第十八話 モリゾーの思い出 父の意思を継ぐ者
ベースキャンプの中に入るとすでに設営は終わっており、先に着いていたものからは不平不満を浴びるソウイチ達。
ソウマが事情を説明して納得はしてもらえたものの、完全に不満は拭い去れていないように見える。
そしてソウマが事情を説明している間、ソウイチは不思議な感覚を覚えていた。
この場所は初めて訪れるにもかかわらず以前来たことがあるような気がするのだ。
彼は間違いなく、この場所を知っている。
(もしかして、記憶がなくなる前と関係があるのか……)
思い当たる理由はそれしかなかった。
自分が人間のころ、何かしらの理由でここを訪れていた可能性は捨てきれない。
ふと隣を見ると、ソウヤの方も眉間に少ししわを寄せ考え込んでいる。
気になって聞いてみると、彼もまたソウイチと同じようなことを考えていたのだ。
そしてソウマも、言葉にすることはなくても二人と同じ既視感を感じていた。
一体この場所に何が隠されているというのだろうか。
「お〜い二人とも〜! 早くおいでよ〜!」
気が付けばペラップから作戦会議の招集がかかっていた。
腕組みして考えていたソウイチとソウヤは慌てて彼らの元へ飛んでいく。
ペラップはメンバーが全員いることを確認すると今後の予定について話し始めた。
今日はすでに日が落ちかけているため、安全を考慮し探索は行わず明日に備えて会議だけを行うことに。
「見ての通り、ここは深い霧に覆われている。そしてこの森のどこかにきりのみずうみがあるらしいのだが……今のところ噂でしかない。今までいろいろな探検隊が挑戦してきたが、まだ発見されていないのだ」
「なんだあ、つまんねえの……」
噂という言葉にソウイチは愚痴をこぼす。
それを聞いたモリゾーやゴロスケは夢がないと彼を睨み、ドゴームとソウヤは白い眼で彼を見つめる。
口は災いの元とはよく言ったもので、ソウイチは返す言葉もなく体を縮こまらせた。
「あのう……。私、ここに来る途中である伝説を聞いたのですが……」
その伝説とは、きりのみずうみにはユクシーというとても珍しいポケモンが住み、そのユクシーには目を合わせた者の記憶を消す力があるという。
例え湖を訪れたとしてもユクシーによって記憶を消されるため湖の存在を伝えることができない。
ユクシーはそうやって湖を守っているという伝説が残っているそうだ。
ソウイチとソウヤは思わず顔を見合わせた。
それが本当なら、もしかしたら自分達の記憶もそのユクシーに消されたのかもしれない。
ソウマもまたその可能性を考えた。
彼自身ソウイチ達より人間の時のことを覚えているとはいえ、どこから何を目的にこの世界へ来たのかは不明なままなのだ。
「ううっ……ちょっとおっかない話でゲスね……」
「ワシ、記憶を消されたらどうしよう……」
チリーンの話にすっかり怯えるビッパとドゴーム。
もし都合のいいように記憶を消されたらと思うとたまったものではない。
「あら、あなたは心配ないですわ。だってそうでなくても物忘れが激しいじゃない」
深刻な顔をするドゴームにしれっと突っ込みを入れるキマワリ。
シリウスとソウイチはそれを聞いて吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
「まあ、こういった場所にはたいてい伝説や言い伝えが残されているものだ。そして我がギルドは、これまでもそういう困難を乗り越えて探検してきたんだ」
自信に満ちた表情と声でペラップは言う。
その経験こそプクリンのギルドが一流と呼ばれる所以でもある。
「心配はいらない。きっと大丈夫だよ。今回の冒険も成功を信じて頑張ろう!」
プクリンの言葉に応えるようにメンバー達は声をあげる。
やる気は十分、もう噂話など怖くはない。
そしていよいよ本題となる作戦会議に入る。
プクリンとペラップはここに残り、メンバー達から情報を集め分析を行う。
その間は各自森の中を探索。
森は奥へ進むともやがかかっており視界が非常に悪いため、湖を見つけるかもやを取る方法を発見した場合は速やかに報告してほしいとのこと。
会議が終了すると、各自テントに戻り明日に備えて就寝。
