第五話 ソウイチの秘められた力! ルリリ救出大作戦! 後編
マリルからルリリの救助依頼を受け、トゲトゲやまの頂上を目指しひたすら歩くアドバンズ。
見た目以上に山の標高は高く、仰げど仰げど頂上は見えない。
「しっかし高い山だな〜……。一体何メートルあるんだよ……」
「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ! こうしてる間にもルリリがひどい目に遭わされてたらどうするのさ!」
いつもならばソウイチが言うであろうセリフだが、今日は珍しくソウヤの気が立っている。
やはり、スリープを善人と思い込み事件を未然に防げなかったことへのいら立ちと後悔の念だろうか。
「んなこと言われなくても分かってるよ! 大体お前がオレを信用しなかったのが原因だろうが!」
ソウイチはむっとしてソウヤを睨み返す。
最初から自分の言うことを素直に信じていればこんなことにはならなかった。
自分のことを棚に上げて八つ当たりされるのはどうも我慢できない。
ソウヤは痛い部分を突かれそこから先は言葉を発しなかったが、ルリリを助けたい思いとスリープへの怒りがますます込み上げ、ソウイチよりも先陣を切って進んでいく。
山の中腹ぐらいに差し掛かると、今までより格段に落ちている道具の数が増えてきた。
備えあれば患いなし、急ぎながらも四人はしっかりと道具を回収していく。
「おおお! あったあ!」
「ちょ、ちょっと! びっくりするから大きな声出さないでよ!」
突然ソウイチが大声を上げたので、ゴロスケは横目で彼を睨む。
だがソウイチは意に介す様子もなく、満面の笑顔を浮かべている。
その両手には、あふれんばかりのオレンのみが抱えられていた。
よくこれだけ集めたものだと三人は感心してよいのやら呆れてよいのやら。
「へへへ。あの辺に固まって落ちてたから全部持ってきたのさ!」
ソウイチは自慢げに鼻息を出す。
しかし、固まって落ちていたという部分にソウヤは違和感を覚える。
固まって、しかも一か所に積み上げられた状態だったならばなおさら不自然だ。
たまたまだとソウイチは楽観視しているが、モリゾー達の顔からは徐々に血の気が引いて行く。
全力で回避しなければならない最悪のシナリオを想像してしまったのだが、願いもむなしく、その想像は現実のものとなった。
「見つけたぞ泥棒め! 木の実を返せ!」
そう、ソウイチが持ってきたオレンはダンジョンに生息しているポケモンが集めた食料だったのだ。
部屋からあふれ出んばかりのポケモンが四人を真っ向から睨みつけている。
それみたことかと、三人は力任せにソウイチの頭をはたいた。
ただでさえ先を急がなければならないのに、ソウイチが余計なことをしたせいでさらに時間を食うことになったのだ、手を出してしまうのも無理はない。
「どうしよう、こんなに大勢じゃ勝ち目ないよ……」
「逃げた方がいいんじゃ……」
野生ポケモンの大群に恐れをなし、モリゾーとゴロスケはすっかり弱腰。
ソウヤも、今はルリリを助けることを優先しいったん逃げようとソウイチに提案するが、彼は敵から逃げるのは負けを認めたことだと引き下がらず、全員相手になると豪語したのだ。
とても正気とは思えない発言に、三人は開いた口がふさがらなかった。
きっとソウイチのことだ、勝てる確率など自分のプライドに比べればどうでもいいのだろう。
「たった四人で勝てると思ってるのか? ずいぶんとコケにしてくれるな」
「数で勝てるほど勝負は甘くねえんだよ! 返り討ちにしてやらあ!」
鼻で笑うイシツブテに対し、ソウイチはやけに自信満々だ。
何か秘策でも用意していればいいのだが、可能性は皆無とみて問題ないだろう。
