第四十六話 嘗て夢見た任侠道 後編
「あら、ナッグさん、いらっしゃい」
「今日はダチ連れて来たぜー」
時は夜中。月が高く照らす。W森の高台Wから少し離れた森、つまりWキザキの森W。その中のとある切株の中から地中へと続くある酌を交わし合う場所。ナッグと俺はそこに来ていた。周りには十字架や何かの雌ポケモンを象った像などが多く飾られている。
「こいつが明後日の継承式から次期組長となるハング様だ〜!」
「初めまして…」
ナッグにふざけ気味に紹介されつつも、俺はお辞儀をした。カウンター越しにいるのは黄色と黒の縞、そして六角形の身体が特徴のポケモンだった。声を聞いた限りだと女性のようだが…。すると、そのポケモンも挨拶をした。
「こんばんは、私はエノウ。ヨロシクね、噂のハングさん?」
見た感じはただの虫ポケモン。しかしながら、こんな種族は見たことがない。見た感じだとスピアーが妥当だが何か違う。
「あら、どうしたの?そんなに見つめて…」
「ハング、惚れたかぁ?」
「ん、んな訳ねぇだろ!」
二匹はとりあえず席に座った。見た感じバーだが、トレジャータウンにあるものより大人びていて刺激のある暗さだった。客こそあまりいないものの煙草の薫りが室内に少し漂っている。
「何になさいますの?」
「俺はいつもの頼む、お前も俺のと同じでいいか?」
「あぁ、それでいい」
エノウは準備を始めた。それにしても何の種族のポケモンだろうか…
「ハング、やっぱ惚れたのかぁ?じーっと、エノウの後ろ姿見て…まさか襲おうとか?」
「あら、ハングさんったら!」
「だから、ちげーよ!…ただ、見たことのない種族のポケモンだからさぁ」
ナッグはそれを聞いて、あぁ、と納得したようだった。そして説明を始める。
「エノウはビークインというポケモンだ。確かにここら辺では少ないないから知らんのも無理はねぇ」
「へぇー…じゃあ、エノウさんは別の所から?」
「はい、昔は女王をやってました?」
「ほぉ、女王ね。随分大層な身分……」
俺はしばらく間を作って勢いよく立ち上がる!
「じょ、女王!!?偉い方の女王ですか!?」
「予想通りの反応だな」
「そんな驚いちゃって嬉しいな〜」
二匹がニヤニヤして此方を見る。俺は周りの他の視線に気付き顔を赤くし、静かにうつむいた。すると、エノウは注文の飲み物を出す。ナッグのいうWいつものWというやつで、それは木で作った器に八分程満ちていて、余りに赤く、嗅ぎ覚えのある匂いを放つモノだった。
「とりあえず飲め飲め。お前も好きだろ、マトマのカクテル」
ナッグに促されるままに喉にそれを通した。程良い辛味の中にある刺激的なフレーバーが鼻を抜ける。
「美味いな…」
「よかった!気に入ってもらえて嬉しいです。蜂蜜を少々いれてみたんです♪」
エノウは感想に満足のようだった。しかしながら、色々はぐらかされているような気がする。まだエノウが女王だったという事実に言及しきれてない。とりあえず気を取り直して…
「で、あなたが女王って一体どんな…」
俺の言葉にエノウは少し身体を引く。慌てていたが、すぐに何か思いついたようで…
「…ま、まぁ、それは置いといて!ナッグさん、お話があったんじゃないですか?」
「そんなこと言って…」
「エノウちゃん〜、一杯ちょーだい!」
「あら、別のオーダーが入っちゃったわ!じゃあ、御二方、ごゆっくり〜」
「(流された…)」
軽く流されて、エノウは向こうへと行ってしまった。そして、ナッグは思い出したようにして俺へと向き直った。
「そうだったなぁ、お前と話したいこと一杯溜めてんだった!さーて、何から話そうかね〜♪」
ナッグはほろ酔いで気分が良いようだ。そういえば、こいつ見た目の割に酒あんま強くなかったよな。そんなナッグが話を振ってくる。
「ハングは何か訊きてぇことあっか?」
「あぁ、それもそうだな…」
二年も経ったのだから色々変わっているだろう。折角だから訊けるだけ訊いてしまおうか。
「んじゃ、遠慮なく訊かせてもらうよ」
「おうおう、どんと来い!」
ナッグは胸を叩き構えた。俺は微笑して、早速始める。
「まず、何で組がいきなりあんな豪華になってんだ?俺がいた頃はこんなんじゃなかった」
敏感な話題だったのかナッグは一瞬躊躇する。しかし、彼はカクテルを一口啜って、答えた。
「まぁ、色々稼いでるからな。でも、お前が許せない方法かもしれない…」
「何だ、その方法って?」
ナッグは周りを確認して小声で呟いた。
「麻薬(ヤク)だよ、麻薬(ヤク)」
「っ!!?」
