第十七話 近道? 回り道? 獣道!
「うう……。ふわあああ……」
翌朝、ライナは一人目を覚ました。
日はまだ昇っておらず、他のメンバーはまだ夢の中だ。
(みんなぐっすり寝てるな〜……。とても疲れたのね)
寝言を呟いている者もいれば、微動だにせず眠っている者もいた。
えんがんのいわばではでんき技を使わず攻略という難易度の高いことをしただけのことはある。
ふと、ライナはソウマの寝顔に目がとまった。
普段はあまり見せないようなとてもリラックスしている顔。
じっと見ていると、心臓の鼓動が徐々に早くなってくることが分かる。
ライナは一旦その場を離れると、小川がある場所まで行き顔を洗って落ち着こうとした。
小川は近くの森を通って流れてきており水は澄んでいてとてもきれいだ。
顔を洗い終わると、彼女はほうっとため息をつく。
(どうしてかしら……。出会ってからずっと変わってない気持ちなのに、どうしてもうまく伝えられない……。ソウマは、私のことどう想ってるんだろう……)
そう、ライナはソウマに恋心を抱いているのだ。
最初こそただのパートナーという風にしか思っていなかったが、いつしかそれが自分のとても大切な人へと変わっていることに気付く。
自覚するまでに時間はかかったものの彼が好きだという気持ちに嘘偽りはない。
だが、今日の今日まで彼女はその想いを彼にぶつけたことはなかった。
伝えようとすると気恥ずかしさや照れくささ、その他いろいろな感情が入り混じり言葉にならないのだ。
ソウマの方はライナの気持ちに気付いている様子もなく、かといって彼にも気があるようには感じられない。
考えれば考えるほど彼女は深みに入っていく。
向こうは自分のことをどう思っているのかどうしても気になって仕方がないのだ。
自分は彼のことが大好きなのだが、もしかしたらその気持ちは一方的なものなのかもしれない。
過去に一度相談したことはあるのだが、それからあまり進展がないのが現状だ。
浮かない表情で水面を見つめていると、ライナの隣にコンが腰を下ろした。
「おはようございます。早いですね」
「おはよう。なんだか目が覚めちゃって」
コンも顔を洗いに来たようで二人は笑顔であいさつを交わす。
するとコンは、なぜ集団から離れた場所で顔を洗っているのかと彼女に尋ねる。
ライナは言葉に詰まり頬を赤くしたが、小さな声で言葉を漏らした。
「コンは、誰かのことを好きになったことってある?」
「え?」
逆に質問されると思っていなかったのかキョトンとするコン。
しかし質問の意味を理解すると、自分にも経験があると小さな声でつぶやく。
それは紛れもなくモリゾーのことである。
理由は彼女にも分からないが、彼のことを見た途端急に心臓がどきどきし始め顔を合わせる度にそうなってしまうのだという。
それを知り合いに話すと、恐らく恋ではないかという回答を得た。
モリゾーが近くにいることや話しかけてもらえることがとても嬉しく、逆に自分からは恥ずかしい。
思い当たる節は多く、最初は理解できなかったコンもようやく腑に落ちたという。
「私、その人のこと見るとどうしても上がってしまうんです……。伝えたいことがあるのに、どうしても言葉が出てこなくて……。それがもどかしいんです」
「私もなの。伝えたいけど、なぜか言葉にできない。それに、向こうが私の気持ちに気付いてくれてるかどうかも分からないし……」
コンは恥ずかしそうに笑い、ライナは少しさびしそうな顔をした。
そして顔を見合わせくすっと笑いあう。
恋する乙女は、いつの間にか二人になっていたようだ。
「いつかきっと伝わりますよ。想いって、そんなものだと思います。あきらめなければ、相手も分かってくれるはずです」
「……ありがとう。お互い、気持ちが伝わるといいわね」
ライナは、コンの笑顔から元気をもらったような気がした。
あきらめるにはまだ早い、チャンスはまだまだあるのだから。
「二人とも。そんなとこで何やってんだ?」
いつからそこにいたのか、二人が後ろを振り返るとそこにはソウマが立っていた。
彼も顔を洗いに来たようだが、あまりの突然の出来事でライナの心臓は跳ね上がる。
さっきの話を聞かれているのではと気が気ではない。
