第三話 アドバンズの初仕事! しめったいわばのしんじゅ探し
「……ふぁぁぁぁぁ……」
翌朝、ソウイチは珍しく誰よりも早く起床する。
普段は他人が呆れるほど長時間寝ているのだが、今日に限って目覚めが早い。
少し寝ぼけた状態のまま、改めて自分の体を見つめる。
昨日と同じくヒノアラシのままで、人間に戻っている様子はない。
(さすがに起きたら元に戻るっていう展開はないか……)
ため息をつきながらふと三人の様子をうかがう。
三人ともぐっすりと眠っており、まだ起きる気配はない。
太陽もまだ地面から顔を出していない時刻、目覚めるには少々早すぎたようだ。
(しょうがねえな。もう一眠りしよう……)
ソウイチは横になると、再び気持ちよさそうにいびきをかき始めた。
どれほど時間がたっただろう、いつの間にか地平線から日が昇り、世界がもうすぐ活動を始めだすころ……。
「おい! おい!! さっさと起きろおおおお!!」
気持ちよく寝ている中、突然意識が飛びそうなほどの大声が響き渡った。
あまりの大音量にソウヤ達は飛び起き、あわてて耳をふさぐが全く効果がない。
今にも鼓膜が破れそうで、特にソウヤはピカチュウで耳が長く聴力がよいからなおさらである。
モリゾーとゴロスケは失神寸前で、体を起こしているのがやっと。
そこへ追い討ちをかけるように、ドゴームはすぐさま朝礼に集合するようにと大声で言い残し部屋を去っていく。
朝礼に遅延するとプクリンがどうかなるらしいのだが、そこから先は尻切れトンボになり全く聞こえなかった。
若干青ざめていたところからすると、以前に体験してよほどトラウマになっているようである。
しばらくの間、三人は頭痛から来るめまいと格闘、あんな大きな声を立て続けに出されてはたまらない。
「ううう……、まだ頭が痛い……。 確か、集合とか言ってたような……」
そこでようやく、三人の頭はいつも通りの回転数を取り戻した。
家で寝ていて無理やり起こされたような感覚だったのだが、集合という言葉を聞いてギルドに入門したことを思い出す。
昨日の今日で、やはり弟子入りした感覚はまだ身についていないのだろう。
またどやされては大変と慌てて支度を始めるが、そこでソウヤの動きが止まった。
入門以外にも何か忘れているような気がするのだが、モリゾーとゴロスケに聞かれても内容が漠然としており分からない。
首をひねって思い出そうとしていると、ドゴームの大声と張り合えそうないびきが聞こえてくる。
そう、足りないものとは、あれだけの大音量にもかかわらずいびきをかいて寝ているソウイチだったのだ。
「よくあの大声で起きないよね……」
一体どういう神経をしているのかと、三人はただただ呆れるばかり。
だがいつまでもそうしているわけにもいかず、ソウヤは早速ソウイチを起こしにかかる。
「ソウイチ、起きて! 朝礼に遅れるよ!!」
ソウヤは必死にソウイチをゆすったが、本人は寝言のようなうわごとをつぶやくだけで一向に起きる気配がない。
時間のなさとソウイチのしつこさにいい加減頭にきたソウヤは、ソウイチに嫌というほど本気の十万ボルトを浴びせる。
もちろんそれで起きないはずもなく、ソウイチは絶叫とともに天井にぶつかりそうなほど飛び上がった。
一体何が起こったのかと辺りを見回し、瞬時に誰がやったのかを理解する。
「ソウヤてめえ! もう少しまともな起こし方出来ねえのかよ!?」
ソウイチはものすごいの剣幕でソウヤを怒鳴りつけた。
敵に対して使う威力の電撃で起こされるなどたまったものではない。
しかし、売り言葉に買い言葉でソウヤもけんか腰で反論する。
「なんだよ! ソウイチがずっと寝てるから悪いんじゃないか!」
