其の壱 雨浸り編
#3 雨曝し
 その後も、二匹の闘いは二十分以上も及んでいた。ザーザーと烈しく降る雨の中、“ひのこ”を撃てば威力が下がり、ドーミラーの輝く全身の銅まで攻撃が至れない。ならば“ひのこ”よりも威力は勝る“かえんぐるま”で接近しようとするが、攻撃を受ける直前に“てっぺき”をまた重ねて防御。次に“たいあたり”を喰らって同じ位置に戻される。それをまた始めの“ひのこ”を撃つところから再三再四を繰り返す。アホかと思うほど繰り返す。だけど僕等はそれほどアホではない。寧ろこれは作戦だ。
 何回も“たいあたり”を喰らい、セキマルの体力は無論減る。このままレッドゾーン、つまり瀕死寸前の状態まで至れば、普通力尽きる。だがセキマルは範囲外、やらればやられるほどますます強くなる。根気とか根性みたいな、理屈がない意味で指した訳ではなく、ちゃんとした理由がある。チコリータやポッタイシなどの特定のポケモンに、名前はそれぞれ違うがある特性を所持している。何故いきなり特性の話に? まあまあ、話を最後まで聞いてから意見を言ってくださいな。水系には「げきりゅう」。草系には「しんりょく」。そして、ヒコザルなどの炎系には「もうか」。この三つの特性は体力の三分の一に至れば、技の威力が上がる効果がある。セキマルの体力だと十分「もうか」が発動できる条件に入っている。それが何だっていうんだよ? 「もうか」で少し威力が上がっても、どうしようもないじゃないか?だったらコイツが、学校の教科書に載るぐらいの凄まじい手本を見してやろうじゃないか。
「セキマル、“かえんぐるま”!」
 ボォ。
 火炎の如く燃え上がる炎はセキマルの体にまとい、まるで火だるまになって走りだすタイヤのように回転し始める。
「「うおおおおおおおお」」
 マーズは思わず耳を塞ぐ。自分自身も、耳がビリビリして気持ち悪い。だが、僕等の雄叫びの大きさに比例するかの様に“かえんぐるま”の炎は更に燃え上がる。接触したドーミラーは一瞬に火だるま。炎がバッと消え、ドーミラーの輝く銅が焦がれた。プスプスと黒煙を吹き出しながら、ゆらゆらと地面に倒れる。敗北を確信しボールを取り出し、ドーミラーを戻すマーズ。まだ余裕の表情だが内心驚いているだろう。間もなくブニャットが出現した。
「セキマル、ダッシュ&“ひのこ”!」
 セキマルは手足を使い、風をきるスピ―ドで接近し“ひのこ”を二、三発撒き散らす。全てブニャットに命中。すかさずセキマルはなんと、セキマルがすっぽり入れそうな大きい“ひのこ”が出来上がる。それをサッカーのスローインみたいに投げ出す。特大の“ひのこ”を受けたブニャットは吹き飛ばされ、マーズの足もとに転がり、ぴくりとも動かなくなった。マーズは歯をぎりりと歯軋りしながらブニャットを戻す。
「どーだ。マトマ頭のネーチャン! これで勝負あったぜ」
 セキマルはマーズに指さし勝利を確信した。
「……」
 マーズはなんの一言も言わない。
 これでチェックメイトだ。あの二人とイーブイを解放し、荷物をまとめてさっさと出ていきやがれ。そう怒鳴ろうとした直前。
「くくく。こんなんで終わらす訳には、いかねぇんだよ! アーッハハハ」
 マーズは甲高く笑いながらギュッと手袋をはめ、もう一つのボールを投げる。
 そんな、確かコイツは腰に二つだけボールを備えていたはず。いつの間に。空中でボールが紅白に分かれて開かれ、何かが地面に着いた瞬間。
 ズキンッ。
 首の痛みが激しくなった。大体予想はつく。いや、この痛みからどんなポケかはっきり分かる。
 そして、目の前には、体中ピリピリと少量の電気を放つエレキブルの姿があった。あんなにもバチバチと音を立て、あんなにもブルルと唸っている。だが、出て来たばかりなのに、何故か肩で息をしている。
