Act4. Remain or Revolute
平均点。五段階中三段階目。勉強や運動はクラス平均、学内平均、全国平均。可もなく不可もなし。
そう、僕を評価するのに相応しい言葉はWCommonW、少し違うがつまりのとこりW普通Wであることだった。抜きんだ特技もないし、かといって極端に苦手なことも無い。僕はWCommonWという概念そのものなのかもしれない、そう自覚し始めていた。
*
≪……という訳で最近、交通事故が多いのです。≫
≪なるほど、ありがとうございました。続いてお昼の天気です。≫
「アケミ、醤油をとってくれ」
「お父さん、それサラダだけど」
とある早朝のひととき。ニュースをBGMにアケミとお父さんが朝食を貪っていた。アケミは僕のマスターであり、普通の中学生である。時計が指す時間は七時四十五分。アケミはそろそろ学校に行く時間である。
「お母さん、今日も部活で遅くなるかも!ポニータ達の面倒みなきゃだし」
「最近頑張ってるわねー、せめてクリスマスは早く帰って来て欲しいけど」
「そのときはもう冬休みだし大丈夫だよ。じゃあ行ってきます!」
「ジジジ……」
「ニッケル、行ってくるね。電気食べ過ぎないようにねー、過充電になっちゃうよ」
彼女は僕にも挨拶をして学校へと向かって行った。こんな彼女が僕は好きだし、彼女も僕がきっと好きだと思う。そう僕らはW普通Wのパートナー同士だ。
「あなたも早く行きなさいよ。仕事でしょ?」
「まだ五分いれる」
アケミのお母さんは専業主婦、お父さんは印刷所の部長として働いている。最近、15回目の結婚記念日を迎えたところで「50回も割と早いだろうな」とお父さんは言っていた。
「じゃあ行ってくる」
「今日の夕飯は何がいい?」
「なんか魚食べたい気分だな」
「わかった、チラシみて何買うか決めちゃうわね」
「んじゃ、行ってきます」
お父さんが仕事に行った。アケミが出て、お父さんが次というのがいつもの流れである。そして、
「よし、ニッケル」
「ジジジ……」
「あなたも保育園行きましょうか」
そして、次は僕の番である。
*
今日とても寒いが雲一つに快晴である。空気が隅々まで透明色なのを実感出来るぐらい気持ちがいい。ただ冬は静電気が溜まりやすく、適宜アースをしないといけないので面倒な季節でもあった。
「では、ニッケルをお願いします。またね、ニッケル」
「ジジジ!」
「そうだ、クリスマスに向けて準備するから今日は昼過ぎには迎えにいくわね。あなたの電飾選びは頼りになるからね」
そう言って僕を見送ってお母さんは帰って行く。そして僕はいつも通りさよならをしたのだった。
「じゃあ、ニッケルくん。寒いし中に入りましょう」
そうして、僕はセンセイに連れられて園内へと入っていった。
保育園では友達が遊んでいた。すると、同じ組のエネコのミーコが僕を積み木遊びに誘ってきたのである。
「ニッケル、この積み木を上に乗っけてよ!」
「うん、分かったよ」
僕は器用な磁石捌きで皆の手の届かない所にどんどん積み木を乗せていった。ミーコが指示を出すのでその通りにである。
「えーっと、もうちょい右!」
「こう?」
「もっと右!」
「こう??」
「あーっ!行き過ぎ!」
「これでいい!?」
シビアな指示を何とかくぐり抜けて僕はなんとか積み木を完成させたのである。
「やったーっ!完成したよぉー!」
「ミーコ、これは何?」
すると、ミーコはドヤ顔で「お姫様の住むお城」と言った。僕は思わずそれに吹いてしまった。
「ちょっと、ニッケル!なんで笑ったの!?」
「ハハハッ!王子様なんている訳ないじゃんっ!」