ハングは驚き呆れた。違反薬物。まさかそこまで組が落ちぶれているとは思わなかった。俺は目を伏せた。
「だから、言っただろ。お前は嫌がるって」
「…何でだ、どうして組はそんなに変わっちまったんだよ?」
ハングは震える羽をカウンターに置く。マトマのカクテルが器の中で少し波を立てた。一方で、ナッグは平然と答えた。
「『暴力団規制法』って知ってるか?」
「聞いたことないな…」
「文字通り暴力団を取り締まる為の法律だ。丁度、お前が出て行く二年前に既に発表されていたらしい。結構、知れてないみたいだな」
「昔にそんな話は聞いたことが無い…。そんな法律なら俺らの耳にも入ってもよかったんじゃねーか?」
「でも、何故か二年前に俺たちはそれを知ることは無かった。だが、他の組の連中は既に知ってたみたいで、動きを変えたんだ」
「……」
「いつの間にか俺らの資金流入はストップされ、組は経済的に運営が困難になった」
「まさか…」
「あぁ、そうだ。そして俺たちは組長の命令で義賊から本当に暴力団へと変わった。ヤクの密売を始めたのもその辺りだ、組長が隠れてやってただけなんだけどな」
「組長が…」
「すごいぜ、ヤクの数キロの取引で組の全員の衣食住の一ヶ月分は賄えるんだ」
ナッグは乾いた笑いを零した。
「なるほどな…」
「それで荒れてきた我燕に嫌気がさしたのか、二ヶ月後にお前は組を去ったんだ」
「……」
昔の我燕組は良かった。哀れな貧民に救済を、困ったポケモンに手を差し伸べる所謂義賊だった。しかし、法律の整備で堕ちざるを得なくなってしまったらしい。真実を話したナッグはぼんやりと灯りに照らされ、その双眸(そうぼう)を俺に再び向けて続ける。
「安心しろよ、俺は手出してねぇぞ。まぁ、中にはヤクを一発キメちまってる奴もいるけどな。お前の思ってる通り、我燕は確かに堕ちただろうな」
「……」
「でも、俺はこの組を捨てようとは思わないぜ。居場所がここしかないっていうのもあるが、仲間を見捨てるなんて出来なかった。
手淫(センズリ)掻いて寝るぐらいしか能の無いガキどもばっかだが、俺にとっちゃカワイイ奴らよ」
ナッグは苦笑気味にそう言うと残ったカクテルを一気に飲み干した。そして、はぁーっと大きく息を吐く。
俺はナッグの目に少しの恐怖を感じた。今の言葉はまるで俺がにげ出したと言わんばかりだ。そうみなされているのは不快だった。しかし、心の片隅で、それも一理ある、と自責の念が独りでに深く肯いていたもまた事実だった。
「どうした?」
沈黙を続けていたせいかナッグが心配してくる。彼は俺をW弱虫Wだと思いつつもやはり受け入れてくれてるのか。そして、そう思った時、俺は自分の心には少しの矛盾が息を潜めているのが薄々と感じられたのだった。
「何でもない」
俺は得意の曖昧な返答をして、次にナッグの話に耳を傾ける。そして、決別と再会の夜は全てを乗せて過ぎて行ったのだった。
*
*
翌日、ギルドは久し振りに集会を行った。勿論、議題は先日の騒ぎについてだ。
「皆、集まったかい!?」
頭に包帯を巻いたアルトが点呼をとる。アルトだけでなく、ギルドの殆ど全員が何かしらの治療がされていて包帯や絆創膏だらけ。そして、サンライズもきちんと集会に参加していた。
「サン、もう大丈夫なのか?」
「うん、とりあえずはね。心配してくれてアリガト」
集会前に既に彼女にハングを引き止めることができなかったことを事細かに話した。その時は少し残念そうな顔したが、ファインのせいじゃないよ、私の方がすぐ倒れて役に立ってないよ、と優しい声で励ましてくれたのだった。
集会では今後の活動方針を再度決めた。そして、出来るだけ組には関わらないようとの注意を受けた。皆が負傷する程の騒動だったから、肯(がえ)んじずにはいられなかった。
「でも、サンライズは何か知りたいこともあるだろうから、分からないことがあったら僕に言ってね。
明日はハングの継承式に僕も参加するし、少なくとも何かは知れる筈だから」
リヴのその言葉が重苦しい。ハングがとうとう組長になってしまう。ティミッドはハングと別れたかった、ハングもそれに半ば強引だが納得した。彼等にとってこれで良い筈はずなのに、心には靄(もや)がかかっていた。お節介かもしれない、でも、俺達はこの結果に納得がいかなかった。
とりあえず、俺たちは寝室で再び集会をしていた。
「ファイン、どうするの…?」
「……」
サンが質問してきたが、どうして俺は答えられなかった。一体どうしたらいいのだろう。ただ、成す術も無く立ち止まっていることが悔しい。諦めるしかないのか…?