「二度寝しちまったんだからしょうがねえだろうが! オレはお前らより早く起きてたんだよ!」
「いくら早く起きてたって結果がすべてなんだよ! ほんとに寝ぼすけなんだから!!」
「なんだとお!?」
口げんかはどんどんとエスカレートし一触即発。
最初はけんかを止めようとしていたモリゾーとゴロスケだったが、際限のない兄弟げんかにだんだんと腹が立ってきた。
「二人ともいい加減にして!! 早くしないと朝礼に遅れちゃうよ!!」
とうとう我慢の限界が来て二人は怒鳴りつけた。
ソウイチとソウヤは反射的にけんかをやめ、二人の方を驚いた表情で見つめる。
そこでソウヤも朝礼のことを思い出し、三人は唖然と立ち尽くすソウイチを尻目に中央の部屋へと駆け出す。
これ以上くだらないことに時間を費やしている暇はない。
何がどうなっているのかわけが分からないソウイチだったが、取り残されるのはまずいとすぐさま後を追う。
中央の部屋ではすでに全員が集合しており、一際腹を立てているドゴームを含め遅れてきたソウヤ達を白い目でにらんでいる。
遅いとドゴームが一喝するも、今度はそれがうるさいとペラップがドゴームを一喝した。
ばつの悪そうな顔をするドゴームを見て、ペラップは咳払いをすると朝礼を始める準備に入る。
「なあ、朝礼って何だよ?」
「知らないよそんなの」
三人が起きているときに寝ていたので、ソウイチはこっそりソウヤに聞く。
だがさっきのけんかのことがあるのか、彼はつっけんどんに答えるとそっぽをを向いてしまった。
思わずむっとするソウイチだったが、これだけ大勢の前でけんかするのは気が引けたのでそのまま黙っていることに。
「親方様、全員そろいましたよ〜!」
扉に向かって話しかけると早速プクリンが出てきた。
ペラップはプクリンに、朝礼には付き物のありがたい話をするよう促す。
ところがプクリンは、いびきのような寝言のようなよくわからない音を延々と出しているだけ。
誰が見ても一目瞭然だが、彼は目を開けて、しかも倒れることなく立ったまま寝ているのだ。
寝ている時もまぶたを閉じないといえば金魚ぐらいだが、やはり彼はいろいろな意味で誰も計り知れない領域へ行っているのかもしれない。
それがギルド内での暗黙の了解となっているのか、挨拶らしきものが終わっても誰も突っ込まない。
突っ込めばその先に何が待っているのか、深く考えなくてもわかることだろう。
そうしているうちに朝礼は終わり各自仕事をし始めるのだが、ソウイチ達はギルドへ入門して初めての朝、何から手を付けていいのかさっぱりだ。
「おい、そんなところをうろうろしてるんじゃない。お前達はこっちだよ」
立ち尽くしている四人を見兼ねてかペラップが声をかける。
言われるがまま素直に後をついて行くと、彼は四人を巨大な掲示板の前に連れてきた。
この掲示板には各地に住むポケモンからの依頼が集まっており、それを解決するのも探検隊の仕事だとペラップは言う。
「最近、悪事を働くポケモン達が増えているのは知っているね?」
ペラップは四人に聞くが、昨日この世界に来たばかりのソウイチとソウヤは何のことかさっぱり。
モリゾーとゴロスケによると、時が狂い始めた影響で悪いポケモンが増えているとのことだが、時間が狂い始めたせいで悪者が増えるという現象は初耳だった。
そして時間が狂うという未知の概念も、二人には全く理解できない。
山のように張り付けられた依頼の紙も、時間が狂い始めた影響で最近増えてきたとペラップは言う。
「また、これも時の影響なのかどうかは分からないが、最近各地に広がってきているのが不思議のダンジョンだ」
これまたなじみのない言葉に、ソウイチとソウヤは首をかしげる。
