の変化が起きない。するとイーブイの心配そうな驚いたような表情に、僕は遅れて気づく。疲れた体を崩し、できるだけの笑顔でこう告げる。
「ダメでした。たは……」
 今晩の寝床は厚くて埃まみれの数々の本のようだ。

■筆者メッセージ
この章は目まぐるしく登場人物の視点が変わります。分かりにくくて混乱された方は、お知らせ下さい。
ジョヴァン2 ( 2013/09/04(水) 10:38 )