第十三話 セカイイチを探せ! 脅威のどくガススペシャルコンボ!
「食料調達?」
いつものように朝礼を終えたソウイチ達はペラップに呼び止められる。
今日の頼み事は食糧さがし。
食糧庫に備蓄してあったセカイイチがすべてなくなっており、それを調達してきてほしいとのこと。
想像していなかったのか、ペラップの表情も曇りがちだ。
「でよ、セカイイチってなんだ?」
「とても大きく、とてもおいしい貴重なリンゴだ。そして何より、親方様の大好物なのだ」
人間の世界では、同じリンゴと言えど種類や名前はこの世界のものと異なる。
ソウイチとソウヤも初めて聞く名前だったが、未知のリンゴについ想像が膨らんでしまう。
それの在庫がない、しかもプクリンの好物とあれば、切らしておくわけにもいかないのだ。
「セカイイチがないと親方様は……」
そこまで言うと、突然ペラップは口をつぐんでしまう。
気になった四人が聞いてみるものの、ペラップはわざと滑舌を悪くしたようなしゃべり方をし、肝心の部分が一切わからない。
そのことにいらいらするソウイチだが、ゴロスケになだめられどうすればいいのかをペラップに尋ねる。
「セカイイチはリンゴの森の奥深くにある。いいかい? これは簡単なようだが大事な仕事だ。何しろ親方様の……だからしっかり頼むぞ」
あいかわらず核心を濁すペラップ。
よほど口外してはいけない理由でもあるのだろうと、四人はこれ以上追及せずリンゴの森へ向かうことに。
「リンゴの森って、リンゴがいっぱいあるのかな?」
「多分そうじゃねえか? ま、腹が減る心配はなさそうだな」
二人が頭にリンゴを思い浮かべている様子は聞かなくてもすぐ分かる。
食い意地が張っていると呆れるソウヤとゴロスケを尻目に、ソウイチとモリゾーはうきうきと外へ出ていくのであった。
そんな彼らの様子をじっと見つめているドクローズ達は、何かをささやき合った後ソウイチ達の後を追いかけ始める。
もっとも、ソウイチ達が食糧集めへ行かされる羽目になったのも、この三人が食糧を盗み食いしたせい。
また一悶着起こりそうである。
リンゴの森は文字通り気に大量のリンゴが実っており、甘酸っぱい匂いが四方から漂ってきた。
四人はしばらくその香りを楽しみ、セカイイチを集めるため先へと進む。
もちろんドクローズ達が後ろからつけていることには気づいていない。
「おらおら〜!!」
口から炎を吐きながら猪突猛進するソウイチ。
このダンジョンはくさやむしタイプが多く、ソウイチにとっては非常に有利。
あまり調子に乗るなというソウヤの忠告を無視し、彼はひたすら目の前の敵を燃やしていく。
「ソウイチはいいけど、僕らは不利だよ……!」
モリゾーはくさタイプ、ソウヤはでんきタイプ、ゴロスケはみずタイプで相性が悪い。
バタフリーに関してはソウヤも多少有利だが、ソウイチのほのお技に助けられているのは事実。
それよりも厄介なのは、状態異常を引き起こす技を使われた時だ。
しびれごなやねむりごななど、一度受けてしまえば道具を使わなければすぐに回復することができない。
注意せねばとうなずきあった矢先、ソウイチの方を見ると早速ねむりごなの餌食になりくさポケモン達から集中攻撃を受けている。
こうなっては敵の相手どころではなく、ソウヤ達はソウイチを抱え慌ててその場から逃げ出した。
逃げるが勝ちとは言ったものだが、ソウイチさえちゃんとしていれば逃げずとも勝っていたのだ。
逃げ切った後も、三人の苦労などつゆ知らずソウイチはいびきをかいて気持ちよさそうに寝ていた。
「人の気も知らないで……! さっさと起きろおおお!!」
強すぎるのは危険ではないかとモリゾーとゴロスケが止めようとしたが、すでにソウヤから放たれた十万ボルトはソウイチの全身を駆け巡っていた。
これほどの電撃を受けて寝ているわけもなく、ソウイチは大きな叫び声とともに飛び起きる。
「ソウヤ! オレを殺す気か!」
「自分が注意しないからでしょ!? 調子乗りすぎだよ! だいたいPPがなくなったらどうするつもりなのさ!?」
ソウイチはソウヤに食ってかかるが、ソウヤも負けじとソウイチに言いかえす。
だがソウイチはPPマックスを大量に持っているから大丈夫だと聞く耳を持たず、三人を置いてさっさと行ってしまう。
しかめっ面をしながらも、三人は仕方なくソウイチの後を追うのだった。
ソウイチの技を中心に敵を退けて行くうちに、彼らは森の奥まで到達。
そこには今までのリンゴの木とは比較にならない大きな木が現れた。
実っているリンゴも二回りほど大きく、あれがセカイイチで間違いないだろう。
「さ〜て、どうやって取るか……」
ソウイチが木を見上げた瞬間、彼の額に何かが落ちてくる。
