ポケモン不思議のダンジョン 探検隊アドバンズ物語



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第一章
第一話 人間からポケモンに!?探検隊アドバンズ誕生! 前編
ある日の夕暮れ、とある建物の前で悩んでいる緑と水色のポケモン。
中に入りたいのだが、建物の雰囲気に気おされ、中に入る踏ん切りがつかないようだ。

「いや……。迷っててもしょうがない! こうなったら、覚悟を決めて……」

二人は自分を奮い立たせ、中に入ろうと格子の上を通過した。
すると……。

「ポケモン発見! ポケモン発見! だれのあしがた? だれのあしがた? あしがたはキモリとミズゴロウ! あしがたはキモリとミズゴロウ!」

突然声が響き渡り、二人は驚いて後ずさりした。

「うう……。やっぱりだめだ……。今日こそは大丈夫だと思ったのに……」

ミズゴロウはすっかりしょげ返っている。

「この宝物も一緒に持ってきたのにな……」

キモリは手に握られたかけらを見つめてつぶやいた。
幾何学的で不思議な模様が描かれており、どこか神秘的である。
キモリはミズゴロウを促し、今日のところは引き上げることに。
肩を落とし階段を降り始めた二人だが、側に生えている木の陰から、誰かがその様子をじっと見ていたことには気づいていない……。

二人はすぐ家に帰ろうとせず、海岸によることにした。
ちょうどこの時間は、クラブが海に向かって泡を吹いているころだからだ。
今日も、夕方の海岸には魅惑的な光景が映し出されていた。

「うわ〜! きれいだな〜……」

空に浮かぶ透明の球が夕日の赤に染まった海に重なり、実にきれいな色合いをかもし出している。
二人はしばらくその光景を眺め、沈んだ心を癒していた。
すると、ミズゴロウは遠くのほうで何かを見つる。
キモリに声をかけその何かに近づいてみると、それが気を失ったポケモンであることが分かった。

「た、大変だ!」

二人は真っ青になってそのポケモンを起こしににかかる。
ゆすったり顔を叩いたり、もし起きなかったら、そう考えるだけで恐ろしい。
そして二人の賢明な処置の結果、ポケモン達は息を吹き返した。
ところが倒れていた二人は、キモリとミズゴロウを見るなり後ろへ飛びのいた。

「おわあああ!!」

「ぽ、ポケモンがしゃべってる!!」

そんな当たり前のことにどうして驚くのだろうと、キモリとミズゴロウは不思議そうな顔をしている。
しかし、彼らの驚いた表情がよほど面白かったのか、キモリとミズゴロウはとうとう顔を見合わせて笑い出した。

「な、何がおかしいんだよ!」

左側のポケモンは二人をにらみつけた。
まじめな話をしているのに笑われたのが我慢ならなかったのだ。

「何言ってるのさ! 君達だってポケモンじゃない」

彼らは未だにお腹を抱えて笑い転げている。
その様子が実に腹立たしく、何をばかげたことをと思いお互い顔を見合わせた瞬間、そんな考えはいとも簡単に吹き飛んでしまった。
なんと、左側のポケモンはヒノアラシ、右側のポケモンはピカチュウだったのだ。


「ええええええ!? ぽ、ポケモンになってる〜!?」

どうしてそこまで驚くのだろうか。
理由は明白、二人とも目が覚める前までは人間だったが、目を覚ます前の記憶がきれいさっぱり抜け落ちているのだ。
二人はショックのあまり頭を抱えたが、そんなことはお構いないしにミズゴロウは話しかけた。

「ねえ、そういえば君達の名前、まだ聞いてなかったよね。なんて言うの?」

正直自己紹介などしている場合ではないのだが、名乗らないのも失礼だ。
二人はしぶしぶながら、なぜか覚えている自分達の名前を教えることに。

「オレはソウイチだ」

「僕はソウヤ」

ヒノアラシとピカチュウは同時に名乗ったが、 その直後にまたしても二人の叫び声が響き渡る。

「お、お前ソウヤなのか!?」

「そう言うそっちこそ、本当にソウイチなの!?」

どうやら二人は知り合いらしく、記憶はないがお互いの存在だけは覚えているようだ。
なぜヒノアラシになっているのかソウヤはソウイチに尋ねたが、彼はわからないとため息をつくばかり。
かくいう自分自身も、どうしてこんなことになったのかさっぱりだ。

