第十四話 てんてこまい! わがままな依頼者
翌朝、少し寝たせいか怒りなどはだいぶ収まっていたものの、ソウイチ達は沈んだ気持ちで新しい一日を迎える。
朝礼の最中も、晩御飯を食べていないせいでお腹は鳴りっぱなし。
その度に視線を向けられても恥ずかしいと思う気力さえ湧いてこない。
そして朝礼が終わると、ペラップはメンバー達を引き留め重大発表を行うと言った。
なんと、近々遠征メンバーの発表が行われるというのだ。
予告があってから、彼らはメンバーに選ばれるため一生懸命仕事を頑張ってきた。
自分が選ばれれば、そう思うだけでわくわくした気持ちになる。
「いよいよ最後のアピールだ。メンバーに選ばれるようしっかり仕事をしてくれ」
ペラップはそう締めくくり解散となった。
発表の事を聞いても、ソウイチ達はまだ昨日のことを引きずっておりわくわくした気持ちにはならない。
お腹も減って力が出ないのだからなおさらである。
そこへ、ペラップはソウイチ達に声をかけ手招きする。
また嫌味を言われるのかと四人はうんざりしたが、話の内容はそれよりも残酷なものだった。
「残念だが、お前達が遠征のメンバーに選ばれるのはあきらめたほうがいい」
あまりにもさらっと言うペラップに四人は憤った。
励ますならまだしも、一層やる気をそがれる言葉をかけられるのは心外だ。
ペラップからすればあれほど迷惑をかけられて励まそうなどとは微塵も思っていないのだろうが。
「親方様も、あのように一見何を考えているのか分からないが、内心はすごく怒っているのだ。たぶんお前達を遠征メンバーに選ぶことはないだろう」
だからあまり期待しないように、そう言ってペラップはどこかへと行ってしまった。
全身から力が抜け、その場に座り込む四人。
彼らのやる気はすっかり消え失せ、これ以上仕事をすることがバカらしく思えてきた。
「ただでさえお腹がすきすぎて力が出ないのに、朝からあんなこと言われたんじゃ……」
「はあ……。もうやってらんねえ! 今日はこのまま仕事サボるか?」
肩を落とすモリゾーとゴロスケ。
そしてソウイチはリーダーとしてあるまじき暴言を吐いたが、その気持ちは分からないでもない。
「みんな! 確かに昨日は大失敗だったけど、だからって全部が全部だめになるとは限らないじゃないか! 今からだって、昨日の失敗を取り戻せるようなことをすれば大丈夫だよ!」
だが、まだソウヤは希望を捨てていなかった。
あくまでもあきらめろと言ったのはペラップであって、それが全てを決定づけることではない。
失敗した分見返してやればまだチャンスはある、そう言ってソウヤは三人を励ます。
彼にこんなことを言われるとは思ってもみなかった三人だが、それでもやる気は起こらない。
「遅れを取り戻すって……どうやればそんなことできるの?」
「そうだよ。あんだけやらかしてんだぜ? どうあがいたって無理だよ」
ゴロスケとソウイチはすっかりあきらめかけている。
もちろんソウヤにも具体的に何をすればいいのか分かるはずもなく、言葉を返すことができなかった。
四人が沈黙していると、どこからか彼らを呼ぶ声が聞こえてくる。
辺りを見回すと、ビッパをはじめとしたメンバーが食堂へ行く通路からこっそり顔をのぞかせていた。
「どうしたんだ。何か用事か?」
「し〜っ! もっと小さい声ではなすでゲス」
ビッパは口元に手を当てソウイチに注意し、彼は慌てて両手で口を塞ぐ。
ビッパ達は四人をソウイチ達の部屋の方へ手招きすると、そのまま走り去って行った。
顔を見合わせ、四人もその後を追いかける。
「はあ、はあ……。グレッグルの他には誰にも見られていないでゲスね……」
息を切らせて部屋に滑り込むビッパ。
そこにはシリウスとコンもいた。
一体呼び出して何事だろうと思っていると、四人はキマワリにリンゴを手渡される。
「こ、これどうしたんだよ!?」
「腹減ってんだろ? みんなで昨日の晩飯を少しずつ残しておいたのさ」
ソウイチ達が罰を受けたことをかわいそうに思い、メンバー達はこっそり彼らの食事を用意しておいたのだ。