ふとソウマの頭に目をやると、寝癖のせいか頭の毛が爆発しとんでもない髪形が出来上がっていた。
あまりに面白かったので思わず吹き出しそうになるライナ。
それをソウマに告げると、彼は少し悩んだ後いきなり川の中へ飛び込み行水を始める。
普通だと頭を軽くぬらす程度なのだが、彼はしばらく川で泳いだ後川から上がって体を震わせ水気を飛ばした。
寝癖はすっかりなくなっている。
「ふ〜、さっぱりしたぜ! ところで、さっきは何話してたんだ?」
「え?」
ソウマの質問を理解するまでに少し時間がかかり、彼女たちは慌てて何でもないとごまかしに入る。
恋愛談義を聞かれていなかったことは幸いだった。
「そうか、ならいいや。そろそろ朝飯ができるから二人とも戻ってこいよ。そうじゃなかったら、食欲旺盛なやつらに全部食われるぜ」
ソウマは冗談交じりに言うと元の場所へと戻っていく。
「聞かれてなくてよかったですね……」
「ほんと……。でも、コンのおかげで元気が出たわ。ありがとう」
二人は思わず胸をなでおろす。
ライナは笑顔でコンにお礼を言った。
「いえいえ。お互いに頑張りましょう!」
「ええ! きっと伝えてみせるわ!」
自分の気持ちを伝えるべく、お互いに決心を固めるライナとコン。
この恋の話は二人だけの秘密。
頭上には、顔を出したばかりの朝日が温かく輝いていた。
「ごちそうさま〜!」
食事を終えると一同は満足そうにお腹をさする。
これから山越えにもかかわらず、これでもかというほどソウマの手料理を胃袋に詰め込んだ。
彼は人間の時から料理を得意としており、そのころの経験がいかんなく発揮されていた。
平らな石をフライパン代わりにしたり、石を削って作った即席包丁や大きな葉を皿代わりにするなどサバイバル術にも長けている。
周囲からべた褒めされると彼は照れて赤くなった。
「こういう男と結婚できる女って幸せだろうな〜」
(ソウマと……結婚……。そういえば、人間とポケモンで結婚できるのかしら……? でも、ソウマは今はバクフーンだし、タマゴグループが合えばもしかしたら……)
シリウスが何気なく放った一言でライナの妄想スイッチが入る。
結婚までの道のり、結婚後の生活などいろいろなことが頭をよぎった。
それを考えている時にソウマと目が合ってしまい、彼女は赤い顔が見えないよう慌ててそっぽを向く。
もちろん、何を考えているかなどソウマに分かるはずもなかった。
それから一同はベースキャンプに向けて再び出発したが、最早出鼻をくじかれる出来事が起こる。
ツノやまを越えるべくその入り口を目指したのだが、なんと入口が岩でふさがれていたのだ。
上の方にあった岩が何らかの衝撃で落ちてきたのだろう。
ここ以外のルートは想定しておらずソウイチ達の間に動揺が広がる。
その様子を、影でほくそ笑みながら見ているドクローズの姿があった。
「ケッ、ざまあねえな」
「これで当分は足止めを食うだろう。いい気味だ。ククククッ」
ソウイチ達より先行していた彼らは、何か邪魔をしてやろうと考え入口に岩を落としたのだ。
戸惑っている彼らの様子に満足し、三人は気づかれないようその場から退散した。
そんなこととは露知らず、何とかしてツノやまを抜ける方法を探すソウイチ達。
「オレが穴を掘るで岩の反対側まで行けば……」
「バ〜カ、岩がどの辺まであるかわかんねえだろ?」
「なにい!? 誰がバカだ!」
穴を掘ろうとするシリウスに水を差すソウイチ。
その言い方に腹を立てシリウスはソウイチに食って掛かる。
彼の口調は大体こうなのだが、いかんせんシリウスの短気さに問題があるようだ。
「落ち着けよ。確かにソウイチの言うことはもっともだ。こうなったら別ルートを探すしかないな」
シリウスをなだめると、ソウマは地図を取出し他に通れる道がないか調べ始める。
できるだけ最短経路になるよう道をたどってみるが、どれも崖に突き当たったり急な山に出くわしたりと見つからない。
「そうだ! さっきの小川をたどって行けばいいんじゃないですか?」
「小川? ちょっと待てよ……」
コンのひらめきを聞いて、ソウマはさっき見た小川を地図でたどって行く。
少し迂回することになるが、最終的にはベースキャンプ近くまで流れていることが分かった。
