ポケモン不思議のダンジョン 探検隊アドバンズ物語



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第一章
第八話 いざ冒険へ! たきつぼのどうくつに隠された謎! 
「起きろおおお! 朝だぞおおお!!」

いつもと変わらぬドゴームの爆音目覚ましが響き渡り、今日もアドバンズは頭をくらくらさせながら起き上る。
大分慣れてきたとはいえ、やはりあれほどの音量を出されるとしばらくは頭痛がして仕方がない。
それに対する防衛機制が働くのか、ドゴームの声が聞こえ始めた瞬間、少しでも苦痛を軽減させるため耳を押さえる癖がついてしまったほど。
そして三人は普段通りに動こうとするのだが、今日はいつもと何かが違う。
いつもはそこらじゅうに響き渡っているソウイチのいびきが聞こえてこないのだ。
今日に限って、彼はなぜかいつになくすがすがしい顔で目覚めていた。

「どうしたの? 今日に限って珍しい……」

三人は珍しがると同時に、妙な胸騒ぎがした。
普段と違うことが起こると多少は不安を感じるものだが、今回は定刻通りソウイチが起きたことでそれが一層掻き立てられる。
当の本人はいいことがありそうな気がすると気分上々なのだが、そのテンションがなおさら不幸を呼ぶような気がしてならない。
どこか調子が狂うと三人は思っていたが、もちろん声に出すとソウイチの機嫌が悪くなるのでそんなことはしなかった。
いつものように朝礼を済ませ皆が解散しようとすると、ペラップが重大な話があると全員を呼び止める。
その内容とは、北東にあるキザキのもりで時が止まってしまったというのだ。
風、雲、葉についた水滴などすべてのものが静止しており、時間そのものが停止してしまったという。
これには誰もが不安を隠せずにいたが、一体なぜ時間自体が止まるという異常事態が発生したのだろう。

「キザキのもりの時がなぜ止まったのか……。それは、キザキのもりにあるときのはぐるまが、何者かによって盗まれたからだ」

思わず伏し目がちになってしまうペラップ。
その場にいた誰もが言葉を失い、事の重大さを悟った。
直後、ときのはぐるまに関しての意見が飛び交い騒がしくなる。

「ちょっとソウイチ! いいことがあるとか言って、結局開口一番で悪いニュースを聞いちゃったじゃないか!」

ソウヤは一人浮かれ気分でいたソウイチを軽蔑のまなざしで見る。
モリゾーとゴロスケも、普段と違うことをするからだと言いたげな表情だ。

「な、なんだよ!! 全部オレのせいかよ!?」

せっかくのすがすがしい気分を物の数分でぶち壊しにされ、ソウイチの顔は熱せられたやかんのように赤く染まる。
しまいには犯人を見つけ出して殴り飛ばしてやるなど、暴走のスイッチが入りかけたものの、ペラップが必死に大声を上げて一同を鎮めた。
あたりは水を打ったようになり、それを見計らってペラップは再び話し始める。
この一件を受け、すでにジバコイルが調査に乗り出し犯人を捜索中とのこと。
盗むことなど考えられなかったときのはぐるまが盗まれた以上一つだけでは済まない可能性があり、不審者を見かけたり何か気づいたことがあればすぐ報告するよう念を押され、彼らはそれぞれの仕事へと出かけていく。

「アニキ達が聞いたら、どんな反応するんだろうな……」

「ものすごくショックを受けるんじゃないかな……。ときのはぐるまが盗まれるなんて今までなかったのに……」

ソウマ達が帰ってくるのは明日の夕方ごろ、出先や帰る途中でこのニュースを耳にするかもしれない。
その時の顔を想像するだけで、四人の表情は自然と暗くなる。
だが、四人のその暗い気持ちを吹き飛ばす最高の出来事が待っていたのだ。
なんとペラップから直々に探検隊らしい仕事を任せてもらえることになった。
一番やりたかった仕事だったので、もちろんモリゾーとゴロスケは飛び上がって喜んだ。
地図を出すようペラップに言われソウイチはバッグの中をあさってみるが、地図は一向に見つかる気配がない。
焦ってかばんの中身をすべて出そうとする彼を慌ててソウヤは止め、バッグの脇についている小さなポケットから地図を取り出す。

