第二十四話 猛特訓! ガラガラどうじょう!
「起きろおおお!! 朝だぞおおお!!」
部屋で寝ているソウイチ達の耳にドゴームの声が鳴り響く。
遠征の間はこの目覚ましを聞いていなかっただけに、久しぶりに聞くと新鮮でいつもより頭がくらくらするような気がする。
一大イベントの遠征が終わり再び日常に戻るというのは、どこかほっとしたようで寂しくもあった。
朝礼の後、ソウイチはモリゾー達三人を呼び大事な話があるとギルドの外へと行く。
今回ソウマ達とシリウス達は別の依頼があり、久しぶりに四人だけの活動となる。
「どうしたの? 大事な話って」
いつになく真剣な表情のソウイチに、三人はどうしたものかと不安になる。
だが、その口から飛び出た言葉を聞いて彼らの思考回路は一瞬停止する。
「……突然だが、特訓をやろうと思う」
「……はい?」
耳を疑うのも当然である。
ソウイチからそんな言葉が聞けるとは誰も思っていなかったからだ。
「今回の遠征に行って分かったんだ。確かにオレ達はギルドに入門したころより強くはなってる。でもそれだけじゃまだ足りねえんだ」
ソウイチらしくない真面目な話だが、三人はしっかりと彼の話に耳を傾ける。
彼は遠征の最中や、グラードンとの戦いで感じたことを三人に話す。
「オレはまだ弱い、それが分かったんだ。だから、今のうちに力をつけてアニキみたいに強くなる。そう決めたんだ」
リーダーになっても自分で仲間を守れなくては意味がない。
ケンカやトラブルを起こすこともあるが、それは仲間がいてこそできること。
その仲間を守るために力をつけたいという彼の決意は固かった。
「だったら、オイラ達もソウイチに負けないぐらい頑張らなきゃね!」
「もっともっと努力して強くなる。そして立派な探検隊になるんだ!」
モリゾーとゴロスケも自分の力不足を痛感していた。
いつまでもソウイチとソウヤのサポートに回るだけではいけない。
自分達も最前線に立てるよう頑張らなければと、ソウイチの言葉を聞き思いを強くする。
「ソウイチにしてはずいぶんまともなこと言うじゃない? 特訓、僕も付き合うよ」
今回ばかりはソウヤもソウイチに賛同する。
不利な相手でも立ち向かうための技の使い方や作戦を考えるのはとても大事だ。
それを磨く為にも、特訓はいい機会かもしれないと彼は思った。
今回の遠征は、四人にとっての課題や将来の強い目標を再確認させるいい出来事になったようだ。
「それで、特訓ってどういう特訓をするの?」
ソウイチから話を持ち掛けたからには具体的な考えがあると三人は思っていた。
ところがソウイチはモリゾーに聞かれた途端表情が固まり、そこから唸って考え込み始める。
モリゾーとゴロスケは疑問符を浮かべ、ソウヤは頭の中に嫌な想像が浮かび始めた。
数分後、ソウイチから出た言葉に三人は呆れ果てる。
「……何すればいいんだ?」
「……前言撤回! やるって決める前にそういう大事なこと考えてよ!」
特訓すると決めたはいいものの内容については全く考えが及んでいなかったソウイチ。
強くなりたいという思いは事実だが、そのための方法が分からなければどうしようもない。
ソウヤはため息をつくとソウイチを睨む。
モリゾーとゴロスケは落胆し額に手を当てた。
「しょ、しょうがねえだろ! とにかく今日から特訓だ!」
リーダーとしての自覚が芽生えたのかそうでないのか。
ソウイチは三人を置いて先に階段を下りはじめ、彼らも慌てて後を追いかける。
トレジャータウンに行けば何か特訓のアイディアが浮かぶかもしれないと、ソウイチは町の住民に片っ端から声をかける。
その中で彼らは中央広場にいるヤルキモノから、ガラガラどうじょうという場所の話を聞く。
彼によるとそこは探検隊としての腕を磨くための場所なのだが、なぜか利用者が全くおらず一度は閉鎖されていた。
それが今回施設を改良し道場を再開する運びになったという。
ヤルキモノはガラガラに頼まれ道場の宣伝をしているというわけだ。
「お前達も探検隊なら、道場で鍛えてみたらどうだ?」
願ってもいない絶好の機会だった。
道場というからには強くなるための特訓ができるはず。
四人は早速道場へと向かった。
道場ではガラガラが建物の整備をしているが、夢中になっているのか四人に気付かない。
「たのもおおお!!」
道場といえばこれだろうと、ソウイチは大声を張り上げる。
これにはさすがにガラガラも気付き、道具をその場に放り出すと慌てて四人の元へ飛んできた。