これ以上遅れを取るわけにはいかないと、彼らは元来た道を引き返し急遽小川沿いの道を進む。
小川の周りは木が生い茂り、周辺に分かれ道もない分かりやすい道だった。
川や木が太陽の光を程よく遮り、風も吹いて実に心地よい。
「アニキ、この調子で行けばどのくらいで着きそう?」
「そうだな……。夕方ぐらいには着けるんじゃねえか?」
ソウヤに聞かれ、おおよその距離を見てソウマは答える。
まだ時間は午後になっておらず到着までまだかかりそうだ。
「冗談じゃねえ! そんなにちんたらしてたら遅れをとっちまうよ!!」
「これ以外に道がないんだから仕方ないよ。あそこで止まってるよりはずっと早いと思うよ」
イライラするシリウスをモリゾーとゴロスケはシリウスをなだめる。
二人の言う事はもっともだがそれで気分が収まるシリウスではない。
すると、急ににやっと笑ったかと思えば彼は突拍子もないことを言い出した。
「じゃあ、新しいルート見つけりゃいいんだな?」
そう言うなり、シリウスはソウマから地図をひったくりあれやこれやと道を探し始める。
いい加減にしろとソウイチが止めようとしたが、気の済むまでやらせればいいとソウマに止められ渋々引き下がった。
強引に止めれば彼の怒りが爆発することは目に見えており、ここまでくれば放っておくしかないようだ。
何時間か歩くと川幅は広くなり、水の量も多くなっていく。
川にいる水ポケモンは気が立っていないのかソウイチ達に襲い掛かる様子はない。
シリウスは相変わらず地図とにらめっこし、別の道を探すことをあきらめようとしなかった。
「おい、いつまでも見てたってしょうがねえだろ? 見つかるわけねえよ」
「うるせえ! なんとしてでも近道を見つけてやる!」
シリウスは頑として言うことを聞かず再び地図とにらみ合う。
すっかりお手上げといった感じで、ソウイチは深くため息をついた。
その拍子にお腹が鳴り、それを鼻で笑うシリウスだったが彼のお腹も遅れて音を立てる。
刺激しないようにと周りは笑いを押し殺すが、どうしても口から洩れてしまう。
「な、何がおかしいんだよ!!」
「まあまあ。確かにそろそろ昼時だし、ここで飯にするか」
くすくす笑うメンバーにまた食って掛かるシリウスだが、再びソウマになだめられる。
昼食には皆賛成で、周辺には木があるので火を使わないで済む料理をその場で作ることに。
それぞれお昼を楽しんでいたが、シリウスだけは一人先に食べ終わり早く出発しないかとやきもきしている。
このままじっとしているのはもったいないと中断していたルート探しをまた始めた。
「絶対どっかにあるはずだ。必ず見つけてみんなをあっと言わせてやる!」
妙な思いに燃えながら彼は周辺を色々探索。
すると獣道のようなものが見つかり、試しに地図でたどるとこれもベースキャンプの近くまで伸びていそうだった。
一刻も早く教えるべく全速力で元来た道を駆けだすシリウス。
あと少しでソウイチ達がいる場所に出るというところで、木の根っこにつまづき大回転しながらカメキチとドンペイに向かって突っ込んでいく。
二人は突然のことでよける暇もなく巻沿いを食ってしまった。
「いたたた……。ちょっと、危ないじゃないですか!」
「こらあ! なんしよんぞお前!」
ぶつかった部分をさすりながら怒りをあらわにする二人。
シリウスは頭をかきながら謝ると、早速さっきの発見をメンバーに伝える。
「それ確かか? 途中で途切れてたりするんじゃねえだろうな」
「このまま川沿いに行ったほうがいいんじゃないのか? 下手すると迷って出られなくなるぞ」
ソウイチもソウマも、得体の知れない獣道に半信半疑だった。
安易にルートを変えて道に迷っては意味がない。
「へっ! お前ら意気地がねえなあ! 一本道だから大丈夫だよ! とりあえずはこの橋を目指しゃあいいんだよ!」
「そんなに言うんなら行ってみようじゃないか!」
「僕達は意気地なしじゃないぞ!」
シリウスの悪態に誰もがムッとし、ソウヤとゴロスケは彼の言葉に乗ってしまう。
意気地なしと言われることにどうしても我慢できなかったのだ。
「あなた少し態度が大きいんじゃないの? マスターランクだかなんだか知らないけど、みんなと歩調を合わせるって事はできないの?」
