其の壱 雨浸り編
#5 それでも
 カチャ。
 やや狭い浴場のドアの隙間から、たちまちに白い蒸気が溢れ出す。中に入れば生温かい湿気が体を包む。長い毛で覆われているイーブイには、相当暑いだろう。
 パタン。軽くドアを閉める。サウナに入っているみたく蒸し暑くなった。イーブイをそっと床に降ろす。彼女は不思議そうな目で辺りをキョロキョロと見回す。えぇと、シャワーは、あった。腕を伸ばしてシャワーを掴み取る。右のダイヤルを手前に回す。水。これじゃ冷たい。熱くならないように左のダイヤルを回し、温度を調節する。
 これでいいか?
「こっち来て」
 僕の声に反応したか、彼女は振り返り素直に足もとにやってきた。セキマルとは大違いだな。アイツの場合、浴場を暴れまくって、床に滑って、シャワーで水かけられて疲れる。
「流すよ〜」
 シャー。
 まずは体。乾きに乾いた謎の赤いシミを洗い落とす。前脚から川の様に一本の筋で流れる赤い液体と化した。特に汚れている右前脚は入念に洗う。その光景は、まるで真っ赤な溶岩が火山を猛スピードで流れ落ちる様だ。一体この子は、いつどこでこんなものを浴びたんだ。この紅い液体は何なんだ。流す度にそんな疑問が浮かび上がる。それから尻尾、顔、耳の順でシャワーを浴びせる。
 右のダイヤルを奥に回して止める。大量の毛で覆われているポケを水で濡らせば、濡らす前よりも痩せてて、みずぼらしく見える。この子の場合、初めて会った時でもほっそりとしているのに、更に脚や体が細くなった姿に変わった。正直驚いた。本来は育ち盛りでしっかりとした体格になるはずが、5pくらいの長さの細い枯れ木の枝が四本とセロハンテープ本体がくっ付いた、幼稚で低レベルな工作のような、今でも脚が折れそうなくらい細かった。
 シャワーを戻し、シャンプーを手にかけて、いざ洗おうとしたが。首や背中のあらゆるところからピチピチと冷たい水滴が、雨にうたれたかのように感じた。原因はイーブイ。濡れた体を小刻みに震えさせていたのだ。
「うへっ、冷て」
 反射的に声を漏らしてしまった。正直言って僕は人一倍寒がりだ。
「あ、ごめんなさい」
 彼女は申し訳なさそうな顔で即、謝罪の言葉を僕に向ける。
「や、やっぱりさ、毛が多いやつってさ、濡れると反射的にブルルって体を震わすんだろうね。ついやっちゃう事ってよくあるよ。そんじゃ、シャンプーいくよ〜」
 と、一応慰めの言葉をかける。それとイーブイ。いちいち涙目にならんでもいい。そんな目で見つめるな。ちょっとキュンってなると同時に焦ってしまう。こっちも別の意味で泣いちゃいそうだよ。なんて考えてないで、さっさと手ぇ動かそう。
 あと、洗っている最中に言うのもなんだが。まさか僕がフルチンで入ってきたと思っているんじゃないだろうな。ポケモンとはいえ、相手は雌だぞ。女の子だぞ。それでもあなたは、構わずに入れますか、フルチンで。今まで雌ポケの仲間はあんまりいないから、緊張すんだよね。だから今僕は、ズボンは膝が見えるくらいに、シャツは肩まで捲くった状態になって入ってます。えぇ、それだけです。と、言ってる間にイーブイはもう全身泡だらけになっていた。
 もう一度シャワーを取り、ダイヤルを手前に回す。
 シャー。
 まるでメリープの毛刈りの様だった。刃が全くないただの水が、真っ白の綿毛を削ぎ落とすかのように思わせた。雲みたいにゆったりと流れ落ちると、再び艶のある明るい茶色の毛が現れる。今度は何故か雰囲気が変わった。水洗いをしたよりも、毛の光沢が一層輝いて、神々しく見える。シャンプーだけでこんなにも変わるものなのか。まっ、いーや。
 まるで水中にいるかってくらいの湿気があるこの浴場から、ドアを開け出てタオルを取りに行こうとした。目を落とせば、なんとセキマルがバスタオルを抱えて突っ立ていた。
