#2 救済
あれから何時間経っていたであろう。ようやく重いまぶたが開く。それから、横になった重い体を起き上げる。目の前には真上に向かって、思いっきり花びら開く花達の姿があった。僕は暫く辺りを見渡す。花畑以外なんにもなかった。すると、正面からなんの前触れもなく涼しい風が吹いてきた。
僕は今まで何をしていたのだろう。以前の記憶を辿っていく。あれ、生きてる。けど首辺りが少し痒い。そして、最も重要な事を思い出す。
イーブイの泣き声が聞こえない。いや、姿も見えない。
泣き止んでどっかに逃げたのだろうか。いや、そんなはずない。なぜ? 意識を失う直前に背後から、何者かが攻撃をしかけたから。それとイーブイとなんの関係がある? 大ありだ! 僕を気絶させ、人の目を気にせず、なにか都合の良いことをしているに決まっている。
その『なにか』とは。二通りある。一つは、後ろから襲った犯人がポケモンなら『誘拐』。二つは、同じく後ろから襲った犯人が人間なら『捕獲』。いや、人間ならば、まずトレーナーに攻撃するなどありえない。他のトレーナーに邪魔されずにゆっくり捕獲する。そこまでしてイーブイを捕まえたいのか? それに攻撃そのものがたまたま当たったのではないか? だったら、なぜ息まで殺して近寄って来た? 分からない。
「そう一人だけ悩むなよ。俺達がいるじゃねえか」
不意に声をかけられ、ドキッとした。後ろを振り向けばソウルとセキマルがいた。
いつの間に出てきたんだ、お前ら。
「ねぇ、二人に聞きたい事があるんだけど、さっきいたイーブイを知らない?」
「人間が、モンスターボールを使わず、強引にイーブイを捕まえ、連れ去った」
ソウルは唐突に訳の分からない事を言い出したが、すぐに意味を把握できた。
犯人は人間だった。ボールを使わないなら、それは『捕獲』の範囲に入らない。『誘拐』とみなす。なんてヤローだ。そして、僕はソウルのその冷たい一言があまりにも気に入らなかった。
「見てたの、見たの? なら、なぜ助けないんだよ! 見てたのにも拘わらず、助けろよ! 起こせよ! なんで見殺しにするんだよ! お前らポケモンだろ? なんで仲間でもあるイーブイを……」
「出来たらとっくのとうにやってるって!!」
セキマルが怒鳴り出す。
「オイラ達は自由にボールを出入りできる訳がないんだぜ! オイラ達が現にここにいるのは、ハクトが起き上った時にスイッチがは入って出てきたからだぜ! オイラもポケモンだ! 真っ先に助けようと思った。なのに、見てるだけでしかできなかった。あの時、オイラがボールに戻らなければ、ギタンギタンにやっつけたのによぉ! クソ、くそ、くっそおぉ!!」
セキマルは大粒の涙をボロボロと零し、大きく足を地団太を踏む。
そうだ。こいつ等はなにも悪くない。なのに、僕は何を怒っているのだ。別にその連れ去られたイーブイが殺される訳でもないのに。なぜ『見殺し』なんて口にしたんだ。
僕は姿勢を低くし、涙でグチャグチャになりそうな顔をしたセキマルの目を見る。
「ごめん、セキマル。僕が言い過ぎた。悔しいのは僕だけじゃなっかたね。けど、今度は話してくれないか?僕には知らない、君たちが見た真実を」
そう、僕は助けたい。あんな汚いやり方でイーブイを捕まえたヤツを追い、やっつけ、イーブイを救う。僕は決意した。僕は左腕に付けたポケッチのデジタル時計を見る。丁度10時。
その後、セキマルが信じ難い言葉を口にした。
「ていうかさ、いくらなんでもその……イーブイ? が珍しいからって、首に“でんきショック”をあたえてまでゲットしたいなんてな。イーブイってすっげーポケモンなんだなぁ」
え、なに? “でんきショック”?
「ちょっと、セキマル。それ、どういう事? “でんきショック”ってなんなの! 順を追って説明しろ! 何それ?」
それって、ポケモンの技だよね? 電気タイプのだよね?しかも首? それで僕、気絶したの?テレビとかで見たことあるけど、本当の本当に『最悪』の場合、死に至ることもあるよ、“でんきショック”。威力は最弱だけど、種類が違えばかなり差もあるよ。それを後ろからだよ。どんなポケか知ったこっちゃないが、本当で殺す気なのかよ!