見つからないようにするのは大変だったと、シリウスはニヤッと笑う。
「さあ、早く食べるでゲスよ!」
リンゴのおいしそうな香りは、一層四人の食欲を刺激する。
ビッパに促され、彼らはいただきますと言うや否や夢中で食べ物を口に入れていく。
用意していた食料はあっという間になくなり、ソウイチ達はお腹いっぱいになった。
「ここにはいないけど、ヘイガニやドゴームもあなた達のことを心配していましたよ」
そう言ってほほ笑むチリーン。
困った時はお互い様、メンバー達は四人のことを心から心配していたのだ。
その優しい心遣いに、モリゾーとゴロスケは嬉し涙を浮かべ感謝する。
「な、泣くんじゃねえよみっともねえ! ん? なんか目の前がぼやけてきやがった……。雨か?」
「お前の目の前は涙の雨が降ってるな」
シリウスがソウイチに突っ込んだところで、一同は大笑いした。
「あ……。でも、遠征についてはさっきペラップが期待するなって……」
ひとしきり笑ったところで、ゴロスケはペラップの言葉を思い出す。
せっかく笑顔になったところで、彼らの表情はまた曇った。
「そんなの! そんなことまだわかんないでゲス!」
「まだメンバーは決まっていませんわ!」
あきらめてはいけない、そうキマワリとビッパは四人に言う。
その励ましはとても嬉しかったが、自分達が選ばれるということはビッパ達のうち誰かが遠征に行けないということを意味する。
「もしオイラ達が選ばれたら……この中の誰かが行けないかもしれないんだよ?」
「みんなだって、遠征に行きたいでしょ?」
モリゾーとゴロスケの言葉にビッパ達はうなずく。
例え選ばれなかったとしてもそれは仕方のないこと。
選ばれなければ、選ばれた相手を精いっぱい応援すればいいと彼らは言う。
誰もが遠征に行きたい気持ちは変わらないのだ。
「お前ら……。へっ……いいこと言うじゃねえかよ」
ソウイチは目にたまっていた涙をぬぐう。
さっきまでのもやもやした気分はどこへやら、自然とやる気が満ち溢れてくるような気がした。
「わかった。オイラ達も遠征メンバーに選ばれるように最後までがんばる!」
「僕達ならきっとできる! やってみせるよ!」
モリゾー達もすっかり自信を取り戻したようだ。
もうへこたれたりなんてしない。
結果が出るその時まで全力で仕事をこなす、彼らはそう心に誓った。
「その意気だぜ!」
「元気出していきましょう! みんなで一緒に行けるようにがんばりましょう!」
シリウスとコンの励ましも受け、ソウイチ達の気分はすっかり元通り。
四人ともビッパやシリウス達に感謝し、元気よく依頼の掲示板に向かうのだった。
今日はどんな依頼が待っているのかと話しながら階段を上ると、そこには掲示板と向き合うソウマ達の姿が。
依頼を終え、ちょうど帰ってきたところのようだ。
「オレ達がいない間、大変だったみたいだな」
ソウマ達はペラップから事の顛末を聞いており、ソウイチ達の苦労をねぎらった。
しかしソウイチ達はもう失敗を引きずっておらず、最後までベストを尽くすと前向きの姿勢。
ペラップからは相当しょげ返っていると聞いていただけに、元気そうな四人を見てソウマ達も安心した。
久しぶりの再会ということで、今日は全員で同じ依頼を受けることに。
どれにするか吟味していると、ふとモリゾーは下の方に小さな紙切れのようなものを見つけた。
その紙には一言、[お母さんのところまで連れて行ってください]としか書かれていなかったのだ。
正式な依頼の紙ではなくメモ用紙のようなごく普通の紙、そして依頼やお礼の具体的な内容も不明。
とても奇妙な依頼に彼らは唖然とした。
「どうする……?」
「オレに聞かれても知らねえよ……」
モリゾーに聞かれたが返事に詰まり、ソウイチは困ったようにじっとソウマを見つめる。
リーダーなんだからお前が決めればいいとソウマは言うが、どことなく危険なにおいがするこの依頼。
悩んだ末、結局彼らは依頼の場所へ向かってみることに。