「ありゃりゃ、そこにあったのか……」

「普段使うものなんだからちゃんと覚えてよ!」

ここまで物覚えの悪いリーダーが果たしているだろうか。
ソウヤ達はソウイチを睨みつけながらもすっかり呆れかえっていた。
ソウイチはそっぽを向いて頬を膨らませているが、そんなことはお構いなしにペラップは調査場所を伝える。
ペラップが指したのは滝の絵が描かれている場所、一見普通の滝に見えるが、この滝には何か秘密があるのではないかという情報が入り彼らに調査してほしいとのこと。
秘密という言葉にソウイチとソウヤも興味をそそられ、彼らのやる気はすっかり満タンだ。

「よし! では、調査の方はしっかり頼んだぞ!」

いつもならここでおうと応える四人だが、なぜかモリゾーとゴロスケの反応がない。
ソウイチとソウヤが横目で見ると、なぜか二人は震えており目には涙を浮かべていたのだ。
泣くようなことなどなかったはずなのに、ソウイチとソウヤはおろかペラップすら動揺していた。

「……うん、大丈夫。武者震いだよ。オイラ、初めて探検隊の仕事ができるから感動して……」

「だってようやくだよ? ようやく僕らがやりたかった仕事ができるんだ!」

どうやら二人とも感動のあまり涙していただけのようだ。
そこまで感動するものなのかとソウイチとソウヤは頭に疑問符を浮かべていたが、二人の探検に対する熱意を考えると考えられなくはないこと。
頑張ろうとモリゾーとゴロスケに手を握られながらも、まだこのテンションについて行くことはできない二人であった。
トレジャータウンでお金や道具の準備を整え、四人は早速滝に向かって出発。
地図上では指で測れる距離でも、実際に歩くとなるとその距離は途方もない。
数時間かけて歩き、ようやく彼らは目的地に到着した。
目の前の滝は話声が聞こえないほどの速さで大量の水が流れ落ちている。
現実世界で例えるところのナイアガラの滝と言ったところだろうか。
あまりの巨大さに四人は滝を目で追っていくが、その頂上ははるか上にあるのか霧がかかったように見えない。
誰もがただただ滝のすごさに圧倒されていた。
すると、興味本位でゴロスケが滝に近づいて行く。
気を付けるようにソウイチは注意したが、聞こえなかったのかゴロスケは滝に触ってしまい弾き飛ばされてしまった。
狙ったようにソウヤめがけて飛んで行き、二人はぶつけたところを痛そうにさする。
ソウイチとモリゾーの心配をよそに、ゴロスケは水の勢いがすごいことを興奮気味に伝えた。
水に触れないぎりぎりの場所で立ってみると、位置エネルギーを味方につけた水の力が耳と肌を通して伝わってくる。

「うはあ、こりゃすげえなあ……」

「本当、今にも吹っ飛びそうだよ……」

三人は口々に率直な感想を述べる。
そしてよせばいいものを、ソウイチは好奇心から水に触れ他の三人を巻き込みながら吹き飛ばされてしまう。
この滝に打たれれば体がバラバラになってしまいそうだと、四人はすっかり怖気づいてしまった。
周辺にあるものと言えば断崖絶壁とこの滝だけ、どこから調査に手を付けていいのか四人は途方に暮れる。
そのとき、ソウイチの目に映る景色がゆがみ始めた。
頭痛とふらつきも伴っていることから、恐らくルリリの時にも発生した例のめまいだろう。
今回脳裏に映し出された映像は、一人のポケモンが滝の中に突っ込み、その先は洞窟へ通じているというものだった。

(また、また何か見えた……。今のはいったい……)

