第二十二話 カメキチ初恋物語
グラードンとの激戦を制したアドバンズは、ユクシーに連れられきりのみずうみへ通じる道を歩いていた。
殺伐とした雰囲気から一転、彼らの間には和やかなムードが広がっている。
「ライナ、足はまだ痛むか?」
「ううん、さっきよりだいぶ楽になったわ。ありがとう、ソウマ」
手当てしたとはいえ、やはりけがの具合が気になるソウマ。
気にするなという言葉と裏腹に、ライナに礼を言われた彼の顔は少し赤くなっていた。
ライナもライナで、ソウマの自分への心遣いがうれしく黄色い電気袋に赤みが差している。
グラードン戦で、いつの間にか二人の距離は急接近していたようだ。
「何かすっごくいい感じだよな。あの二人」
「だよね。どこからどう見ても恋人同士だよ」
ソウイチとソウヤはそんな兄の様子を笑顔で見ていた。
そんな中カメキチはソウマとライナをじっと見つめている。
ドンペイにどうしたのか聞かれ慌てて何でもないとごまかすが、訳ありなのは誰から見ても一目瞭然。
「はは〜ん。さてはアニキとライナの仲がうらやましいんだろ?」
「あ、アホ!! んなわけあるかいな!!」
にやけながら茶化すソウイチに真っ赤になって否定するカメキチ。
もちろん図星だ。
その後もソウイチはカメキチを挑発し、とうとう彼も頭にきた。
「てめえ!! いい加減にしとかんかったらハイドロポンプぶちかましたるぞ!!」
「ソウイチ! そろそろやめなよ!」
あまりの剣幕に驚いたモリゾーはすぐさまソウイチをたしなめる。
このまま止めなければカメキチが本当にハイドロポンプで吹き飛ばしてしまいそうな気がしたのだ。
ただの冗談だと軽い調子でソウイチは謝るが、内心冷や汗をかいていた。
さらに説教するかと思われたカメキチだが、深いため息をつくと再びソウマとライナの方を見る。
「まあ、あいつのこと好きやったんは事実やけどな……」
恥ずかしそうに打ち明けるカメキチの表情はどこか嬉しそうで、そしてどこか寂しそうだった。
ソウイチはカメキチがライナを気遣う様子を見ていたので驚きはしなかったが、他の四人は秘められた恋心に驚きを隠せない。
だが、カメキチがライナと出会った時に一目惚れしたということは、さすがのソウイチも目を見開いて驚いていた。
「あれは、もうかなり前の事になるんかな〜……」
カメキチはソウイチ達に、自分がソウマとライナに出会った時のことを話し始めた。
当時、ソウマはまだマグマラシで、ライナと探検隊を結成したばかりの新米。
そんなある日、二人は正式な休みを取り海岸へ泳ぎに来ていた。
元々人間だったせいかソウマは泳ぎがうまく、ほのおタイプにもかかわらず水を苦手としていなかったのだ。
でも今と違ってマグマラシのためか、それほど長い間水に浸かることはできなかった。
あまり浸かっていると体が冷えて動けなくなってしまうからだ。
海岸に来て数時間、この時ライナは沖で泳いでおり、ソウマは砂浜に寝転がり濡れた体を乾かしていた。
「お〜いライナ〜! そろそろ上がって休憩しろ〜!」
「え〜? まだ大丈夫よ〜! もうちょっと泳ぎたいわ!」
人間世界でプールに泳ぎに行くと休憩時間が設けられているように、彼もまたライナに休憩を取るよう促した。
しかしライナは泳ぎたりないのかふくれっ面のままソウマの言うことを聞かずに泳ぎ続ける。
危ないから早く戻れとソウマが言いかけたその時、突然ライナの体が水中へと消えた。
疲労がたたって足がつり水面に浮かんでいられなくなったのだ。
「ライナ!! くそお、今助けに行ったらオレも途中で力尽きちまう……」
助けを呼ぼうにも砂浜に人気は全くない。
かといって自分が助けに行けば自分も溺れてしまう。
名案が浮かばず右往左往していると、水面に甲羅のようなものが浮かび浜辺に近づいてくるではないか。
甲羅の正体は、ぐったりしているライナを抱きかかえたかメールだった。
「ライナ!!」
ソウマは慌ててライナに駆け寄り容体を確かめる。
幸い命に別条はなく気絶しているだけのようだ。
「危ないとこやったわ〜。もうちょい遅かったら助からんかったで」
ライナを砂浜に寝かせ安静にさせるカメール。
彼の口から出てきた珍しい言葉遣いにソウマは耳を疑った。
そのしゃべり方は人間の世界でいう関西弁、それをどうして野生のカメールがしゃべっているのだろうか。
「ありがとな、ライナを助けてくれて。お前、名前は何て言うんだ?」