いつの間にか僕の両手が、セキマルの両肩を掴みユッサユッサと大きく揺らしていた。するとソウルが僕の腕を横から抑え、前に乗り出す。
「落ち着け、ハクト! ちゃんと説明するから口を閉じろ」
僕は言われるがまま口を閉じた。するとソウルは、ゆっくりとはいえないが丁寧に喋り出す。
「ハクト、あのイーブイに関してなにか感じとれなかったか?」
ソウルの言っている意味が少し分かった。
「あの体の様子じゃ、ただごとじゃないと思ったよ。あれってやっぱり、血なのかな? 特に右前脚が濡れていたね」
「『体』からではない。『心』からだと聞いている」
意味不明だった。ソウルは僕の顔を見て一つ溜息を吐く。なんだよ。
「ハクト、悪い。単刀直入に言うが」
ソウルの眼球がギラリと僕に向く。僕はゴクリと唾を飲む。
「あのイーブイに、近づくな」
え?
『近づくな』、『ちかづくな』、『チカヅクナ』。唐突に何の前触れもなく、ソウルは確かに言った。いや、聞き間違えではないのか?いくらソウルでもそんな冷たい事を言う筈がない。
「聞こえなかったのか? ならもう一度言うぞ。よく聞け。あのイーブイに、もう近づくな」
今度はハッキリ、ゆっくり喋った。
なんだよ、それ。今、イーブイを助けに行こうっていうのに、なんでだよ。警告のつもり? お前は何を僕に訴えているんだ。いつの間にか僕は怒りが込み上げてきた。
いかんいかん、さっき謝ったばっかなのに。冷静になれ、ハクト。とりあえず話を進めよう。
「近づくなってどういう意味? お願いだから早く事情を話してよ」
暫くソウルは固く口を閉じ、ジッと僕の目を見る。すると数秒もしない内にソウルの口がまた動く。
「ホントに知らない様だな。すまん、ハクト。次はちゃんと話す。だから、冷静に聞いてくれ。ボ―ル内にいた俺は、どんなに強く波導を出しても、ほんのわずかしか情報を得られなかった。ルカリオとして俺は無念だった。ロクに助けにも行けなかったのに。
だが、これだけは分かった」
いつの間にか、ソウルの目頭にうっすらと涙が浮かんできた。
「あのイーブイは、かなり人間を嫌っている。迂闊に近づけば爪や牙で襲い掛かり、無事に五体満足で帰れる訳がないくらい、嫌っている。だから近づくな」
五体満足で帰れない? 冗談は休み休みにしてくれ。お前達も見ただろ、あの怯えた顔を。一歩近づいても、襲って来るどころか怖がって退いたんだぞ。それなのにソウルは、イーブイからそんな怖いオーラを感じたとでも言うのか? 牙を剥き、爪を立てて襲いかかる? 想像もつかない。
「俺も最初はそう思った。しかし、ハクトが気を失っている間、もう二人の人間がきたのだが、イーブイはその後豹変したかの様になんと、戦ったのだ。十分以上、三人相手によく頑張って戦った。だが、結局イーブイは力尽きて捕まり、あそこの発電所に去っていった。これが全てハクトの知らない真実だ」
信じられない話だが、今のソウルの眼に嘘は吐いていなかった。僕にも感じる、見える。ソウルの眼に映る、イーブイの勇姿が。大人三人相手に必死に抗い、戦った。そう、それは『舞』。それは踊るかの様に戦ってた。その姿は、とても美しかった。
僕は何を考えていたのだ。僕はポケモンが好きだ。なのに見ず知らずの
野良ポケが心配だからって、パートナーの失敗だと怒鳴り、挙句の果てに言っている事を信用すらしない。どうしようもないな、こりゃ。親として失格だ。そう落ち込んでいる僕にソウルは肩を叩いた。