ソウイチが呆然としていると、心配になったのかモリゾーが声をかける。
早速今見えたことを三人に話すと、彼らは目が飛び出さんばかりに驚いた。

「う〜ん……。でもなあ……。滝の勢いはこんなにもすごいし、もし滝の裏側になんにもなくてただの壁だったら……」

そこまで口にするとモリゾー達は口をつぐむ。
恐らく壁に激突しそのまま滝に押し流されてしまう光景を想像したのだろう。

「今更不安がったってしょうがねえだろ? それに、やってみなけりゃわかんねえしよ。ここであーだこーだ言ってたって先には進めねえ」

あくまでもソウイチは自分の見た光景を信じるようだ。
ソウヤに大丈夫かと聞かれても自信に満ちた表情が変わることはなかった。

「オイラは、ソウイチのことを信じる! 一か八かやってみようよ!」

黙っていたモリゾーもソウイチの言葉に動かされ彼を信じてみる気になったようだ。
ソウイチと同じく、彼の表情にも迷いは一切なかった。
それに触発され、ゴロスケもソウヤもやるしかないとソウイチの自信にかけてみることに。
助走をつけるために一度滝から離れ体勢を整える。
決心したとはいえさすがに怖いのか、モリゾーとゴロスケは小刻みに体を震わせていた。

「今更びびってもしょうがねえよ。腹くくるときはくくらねえと」

「とにかく、こうなったら行くしかないよ。行くなら、思いっきり行かなきゃ!」

二人を元気づけるべくソウイチとソウヤは肩を叩く。
二人の表情と滝を交互に見比べてるうちに、モリゾーとゴロスケの震えは止まっていた。

「うん……! 怖がっちゃだめだ……! 中途半端に突っ込んだらどのみち大けがをする……!」

「行くなら思いっきり行かないと……。勇気を、勇気をふりしぼるんだ!」

二人は自分に言い聞かせるように何度もつぶやいた。
カウントダウンを始め、ソウイチの合図とともに四人は一斉に滝へと突っ込んで行く。
滝を抜けている間のわずか数秒の事が、彼らには何倍も長く感じられた。
四人は壁にぶつかることなく滝を潜り抜けその先にある地面に着地。
ただソウイチだけは失敗し、そのまま転がって岩にぶつかってしまった。
鼻をさするソウイチはそっちのけで、ソウヤ達は新たに出現した空間に見とれている。
ソウイチの言ったとおり、滝の裏側には洞窟への入り口があったのだ。

「やったあ! やっぱりソウイチは正しかったんだ!」

モリゾーとゴロスケは手を取り合って無邪気に喜んでいる。
痛みと誇らしさで複雑な表情をしながらも、ソウイチは嬉しそうだ。
この先に何が待っているのか、考えただけでも待ちきれないのかモリゾーとゴロスケは洞窟の奥に向かって駆け出した。
それを見てソウイチとソウヤも慌てて後を追いかける。
洞窟の中は滝の裏側ということもあってか水たまりがいたるところにあり、中には湧き水が出ている場所もあった。

「はあ〜、いい気持ちだぜ〜……」

滝の中を潜ってきたにもかかわらず水たまりに浸かって癒されているソウイチ。
今回はソウヤだけでなくモリゾーとゴロスケもソウイチのマイペースさに腹を立て早く出るよう怒鳴る。
名残惜しそうに水から出ようとするソウイチだったが、その意思とは裏腹に再び水中へ逆戻り。
どこから出てきたのかアメタマがみずでっぽうを撃ってきたのだ。

「やろお……! やりやがったな!!」

反撃するべくソウイチはたいあたりしようとしたが、それよりわずかに早くソウヤの放った十万ボルトがアメタマを直撃。
効果抜群の技を受け抵抗する暇もなくアメタマは倒れた。
横取りするなとソウイチはソウヤに食って掛かるが、誰が倒しても倒せればそれでいいとあっけなく受け流されてしまう。
筋が通っているとはいえ、攻撃された相手を他のメンバーに倒されたのがソウイチにはどうにも我慢できなかった。
そして落ちている道具を拾いつつ先へ先へと進んでいると今度はドジョッチが襲い掛かる。

「よ〜し! 今度も決めてやる!」

アメタマで勢いづいたソウヤは今度も自分が倒そうと間合いを詰めていく。
しかしソウイチはドジョッチを見て頭に引っかかるものがあった。
ドジョッチはみず以外にもう一つタイプを持っていたはずなのだがそれが思い出せない。
考えを巡らせている間にソウヤは十万ボルトを放ったが、ドジョッチはダメージを受けていないのか平然としている。
みずタイプにもかかわらずでんき技が効かないことにソウヤは呆然としていた。