ソウヤ達も何を言っても無駄だと覚悟を決め戦闘態勢に入る。
まずはイシツブテがたいあたりで先制をかけ、ソウイチめがけてまっしぐらに突っ込んでくる。
「よ〜し。ゴロスケ、モリゾー! イシツブテは頼んだぞ!」
「ええ!?」
ソウイチが相手をすると思っていただけに、自分達へ丸投げされるとは夢にも思わなかった。
そして言い出しっぺは、呆然とする二人を尻目にイシツブテ以外の敵を倒しにかかる。
「まったく、自分から勝負を受けといて何さ……」
身勝手にもほどがあると、ソウイチの背中に冷たい視線を突き刺すモリゾー。
しかし、いつまでもソウイチのことに気を取られている暇はなかった。
ゴロスケが叫んだ時には、すでにイシツブテがたいあたりで突っ込んでくるところ。
気づくのが遅れたため、モリゾーは攻撃をもろに食らい岩壁に叩きつけられた。
でこぼこと突き出した岩が彼の体に食い込みダメージを与え、紙のように剥がれ落ちその場に倒れこむ。
「モリゾー! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫……! これぐらいまだまだだよ!」
痛みをこらえて立ち上がったモリゾーを見てゴロスケも一安心。
再びイシツブテに挑むべく目線を奴らに合わせ攻撃態勢を取る。
一方ソウヤは、四〜五人の敵に目を付けられ囲まれてしまい、全く身動きが取れなくなっていた。
見た目が倒しやすそうだという安直な理由で標的に選ばれたのだが、雑魚扱いされたとソウヤは大激怒。
「僕はそこまで弱くないぞ!!」
「それじゃあ、オレ達の攻撃に耐えられるかな?」
ニドラン♂を筆頭に敵は一斉に襲い掛かり、辺りに土煙が立ち昇る。
それが晴れれば、地面には傷だらけになったソウヤが横たわっているだろう。
敵はそう信じて疑わず、土煙の外に飛び出し今か今かとその時を待つ。
だが、その予測はあまりにも浅はかで甘すぎた。
ソウヤは多少のダメージを受けながらも平然と立っており、背筋が凍りそうな目つきで敵をにらみつけている。
電気を体に帯電させ、それで敵の攻撃を受け流していたのだ。
完全に勝ったつもりでいた敵は次に取る行動を全く考えておらず、怒りに任せて放たれたソウヤの連射十万ボルトに対抗するすべもなく次々地に伏していく。
気が付けば、ソウヤの周りは気絶したポケモンで埋め尽くされてしまっていた。
そしてソウイチの方はというと、モリゾーとゴロスケがカバーしきれなかったイシツブテ三人を相手にしていたが、オレンの実もすっかり食べつくしダメージは追加されていく一方、戦況は思わしくない。
「チイッ……! 何でよりによって不利な奴らが残るんだよ……!」
「弱ってる今のうちだだ! 一気にたたみかけるぞ!」
イシツブテ達は一斉にいわおとしを繰り出し、ソウイチを生き埋めにしようとする。
四方八方から降り注ぐ岩をよけきれず、ソウイチは力なくその場に倒れこんだ。
相性面で数をカバーできるという甘い予測は大いにはずれ、彼は悔しそうに奥歯をかみしめる。
勝負を決めるべく、イシツブテは渾身の力でソウイチに突進してきた。
やられることを覚悟したその時、自分の頭上をみずでっぽうが通過し目の前のイシツブテの動きを止める。
目の前だけでなく他のイシツブテにもみずでっぽうは噴射され、ひとまずソウイチの周辺から敵は遠ざかった。
「危ないところだったね、ソウイチ」
「まったく、自分がけんか売っておいてやられてたら世話ないよ!」
「かっこつけるのはいいけど、あんまり一人で突っ走らないでよね」
いつの間に他の敵を片付けたのか、ゴロスケを筆頭にソウヤとモリゾーが援護に駆けつけた。
彼らの助けはありがたかったものの、言い出しっぺの自分がかっこ悪いところを見せるのは忍びない。