「きゃ……客だ……。ついに客が来ただあああ!!」
ガッツポーズをし喜びのあまり絶叫するガラガラ。
彼によると、また復活したはいいものの全く客が来なくひどく落ち込んでいたそうだ。
おまけに道場に来たのはソウイチ達が初めてで、あまりの嬉しさに感極まったという。
ガラガラは四人を喜び勇んで中へ案内するが、これほどまで人が来ない道場で特訓できるのかソウイチ達には一抹の不安が残る。
中には十の入り口があり、それぞれ入口の上には札がかけられていた。
部屋はポケモンのタイプごとで区別されており好きな部屋を選ぶことができる。
「ちょっと注意したいのは、普通のダンジョンと違って入るとトレジャーバッグの中の道具が全部無くなっちゃうだよ」
「ええ! 全部!?」
入ると道具が消えるということは、空腹や技の回復に備えあらかじめ万全の準備をすることができないということ。
もちろんガルーラの倉庫に預けておけば消える心配はない。
中で集めた道具やお金は倒れても消えることはないというが、さすがに道具を何も持たず中へ踏み込むのは無謀にも思えた。
リスクがあるのかないのか、線引きとしては微妙なところ。
「でも考えてみろよ。道具に頼らないってことは、一人一人の強さが余計大事になるってことだろ?」
ソウイチの言う事はもっともだった。
道具があれば確かにダンジョンを攻略するには心強いだろう。
空腹も好きな時に満たせ、技や体力の回復も敵に遭遇する前に行える。
だが、仮にダンジョンで倒されてしまいギルドに戻ることもできず、そこを抜けるまで道具の補充が行えないとしたらどうだろう。
今のままでは自分達が誰かの救助を待つ羽目になるやもしれない。
シリウス達やソウマ達も、ずっと四人のそばにいるとは限らないのだ。
だからこそ、一人一人が難局を乗り越えられるだけの力をつける必要がある。
「やってみようぜ。今のオレ達の実力がどこまで通用するのか」
限界ぎりぎりまで力を尽くし、それでも壁を乗り越えられなかった時に見えてくるものがある。
ソウイチの力強い言葉と表情に、最初は戸惑っていたモリゾー達も決意を固めた。
最初は道場がどれぐらいのものなのかという視察も兼ね、ノーマル・ひこうの間に挑戦することに。
道場で相手をするポケモン達は皆ボランティアで野生のポケモンのように凶暴ではない。
それでも探検家た達を鍛えるため常に本気で相手をするようガラガラから言われており、気を抜くことは許されなかった。
しかし、ポケモン達を相手にしソウイチ達は拍子抜けする。
地下五階まであるうちの地下一階、二階にいるムクバードとドードーは通常攻撃を浴びせるだけでいとも簡単に倒れてしまったのだ。
四人は、レベルがあまりにも低すぎるせいで道場を訪れる人が皆無だったのではないかと考え始める。
特にソウイチはいつものように調子に乗ってしまい、この先もきっとこれぐらいのレベルだと高をくくっていた。
もちろんそれは大きな間違い。
地下三階に入った途端敵の強さは自分達とほぼ互角になり、モリゾーに至ってはくさタイプの技で相手にダメージを与えられなくなっていた。
「最初は小手調べだったってことか……! でもこの方が腕試しにはなるよ!」
ソウヤの言う通り、弱い敵をたくさん倒してもそれほど実力は上がらない。
自分達と同等か、それより強い敵を相手にして倒し方や技の使い方を学ぶことで自分を磨くことができる。
いよいよ特訓が始まったという実感が湧き、四人は気を引き締め敵を倒していく。
落ちている道具は非常時に備え全て集め、お金の方も余すことなく拾っていった。
オレンなどの木の実やタネ類は充実していたが、技を使う上で重要なPPマックスはどうしても見つけられない。
技が使えなくなればその時点でおしまいだと四人は慎重になる。
三階の時点では相手が強くなったとはいえそれほど技を使うことはなく先へ進むことができた。
ところが四階に突入すると、敵の強さはますます上昇。
複数回技を当てるのはもちろんの事、四人で力を合わせて二人から三人を相手にするのがやっと。
「モリゾー、ゴロスケ。大丈夫か?」
「こ、これぐらいで弱音吐いてられないよ……!」
「頑張って強くならなきゃ……!」
疲れが見え始めた二人をソウイチは心配するが、彼らのやる気はまだまだ尽きていないようだ。
技が不利でも、相手の方が強くても決してあきらめない。
もっと強くなりたい、その一心で敵に向かっていく。