「あの、ちょっと聞いてもいい? 君達ってどういう関係なの?」

突然、ミズゴロウが遠慮がちに口を挟む。
見るからに二人の会話についていけなかった様子だ。

「関係? オレ達は兄弟だけど、それがどうかしたのかよ?」

ソウイチはめんどくさそうに答えた。
関係どうこうよりも、今はなぜ自分がポケモンになってしまったのかを考えるほうが先決。
ところが、二人はそれを聞いてひっくり返らんばかりに驚いた。
違う種類のポケモンが兄弟になるなど、あり得ないと思ったからだ。

「どうしてそんなに驚くの? 元々が人間なら、兄弟でもおかしくないでしょ」

ソウヤは不快そうな顔でキモリとミズゴロウに言った。
どうも二人の言動がバカにしているように見えるのだ。
それを聞いて二人は本当に尻餅をついてしまい、 不意にキモリがミズゴロウを引っ張るとソウイチとソウヤから離れた場所に移動し、なにやら内緒話をしている。
ソウイチとソウヤは話の内容が気になったが、ここからではそれを聞き取ることはできない。
話しを終えて戻ってきた二人の顔は、明らかに不信感と警戒心に満ちていた。

「君達さあ、もしかして僕達のことだまそうとかしてない?」

「兄弟だとか人間だとか、どうも怪しいんだよな〜……」

キモリとミズゴロウは険しい表情で二人に詰め寄る。
突然そんなことを言われて二人は驚いたが、直後烈火のごとく怒った。

「な、なんだと!? 何で初対面のやつをだます必要があるんだよ!!」

「そうだよ!! 僕達は初対面の人をだますほど落ちぶれちゃいないよ!!」

今度は二人がキモリとミズゴロウに詰め寄る。
キモリとミズゴロウはその剣幕に押されすっかり縮み上がってしまった。

「ご、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ……。最近この辺物騒だから、つい警戒しちゃって……」

どうやら二人が善人か悪人か見極めようとしていただけで、悪意があったわけではないらしい。
その証拠に、二人は頭を下げて丁寧に謝った。
ソウイチとソウヤは若干不満そうだったが、これ以上怒ってもしょうがないので二人を許すことに。

「そういや、お前らの名前聞いてなかったよな。なんて言うんだ?」

ソウイチはふと思い出し、二人に聞いてみる。
キモリの方はモリゾー、ミズゴロウの方はゴロスケと名乗った。

「そういえば、さっき物騒だって言ってたけど、そんなに危ないの……? まさか不審者とか出るんじゃ……」

少し不安そうなソウヤ。
あまり危険なことには関わりたくないのだ。

「んなもんぶっ飛ばせば済むことだろ?」

ソウイチは呆れた表情でソウヤを見た。
普通は不審者に関わろうなどという考えは起きないのだが、ソウイチはけんかっ早いのでそうは思わない。

「いや、そうじゃなくて、なんていうのかなあ……」

いい例えが思いつかないのか、モリゾーは言葉に詰まった。
すると、突然何者かがモリゾーを思いっきり突き飛ばす。
モリゾーはソウイチのいる方へ吹っ飛び、ソウイチはよける暇もなく衝突。
その衝撃でさらに飛ばされ、砂の中へ頭から埋まってしまった。
口の中にはざらざらと砂が流れ込む。
何とか脱出を試みるも、足が浮いているのでちっとも抜け出ることができない。
一方モリゾーは、何とか体勢を立て直し無事着地。

「ちょっと、いきなり何するのさ! 危ないじゃないか!!」

モリゾーは突き飛ばしたやつらを思いっきりにらみつける。
すると、突き飛ばした張本人、ドガースはニヤニヤしながら言った。
このドガースと横にいるズバットこそが、さっき二人を観察していたやつらなのだ。