「もう気にするな。それに話はまだある。よく聞けよ。『誘拐』をしたその三人だが、妙におかしいんだ。さっき発電所に去ったって言った話をしたが、ハクトが起きている今でもそいつ等はなんの動きがないんだ」
え? それって、つまり。
「まだ、『ヤツら』は、あそこに居る!」
ソウルは大きく腕を振るい、真っ白な建物をビシっと指差す。『ヤツら』。そんな言葉を聞いて思わず息を飲む。こんなにも近くに敵がまだ潜んでいる。心臓はこれ以上にないくらい高鳴っていた。今からでも十分に、助けられる。
「――行こう、二人共!」
ソウル、遅れてセキマルもコクンと頷く。僕が走り出せば二人も付いてくる。走っている間、もう一度二人に謝罪しようとするが「いつでも聞いてやるから」と言いたげな顔をするセキマル。
ありがとう。
今はやるべきことに集中しろ、だね。僕はセキマルに犬歯も見せびらかすかのように笑い返した。前を向けば何本も立ち並ぶ風車の間にちょこんと置かれた白い二階建ての建物が次第に大きくなっていた。
「……」
僕は息を殺し、ゆっくりと窓に近づき中の様子を確認しようとしたが、シャッターが下されていて中の状況が全く分からない。仕方なく入口に戻りセキマルと合流する。
「だめだったかぁ」
セキマルは両手を頭に組み、一つ大きなあくびをする。僕はつい軽い溜め息をしてしまう。途端に、目を瞑り波導を送り込んでいるソウルに目を配る。彼はどうなのだろう。そう思った瞬間、彼はこちらの目を見てから小さく顔を横に振る。
「無数にある強い電波が邪魔で中に誰がいて、何人居て、どこにいるのかすらも分からなかった。すまん役に立てなくて」
御手上げの様だ。
「いいよ、こっちもさっぱりだったし。だけど情報が一つもないとすると、かえって不安だな。間違いないんだよね。この発電所にまだ『ヤツら』がいること。むぅぅんん、むむむ。やっぱり窓からもう一度調べに……」
その時、急に体が氷つく。冷たくは感じないが突然硬直する。
なんだ、この感覚。体中からヌメリと汗が出てくる。そして耳が幽かな声をキャッチする。
「……ーブイ……どう……?」
「さっきまで……〜、もう、オイ」
「心配……ぉ。……だぁ」
聞き覚えのない二人の声。両方男だ。何か会話していた。どこから? ドアから聞こえた。すぐ近くにいる。二人は何について語り合っているのだろう。いや、全部聞こえていた筈だ。間違いがなければ、こう話していただろう。
そのイーブイの様子はどうなってる?
さっきまであんなに暴れてたのにな〜、見ての通りもうバテて寝込んでいる。ってオイ、そう乱暴に扱うなよ。
心配すんな、わーってるよぉ。司令室に移動するだけだ。しっかり見張っとけよ。
しかし、なんでこんな変哲もないこのポケが、計画に欠かせない重要なカギになるのか、さっぱりだぁ。
流石はルカリオ。いや、流石はソウル。さっき聞いた話が見事に噛み合っていた。それにイーブイは今、建物内にいる。だが一つ、寝耳に水的な事を耳にした。
『ヤツら』はある計画を立てて、イーブイはその計画の成功を左右する重要な『カギ』だと。正直、驚いてしまった。まだあの二人は喋っているのか? そう思いドアに近づいてドアに耳打ちしようとしたが、その刹那。ガチャリという音がしたと思ったら、いきなりドアが開いた。開いたドアからヌッと何かが出てきた。それは、変な格好をした『おかっぱ』だったのだ。まさか、さっきの二人の内一人がコイツ?