「なんだ? やるか?」
ソウマのことをバカにされ不快感をあらわにするライナ。
シリウスも喧嘩上等と言った風で辺りに険悪な空気が漂う。
「おいおい、こんなところで仲間割れしてもしょうがねえだろうが。とりあえず行ってみるだけ行ってみようぜ。それでだめだったら引き返せばいいんだしよ。こいつは自分の気がすまないと納得できないのさ」
見兼ねてソウイチが割って入りソウヤ達を説得。
彼のあきらめきった表情を見て、ソウヤ達も何かを察する。
シリウスの言うとおり獣道はずっと一本道だった。
だが道の状況は前よりもひどく、身長の高いソウマやライナは小枝や葉っぱが頻繁に体に当たり時にはひっかき傷ができることも。
シリウスぐらいでは気にならないが、それほどこの道は狭かった。
「おいおい、ほんとに大丈夫か?」
「大丈夫だよ! そっちがでかいだけなんだから!」
相変わらず言葉を選ばないシリウスに周囲の怒りは少しずつたまっていく。
悪気があって言っているのではないだろうが、乱暴な言葉はどうしても頭に来てしまう。
それを当の本人が全く気にしていないのだから一層性質が悪い。
やがて川の音が大きくなり、獣道に沿って森を抜けると目の前には格段に大きな川が流れていた。
水の量も流れる早さも桁違い。
川の上には一本のつり橋がかかっており、ベースキャンプを目指すにはその橋を渡るしか道はなかった。
「それじゃあ早速渡ろうぜ!」
「ちょっと待てよ。確認もしないで渡る気か? 強度が弱かったら渡った途端に落ちるぞ」
意気揚々と橋を渡ろうとするシリウスをソウイチは肩をつかんで止める。
見た目は丈夫そうだがある程度調べて安全性が確保できなければ渡るべきではない。
川に落ちる危険を考えなければならないし、いい加減シリウスの自分勝手さにうんざりしていた。
「ったく、お前いつからそんなに臆病になったんだよ?」
シリウスはソウイチをせせら笑い軽口を叩く。
これにはもう周囲の我慢も限界だった。
「ちょっと! ソウイチの事バカにしないでよ!」
「シリウス、いい加減にするでゲスよ!」
今まで何も言わなかったモリゾーやビッパでさえもシリウスを批判。
ここまで暴言を吐かれて黙っているわけにはいかない。
「大体さっきからなんなのさ! 助っ人で来たくせに、ソウイチの友達だかなんだか知らないけどいい加減にしなよ!」
ソウヤはものすごい形相でシリウスに詰め寄る。
度重なる非礼に堪忍袋の緒は切れかかっていた。
思わずシリウスはのけぞったが、今度は開き直ってまくし立てた。
「な、なんだよ! 全部オレが悪いのかよ!? 大体、そっちにチャレンジ精神がないのが悪いんだろうが!」
短気でせっかちなシリウスにとって慎重という言葉は邪魔でしかない。
それゆえソウイチ達の行動一つ一つが気にくわなかったのだ。
「なにを!? もうあったまきた!! こんなやつと一緒に行けるか!!」
「てめえいい加減にしろよ!!」
ついにはソウイチまでも怒りだし、売り言葉に買い言葉で一触即発。
なんとか事を収めようとコンもシリウスを落ち着かせようとするが、彼は関係ないから引っ込めと暴言で一蹴。
その瞬間、コンの何かが切れた。
「関係ないだ……? ふざけたこと言ってんじゃねえぞてめえ!!」
普段の声からは想像もつかないようなコンの大声に一同の動きが止まる。
ソウイチ達にとって、鬼のような形相でシリウスをにらみつけるコンを見るのは初めてなのだ。
その迫力にはソウマでさえも背筋が寒くなるほど。
「大体てめえが自分勝手すぎるのが原因だろうが!! ああ!? そのせいでみんなにどれだけ迷惑かけてきたよ!! これ以上わがまま言うんだったら川に突き落とすぞゴラア!!」
あまりの豹変ぶりにシリウスは言葉を失い、恐怖のあまり口を金魚のようにパクパクさせるだけ。
以前見たことがあるとはいえ、普段おとなしい相手の激怒振りは想像を絶する怖さがある。
「わ、分かった……。オレが悪かったよ……もう無茶苦茶言わねえよ……」
コンの剣幕に気おされシリウスはすっかり縮み上がってしまった。
これ以上怒らせればどうなるか分からないと、彼はその場で素直に謝る。