ハンデを与えてこれから反撃するところだと、見え見えの強がりを言いながらソウイチは立ち上がる。
「くそお! みんなかかれえ!!」
このままではまずいと直感したイシツブテは、四人が動かないうちに先制しようと一塊になりたいあたりで弾き飛ばそうとする。
ソウイチは持てる力の全てを出しかえんほうしゃを吐き出した。
するとそれは、直線状から大の字へと変化していったではないか。
そう、ほのおタイプの技の中でもかえんほうしゃより強力な技、だいもんじだ。
普通ヒノアラシはだいもんじをレベルアップでは覚えないのだが、元々が人間ゆえ覚える技も特別だというのだろうか。
遅れをとるまいとソウヤもでんこうせっかで加速するが、急ぐあまりノーマル技がいわタイプにあまり効かないのを忘れていただけでなく、地面から飛び出していた石につまづき体は大きく跳ね上がる。
態勢が不安定な今、すかさず袋叩きにしようとイシツブテソウヤを待ち構えるが、目から火花が散ったのはソウヤではなくイシツブテの方だった。
イシツブテの頭上にヒットしていたのは、ソウヤから伸びる鋼鉄のしっぽ、アイアンテール。
はがねタイプの技を受けてはひとたまりもなく、イシツブテは目を回してその場にひっくり返った。
「す、すごい……」
二人の新たな技にモリゾーとゴロスケは見入っていたが、自分達も負けじと残ったイシツブテに向かっていく。
ゴロスケはみずでっぽう、モリゾーはタネマシンガンを交互に繰り出し、イシツブテに反撃する隙を与えない。
二人の連携わざとイシツブテの回避行動の応酬が続いたのち、とうとうイシツブテは白旗を上げた。
「どうだ! 恐れいったか!」
「よく言うよ。さっきまでやられる寸前だったくせに」
今にも倒れそうな状態にもかかわらず調子のいいことを言うソウイチに、すかさず突っ込みを入れるソウヤ。
ソウイチが急場を救われたのはあくまでもソウヤ達が援護に駆けつけたからであり、あのまま放っておいたらきっとやられていただろう。
ソウイチは助けてもらったことには感謝しているものの、自分がリーダーであるというプライドから格好をつけずにいられず、お礼を言わずに三人に背を向けて歩き始める。
もちろん彼の真意がソウヤ達に分かるはずもなく、自分勝手だとか少しは感謝してほしいと文句を言っていた。
四人が必死に頂上を目指している中、ルリリとスリープはすでに頂上へ到達したが、ルリリは行き止まりであることを疑問に思った。
「ねえ、スリープさん。落とし物はどこあるの?」
「ごめんな。落とし物はここにはないんだよ」
スリープの言葉の意味がルリリはすぐ理解できなかったが、妙な胸騒ぎを覚え慌てて兄であるマリルの姿を探す。
つい先ほどまでそばにいたはずの兄は姿を消しており、そばにいるのはスリープだけ。
そんなルリリを見て、スリープはにんまりと黒い笑いを浮かべ、自分がだましてルリリをここへ連れてきたことを話す。
親切だと思っていたスリープにだまされたと知りルリリは顔面蒼白、胸騒ぎは不安へと変わり、助けてくれる人がいない絶望と恐怖がじわじわと忍び寄ってくるのが分かる。
「それより、ちょっと頼みがあるんだ」
スリープの指差す方にはちょうどルリリ一人が入れるほどの小さな穴があった。
彼によると、あの穴の奥にはある盗賊団が財宝を隠したのではないかという噂があるらしく、スリープの体では大きすぎてあの中には入れないので、小さなルリリに持ってこさせようというのだ。
言うことをきけば悪いようにはしないとスリープは言うが、悪人の言うことなど到底信用できるはずもない。
「さあ行くんだ! あの中に入ってさっさと財宝を取って来い!!」