「ケッ、わからねえのか? お前に絡みたくてちょっかい出してんだよ」

「ええっ!?」

モリゾーは全くわけが分からない。
絡まれる覚えもないのにこんなことを言われるのだ、動揺するのも無理はない。
すると、ズバットは地面に落ちている何かを見つけて拾う。

「あ! そ、それは……!」

モリゾーの目線の先には、先程まで手に持っていたかけらが映っていた。
どうやらぶつかってこられた時に手放してしまったようだ。
しかし、モリゾーは柄の悪そうなドガースとズバットにすくみ上がって動けない。

「ありゃ? 取り返さないのか?」

ドガースは意地悪な目つきでモリゾーを見る。
モリゾーは悔しそうににらみ返すものの、足は震えて一歩も前へ進むことができない。

「じゃあこれはもらっていくぜ。あばよ! 弱虫君!」

ズバットはモリゾーに暴言を吐き、二人はそのまま去って行った。
二人の姿が見えなくなると、モリゾーは力なくその場に座り込んだ。

「オイラの、オイラの宝物が……」

モリゾーの目が徐々に潤み始める。
臆病な自分自身に対するいらだちと、宝物を持って行かれた悲しさからだ。
ゴロスケはなんと声をかければいいのか分からず、ただただモリゾーの後姿を見つめている。
すると、モリゾーは急に立ち上がりソウヤの手をとった。

「お願い! オイラと一緒に、宝物を取り返すの手伝って!」

モリゾーは必死な様子でソウヤに頼む。
それほどまでに、あのかけらは大切なものなのだろう。

「僕からもお願い! 手伝ってあげて!」

ゴロスケも真剣なまなざしでソウヤを見つめた。
だが、二人に見つめられてソウヤは困惑するばかり。
ただでさえ自分に起こったことが理解できないのに、他人の手助けをする余裕などない。
どうしようか彼が迷っていると、海岸に猛獣のような唸り声が響き渡る。
三人がその方を見ると、ソウイチが地面から抜け出したところだった。
かわいそうに、ドガース達のせいですっかり存在を忘れられていたのだ。

「ちょっとソウイチ! 一体何やってんのさ!」

「何やってんのじゃねえよ!! いつまでもほったらかしにしやがって!!」 

ソウイチはソウヤに怒りをぶちまける。
放置されていた分、その勢いはすさまじいものだった。

「あいつら、絶対許さねえ! よくも人をぶっ飛ばして謝らずに行きやがったな!!」

ソウイチは全速力でドガース達の去っていった方へ駆け出す。
突き飛ばされたのはモリゾーで、自分は巻き沿いを食っただけなのだが、この際そんなことはどうでもいいらしい。
彼の行動の速さに唖然としていた三人だったが、はっと我に返りソウイチの後を追いかけ始める。
全力で走っても、向こうのスピードはすさまじくなかなか追いつけない。

「くっそお、あいつらどこ行きやがった!?」

海岸の端まで来て、血眼になってあの二人を探すソウイチ。
しかし、空中に浮かんでいるせいで足跡がつかないため、どこへ行ったかを特定するのは難しかった。
残っているものといえば、ドガース特有のにおいぐらいだ。
すると、そこへようやくソウヤ達が追いついてきた。
全力で走ったためか、すでに息が荒くなっている。