モリゾーとゴロスケの説明では、不思議のダンジョンは入るたびに地形が変わり、落ちている道具も変わる。
途中で倒れるとお金や道具が半分程なくなり、ダンジョンの外に強制的に戻され冒険失敗となるのだそうだ。
だが行く度にいつも新しい発見や冒険が待っており、危険ではあるがとても魅力的なところだと二人は目を輝かせて語る。
「なんだ、よく知ってるじゃないか。それなら話が早い、依頼の場所はすべて不思議のダンジョンだからな」
事情を知っていることに気をよくしたのか、ペラップは笑顔になる。
しばらく掲示板を眺めていると、やがて一つの依頼を手に取り彼らに手渡した。
最初こそ期待に胸を膨らませて依頼の内容に目を通すモリゾーとゴロスケだが、徐々に顔つきが険しくなっていく。
二人が依頼を独占して中身が分からないので、どのようなことが書いてあるのかを聞こうとしたその時。
「ちょっと!! これってただ落とし物を拾ってくるだけじゃないか!!」
突然二人が怒鳴り声を上げたので、ソウイチとソウヤは反射的に体を縮めた。
恐る恐る二人から依頼を受け取り内容を確認してみると、それはバネブーの落としたしんじゅを拾ってくるというごく簡単なもの。
簡単な以来ほど安全にこなせるはずなのにどうしてここまで怒っているのか、気に入らない理由を尋ねると二人はさらに怒りを増大させた。
「僕達はもっと冒険がしたいんだ!!」
「お宝を探したり、知らない場所を冒険したりしてみたいんだよ!」
二人の表情には怒りと落胆が渦巻いている。
リスクが少ないに越したことはないはず、彼らの情熱はソウイチとソウヤにはまだ理解できないようだ。
それに、弟子入りしたばかりの自分達に宝探しや冒険という高度な依頼がこなせるとは思わなかった。
結局、下積みをしないうちからレベルの高い依頼を受けるなど言語道断と、モリゾーとゴロスケはペラップから説教される。
イライラしながらダンジョンでの注意事項をしつこいぐらい念押しし、ペラップは階段を下りて行った。
その場には、どこか納得がいかずむくれているモリゾーとゴロスケ、呆然と立ち尽くすソウイチとソウヤが残されたのみ。
「まあ……、とにかく行こうぜ。いじけててもしょうがねえだろ?」
刺激しないようにむくれている二人を諭すソウイチ。
依頼に関しての不満がなくなったわけではないが、このまま放置しておくと何を言われるかわからないのでしぶしぶ受けることに。
準備を整え目的の場所へ向かうが、そこはしめったいわばという名前のとおり、辺りは大量の岩が転がっており、表面にはコケが付着している。
気をつけないと足をとられてしまう可能性もあったが、何より辺りが水場かつ光があまり当たらないせいか気温が低い。
「うう……、さみい……。何でここはこんなに寒いんだよ……」
ソウイチは腕組みをして激しく体を震わせている。
元々寒いのは苦手で、少し気温が低いだけでも寒いと感じてしまうのだ。
「ソウイチが寒がりなだけでしょ? 暑いところでは何ともないくせに」
見下したような態度をとるソウヤだが、実際彼は寒いところだけでなく熱いところも苦手な性質、一概にソウイチをバカにできる立場ではない。
それを知っていて、ソウイチは両方の気候が不得意なことをからかって挑発し、結局売り言葉に買い言葉で兄弟げんかが勃発。
慌ててゴロスケが仲裁に入りなんとかその場は収めたものの、二人の機嫌まではよくならなかった。
依頼の内容によると、バネブーのしんじゅはダンジョンの最下層にあるらしいとのこと。
初めての依頼だけに普通は緊張が高まるところだが、ソウイチだけはのほほんとしておりまったくといっていいほど緊張感がない。
慎重に進もうとモリゾー達が忠告するも、さっさと一人で足を踏み入れてしまう。