誰もが寝息を立てる中、モリゾーは興奮が冷めず寝付けないでいた。
(ついに遠征まで来ちゃったんだな〜……。いよいよ明日から探索開始か)
これまでのことを思い出し物思いにふけるモリゾー。
ふと隣にいるゴロスケに目をやると、彼はすっかり夢の中なのかぐっすり眠っている。
(オイラがここまでこれたのもソウイチやソウヤのおかげでもあるけど、探検隊になりたいって意思を固めてくれたのは、ゴロスケと父さんだったな……)
昔、モリゾーとゴロスケが五歳でギルド周辺に移り住む前のことである。
彼らはもりのこはんという場所に住んでおり、お互いに家が近いせいで幼いころから大の仲良しだった。
仲がいいのは彼らだけでなく、二人の両親もまた家族ぐるみで仲良くしている。
モリゾーの両親は、父のグラスと母がナズナ。
ゴロスケの両親は、父のバーニーと母のミズヨ。
グラスとナズナはジュプトル、バーニーはラグラージ、ミズヨはヌマクローである。
グラスとバーニーも昔からの親友で、幼いころはよく森の中などを探検したりしていた。
それが高じたのか、今では二人とも世界中をまたにかける有名な探検家だ。
しかしその肩書きを自慢したり驕り高ぶることはなく、仲間や近所から絶大な信頼を得ており友人も多かった。
モリゾーとゴロスケは、そんな立派な父親の背中を見て育ってきたのだ。
そして育つにつれ、自分も父親みたいに立派な探検隊になりたいという思いがだんだん強くなっていく。
ある日、モリゾーはゴロスケと一緒にコケのもりの奥へ探検に行こうと思った。
入り口周辺ではよく遊ぶのだが森の奥へ足を踏み入れたことはない。
噂によると、森の奥には何かの遺跡があると言われておりそれも興味をそそる。
森のポケモン達は顔なじみで、凶暴なポケモンもおらず大丈夫だろうとモリゾーは考えていた。
探検のことは話さずゴロスケと遊ぶと言い、彼はまっすぐゴロスケの家へと向かう。
ゴロスケを呼ぶとバーニーが顔を出し、すぐさまゴロスケを呼びに行く。
しばらく歩くと森の入り口に到着。
目の前の道から先は足を踏み入れたことのない未知の領域だ。
「じゃあ、行こうか……」
「うん……」
緊張しているせいか二人の声は少し震えていた。
人生初めての探検で無理もないだろうが、彼らは不安と同時にこの先に待ち受けているものへの期待に胸を膨らませる。
ひたすら道に従って歩いて行くと、背丈の高い木が生い茂るようになり日光を遮り始めた。
近くの岩や木には苔が生え、自分達の足音以外に物音もなく不気味である。
「だ、大丈夫かなあ……」
「大丈夫だよ。きっとたどり着ける」
不安げなゴロスケを元気づけるモリゾーだったが、彼も不安なことに変わりはなかった。
進めば進むほど辺りは暗さを増し二人はだんだん怖くなってくる。
お化けでも出るのではないか、そんな想像が頭をよぎったその時。
突然木の枝が激しく揺れ、二人はボールが弾むようにその場から一目散に逃げ出す。
無我夢中で逃げ続け我に返ると、二人は自分達がどこにいるのか全く分からなくなっていた。
家へ帰ろうにも帰れないことに二人はますます恐怖に蝕まれていく。
一方そのころ、グラスは用事を終えてちょうど家に帰ってきたところだった。
「ただいま〜。あれ、モリゾーはどうした?」
「まだ帰ってこないの。一体どうしたのかしら……」
モリゾーの姿が見えないことに疑問を抱くグラス。
いつもならとっくに戻っているはずだが、遊びに出たきり戻らないことに不安を募らせるナズナ。
「仕方ないな……オレが探してくるよ」
「あ、そういえばゴロスケ君と遊ぶって言ってたわ。きっとバーニーさんのところじゃないかしら」
グラスは余分な荷物を置くと再び外に出る準備を始める。
ナズナの情報を元にまずはバーニーの家へ行くことに。
しかし、彼の家にもモリゾーはおらずゴロスケの姿もなかった。
バーニーもゴロスケに遅くならないよう言ってあったがまだ帰ってきていないという。
「どこに行ったか分からないか?」
「う〜ん……。そうだ! もしかしたらコケのもりへ行ったのかも。二人はあの近くでよく遊んでたみたいだし」
コケのもりという言葉を聞いてグラスの顔色が変わる。