内容があまりにもとんでもなかったり、自分達をはめるような物ならばすぐ引き返すこともできるからだ。
依頼の場所はがんせきどうくつというところで、とがった岩が飛び出した地形、でこぼことした道は厳しい道のりを連想させる。
そしてギルドを出発して早数時間、ようやく彼らは待ち合わせに指定された場所へ到着。
岩の数や大きさは入り口と比べ物にならず、一層環境は厳しそうだ。
「見渡す限り岩だらけだ……いわタイプとかじめんタイプが多いのかな……?」
不安そうな表情を浮かべるソウヤ。
でんきタイプゆえに、じめんタイプの技を受ければひとたまりもない。
「そうなるとやっかいね……。大丈夫かしら……」
「何とかなればいいんですが……」
ライナやドンペイもそれは同じで、特にドンペイはいわタイプの技も致命傷になってしまう。
自分の苦手な相手に、今使える技でどこまで耐えられるかが勝敗の分かれ目となるだろう。
「ったく情けねえなあ……。うだうだ言う暇があったらまずは行動してみろよ」
ソウイチは調子に乗り、上から目線で三人に文句を言う。
これに対し三人は猛反発し、ソウイチもほのおタイプであることに突っ込んだ。
「だから、不安になる要素がどこにあるんだよ? やる気と気合があれば相性なんて別に関係ねえよ」
「気合で何とかなる問題じゃないよ!!」
頑なに意見を曲げず、精神論で押し通すソウイチ。
確かに勝負は愛称が全てというわけではないが、彼の言い方はソウヤ達の神経を逆なでするもの。
一方的に彼が悪いが、謝ろうともしない傲慢な態度にソウヤはだんだん腹が立って来た。
「まあまあ。なんかあったらオレがしっかりサポートしたるがな」
「僕達も相性はいいよ。まあ、かなうかどうかは分からないけど……」
ケンカになりかねないと判断し仲裁に入るカメキチとゴロスケ。
しかし相性がいいとはいえ、実戦経験がそれほどないモリゾーとゴロスケは少し不安そうだ。
一方ソウマはといえば、もめごとなどそっちのけで依頼者を探すことに精を出していた。
予定の時間はすでに過ぎているが、一向に依頼者が現れる気配はない。
「あの〜……あなた達は探検隊の人達ですか……? もしかして依頼を受けに来てくれたんですか?」
突然聞きなれない声がし、一同はどこから聞こえてきたのかと辺りを見回すが姿は見えず。
すると、岩陰からおずおずとヨーギラスの子供が顔を出す。
声の主は恐らくこの子で間違いないだろう。
「君がこの依頼を書いたのかい?」
「そうです。僕達の力だけじゃ会いにいけないんです……。だから、連れて行ってもらえますか?」
ソウヤがヨーギラスに尋ねると、彼はこくりとうなずく。
依頼を解決するために来たのだから連れて行かないわけがない。
責任をもって案内するとソウマが言うと、ヨーギラスはぱっと顔を輝かせた。
「あ、ありがとうございます! お〜いみんな〜! 連れて行ってくれるって〜!」
ヨーギラスはさっき隠れていた岩のあたりに向かって叫んだ。
すると、さらに三人のヨーギラスが顔をのぞかせヨーギラスの元へ走ってくるではないか。
四兄弟だとは誰も想像できず、横に並んだ彼らを見てただただ驚くのみ。
「どうか、よろしくお願いします!」
長男のヨウ、長女のキキは丁寧に頭を下げたが、次男のララ、三男のスーはそっぽを向いていた。
ソウイチ達が握手をしようとしても、目を合わそうともせず生意気な態度を取り続ける。
ソウイチはその態度にイライラしたが、モリゾーになだめられ声を荒げるようなことはしなかった。
「しっかし、これだけ大勢だと半分に分かれたほうがよさそうだな……」
普段のソウイチらしからぬ真面目な提案。
できれば八人一緒で活動したかったが、人数が多くなりすぎればスムーズな移動や敵に狙われたときの対処がしづらくなる。
ソウマも了解し、まずはヨーギラスの兄弟達が半分に分かれることに。
相談の結果、ヨウとララ、キキとスーが行動を共にすることになった。
そして、ソウイチ達がヨウとララ、ソウマ達がキキとスーを連れていくことに決まる。