「分かったならもういいです。でも二度とこういうことはしないでくださいね?」
まだ怒りは収まっていないようだが、口調は普段のコンに戻る。
怯えたシリウスはすんなりコンの言う事を受け入れた。
しばらくは横柄な態度をとることもないだろう。
「すごいですね……。一瞬で黙らせちゃうなんて……」
「やな……。女って本気になったら恐ろしいやっちゃなあ……」
ドンペイとカメキチはまだ心臓がどきどきしていた。
コンを本気で怒らせてはいけない、教訓として心に刻み込まれたことだろう。
一応騒ぎは収束し、彼らは安全確認のため橋を点検して回る。
自分達のいる側に危険な点はなかったが、何が起こるか分からないので慎重に橋を渡っていく。
橋から川まではかなり高さがあり、川の勢いは何もかも飲み込んで無にしてしまいそうだった。
「これでもし橋が落ちたら……」
「怖いこと言わないでよ!」
ソウヤが不安を口にするとゴロスケが叫ぶ。
二人とも足が震えており、ゆっくりと前進していく。
その途端、強風が吹いて橋が大きく揺れた。
慌てて橋のロープにしがみついたが風はなかなかやまない。
「みんな〜! 絶対落とされるな〜!」
「んなこと言われなくたって分かってるよ!」
ソウマの叫びにソウイチも大声で返す。
数分ほどで風は収まったものの、さっきの恐怖感からかモリゾー達は足がすくんで動けなくなってしまった。
「何やっとんや! はよこんかい!」
長時間橋に留まればどんなことが起きるか分からない。
カメキチは彼らをせかすが彼らはどうしてもその場から動けなかった。
「ったく、世話が焼けるぜ……」
ソウイチが戻ろうとすると、それより先にシリウスが動いた。
ゴロスケのところまで行くと彼は背中に乗るよう言う。
少ない言葉だったが、自分の無礼な行いを反省してのことだった。
それを感じゴロスケは嫌がることなくシリウスに背負われる。
再び歩き出そうとした瞬間、ロープが切れたかと思えば橋が真ん中から崩落。
強風であおられ亀裂が発生していたのだ。
一同は皆川の中へ真っ逆さま。
ソウイチはすぐさま水面へ顔を出しメンバーの無事を確認。
岩などにつかまり全員揃っているように思えたが、シリウスは血相を変えて辺りを見回したり水中に顔を突っ込んだりしている。
「コン! コンがいない! あいつ泳げないんだ!!」
「バカ野郎!! 何でそんな大事なこと早く言わねえんだよ!!」
なんとその場にコンがいないのだ。
ソウイチはシリウスを怒鳴りつけるとすぐさま潜りコンの姿を探した。
川底に沈んでいたり岩の隙間に挟まってはおらず、先の方に流された可能性が高い。
「ぷはあ! だめだ、どこにもいねえ!」
「オレのせいだ……。オレが近道をしようなんて言わなけりゃ……」
事の重大さを認識し、シリウスは顔から血の気が引いていた。
もし大事なパートナーに万が一のことがあれば。
脳裏をよぎるのは最悪な結末ばかり。
「落ち込んでる場合じゃねえだろうが! お前もいっしょに探……あれ……?」
辺りを見回しているうちに、ソウイチはモリゾーの姿がないことに気付く。
「まさか、あいつも溺れたのか!?」
「そんなはずないよ! モリゾーは小さいころから泳ぎが得意だったんだ!」
慌てて潜ろうとするが、ゴロスケに言われてソウイチは動きを止めた。
だとすれば、流されていくコンを見て後を追いかけた可能性がある。
「だとしたらまずいぞ! この先にはでかい滝があったはずだ!」
「大変ですよ! 早く何とかしないと滝つぼに落ちちゃいますよ!」
思い出したようにソウマが叫ぶ。
ドンペイはその場でおろおろ。
「くそっ! あのバカ!」
ソウイチは水中にもぐると、モリゾーを追いかけ全速力で泳ぎ始める。
その様子を見て他のメンバーも彼を追いかけ、そろって川を下って行く。
一方そのころ、モリゾーは一足早くコンがいないことに気付き必死で辺りを探していた。
流れが急で追いつけず、彼女の姿はどこにもない。
「早くしないと……早くしないとコンが……!」
モリゾーは岩陰や川のそこをくまなく見たが、どこにもコンの姿はない。
息継ぎをするため水面に上がると、川の横から生えている木の枝に何かがつかまっているのが見えた。
よく見ると、コンが水をかぶりながらも必死に枝につかまっているではないか。