突如スリープの顔から笑いが消え、冷酷な表情でルリリを怒鳴りつける。
ルリリの恐怖は絶頂に達し、泣きながらその場から逃げ出した。
しかしスリープの方が一足早くルリリの逃げ道を塞ぎ、いらつきと怒りが現れた顔でじりじりと迫りくる。
「ちゃんと返してやるって言ってるのが分からないのか!? 言うことをきかないと痛い目に合わせるぞ!!」
「た、助けて……! 誰か助けてえええ!!」
ルリリは大声で助けを求めるが、今この場所にはスリープとルリリしかいない。
どこへ行くかなど誰にも言うはずがないので、泣こうがわめこうが助けなど来ないとスリープはたかをくくっていたが、背後からかすかに足音が聞こえてくることに気づく。
足音はだんだん大きくなり、やがて肉眼でも足音の正体を確認できるまでになった。
「まちやがれこの誘拐犯がああああ!!」
全速力で駆けてくるソウイチはスリープにたいあたりしようとしたが、スリープは無表情で左による。
結局特攻もむなしく彼はそのまま岩壁に激突してしまった。
鼻をいやというほどぶつけた痛みで、ソウイチは地面をのたうちまわる。
「バカ! 普通誰だってよけるでしょうが! すこしは考えたらどうなのさ!?」
後から追いついてきたソウヤはすかさずソウイチの頭をはたく。
一体どれほどむちゃくちゃなことをやれば気が済むのか。
コントのようなやり取りにスリープが唖然としている中、ようやくモリゾーとゴロスケも二人に追いつく。
「スリープ! もう逃がさないぞ!」
「僕達は探検隊アドバンズだ! おとなしくしろ!」
モリゾーとゴロスケは探検隊らしいセリフで、コントから復帰したソウイチ達と同様にスリープの前に立ちはだかった。
スリープは探検隊に場所を特定されたことを自覚し、このままでは捕まってしまうと顔が徐々に青ざめていくが、二人の様子を見てやつの表情は元に戻る。
不可解に思いソウイチとソウヤが二人の方を見ると、なんと携帯電話のマナーモードバイブのごとく体を震わせていた。
何しろおたずねものを相手にするのは今回が初めて、いざかっこよく啖呵を切ったはいいものの、本物を目の前にして腰が引けてしまったのだ。
「ははあ……。さてはお前たち新米だな? だからオレのことが怖いんだろ」
スリープも四人が新米だと気付いたようで、格下だと分かった途端に態度が大きくなる。
相手になめられたことに腹が立ち、ソウイチはモリゾーとゴロスケを殴りかからんばかりの勢いで怒鳴りつける。
しかし二人はますます委縮し、とても戦意と呼べるものは感じられない。
「今までいろんな探検隊に追われてきたが、こんな弱そうな探検隊は初めて見たよ!」
「なにい!?」
スリープに冷笑されソウイチの額には青筋が浮く。
挑発に乗らないよう必死でなだめるソウヤだが、腕をつかんでいなければ今にでも飛び掛って行きそうなほど。
新米であることは確かに事実だが、弱いかどうか戦う前に決めつけられるのは我慢ならない。
「確かにオレはおたずねものだよ。でも、そのおたずねものを捕まえることがお前達にできるかな?」
余裕ぶっていたスリープの目つきが瞬時に厳しいものに変わる。
それを見て四人もすぐに戦えるよう態勢を整えた。
ソウイチソウヤは気合十分、モリゾーとゴロスケも恐怖を必死に押し込め闘志を絞り出そうとしている。
しばらく両者ともにらみ合いが続くが、じれたソウイチは動く気配のないスリープにかえんほうしゃを仕掛けた。
だが、それはあえて膠着状態を作り、好戦的なソウイチに先制させることで優位に事を運ぶスリープの策略だったのだ。
スリープは手にちからを込め、ねんりきでかえんほうしゃを意図も簡単に跳ね返してしまった。