「大丈夫か? 見たとこ、あの次男が一番ワガママそうやけど……」
「礼儀正しい長男と一緒だから、まだ大丈夫だろ。それに、あの三男は次男以上に長女の言うことを聞かなそうだしな。そう考えたら、オレ達が面倒を見たほうがいいだろ?」
疑問を呈するカメキチに対し、ソウマは大丈夫だと念を押した。
他からは特に反対意見もなくカメキチはしぶしぶ承知。
ところが、この組み合わせがトラブルを引き起こすタネになるとは誰も予想していなかった。
洞窟に入ってしばらくしないうちに、ソウイチ達の方では早速トラブルが持ち上がる。
出発前にリンゴやオレンのみを食べたにもかかわらず、ララがもうお腹がすいたというのだ。
彼はソウイチ達の周りにまとわりつき何かよこせと駄々をこねる。
「我慢しなよ。さっき食べたばかりだろ?」
「減ったもんは減ったんだよ! 腹減った〜!」
ヨウはララをなだめようとするが、ララは聞き分けずその場に座り込んで手足をばたつかせる。
最初は説得を試みるソウイチ達だが、ララはひたすら食べ物をくれとわめき散らした。
「あああもう!! 男だったら少しぐらい我慢しろ!! ぎゃーぎゃーわめくな!!」
とうとうソウイチが怒りだし、ララに向かって大声で怒鳴りつけた。
何度も催促されて腹を立てる気持ちは分かるが、相手はまだ子供なのだ。
ソウヤ達がソウイチを叱りつけているうちに、ララの表情がどんどん歪んでいく。
「う……ううう……! うわあああん!!」
目に大粒の涙がたまったかと思えば、彼は大声で泣き出してしまった。
あまりに大音響にソウイチ達は耳を塞ぐが、いやなおとも交じった彼の泣き声はドゴーム以上。
泣き声はさらに大きくなり、とうとうあたりの壁に亀裂が入り崩れ始める場所まで出てきた。
「わわわ!! わかった、わかったよ!! オイラの分のリンゴあげるから泣かないで!!」
本能的に危険を感じ、モリゾーは自分の分のリンゴをララに差し出す。
途端にララはピタッと泣き止み、リンゴをあっという間に平らげ満足そうな笑顔を浮かべた。
ひとまず騒動は収束したが、この調子では先が思いやられると四人は頭が痛くなる。
「ったく、とんでもねえワガママ坊主だぜ……。誰だよ長男と一緒にいるから大丈夫って言ったのは……!」
「へ、へっくし!!」
ソウイチがぼやいた瞬間、別の場所でソウマは大きなくしゃみをする。
ライナ達から心配されるも、体に異常はないので大丈夫だと彼は言った。
もっとも、今体に異常を起こしている暇はない。
ソウマ達の方も放浪癖があるスーに手を焼いており、彼がいなくなるたびに総出で探し回らなければならなかったのだ。
「どうだ。いたか?」
「だめです……。見つかりません……」
走り回ったドンペイはすっかり息を切らしている。
ライナも戻って来たが、彼女が捜した場所にもスーはいなかった。
目を離すとすぐいなくなる彼に、キキはすっかり呆れている。
「お〜いおったぞ〜! はよきてくれ〜!」
遠くからカメキチの呼ぶ声がし、四人は急いで彼の元へ向かう。
カメキチの指さす先には、今にも足場が崩れそうな橋を渡るスーの姿が。
橋の下は尖った岩が大量に突き出ており、深さも相当ある。
落ちれば救助は困難を極めるだろう。
「た、大変! 早く連れ戻さないと橋ごと落ちちゃうわ!」
「仕方ねえ……! 無理やりにでも連れ戻すぞ!」
おろおろするキキとライナ。
ソウマは全速力でスーの元へ走ったが、彼が橋の上に乗った瞬間、足場に亀裂が入り始めた。
急げと言うカメキチの声が聞こえ、ソウマはさらに速度を上げスーに追い付くと、彼を脇に抱えすぐさま折り返す。
スーは戻りたくないと腕の中で暴れるが、ソウマはそんなことには目もくれず必死にライナ達のいるところへ走った。
その間にも足場は次々崩れていき、ソウマの後ろには暗闇が彼を飲み込もうと待ち構えている。
見た目以上に体重の重いヨーギラスを抱えての全力疾走は相当な負担だ。
徐々にソウマの速度は落ち、橋の崩壊はすぐそばまで迫っていた。
「先輩! 早く早く!」