最近奥の遺跡に凶悪なお尋ね者が住み着いたという噂を耳にしたのだ。
さらにあの森は不思議のダンジョン化が進んでおり、元いた住人もそれを恐れ移住し始めている。
そのせいで少し迷ってしまえば帰り道を見失う可能性があり、運よく遺跡にたどり着けたとしてもお尋ね者が待ち構えていれば二人に危険が及ぶ。
「すぐに後を追うぞ! 準備はできてるか?」
「もちろん! 探しに行くつもりで準備はしてたのさ。」
大事な息子に何かがあってからでは遅い。
バーニーはいつでも探しに行けるようすでに準備を整えておりすぐにでも出発できる状態だ。
「相変わらず用意がいいな。じゃあ行くぜ!」
「ああ! 母さん、ちょっと子供達を捜してくるよ!」
ミズヨに一声かけ二人は森へと急いだ。
すでに陽が沈む手前で真っ暗になれば何があるか分からない。
少しでも早く息子達を見つけようと、彼らは遺跡への道をひた走る。
そしてモリゾー達はと言えば、森の中を当てもなく歩くしかなく一向に遺跡にたどり着かない。
「どうしよう……。大変なことになっちゃった……」
「だ、大丈夫だよ……。そのうち出られるって」
うつむいて消え入りそうな声でつぶやくゴロスケ。
モリゾーはゴロスケを励ましたが、彼の心は恐怖と絶望で埋め尽くされていた。
「もうだめだよ……。僕達ここから出られないんだ……。お父さん……お母さん……」
ゴロスケは力なく座り込み嗚咽を漏らし始める。
それを見て思わずモリゾーの目にも涙がにじむ。
「あきらめちゃだめだ! 歩いてればきっと見つかるよ! さあ、行こう!」
モリゾーは歯を食いしばり泣かないよう我慢する。
本当は泣きたかったが、自分が泣いても余計にゴロスケを不安にさせるだけだと思った。
優しく肩を叩きゴロスケを元気付けると、彼も涙を拭いて立ち上がり二人は再び遺跡を目指す。
歩きに歩き足に力が入らなくなってきたが、それでも二人は一生懸命歩く。
ついに、一本道の先に光が見え二人はとうとう森を脱出。
空は青色から茜色に染まっており、陽も傾いていた。
そして、目の前に広がる光景に二人は見入った。
「うわあ〜……すごい……」
そこにあるのは、かつて何かの建物だったであろう石の残骸、形をとどめた門のような物。
二人は偶然にも、遺跡のある場所へたどり着くことができたのだ。
夕陽が照らす神秘的かつ幻想的な光景に、二人は感嘆の声を漏らすしかできなかった。
それから二人は各遺跡を回りその様子をじっくり観察する。
「すごい! やっぱり噂は本当だったんだ!」
「大発見だよ! やったね!」
苦労の末にたどり着いた感動と興奮で二人は手を取り合って小躍りする。
ところがその喜びもつかの間、背後から石が崩れる鈍い音が響き二人は反射的に振り返った。
喜びに満ちていた二人の顔は瞬時に青ざめ、体中が震えはじめる。
そこにいたのは、モリゾー達の倍以上はある巨大なガブリアス。
このガブリアスはあちこちで強盗を働き、凶悪犯として全国に手配書が配られているお尋ね者。
「何だお前らは? ここへ何しに来た」
じりじりとガブリアスは近寄ってくるが、二人は恐怖で体が硬直し逃げられない。
最初は首をかしげているガブリアスだったが、やがてにんまりと不吉な笑みを浮かべる。
「そうか……。さてはオレの盗んだものを取り返しに来たんだな? ご苦労なことだ……」
この近くにはガブリアスが盗んで隠した金銀財宝があり、彼はモリゾー達がそれを知って取り戻しに来たのだと思い違いをしたのだ。
もちろん彼らにそんなつもりは毛頭なく震える声で否定する。
「ち、違うよ……。オイラ達は遺跡を見に来ただけで……盗んだものなんて何も」
「言い訳しても無駄だ。知られたからにはお前らを生かしておくわけにはいかねえ。ここで消えてもらう!」
モリゾーの言う事を遮り、ガブリアスは腕を振り上げた。
大きな鎌が夕陽に反射してギラリと光る。
もうだめだと二人が目をつぶったその時、空気を斬るような音がしたかと思えばガブリアスの腕をはじいた。
「何い……!? だ、誰だ! 出てこい!!」
予想外の攻撃にガブリアスは動揺した。
辺りを見回し怒鳴り散らすと、遺跡から出てくるジュプトルとラグラージの姿が。
「オレ達の息子に何しようとしてんだ?」