跳ね返されたかえんほうしゃはソウイチの至近距離をすり抜け、成り行きを見守り無防備だったモリゾーを襲う。
すぐにゴロスケがみずでっぽうで消化するが、こうかはばつぐんなことに変わりはなくダメージは大きい。
「よくもやりやがったな!!」
パートナーを傷つけられたことでソウイチは逆上し、だいもんじを放つべくほのおを口の中で溜め始める。
しかしスリープの方が一枚上手で、かなしばりでソウイチの体を硬直させ全く身動きを取れなくしてしまった。
だいもんじは不発に終わったうえ、自由がきかないままでは技を出すことすらできない。
「ぐううう……!」
体を締め付ける力は徐々に強くなり、体中の骨や関節が悲鳴を上げている。
このままでは、数分もしないうちに自分がばらばらになってしまいそうな気さえした。
「相手はお前だけじゃないぞ!」
スリープがソウイチばかりに目を向けているすきに、ゴロスケが背後に回り込みみずでっぽうで援護。
回避しようと振り返ったスリープの頭上からモリゾーがはたく、ソウヤがアイアンテールで追加攻撃。
スリープの集中力は途切れ、ソウイチはようやくかなしばりから解放された。
それに乗じて怒涛のように技を繰り出し、スリープに攻撃する隙を与えない。
一瞬のうちに形勢を逆転されスリープは焦ったが、考えていた策は一つだけではなかった。
「このままでは終わらん!」
スリープは手の中に黒と紫が混ざり合った渦巻く球を作り、ソウイチ達に向かって打ち込む。
それはさいみんじゅつをねんりきで球体に変形させたもので、攻撃と同時に眠らせる作用も追加されていたのだ。
ソウヤはしっぽをバット代わりに振ってなんとか跳ね返したものの、スリープから離れるのが遅れた三人はあっという間に球に飲み込まれてしまった。
「みんな!」
「フフフ……。さあどうする? こんな状況でも、まだオレとやる気か? 降参した方が身のためだと思うが」
眠らされてしまった三人を見て動揺するソウヤに対し、スリープは余裕の表情で投降を進めてくる。
もちろん敵の甘言を飲むほど彼は臆病者ではない。
スリープに向き直りでんこうせっかで飛び掛る。
だがそのパターンがスリープに通用するはずもなく、再びかなしばりの餌食となってしまった。
「ぐうう……!」
「ハハハハ!! もっと苦しめ!!」
スリープはさらに力を強め、これでもかとソウヤの体を締め上げる。
あまりの苦痛に意識が飛びそうになる中、彼は何とか逆転できないかと必死で知恵を絞り出す。
そこでようやく一つの作戦を思いつくが、成功する確率は宝くじが当たることに等しく、まさに一か八かの賭けだった。
「これで終わりだ!!」
止めを刺すために、スリープは最大まで力を溜めようと力を緩める。
その力が緩んだ一瞬の隙を、ソウヤは見逃さなかった。
「今だ! いけえ!!」
ソウヤは渾身の力で十万ボルトを放ち、黄色い閃光は尖った岩を直撃、折れた岩は他の岩を巻き沿いにしながらなだれとなってスリープに降って来る。
スリープは慌ててねんりきで岩の軌道をそらそうとしたが、数が膨大すぎて対処しきれない。
程なくして辺り一面に土煙が立ち上り、そこからスリープの断末魔の叫びが聞こえてくる。
しばらくして土煙が収まると、そこには大量の岩に押しつぶされ地面に突っ伏しているスリープが見えた。
気絶して目を回しており、もう戦える体力は残っていないようだ。
「ふう〜……。危なかった〜……」
安心して気が抜けたのか、ソウヤはその場に腰を下ろした。
敵を倒したという達成感と、体力を限界近くまで消費した疲労感が一気に押し寄せてくる。
そしてソウイチ達の方もさいみんじゅつの効果が切れたのかようやく目を覚まし、スリープが倒れているのを見て大いに驚いた。