「どうして、電気を盗んでいるの」
「逆に聞くわ。何でそう思うの」
 僕はマーズのエレキブルに指さす。
「漏れているよね、電気。どのエレキブルも最低二十万ボルト以上自力で電気をためられるっていわれているけど。ソイツ、体からかなり電気が漏れているんだよ。冷えたてのアイスの冷気みたいに。こんなにも大量の電気を自力で発電なんか出来る訳がない。ただ体調を悪くするだけだ。無理矢理に他の奴が押し込んだとしか考えられない。そう作業をしたのがお前等なんだろう。そのエレキブルだけじゃない、進化前のエレブー三匹もなんだろ。なぜそこまでして盗むんだ!」
 ズシャァ。
 それは僕の足元から聞こえた音だ。地面に目を落とせばそこには、セキマルが倒れていた。
「セキマル!」
 即座にしゃがみ込みセキマルを抱き、尻の炎を確かめる。それはとても小さく、とても弱々しかった。
「あんたに教える事なんてなぁんにもないのよ。ただ覚えて帰ってもらいたいのが、ここでは何にもなかった事かな。それとさっきからギャーギャー五月蝿いのよあんた。少し冷静に、少し黙ってくれない? 何、そんな怖〜い目で睨んで、悔しいの。悔しいのぉ。だったら反撃をなさいな、ほら」
 顔を上げれば、いつの間にかマーズは傘を差していた。
 ギリッ、シュッ ボムッ。
 ソウルのボールを爪が食い込むくらい握り、力強く、空高くに投げる。すると小さくなったボールを中心に十発くらいの青白い弾が雨に溶け込むかの様に降ってくる。それをエレキブルは腕でバッテンを作り、全弾を受ける。見上げればルカリオのソウルの姿があった。さっきの青白い弾は“はどうだん”だったろう。少しよろけるエレキブル。かなり効いた様だ。だが彼はニヤッと僕に笑いかける。
 なんだ、あの笑みは。
 するとエレキブルは灰色の空に向かって人さし指を立てる。その途端に真上からゴロゴロと鳴る。
 マズイ、あの構えは。僕はソウルに注意を呼び掛けようとした。
「ソウ……」
 もう遅いっ!
 エレキブルは上げた腕を、思いっきり降り落とす。
 ピシャァ。
 その時、灰色の空は黄金に輝いた。目が開けられないくらい眩しかった。それからドサリという鈍い音が走った。その音を聞いた僕は目を開けるのが怖くなってきた。ああ、いきなり大技を喰らってしまった。
 エレキブルの技、“かみなり”だ。通常は命中率が低いが、天気が雨の状態になれば必中する特殊な技。さっきのドーミラーの“あまごい”はセキマルの炎技の威力を下げらせるためだけだはなく、“かみなり”を喰らわせるためにも使ったなんて。
 雨曝しになっているソウルには想像もつかない程の大ダメージを受けたろう。それでも恐れずにゆっくり目を開ける。
 その光景に僕は安堵の胸をなでおろす。そこには、地にしっかり二本の足を立たせて僕の顔を窺っているソウルの姿があった。
「ソウル、大丈夫……だった?」
 僕はとんでもない質問をしてしまった。あんな技を喰らって大丈夫の訳がない。けどソウルは心配させないように、僕に向かってニッコリ笑いかける。
「大丈夫だ、こんな程度でくたばらねーよ。不屈の精神、なめんなよ」
 そう言ってソウルは右手の甲の角を胸の角にコンコンと叩く。
 これがソウルの癖。動作も言葉も、心配症の僕に安心してほしい時の癖。思い出すなぁ。
 あの時、初めて聞いた口癖に、笑ってしまった。
 あの時、初めて見たあの癖に、可笑しく思った。
 あの時、あの笑顔で、キュンってなって、頑張れた。
 男同士なのにキュンとなってしまう。だから頑張れたんだ。
「ありがとう……」
「どういたしまして」