「急げソウマ!」
ドンペイとカメキチの声に後押しされるように、ソウマは最後の力を振り絞って足を動かす。
安定した地面にたどり着いたと同時に、橋は全て崩れ去り奈落の底へと消えて行った。
ソウマはスーを静かに下ろすと、膝をつき苦しそうに息をする。
百キロはあろうヨーギラスを抱え全力で走ったのだ、長年探検隊をしているソウマでも疲れないわけがなかった。
「もう! 勝手にどこかへ行かないでって何回も言ってるでしょ!」
「なんぼ言うても聞かんやつに説教したかて無駄やわ……。はよ連れていこで……」
キキはスーを叱ったが、スーはそっぽを向いて全く反省していない。
その様子にカメキチはうんざりしたが、今更依頼を放棄するわけにもいかず、少しでも早く目的地へ向かうしかなかった。
一方ソウイチ達の方でも、再びララのわがままが始まっていた。
今度は疲れたからおんぶしてほしいといい、ソウイチやソウヤの周りをうろうろ。
ヨウがいくらたしなめてもララは駄々をこね続け、とうとうソウイチの怒りが限界を超えた。
「しかたねえ。こんなやつほっといて行くぞ!」
「ええ!?」
ため息をつき冷たく言い放ったソウイチに三人は唖然とした。
確かに手を焼いていたことは事実だが、そんなことはリーダーとして言っていい言葉ではない。
それに今回の依頼は兄弟四人をすべて連れていくことが目的。
一人でも置いていけば依頼は達成できないのだ。
「じゃあどうすんだよ? ヨーギラスを背負うにはオレ達じゃ小さすぎるだろうが。それにこいつらは体の割に重いんだぜ?」
三人の抗議に対し珍しく冷静な返答をするソウイチ。
事実、ヨーギラスの体はその小ささからは想像もつかないほど重い。
体格からしてもソウイチ達とヨーギラスはほぼ同じか、ソウイチ達の方が小さいのだ。
物理的に無理なのは承知したが、それでもララを置いて行っていいわけもなく途方に暮れた。
「本当にすみません……。弟は僕がおんぶします……」
ヨウはすっかり恐縮してしまい、ソウイチ達に何度も頭を下げると自ら弟を背負った。
彼の気苦労にソウイチ達も同情する。
わがままな弟を持つのは大変なものだ。
そしてソウマの方はと言うと、またしてもスーがいなくなってしまった。
「あれだけ注意したのに! もう!」
「怒ってても仕方ないわ。とにかく探しましょう」
キキは目くじらを立てたが、ライナになだめられ幾分かは落ち着きを取り戻す。
数十分ほど探し回りようやくスーは見つかったが、彼には再び危険が迫っていた。
彼の向かう先は崖になっており、落ちてしまえばまず助からない。
彼の目には地続きのように見えており、この先が崖になっていることを知らないのだ。
「行っちゃだめえええ!!」
キキは必死に弟を追いかけ、間一髪スーを立ち止まらせることに成功。
だが、急に止まったせいでバランスを崩し長女の体は大きく傾く。
彼女の目には巨大な暗闇が広がり、辺り一面に悲鳴がこだまする。
「危なあああい!!」
落下する直前、ライナが長女の腕をつかんだ。
あと数秒遅ければ彼女は暗闇の中へ真っ逆さまだっただろう。
しかし、ライナ一人の力では重たいヨーギラスを引っ張り上げることはできなかった。
恐怖で声も出ないキキをライナは何とか引き上げようとするが、彼女の思いに反し徐々に体がせり出していく。
もうだめかと思われた矢先、彼女の両腕を誰かがつかんだ。
「ライナ!しっかりしろ!」
「今引っ張り上げたるからな!」
ソウマとカメキチも手伝い、ライナとキキは無事生還した。
四人はほっとため息をつきその場に座り込む。
追いついたドンペイも、彼らの無事な姿を見て一安心。
「大丈夫? けがはない?」
「は、はい……。大丈夫です……」
自分も危険な目にあったにもかかわらず、キキを気遣うライナ。
よほど怖かったのだろう、目には涙が浮かんでおり体も小刻みに震えている。
ライナは彼女を抱き寄せ優しく頭をなでた。
そんな姉の様子を見ても、三男は関係ないとばかりにそっぽを向いている。