「ソウヤ、お前がやったのか……?」
「そうだよ。みんなが寝てる間にやっつけちゃった」
愕然としているソウイチに対し鼻高々のソウヤ。
四人がかりで苦戦した敵を自分一人で倒したのだ、自慢したくなるのも当然だろう。
ゴロスケとモリゾーは目を輝かせてソウヤの武勇伝を聞きたがった。
しかしソウイチは自分が置いてけぼりを食らったのと長い自慢話を聞きたくなかったので、ソウヤが話し出す前にルリリの方が先だとルリリのいるところへ歩き出す。
ソウヤは邪魔をされてしかめっ面をしたが、特に何も言わずソウイチの後をついて行く。
すさまじい戦いを目の当たりにしたせいか、ルリリは岩陰に隠れてすっかりおびえていた。
「助けに来たよ。怪我とかはない?」
モリゾーとゴロスケは警戒させないよう彼に優しく話しかける。
まだおびえてはいたものの、ルリリは大丈夫ですとはっきり答えた。
「よかった〜、ほっとしたよ! お兄ちゃんが待ってるから早く帰ろう!」
ソウヤは満面の笑みを浮かべ、それにつられてルリリもようやく笑顔を見せた。
気絶しているスリープをロープで縛り上げると、ソウイチ達はバッジを使って麓へと降りる。
交差点に帰ってくると、マリルと、マリルから連絡を受けたジバコイル達警察が待機していた。
「ワタシハジバコイル。コノチイキノホアンカンデス」
体が磁石のせいか、話し方もどこかロボットじみたもの。
ソウヤに話題を振ってみるソウイチだったが、別にどうでもいいとそっぽを向かれる。
自分の話を遮られたことへの腹いせだろうか。
「マア、ソレハオイトイテ……。コノタビハ、オカゲサマデオタズネモノヲタイホスルコトガデキマシタ。ゴキョウリョクカンシャイタシマス!」
「大したことはしてねえよ。やるべき事をやっただけさ」
鼻の頭をかきながら、特に威張った様子もなくソウイチは言う。
おたずねものの賞金はすでにギルドへ送金してあると彼は言った。
「サア、クルンダ!!」
「こんなはずじゃなかったのに……。トホホ……」
スリープはがっくりと肩を落とし、縄で手を縛られジバコイル達に連行されていった。
いつの世の中も、悪は必ず正義に負ける。
「ルリリ、大丈夫? 怪我はない?」
マリルはルリリが心配で体の隅々を調べる。
どこか傷でもついていたらと気が気ではない。
「大丈夫。どこも怪我はしてないよ」
ゴロスケの笑顔を見て、マリルもようやく安心。
そのせいか、ルリリを抱きしめたまま自然と涙があふれてくる。
ルリリの方は兄の胸に顔をうずめ、溜め込んでいた恐怖を吐き出すかのように泣きじゃくっていた。
「これもアドバンズの皆さんのおかげです。このご恩は忘れません。ありがとうございました」
「本当にありがとうございました!」
マリルとルリリは深く頭を下げ、丁寧に礼を述べた。
面と向かって感謝されるのはまだ慣れていないのか、少し照れくさそうにする四人。
それでも、大惨事にならなくてよかったと心からほっとする四人なのであった。
「気にすんなよ。またなんかあったらオレ達が力になるぜ!」
ソウイチはにっと笑い二人に別れを告げると、ソウヤ達と共に意気揚々とギルドへ引き上げていく。
ギルドではペラップが待っており、ジバコイルから連絡を受けたのかこれまでにないほど満面の笑顔を浮かべていた。
あまりの笑顔に、思わずソウイチ達が引いてしまうほどだった。
「ジバコイル保安官からおたずねものの賞金を頂いた。お前達、よくやったな」
「ヘヘヘ。あれぐらいたいしたことねえよ」
ほめられた途端に態度が一変し、照れて頭をかくソウイチ。
だが、スリープを倒した張本人であるソウヤは、いかにもソウイチが自分で手柄を立てたような態度をとるので彼を横目で睨みつけている。