「皆は何か案あるか?」
「あ、あの…!」
シードが発言する。
「シード、何か思いついたか?」
「案じゃないけど、僕はタベラレルを絶対仲直りさせてあげたい!」
シードが珍しく意気込み、そう言った。シードは続ける。
「僕、ティミッドの気持ち分かるんだ。ティミッドを貶(けな)す訳じゃないけど、弱くて怯える所は一緒だから…」
「シード…」
「でも、まだ弱いし臆病な僕だけど…皆と一緒に探検したり依頼をこなしたりして少しは変わったと思うんだ」
シードはまた溜めて最後にこう言う。
「だから、ティミッドにはハングさんみたいなパートナーが必要なんだよ!このままじゃやっぱいけないよ…!」
シードの目には涙が溢れていた。あいかわらずの性格だ。感情が昂るとすぐ泣いてしまう。俺はそれをみて微笑した。
「そうだな…やっぱタベラレルは一緒にいるべきだ。迷うぐらいならまずは行動だな…!とりあえず、ティミッドに事情を訊こう」
「さっすが、ファイン!ポジティブシンキング〜♪」
「ハングのやつは一発殴ってやりてーよ!目を醒まさせてやる!」
皆、なんやかんやでこうなるのだ。前もこんなシーンを見た気がする。
「(はぁ…全く、俺らこういう騒動ばっか巻き込まれてるな)」
W王様Wの使徒達の襲来。全く迷惑極まりない。お陰で私事を疎かにしてしまっている。俺って何だっけ、何者何だ?とりあえず、そう久し振りに考えるのだった。
*
そして翌日…
継承式のため、ぞろぞろと各地から密かにポケモン達が集まる。場所は森の高台の彼等のアジト。パーティーを思わせるように白いテーブルクロスが敷かれ、端から見たら至って普通の祝宴にしかみえない。出席者は有名ギルドのマスター、何かの巨匠やら暴力団に無関係でも著名なポケモンばかりだった。そして、その中に勿論、リヴもいたのだった。
「(少し早かったかな…)」
リヴは早めに来てしまって部屋の壁に寄り掛かり待ちぼうけを食らっていた。リヴがここに来たのは今の暴力団事情の為、しかし今回はサンライズの為の情報収集のためでもある。更に彼はもう一つの期待があった。それは…
「やあ、リヴ」
「あっ、久し振りだね!デューレ!」
青が基調の体躯にくびれが魅力的、そして頭の黒い房。彼は正しくルカリオというポケモンだった。リヴにデューレと呼ばれているようで、見た目が爽やかな好青年である。彼はリヴに気さくに話しかける。
「ホント、久し振りだな。手紙ではやり取りしてたけど」
「ハハッ、そうだね。そっちはうまくやってるの?」
「至って変わらずだよ。そっちは?」
「うーん、今は結構、暗澹(あんたん)としてるかも…」
リヴは困ったようにそういった。現にボヤどころでない騒ぎで不穏な状況である。警察は来るし、全く嫌になる。そして、リヴは続いて溜め息をついた。デューレは慰めに少し笑った。
「ははっ、大変そうだね!」
「もー、大変だよ…本当に。ね、イケメンギルドマスターさん?」
デューレはボンズ大陸のとあるギルドの長。二匹が互いに知り合ったのは長に任命された後、先代ギルドマスターとの初めての集会である。今から約二、三年程前の話だ。
「何だよ、その呼び名は!俺ってそんなカッコ良くないと思うぞ」
「謙遜しちゃって!君みたいな才色兼備なポケモンにはつい嫉妬しちゃうよ」
「はぁ、やめてくれよ…」
インテリ、運動神経抜群。しかも、性格もよろしゅうございます。このルカリオには至って目立つ弱点は無かったのだ。
そして、リヴは話題を変える。
「そういえば、デューレはこういうところ来るの初めてだよね。僕は別の暴力団のところ行ったことあるけど…」
「うん、最近法律も定められたからな。そんな状況でどう活動してるか気になったんだ。暴力団が原因の被害、依頼は結構あるからな」
「そうだね、確かに」
デューレの言葉にリヴは当然納得をする。とりあえず、皆、無事だったからいいんだけどね。
二匹は暇を談笑で潰す。すると、別の二匹のポケモンが近づいてきた。
「おやおや、貴方達はかの有名なギルドマスター、リヴさん、デューレさんではありませんか!」
「ホントだ!マジだぜ!」