「ドジョッチはみず以外にじめんタイプも持ってるんだよ!」

ゴロスケが後ろで叫ぶ。
それを聞いてソウイチも何が引っ掛かっていたのか理解する。

「でんきタイプのお前になんか負けるもんか!」

ドジョッチは尾ひれで近くの泥をソウヤに向かってすくい投げる。
ソウヤはよけることができず真正面から泥をかぶり全身泥だらけ。
どろかけで目が見えないのをいいことに、ドジョッチはたいあたりで突っ込んでくる。
モリゾーとゴロスケが叫ぶも互いの距離はあとわずか、よけられない。

「おらああああ!!」

間一髪のところでソウイチはたいあたりでドジョッチを吹き飛ばす。
ドジョッチはそのまま壁にぶつかるかと思ったが、近くの水場に着水し体勢を立て直した。
しかしモリゾーが間髪をいれずタネマシンガンをお見舞いし、みずとじめんの四倍効果にドジョッチはひとたまりもなく倒れてしまう。

「ふう〜、危なかった〜……」

モリゾーとゴロスケはほっとため息をつく。
ソウヤも気が抜けたようにその場へ座り込んでしまった。

「ぼけっとすんなよ。敵はいつ攻撃してくるかわかんねえんだぞ?」

「ごめん……。それと、ありがとう……、ソウイチ」

今回は敵の情報が不足していたとはいえ、どろかけを避けられなかったのは自分の責任。
ソウヤは素直に謝ると、照れくさそうにソウイチに礼を言う。
気にするなと、ソウイチは親指を上に向けにやっと笑って見せた。
そこから四人は勢いづき、出てくる敵を連係プレーでものともせず先へと進んでいく。
このまま一気に終点まで到達できるかと思われたが、あと少しというところで回復系の道具が底をついてしまった。
おまけに四人はドジョッチとアメタマの軍団に囲まれておりその場から逃げることもできない。
モリゾーのタネマシンガンはすでにPP切れ、ソウヤのでんき技もアメタマにしか効果がなく対抗できる手段と言えばノーマル技しかない。

「このままじゃまずいよ! どうするの!?」

「ちょっと今考えてるから黙ってろ!!」

慌てるモリゾーを怒鳴りつけるソウイチ。
最善策を考えてはいるものの、焦りといらいらで思うように考えがまとまらない。

「そもそもソウイチがちゃんと道具の残量確認しないから!」

「なんだよ? オレが悪いってのか!?」

いらいらが伝染したのかやり場のない怒りをソウイチにぶつけるゴロスケ。
ソウイチもソウイチでゴロスケをにらみつけ二人の間には険悪な空気が漂う。

「二人ともけんかしてる場合じゃないでしょ!!」

ソウヤは間に割って入り二人を引き離す。
今は責任の話よりも敵を倒すことが先決。
だが敵は二人が仲間割れしている間に態勢を整え集団で襲い掛かってきた。
万事休すと思われた矢先、突然モリゾーはバッグから青い玉を取出し頭上に掲げる。
辺り一面をまばゆい光が包んだかと思えば、襲い掛かってきた敵の姿はその場から消えていた。

「お、お前一体何やったんだ……? 超能力か?」

「エスパータイプでもないのにできるわけないでしょ……。これだよこれ」

ソウイチの斜め上の発想に呆れつつ、モリゾーはさっきの玉を三人に見せる。
玉はひびが入っており真ん中に穴が開いていた。
はらいのけだまといい、敵ポケモンを他の場所にワープさせることができるという、

「それがあるなら早く言ってよ〜……。やられるかと思ったじゃないか!」

ソウヤはため息をつきながらモリゾーを責める。
モリゾーは持ってきていたことすら忘れており、頭をかきながら謝った。
ひとまず危機は脱したとソウイチがソウヤ達の後ろを見ると、玉の効果が及んでいなかったのかドジョッチがまだ一匹残っていたのだ。

「お、お前ら! 後ろ後ろ!!」

ソウイチの叫び声で三人は振り返り驚いて後ずさりするが、当のドジョッチは一向に襲ってくる気配がない。
四人が首をかしげていると、ドジョッチは恐る恐る四人に近づき衝撃の一言を発した。
なんと、自分をアドバンズの仲間に加えてほしいというのだ。
ダンジョンで仲間ができる経験は四人とも初めてでドジョッチの言葉には目を丸くして驚いた。
そして、今朝ギルドを出発する前チリーンに友情のベルを鳴らしてもらったことを思い出す。
このベルは運が良ければダンジョンのポケモンが仲間になる効果があるのだ。