「あ。おせーよ、ハクト。待ちくたびれたぜ」
「待ちくたびれたって、いつからそこに突っ立ってたんだよ」
「ハクトがドアを閉めた直後。それよりも、まだ洗い終わってねーのかよ。先に食っちまうぞ」
「待った、待った。今洗い終わって出ようとしたところだよ。まさかセキマルが親切に持って来てくれるなんて、明日から太陽は西から昇るだろうな」
「な、なんだよ。その、いつもオイラが怠けているような言い回しは! だったらこれ、全部食べきってやるからな」
 セキマルは先ほど見つけた甘い蜜を、タオルの中から取り出し掲げる。それでも僕は、「はいはい」と呟き、バスタオルを受け取る。それからセキマルは蜜のビンを両腕でしっかり抱え、急ぎ足で部屋へと向かっていく。少し仲間を思いやる気持ちもあるのだろう。
 タオルを落とし、その上にイーブイを乗せる。下から体を包むように優しく、丁寧に拭く。こういう時が一番ドキドキする。もしかしたら耳が真っ赤になってるかも。間違って変なところを触って、セクハラ疑惑だと思われる。気を付けて。
 チャリッ。イーブイの首元から聞こえた。金属同士が擦りあっている音だった。突然寒気を感じたが、気のせいだろうか。直ちにイーブイの首周りを手探りしてみた。
 こういうのもなんだが、イーブイの首周りの毛って、触ってみると気持ちいい。こんなにもフッサフサして、ぬいぐるみのような感触だった。って、さっき自分で変なことするなって言い聞かせたのに。あっ、真っ白の毛に混じっている音の正体がようやく顔を出したぞ。手にとってみる。まずは、堅い糸状のものが見えた。それから下へ下へと指で辿っていく。見つけた。それはやや大きめのビー玉みたいなものが、ぶら下がっていた。銀に近い色をしている。それだけだ。他には何もない。その玉以外には何も付いてなかった。
 しかし寂しいものだ。人間の女なら首や携帯電話に、ジャラジャラとまではいかないが、チャラチャラと聞こえるくらいのアクセサリーやストラップを所持している。ポケモンも例外ではない。好意に付けている者もゴマンといる。それに引き換え、この子にはたった一つしかなかった。以前にトレーナーでもいたのだろうか、その人が一つだけで十分とか言われてこうなったのだろうか? 女の子なら誰でも綺麗になりたいとか、着飾ってみたいと思うだろう。この子もそう願っているはずだ。それなのに、一つだけなんてあんまりじゃないか。色なんて可愛くもない。
「ねぇ……これって一体、誰に貰ったの?」
 首に掛かった寂しいネックレスをイーブイの目の前に見せた。しかし、何の返事もしない。ただじっと、それを見続けていた。やはり触れたくないところだったか。とりあえず手を動かせ。
「ごめんね。また風邪ひいちゃ、元も子もないよね。ハイ、終わり。綺麗になったね。そんじゃ、食べようとしますか」
 左腕にイーブイを、右腕にバスタオルを抱える。バスタオルを洗濯カゴへ入れて、浴場を後にする。部屋を覗けば、小型テレビをジッと見つめているセキマルと、ベッドの上で何かの本を読んでいるソウルがいた。セキマルは不意にこちらに振り向いた。
「よし。全員揃ったところで食べるとしますか」
 待ってましたと言わんばかりにセキマルは大声を張り出す。せかせかと部屋の真ん中に移る。
「ソウル、リュックの中に食パンが入ってると思うんだけど、そこから四枚出して」
「オィッス」
 了解の合図が出た途端に人数分の食パンが出てきた。おまけにスプーン付き。ソウルはそれを持ってセキマルの足元に置かせた。僕もイーブイを抱えながら部屋の中央に集まる。ソウルは用意に蓋を開け、スプーンで器用に四枚のパンの上に均等に蜜を落とす。後は慎重にパンの表面に伸ばし、一人一枚配分された。セキマルはパンを受け取るとクルリと回ってテレビを向く。画面にはポッチャマが映っていた。『ポチャケーン』の再放送が始まったのか。