「……ニッケル、馬鹿ぁ!!」
そういうとミーコはどっかに行ってしまった。ちょっと言い過ぎたかな……。でも、やっぱり僕にはそんな夢みたいな話は少しおかしく聞こえてしまったのである。取り残された木の夢の城だけが僕を眼前として聳え立っていた。
しばらくして、歌の時間になった。今日、歌うのはWEndless JourneyWという古め歌謡曲である。僕はこの曲がとても大好きで時間外でもよく鼻歌を歌っていた。
「〜♪」
普通の僕にはとんだ夢見がちな歌詞だけどやっぱり歌はいいものである。そうだ、ミーコに後で謝らないとな。なんて謝ろう。普通に「ごめんなさい」?それでいいか、僕は普通でいなきゃいけないんだから。
歌の時間の後は少しのお昼寝タイム。一時間程、皆眠るのだ。他の皆は開始数分ですぐ眠ってしまったが、僕は何故だか目が冴えてしまってなかなか寝付けなかった。そういうわけで少し外に出ることにしたのである。
「……」
保育園の外は皆が遊んだ跡が残されたままだった。ひっくり返ったバケツ。山ができた砂場。捻れたブランコ。遊び尽くされた遊具達も昼を過ぎて疲労を出してる様である。一方で僕は多分全然疲れてないからこうやって起きてるんだと思うけど。こうしてボーッとしてると横に気配が降り立った。
「どうしたの、ニッケルくん」
「ジジジ……」
センセイだった。教室に僕がいないを見つけて来たのだろう。センセイはそのまま僕の隣に座り込んだ。
「寝付けないの?」
「ジジジ……」
「そっか疲れてないんだね」
「ジジ…」
いつも通りの日々。この日々にはもう慣れてしまって体力を使うことは殆どなくなってしまった。皆はどうして寝れるのだろう?
「だって、皆は夢を見てるんだもの」
「…っ!」
いま、センセイ……僕の心を読んだ?
僕のびっくりした表情にセンセイは微笑を浮かべていた。
「あなたにはいま夢がないのよ、だから眠れないの」
「ジジジ……」
僕には夢がない?だから眠れないのか?
「夢がないって可哀想なことよ、だってあなたはずっとこのままなんだから。あなたは可もなく不可もない、そんな存在のままよ」
つまり、僕は”普通”なのか。僕は”普通”のまま存在して、そして”普通”に死んでいくのか。それはいいことなのか、それとも悪いこと……??
「あなたも……眠りたい?」
「……」
「別にいいのよ、このままでも。だって、”普通”であることは悪いことじゃないもの。好い事でもないけれどね」
僕は”普通”だ。でも、
「でも?」
ちょっと。ほんのちょっとだけど眠ってみたいかも。ほんのちょっとだけだけど。
「そう、じゃあ来なさい。あなたを眠らせてあげる」
センセイはそう言うと立ち上がって教室に入って行った。そこは皆が寝ている教室ではなく、別の教室。僕はセンセイについて行った。
「今からあなたが眠る為にはW変わるWしかないわ」
「ジジジ……??」
センセイは教室のとある地点に止まった。そこは僕とミーコが組み立てた積み木の城の前だった。一体この積み木に何の用だろう。すると、センセイは積み木に手を伸ばす。
「あなたが眠る為にはこうすればいいの」
その伸ばした手で城のパーツの積み木を一つとって、そして手から落とした。積み木はカランコロンと音を立てて虚しく僕の前に来たのである。僕の戸惑いを察したのかセンセイは僕を睨んで、
「城を壊しなさい、それこそがあなたが変革を起こすための絶対条件。あなたの勇気で、その無邪気な夢を壊しなさい」
ミーコがとても喜んでいた、その顔を思い出すととてもじゃないが行動し辛かった。でもこれで僕は変革(か)われる。そうだ大丈夫、もう一回、作ればいいんだ。