「ああ、いいぜ! 仲間は多いほうがいいしさ!」

もちろん断る理由など何一つなくソウイチは快くうなずく。
ソウヤ達も新しい仲間ができるとあって喜んでいた。

「あ、ありがとうございます! 僕、ドジョッチのローチといいます。どうぞよろしくお願いします!」

四人はローチと握手を交わし、五人で洞窟の奥へと進んでいく。
その後は落ちている道具に助けられたり敵の出現が少なかったりと、目立ったトラブルにさいなまれることなく順調に奥へと進み、ようやく最深部へ到達。
そこには手のひらほどあるエメラルドやルビー、ダイヤモンドなどの宝石で光り輝いていた。
五人ともそのきらびやかさに大興奮し、落ちている物を手に取って眺めたり数個ほどバッグに入れたりとご満悦。
部屋にある宝石をすべて換金すれば世界一の大富豪にでもなれそうなほど。

「あ、見て! あそこに大きな宝石があるよ!」

ゴロスケが指さす先には、周りにある宝石の何百倍も大きいルビーがあった。
今まで見た宝石が石ころに見えるほどの大きさに五人は大興奮。

「でも、よくこんな大きな宝石ができあがったよね……。普通じゃ考えられない大きさだよ……」

人間の世界でこれほどまで大きなルビーは存在しない。
ソウヤもただただ目を見張り、このルビーができた家庭に思いを巡らせている。

「これを持って帰ったらみんなびっくりするよ!」

モリゾーは早速ルビーを引き抜こうとしたが、いくら引っ張ってもぬける気配が全くない。
上から見ただけでは判断できないが、ルビーの先端部分がよほど深く刺さっているのだろう。
しまいには疲れてしまいモリゾーはゴロスケにバトンタッチするが、彼もまたルビーを引き抜くことはできなかった。

「はあ……、はあ……。相当硬いよこれ……」

すっかり息を切らせその場に座り込むゴロスケ。
最も、ゴロスケは二足歩行ではないのでルビーを引き抜くにはモリゾー以上の力が必要。
短時間で疲れてしまうのも無理はない。

「ったく、しょうがねえなあ……。オレが引っこ抜いてやるよ」

二人よりは引き抜ける自信があったソウイチだが、上や斜めに引っ張ってもびくともしない。
あきらめずに全身全霊の力を込めて引っ張るが、汗で手が滑り勢いよくひっくり返って頭を打ってしまった。

「いててて……。くそお、なんでこんなに硬いんだよ!」

ソウイチはぶつけたところをさすりルビーを蹴飛ばした。
彼でも無理だったことで四人の間にはすっかりあきらめムードが漂う。
ローチは手がないのでもちろん引き抜くことはできないが、ソウヤは三人やってだめなのだからこれ以上やっても変わらないと引き抜く気はないようだ。

「次こそはいけるかもしれねえじゃねえか。あきらめたらそこで終わりだろ」

「でも、これだけやったのに無理だよ」

再び挑戦しようとするソウイチに対し、ソウヤはすっかりあきらめきっていた。
しかしモリゾーはソウイチの言葉を聞いて、あきらめたら何事もそこから進めないと再びチャレンジする。
さっきよりも力を込め、顔を真っ赤にして引き抜こうとするが相変わらずルビーは抜けない。
一人でだめなら複数でとソウイチも加勢しようとしたが、突然目の前の視界が揺らぎ始める。
例によってあのめまいが始まったのだ。
今度脳裏に映し出された映像は、滝に飛び込んだポケモンがルビーを前に倒すと右から一斉に水が押し寄せ流されていくというもの。

(い、今のは……)

水が迫ってくる迫力のある映像にしばしソウイチは身動きが取れなかった。
その一方で、モリゾーは汗だくになりながらルビーと格闘していたものの、疲れ果てて乱れた息をしている。
ルビーに手をついて休もうとすると、今の今まで動く気配のなかったルビーが前斜めへと倒れたではないか。