あまりの身勝手さに、三人とも怒りをにじませながら後を追いかけた。
いわばの中はじめじめしていたが、暑くもなく寒くもなく程よいだ。
所々には深い水たまりのようなものもあり、ほのおタイプのソウイチとしては十分警戒するべきところなのだが……
「ソウイチ! いつまで水たまりで遊んでるの!」
「いやあ〜、なんか気持ちよくってさあ。プールで泳いでる感じがするんだよな〜」
のんきにもソウイチは、その水たまりに浸かって気持ちよさそうに浮かんでいたのだ。
人間の影響か、ほのおタイプなのに水の影響で体力を奪われている様子がない。
技で繰り出される水と自然界に存在する水は性質が違うのかもしれないが、少なくとも多少の耐性があることはこれで証明された。
「もう、勝手にしてれば! モリゾー、ゴロスケ、行こう!」
心底ソウイチに呆れ、ソウヤは彼をを置き去りにして先へ進もうとする。
モリゾーとゴロスケはソウヤへついて行くべきかソウイチを待つか悩み、その場で右往左往。
勝手にどこかへ行くソウヤを見て水たまりから上がろうとするソウイチだが、突然自分の背中に激しい痛みを感じた。
断末魔にも似たすさまじい絶叫が当たり一面にこだまする。
「ど、どうしたのソウイチ!?」
「な、なんかが噛み付いてやがる!! あいてててて!!」
あまりの大声に、モリゾーとゴロスケは目を見張る。
先へ行こうとしたソウヤでさえも心配になって戻って来たほどだ。
ソウイチは痛みのあまり水たまりの中を転げまわるが、それでも痛みが消える気配はない。
「ソウイチ! とにかく水たまりから出て!」
ソウヤに言われ、ひとまず水たまりを出て背中を確認すると、クワガタのようでムカデのようなポケモンが食らいついていたのだ。
モリゾーによるとこれはアノプスというポケモンらしいが、噛まれているソウイチにとって解説などはどうでもよく、一刻も早く何とかしてほしかった。
すると、何を思ったのかソウヤはいきなり十万ボルトを浴びせる。
全力で浴びせてないとはいえ、あまりの衝撃にソウイチはその場に卒倒した。
そのおかげでアノプスはソウイチから離れ、転がるように自分の住処へと引き上げたのだが、唐突に電撃を浴びせられたソウイチは納得するはずもない。
早速ソウヤに抗議するが、いつまでも水に浸かっていたことに対する報いだと浴びせた本人は黒い笑いを浮かべている。
その後も、リリーラやカラナクシなどいろいろな敵が勝負を挑んできたものの、タイプで有利なソウヤとモリゾーの前には歯が立たなかった。
もちろん、ソウイチとゴロスケもサポート役に回りたいあたりなどで敵の体力を減らしていく。
そして四人はようやくダンジョンの最下層へとたどり着いた。
目を皿のようにしてしんじゅを探していると、小さな滝の下のほうにきらきら光るものをみつける。
確かめてみると、七色の光を放つ玉が水中にあった。
「きっとこれじゃないかな?」
「ああ。早速持って帰ろうぜ」
ソウイチとモリゾーは互いにうなずき、水中からしんじゅを取り出しバッグの中にしまう。
ソウヤとゴロスケも依頼がうまくいって一安心だ。
ギルドに戻るとすでに依頼者のバネブーが待っており、四人が持って帰ったしんじゅを嬉しそうに受け取った。
「私、この頭上の真珠がなかったせいでここ最近落ち着かなくて……。もうそこら中ぴょんぴょんはねまくって体中あざだらけでしたよ……」
確かに所々が赤黒く腫れているように見えたが、なぜしんじゅがないぐらいで落ち着かないのか彼らには理解できなかった。
ひとまず依頼は成功したので、あまり細かいところへは突っ込まないことに。
「でも、そんな心配も今日からはなくなります。本当にありがとうございました! これは私からのお礼です」