すると、突然ソウマは三男の胸ぐらをつかみあげ彼を怒鳴りつけた。
「いい加減にしろ!! お前のせいでお前の姉さんがどれほど迷惑してるのかわかんねえのか!? オレ達に迷惑をかけるのは別にかまわねえ。でも、身内や姉弟に迷惑をかけるようなことだけはするんじゃねえ!! わかったか!?」
ソウマの目はスーを真正面から睨みつけ、周りにいるものでさえも恐怖に毛が逆立つほど。
スーはあまりの剣幕に硬直して動けなかったが、やがてか細い声でごめんなさいと謝った。
「もう勝手にいなくなるなよ。いいな?」
彼の表情からもしっかり反省したことが分かり、ソウマは普段の目つきに戻ると彼に念を押した。
スーは黙って深くうなずき、ソウマは笑顔になって彼の頭をなでる。
「お姉ちゃん……。ごめんね……」
「もういいわよ。早くお母さんのところへ行きましょ」
スーは心からキキに謝罪し、その様子を見て彼女も弟を許した。
笑顔になった二人を見て、ソウマ達も自然と頬が緩む。
しばらく歩き、彼らはようやく洞窟の奥へ到着した。
しかし母親の姿が見当たらず、ソウマ達が捜しているとそこへソウイチ達も合流。
ところが、合流するなりソウイチはソウマにありったけの怒りをぶつけた。
「アニキ! よくもだましたな!」
「は? なんのことだよ」
顔を真っ赤にして起こるソウイチだが、ソウマに心当たりがあるわけもなく首をかしげている。
「長男がいるからって全然大丈夫じゃなかったよ〜……。すごく苦労したんだからね!」
ソウヤもソウマに不満を言い、これまでのいきさつを話して聞かせる。
問題を起こした張本人であるララは、ヨウに背負われたままぐっすり眠っていた。
「そんなことは言うもんじゃねえぞ。例えどんな相手でも、依頼を成し遂げるのが探検隊ってもんだろ?」
ソウマの言うことは正論だった。
たとえ辛くても、依頼者の前で不満を言ったりするのはお門違い。
向こうは必死の思いで探検隊を頼ってきており、どんなに気に入らない相手でもしっかり依頼をこなすことが、本当の探検隊だということなのだ。
二人は自分達のしたことが恥ずかしくなったのか、顔を赤くし黙りこんでしまった。
そこからさらに奥へ進んでいくと、家のように見える岩が出現。
中央にはドアまでついており、ソウマがノックすると中からバンギラスが顔を出した。
「あら? 何か御用?」
「あ、実は……」
ソウマが説明しようとすると、四兄弟は我先にとバンギラスに飛びついて行く。
それを見てソウイチ達は口をあんぐり開けた。
「あんたたち! いつまでも帰ってこないから心配してたのよ! 無事でよかったわ〜」
バンギラスは四人の頭を軽く叩くと、一人一人抱き上げほおずりする、
「あなた達が送ってくださったんですか?」
「ええ。彼らから依頼を受けたんで、ここまで連れてきたんです」
ソウマはバンギラスに依頼のことを説明する。
バンギラスは申し訳ないと謝りつつも、ありがとうと彼らにお礼を言った。
そこでふと、ソウイチはダンジョンの割に一切敵がいなかったことを思い出す。
それを言うと、バンギラスは驚くべきことを口にした。
「それはそうですよ。何たってこの洞窟は私達の家ですから」
「ええええ!?」
彼らは飛び上がらんばかりに驚いた。
洞窟丸々一つが家になっているなど誰が考え付くだろうか。
それならば敵がいないのも納得だが、なぜこのような構造にしているのだろう。
恐る恐るゴロスケが聞くと、バンギラスは恥ずかしそうに笑いつつまたしても驚くべきことを口にする。
「防犯対策なのよ〜。最近物騒でしょ? こうしておけばめったやたらに怪しいやつも入って来れないし」
防犯というレベルを明らかに超えている。
誰もが心の中でそう突っ込みを入れた。
迷子の案内でお礼をもらうわけにもいかず、一同は疲れ切った表情で元来た道を引き返す。
「にしても、ほんと大変な兄弟だったぜ……」
誰に言うでもなく愚痴をこぼすソウイチ。
骨折り損のくたびれ儲けとはよく言ったものだが、兄弟の笑顔が見れただけでもまだましな方だと思うことにした。