疑問はひとまず後回しにし、ソウマは礼を言うとかメールに名前を聞く。
彼はカメキチと名乗り、岩場の方を指さしあそこで生活していると言う。
彼が指差す先にはドーム状の岩に穴が開いたような場所があった。
ソウマの方も自己紹介をし、近いうちにライナを助けてくれた礼をしたいと申し出る。
「べつに気にせんでええって。人助けするんは当然のことやろ?」
さわやかな笑顔でやんわりと断るカメキチだが、このままでは自分の気が済まないとソウマは食い下がる。
しばらく悩むカメキチだったが、今度二人で自分の家に遊びに来ることで合意。
その時に改めて礼をするとソウマも笑顔になる。
話がまとまったところでライナの方もようやく目を覚ました。
「私、一体……」
溺れている途中で気絶したせいか、今までに何があったのか覚えていないようだ。
後遺症はほとんどなくソウマはほっとするが、安心と心配で思わずライナを怒鳴りつける。
「だから言っただろ!! こういうことになるから早く上がって来いって言ったんだ! もう少しで死ぬところだったんだぞ!?」
「な、何よ! そんなに怒らなくてもいいでしょ!?」
一転して二人の間に険悪なムードが漂い始める。
カメキチは二人の形相に思わず後ずさり。
「大体お前はそうやって人の言うこと聞かねえから!」
「ソウマが助けに来てくれないのが悪いんでしょ!」
「オレが長時間水につかれないのは知ってるだろ!!」
「だからって普通は必死で助けようとするでしょ!?」
「大体お前がさっさと休憩に入ってたらこんなことにはならなかったんだよ!!」
「なんですって〜!!」
売り言葉に買い言葉で二人のけんかはエスカレート。
カメキチが仲裁に入らなければ口だけではすまなかったかもしれない。
彼になだめられてようやく二人は落ち着きを取り戻す。
「まあ、とにかく無事でよかったよ。これからはちゃんと休憩取れよ。どっか、具合悪いとこはないか?」
「うん……。心配掛けてごめん。大丈夫、悪いところはないわ」
ソウマはライナを気遣い、彼女も迷惑をかけたことを素直に謝る。
ひとまずケンカが収まりカメキチも安堵した。
「いろいろ迷惑かけてすまなかったな……。仲裁までさせちまって」
「なんもなんも! 別に迷惑やなんておもてへんで」
すまなそうに謝るソウマにカメキチはにっと笑う。
二人に別れを告げカメキチは家路につく。
そこでライナは気絶していたせいで彼の名前を聞いていないことを思い出し振り返るが、そこにもう彼の姿はなかった。
家の場所は聞いたので、遊びに行った時に聞けばいいとソウマに言われ彼女も納得する。
その頃、泳いで家へ戻るカメキチはライナのことを考えていた。
(あの、ライナ……やったっけ。かわええやっちゃな〜……)
そう、カメキチはライナを助けたときに一目惚れしてしまったのだ。
今まで恋というものをしたことのないカメキチだったが、これが彼にとっての初恋となる。
それから数日後、カメキチは家で釣り道具の手入れをしていた。
浮きや錘を調整していると家の入口から聞き覚えのある声がする。
様子を見に行くと、ソウマとライナが二人そろって立っていた。
「お〜! ようきたな! 狭いけど入ってくれ!」
二人を家に招き入れ、三人はそれぞれ藁の上に座り話を始める。
ライナはカメキチにお礼を言い、カメキチは改めて自己紹介することでライナも名前を知ることができた。
しばらくは世間話などをして楽しんでいたが、ソウマがとうとう本題を切り出す。
「で、この間のお礼の件なんだけどよ……」
「ああ、もう気にせんでええって言いよんのに」
律儀なソウマにカメキチは感心しつつ、少し苦笑していた。
助けられっぱなしではどうしてもソウマの気が済まないのだ。
「で、そのお礼なんだけどよ……。オレ達の、仲間になってくれねえか?」
「え?」
カメキチは自分の耳を疑った。
まさか直々に仲間への誘いを持ってくるとは思ってもみなかったのだ。
冗談かとも思ったが、直後真剣に頭を下げるソウマを見て彼の本気さを理解する。
慌てて頭を上げさせるが、彼の目は真剣そのもので引き下がるつもりは全くないようだった。
その目を見て、カメキチはソウマとならいい友達になれるかもしれないと思い始める。。
「そんなんやったらお安いご用やで! オレで役に立てるかわからへんけど、一生懸命頑張る覚悟はあるで!」
彼は立ち上がって胸を叩きソウマの申し出を承諾する。
それを聞いてソウマの顔は輝き、二人は笑顔で固い握手を交わす。