「もう、勝手に一人で行かないでよ!」

「そっちが遅いだけだろ! もっと速く走れねえのかよ!?」

ソウヤはソウイチに文句を言ったが、ソウイチはカチンと来て言い返す。
さっきのことで気が立っている分、冷静さを欠いていた。

「なにを! 元はといえばソウイチが自分勝手なことするから悪いんじゃないか!」

「なんだと!? そもそも、そっちがさっさと掘り起こしてりゃあの場であいつらをやっつけてやったんだよ!!」

「よけられなかったのがいけないんでしょ!! こののろま!!」

「てめえ!!」

売り言葉に買い言葉で、二人のけんかはどんどんエスカレートして行く。
このままではいつ殴り合いにならないとも限らない。 

「けんかしてる場合じゃないでしょ!? 早くしないと取り返せなくなっちゃうよ!」

とうとうモリゾーはしびれを切らして二人に怒鳴る。
このままくだらないけんかに付き合っていては逃げられてしまうと思ってのことだったが、言ってしまってからハッとなり慌てて口をふさぐ。
取り返してくれと頼んだ相手にこんな態度を取っては、下手をすれば勝手にしろと愛想を尽かされかねない。
二人はそれでもにらみ合っていたが、やがてお互いに顔を背けて歩き出した。
最悪の事態は免れたものの、最初からこれほどまで険悪なムードで大丈夫なのだろうか。
そして、海岸の端のほうまで来ると、大きな洞窟のようなものを見つけた。
ドガースの匂いも残っており、間違いなく二人はこの中に入って行ったようだ。

「ここみたいだな。さっさと追いかけてぐうの音もでねえようにしてやる!」

「今度は勝手に一人で行かないでよ? 何があるか分からないんだから」

一人息巻くソウイチにソウヤは忠告した。
知らない場所での度がすぎる行動は危険なのだ。
ソウイチは分かってるとぶっきらぼうに答え、また歩き始める。

「さっきは悪かったよ……。ごめん」

何の前触れもなく、ソウイチはささやくような声でソウヤに謝った。
虚を突かれたソウヤだったが、すぐに元の表情に戻る。

「もういいよ。こっちも気にしてないからさ」

それを聞いて、ソウイチは恥ずかしそうに頭をかいた。
ちょっとだけソウヤの方が大人の対応を身につけている。
モリゾーとゴロスケも二人のやり取りを見て一安心。

「よっしゃあ! 絶対あいつらぶっ飛ばすぞ!」

「おう!!」

ソウイチが腕を高く突き上げたのに合わせ、ソウヤ達もソウイチの腕に重なるように自分の腕を突き上げる。
気合を入れ、彼らはいよいよ最初の冒険へと足を踏み入れた。
洞窟の中は暗く、岩の壁に付着しているヒカリゴケらしきものがわずかに光を放っているだけだった。
数メートル先までしか見えず、視界は至って悪い。

「いったいあいつらどこまで行ったんだよ……。もう結構歩いたぞ」

「まだまだだよ。とにかく急がなくっちゃ」

不満を言うソウイチを軽く受け流し、ひたすら先へと歩みを進めるモリゾー。
ため息をつきソウイチが歩き出した途端、真横からの衝撃によろける。

「うおっ! いってえなあ……」

どうやら敵のお出ましのようだ。
ぶつけられたところをさすりながらソウイチが見ると、なんだか全体的にうねうねとしているポケモンがいる。
どことなくアメフラシを思い起こさせる姿だが、ソウイチとソウヤはこんなポケモンを見たことがなかった。

「あれはカラナクシ。みずタイプのポケモンだよ」

ゴロスケは二人に説明するが、二人はますます気味が悪いと思うばかり。
ああいう軟体動物はあまり好みではないのだ。

「なんかすっげえうねうねしてるな〜……。ここは見なかったことにしてスルーしようぜ……」

なんだか面倒なことになりそうなので、ソウイチはカラナクシを無視してそのまま素通りしようとする。
しかしそうは問屋がおろすはずもなく、カラナクシは再びたいあたりを仕掛けてきた。

「やるしかねえみてえだな……。でも今度はあたらねえぜ!」

ソウイチはさっと攻撃をかわし、今度は自分のたいあたりでカラナクシを吹っ飛ばす。
カラナクシはそのまま岩壁に激突し、ずるずると地面に座り込んだ。

「へへ〜ん! どんなもんだい!」

ソウイチはガッツポーズまでして調子に乗っていたが、カラナクシはその隙を逃さずどろばくだんをお見舞い。
もちろんよけられるはずもなく、ソウイチの顔面にクリーンヒットした。