「手を出したら許さないよ」
グラスとバーニーは鋭い眼光でガブリアスを睨みつけこちらへとやってくる。
思わぬ父親の登場にモリゾーとゴロスケは驚いた。
「モリゾー、ゴロスケ! お前らは安全なところに隠れてろ! 早く!」
グラスは二人に向かって言うと、腕の中に黄緑色の球体を作り始める。
バーニーも攻撃態勢は万全で不意打ちをされないよう隙を埋めていた。
モリゾーとゴロスケは近くにある遺跡の陰に隠れ二人の様子を見守る。
「バーニー、気を抜くな! こいつは凶悪犯の中の凶悪犯だ!」
「ああ! もちろんさ!」
真っ直ぐにガブリアスを見つめる二人。
先に相手が動き、両腕を使って二人の体を切り裂こうと仕掛けてくる。
彼らは体勢を落とし攻撃を回避、後ろに回り込みエナジーボールとハイドロポンプをぶちかます。
「そんなので攻撃したつもりか!」
ガブリアスは持ち前の素早さでジャンプし攻撃をかわす。
その高さは木のてっぺんに届きそうなほどで、相手は落下速度を利用し瞬時にグラスの喉元にかみついた。
「ぐあああ!! は、離れろおおお!!」
牙からあふれ出る炎で体を焼かれグラスは悶え苦しむ。
自身で引き離そうとするがガブリアスは強靭な顎で食らいつき離れようとしない。
バーニーが再びハイドロポンプを浴びせガブリアスの気を引き、その隙をついて腹にリーフブレードをお見舞いし攻撃から解放される。
グラスの喉から腹にかけては痛々しい火傷の跡が残った。
「へっ! オレを捕まえようなんて百年早いんだよ!」
ガブリアスはちっとも堪えていないのか余裕綽々。
それに対し痛みがひどいのかグラスは時折顔を歪ませる。
「大丈夫? まだいける?」
「ああ、これぐらいなんともないぜ!」
グラスは果敢にも再びリーフブレードでガブリアスに切りかかり、ガブリアスもドラゴンクローで応戦した。
お互いの持つ刃と刃がぶつかり合い激しい火花を散らしている。
時間が経つにつれ、火傷の効果を我慢しながら腕を振るうグラスが押され始めた。
(このままじゃまずいな……。攻撃力はほぼ互角……すばやさは若干向こうのほうが上だ……。そろそろ勝負を仕掛けるか……)
グラスはバーニーに目くばせすると、相手に気付かれないよう片方の腕でエナジーボールを溜め始める。
溜めている間は攻撃よりも守りに徹し調子に乗ったガブリアスはここぞとばかりに攻撃をぶつけた。
必死にそれを防ぎながらもグラスはエナジーボールのエネルギーを溜めていく。
(父さん、負けないで……!)
(おじさん、がんばって……!)
モリゾーとゴロスケは遺跡の陰からグラスを応援した。
両手を握りしめ、祈るような気持ちで戦いを見守る。
その間にエネルギーが溜め終わり、グラスはゼロ距離からエナジーボールをガブリアスの腹に叩きこんだ。
攻撃に夢中になっていた相手はよけることができずもろにダメージを受けた。
「うぐう……! でも……これだけで終わると思ったら大間違いなんだよ!!」
「そうだ、これで終わりじゃねえ……! バーニー! いけえええ!!」
ガブリアスが振り向くと、そこには両手で構えを作るバーニーの姿が。
周辺にあふれ出る冷気を見てガブリアスは全てを悟ったがもう遅い。
「受けてみろ! トリプルれいとうビーム!!」
口、そして両腕から発射されたれいとうビームは巨大な光線となりガブリアスに迫る。
避けきれないと防御に入るガブリアスだがそんなものは付け焼刃でしかない。
身も凍る冷風が過ぎ去ると、ガブリアスの息はすっかり上がり立っていることすらやっとに見えた。
極限までエネルギーを溜め、なおかつ四倍のダメージを受ける技を受け立っている方が奇跡に近い。
「はあ、はあ……。くそお……こんなところで負けてたまるかよ……!!」
最後の力を振り絞り二人に突撃しようとするガブリアス。
ところが、いくら体を前に動かそうとしても体が倒れそうになるだけで動かない。
その理由はガブリアスの足元にあった。
れいとうビームをもろに受けたため足元が凍りつき動けなくなっていたのだ。
「これでとどめだ!!」
顔面蒼白になるガブリアスにグラスが切りかかる。
避ける手立てがない今勝負は決まったかに見えた。