バネブーは、ふっかつのたね、ピーピーマックスのほかに、二千ポケもをお礼として渡してくれたのだ。
二千という破格の金額にモリゾーとゴロスケは飛び上がった。
こんなにもらってしまっては気が引けるのだが、バネブーにとってはしんじゅより安いらしい。
他人からはどれほど価値がなく見えても、自分にとってはお金に代えられない価値があるのだろう。
当のモリゾーとゴロスケは大金持ちになったと狂喜乱舞している。
しかし、一ポケが日本円換算でどれくらいになるのか分からないので、自分達の世界で二千という金額が多いのか少ないのかソウイチとソウヤにはさっぱり分からない。
ソウヤの推論では一ポケ=一円だろうというが、それを聞いてソウイチはげんなりした。
そんな金額は一月の小遣いでもらえるかどうかで、たとえ一か月分が一日でもらえるとしても仕事の内容と報酬が明らかに釣り合っていない。
一ポケ=一円という方程式はどうしても信じたくなかった。
「でも、ここでは僕達のいた世界とお金の価値が違うのかもよ? 十ポケでもいろいろなものが買えたりとかさ」
物価が安ければそこまで大金は必要なく、二千ポケでも十分な大金なのかもしれない。
それでも、人間の金銭感覚が染みついているソウイチは少ないと感じずにはいられなかった。
「お前達、よくやったな。でもお金は預かっておくよ」
「えええ!?」
突然の全額没収宣言に、四人はあんぐりと口をあける。
特にただでさえ少ないと思っていたソウイチは、まさか全部取り上げられるとは考えてすらいなかった。
実際は全額没収ではなく、そのうちの何割かを探検隊が報酬としてもらうシステムらしい。
つまり、依頼者からもらったお金のほとんどはプクリンのものとなってしまうのだ。
そして自分達の手元に帰ってきたのはわずか二百ポケ、たった一割しかもらえないとは誰が予想しただろうか。
消費者金融もびっくりな取り立てだが、ペラップによるとギルドの維持費や食費などに使うためどうしてもお金がいるのだという。
「二百ってどこのお駄賃だよ!! 本格的な仕事でもらう金額じゃねえぞ!!」
「そうだよ! あんなに苦労してがんばったのに!」
いくら運営資金のためとはいえ、星の数ほど探検隊がいるのだからもう少しもらえてもいいはずだと、ソウイチとゴロスケは不服気味。
だがペラップは、昔からのしきたりだから仕方がないとまったく取り合わない。
これにはさすがの二人も返す言葉がなく、すっかり黙り込んでしまった。
これほど理不尽なしきたりがあっていいものだろうか。
「十分の一の賃金とかありえねえだろ……。労働基準法違反じゃねえか……」
ソウイチは去っていくペラップの背中をにらみつけ吐き捨てる。
もちろん、ポケモンの世界で人間の法律を当てはめても全く意味はない。
「みなさ〜ん、食事の用意ができました。晩ご飯の時間ですよ〜!」
晩御飯という言葉を聞いて、すっかりしょげかえっていたソウイチ達も少し元気を取り戻す。
他のメンバーも晩御飯という言葉に歓声を上げ、これほどまで晩御飯を心待ちにしている連中をソウイチ達は初めて見た。
やはり仕事がきついだけに、晩御飯は心のよりどころなのだろうか。
チリーンに食堂へ案内されると、目の前の皿には木の実やリンゴがどっさりと盛りつけてあった。
それ以外には特に何もなく、人間の時に食べていたような食べ物は一切ない。
「これが晩飯か……?」
「いくら何でも手抜きすぎだよ……」
ここはあくまでもポケモンの世界、ただで食事が出てくることにさえ感謝しなければならない。
完全な野生ならば自給自足で食事を用意しなければならないのだから。