ついに僕は勇気を振り絞って、城に触れた。すると、ミーコのお姫様の姿が頭に過った。これは一体……
「それが彼女の夢、彼女の純真無垢なそんな真心」
城の中を歩く彼女はとても優雅で綺麗だった。ドレスで着飾ったおとぎ話のお姫様のようだった。彼女は彼女の持つその夢の輝きに満ち溢れていた。それを僕は今から、
「壊しましょう、壊しましょう」
「センセイ……僕は…」
何故か僕はセンセイの言葉に返事をしていた。
「いいから変わりなさい、もうW普通なWあなたが生き残る為にはそうするしかない」
すると、センセイは僕の身体を掴み無理矢理城の方向へと押し出した。すると、夢の彼女は此方に気付いたようである。やめてくれよ、そんな怯えた目で見るのはやめてくれ……
「ほら、あなたは今ちゃんと革命わっているの。彼女もきちんとあなたを見てくれている」
「センセイ……!!やめて…!!」
「これが貴方が望んでいたことよ、私たちはW先を生きるものWとして貴方達にこの素晴らしいさと残酷性を教えなければならない。さぁ、感じなさい。夢を壊す音を」
僕の身体に城が触れる。夢の中の彼女は揺らめき倒れた。城が瓦解していく。彼女は泣き始める。ガラガラ、ガラガラと城は崩れ去り彼女は夢の跡へと埋れた。僕はついに一線を超えた。
「ねぇ、ニッケル何をしてるの?」
「……!!」
ミーコの声。瓦礫の中……ではなく後ろからだった。昼寝の途中で目が覚めて僕がいないことに気付いて探しに来たのだろう。しかし、そんなことはどうでもいい。彼女の目には僕ではなく床に散らばった瓦礫に目がいっていたのだから。
「ねぇ、それお城だよね……??」
「み、ミーコ、これは……!!」
「ニッケルがやったの!?」
「ごめん、うっかり…」
この時センセイの方を向いたが、僕の周りにそんな存在はなかった。どこに行ってしまったんだ。
そしてミーコの怒りは止まらない。
「ひどいよ……!!せっかく作ったのに…!」
「……」
「W私たちWが作ったお城なのにひどいよ!!」
そういうとミーコは外に駆け出してしまった!僕は急いで彼女を追う。
「ミーコ、待って!」
「嫌だ!」
ミーコはそのまま保育園の外に出てしまう。その瞬間、僕は嫌な予感がしたのである。それはきっと恐らく多分、朝に見たニュースのせいでーーー
「っ!」
その時、保育園の柵越しに車が通っていった。車はミーコに気付いてないようでスピードはそのままだった。それはミーコも同じ。彼女はとうとう道中に出てしまう。僕は思いっきり叫んだ。
「ミーコオォ!」
僕はその数秒後この叫んだという行為に激しく後悔するのである。なぜなら、
「何よっ!!」
ミーコは道中で立ち止まってしまったから。
「ミーコ、右だ!危ないっ!!」
「右って……え…」
やっとミーコの存在を感知した車は甲高いブレーキ音が空気を轟かせた。僕は思いっきり手を伸ばした。お願いだ。間に合ってくれ。ミーコ!
『結局、貴方は普通なのね』
そして僕は更に後悔をする。何処からかセンセイの言葉が僕の脳裏に過ったのである。そして伸ばした手を−−−−止めてしまった。
「ニッケル、助け……」
その途切れた儚い声は空中に舞い上がり僕の目の前でアーチを描いた。そして鈍い音を地面で鳴らしたのである。彼女は僕にはない赤いモノで地面に落書きをした。そして何処からからともなく灰色の群衆が現れて彼女の実演を自分の端末に収めんとフラッシュ音を鳴らせた。
「(ミーコ……)」
一方で事故車から人が出てきた。ミーコを、よくもミーコを……!