「あ、そういえばさ、何であんな所にさ、こんなに美味い蜜が瓶詰めになって落ちてたんだ?」
 再びセキマルは僕の顔に振り向き、問いかけてきた。手元を見たら、あの白い正方形の食パンが跡形もなく消えていた。食べるの早い。
「うん、それはね、ミツハニーのお陰とも言うのかね」
「ミツハニー、って?」
 首を傾げるセキマル。
「説明しよう。『ミツハニー。はちのこポケモン。うまれたときから 3びき いっしょ。ビークインに よろこんでもらうため いつも はなのミツを あつめている。』ほら、こんな感じだよ」
 胸ポケットから真っ白の長方形の機械を取り出し、開き、画面をセキマルに向ける。これがポケモン図鑑。
「図鑑に記した通りに、普通のミツハニーは自分達の女王のビークインのために、一生懸命に蜜を集める。昼夜を惜しまず、ずっと働いている。しかし、このソノオの町にいればそんな苦労はしない。なんでか分かる? そう、さっき行った花畑みたいに蜜が出来る花がいーっぱいあるから。その面積は世界に誇る。町のシンボルとも言えるその花畑は地元の人達も大切にされている。花がたくさん咲いた事で、ミツハニー達は喜んで蜜集めをしていったんだ。ここは、花を通じて人間とポケモンの関係を深まっていたんだよ。そして、時々ミツハニー達は花を育ててくれた人間に、甘い蜜を詰めて人間とポケモンの交流の場でもある花畑に落としていくんだよ。更に人間側もそのお返しとして、年に一回のお祭りで大きな花束を贈呈する儀式があるんだって。だから、こうして美味しい蜜を食べられることが出来たのには、どんな思いが込められているのか、よく考えて食べようって僕は思うなぁ」
「ふーん。あ、だけどオイラそんな歴史を考えるより美味しく食べる方が好きだな」
「まぁ、セキマルにそんな事まで考えられる暇なんてないからな。やれやれだぁ」
「ほら、イーブイも食べよ」
 僕はパンを彼女の口元に運ぶ。彼女はゆっくりとパンを齧り、モグモグ口を上下する。イーブイは偉かった。ちゃんと三十回以上噛んでいる。ついに飲み込んだ。お味をどうでしたか? そう聞こうとしたのに。
 膝の上に水滴が零れ落ちる感覚がした。生暖かった。しかし、長ズボンに滲みた途端、あっという間に冷めてしまった。だけどそれが一回ならず、ポタポタと音を立て、次々にズボンに落ちる。
「イーブイ?」
 そう、またもや原因は彼女だった。彼女がパンを食べれば食べる程にそれは美しく流れる。
「ぅ、ぇ……っく、うぅ、ぇっく。ぅあっ……ひっく、わぁ。くぅ、ぅぇ……おいしい、ですぅ。とっても、っひぃ、美味しいです」
 涙を堪えているつもりなのか、やっと感謝の言葉を口にする。彼女は涙が視えてないのだろうか。それとも抑えきれなくてしょうがなかったのか。彼女の顔は床に伏せているから見えない。けど、きっと涙で溺れているような顔なのだろう。理由を知らない僕には何の助けも出来ない。慰める事すらも。
 だから、僕は頭を撫でる事しか出来ない。これが彼女にとって有難いことか、余計なお世話なことかも彼女自身が決める事だろう。今日だけ、めいっぱい泣きなさい。
 流した涙は、君を強くする。その涙は決して裏切らない。ただそれだけ、君に伝えたい。
「うわっ。何だよ〜。いいところだったのに〜」
 セキマルの馬鹿に五月蝿い声に反応して顔を上げてしまう。テレビの画面に目を向ければ、違和感を感じた。時間にしてはアニメはまだ放送している筈が、どこかの放送スタジオを背景に一人の女性が映っていた。
 何、ニュースか?