その時、地面から突き上げるような衝撃が起こり誰もが動きを止める。
「な、なんだ! 何が起こったんだ!?」
「地震だ!! よりによってこんな時に……!」
次から次へと予想外の出来事が起こり取り乱すガブリアス。
あと少しで勝敗が決まるというのに、地震が起きてはそれどころではない。
「早く逃げないと! このままここにいたら木や遺跡が倒れてくる!」
「……仕方ない!」
グラスはリーフブレードを解除しバーニーとその場を離れようとする。
すると、今度は大きな横揺れが彼らを襲い右へ左へと揺すった。
これには思わず二人もしりもちをつき、モリゾーとゴロスケもその場に座り込んでしまう。
そこに地震とは異なる別の音が響き渡った。
グラスの目線の先にあるのは、崩壊した遺跡が雪崩のようにモリゾーとゴロスケに押し寄せる光景。
いち早く気づいた彼は全速力で息子たちの元へ駈け出す。
バーニーも向かおうとしたが、それより先にすさまじい音が辺りにこだまし周りは土煙で何も見えなくなった。
ガブリアスはこれ幸いと足元の氷を破壊し森の中へ姿を消す。
視界が晴れバーニーが見たものは、モリゾーとゴロスケをかばい瓦礫に埋もれているグラスの姿だった。
そして埋もれた彼を二人は必死で助け出そうとしている。
「ぐ、グラス!!」
バーニーはすぐさま駆け寄り瓦礫に手をかけ持ち上げようとするが、積み重なった瓦礫は想像以上に重く一人ではどうにもならない。
小さな欠片からどかしていると、途切れ途切れにグラスが声をかける。
「バーニー……お前は二人を連れて早く逃げろ……! オレのことはいいから……早く逃げるんだ……!!」
「そんな! 大事な親友を置いていけるわけないじゃないか!!」
バーニーは思わず自分の耳を疑った。
そんな非情なことはできないと再び瓦礫を持ち上げようとする。
するとグラスはその手をつかみ、普段は見せない真剣な表情でバーニーを怒鳴りつけた。
「バカ野郎……!! このまま第二波が来たらみんな埋もれちまうんだぞ……!? オレはいい……今すぐ逃げろ……!!」
地震の揺れは収まっておらず、この後に強い揺れが来る可能性は大いにある。
自分のために息子や親友の命を危険にさらすわけにはいかない。
今の状況では助からないことをグラスは悟っていた。
彼の表情からバーニーは思いを感じ取り、瓦礫にかけた手を放す。
「……わかった……!」
苦渋の決断ではあったが、バーニーは嫌がるモリゾーとゴロスケを抱きかかえその場から走り去った。
親友を置いて逃げざるを得ないバーニーの表情は苦悶に満ち、両目には涙が浮かんでいる。
「嫌だ! 放して! 父さん!! とうさあああん!!」
モリゾーは泣き叫びバーニーの腕から抜け出そうともがく。
その都度バーニーはモリゾーをしっかり抱き逃げ出せないようにする。
モリゾーの叫び声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
「モリゾー……。強くなれよ……」
そうつぶやきグラスが目を閉じた途端、地震の第二波で遺跡や周辺の木々が崩壊しグラスの上に倒れてくる。
地震が収まったころには、遺跡は影も形もなくただの石と化していた。
辺りは静まり返り、何も聞こえない。
大地震はあちこちに爪あとを残し深刻な被害を出した。
地震が収まったのを見てバーニーは人出をかき集め、すぐさまグラスの救助に向かう。
遺跡へ向かう道を大木が塞いでいたり地面に亀裂が入ったりして遺跡にたどり着くだけで丸一日かかった。
それから積み重なった木をどかすのに二日、グラスが埋もれているであろう場所に到達するまでで三日もかかってしまったのだ。
救助は難航し、二週間かかって全ての瓦礫を撤去することができた。
ところがグラスの遺体はどこを探しても見つからず、代わりに発見されたのは不思議な文様が刻まれた何かのかけら。
これはグラスが遺跡のかけらと称しいつもお守りとして持ち歩いているものだった。
バーニーは自分の力不足を嘆き、何度も何度もグラスやナズナに対して頭を下げ泣いて謝る。
自分のせいで大事な親友を失い、モリゾーの父親を奪ってしまったと彼は自分を責め続けた。