 感謝の言葉を贈る。今までの感謝を。ソウルは受け取ってくれた。
 何だか顔が熱く感じる。赤くなってるのかな。思っていた事が見透かしたかの様な言い方だったもんね。
 もしも僕が女だったなら、さっきの言葉はもう告白にしか聞こえなかったろう。

 『愛している』。

 まるでさっきまで雰囲気の良い音楽が流れていたのに、この言葉が表記した途端に無音になったかの様。胸の中が静まり返る。
 男である今の僕にはライク(like)の意味でしか使えない。同性愛なんて以てのほか。したくても、できないんだ。
 あぁ、女になれれば、女になりたい。
 女になれれば彼の両腕に包まれる事も、お互いの唇を重ねる事も出来るのに。そうやって僕は自分自身の体に嫌気がさす。なんだか体中に、何かが這いずり回っている。
 すると突然、なんだか眼に熱いものが溜まり出した。
 気づいてしまった。初めて、「嫉妬」という感情を芽生え、覚えてしまった。僕は思う。これで、一度芽を摘むってもまた生え、摘むっては生え摘むっては生えを繰り返す人生になるのだと。そう思うと目から段々、熱いものが零れる。
 ははっ、まずい、今バトル中なのに。
 思わず目を擦る。すると指に付く熱いものに、ドロドロの嫉妬と……ジャリジャリの違和感を感じる。小さな粒々みたいな、でも硬かった。何かの塊らしきモノも感じる。
 咄嗟に左手の指を確認する。そこには、あってはならないものが、流れてはならないものが付いていたのだ。

 泥。

 なんでこんなものが。こんなのが涙と一緒に、目から流れるなんてありえない。だがこうなったのは僕だけではない。ソウルも、なんと拳いっぱいに泥が掛った右手で目を擦っている。擦り終えたと思った瞬間、今度は泥が飛んできた。ビチャッとまたソウルの目に泥がかかる。もしやこれって。即座にソウルの周りを見渡す。
 やはりか。
 それはエレキブルがソウルに向かって、水溜りや盛り上がった土を蹴り飛ばしていた光景だった。エレキブルの技、“どろかけ”。泥を掛けて攻撃をしつつ確実に命中率を下げらせる、とても厄介な技だ。電気タイプらしくない妙技を覚えやがって。だが、どんなに命中率を下げらせても、必中・高ダメージの“はどうだん”には逃れられない。
 ソウルの拳から生まれた青白い弾が、エレキブルめがけて一直線に飛ぶ。
「エレキブル、“かみなりパンチ”」
 ぼそりとしか聞こえないマ―ズの声に反応したエレキブルは、左拳に大きなたてがみを生やすかの様に電気を帯びる。その拳で飛んできた弾をパンチング。あっという間に弾は破裂した。破裂した欠片達は蒼い雨粒となってエレキブルの足下に落ちる。エレキブルは“かみなりパンチ”を維持した状態で、ソウルに向かって助走をつけて走り込み、またもやパンチング。ソウルは腹部を喰らった。凄まじいパンチを受けたソウルの体は、地面の平行線上に飛んだ。落ちることのないソウルの体は真っ白い壁に叩きつけられる。
 訂正。ソウルの体が壁を打ち壊したと言った方が正しかった。広々とした大きな壁はソウルを中心に、瞬時に無数の亀裂が走る。そして、またあっという間に壁が崩れる。一気に大量の砂煙が舞う。その姿は、もはやただのコンクリートの山。建物の半分以上が無くなっている。
 なかなか消えない砂煙の中から、一筋の光が放物線を描く。流れ星みたいで綺麗だ。雨に濡れれば、更に光が輝き出してもっと綺麗だった。
 ガッシャァン。
 万有引力の法則に則り、光は地面に叩きつけられ、更に無数の光が零れ落ちる。まるでガラスが割れた様。うぅん。ホントに割れた。僕は光が落ちた位置に焦点を合わせる。そこには、大小様々なガラスの欠片が散らばっていた。
 それだけ?