「ああああ!! そ、それ……!!」

「え? オイラ何かした?」

慌てふためくソウイチに対しモリゾー達はきょとんとしている。
時すでに遅し、地鳴りのような不気味な音が洞窟に響き始めた。
ソウイチ以外の四人は不思議がり音の正体を探っていたが、ルビーの右手を見てようやくその正体が分かったようだ。
彼らの目に映ったのは、押し寄せてくる大量の水、水、水。

「うわあああ!! 水だあああああ!!」

「逃げろおおお!!」

五人とも血相を変えて走り出したが、水が押し寄せる速さは五人の想像以上に早かった。
数メートルも走らないうちに水は体の半分を飲み込み、それから二秒も経たないうちにソウイチ達を飲み込んでしまう。
かろうじて水面に浮上することはできたが、水の流れに逆らって泳ぐこともできず流されないようにつかまる場所も見当たらない。
やがて空洞のような場所から垂直に上昇していくかと思えば、その目の前に広がったのは展望台にいるかのような見晴らしのいい眺め。
だがその景色もつかの間、噴水のように吹き上げられた五人は空高く吹き飛ばされてしまった。
意識が戻ったのは、何やら温度の高い水たまりのような場所。
そこにはトレジャータウンにいたヒメグマやリングマなどがいるではないか。
温度の高い水の正体は温泉で、ヒメグマによると、温泉でゆったりしている最中に空からソウイチ達が降ってきたと言う。
あと少し場所がずれていれば大けがをしていた可能性もあったが、運よく温泉に落ちたおかげで体は少し痛いが目立ったけがはない。

「ここの温泉は肩こりや病気に効くんで、多くのポケモンが訪れるんじゃよ」

そう言って奥から出てきたのはコータス、ここの長老だ。
彼は地図を広げるよう四人に言うと、温泉がどの位置にあるかを頭で示す。
温泉はトレジャータウンと滝の中間あたりに位置し、噴水の勢いでかなり遠くまで飛ばされてきたことが分かる。

「なんと! おぬしたちそんなところから流されてきたのか!? それは大変じゃったのう。温泉でゆっくり疲れを取ってから帰りなされ」

コータスはソウイチ達の話を聞いて岩の上から滑り落ちんばかりに驚いたが、やがて笑顔になりソウイチ達を気遣う。
五人はコータスに礼を言い、しばらくの間水で冷え疲れた体を癒すことに。

「よ〜し、温泉といえばこれをやらなきゃな」

「え? これって?」

ゴロスケが全部言い終わるか終わらないかのうちに、ソウイチはお湯をゴロスケの顔に向かって思いっきりかけた。
突然のことでびっくりしゴロスケは思わずしりもちをつく。
温泉、つまりお風呂と言えばお湯の掛け合い合戦という子供じみた発想をするソウイチ。
調子に乗ってモリゾーやソウヤにもお湯をかけるが、すぐさま反撃され自分もお湯の中に顔面から突っ込む。
時折ローチもしっぽを振って水をかけたりと、探検のことなどすっかり忘れ、しばらくの間お湯の掛け合い合戦を楽しんでいた。
他のポケモン達は彼らの様子を笑いながら見ており、コータスも若者は元気があると楽しそうだ。
そして五人は温泉を堪能した後、コータスやヒメグマ達に別れを告げギルドへ帰ると洞窟のことをペラップに報告。
宝石類は温泉へ飛ばされている途中に落としたのかバッグに入っていなかったが、ペラップはそれを抜きにしても大発見だと上機嫌。
モリゾーとゴロスケも大発見とペラップに褒められすっかり舞い上がっている。
そんな様子を見てソウヤも自然と笑顔になるが、ソウイチだけは一人腑に落ちないような顔をしていた。

(あのめまいの時見たポケモンの影……。あのシルエット、あれには見覚えがある……)

ギルドへ帰ってきてから、頭の中で黒いままとなっていたポケモンの正体がようやく分かったのだ。
ソウイチが見た映像に出てきたポケモンは、恐らくプクリン。
しかし、それならばなぜペラップは大発見などと言ったのだろうか。
プクリンがどこかへ出かけたのならばペラップもその報告を受けているはず。
単純に忘れているだけなのかもしれないが、念のため伝えておいた方がいいだろうとソウイチは全員にそのことを話した。