「うへえ! なんだよこれ!?」

ソウイチは顔面の泥をぬぐおうとしたが、足の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。
ほのおタイプにじめんタイプの技は効果抜群、一撃で体力を削られてしまったのだ。
カラナクシはソウイチが動けないことを確認すると、すぐさまモリゾー達に攻撃の的を変更する。
モリゾーとゴロスケは攻撃に備えたが、見た目以上のすばやさに対応できずその場にひざをついた。
勢いを増したカラナクシはソウヤに狙いを定め、どろばくだんをチャージしながら突進していく。

「ソウヤ、逃げて!!」

「バカ! 何じっとしてんだ!! 早く逃げろ!!」

ゴロスケとソウイチが叫ぶも、ソウヤはカラナクシを見据えたまま動かない。
すると、ソウヤのほっぺから電気がバチバチと流れ始めた。
カラナクシをぎりぎりまで引き付け、衝突まで後数メートルというところで、ソウヤは大量の電気を放出。
それはでんきショックの上を行く十万ボルト。
真正面から電撃を浴び、カラナクシは鳴き声を上げる間もなく戦闘不能となった。

(すげえ……。いきなり十万ボルトが使えるなんて……)

ソウイチは内心舌を巻いていたが、それと同時にうらやましかった。
何せ、未だたいあたりしか使えていないのだから。

「二人とも大丈夫?」

モリゾーとゴロスケは二人の元に駆け寄り、安否を確認する。
ソウイチは強がって大丈夫と答えたものの、まだ足に力が入らなかった。
ソウヤのほうは傷一つなく、至って元気そのものだ。

「すごいよソウヤ! いきなり十万ボルトが使えるなんて」

「いやあ……。たまたまだよ」

十万ボルトはある程度までレベルが上がらないと覚えないはずだが、ソウヤは最初からそれが使える。
ポケモンにとって、低いレベルで威力の高い技が使えるというのは尊敬に値するのだ。
やはり元人間ということで普通のポケモンとは違う部分があるのだろうか。
ソウヤは照れて赤くなったが、弟に先を越されたような気がしてソウイチは面白くなかった。

「大丈夫。ソウイチにも、他に使える技がきっとあるよ」

その気持ちを察してか、モリゾーはソウイチの肩を叩いて慰める。
根拠があるものではないが、ソウイチにとっては嬉しい心遣いだった。
そして彼らは、再び洞窟の奥を目指して出発。
一刻も早くあの宝物を取り戻さねばならない。
次々出てくる敵を倒しながら進んでいると、不意に空洞に出た。

「だいぶ奥まで来たみたいだね。でも、あいつらはいったいどこに……」

ソウヤは辺りを見回し、水たまりの近くでドガースたちが立ち往生しているのを見つけた。
何度も行ったり来たりしている様子から、この先は行き止まりのようだ。

「今がチャンスだ。気付かれないうちに早く……」

ところがソウイチの言葉を聞く前に、モリゾーは単身で飛び出し、ドガース達のところへ向かった。
ソウイチは呼び戻そうとしたが、モリゾーはすでにあの二人に声をかけてしまっている。

「おや? 誰かと思えばさっきの弱虫君じゃないか」

これまた意地悪そうな口調で返事をするドガース。
モリゾーの目元は怒りでぴくぴく震えている。

「ぬ、盗んだ物を返してよ!! あれはオイラにとって大切な宝物なんだ!!」

怒りで震えているとはいえ、恐怖心が抜け切ったわけではない。
モリゾーは勇気をふりしぼってドガース達に怒鳴る。

「何だ。じゃあやっぱりあれはお宝なんだな? ますます返すわけにはいかなくなったな。ヘヘッ」

向こうははなから盗んだものを返すつもりなどなかったのだ。
そのやり取りを見ていて、とうとうソウイチも我慢の限界が来た。

「おいお前ら! 人の物とるのは犯罪だろうが! やっていいことと悪いことの区別もつかねえのか!?」

モリゾーを押しのけ前に出ると、ソウイチは大声で怒鳴った。
しかし、向こうは涼しい顔で切り返してくる。

「ん? 今度は砂の中に埋まってたやつじゃねえか」

「あれは傑作だったなあ。あんな不恰好でダサイやつ見たことが無かったぜ」

ドガースとズバットはわざと大笑いした。
挑発であることは目に見えていたが、とうとうソウイチの額に青筋が浮かぶ。
もう自制を効かせることは不可能。

「んだとお!? もうあったまきた!! 立ち直れねえぐらいにボコボコにしてやる!!」

ソウイチは猛然と二人に殴りかかった。
素手でのけんかはソウイチの得意とするところであり、人間だったころはめったに負けたことがない。
しかし、人間だったら素手でも勝てるかもしれないが相手はポケモン。
案の定、二人は少し横へ移動しただけで、ソウイチの攻撃は空振りに終わり地面に激突した。