 体中に流れる熱い血が一気に凍りつく。
 ホントにそれだけ?
 悪魔は囁く。僕の耳元で。
 なんで、こんな時だけ、出てくるんだ。聞きたくなかった、見たくなかった。
 さぁ、ハクト。今度こそ、自分の眼で見た光景をそのままお前自身に言い聞かせるんだ。いいな。
 そう言って悪魔は僕の顔を覗き込む。それは“くろいまなざし”の様、逃げたいのに動けない。これはもう、諦めるしかない。
 分かった。分かったから、そんな恐ろしい眼で見ないでくれ。
 そこには、大小様々なガラスの欠片が散らばっていて、その向こうには、茶色い物体が転がっていた。
 そう、イーブイだった。綺麗な放物線を描いたさっきの光の正体は、イーブイが入ってたショーケースだったのだ。“かみなりパンチ”を喰らったソウルが、壁を壊した衝撃で吹っ飛んでしまったのだ。恐ろしい、考えるだけでも恐ろしい。軽く10m以上は飛んでいた。雨で地面が濡れて、そんなに硬くはないと思った。だが、10mも飛んで落下すれば、クッションには到底出来ない。下手したら、骨折したのかもしれない。
 イーブイは顔を伏せたまま、微動だにしなかった。余計心配になり、彼女の下に全速力で走った。雨で遮られてよく見えない。それでも、一刻も早く彼女の手当をしなければ。もうバトルする余裕なんかなかった。なのに、エレキブルは僕の前に立ちはだかる。通してくれない。だったら倒すまでよ。
「“ドレインパンチ”!」
 ソウルに指示を出す。すぐさまソウルはエレキブルの真横から、お返しのパンチを繰り出す。
「“どろかけ”」
 ソウルの攻撃の痛みを味わう時間がなく、忠実にマーズの指示を全うするエレキブル。泥を掛けられ、二段階命中率を下げられる。それでも迷わず“はどうだん”を出す。しかし、前と同様“かみなりパンチ”で打ち砕かれる。そんでもってまた“どろかけ”を仕掛ける。これを数ターン繰り返し続く。ソウルの眼は完全に閉じていた。“はどうだん”以外殆ど命中しなかった。ここでまた“かみなり”を撃たれてはもう、絶望しか視えない。なのに、マーズはあの大技を指示しない。もう一度“はどうだん”を撃つが、“かみなりパンチ”で処理される。
 その時だった。エレキブルは走る。そしてなんと、ある程度の所で逆立ちをし始める。一体何が起こるんだ。
「“まわしげり”よぉ!」
 エレキブルは逆立ちをしながら、コマの様にクルクル回る。回りながらソウルに近づき、蹴り技を浴びる。
 どかどかどかどかっ。
 ソウルに襲いかかるいくつもの脚。休ませないために連鎖を仕掛ける。攻撃が終わったのか、エレキブルは逆立ちをやめて、地面に足を着く。よし、ここからが反撃だ。と、思った刹那。
「あ……」
 ソウルは体を動かさない。なぜ?
「怯んだのよ」
 まだ雨が勢いよく降ってるにも関わらず、マーズの声がはっきり聞こえる。
「“まわしげり”はね、一定の確率で怯ませる効果を持ってるのよ。やっと反撃のチャンスが来たと思ったのにねぇ。ざぁんねん!」
 残念?