「番組放送途中に臨時ニュースをお伝えします。今日の午後三時過ぎにシンオウ本島の北東にあります、バトルエリアの火山ハードマウンテン山中にて、三十代の男性と思われる遺体が発見されました。遺体は下腹部と両手首が切断され、更には右眼の眼球が引っこ抜かれているという無惨な状態で発見されました。発見者によりますと、登山時に遺体を発見したと同時に強烈な異臭を感じたと述べていました。遺体を調べてみますと、骨にまで刃物か何かで切断された跡が残っているとのことです。更に、右眼の眼球に複数の小さな穴が確認されました。もしかしたら何かの器具で抉り取ったものだと推測します。警察は集団リンチでの殺人事件だと裏付けています。なお、遺体周辺に彩る大量の鮮血からにて即死の可能性が非常に高いようです。犯人は勿論、犯行時刻もまだ分かっていません。今のところ調査中ですが、また新たな証拠が見つけ次第にお伝えします」
 ここから先は、事件現場の映像とグラフィックを使ったイメージ映像が繰り返し表示された。セキマルは貧乏揺すりをして行儀が悪かった。僕たちがイーブイを捜している間に、そんな物騒な事件があったなんて思ってもなかった。しかも犯人は不明。犯行動機は何のか? 他人がどう考えているのか全く分からないものだ。いかんいかん。こんなもの眺めてたら毒だ。
 床にあるリモコンを取り、右上の○ボタンを押す。テレビの画面は真っ黒に塗りつぶされた。ついでにイーブイに目を落とした。彼女は泣き止んだ。その代わりに、顔は真っ青だった。やはりあんな血生臭いもの見たら気分が悪くなるのもしょうがないだろう。
 血生臭い。途端にイーブイと出会ったシーンが思い浮かぶ。あの時、彼女は血だらけだった。いや、あれはペンキだよ。
 どうしてそう否定するのかな。もしかしたらお前、あの事件の犯人さんを抱いているのかもしれないんだぜ?
 そんな……馬鹿な! 何故そう言っちゃいけない事を軽々しく口にするんだ。それにニュースでも言ったじゃないか。午後の三時にハードマウンテンで見つかったって。出会った時間も場所も全然合わないじゃないか。
 でもさぁ、あくまでもそれは発見時刻だろ? もしかしたら一週間前からあんな感じに殺して、何処かの船にこっそり乗り込んで、ここまで逃げたって事も。

 うるさい。黙れっ! この悪魔めが!!

 僕は彼女に約束したんだ。信じるって。信じるってぇのはな、認めるってことなんだよ。他者から否定されても、それでも自分は認める。それが信じるの極意なんだよ。しつこくあからさまに犯人扱いをするなら、守るまでよ。そう、結局は守ることにもなるんだよ。もしイーブイが僕に会わなかったら、お前みたいな遊び半分でしか思考が回らない奴に、ずっと否定され、責められたのだろう。あの時僕はそう思った。だから救い出そうと思ったんだ。僕はもうこれ以上、誰かに苦痛な思いをさせたくないと誓ってこの旅を実行したんだ。この旅は勝利を求めるだけではなく、ポケモンと人間の絆を学ぶためにもあるんだよ。イーブイと、セキマルと、ソウルと、皆で学ぶんだ。そして絶対に、守り通して、みせるんだからな。

 バフン。
 顔に布の柔らかい感触が走った。けど、心地よくなかった。なぜなら。
「とりゃー。“はどうだん”! “いわおとし”!」
「おめぇには使えねー技だろ、セキマル。こっちだって“でんげきは”!」
「とか言いつつ、人間の感覚を忘れるハクト」
「わぁっ……いや、きゃっ!」
 そう、枕投げの戦いの真っ最中だからである。枕がたった四個しかないのに、このはしゃぎ様。最初は乗り気ではなかったが、こんな楽しくなるなんて思ってもなかった。それぞれ思いついた技を再現して、枕を投げる取る跳ね返す。ちょっとだけのつもりがいつの間にか夜の九時になった。しかもイーブイは投げる事が出来ないので、セキマルの動く的になってしまう。
「はぁ、はぁ。ねぇ、そろそろ寝ない? もう疲れたよ。ほら、散々お前の的にされたイーブイもこんなにぐったりだよ」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「俺も付き合いきれねぇよ」
「えぇ! もう少しいーじゃねーかよー」
 全く、真っ黒に手が焼ける奴だな。