ぶつかったところをさすりつつ落ちてきたものを見ると、それはセカイイチの芯だった。
誰が食べたのだろうと思ったその時、四人の頭上から不気味な笑い声が聞こえてくる。
そして木が揺れたかと思えば、そこから顔を出したのは何とドクローズだった。
「な、なんでてめえらがいるんだよ!?」
「セカイイチを食べながらお前達が来るのを待ってたのさ。あまりにも遅いんで食い過ぎちまったよ」
驚くソウイチに、ドガースはげっぷをしつつ相変わらず失礼な物言いで返事をする。
とはいっても、まだ木にはいくつかのセカイイチが残っていた。
「食べたって言ってもまだ木に何個か残ってるよ。こいつらを倒してさっさと持って帰ろう!」
いつものモリゾーらしからぬ好戦的な言葉。
先を越されたあげく失礼な態度を取られ相当頭に来ているのだろう。
「オレ達を倒すだと? 失礼な奴らだな。オレ様はお前たちの仕事に協力してやろうと考えてたんだぞ?」
そう言うと、スカタンクは木に頭突きをする。
衝撃でセカイイチがソウイチ達の目の前に転がってきたが、彼らはスカタンクの真意を測りかねていた。
意味ありげな笑みを浮かべ早く拾えと催促するスカタンク。
しかしソウイチはセカイイチに手を付けずスカタンク達を見据えた。
「誰がその手に乗るか。どうせ何か企んでんだろ? お前らの考えてることなんて丸分かりなんだよ!」
彼がそう言い放つと、スカタンク達はひどく驚いた表情を見せた。
案の定、ソウイチ達がセカイイチを回収している隙に攻撃する算段だったようだ。
はっきりとそれが分かり四人の怒りはどんどん大きくなる。
「引っかからなかったのは少し残念だが、それでお前らはどうするというんだ?」
「そんなの決まってるさ! お前達を倒して、セカイイチをギルドに持って帰るんだ!」
余裕そうなスカタンクを睨みつけるゴロスケ。
これほどまでコケにされたのだ、黙って帰るわけにはいかない。
四人は戦闘態勢に入ったが、当のスカタンク達は余裕綽々。
本気で相手をすると言うと、スカタンクはドガースとズバットを近くに呼び寄せた。
「気をつけろ……何かしかけてくるぞ……!」
四人は一層警戒心を強める。
すると、ズバットが二人から離れ、残った二人は一歩前へと出た。
「果たして、お前達にこの攻撃が耐えられるかな? オレ様とドガースの、どくガススペシャルコンボを!」
次の瞬間、二人から強烈なにおいのどくガスが吹き出し、ソウイチ達の方へ迫ってくる。
気体状のガスに対してなすすべもなく、四人は飲み込まれそのまま気を失ってしまった。
どれほど時間がたっただろうか、四人はようやく息を吹き返す。
ソウイチはソウヤ達の様子を確かめたが、特にけがなどはしていなかった。
体にはスカタンク達の放ったどくガスがまだこびりついているのか、強烈な臭いを放っている。
「ったく、なんてことしやがるんだ……。くそお……!」
体の臭いをかいで表情を歪めるソウイチ。
あれだけバカにされておきながら、何一つやり返すことができなかった。
その悔しい思いは他のメンバーも同じだ。
「そ、そうだ! セカイイチは!?」
モリゾーの言葉で三人ははっとし辺りを見回すが、落ちていたものも木にに実っていたものもすべて消え失せていた。
気絶している間にドクローズが全て持って行ったのだろう。
あまりの悔しさと怒りにソウイチの体は震える。
どう言い訳をすればいいのか、やりきれない気持ちのまま彼らはギルドへ帰らざるを得なかった。
「ええ!? 失敗しちゃったの!?」
ソウイチ達の報告を聞き愕然とするペラップ。
どうしようと右往左往する彼にドクローズのことを伝えようとするも彼は聞く耳を持たない。
その挙句、ソウイチ達に対し晩御飯抜きだと彼は言った。
これほどまでされるとは誰も思っておらず必死に抗議したが、仕事ができなかった罰だとペラップは冷たく言う。
ソウヤは思わず泣きたくなり、モリゾーとゴロスケはショックで呆然としている。
そしてソウイチは、悔しさと怒りのあまり手がぶるぶると震えていた。
「親方様には夕飯の後報告に行く。そのときはお前たちも一緒についてきなさい。親方様のあれを食らうのが私だけというのはあまりにも不公平だからな」
必ず来るようにと念を押し、ペラップは食堂へ向かう。
何が不公平だというのだろうか。
不当な扱いを受けているのは明らかにソウイチ達ったが、立場上意見を通すことは不可能。
おまけに、一度戻って来たペラップに食堂まで連れて行かれ、メンバー達の食事風景を見せられるという仕打ちまで受けた。
これならば部屋で待機している方がいくらかましだろう。
「あいつらなんで食べないんだ?」