「えええ!? あの滝には昔プクリンが行ったことがあるんじゃないかって!?」

中でも一番驚いていたのはやはりペラップ、
どうやら忘れていたのではなく素で知らなかったようだ。

「いやいやいや! それはあり得ないよ! それだったら親方様はあそこを調べてこいなんて言わないはずだよ?」

「一応確認してみてくれよ。万が一って事もあるからさ」

ソウイチの意見を全力で否定するペラップだが、ソウイチは念のためとプクリンに確認してほしいと頼む。
これほどまで言われて拒否するわけにもいかず、ペラップはプクリンの部屋へ向かう。

(しかし、せっかくの自分の手柄だというのに変なやつだ。今更だけど、また妙なやつを弟子にしちゃったなぁ……)

ちらっと後ろを見ると、口に出てはいないが表情で察知されたのか四人とも疑惑のまなざしを向けている。
冷や汗をかくペラップだが、その場で待機しているように言うとプクリンの部屋へと入って行った。
それから数十分後、ソウイチがいらいらし始めたころにペラップは部屋から出てくる。

「それで、どうだったの?」

ゴロスケは待ちきれずにペラップに聞く。
ペラップはプクリンがしゃべったままの言葉をそのまま伝えたが、相変わらずのプクリン節で内容を理解するのに時間を要した。
言葉を要約すると、やはり以前たきつぼのどうくつに行ったことがあるとのこと。

「そっかあ……。せっかく新しい場所を発見したと思ったのに……」

「こんな事だったらプクリンも最初から言ってくれればよかったのに……」

モリゾーとゴロスケはすっかり落胆し、ついさっきまで喜んでいたのが嘘のようだ。
プクリンは妖精みたいな存在で考えていることがよく分からないから仕方ないとペラップはフォローを入れるが、それがフォローになっていないのは二人の落ち込みようからも明らか。
明日からまた頑張ってくれと言いペラップはどこかへ行ってしまったが、二人ともすぐには気持ちが切り替わらないのか暗い雰囲気のまま。
ぬか喜びから立ち直るにはショックが大きかったようで、元気を出すことができなかった。

「あ〜あ、ソウイチが余計なこと言うから……。二人ともへこんじゃったじゃないか」

「オレのせいかよ!? んなこと言われたって事実なんだからしょうがねえだろ? 今回がだめでもまた次があるさ」

ソウヤに非難されむっとするソウイチだが、モリゾーとゴロスケの肩を優しく叩き二人を励ます。
彼の前向きさが影響したのか、二人の表情にも少し明るさが戻ってきたように見えた。
その後四人は晩御飯を済ませるとおよそ一日ぶりに自分の部屋へと戻ってくる。

「モリゾー、ゴロスケ、ごめんな……。喜んでるところに水差して……オレ、余計なこと言わない方がよかったかな?」

ソウイチはソウヤに言われたことを気にしていたようですまなそうに謝った。
あのまま口をつぐんでいれば、プクリンも特に思い出すことなく大発見のまま今日が素晴らしい一日で終わっていたかもしれない、そう思えたからだ。

「ううん、ソウイチは悪くないよ。プクリンが言ってたことは事実だもの。新発見じゃなかったのは残念だけど、オイラすごく楽しかったよ!」

「僕も楽しかった! 確かにがっかりはしたよ……。でも、今回の探検はもうわくわくドキドキだったんだ。やっぱり僕、探検隊になってよかったって思うよ」

しょげかえるソウイチを見て、今度は逆に二人が彼を元気づける。
彼らの笑顔を見て、ソウイチも幾分か救われたような気がした。

「そしていつかはこのいせきのかけらの秘密を解く。それがオイラの夢なんだ」

いせきのかけらを取出して眺めながらモリゾーは言う。
もし夢がかなったら嬉しすぎて死んでしまうかもと、冗談のような本気のような言葉に対しソウイチ達も思わず笑いがこぼれる。

「でも、ありがとう。こうして探検ができるのもソウイチのおかげだもの。弱虫なオイラでも勇気がもてたのは、ソウイチがいたからだよ。本当にありがとう」

「僕もソウヤのおかげで勇気が出たんだ。パートナーを組んでくれて本当にありがとう」

モリゾーとゴロスケはソウイチ達に向き直り礼を言う。
あの時二人に出会っていなければ、モリゾーとゴロスケが変わり始めるきっかけはなかったかもしれない。
現に今、少しずつではあるが彼らもたくましくなりつつある。