「ん? なんだ、お前は。って、えぇ! お、お前は確か、あの時くたばったと思ったが。こ、この死にぞこないが! ここでもう一度叩き潰してやる。勝負!」
彼はモンスターボールを投げた。出てきたのはエレブー。なるほど。じゃあ僕を襲った奴はアイツか。あのエレブーの“でんきショック”で。やるねぇ。
「じゃあここでカリが返せるってワケか。フッ、上等じゃねぇか。受けてやらぁ。いくぞ。セキマル、バトル・イン!」
「オーケー、任せな」
僕の指示に反応したセキマルはエレブーとの適切な間合いをとり、戦闘体勢に入る。その後、二匹はじりじりと少しずつ間合いを詰める。
「“かみなりパンチ”」
おかっぱはエレブーに指示を出した。エレブーは拳にビリビリ来る電気を溜めて殴り掛かって来た。
「“かえんぐるま”!」
紅蓮と呼べるほどの紅い炎がセキマルの体を纏い、目にも止まらぬ高速回転を繰り出しエレブーの“かみなりパンチ”とぶつかり合う。セキマルは更に回転速度を増し“かえんぐるま”の威力を上げ続ける。威力が増し続ける“かえんぐるま”を抑えきれなかったエレブーは、腕から体全体へ、一瞬の内に炎に包まれる。その後セキマルは大きく後ろにジャンプし、空中で三回転回る。そして僕の足元に着地した。まるで体操選手の技を見ているかの様だった。それくらい余裕なのだろう。うん、悪くない。10・0! なんてね。
そのままセキマルは体勢を整え次の攻撃を仕掛けようとするが、エレブーが同時に倒れてしまう。おかっぱは慌ててエレブーをボールに戻す。
「かぁ、くそ〜。育てが甘かったか。それより早いとこマ―ズ様に報告に行かねば。オイ、ボウズ! 俺を追ってもコテンパンにやられるだけだから、付いて来ても無駄なだけだぜ」
おかっぱは乱暴にドアを開けて発電所の中へ走り去って行った。って、えぇ? “かえんぐるま”一撃で戦闘不能? 一体あのエレブ―のレベルの数値でいったらいくつなのだ。
まだ何も進化していないポケモンの、“かえんぐるま”一撃でダウンするエレブーは見た事も聞いた事もない。しかし、ついさっきまでそのエレブーを見たか。未だに信じられん。開いた口が塞がらないくらいに。それとも自分がそれなりに強かったのか? いやいや、違うな。
話を変えるが、たったの十数行という途轍もなく短いバトルの前におかっぱ達が会話していた内容と発電所の広さを考えれば、そいつ等は数人くらいのグループどころではなく、もっと人数が多い『裏』の組織にあたるだろう。とにかく、先へ進まなければ何も始まらない。僕は周りに誰も居ない事を確認し、ゆっくりと入口から侵入する。さっきまでヒヒヒと笑ってたセキマルも僕の後に続く。
でも、やっぱり、弱いでしょ。アイツ。プッ……ククク。
建物の中は意外に広い。それに道はまるで迷路の様に入り組んでいる。下手したら迷子になるかもしれない。そうすると敵に見つかり易くなり、捕まったら助けようがない。慎重に歩かなければならない。と、言っても、ある程度歩いても足音は殆ど聞こえないと思う。なぜなら、ここは風力発電所だから。だけ言えば分かるかな? 大概の風力発電所は多分こういう仕組みだと思う。
ここ谷間に来る風があの大きな風車を回します。風車が回った分の回転運動をナセル(風車の中心にある発電機や増速機が入った箱)内部にある発電機に電気を変換し、室内等にある変圧器等の変電装置が変電し、家庭や工場に電気が送られるというシステムになっています。さらに余談ですが、ブレード(羽)を回す風の電気のエネルギーは風速の三乗に比例すると言われています。つまり、風速が二倍になると出力する電気のエネルギーは八倍になるということです。それに風力発電は、風力エネルギーを何割か電気エネルギーに変換できるという比較的効率の良いものです。さらに地球温暖化防止対策の意味で、発電時に温室効果ガス、二酸化炭素や廃棄物等を排出しないクリーンエネルギーシステムにもなっている。そう、風力発電は、今後益々注目されるエコ発電システムの一つなのです!
と、話がかなり脱線してしまい、変な方向に盛り上がってしまいました。えぇ、ですから、結論から言えばさっき説明した変電設備が変電するって所から。グオングオンという変電機械の機械音が、今でも五月蝿いくらいにこの建物内に響いています。だから足音を掻き消しているから、殆ど聞こえないっていう意味なのです。分かって頂けましたか?