えぐるような視線を感じ、何かされてはたまったものではないとソウイチは慌てて態度を改めた。
「これは今回の仕事の報酬だ。取っておいてくれ」
ところが、ペラップは報酬の全てを渡すかと思いきや、やはり今回も昨日と同じ十分の一しか四人に渡さない。
ルリリを助けるために恐怖を押し込め体を張ったのに、これではただ働きも同然。
モリゾーとゴロスケは落胆と怒りを隠せずすぐさま抗議する。
そして、人間のときと金銭価値が違うせいか、やはりソウイチとソウヤは多い少ないという基準が理解できずにいた。
「これが修行というものさ。この調子で明日からまたがんばるんだよ」
ペラップはさらりと受け流し、笑顔のまま下の階へと去ってしまった。
負のオーラが目に見えそうなほど、モリゾーとゴロスケは落ち込んでいる。
「で、でもいいじゃない。ルリリを助けることができたんだからさ」
「それもこれも、ゴロスケ達の協力があったからだぜ? ほんとありがとな」
このままではまずいと思い、ソウイチとソウヤは無理やり笑顔を作って二人をフォローする。
辛気臭い雰囲気は好きではないし、このままでは二人とも立ち直れないような気がしたのだ。
「でも、ソウイチが見た夢のおかげでルリリを早く助けることができたんだよ? ほとんどソウイチのおかげみたいなもんだよ」
言われてみれば、最初に聞いたルリリの叫び、その後に見たスリープがルリリを襲う映像。
あの時見えたものは、すべて未来に起こるであろう出来事。
なぜそんなものが見えたのか、未だにソウイチは解決策を導き出せていない。
目を閉じて考えていると、急にソウイチのお腹が大きな音を立てた。
今まで聞いたことないような大きな音に、三人は腹を抱えて笑う。
「な、何だよ! 何がおかしいんだよ!?」
「だってだって……! アハハハハハ!!」
バカにされたと思いソウイチは怒鳴りつけたが、それでも三人は笑うのをやめない。
ソウヤとモリゾーはあまりのおかしさに涙を流して笑い転げている。
いい加減ソウイチが殴りかかろうとしたその時、ソウヤ達のお腹も同時に大きな音を出し、ソウイチに負けないほどの音は辺り一面に響き渡った。
これには他のギルドメンバーも吹き出し、いたるところで声を押し殺した笑いが聞こえる。
まさか自分のお腹が鳴るとは思ってなかっただけに、三人の顔はたちまち真っ赤に染まっていった。
もちろんソウイチは先ほどの三人に負けないぐらい抱腹絶倒。
最初は恥ずかしそうにしているソウヤ達も、やがてソウイチの笑い声につられるように笑い始める。
「アハハハ……! ルリリを助けるのに必死だったから、お腹が減ってるのに気がつかなかったんだね」
「なんだか気がついたらますますお腹がすいちゃったね。早くご飯食べに行こう!」
モリゾーとゴロスケを先頭に、空腹を満たすため彼らは食堂へと駆け込んでいく。
今晩は昨日以上によく食べ、部屋に帰ってからも満足そうに自分のお腹をさすっている。
小さい体によくもここまで詰め込めるものだ。
「しかしソウイチもよく食べるね。あそこに置いてあった食料全部食べ尽くすかと思っちゃったよ」
「いくら何でもそんな大人げないことしねえよ!」
モリゾーにからかわれ、むきになって否定するソウイチ。
そこへソウヤとゴロスケもちょっかいを出し、彼のお腹を軽く叩く。
いい加減にしろとソウイチが怒鳴ろうとした途端、目がくらむような閃光が走り腹のそこに響くような轟音がした。
どうやら近くに大きな雷が落ちたようで、四人の心臓は一気に跳ね上がる。
きれいな夜空はどこへやら、いつの間にか暗雲が立ち込め天気は大荒れになっていた。
ふと三人は、さっきまでいたはずのソウイチの姿が突如として消えていることに気づく。