「もうこんな時間だよ。早くボールに戻った戻った」
「そういえばイーブイのボールは?」
 あ、忘れてた。僕は体勢を低くし、イーブイと目を合わせる。
「イーブイ。もう一度聞くけど、僕たちと一緒に旅に行かない? さっき変なこと言って傷ついたなら謝るよ。けど、僕にいれば強くなれる絶対の保証はないよ。嫌なら嫌で入らなくてもいい。今のままでいいなら僕は構わない。だけどこれだけは言っとく。このボールに触れるか触れないかで君の人生が決まってしまうかもしれないよ。選択は二つ。いや三つだ。頑張って触れるか、粘って触れないか、諦めて死ぬか。いくらでも時間を掛けていい。答えを待っているよ」
 そしたら、イーブイは一歩前に歩み寄った。そしてこうも言った。
「私はあなたの考えを素敵だと思っています。今まで私は他者を疑い続けてました。自分の気持ちが分かる筈がない。何一つも分かってもらえる筈がない。そう思い続けたんです。でも、何も話していない見ず知らずのあなたに、あっさりと見抜かれてしまったんです。そしたら、なんだ、自分はこの程度で悩んでたんだって開き直っちゃって。次第に、自分自身の顔を見てみたいと思ったんです。顔にどう書かれているのか、確かめてみたかったです。もうちょっとあなたの存在が分かってたら、私は変わってたかもしれない。この逃げ惑う事しかなかった人生が変わったのかもしれない。だったら早くあなたのもとに行こう。だから、もう答えは決めました。あの花畑に誓いました。私を、捕獲(ゲット)してください」
 やっときた。彼女の答え。小さい前脚は紅白のモンスターボールのスイッチをカチッと押す。パカッと開き、バシューと中に入り、閉じて、捕獲した。もう一度スイッチを押して出現。もはや、目の前にいるのイーブイは野生(他人)ではなく、手持ち(仲間)である。
「これからも宜しくね。イーブイ」
「はい、ご主人様」
 え、ご主人様?
「うわ〜。いいな、ハクト。こんな可愛い子に、『ご主人様』なんて呼ばれるとは、羨ましいぜ!」
「バ、馬鹿野郎。からかうんじゃないよ、セキマル。それと『羨ましいぜ!』って言いながら指をさすんじゃない。何なんだよ、そんな目で見つめるんじゃない! あと何だその顔は」
「気に入りませんでしたか?」
「え? あ、そんな事はないけど」
「けど? まだ何かしてもらいたいのか? 随分と欲深いんだな〜。ハクト……」
「いい加減にし〜ろ。セ〜キ〜マ〜ル〜!」
 僕はセキマルの首を左腕で固め、右拳を頭にグリグリする。セキマルの断末魔はとても五月蝿かった。暫くしてセキマルを解放し、再度イーブイと目を合わす。
「僕は人間とポケモンに異種意識を作るのは好きじゃないんだ。人間もポケモンも同じ生きてるし、会話も出来るし、差別する方がおかしいと思うんだ。だから、僕等の間では気軽に呼び捨てでも構わないよ」
 とは言っても、僕も初めは仲間達をどう呼ぼうか悩んだことあったっけ。
「えっと、じゃぁ、『ハクトさん』。で宜しいでしょうか」
「うん、全然オッケーだよ。それじゃ、もうこんなに遅くなっちゃったし、寝ようか」
 三人はそれぞれのボールの元に戻る。
「オヤスミ……イーブイ」
「オヤスミなさい……ハクトさん」
 赤い三本の光線は三人の体をボールに吸収する。大事なボール達をボックスに入れる。いい夢を。
 その後、僕はベッドではなく、小さな丸テーブルに置いてある一冊のノートを手にする。リュックから筆記用具を取り出し、鉛筆を手にする。該当するページを開き、鉛筆を走らせる。
 ふぅ。これでよし。ノートと鉛筆をリュックに放り投げ、部屋の電気を消し、ベッドにダイブ。ん? ノートに何を書いたって? 眠いから、勝手に見てもいいよ……グゥ。

『8月29日
ソノオタウンに到着。
205番道路でイーブイと出会った。
同じく205番道路で変な集団に襲われた。
発電所で変な集団(ギンガ団?)からイーブイを助けた。
花畑でイーブイが仲間になった。
明日から、旅が楽しくなりそうだ。
次はハクタイの森に向かう予定。
未来ある子供達と共に。

トレーナー:ハクト』

■筆者メッセージ
「雨浸り編」完結。次回「人齧り編」へ続く。
ジョヴァン2 ( 2013/09/02(月) 08:34 )