「そんな調子だとまた後ろから“でんきショック”をもろに受けて伸びるんだろうな」
また勝手に人の心を読みやがったな、こいつは。
「その辺は心配御無用ですから。それにこう大人数集まって行動したら足音関係無く侵入した事がバレるって。幸い、監視カメラの数が少ないけれど、このままじゃどっちみちまずいよ。とりあえず、二人共ボールに戻しとくね。だーい丈夫。二度も同じ技で伸びると思ったら大間違いだ。次は用心していくから」
「ハクトちょっと耳、借してくれないか」
二匹分のボールを取り出そうとするが、セキマルに聞きたい事があると言われ耳を傾ける。暫くして。
「なるほど。確かにセキマルにしか出来ない事だね。その代わりジッと堪えてよね。もしそのチャンスがあったとするなら逃さない様にちゃんと準備をしとくんだぞ」
「任されよう!」
セキマルは小さな体で大きく胸を張り、さくさくと作戦を実行する。
あれから数分後、未だに司令室の場所が分からず右往左往の繰り返しをしている。幸いにも誰一人も見つかっていないが、逆にもう逃げられたのではないかという疑心暗鬼の思いが膨張するのである。あ〜も〜。標識かなんかでも出てきてこないかなぁ。早く救助しなければ、彼女の身に被害を及ぶかもしれない。次の角を曲がろうとしたその時。
「一体、君達は何者かね!」
廊下の隅にある部屋から男性の声が聞こえた。突然、僕は気持ちが安堵してしまう。まだ、イーブイがいるかどうかも分からないんだ。素早く、けれど足音をたてずに近寄り、部屋を覗く。なんとそこには、さっき戦ったあの弱っちぃおかっぱがいたのだ。あれ。よくよく見れば、部屋に居る殆どのやつは皆同じ服装と髪型をしていた。始めはここの従業員かと思ったが。いくらなんでも髪型まで同じ従業員がずらりいるなんておかしい。なんなんだ、この気持ち悪い集団は。
だが、あそこに居る、髪型が赤い色で、おかっぱ達の服装にスカートが付いている服装をした、おかっぱ達の仲間、あるいは上司にあたる奴だろう。そしてそれ以外の人は、部屋の隅にいる白衣を着た中年と小さくて幼い少女の二人。もしや、被害者?
「このこのこのー! パパの発電所から出て行け、この宇宙人! じゃないとブッ飛ばすぞ〜!」
さっきまで大人しくじっとしていると思ったら、いきなり、可愛らしくない乱暴な罵倒をおかっぱに浴びせる。
「うるせーよ、チビ! ちたーおめぇも頭を使えよなぁ。チビのお前に何が出来るってんだよ。俺達をどう阻止するってんだよ。お前もコイツみたいに大人しくすれば、少しは解放してやろうかと思ったのによ〜」
多分あいつの言う事は嘘に違いない。解放してしまったらすぐに助けを求めて、いずれは見つかってしまう。だから人質としているに違いない。たちが悪いあの弱っちぃおかっぱは少女を怒鳴りつけ、手元にあったショーケースをバンバンと叩いていた。そんなに叩いたらケースの中が危なくないかと心配し、ついショーケースの中身を見てしまう。
あ……イーブイが、中に、入っていた。
四つん這いのポケモン。体は小さく、体毛色は茶色。だが首周りの毛だけ白色。そして何よりも目立つ印象的な、まるで返り血を浴びたかの様に思わせる、荒々しい体毛に付いた赤黒いシミ。
うん、間違いない。今から推定三時間前、205番道路で出会ったあのイーブイだ。
落ち着けハクト。焦るな。部屋の中をもう一度確認だ。そして、『ヤツら』の仕草にも見逃すな。『ヤツら』の目的にも興味深い。なぜイーブイを捕まえ、こんなにも離れてない最寄りの発電所に居座っているのか。勿論此処にも『ヤツら』にとっての目的があるからじゃないか。いやいや、そんなのは今どうだっていい。イーブイの事について、『ヤツら』にとってなぜ必要なのか。金か、奴隷か、それとも何かとの交換条件。とにかく、『ヤツら』は世の中に良くない行動を起こしているのは間違いない。早いとこ食い止めなければ。
それにしても、発電所に入ってきてから首辺りが妙にジンジン痛む。今頃、“でんきショック”の痛みが来たのか。い……つぅ。
「マーズ様、充電が完了致しました。すぐにお伝え下さい」
