第二十三話 ときのはぐるまときりのみずうみ
ユクシーに案内され後ろをついて行くソウイチ達。
太陽はすでに沈み、辺りは闇に包まれていた。
その最中、おぼろげながら遠くに光が見え始める。
「ご覧ください。これがきりのみずうみです」
湖に着いた彼らは言葉を失った。
地上からはるか上の方にあるとは思えない巨大さ。
そして湖の中央からあふれ出る穏やかな青緑色の光、その周辺を飛ぶバルビートやイルミーゼの出す光の点滅。
それが水面に反射し、実に幻想的な光景を作り出している。
誰もが目の前に映し出される光の演出に心を奪われていた。
ユクシーによると、この湖は湧き出る地下水のおかげで枯れることもなく巨大な状態を維持しているという。
「湖の中央に、光っているものが見えますでしょうか?」
ユクシーに言われ湖の淵まで近づくと、水面下から延びる青緑の光がよく見えた。
(なんだあれ……? なんでか分かんねえけど……あれを見てるとすっげえどきどきする……)
ソウイチは自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
ソウヤとソウマも、ソウイチと同じく妙な胸騒ぎを感じていた。
三人以外はただのきれいな光としか思っていないのか、それぞれ感嘆の声を上げている。
「あれは……時の歯車です」
「えええ!! あ、あれが……!?」
ユクシーから飛び出した言葉に一同は衝撃を受ける。
ときのはぐるまといえば、以前にも盗まれた事案があり大騒ぎになったとても重要なもの。
しかしなぜ、ときのはぐるまがこの湖にあるのだろうか。
「私は、このときのはぐるまを守るためここにいるのです。これまでにもここに進入してきた者がいましたが、その度にグラードンの幻影で追い払ってきたのです」
ユクシーがそう言うと、彼らの左に再びグラードンが姿を現す。
ソウイチ達は飛び上がり襲われないよう慌ててグラードンから離れる。
その驚き様を見て、ユクシーは少し笑いながら事情を説明した。
「驚くことはありません。先ほども申しましたが、これは私が作り出した幻なのです。あなた達は幻と戦っていたのです」
襲われることはないと分かり安心する一同だったが、幻を相手に死にかけで戦ったというのはどうにも不思議な気分である。
「そしてあなた達のように、幻影に打ち勝ちここに到達する者もいましたが……。そういった者達には、今度は私が記憶を消すことによって私はここを守り続けてきたのです」
「記憶を消す……そうだ! ユクシーに聞きたいことが!」
モリゾーとゴロスケはソウイチ達の言っていたことを思い出しユクシーに尋ねる。
彼らが人間であること、人間の時の記憶がほとんどないこと、そしてユクシーに記憶を消されたのかもしれないということを余すことなく伝えた。
だが、ユクシーは残念そうな顔で首を振る。
人間が来たということは一度もなく、記憶が消せるとはいえ、それは湖に来た記憶であり生まれてから今までのすべてを消すことはできないのだ。
「ですから、あなた方三人が記憶を無くされポケモンになってしまったのは、また別の原因ではないでしょうか」
「そっか〜……。なんか手がかりがあると思ったのにな〜……」
がっくりと肩を落とすソウイチ。
他の三人も、得られそうだった手がかりの当てが外れ彼同様落胆する。
そんな中、ソウマは一人考え事をしていた。
ソウイチとソウヤは、ソウマのことや生活することに支障がないレベル以外は記憶が存在しない。
一方彼は、人間の時家を出るまでの記憶は存在しているのだが、家を出た後の記憶やきりのみずうみへ来た目的、そして家を出ることになったきっかけという重要な部分の記憶が抜け落ちているのだ。
その原因がきりのみずうみにないとすれば、彼らは一体どこで記憶をなくしてしまったのだろうか。
「ときのはぐるまかあ……残念。そんな大事なものはさすがに持って帰っちゃだめだもんね」
聞き覚えのある声がし振り返ると、そこにいたのはなんとプクリン。
グラードン像の近くでソウイチ達を見送ったはずの彼がなぜここにいるのだろう。
あの後、プクリンは確かにドクローズの攻撃を受けた。
ところが彼はどくガスの臭いを全く感じず、目にも止まらぬ速さでドクローズをこてんぱんにしてしまったのだ。
今も彼らは誰かに助けられることもなく石像の近くで気を失っていることだろう。
その後、プクリンはソウイチ達の後を追いここまで来たというわけだ。
「この方は……?」
「オレ達のギルドの親方だ。悪いやつじゃねえから安心しな」
プクリンの登場に困惑するユクシー。
ソウイチから説明され敵でないことは分かったが、グラードンの幻影を隅から隅まで眺めたり、湖の絶景に喜んだり、相変わらずのテンションでユクシーに挨拶するなど彼について行けない様子。
親方とは思えない無邪気な喜び方にソウイチ達も呆然とするしかなかった。
「ぎょえええええ!?」
今度は背後から悲鳴がし何事かと思い振り返ると、そこにいたのはギルドのメンバー達。
まだ消えていなかったグラードンの幻影を本物だと思い込み硬直している。
特にペラップは目と口を大きく開け小刻みに震えていた。
ドゴームに至っては喉元まで出かかった言葉が通り抜けられず、金魚のように口をパクパクさせ変な唸り声のようになっている。
キマワリとチリーンは悲鳴を上げ、ヘイガニは食べられないよう防御の姿勢を取るなど大騒ぎ。
「やあみんな。どうしたの?」
「お、親方様!?」
彼らの騒ぎなど気にせずのんきに声をかけるプクリン。