「ぬがああああああ!!!」

ソウイチは思いっきり鼻を打ちつけ、その場をのた打ち回った。
ゴロスケ達と比べても長いのは一目瞭然で、その分衝撃が大きいのだ。
三人は頭に手を当ててあきれ返っている。

「オレ達に勝つなんざ百年早いんだよ!」

余裕たっぷりの表情でソウイチにどくガスを吐きかけるドガース。
やられる! そう思った瞬間、ソウイチは何かに突き飛ばされていた。
なんと、モリゾーが身代わりとなり、自らどくガスの餌食となったのだ。

「も、モリゾー!!」

ソウイチは慌ててモリゾーに駆け寄ったが、どくガスの勢いがすさまじかったのか完全に気を失っていた。

「たいしたことねえ野郎だ。あれぐらいで倒れるなんてよ」

ドガースとズバットは鼻でモリゾーを笑う。

「取り消せ……」

「なんだと?」

「今言ったことを取り消せって言ってんだよ!!」
ソウイチの怒りは極限に達し、両手は怒りでぶるぶると震えた
先ほどのように単純な感情ではなく、体を張って、出会って間もない見ず知らずの自分をかばってくれたモリゾーをけなされたことに対する怒りだ。

「何だ、やる気か?」

「返り討ちにしてやるぜ!」

二人はすぐさまソウイチに襲い掛かってきた。

「上等だコラアアア!!」

ソウイチは雄叫びを上げながらドガースに突進し、目にもとまらぬ速さでたいあたりを食らわせた。
それが戦闘開始の合図となり、ソウヤとゴロスケも慌てて加わる。
まずはゴロスケとソウイチでドガースに集中攻撃。
モリゾーに危害を加えた張本人なので、どうしても先に倒しておきたかったのだ。
ドガースのたいあたりやどくガスに気をつけながら、二人は交互にたいあたりでダメージを与える。
それでもどくガスを全てかわせるわけではなく、徐々にだがダメージは蓄積していく。
一方ソウヤは、すばやさの高いズバットを相手に苦戦していた。
いくら技の威力が高くても、向こうがいとも簡単にかわすのでなかなか倒せないでいる。
一方ズバットの方は余裕を見せており、挑発的な言葉でソウヤをからかっていた。

「遊びはこれで終わりだ!!」

ドガースは最大パワーでどくガスをあたり一面に撒き散らす。
直撃は免れたものの、ゴロスケは直に吸ってしまい地面に倒れた。

「威勢だけじゃ勝てねえんだよ!」

ドガースはゴロスケを見て鼻を鳴らしたが、肝心なことを忘れていた。
相手は一人だけではないということを。

「よそ見とはずいぶん余裕じゃねえか!」

ソウイチは近くにあった岩を使ってジャンプし、どくガスを全て回避していたのだ。
そしてドガースに狙いを定め一気に落下、強烈なたいあたりをお見舞いする。
ドガースはそのまま地面に減り込み目を回してしまった。
この上ない鋭い目つきでドガースを見下ろすと、残るズバットを倒すためソウイチはソウヤに合流。
だがソウヤはすでにPPをかなり消費しており、体力も残り少ない。
案の定、ズバットのつばさでうつを受けて壁に叩きつけられてしまい、これ以上戦うのは無理だった。

「ヘヘッ。さあどうするんだ? たいあたりだけじゃオレは倒せねえぜ」

ズバットは相変わらずへらへらと余裕の表情を浮かべている。
ソウイチ自身の体力も残りわずか、何か手を打たなければ勝てる見込みはない。

(くそお……、オレも何か強力な技が使えれば……)

ソウイチは悔しそうに歯軋りした。
今の自分のレベルでは、せいぜいたいあたりやなきごえが使える程度。
一撃で倒せる可能性は限りなくゼロに近い。

「お前もあのザコどもと同じようにくたばれ!!」

ズバットはでんこうせっかを組み合わせ、つばさでうつを使いソウイチに迫る。
彼はぎりぎりまでどうするか考えたが、もう迷っている暇はない。

(ええい! こうなったら一か八か!)