「どちらが残念ですかねぇ」
「何っ?」
 僕の挑発染みた一言にマーズは驚くしかない。
 そりゃそーだ。僕の攻撃のターンがお流れに終わって、次でやられるっていうのに。だが先手などさせない。見せてやるよ。お前の判断ミスのザマを。
「あんまり茶化すと痛い目見るわよ。そうら、また“どろかけ”。本当に目が見えなくなるくらいやっちゃいなさぁい!」
 マーズは叫ぶ。まるで勝ち誇っている様。愚かな。まだ理解していないようだ。そしたらエレキブルは右脚を分厚い雲に向かって垂直に立てる。
 あちらもそうですね。主人に似て、あんな顔してるよ。馬鹿だなぁ。まっ、好きにすればいいさ。当てられるもんなら当ててみろってんだ。
 丁度、いい感じに盛り上がっている土を、エレキブルはやや横に蹴る様にして泥を放つ。五歳前後の子供がボールを思いっきり蹴る姿同然だった。横いっぱいに広がる泥は雨に負けず、風にも負けなかった。スピード、威力、泥の大きさ、全てにおいて劣る事もなくソウルに襲う。
 残り1mも満たないぐらい近づいても、動くも庇うもしない。
 もう腕の関節まで来た。それでも眼を閉じようとしない。むしろ笑ってる。
 字の如く、既に目の前。ここで時間切れ。結局ソウルは動かない。あとは見事泥が眼に入る瞬間を待つだけ。そう、そこにいるソウルが左右どちらに動いても、眼を瞑っても、結果は同じ。今がその時、全ての泥はソウルの体と眼に命中し、そして。
 全ての泥はソウルの体と眼を貫通した。
 ビチャビチャーッと地面に叩きつけられる。貫通したソウルの体と眼がくっきり跡を残した。
「こ……これは、もしや“かげぶんしん”で回避したの?」
 なるほど。技の使い方次第で別の技にも化けさせる事も出来るんだね。全然違うよ。回避技じゃなくて、攻撃技。これはね。
「“しんそく”」
 そう呟いた途端にソウルに化けた陽炎はスーと消え去る。そうすると何処に本物のソウルがいるかって、皆気になるだろうね。実はね、エレキブルが“どろかけ”を仕掛ける直前に攻撃をしたんだ。嘘なんかじゃない!これもちゃんとした理由もある。確かにさっきのターンで“まわしげり”を受けてソウルは怯んだ。
 怯み、ひるみ。もうわかった? そう、特性だよ。特性「ふくつのこころ」。
 怯む度に素早さが上がる、これまた特殊なシステム。すばしっこくなった上、“しんそく”で更にスピード上昇。“しんそく”によって出来た陽炎を、エレキブルが攻撃している間にソウルも攻撃態勢に入っているんだよ。
 ドコに?
 いい質問だけど、どこにいるかなぁ。地上にはいないよね。もちろん、建物の陰には隠れていないよ。
「まさか……」
 すぐさまマーズは上空を見上げる。まさか、そんなとこにいるわけない。そんな風に思っているでしょう。でも、マーズだと期待を裏切られた結果でしたよ。あなたも、雨に怖がらずに見てご覧なさい。ほら。あそこにいたよ。
 はるか上空からゆっくり降りてくるソウルの姿が。「ふくつのこころ」&“しんそく”×1だけで陽炎が出来たり、あんな高く飛べたり。
「“あまごい”が続いている事も忘れないでね。そろそろくたばりな。エレキブル、“かみなり”!」
 マーズの声は、もはや悲鳴でも叫び声でもない、咆哮。余裕など感じなかった。
 だから先手は取らせないって言ったじゃん。僕たちの真の本気をみせるよ。
「カケラ技、発動!」
 その刹那、ソウルの右の手首が蒼く光り出す。その後、ソウルは右拳を後ろに大きく引く。とうとうこれを出さざるを得ないのか。
「無限の称号を授かりし、神よ。その力を蘇らせたまえ。さあ、いまこそとき放て。青き拳の流星。その名は……はどうすいせい=I」
 ブンッ、ブンッ、ブンブンッ、ブンブンブンブンブンブンブンブンッ。