「よ、よせよ! 照れるじゃねえかよ……」

「僕のおかげだなんて、そんなあ……」

二人からすればそれほど大きなことをしたつもりはなく、丁寧にお礼を言われすっかり照れて赤くなっていた。
ふと、モリゾーはソウイチに話そうと思っていたことを思い出す。
彼なりに分析してみたことだが、ソウイチのめまいが発生するときは、必ず何かに触れてから起きるのではないかということだ。
そのことに関してはソウイチも心当たりがあり、自分の意思に関係なく物に触れるとめまいが発生している。

「何かさわることで、それに関係するものが見えるのかな?」

「さあ……、オレにも詳しいことはわからねえよ」

ソウヤに聞かれて首を振るソウイチ。
今回見えたのは、過去に洞窟を訪れたプクリン。
ルリリの時に見えたものは未来に起こる出来事。
ソウイチが持っている能力は、物に触れることで過去や未来を見ることができるようだ。
昔に起こった出来事の真実や、未来に起こる出来事を予測できるということはとてもすぐれた能力なのだが、いくらソウヤ達に褒められても当のソウイチは全く実感がわかない。
それに優れているとはいえ、過去や未来を自分の意思で自由に見ることはできず、必ずしも便利とは言えないのだ。
ソウイチの力について盛り上がっていると、部屋にペラップがやってきてプクリンが呼んでいると声をかける。
夜も遅い時間にどうしたのかと、ペラップについて行きプクリンの部屋に入ると、いつ帰ってきたのかソウマ達の姿があった。
夕食で見かけなかったので、今日は帰ってこないと思い込んでいた四人は大層驚く。
お尋ね者にてこずったおかげで夕食に間に合わなかったとソウマは苦笑い。
もちろん、お尋ね者を捕まえることはできたのだが。

「まあ、細かい話は後にして、親方様の話を先に聞きなさい」

ペラップに言われプクリンが話し始めるのを待ったが、いつまでたっても一向に動く気配がない。
不安になり声をかけようとすると、彼お得意の不意打ちあいさつでその場にいた全員を面食らわせ本題に入る。
ソウイチ達を呼んだのは、近々遠征の予定がありその説明をするためだった。
もちろんソウイチ達は遠征という言葉を聞くのは初めて。
ソウマ達は以前にも経験があるのか、遠征と聞いただけで嬉しそうな表情をする。

「アニキ、遠征ってなんなの?」

「ギルドをあげて遠くまで探検に行くことさ。当然この近辺を探検するのとは全然勝手が違うから、準備も十分やっておく。そしてギルドの中から一番貢献してるメンバーを選ぶのさ」

ソウヤに聞かれ、ソウマは分かりやすくソウイチ達に説明する。
当時ドンペイは新入りで前回の遠征に参加できなかったため一層期待を膨らませていた。
通常新入りを遠征メンバーの候補に入れることはないのだが、ソウイチ達の頑張りを見てプクリンの判断により候補へ入れることになったのだ。
しかしこれでメンバーに選ばれるわけではなく、遠征の数日前までの貢献度で審査すると、目を輝かせ浮かれる四人にペラップは釘をさす。

「君たちなら大丈夫だと信じているよ! がんばってね!」

プクリンはソウイチ達を激励し、ソウイチ達もしっかりうなずいて見せる。
遠征はまだ先だが、四人ともすっかり嬉しさと興奮で満たされていた。

「お前らならきっと選ばれるさ。オレ達も応援してるからがんばれよ!」

ソウマ達も四人を励まし、彼らの志気は一層高まる。
明日からの仕事も全力投球で頑張れそうな気がした。

「ソウイチ、ソウヤ! 絶対メンバーに選ばれるようにがんばろうね!」

「ああ! もちろんだぜ!」

「いっしょにがんばろうね!」

モリゾーとゴロスケも気合十分。
ソウイチとソウヤも二人と握手を交わし、四人は頑張って行こうと天高く腕を突き上げた。

火車風 ( 2013/11/29(金) 01:31 )