奥からまたおかっぱが、マーズとかいうあの態度のデカイ赤毛の女性に報告らしき一言と書類を渡した。ただ充電する度に報告するなんて、やっぱり怪しい。イーブイに引き続き、もしかしたら此処の電気を盗む気だろう。マーズは書類を受け取り、素早く耳に取り付いてある小型の通信機らしき物の電源を入れ、誰かに交信をしている。
「こちらG−3。こちらの進行状況を報告します。例のポケモン一匹捕獲に成功。それに加えエレキブル一匹、エレブー三匹の計四匹分の電力の充電完了。この五匹を後にトバリ本部に転送致します。只今、臨時転送装置による手続きの作業を進めております。今暫くお待ちください。交信、終わります」
やっぱり、そのエレブー達が貯めた分の電気を盗もうとしているんだ。それであのおかっぱも電気タイプのポケモンを所持してたのか。例のポケモン。それは言わずとも分かっている。マーズはプツンと通信機の電源を切り終えると、イーブイが入っているショーケースに体を向ける。
「あんたもよく此処まで逃げ切ったもんだね。私が幹部昇進してからこんなにも手古ずらせたのはあんたが初めてよ。けど、あんたのお陰で二つ感謝しているわ。一つ、今までのつまんなかった仕事をやってきたストレスを発散出来た事。今までは遺跡や神殿みたいな『動かないモノ』を追ってばかりの仕事だったの。それであんたを追うっていう仕事が入った時、ワクワクしたの。やっぱ、『動くモノ』を追うってのは鬼ごっこみたいで楽しかったの。こういう肉体を使う仕事を作らせてくれてホントにありがとう」
イーブイは最後の「ありがとう」を聞いた途端、暗い表情を浮かべる。そりゃそーだ。あんなの感謝として受取りたくないはずだ。なにがワクワクだ。追われる気持ちを考えないでよくもあんなことを口にして。
「一生懸命走りまくって、流石に此処までは追いつきはしないだろう、と思ったんでしょ。ところが残念。あんたが走った方向はまさかの発電所。そう、ここよ。あんたが逃げている間、此処では私達の別チ―ムが占拠してたの。折角息が荒くなるほど頑張って走ったのにまた捕まった、骨折損の何とやらね。そして、これがもう一つの感謝。あんたのその失敗は無駄にはならなかった。なぜなら、そのお陰で作戦が飛躍的に進んで、ボスからの私の株を上げてくれたから。以前は怒られてば―っかだったの。ホーントに、ありがとう」
アイツ! もう我慢ならん、ブッとばしてやる。
殴り込みに行こうと足を動かす直前に、マーズの次の一言で熱が一気に冷める。
「聞けばあんた、見た目によらず……すっごい強いって噂があるんだけど、それ本当なの?」
『強い』。
あ、また。また、ソウルが言った様なまた信じられない一言。僕は思った。自分がどう否定しようがもうこの時点で、イーブイの真実がハッキリとしてきたのだ。ショックを受けた僕に構わず、マーズは更に喋り続ける。
「私からすれば、極々普通のイーブイにしか見えないんだけどね。でも、あんたと私がこう顔を合わせるのもこれが初めてでもない事もある。結構前からだったわよね。去年の、四月くらいかしら。こんなにも長く追い続けるモノだもの、意味なんてあるのかしら。ボスは何をお考えになっているのやら」
あのイーブイはとんでもなかった。あんなに小さい体をして、一年以上も及んで『ヤツら』に逃げ続けていたなんて。こんな得体の知れない奴を助ける事が出来るのか。さっきまで燃えていた闘志の炎がだんだんと消え失せてしまう。
「や〜い、オマエ。その子に手ぇ出すな〜! 近づいたらただじゃすまね〜ぞ〜。聞いてんのか〜、ウチュージン〜!」
あのおかっぱ同様、少女はまた可愛らしくない口調でマーズに警告する。
「たくっ、うるさいガキだねぇ。そっちこそ私の話を聞いてんの。それに私は宇宙人じゃない。歴とした人間よ。そもそも、あんたは今どういう状況に巻き込まれているか分かってんの。把握出来てんの。恨みたければ、あんたのパパを恨みなさい。パパがこんな
人気のない風通しのいい草原の上で発電所を建てた事にね。クックック、アーッハッハハハ」
「いい加減にしやがれ!!」