 呪文のような何かを唱え終わると、ソウルは右、左、右、左と高速パンチを繰り出す。なにをやってるんだと思ったその瞬間。パンチした拳から、半透明の蒼白い拳が飛んできた。それも二、三発どころではない。目にも止まらぬ高速パンチによって、何十発の拳が上空から一斉にエレキブルに襲いかかる。状況を全く飲みこめないエレキブルは、とりあえず両腕をバッテンにして守る。だが、そんな軽い防御ではどうすいせい≠ヘ守りきれないぞ。ほらほら、押されているよ。反撃はどうした。このまま川に落ちるぞ。まだまだパンチは続く。この調子でいけば、川に落ちてノックダウンだ。
 だが僕はある重大な事をすっかり忘れてしまった。エレキブルのちょうど真後ろに、イーブイがまだ倒れたままだ。このままだとエレキブルと一緒に川に落ち、下敷きにされる。だけど、はどうすいせい≠フパンチのスピードを劣る様子が全くない。まずい、まずい。
 頼む、どうか止まってくれ。僕は強く願う。ソウルでもエレキブルでもイーブイでもない。
 無限の称号を授かりし神よ、神よ。その時、僕の目の前にソウルが飛び降りる。技は終わった。エレキブルは……川に落ちてない。よかった。だがそう思ったのもつかの間、エレキブルは物凄く怖い眼で睨みつける。
「なんだかよくわかんないけど、やっと私のターンのようね。今度こそ、容赦なく、徹底的に潰す。“かみなり”でとどめよ。あんた達仲良く楽にしてやるわ。くすくすくすくす、あーっははははは」
 エレキブルはゆっくりと右腕を上げ、人指し指を立てる。

 ああ、もう終わった。
 うまくいったのに、終わった。
 ごめん。セキマル、ソウル。
 旅はここで終わりだ。
 最後、あんな技なで出しといて、負けるなんて。今まで付き合ってくれてありがとう。
 ごめんね、イーブイ。全然駄目だったよ。
 こいつらに勝って、お前を自由にしようとしたのに、出来なかった。
 ホントに、ごめんなさい。
 さようなら。そして、また、会おうね。

 動かない……振り下ろさない。ただジッとして動こうとしない。なんで?
「どうしたの、エレキブル? はやく“かみなり”を……」
 ドスウン。
 なんと、重さ130キロもあるエレキブルの体は崩れるように倒れてしまった。それを目の当たりにした僕たちは驚くほかなかった。時間差で体力を失ったのか。それとも痛みを我慢できず倒れてしまったのか。どっちにしろ、助かったんだ。
「エ……エレキブル! そんな、なんでなの。なにが原因なの? あのままいけば勝てたのに。なんで倒れるわけよ。あーもー、わっけわかんなーい!」
 マーズは地団駄を踏む。エレキブルをボールに戻した途端、急にパァーと青空が顔を覗く。僕もそれに答えるかのように、空を見上げる。ギンギンと地上を照らす陽光の温かさが、体中の疲れを癒してくれる。
 あぁ、僕も訳が分からなくなった。でも助かったんだから、終わり良ければ全て良し。
「あ、そうだ。お前等。約束通り、大人しく警察に連行する気にはなったかな? って、あれ。『ヤツら』はどこだ!」
 振り向けば誰もいなくなった。
「ここよ〜。聞こえないの〜?」
 上から、バラバラという大きな音と共にマーズの声が聞こえる。見上げれば、ヘリに掴まっているマーズの姿があった。
「こんなんで決着はまだ着いてないわよ。今回はあんたの運がよかっただけよ。いつか、またあんたと戦える機会があった時は、本当に容赦なく潰すからね。気をつけることよ、バ〜イ」
 ヘリはグングン上昇し、無数の花びらを撒き散らす。やがてヘリは真っ青に広がる空に消えていった。暫くの間、僕とソウルは静寂に浸ってた。
「「あ」」
 二人揃って声を漏らし、建物目がけて猛ダッシュする。ぼろぼろの発電所の中に、まだあの二人がいるんだ。
「あ、いたよ。ソウル、こっち。よかった、二人共無傷だ。もしもーし。しっかり。しっかりして下さーい。返事をお願いしまーす。もしもーし」
 二人の安否を確かめ、即座に意識があるかどうかも確認する。すると少女が先に起きる。