それを見てメンバー達は一層驚くが、彼がグラードンの近くにいるのを見てすぐに離れるよう叫ぶ。
「そんなことよりみんな見てごらんよ。今丁度噴き出し始めたんだ」
彼につられ、一同は湖の方に目をやる。
すると、湖の中心から水が噴水のように勢いよく噴き出しているではないか。
そこにときのはぐるま、バルビートやイルミーゼの放つ光が合わさり一層美しい光景を作り出していた。
そのあまりにきれいさに、誰もが息を飲みうっとりする。
「この湖は時間によって間欠泉が噴水のように噴き出すんです。そして水中からは時の歯車が、空中からはイルミーゼとバルビート達が噴水をライトアップして、あのような美しい光景になるのです」
いつでもは見られない貴重な光景に彼らはすっかり心を奪われていた。
噂で言われていたきりのみずうみにある宝とは、この水と光が織りなす幻想的な風景だったのかもしれない。
「ソウイチ、ソウヤ、見てる?」
「ああ」
「もちろん見てるよ」
モリゾーとゴロスケに言われ、二人は目線をそらさず返事をする。
「本当にきれいだよね。ソウイチ達の過去が分からなかったのは残念だけど、オイラ、ここに来れて本当に嬉しいよ」
「僕もだよ。みんなと一緒に、こんなにきれいなものを見ることができたんだから」
モリゾーとゴロスケの顔には穏やかな笑顔が広がっていた。
ソウイチとソウヤも、二人の言葉を聞き自然と笑顔になる。
今は分からなくても、記憶はいつか取り戻すことができるだろう。
しかし、彼らと過ごすこの一瞬は今しかない。
一緒にここへ来れたことに彼らは感謝し、そして心から本当によかったと思うのだった。
「本当にきれいね……」
「ああ……。カメラがあったら、写真に残しておきたいぐらいだ」
ソウマとライナはラブラブムード満点。
カメキチとドンペイは邪魔をしないよう二人から少し距離をとっていた。
すると、ソウマは再び考え事を始める。
ユクシーは自分達を知らないと言っていたが、ならばここへ足を踏み入れた時なぜ既視感を感じたのか。
歯車を見ると心臓が速くなる理由も分からない。
だが、少なくともこれらがソウイチ達三人に何らかの形でかかわっていることは確かなようだ。
「ソウマ……? ソウマ!」
ライナに呼びかけられ、ソウマは我に返った。
彼女に疲れているのではないかと心配され、ソウマは大丈夫だと笑って言う。
「もう降ろしても大丈夫よ。すっかり痛みが消えたわ」
ソウマはライナが気を使っているのではないかと念のため足を確認する。
処置が的確だったおかげで腫れはすっかり引いており、彼女の歩き方も異常は見られない。
「ずっとおんぶしてくれてありがとう。ソウマの背中、温かかったよ」
「いいってことよ。けがが治ってよかったぜ」
ライナの優しい笑顔を見て顔を赤くし照れ臭そうに笑うソウマ。
その仲睦まじい様子はカップルと言っても過言ではないだろう。
「探検隊の仕事ってのも、悪くはねえな」
「ええ。救助隊とは違いますけど、同じぐらい素晴らしいロマンがあると思います」
救助隊は人助けが仕事なのに対し、探検隊は探索や探検が仕事。
似ているとはいえその本質は異なる。
だが一つだけ言えるのは、探検隊も救助隊もお互い誇りを持ち誠意をもって仕事をしているということだ。
ソウイチ達の所へ来るまで、シリウスはどこか探検隊の仕事を甘く見ている部分が少しあった。
それがソウイチ達との仕事や今回の探検を通じ、彼の探検隊を見る目は変化していたのだ。
どちらが偉くてどちらが大変かということはなく、どちらも素晴らしいことに変わりはない。
しばらくして噴水は終わり、辺りにはまた静けさが戻った。
いい頃合と判断し、彼らは湖から引き揚げることにする。
「色々とお騒がせしました。そしてほんとに楽しかったよ!」
プクリンは変わらない調子でユクシーにお礼を言い、他のメンバーも同様にお礼を言う。
「私は、あなた達の記憶は消しません。あなたたちを信頼しているからです。ですので、ここのことは秘密にしていただけないでしょうか?」
「うん。ありがとう! もちろんここのことは絶対に誰にも言わないよ。プクリンのギルドの名にかけて」
心配そうに尋ねるユクシーに対し、プクリンはいつもよりしっかりとした口調で答える。
ときのはぐるまを盗んだ犯人はまだ捕まっておらず、情報を流せばここへ来ないとも限らない。
また、悪意を持った者が来ることによってこの美しい風景が破壊されたりすることも予想できた。
プクリンの答えを聞き、ユクシーはお願いしますと深く頭を下げる。
その時のプクリンの後姿は、ギルドをまとめる親方としての風格を感じさせる瞬間だった。
「それじゃあ、僕達はそろそろおいとまするね。ペラップ!」
「はい! それではみんな、ギルドに帰るよ〜!」
「おお〜!!!」
こうして、笑いあり、トラブルあり、感動ありの遠征は幕を閉じた。
その帰り道、ソウイチは先を行くソウマの姿を見てあることを考える。
あの時グラードンを倒したのは、リーダーの自分ではなくソウマ。
ソウイチに座を譲ったとはいえ、その強さと優しはまさにリーダーそのもの。
ソウマのようになるためには自分も努力して、心も力もさらに強くならなければならないと彼は思った。
「オレも頑張らねえとな……」
「え? ソウイチ何か言った?」
心で言ったはずが思わず口に出てしまい、近くにいたモリゾーが声をかける。
何でもないと慌ててその場を離れるも、一層強くなることを誓うソウイチであった。