「なんでも大事な依頼を失敗したらしいぜ」
メンバーのひそひそ話が聞こえ、ソウイチ達は恥ずかしいやら悔しいやらで下を向いているしかない。
その間もソウイチの怒りはずっとたまり続けていた。
いい気味だと、誰にも悟られぬようほくそ笑むスカタンク。
食事の後、ペラップは四人をプクリンの部屋へ連れて行く。
四人の気の重さとは裏腹に、プクリンは相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。
ペラップが任務の失敗を告げると彼は四人を励ましたが、その言葉を受け取る心の余裕は彼らにない。
「それで、セカイイチはどこなの?」
今までの話を聞いていたのか疑わしいところだが、プクリンらしいと言ってしまえばそれまでだ。
ペラップはこれまで以上にセカイイチがないことを細かく説明し、当分我慢してもらうことを告げる。
やけになったのか、話の最後に彼はとうとう笑い出してしまうが、目尻には少し涙が浮かんでいた。
セカイイチが一つもない、それを理解した瞬間プクリンの顔から笑顔が消え、みるみる悲しそうな表情に。
それと連動して部屋の振動も大きくなり、プクリンの表情も泣き顔へと変わっていく。
「お前達! 耳をふさぐんだ!」
何がどうなっているのか分からないソウイチ達はペラップに聞くが、彼は耳を塞げの一点張り。
慌てて耳を塞いだ瞬間、鼓膜を突き破るような大音響が辺りに響き渡る。
しっかりと耳に手を当てていたがそれすら効果がないほどの泣き声だ。
ソウイチとソウヤは苦しみのあまり体をのけぞらせ、モリゾー達はその場にうずくまっている。
「ごめんください! セカイイチを届けに参りました!」
唐突にドアがノックされると、プクリンの泣き声が止まった。
振り返ると、そこに立っていたのは何とドクローズ。
身構えるソウイチ達には目もくれず、三人はプクリンにセカイイチを差し出した。
「ほら、本物のセカイイチです。お近づきの印にどうぞ」
「わあ〜! 僕のためにわざわざとって来てくれたの? わ〜い、ありがとう! 友達友達〜!」
「あ、ありがとうございました! あなた様のおかげで私どもも助かりました!」
セカイイチを手に取ると、プクリンはあっという間に笑顔になった。
ペラップもひたすら三人に頭を下げ礼を述べる。
それだけでもソウイチ達は面白くないのに、ペラップはあろうことか四人の頭を押さえつけスカタンク達に礼を言うよう要求したのだ。
四人の心は屈辱感と怒りでいまにも破裂しそうなほど。
出来るならばこの場でスカタンク達を殴り飛ばしたかったが、プクリンとペラップがいる手前そんなことをしては余計自分達が不利になる。
「ククククッ。いやいや。私達も今はギルドで世話になってるんです。その間助け合うのは当然のことです」
「おお〜! なんというすばらしいポケモンなんでしょう! あなた様のようなお方とご一緒に遠征できるとは、本当に心強いです!」
どの口がそんな立派なことを言えるのか分からないが、ペラップはすっかりスカタンク達に感心していた。
スカタンク達は挨拶をして部屋を出ていくと、外で扉を見つめながらにやりと笑う。
今回の一件は、プクリンに取り入ることでギルドの信頼を得て、彼らの計画を進めやすくするためのもの。
その計画とは、ギルドが遠征で手に入れた宝の強奪。
彼らの悪事は着々と進んでいたのだ。
その後、こってりペラップに絞られたソウイチ達はようやく自室へと戻ってくる。
「はあ……。今回もやられっぱなしだったね……」
「おまけに晩御飯抜きだし、もうおなか減ったよ……」
モリゾーとゴロスケはすっかりしょげかえり、ソウヤは大きな音がしているお腹をしきりにさすっていた。
三人は口々に愚痴をこぼしたが、ソウイチだけは一人部屋の隅で押し黙っている。
心配になったモリゾーが肩を叩こうとすると、ソウイチは急に立ち上がり目の前の壁を思いっきり殴りつけた。
驚いた三人は思わず後ずさり。
「ちきしょう……ちきしょう……!!」
ひたすら壁を殴り続けるソウイチ。
顔は鬼のような形相ながらも、目からは涙がとめどなく溢れていた。
「許さねえ……絶対にあいつら許さねえ……!!」
壁を睨みつけ、ソウイチは怒りをにじませる。
前回のこと、そして今回のことで、彼は耐えがたい屈辱を味わった。
泣くまいと必死にこらえても涙は止まらない。
それでも、大声で泣き叫びたいのを必死で抑えていた。
モリゾー達は声をかけようとしたが、彼の様子を見てかける言葉が浮かばず、とてもいたたまれない気持ちになる。
横になっても悔しさは消えず、とても眠れる状態ではない。
部屋には、重苦しい雰囲気が充満していた。