ソウイチは思いっきり息を吸い込み、ひのこを吐き出す。
吐き出しているうちにだんだんと炎の塊になり、やがてズバットを包み込んで燃やした。

「ぎゃあああああ!! あぢぢぢぢぢ!!」

ズバットは身もだえしながら火を消そうとしたが、そうそう簡単に消えるはずもない。
やがて炎が体力を奪い尽くし、ズバットは黒焦げになり力なく横たわった。

「はあ、はあ……。どっちが雑魚か思い知ったか……!」

ソウイチは息も絶え絶えにズバットに吐き捨てると、すぐさまソウヤとゴロスケの元へ駆け寄る。
二人ともかなり傷を負っていたが、普通に会話できる程度にはなっていた。
それが分かり、ソウイチもほっと一安心。

「あれ……? ソウイチ、いつの間にあいつらをやっつけたの?」

倒れている二人を見て、ゴロスケは不思議そうに尋ねた。
ソウイチは、ひのこを出したら予想以上に火力が強かったことを話す。

「それって……、ひょっとしたらかえんほうしゃじゃないの?」

ひのこから威力が高くなるとすれば、かえんぐるまかかえんほうしゃ。
ソウイチが回転している様子はなかったので、そうなるとかえんほうしゃの確率が高い。
自分でも、ひのこからかえんほうしゃにグレードアップするとは思ってもみなかった。
でもそのおかげで敵を倒せたのは事実、奇跡とはいえ、ソウイチはどこか鼻高々だ。
ゴロスケとソウヤに褒められ、彼はさらに気分を良くする。

「そりゃあ、自分をかばってくれたモリゾーをあそこまで言われ……、ああっ!!」

自慢げに話し始めるソウイチだったが、瞬時に表情が固まり話を止める。
ソウヤもゴロスケも何事かと目を見張るが、その理由はあまりにも呆れるものだった。

「モリゾーのことすっかり忘れてた〜!!」

「だああああ!!」

あまりにひどい内容に二人ともずっこけ、ソウイチは急いでモリゾーの所へ駆け寄る。
普通忘れるなどあってはならないことなのだが、しばらく介抱した後、モリゾーはようやく息を吹き返した。
結果オーライとでも言うべきところだろうか。

「モリゾー、大丈夫か?」

「うん……。まだちょっとくらくらするけど……」

モリゾーは半分だけ目を開ける。
まだ完全には回復しきっていないようだ。

「なあ、何でオレをかばったんだよ?」

ソウイチは気になってモリゾーに尋ねた。
見ず知らずの他人をいきなり助けるというのは、どうにも合点がいかない。

「わからない……。ソウイチが危ないって思ったら、いつの間にか体が動いて……」

モリゾー自身にも、そのわけは分からない。
だが、この短い間一緒にいただけにもかかわらず、ソウイチとモリゾーの間には強い何かが芽生えていたのだ。
もちろんそれは、ソウヤとゴロスケにも当てはまることだった。

「いてて……。くそお、こんなはずじゃ……」

目を覚ました二人は悔しそうにうめいた。
かえんほうしゃや攻撃を受けたせいで全身真っ黒になっている。

「まだやるか? ならとことん相手になってやるぜ」

ソウイチは二人を真っ向からにらみつけた。
多少は効果があったのか、二人とも戦う意思はもうないようだ。

「くそっ、こんな物返してやるよ!」

ドガースは宝物を放り出すと、ズバットもろともそそくさと退散していった。
ソウイチはそれを手に取り、モリゾーに手渡す。
モリゾーは欠けたり壊れたりした部分がないことを確認し、安堵の表情を浮かべる。