いつの間にか僕は部屋に入って『ヤツら』に囲まれる様な配置で立っていた。部屋は水を打った様に何一つ物音がしなかった。大声を出した張本人である僕は立ち眩みしそうだったが、怒りが断然大きくて気に留めず、マーズを睨み付ける。暫くしてマーズが口を切り、ややデカイ彼女の声が緊迫した空気を解きほぐす。
「あんた誰」
その質問には迷いもなく答える。
「それはこっちの台詞だ。お前達、此処の従業員じゃないよね。あぁ分かってる。今までの話の内容を一部始終聞かせてもらったからな。このままあっさりトンズラできると思ったら大間違いだ! そんなお前達に宣言してやる。オイ、ここにいる変な服を着たおかっぱ宇宙人等。勿論お前も含む。聞け! このハクト、今からお前達のクズな考えをした頭を人数分全て矯正する。この言葉に対して、気に入らないなら戦うがいい。怖気づくなら逃げるがいい。それでも僕は一人逃さず警察へ突き出してやるからな。覚悟しやがれぇ!!」
僕は眉間に思いっきりしわを寄せ、再び大声を上げる。部屋はまた水を打った様に静まり返る。調子に乗ってついこんな暴言を吐いてしまった。果たして『ヤツら』の反応は。
パチンッ。
それはマーズが指を鳴らした音だった。気づいたら地面に十何の影が浮かび上がる。上を向けばスカンプーやズバットなどのポケモンがいた。明らかに彼等は僕を襲いかかろうとしている。僕の目にはまるで時間が止まっている様に見えた。
だけど、いい加減こっちもアイツを出すとするか。結構危ないからね。ヤバイヤバイ。なのに僕は腰にあるモンスターボールを無視して、背負ったリュックを素早く下ろし、ジーッとチャックを開ける。
そしてリュックの中から、ソフトボールくらいの大きい火の玉が十数個、飛び出してきた。火の玉は全てズバット達に命中。そして僕は無傷。思わぬ事態にマーズ達は思わずリュックに凝視した。その時、リュックがモゾモゾ動く。中身は一体。
リュックの中にはなんと、セキマルが入っていた。
「ぷはぁ。涼しー空気だぜ。何十分もリュックに入ってたから、窮屈だったぜ。
おまけに酸素が少なかったから、思ったよりもすごく小さい“ひのこ”しか出来なかったよ」
セキマルはリュックから顔を出す。それから腕、上半身、足、尻の順番に出し、リュックから降りる。僕から見れば、そんなに小さい“ひのこ”には見えないとは思うんだけど。どんくらいの大きさが望みなのだろう。セキマルの事だ。どうせバスケットボールくらいの大きさに作るだろう。
「あっはっはははは」
マ―ズは突然笑い出す。
「いいねぇ。あんた、相当強いじゃない。気に入った。こんな小細工しても勝てないとは思ったけど、まさか各一匹に“ひのこ”一発で仕留めるとは、驚いたよ。堂々と自分の名を明かして、おまけに私達に挑発までして来た。こんな面白い子がいたなんて思いもしなかったわよ。いいわ、私もついでに名乗っておく。ギンガ団最高三幹部の一人、このマーズが次の対戦者として、存分に潰してやるわ!」
シュッ ボム。
それはマ―ズが自分のモンスターボールを投げた音だった。中からドーミラーが現れた。マーズの眼は、いままで見た中で最も怖い眼をしていた。かなり本気のようだ。
「セキマル、バトル・イン!」
セキマルに指示を出す。二、三歩踏み行って“ひのこ”を撒き散らす。だが、相手は“てっぺき”を使い、“ひのこ”の威力を減らす。ドーミラーは素早く“ジャイロボール”を数個放つ。三発は回避。だが残りは窓ガラスを破壊。鋭利に尖った破片で攻撃かと思ったが、違う。ドーミラーとマーズは割れて穴が開いた窓から外に出た。反射的に僕もそこから外に出る。むわぁっとした暑い空気が体を包む。ギラギラする陽光を浴びながらマーズを追う。するとマーズはこちらに体を反転する。僕とマーズの間合いには、お互いのポケモンを暴れさせるのに丁度良いステージと化した。
「“
あまごい”!」
マーズから指示を受けたドーミラーは踊るかの様にくるくる回る。すると快晴だった空が急に曇り出し、シンシンと雨が降り始めた。これでドーミラーが受ける炎攻撃のダメ―ジは、(多分)特性「たいねつ」・技“てっぺき”と“
あまごい”の三重による防御で大幅に下げられてしまった。これはかなり長いバトルになりそうだ。