「う……ん、あれ? マミ、どうしたんだっけ。なんでこんなところで寝たんだろ。あれ、お兄ちゃんは誰? あ、そうだ。お兄ちゃんたちが助けてくれたんだね。あの変なうちゅーじんをやっつけたんだね!」
 マミという少女は意識に問題はなかった。どころか元気でかつ大きな声で、状況を把握した。起きたばかりだというのに、いきなりぴょんぴょんと両脚揃えて跳ぶ。
「マミちゃん、大丈夫だった? 変な宇宙人に変な事をされなかった?」
「うん、大丈夫。なにもされてないよ。お兄ちゃんも大丈夫だったの? マミね、発電所の壁がバクハツした時に寝ちゃったみたいで。ちょうど目の前に起きたの。お兄ちゃんも怪我してなかった?」
 マミちゃんは僕の安否も心配してくれた。その後、マミちゃんと一緒にマミちゃんのお父さん(あの白衣を着た中年)を起こし、今までの事件を説明した。
「そうでしたか。いやすみません。私達を助け、悪者を追っ払ってくれて。一体私は何とお礼を言っていいのか」
「礼なんてそんな。こっちだって発電所壊してしまって、それよりなぜ『ヤツら』はおたくの発電所を襲ったんですか」
「それが私もさっぱりで、何が目的でここまで来たのか」
「『ヤツら』、確か、『ギンガ団』って名乗ってましたよね」
「えぇ、確かにそういってましたが、なんなんでしょうかねぇ。すみません、あまり役に立たなくて」
「え、い……いいえ、いいえ。そんなことないですよ。突然のことで気が動転しただけですよ、きっと。ほかに、なんか妙なこと言ってませんでしたか」
「宇宙エネルギー、とかなんとかを聞きました。あなたが来る前に、通信する際に言ってまいした」
「宇宙エネルギー……なんのことだろう」
 『ギンガ団』。宇宙エネルギー。
 名の通り銀河に関連する用語みたいだ。聞けば聞くほど、この地上では見つからない、何億光年の世界にしかない未知のエネルギーっぽい単語だ。けどあいつ等は何故単なる電気を盗みにきたのか。その宇宙エネルギーを探索も入手にいく事なく、ただの電気を盗んだだけ。いや、逆かもしれない。本命の電気を強奪しているところで、宇宙エネルギーなどと関係のない事で単にお喋りをしてしまったからか? 『ヤツら』の謎の言動、この矛盾は一体なんなのか。
「そういえば、あのイーブイはどうなっていますか」
 あっ。
 その一言で勝手に体がすくっと立ち上がる。すっかり忘れてしまった。ボロボロの発電所を出て、一目散にイーブイの元に駆けだす。
 いた。即抱きかかえる。この赤黒いシミは雨でもまだ消えてなかったのか。じゃなくて、こんなにもぐったりしてる。それに寒気も感じる。イーブイの体がぶるぶる震えている。
「すみません。僕、このコをセンターにすぐ連れて行こうと思うんですが」
「あぁ、そうしなさい。私達のことは構わんから早くいきなさい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「がんばってね、お兄ちゃん」
 右腕にイーブイを抱え、左腕にセキマルを抱え直す。こっちも忘れてた。ソウルのバトルでも、ずっと抱えたままだったんだ。雨曝しになっているにも関わらず、全くと言っていい程違和感がない。僕は一度深々と頭を下げ、猛ダッシュでソノオタウンに向かった。ソウルも僕を追ってついてくる。


「パパ。マミ、あのお兄ちゃん知ってるよ」
「うん、パパも知ってるよ。さぞ激しい戦いがあったんだろうね」
「お兄ちゃん、頑張っていけるよね」
「あぁ。あの人なら頑張れるよ。いつの日か、また会えるよ。」
「うん。また、いつか、会えるよね。マミ、信じるよ!」

■筆者メッセージ
無事イーブイを救助できた、かに思われたが!? 次ページ、イーブイが内なる思いを告白……。
ジョヴァン2 ( 2013/09/02(月) 08:34 )