ところが席に着いていただきますの挨拶をするや否や、ソウイチとソウヤを除き誰もが夢中になって食べ始めたのだ。
片っ端から木の実やリンゴを口に放り込み、数秒もたたないうちに山ほどあった木の実はどんどん高さを減らしていく。
モリゾーやゴロスケもひたすら目の前の木の実を体の中に取り込んでおり、二人は唖然としてその様子を眺めていた。
マナーなどという言葉は、人間の世界だけで通用するということを改めて思い知る。
食べることに躊躇するソウイチに対し、ソウヤは勇気を出して二〜三個口へ放り込む。
しばらく黙って口を動かしていたが、次第に強張った表情が変化し始めた。
「ソウイチ! これおいしいよ! 食べてみなって!」
なんと、ソウヤも他のメンバーと同じように食べ始めたのだ。
半信半疑でソウヤを見つめるソウイチだったが、意を決して自分も二〜三個放り込んでみる。
と、なぜか今まで食べたことないにもかかわらずとてもおいしく感じたのだ。
人間の時に食べていた普通の果物と同じか、それ以上に洗練された、深みのある味。
いつの間にか二人は、ポケモン界の木の実にすっかりはまっていた。
それから数十分後、食事を終えた皆はお休みの挨拶を交わしそれぞれの寝床へと戻っていく。
自分達の部屋へ戻ってからも、ソウイチとソウヤは食べた木の実について話をしていた。
「いやあ〜、木の実があそこまでうまいとは意外だったよな〜」
「ほんとほんと! 結構おいしかったよね〜」
心からうなずきあう二人。
ソウイチはみかんとそっくりな青い木の実、ソウヤは桃のような木の実を絶品と評価した。
あの木の実の味を思い出すだけでよだれが零れ落ちそうになってしまうほど。
モリゾーによると、ソウイチが食べた木の実はオレン、ソウヤが食べた木の実はモモンというそうだ。
説明を聞いて再び木の実の味を思い出し、今度は本当によだれが垂れてきてしまった。
慌ててよだれをふく二人に対し、モリゾーとゴロスケはおかしそうに笑っている。
ひとしきり雑談をしたところで、ソウヤとゴロスケを眠気が襲う。
明日も早そうなので、楽しいところではあるがこの辺で寝ることにした。
「ソウイチ、まだ起きてる……?」
それから数十分後、唐突にモリゾーがソウイチに話しかけてくる。
ソウヤ達はすっかり寝ているのか、寝息だけが聞こえてきた。
だが、ソウイチはすでに夢の世界へ入りかけていたため、言葉ではなく頭を動かすことによって聞いていることを示す。
「今日はいろいろあって忙しかったね。でも、初めての仕事がうまくいってよかったよ。お金の大半を持って行かれちゃったのは悔しかったけどね……」
あれだけわずかな報酬では、これから先の仕事に対してもなかなかやる気が出ない、それはソウイチも同感だった。
救助などはお礼目的でするようなことではないのだが、やはり慈善事業状態なのは無理があると思っている。
「でも、これも修行だから仕方がないよね。何よりバネブーに感謝されたのが、オイラすごく嬉しかった」
お礼を言われた時のことを思い出しているのか、モリゾーはすごく嬉しそうだった。
確かに心から喜んでいたあのバネブーの笑顔は、ソウイチ自身の心にも印象深く残っている。
修行で何もかも耐えなければならないというわけではないが、やはりお金以上に、依頼者の笑顔やお礼の言葉は疲れを吹き飛ばしてくれた。
「ふぁぁぁ……。なんか眠くなってきちゃった……。お休み、ソウイチ。また明日もがんばろうね」
すでに眠っているソウイチに声をかけ、モリゾーも寝息を立て始めた。
しかし最後の部分は聞いていたのか、わずかに首を縦に動かすソウイチ。
こうして、いろいろな感情を織り交ぜた初日は、四人の夢とともに過ぎ去って行くのであった。