二人はもちろん、グラスを助けるため彼が最後まであきらめなかったことを知っていた。
バーニーは何も悪くない、自分を責める必要など何もない。
「オイラのせいだ……。オイラがあそこに行かなければ父さんは……!」
自分の判断がグラスを死なせてしまったとモリゾーは自分を責めた。
遺跡に行かなければあそこで自信に遭遇することもなかったかもしれない。
やがてモリゾーは自分の部屋に閉じこもり、ゴロスケとも一切会おうとしなくなる。
尊敬する、愛する父を失った悲しみは消えることはない。
グラスがいなくなったことで、モリゾーの探検隊になろうという意思すら消えかけようとしていた。
そんな生活が一週間ほど続いたある日、モリゾーはドアの向こうからゴロスケの声がすることに気付く。
ドアの向こうから顔を出したモリゾーを見てゴロスケは言葉を失う。
曇った目にどんよりとした表情、明らかにモリゾーはやつれていた。
「どうしたの……? 何か用……?」
「これ……おじさんが持ってたんだって……。モリゾーに渡しておいた方ががいいかなって」
そう言ってゴロスケは遺跡のかけらを彼に手渡す。
じっと眺めていると、欠片の真ん中に不自然な窪みがあることに気付いた。
触ってみると表面が取れ、中からモリゾーに宛てたグラスの手紙が出てくる。
【モリゾーへ
これをオレがお前に渡すときは、お前もかなり立派になっていることだろう。
これは、オレがオレの父さん、お前のじいちゃんからもらったものだ。じいちゃんは、オレが探検隊としてひとり立ちするときにこれをくれた。旅先でのお守りとしてな。
このかけらには何か謎があるってじいちゃんは言ってた。オレもその謎を解こうと思っていろいろなところへ行ったが、結局何も見つけられなかった。
お前なら、じいちゃんとオレの血を引いているお前ならきっと解き明かせるはずだ。その時を楽しみにしているぞ。モリゾー、強くなれ。そして、一人前の探険家になるんだぞ。がんばれよ。
父さんより】
「……父さん……父さん……!」
モリゾーの目からは嗚咽と共に大粒の涙が溢れてくる。
涙はいろいろな感情が混ざり合い次から次へと流れ落ちて行った。
「モリゾー……君は何も悪くないよ。あの地震が来ることは誰にも分からなかったんだ。おじさんだってきっとそう思ってる。だから、これ以上自分を責めないで」
ゴロスケの言葉で感情を抑えきれなくなり、彼に抱き着き友達の目の前ということも忘れ慟哭する。
モリゾーが泣いている間中、ゴロスケはずっとモリゾーを抱きしめていた。
いつまでも泣いて落ち込んでいるモリゾーなど見たくはなかった。
ひとしきり悲しみを吐き出した後、モリゾーは涙を拭いてゴロスケに礼を言う。
「ゴロスケ……ありがとう。ごめんね、こんなとこ見せちゃって」
「気にしなくていいよ。だって、僕達友達じゃない」
そう言ってモリゾーに笑いかけるゴロスケ。
それを見てモリゾーも自然と笑顔になる。
「ねえ、ゴロスケ。お願いがあるんだ。独り立ちする時が来たら、オイラと一緒に探検隊をやってくれない? ゴロスケと一緒なら、できそうな気がするんだ」
負の感情を涙で洗い流すと、自然とモリゾーの心に探険家になりたいという強い思いが再び宿ったのだ。
彼の言葉は力強く、そしてしっかりしていた。
代々受け継がれてきた謎を解き明かすために、彼は決意を固める。
「もちろんだよ! 一緒に頑張ろう!」
ゴロスケは弾けんばかりの笑顔を浮かべモリゾーの手を取る。
一緒に探検隊をやろうと言ってくれたこと、そしていつものように元気になったことがとても嬉しかった。
その後彼らがお互いの両親に報告に行くと、彼らもまたモリゾーが元気を取り戻したことに安心し心から笑顔になる。
それから独り立ちするまでの間二人は経験を積み、独り立ちした後はギルドの近くへと移住。
それから数日後、彼らはソウイチ達と出会うのだった。
(ゴロスケがあのかけらを持ってきてくれなかったら……父さんの手紙がなかったら……。きっとオイラ、立ち直れてなかっただろうな。ありがとう……ゴロスケ、父さん)
モリゾーは心の中で二人に礼を言うと、自分も目を閉じ眠りにつく。
外では、満天の星が眩く輝いていた。
これからの彼らの活躍を見守るように。