枝は細く長い時間は持ちそうにない。
「コーーーン! コーーーン!」
「も、モリゾーさあああん! わあっ!」
モリゾーが駆けつけようとした時、激流がコンを飲み込んだ。
水中に潜り沈んだコンを追いかけ、ようやく彼女の手をつかむとすぐさま顔を水面にだし息をさせる。
「ゲホッゲホッ!!」
溺れかけたせいで水を飲んでしまったようだが、何とか吐き出し大事には至らなかった。
「よかった〜……。大丈夫?」
「は、はい……。大丈夫です……」
モリゾーに抱きかかえられると、コンは自分でも顔が火照っていくのが分かる。
何しろ自分の想っている相手に助けてもらっただけでなく、その相手が目の前にいるのだから。
しかしそんな気分に浸っている場合ではなく、滝はもう目の前に迫り轟音を立て流れ落ちている。
モリゾーはコンを抱いて流れに逆らって泳いだが、コンを抱えたままではうまく泳ぐことができない。
滝との距離はどんどん縮まり、落ちる直前モリゾーは近くにあった岩にかろうじてつかまった。
なんとか踏ん張っているうちにソウイチ達もようやく追いつく。
「モリゾー! 無事だったか!」
「コン! よかった……。ごめんな……オレのせいでこんな目に……」
二人の無事を確認し胸をなでおろすソウイチとシリウス。
シリウスは自分の身勝手な行動でコンを危険にさらしたことを素直に詫びた。
「仕方ないですよ。私だって橋が壊れるなんて思ってなかったですから。それに、シリウスの無茶に付き合うのは慣れてます」
コンの広い心にシリウスはシリウスは救われた心地がした。
長い間パートナーをやっているからこそ彼を許せるのかもしれない。
だがいつまでも再会の喜びに浸っているわけにもいかず、このまま何もしなければ全員滝つぼへ真っ逆さまになってしまう。
そこへカメキチがある考えを思いついた。
彼がなみのりで大きな波を起こしそれに乗って下へ降りるというものだ。
そんなことが可能なのかと誰もが半信半疑だったがやらないよりはまし、天にすがる思いでカメキチの作戦を実行する。
「ほしたらいくでえ!」
カメキチは足元に巨大な波を起こし、全員を波に乗せそのまま滝へと向かっていく。
気が付けば彼らは滝を離れており空中に浮いていた。
カメキチの起こした波だけが川から分離し空を飛んでいるのだ。
彼の技術に皆感嘆の声をあげたが、当の本人は波が途中で消えないよう力を配分するので精いっぱい。
うめき声をあげながらも波を渦巻き状にして緩やかに高度を下げていく。
しかしあと少しで着地できるというところで彼の体力が尽きてしまい、波はただの水となり彼らは一斉に落下。
すさまじい音と共に水しぶきが上がり、太陽の光に反射しきらきらと輝く。
幸い水のおかげで落下の衝撃は吸収されけが人はいなかった。
「し、死ぬかと思った〜……」
「しっぽの火が消えなくて助かりました……」
ソウイチを始めとし次々と彼らは地面に座り込んでいく。
緊張から解放され力が抜けてしまったのだ。
特にドンペイはしっぽの火が極力水に浸からないよう神経を使っていたため疲労が顕著に表れている。
「こらあ〜! お前達〜!」
声のする方を見ると、ペラップがこちらに向かってすっ飛んでくるではないか。
運よくベースキャンプの手前に落下したようで、その瞬間を目撃していたのだ。
「一体何をもたもたしてたんだい! みんなとっくに集まってるんだよ!?」
「いや、ツノやまが岩でふさがれて通れなくて……」
目くじらを立てるペラップにソウイチは事情を説明しようとするが、言い訳するなと一蹴し彼は全く聞く耳を持たない。
元はといえばドクローズの仕組んだことなのだが、もちろんその事実は誰も知らなかった。
「とにかくさっさと集合するんだよ! 時間がもったいないよまったく!」
ペラップはぶつぶつ言いながら足早にキャンプの方へ去っていく。
「ったく、オレ達の苦労も知らないで!」
「あいつに何言ってもしかたねえよ。ああいう性格なんだからさ」
ソウマは苦笑いしながらかっかするシリウスをなだめる。
なにはともあれ、彼らは無事ベースキャンプにつくことができたのだ。
再び小言を食らわないよう、急いで他のメンバー達の元へ向かうのであった。