一体どこへ行ってしまったのかと思えば、彼は部屋の隅で丸くなり震えていた。
何を隠そう、ソウイチは小さい頃から雷が大の苦手なのだ。
短気で熱血な性格で雷が嫌いというのも随分珍しいものである。
「そういえば、僕らとソウイチ達が出会った前の晩もこんな嵐だったんだ。その次の日に、ソウイチ達が海岸に倒れていたんだよ」
「倒れたときの記憶とか、何か思い出せそう?」
モリゾーとゴロスケはふと気になって聞いてみるが、やはり二人の頭には何も浮かばない。
なぜポケモンになり、なぜ海岸に倒れていたのか、いくら考えを巡らせてみても答えは出てこなかった。
「やっぱりすぐには難しいのかな……。でも、少しずつ思い出していけばいいよ」
モリゾーとゴロスケは浮かない顔をしたが、すぐに二人を励ます。
記憶というのは無理に思い出そうとすればするほど遠のくもの、ここは時間が解決するのを待ったほうがよさそうだ。
明日も早くちょうど眠気も出てきたので、今日のところはもう寝ることにした。
だがまた眠れないのか、モリゾーはソウイチに声をかける。
他の二人は寝てしまったようだが、彼はまだ起きていた。
「オイラあれから思ったんだけどさ、ソウイチが見た不思議な夢って、ソウイチ自身のことと深く関わってるんじゃないのかな?」
「夢と、オレが?」
「未来の夢を見るヒノアラシなんてオイラ知らないし、人間が突然ポケモンになっちゃったていうのも、オイラ聞いたことないんだ。だからこそ、その二つが大きく関わってる気がしてならないんだ」
人間の時にそういう能力が備わっていたとしたら、記憶を失っているとはいえポケモンになってからも使えるはず。
ソウイチの記憶をたどる鍵が、あの時見た夢の中にあるのだろうか。
仮にそうだとしても、一体それがどう関わっているのか、今のソウイチには分からない。
「人間の時のソウイチがどんなだったかは知らないけど、オイラは絶対いい人だと思うよ。だって、ソウイチのおかげで悪者退治をすることができたんだもの」
「あれはソウヤがやったようなもんだ。オレは特に何もしちゃいねえよ。そういやさっき、ペラップが悪い奴らが増えたのは時が狂い始めた影響だって言ってたよな?」
世界各地で少しずつではあるが時が狂い始めており、その原因は不明。
ポケモン達が言うには、ときのはぐるまが何かしら影響しているのではないかと言われている。
森の中、湖や鍾乳洞、火山の中という秘境のような場所に点在し、その中央にあるものがときのはぐるまと呼ばれ、それがあることでその地域の時間が守られているとモリゾーは説明した。
そこで一つの疑問がソウイチの頭に浮かぶ。
もし、それを誰かが取ったとしたら一体どうなるのだろうか。
「どうなんだろう……。多分、その地域の時間も止まっちゃうんじゃないかな? とにかく大変なことになっちゃうと思うから、どんなに悪いポケモンでも触らないようにしてるんだ」
悪者すら手を付けようとしないというのはかなりのものだ。。
よく分かったような、分からないような気分のソウイチだった。
「ふぁぁぁぁ……。なんだか眠くなってきたし、そろそろ寝ようぜ……」
「だね……。じゃあお休み、ソウイチ」
「ああ、お休み……」
二人は挨拶を交わすと、すぐさま夢の世界へと引きずり込まれていく。
その頃、ある一匹のポケモンが、森の一本道を駆け抜けていた。
森の最奥部に到着すると、そこには不思議な光を放つはぐるまが埋め込まれている。
そのポケモンは何のためらいもなく、そのはぐるまを抜き取り、誰もいないか周囲を確認するとすぐさまその場から立ち去っていった。
そのポケモンの正体は何なのか、なぜはぐるまを盗んでいったのか、その理由を知る者は誰もいない。