「じゃあ、あいつらもやっつけたし、そろそろ帰ろうぜ」

ソウイチはソウヤ達を促し、彼らもそうしようとうなずいた。
そして四人は、意気揚々とその洞窟を後にする。
特にうれしそうだったのは他でもない、宝物を取り戻したモリゾーだった。


「ソウイチ、ソウヤ、本当にありがとう。おかげで宝物を取り返すことができたよ」

「二人とも強いんだね。最初からあんな強力な技が使えるなんてすごいよ」

海岸に戻ると、モリゾーとゴロスケはソウイチとソウヤに丁寧に礼を述べた。
心からソウイチとソウヤに尊敬の念を抱いているのだ。

「んなことねえよ。お前らの技だって結構威力あったぜ?」

「そうそう。僕らと同じくらい強かったよ。」

二人は謙遜して、逆にモリゾーとゴロスケをほめた。
ほめられるとは思っていなかった二人は、すっかり赤くなって照れくさそうにうつむく。

「そういや、さっきのかけらみたいな物は何なんだ? 宝物とか言ってたけど」

「ああ、これのこと?」

ソウイチに聞かれて、モリゾーはかけらを取り出し地面に置いた。
幾何学的かつ神秘的で、不思議な感覚を覚える模様が描かれている。

「これは、オイラが父さんからもらったものなんだ。オイラ、昔からいろいろな場所を探検するのが好きで、いつかは立派な探険家になりたいってずっと思ってたんだ」

「僕もそうなんだ。だってそう思わない? 新しい場所の先には、きっと新しい発見が待っている、そう考える度にワクワクするんだ」

モリゾーとゴロスケは生き生きと目を輝かせて自分の思いを語る。
ソウイチとソウヤにはいまいちぴんと来ないようだったが、探検にかける熱い思いは十分理解できた。

「それでお願いがあるんだ。ソウイチ、ソウヤ。オイラ達と一緒に探検隊をやってくれない?」

「二人と一緒ならできそうな気がするんだ。だからお願い、僕たちのパートナーになって!」

モリゾーとゴロスケは急に真剣な表情になり、頭を下げて二人に懇願した。
洞窟での出来事で、二人はソウイチ達に対し深い信頼を覚えたのだ。
しかし、当の本人達は大慌て。
右も左も分からない状態で、そんなものになってくれといわれても困る。

「どうする……? ソウイチ」

ソウヤは困惑しきった顔でソウイチに助けを求めた。
ソウイチ自身もどうするか迷っていたが、断ったところで行く当てもないし、ここの社会の仕組みも分からない。
今はこの二人と一緒にいる方が良いだろう、そう判断した。

「わかったよ。どうしてもっていうなら別にいいぜ」

ソウイチがそう言うと、二人は天にも昇りそうな気持ちになった。
あまりにも嬉しかったので、お互いに手を取り合ってはしゃいでいる。

「ちょっと、ほんとに大丈夫なの?」

「いいじゃねえか。行く当てだってねえんだから、別にいいだろ?」

不安をにじませるソウヤに対し、あっけらかんとソウイチは言った。
いまさら言ったことを取り消せるはずもないし、助けを求めてきたのはソウヤ。
どことなく、この二人といるのも悪くないと、ソウイチは即断したのだ。
最初は呆れていたソウヤだったが、やがて笑顔になると快く承諾した。

「決まりだね! これからもよろしく!」

「ああ、がんばろうぜ!」

ソウイチとモリゾーは、しっかりとお互いの手を握り合った。

「ソウヤ、がんばろうね!」

「うん……、よろしく!」

ちょっと戸惑うソウヤであったが、すぐ笑顔に戻りゴロスケと握手を交わす。
この瞬間から、ソウイチ達の冒険の歯車は動き始めた。
この先誰と出会うのか、どんな冒険が待っているのか。
予測不可能な未来の出来事は、まだ誰も知らない……。

火車風 ( 2013/11/18(月) 05:51 )