ソウイチとソウヤが表だって攻撃することもあれば、モリゾーとゴロスケが先頭に立ち二人はサポートに回るなど一人一人が実力を上げられるように戦う。
それでもPPを回復できないハンデは大きく回収していたオレンやリンゴも底をつく寸前になり、力をつけることよりここを抜け出すことが最優先になってくる。
モリゾーやゴロスケだけでなく元気が取り柄のソウイチや頭脳戦を主としたソウヤも疲労の色が目立ち、彼らは特訓の厳しさを改めて知った。
その極めつけは最下層の地下五階。
単刀直入に言えば、全く歯が立たなかった。
ドードーやムクバードといえその素早さは桁違いで、技を当てようとすれば避けられ回避したと思えば背後から迫ってくる。
きりのみずうみで対決したグラードンよりも相手は強かった。
「くそお……! あと少しで抜けられるってのに……!」
「ここまで厳しいなんて思わなかった……!」
ソウイチとソウヤの息は上がっており、足取りもかなり重くなっている。
それより深刻なのはモリゾーとゴロスケで、時折目がうつろになりソウイチ達の呼びかけにも反応できないほど。
体力や空腹を回復したいが、拾った道具はすでに使い切り持ち合わせがない。
ダンジョン内だけの道具でやりくりするというのは、先の先まで見通さなければ自滅してしまう難易度の高い方法なのだ。
音を上げたくはないが、このまま限りなく敵を相手にしていては間違いなく持たない。
「みんな……逃げるぞ!!」
ソウイチは相手にかえんほうしゃを浴びせた隙にモリゾーの手を引っ張りその場から脱兎のごとく逃げ出す。
ソウヤとゴロスケは彼のらしくないセリフに唖然としたが、すぐさまその後をついて行く。
敵はなおも背後から彼らを追いかけ、時折技もお見舞いする。
こけそうになりながらも四人は必死で走り、そして命からがら全ての階層を抜け出すことができた。
気が付けば彼らは入り口の前に戻ってきており、その姿を見てガラガラは彼らを褒め称える。
「すごいだあよ! 初挑戦でクリアできるなんてオメエ達さすがだあよ!」
「クリアなんてしてねえよ……。死にかけて逃げ帰って来ただけだ」
苦い顔をしてガラガラに答えるソウイチ。
システム上ダンジョンを突破したとはいえ、あんな有様ではクリアしたなどとは口が裂けても言えない。
それを一番痛感しているのは他でもないソウイチ。
改めて自分の実力のなさを思い知る結果となった。
「オイラ達……まだまだ弱いね……」
「あんなに歯が立たないなんて……」
すっかりしょげかえるモリゾーとゴロスケ。
これほどまで実力のなさを見せつけられれば誰だって落ち込むだろう。
彼らの間に重苦しい雰囲気が漂い、ガラガラも思わず困惑する。
「でもさ……。これで当面の目標はできたんじゃない? この道場を難なく突破できるように強くなるってさ」
沈黙を破ったのはソウヤだった。
実力が足りないならつけていけばいい。
経験が足りないならもっと実戦をすればいい。
そこに目標が加われば、きっと力をつけることができるはず。
強くなる方法は存在する。
「僕達はまだまだ強いとは言えない。だけど、四人で頑張ればきっと強くなれる。そうでしょ?」
「……だな。くよくよしたってしょうがねえ。決めたからには行動あるのみだ!」
ソウヤの言葉に勇気づけられ、ソウイチもいつものように元気を取り戻す。
「ソウヤの言うとおりだよ。まだまだこれからさ!」
「立派な探検隊になるために頑張らなきゃね!」
モリゾーとゴロスケもしっかりとうなずく。
その様子を見たガラガラは満足そうな笑顔を浮かべた。
「いやあ……友情っていいものだあよ。うん、今回はおらから特別にプレゼントだ! この調子で頑張るだあよ!」
そう言ってガラガラは奥にある道具箱から何かのタネを取出しソウイチに渡す。
これはしあわせのタネといい、食べると自分の強さが上がるという。
残念ながら今回は一つしかなく人数分は用意できなかったが、ソウイチはソウヤに目くばせするとソウヤはアイアンテールでタネを見事に四等分。
「一緒に強くなろうぜ。強くなって、世界一の探検隊になるんだ!」
「おう!」
ソウイチは三人にタネを配り一緒に食べる。
なんだか少しだけ心も体も強くなったような気がした。
「よ〜し! じゃあこの調子で他の間もチャレンジしてみようぜ!」
「そうやってすぐ調子に乗らない!」
ソウヤに頭をはたかればつの悪そうな顔をするソウイチ。
それを見て三人とガラガラは笑い、しまいにはソウイチ自身も笑っていた。
彼にも、リーダーとしての自覚が少しは出てきたのかもしれない。