「ど、どうしよう…」
しかし、僕はその事故車から出てきた人物に見覚えがあった。いつも朝起きて目にする人物、部屋の写真でも朝のニュースキャスターではなく……
「(お母さん……?)」
いつも優しく美味しい料理を作ってくれるアケミの、僕のお母さんだった。
*
「アケミ!ニッケル!」
場所は警察署に移る。現在お母さんが事情聴取を受けている。現場にいた僕と学校から召喚されたアケミは鬱々と待っているとお父さんが来たのだった。
「お父さん……!!」
アケミはお父さんに抱きついて今まで我慢していたものを流していた。お父さんはアケミの頭を撫でてただただ慰める。僕はそのまま俯いて心で贖罪の言葉を並べるしかなかった。
しばらくすると、アケミは落ち着いて次は沈黙を続けたのである。そんなアケミをみてお父さんは
「ニッケル、少しアケミに外の空気を吸わせに行くから待っててくれよ」
そんなものでアケミが快復するとは思えなかったが、お父さんが頑張って慰めようとしているのはよく分かった。僕は磁石を振り二人の後ろ姿を見送った。
僕は仄暗い廊下でボーッとする。天井の蛍光灯がチラつき、天井のシミを目で辿って遊んでいた。すると背後には先ほどの気配が潜んでいたのである。
「大丈夫?ニッケル」
「センセイ……」
僕はなんでこんなことをしてしまったのだろう。
「いいじゃない。これであなたはゆっくり眠ることができるわ」
ミーコを犠牲にしてでも手に入れるべきものだったのだろうか。
「いいじゃない。これであなたは夢を見ることができるわ」
家族を崩壊させてまで成し遂げるべきだったのだろうか。
「いいじゃない。そのままだとあなたはきっと何者にもなれずに死んでいったのだから」
「……」
「いい目をしてるわ、ほらこれを上げるから」
センセイが僕に渡して来たのは一枚の切符。これは一体…
「外で送迎車が待ってるわ、あなたが変革る為の場所に連れていってくれるの。大丈夫、あなただけじゃないわ。他にも同じ境遇のポケモンがいるから安心して」
「僕が、変革る…」
いつの間にか僕は警察署の外に向かっていた。こんなにも心が沸き上がりドキドキしているのは久しぶりだった。これは決して善良な感情ではない。ただ心からふつふつと熱いものが込み上げてきたのである。もしかしたら、これが目的を持つということなのかもしれない。
しかしながら、僕は一つ疑問思っていたことがあったのである。警察署から出て立ち止まった。
「センセイ、質問っていいですか?」
「いいわ、何かしら」
「僕みたいなポケモンって他にもたくさんいるんですか?いや、境遇とかじゃなくてタイプ的な意味で」
行った先が炎タイプや地面タイプばっかりだったらきっと環境に馴染みにくい。そういう点で少し不安があったのである。センセイは微笑みながら言った。
「大丈夫、色々なタイプのポケモンがもちろんいるから。タイプなんて関係ないの、"愛されているかどうかの違い"なんて」
「そうですか、それなら安…」
……。
………?
待って、いまセンセイなんて言ったんだ。
"愛されているかどうか"
違う。それは僕が求め得る同じ境遇のポケモンではない。
「ニッケル!」
「(アケミ……)」
「貴方も何処かいっちゃうの……?」
僕は夢も何もない日常からW変革りたかったWだけで、
「センセイ、僕は」
*
「愛されていた……?」
僕の内なる発見をつぶやくと共に静まり返るトラック内。そう、僕は自らを回想したいま気付き始めていた。聞いていたクロムとマンガンもびっくりしていて目をぱちくりさせていた。そして、新たなる疑問が沸くのである。
「じゃあ、ニッケルどうして貴方は…」
「どうしてお前は…」
「どうして僕はーーー」
此処に来たんだ!?
ピンポンパンポン。突然トラック内にアナウンス音が響き渡った。
≪トラックに御乗車皆様お疲れ様です。まもなく終着ヨーコーロ、ヨーコーロです。何にもなれないあなたたちに送る救済を届けます、『ちるどハイソー』。降りる時は想い出等をお忘れになりませんよう御注意下さい。The next station is...≫
僕は何か嫌な予感がした。この鋼の身体を伝うピリピリとした感覚は何とも不快だった。すると、またチャイムとともにアナウンスが聞こえてきた。
≪ドアが開きます。ご注意ください。≫
アナウンスと同時にトラックの扉がいよいよ開かれる。僕らが目指した希望の地がいま目の前に露わになっていった。
to be continued......