ライナと握手をした時、女性の手を初めて握ったカメキチは思わず顔を赤くする。
「あれ? どうかしたの?」
「な、なんでもあらへんあらへん!」
カメキチは顔が赤いのを見られたくなかったのか必死でごまかす。
その後、カメキチは二人と行動を共にし探検隊として活動を始める。
ライナに一目惚れしたカメキチはライナの気を引くため試行錯誤していろいろなことをやったが、いつも空回りしてなかなか成功しない。
告白をしようにもいざとなれば決心がつかずなかなか気持ちを伝えられない。
そしてカメキチが仲間になってから数か月がたったある日、ちょうどソウマは用事で出かけておりその場にはライナ以外誰もいなかった。
ソウマが戻ってくる前に今こそ自分の気持ちを伝えるチャンスだと、カメキチはライナに声をかける。
「ら、ライナ……。ちょっと話があるんやけど……」
「え? 何?」
ライナの顔を見ていると自然に心臓の鼓動が速くなる。
顔も赤く染まって行き、事前に整理したはずの言葉が所々消えていく。
「あ〜……え〜っと、その……。お前ってさあ、誰か好きなやつおるんか……?」
ようやくカメキチは言葉を搾りだす。
ライナは顔を赤くし、しばらく間をおいて口を開いた。
その答えは、イエス。
これは自分なのではと期待が高まるカメキチだったが、次に彼女の口からついて出た言葉は彼の予想を裏切るものだった。
「実は……私……。今までずっと言えなかったけど……ずっとソウマのことが好きなの……」
消え入りそうな声で言うとライナはうつむいた。
カメキチの心の中で何かが音を立てて崩れていく。
初恋にして、初めての失恋だった。
「ソウマのことが好きなんだけど、気持ちを伝えようとしてもうまく言葉が出てこなくって……」
「そ、そうなんや……。まあ、あいつに惚れる理由も分からんわけやないけどな」
恥ずかしそうな表情から一転、ライナの顔には悲しみが広がっていく。
その表情を見て、カメキチの心からはやりきれない思いがすっと消えていった。
「心配すんなや。お前の想い、あきらめへんかったら絶対伝わるで。頑張りや!」
本当はオレもお前のことが好きだった。
その思いを押し込め、カメキチはソウマとライナの恋を応援しようと思う。
このまま自分の想いを彼女にぶつけ続けても彼女の気持ちは変わらない。
それなら自分から身を引いて、好きだった相手の恋を応援する。
それこそが、相手のことを本当に好きなことだとカメキチは思った。
「いや〜悪い悪い! 予想より長くかかっちまった」
ライナが口を開きかけたその時、ちょうどソウマが帰ってくる。
彼はそのまま基地のある方へ歩き出し二人もそれに続くが、ライナは突然振り返るとカメキチにだけ聞こえるようにこう言った。
「ありがとうカメキチ。あなたは本当に私の恩人だわ。ソウマのことも好きだけど、あなたのことも大好きだからね」
そう言ってライナはカメキチの頬にキスをした。
カメキチは一瞬何が起こったのか分からなかったが、意味が分かると少し照れ臭そうな笑顔を浮かべる。
それから彼らが色恋沙汰でもめることはなく、カメキチはソウマともライナとも親友の関係でいるのだ。
「ねっすいのどうくつでソウマから話聞いた時はびっくりしたで。あん時はライナだけしか分からんかったけど、今日で二人ともお互いの事好きやいうがよう分かったわ。二人とも恥ずかしゅうて、よう言えんのやろな」
そう、過去にライナが相談した相手とはカメキチだったのだ。
二人のやり取りで薄々感づいてはいたものの、気持ちを聞いていたのはライナだけでソウマには確証が持てずにいた。
そこへ今日彼から相談を受けたことにより、二人が相思相愛であることを理解する。
熱心に耳を傾けるソウイチ達を見て、カメキチはソウマに口止めされていることを思い出しハッとした。
「今の話二人には内緒やで? 好きな気持ちは自分の口で言うてこそ意味があるさかいな」
せめてばれないようにと、カメキチはソウイチ達に釘を刺す。
流れ上話してしまったことにカメキチは負い目を感じたが、二人の恋を真剣に応援したいという思いは変わらない。
ソウイチ達もまた、彼の話を聞き二人の邪魔をしないよう今のことは秘密にようと心に誓う。
「オレなんかより、あいつはソウマと一緒におった方がきっと幸せになれる。あいつが幸せやったら、オレはそれだけでええ」
楽しそうに話をする二人の様子を見て、カメキチは穏やかだが少し寂しそうな笑みを浮かべた。