リヴたちに二匹のポケモンが近付く。一匹はサワムラー、もう一匹はエビワラーだった。喋り方が胡散臭かったが、リヴは平然と答えた。
「ど、どうも…」
「リヴ、知り合い?」
「ううん、誰だろう?」
小声での会話は特にサワムラー達には聞こえなかったらしい。そして、サワムラーは軽く会釈をする。
「どうも、初めまして。私はムラーと言うものです」
「俺はリンプ。よろしく」
見た感じは普通のポケモン。何処かの有名な格闘家とか何かかな。
「あのー、どちら様でしょうか?有名な格闘家とか?」
「いえいえ、とある企業の幹部でございます。上からの命令で来させてもらったのです」
礼儀正しくそう言った。しかし、リヴは警戒心を解けずにいた。何かのギルドを狙うスパイかもしれない。疑り深いと思うが、そういうことは無(な)きにしも非(あら)ず。
「そうなんですか…。あ、僕たち用事を思い出しました!行こう、デューレ!」
「ちょちょっ!」
リヴはデューレを引っ張って逃げて行った。デューレは慌てる他なかった。客人たちに紛れて、怪しい二匹は見えなくなった。
「どうしたの、リヴ?…はっ、はっ…」
「ゴメン、ちょっとね」
そう言って、リヴは笑って誤魔化すのだった。
…そして、いよいよ時が来た。
≪只今より、第九回我燕組組長継承式を始めます≫
「そろそろみたいだね」
「僕たちの席はあっちだよ?来て!」
アナウンスがなり、出席者はぞろぞろと指定の席に戻った。
*
やがて、広間の照明が徐々に光量を減らし仄暗くなる。そして、壇上にスポットが当てられる。
「ハング、頑張れよ」
「お、おぅ…」
俺はナッグと一緒に舞台裏で出番を待機する。今は開会式の宣言が始まったばかりだ。後数十分後に俺は…
「(そうこれでいい。ここが俺のいるべき場所…)」
ハングはこういう時に自分の人生を回顧してしまう。今が、人生のある分岐なのは明白だった。任侠への回帰、そしてもう一つの可能性としてまだ消えぬ友の声が執拗に胸の中でざわめいていた。
『もう僕の所に来るなぁっ!!!僕の前から消えろおぉっ!!!』
アイツも意を決したことだったのだろう。いつも臆病だったアイツだったなら今回のことはあり得ない話だ。少なくとも彼も一種のW成長Wを果たしたのだった。じゃあ、俺も踏み出さなければいけない。今日はそれを皆へと証明するためのイニシエーションなのだ。
そしていつの間にか式は進み、時が来た。
「ハング、出番だ。壇上に行け」
ナッグがハングを後ろから見守る中、一歩一歩段を上がる。視界が高くなり、来賓と舎弟共が目つき悪く此方を見ていた。そして、目の前には杖を付いた組長が覚束ない足取りで部下の補助ありでやっと立っていた、目の前には今から自分のなろうとしているものがいた。
ハングは九十度の礼をする。そして組長は礼をするハングの頭に羽を乗せてこう言う。
「我が地位、貴様に与える。我燕組の栄光、発展の為に…」
「はい、組長。確かに承りました」
やがて、二匹共、元の体勢に戻り、ハングはネックレスをとる。そして、組長は自分の掛けている長の証である紅の嘴のネックレスをハングへと掛けたのだった。
「紅の嘴は我燕組組長代々の血潮の色。そこには先代の想いが夥しいほど渦巻いている。もう一度聞く、お前にその覚悟はあるな?組長となる、ここのいる舎弟どもの標(しるべ)となれるか?」
「はい、このハングにお任せください。我燕組の栄光の為に…」
拍手が送られる。次にハングは壇上から見下ろした。客の視線が一気に集中する。ハングは叫ぶ。
「俺はハング!今日より俺が我燕組組長だ!お前たちに訊く、この我燕組の為に命を張る野郎共はいるか!?」
『『おおおおおおおっぉっ!!!!!』』
大勢の歓声が響いた。最後にハングは叫んだ。
「良い声だ!ではいくぞ、立ち上がれ、我燕組!」
『立ち上がれ、我燕組!!』
ハングはとうとう組長へとなった。そして、裏にいたナッグも確かに笑っていた。ハングは何とも言えない気持ちだった。
「(我燕組、腐りきったこの場所を俺が…)」
しかし、ハングはまだ迷っていたのである。未だ、己の正義と悪の間で揺らぎ続けていたのだった。
to be continued......